カテゴリー「旅行・地域」の441件の記事

2021/08/28

夕陽はなくてもリゾート温泉ゆうみでゆったり

12:48に成田駅を出発し、千葉駅で内房線に乗り換え、君津駅で再度乗り換えて、保田駅まで。2時間40分ほどの在来線の旅。なかなかの大移動だった。千葉駅の乗り換えでは時間が20分ほどあったので、エキナカパン屋のピーターパンへ。8月15日限定のマンゴーマリトッツォがあった。

今年の我が家ではマリトッツォがプチブームだった。6月に妻がドロゲリア・サンクリッカのマリトッツォを予約して買ってきた。これが後にも先にも最高に美味しかったのだが、いろんなマリトッツォを買っては食べてきた。セブンイレブンのも食べたし、浦和のラ・モーラ、原宿のなんすかぱんすかイータリー原宿店等々。それでピーターパン限定にはかなり惹かれたが、店内は大行列で乗車時間に間に合わない可能性があったので、泣く泣くパスした。

内房線は雨の中を走って、どんどん風景が田舎になっていった。埼玉と千葉とでよく比較されるが、埼玉では見ないほどの田舎駅だ(千葉県民には異論があるだろうが…)。悪い意味ではない。やはり海があることの意義は大きい。電車のドアにも開く・閉まるボタンがある(これは神奈川にもあるが)。

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天気は相変わらずの雨天で変わりない。いや、また少し雨脚は強くなったか。保田駅からリゾート温泉ゆうみまでは徒歩で約13分。送迎も前日依頼すれば来てもらえるが、今回は到着時間が読めなかったため、駅から歩いた。雨のあぜ道や線路の下をくぐりながら、早く風呂に入りたいと願った。これが晴れていれば、猛暑だったかもしれないが、寒いくらいで、レインウェアを着ていてよかった。

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ゆうみのエントランスでは男性従業員がお出迎え。雨の中、徒歩で到着する客は少ないような気がする。結構、車が止まっていた。ロビーに通され、ウェルカムドリンク(緊急事態宣言下なのでセルフサービス)の説明や女性専用の浴衣の選択をして、部屋に案内された。廊下には油絵が飾ってある。社長の親戚筋が描かれたもののようだ。ゆうみの従業員は皆さん笑顔で好感が持てる。

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ゆうみのウリのひとつが、貸切露天風呂(有料)と無料の貸切風呂だ。無料の貸切風呂は到着順に時間予約が出来、40分間ゆっくりと入ることができて実に嬉しい。ただし、どの貸切風呂かまでは指定できない(朝風呂は予約なしで空いていれば先着順)。有料露天風呂も天気さえよければ予約したかもしれないが、大雨だったからパスした…。それは次回のお楽しみとなった。露天風呂付の部屋もある。

とにかく寒かった(!)ので、できるだけ早い時間で貸切風呂を予約して入った。我々は「月」の風呂だったが、とても趣のある風呂で、晴れていれば景色も楽しめただろう。

●夕食は海の幸にアワビに里見伏姫牛

風呂から上がって一息ついてから夕食へ。夕食は2Fのダイニングルームの個室に通された。グレードアップで予約していたので、刺し盛り、アワビの踊り食いに加えて、南房総のブランド牛『里見伏姫牛』の石焼きがついていた。ゆうみのウリは夕陽ではあるが、大雨で夕陽がなくてもおいしい料理があれば救われる(笑)。食べきれないほどの美味しい料理を食べて満足したのだった。

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翌朝、5:00からの無料貸切風呂で、昨日入った「月」以外に入ろうと、5:05くらいに貸切風呂に行ったところ、すべて空いていた。一番乗りだったわけだ。そこで「岬」に入った。「岬」は少し大きめに作られていて、洗い場も2人分あった。二つの無料貸切風呂を堪能できて良かった。しかし朝から天気は雨だった…。この日は雨に加えて風も強く、風呂に風が吹き込んで来た。とりあえず雰囲気だけ確かめて、窓を閉めて湯船につかった。

朝風呂のあとは朝食だ。これまでフレンチの宿への宿泊が多かったので、久しぶりに食べる純和風な鯵の開きは実に美味かった。そして大きい!南房総で食べる魚介は最高だね。

リゾート温泉ゆうみは夕陽があればもちろんいいが、たとえ天気が悪くても居心地のいい宿だった。ただ、雨が降ってなければ行く予定だった鋸山ロープウェイに行けず、新型コロナウィルスの緊急事態宣言で日本寺も8月末まで閉まっており、鋸山という選択肢がなくなって、ここからどう観光するか、電車旅の我々は迷っていた。(つづく)

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2021/08/17

成田山新勝寺で疫病退散を祈願

Img_20210815_111253b 川豊本店でうな重を食べ終えると、外はさらに雨脚が強くなっていたが、新勝寺へ向かった。成田山という山のイメージだったので山を登るのかと思ったがすぐに着いた。

思った通り、人出は少ない。それでもゼロではない。3人組くらいの外国人のグループも複数いた。やはり混み合うなかで詣でるよりも気持ちが安らぐ。

成田山新勝寺は想像以上に見どころが多く、とても美しい寺院だった。寺院は雨にも映える。ゆっくりと見て回った。大本堂ではこの疫病が早く治まるよう祈願し、ろうそくを灯した。その後、大本堂の裏手で聖徳太子像、大日如来像、虚空蔵菩薩像を拝み、三十六童子を数えたりした。

そのまま光明堂で大日如来、愛染明王、不動明王を礼拝し、平和大塔まで進んで引き返した。

その後、出世稲荷へ向かった。長い直線の階段は「出世」と名の付く神社に多い。そこを登ってお稲荷さんを参った。「4列に並んでお進みください」と書かれていて、二人で四列に並ぶ方法を考えたり、出世の階段を降りて帰っていくのはいかがなものかとか、それで階段とは別方向に駅への道順標識があるのかとか、様々な雑念(頓智)を思い起こさせるお稲荷さんだった。

天気が良くて時間もあればもっとゆっくりしたのだが、12:48の成田線に乗らないと、鋸南町のゆうみに16:00までに着けない。この電車だけは逃せないため、12:10過ぎには成田山新勝寺を後にした。その後、参道の土産屋に10分立ち寄り、塩饅頭や栗羊羹を購入して駅に向かった。雨はまだまだ降り続く。

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千葉県へショートトリップ~まずはうな重で腹ごしらえ~

緊急事態宣言のなか開催された東京オリンピックも8月8日に閉幕したようだ。7月30日には首都圏を離れてプチ疎開をしたのだが、8月15~16日には前から決めていた千葉県に旅行した。

緊急事態宣言は8月2日から8月31日まで延期された(さらに9月中旬まで再延期を政府が検討中)。しかし旅行は予約済みだった。緊急事態宣言をうけて、キャンセルは二日前まで無料で出来ることになったので、ギリギリまで迷った。新型コロナよりも天候のほうが懸念材料だった。しかし結局出掛けてみることにした。

西日本はもはや毎年のように豪雨災害に襲われているが、今年は日本列島をスッポリ覆うように雨雲が停滞したり湧いて来たりして、連日雨が降っている。天気予報が雨だといっても降られないことが多かった私たちだったが、今回は結局ずっと雨の中だった。

前日も雨だったがユニクロへ行き、レインウェアにもなるブロックテックパーカーを購入。メンズしかなかったが、妻も少し小さめの同じ商品を買った。これで多少の雨なら問題なし。また、リュック(45L)用のカバーも、私はsea to summitのコーデュラパックカバーを持っていたが、妻は持っていないので応急処置にはなったがダイソーで自転車カゴ用のカバー(30Lくらい)を購入し代用した。帰ってみれば、レインウェアとレインカバーは必須だったと胸を撫で下ろした。

●成田山新勝寺表参道の川豊本店でうな重

最終的な目的地は、妻がネット広告で見つけた内房のリゾートホテルゆうみ(鋸南町)だった。場所は鋸山の近くだった。鋸山はカメラっ娘純情Eちゃんの地元に近い観光地で一度行きたいと思っていたので覚えていた。晴れたら鋸山ロープウェイに乗って鋸山で地獄のぞきをしたいと思った。

Eちゃんもすでに結婚している(月日が経つのは早い!)が、今回鋸山というキーワードが出てきたので、Eちゃんの夫氏に鋸山には行ったか聞いてみたら、詳細なデートコースを教えてくれた(笑)。しかし今回は梅雨のような雨の日だったので鋸山は早々にあきらめた。残念!

Dsc_0500b メインエベントの鋸山が消えたところで、私が考えたのは成田山とうな重だ。浦和にも小島屋という鰻の名店があるが、まだ妻と行ったことはなかった(いつ連れてってくれるのかは常に聞かれているがっ)。成田山新勝寺の表参道にも、鰻の名店川豊本店がある。雨の中出掛けるモチベーションに鰻は最適だ。また、私も妻も成田山新勝寺には行ったことがなかった。

成田山新勝寺の初詣は、テレビでその人出を見ているだけで二人ともアップアップだったので、閑散期のいま行くのは良いアイデアに思えた。疫病退散を祈願しに行ってみようと、まずは行先を成田市にした。

人身事故の多い日だった。また豪雨によって何本も電車が止まったり遅延していた。我々の道程も、途中常磐線が若干遅れたが、成田駅には10:00過ぎに着いた。朝食を抜いて万全の構えで川豊本店を目指した。雨は徐々に強くなっていた。

川豊本店には10:30前につき、すぐに入れた。掘りごたつの席にした。この日はまだ右足の痛みは出ていなかったが、ここで履物を脱ぐことになり細心の注意を要した。上うな重とキモ吸いを2つずつ注文。7200円だった。

Img_20210815_103553b 出てきたうな重には「小ぶりの鰻だったので、すき間に少し多めに盛り付けました。」と、ことわり書きがついていた。個体差があるのは当然なのだが、怒り出す客もいたのかもしれない。こういう気遣いは商売人らしいところだ。日本政府にもこんな気配りが必要な気がした。

上うな重は鰻1匹が乗っている。特上だと1.5匹になるそうだ。時間的にブランチという感じだったので、これくらいのサイズで十分だった。

昔、都内某所(国分寺市)で、オヤジが威張り散らす鰻屋に入ったことがある。車を止めると「曲がっている」から始まって、途中でメディアの地元取材が入ったら客はそっちのけ。そこのうな重は8000円からだったが、ほんとにやせ細った鰻だった。それ以来(25年くらいか?)、私も鰻屋にはあまりいい感情をもっていなかったのだが、そんなトラウマを払拭してくれた川豊本店のうな重だった。

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2021/08/14

野州地鶏旨汁そばと宇都宮スタバ

Cimg6776b 竜頭の滝から中禅寺湖温泉のバス停まで戻ったところでいったん下車し、バス停の向かい側にあるみやま堂で、けっこう饅頭、最中、栗羊羹を購入した。昼食も中禅寺湖で食べても良かったが、軽めでいいということで、じゃあ日光まで戻って蕎麦屋に行こうということになり、バス停に戻った。

バス停で買ったばかりのけっこう饅頭を食べながら座っていると、白タクのオッサンが声をかけてきた。バスと同じ料金で乗せられるという。だが私が「フリーパスなんで」と言うと「あーフリーパス持ってんのー」とすぐにあきらめて、また別の客を探して声をかけ始めた。白タクはフリーパスには太刀打ちできないのであった。

その後、様子を見ていたら、おばさんと交渉成立したようで連れていきつつ、別の男にも声をかけ相乗りをゲットしていた。白タクで日銭を稼ぐには相乗りは有効だろう。私も学生時代にイタリアまで安航空券で行ったとき、夜中について公共交通機関がほとんどない時間帯に白タクに捕まった経験がある。格安航空券で行って白タクに乗るなんてと思ったが、そのときは他に足がなかった。そんなことを思い出した出来事だった。

Dsc_1063b 復路のバスが来て乗り込み、そこから40分くらいで東武日光駅へ。ここで昼食の蕎麦屋を探して、見つけたのは、野州地鶏旨汁そばのむつみ庵だった。駅からは歩いて10分程度だと思うが、すでに14:00になり太陽も出て暑く、また右足が右足が痛くて杖をつきながらだったので、限りなく遠く感じた。

しかし行って良かった。おすすめメニューの野州地鶏旨汁そばセットを食べたが、このつけ汁の鶏汁は実に美味かった。そばつゆという感覚ではなく、温そばの汁という感じだった。また、ゆば小鉢や舞茸めし、舞茸天ぷらなど地元食材が堪能できた。昨日の中禅寺金谷ホテルのスペシャルディナーも栃木食材オンパレードコースだったので、来てよかったという思いを強くした。地元のものをいただくのが一番だ。

食べ終わって、駅に戻る道すがらドラッグストアがあったので立ち寄り、6時間持続する冷感シートを買って右足くるぶしの下に貼った。これでかなり楽になった。ここで帰りの電車をスマホ検索すると、あまりいい時間がない。特急も16時台までない。そこで、東武日光駅ではなく、JR日光駅から宇都宮経由で帰ることにした。

●宇都宮スタバで栃木フラペチーノ

むつみ庵からはJR日光駅のほうがずいぶん近かった。バスで来るときもJR日光駅前で降りればよかったと話しながら、JR日光駅へ。JR日光線の駅は皇室御用達のためなのか、貴賓室がバーンとあって、観光客がその「貴賓室」という看板を見たり写真を撮ったりしていた。

電車はすぐに乗れた。普通列車だが終点から終点までなのでゆっくり出来た。宇都宮駅ビルにスタバがあるのも調査済み。妻はいまご当地フラペチーノに凝っていて朝から茨城のスタバまで行ったりしていたので、宇都宮乗り換えにテンションアップしていた。スタバ(というかファストフード全般)にはとんと縁のない私は、もう乗っかるしかない。

宇都宮のスタバは大混雑だったが何とか席を確保し、妻にお任せで待った。その間、客層を観察していたのだが、なんだか首都圏より派手というかケバい人が多い気がした(偏見か?)。栃木フラペチーノはまぁ美味しかった。ちなみに8月に入って、これを書く5日前には埼玉フラペチーノを浦和のスタバで食べた。妻は埼玉限定の「多彩玉ストロベリー&シトラス・フラペチーノ」、私はスタバ夏の新作「パイナップル・フラチーノ」を。まぁ美味しかった。

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こうして一泊二日ではあったが、疫病を逃れての疎開は楽しく終了した。この日、つまり7月31日(土)、東京都の新型コロナウィルス感染者数は公式発表で4058人だった。8月14日(土)現在は5094人だ。全国では昨日2万人を超えて今日は20151人。埼玉県だけでも本日1800人となった。

まだまだ疫病は収束する気配がなく、それどころかパンデミックはこれからではないかと思わせる状況にある。政府の対応がすべて裏目に見え、有効と思われる方策(大規模検査、大規模収容など)は一切行われない。私たちはワクチン接種をしていないが、不織布マスクと石鹸手洗い、アルコール消毒だけはやって生き延びている。むやみに都心には出かけないで、たまに疎開する日常を続けるしかない。

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湯元温泉バス停から湯滝と竜頭の滝へ

Img_20210731_0917527月31日(土)、中禅寺金谷ホテルを8:30にチェックアウト。フリーパスの終点、湯元温泉行はホテル前8:53発だと前日調べていた。これを逃すと次は9:38発なので、ピンポイントでこのバスに乗ろうと決めていた。右足が痛くなって杖をつくので8:30にチェックアウトし、また長い廊下を通ってバス停へ向かった。

天気は曇りだが、昨日よりは陽射しもあり、涼しく快適な朝だった。バスは少し遅れてきた。そこそこ車も多く、日光駅前からのバスなので、遅れたのかもしれない。観光バスのような路線バスだった。とりあえず座れてよかった。

9:15頃、湯元温泉(終点)到着。温泉郷だというので、いわゆる温泉街をイメージしていたが、バス停のまわりは、なんとなく運動公園のような風景。スキー場や登山口もあるので、その入り口なんだろうか。

湯の湖という湖があり、その周りに遊歩道が整備されている。一時間もあれば一周できるようなのだが、右足も痛いし今回は滝めぐりにしようと決めていたので、ここには長居せず湯滝を目指すことにした。

Img_20210731_094553とりあえずバスの時間を確かめてから、名物のつるやの塩羊羹を買いに行った。この時間も営業中で助かった。塩羊羹を2つ購入した。このとき9:20過ぎくらい。乗ってきたバスの発車時刻は9:25なので、これに乗ろうとバス停に急いだ。杖をつきつき。

●湯滝まで散歩

湯滝入口までは近かった。そこでバスを下車して湯滝まで歩いた。ゆるやかな下り坂で足には少し堪えるが、森林の空気は気持ちがよかった。湯滝側からもハイキング出来るようで、自然好きにはとてもうれしい場所。

湯滝は華厳の滝よりも近くで鑑賞できる。滝のすぐ下でフライフィッシングをしているオッサンもいた。こんな光景を見るとすぐ『リバーランズスルーイット』が思い浮かぶわけだが、ブラッドピットではなく正名僕蔵さんに似たオッサンだった。

Img_20210731_095214b 湯滝を見ていると太陽も出てきた。これだけ滝に近いとレーナルト効果によるマイナスイオンもきっと発生しているのだろう。人がいなっくなったらマスクも外して新鮮な空気を吸い込んだ。まさに疫病戦争から疎開して来た醍醐味だ。滝めぐりにして正解だった。

湯滝入口からのバスは10:25だったので、約40分程度の滞在時間でバス停に戻った。次に目指すのは、竜頭の滝だ。そこまでは若干バスでゆっくり出来て、足の回復にも助かった。

バス停で降りたら、バス停に貼ってある時刻表をスマホで撮影して戻る時間を逆算するのだが、ここまで、東武日光駅のインフォメーションでもらったチラシに載っているバスの運行表もずいぶん役に立った。主要なバス停しか掲載されていないが、おおよその時間配分と路線図もあるので効率的に回れている。

特に日光旅行には東武日光駅前インフォメーションでの情報収集は必須だ。フリーパスも購入は必須だが、どこまでのパスを買っていくかの計画は立てたい。今回は完全に元が取れたと思う。

●竜頭の滝から滝上まで登った(下れば楽だった)

竜頭の滝は二本の滝が竜のひげに見えるところから名づけられたとのこと。ちょうど緑の濃い時期でもあり、緑の葉が竜の鱗に見えた。なかなか美しい滝だった。

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お土産屋やちょっとした飲食もできるが、まだ昼食には早いのでスルーして、滝の右横の遊歩道へ。遊歩道の手前にも祠があり、そこに吾唯足知のつくばいがあった。竜安寺ほどの風情はないが…。遊歩道からは滝を見ながら登っていくことができた。杖をつきながら登っていくと、一番上にはさっきバスで通った滝上バス停があった。こっちで降りて滝に沿って降りてくるというルートのほうが楽だったかもしれない…。とりあえず登り切ったので滝上バス停でバスを待ち、これに乗った。

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これで、前日の華厳の滝、今朝の湯滝、そして竜頭の滝と3つの滝を巡った。もうひとつ、日光東照宮に戻る途中に浦見の滝があり、そこにも寄ろうかと思ったが、バス停からちょっと遠そうだったので右足の痛さもあって、今回はこの3つの滝で打ち止めとして日光駅に戻ることにした。

(つづく)

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2021/08/12

中禅寺金谷ホテルで栃木食材を満喫

Img_20210730_144333b (つづき)英国大使館別荘跡地のカフェでスコーンと紅茶をいただいて、展示物もじっくり鑑賞した。そこからまた遊覧船に乗っても良かったが、涼しくて気持ちがいいので船の駅まで歩くことにした。途中にある立木観音を通り過ぎ、星野リゾート、リッツカールトンなどの高級ホテルを横目に見ながら歩いた。結局、遊覧船は半周だけしか乗船しなかったが、別荘跡地方面はフリーパス圏外でもあったし、遊覧船の航路もゆっくりくつろげたので良かった。

船の駅までくればフリーパス区間なので、ホテルまでにあるバス停で途中下車して回ることにして、日光二荒山神社中宮祠へ。ここは男体山信仰の起点になる神社で、何百回も信仰登山している人が表彰されたりしている。

翌日の夜来れば、中禅寺湖で神事としての花火打ち上げも見られたことを知り、もう一泊するかとも考えたが思いとどまった。

神社の裏手には栃木県の天然記念物「いちいの木」という巨樹があった。いちい=一位ということで必勝祈願に訪れる人もいるようだ。東京オリンピックの喧騒を離れ疫病戦争から疎開してきた身、ここはひとつ、いちい=一意と考え、疫病に打ち勝つよう一意専心で祈念したのであった。

神社前からホテルへ向かっても良かったが、まだ若干時間も早く、船の駅と神社との中間にあった展望台も気になったので、歩いて湖畔展望台に戻ってみた。展望台といっても下から見上げると3階建てくらいの高さで、公園にある物見矢倉のような感じだったが、エレベータで登ってみると、周りに障害物もなく中禅寺湖の眺めはよかった。まぁしかし他には何もない広場といった趣き。天気もあまりよくなかった。

●日光中禅寺温泉 中禅寺金谷ホテルへ

中禅寺金谷ホテル16:00近くなったので、またバスに乗り一路、中禅寺金谷ホテルへ。中禅寺金谷ホテルは由緒正しいホテルだ。

1873年(明治6年)に外国人御用達の宿「金谷カッテージ・イン」として開業した現在の日光金谷ホテル(本館)には、前回熱く語ったイザベラバードも宿泊してる。

中禅寺金谷ホテルは1940年(昭和15年)に日光観光ホテルとして開業された。詳しいことは金谷ホテルの歴史サイトで。森の中にたたずむオレンジ色の洋館には、たしかに欧州の香りがする。

入口は温泉露天風呂空ふろに通じる板張りの廊下の途中にあった。車で来れば駐車場側から入館してすぐフロントのようなのだが、バス停は中禅寺湖側にあるので、裏道を通ってこの裏口から入るようだ。ここから館内に入ると、フロントまでは長い回廊になってる。これもまた旅情をそそる造りで期待感が増した。

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ホテルについてひと段落。結構歩きっぱなしで疲れた。妻はここで先に風呂に行ったので、ひとりでくつろいだ。貴重品はフロント前にあるBOXに預けられるので、部屋を空けるときはそこに部屋のキーや貴重品を入れておく。風呂の入口は暗証番号制になっていた。

そして目当てのディナーだ。中禅寺金谷ホテルのスペシャルディナーコースはかなり美味しかった。栃木の食材をふんだんに使った地産地消というコースなのでなお美味い。昨年から箱根、熱海のオーベルジュやおいしいフレンチを食べ歩いていたけれど、ここで食べた栃木しゃもと日光湯波のテリーヌとちぎ和牛"匠"フィレ肉のポワレはコンラッド東京、銀座肉いさにも匹敵する美味さだったと思った。

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翌朝の朝食は7:30頃食べた。この時間は込み合うかもしれないと聞いていたが、それほどでもなく、木漏れ日のなかでゆったりと食べることができた。旅先の朝のオムレツはどうしてこんなに安らげるんだろう。

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この日はフリーパスの終点湯元温泉まで行って、そこから戻りながら滝を見て回ることにした。一つ懸念材料があった。私の右足だ。朝風呂に入ったときに、露天風呂への段差で少しひねった。普通なら何の問題もないのだが、今の私の右足はガラスの右足だ。歩くたびに痛みがある。

折り畳み式杖昔から痛みがあったのだが、年齢とともに痛みが増し、整形外科によると外反母趾とのことだ。それで足先が曲がっているうえに、くるぶしの下側も痛くなってきた。おそらく腓骨腱鞘炎も併発している。それで大事をとって最近、折り畳み式の杖を購入し持って来ていた。

身長176cmでも使える長い杖があまりなく楽天で探して購入していた。これを使う時が来た。最初はどっちの手で杖をついて、どのタイミングで動かせばいいのかわからなかったが、痛みがあると自然と使えた。やはり実践に勝るものはないな。ということで、この日は朝から杖をついて出かけた。

(つづく)

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2021/08/11

中禅寺湖にプチ疎開

前の記事でこの疫病との闘いを戦争だと書いたが、それは長い長い伏線で、本来はこちらのプチ旅行記を書くつもりだった。いつものことだが熱くなって長引いたので「オリンピックの思い出」という無難なタイトルで別記事にした。では本題。

「戦争なら疎開しなきゃ!」というわけで、7月30日(金)から1泊だけだけど、首都圏を脱出して中禅寺湖までプチ旅行してきた。初めて訪れたのだが箱根と似てる。箱根好きの私は結構気に入った。

Cimg6695日光には昨年訪れていたので、同じく日光号で東武日光駅まで電車で行き、そこで湯元温泉フリーパス(二日間有効)を購入し、中禅寺湖温泉行のバスに乗った。晴れていれば明智平で下車しロープウェイに乗りたかったが、かなりの靄でロープウェイは運航中だけどほぼ景色はない状態だったので、バスの終点まで行って華厳の滝を目指した。

華厳の滝周辺には観光客がちらほら。疎開だからこのくらいがちょうどいい。見ているうちに陽が差してきた。午前10:40頃だった。

中禅寺湖周辺には滝が4つほどあるというので、とりあえず二日間で回ろうと思った。とりあえず華厳の滝を後にして船の駅中禅寺へ。フリーパスで中禅寺湖一周フェリーが10%割引だった。反時計回りだけなので、次の菖蒲が浜で下船すると、宿泊地の中禅寺金谷ホテル近辺に直行してしまうルートだったが、まぁゆっくりしようと一周チケットを購入し乗船。乗客は20~30人というところだろうか。空いていた。男体山の頂上は雲で見えなかったが稜線だけでも美しい山だった。

菖蒲が浜をスルーして大使館別荘記念公園で下船した。40分ほど遊覧船に乗っていた。乗客が少ないから荷物を席に置いたまま左右の席やデッキに出たりした。米中経済戦争の影響でアップデートが出来ないファーウェイのスマホhoner6のカメラについているワイドアパーチャ機能がとにかく性能がよく、このカメラのためだけに使い続けているスマホで写真を撮った。遊覧船の進行方向に小舟で釣りをしている人がいて、あやうくぶつかりそうでヒヤヒヤした。

●大使館別荘跡地でゆったり過ごす

大使館別荘記念公園にはイタリアと英国の別荘跡地がある。どちらも美しい建物で、そこから見る中禅寺湖が欧州への郷愁を掻き立てたんだろうなと納得させる立地だった。

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上の写真はイタリア大使館別荘跡地(復元)。モダンな造りで美しい。ただ、少しお腹が空いてきたので、妻の好きなスコーンを食べようと英国大使館跡地に向かった。
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個人的には英国大使館別荘跡地は実に見どころも多かった。英国の外交官として19歳で来日したというアーネストサトウが1896年(明治29年)に建てたこの別荘には、何人もの著名人が滞在していた。そのなかにイザベラバードの名前を見つけたときは嬉しかった。

日本奥地紀行』で知られる探検家イザベラバードは、日光を通って東北地方を巡る旅をしたので、そのときにこの別荘を訪問したのかと思ったが違った。

イザベラバードが日光を出発したのは1878年(明治11年)なので、まだこの別荘は建っていない。しかし金谷カッテジイン(現在の金谷ホテル)にはこのとき滞在している。アーネストサトウが来日したのは明治5年ごろだから、この当時から面識はあったのかもしれない。

イザベラバードが別荘を訪問したのは別荘が建って早い時期だったと書かれていたので、年代を調べると、ちょうどイザベラバードが『朝鮮紀行』で朝鮮半島を探検していた時期だった。彼女は1894年からの3年間に4回朝鮮半島に渡っており、日本を起点としていると思われるので、そこで建築されたばかりのこの美しい別荘に招待されたのだろう。

イザベラバードについては、宮本常一著『イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を読む』で知った。宮本常一、イザベラバード、アーネストサトウが中禅寺湖のプチ旅行でつながったことにとてもワクワクした(妻は知る由もないだろうが…)。

(つづく)

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2020/12/29

2020年のこと

Uso_2307振り返れば、今年はブログを1つしか書いてない。それも小池百合子なんかのことだった。都知事選落選を願ったが現職として圧勝した。そしていま東京は暗闇のなかをさまよい続けている。

2020年は歴史上稀に見る疫病の年となり、いまだ終わりが見えない。安倍晋三の嘘も小池百合子の嘘も、もはや歴史の大局とは関係のないゴシップ、スキャンダルとなり、2020年は新型コロナウイルスCOVID-19が世界中をパンデミックに陥れた年として記録される。カミュの『ペスト』やデフォーを扱ったNHKテキスト『ペストの記憶(100分de名著) 』が書店の平台に並んだ。

しかし、日本という国家のタガが外れ(私はもう滅んでいると思っているが)、安倍政治の嘘にまみれた7年間が終焉した年でもあった。安倍政治に翻弄されて自決した官僚のことも、カネにまみれたあらゆる嘘もそのままにして、ただ総理大臣を辞めた。持病の再発が理由だった。これがウソでなければよいが、また復活しないとも限らない。

嘘にまみれた政治と嘘のような世の中とで、今年の漢字は「嘘」とした(画像は毎年おなじみの漢字辞典オンラインさんから引用してます)。

Img_20200523_125131最近は、旅先や出先でスマホを使って写真を撮れば、場所も時間も記録してくれる。だからブログに残さなくても自動的に旅日記は出来てしまう。あとは「公開してみるか」というモチベーションを持てるかどうか。独身の頃はひとりの時間もあったし、妄想を言葉にする楽しみもあり、それをネットに書くことで多少なりとも反応をもらえて喜んだりした。

結婚後はブログの優先順位が下がったとはいえる。ひとくち“かます” だけならツイッターで事足りる。毎年6月に1年分の写真から厳選して夫婦のアルバムをPhotoZINEで作っている。増刊号も合わせるともう6冊くらいか。これが楽しい。一年間を振り返りながら1冊のMOOKを作っていく感覚。そこに文章も書く。記録はもうそれで充分という気分もある。

ただ、そのアルバムの文章をブログを読み直しながら記憶をたどってコピペすることはある。だからやはりブログも必要だと思い、年末に書いておこうと思い立ったわけだ。ブログは未来の自分への手紙でもある。

Img_20200919_112652_s ちなみに右の画像は9月に行った日光東照宮の階段にあった自動販売機。おーいお茶がズラッと並んでいて、思わず「多い!お茶」と叫んでしまった。ここにしか置き場がなかったので、ここに載せておきたい。

●2020年のメモ

Dsc_0389  正月は2月のキッチンリフォームを控えて大掃除に充てた。それで実家には帰らなかった。こんな疫病の時代になるなら帰っておくべきだったかもしれない。初詣は大宮の氷川神社に詣でた。年明けの連休は、毎年の恒例行事で友人たちと祐天寺で飲み会をした。これも来年は厳しいかもしれない。密を避けねばならない。菅義偉や二階俊博などの政治家のように会合三昧とはいかない。

2月はキッチン&トイレリフォームをした。2019年の秋からショールームを観に行ったりリフォーム業者さんと打合せしたりと忙しかった。キッチンはトクラスに決めた。ホワイトキッチンが妻の希望で、ではどんな白を選ぶかとなったときに予算とグレードとの兼ね合いで「白練」にした。扉の角にアールをつけた処理もポイントが高かった。扉のサイズは縦900mmと大きな収納にした。トクラスは元ヤマハグループだ。ピアノ塗装の技術を持っているということもさることながら、やはりヤマハ=中島みゆき、これだ。結婚式は葛城北の丸、キッチンはトクラス、そゆこと。

今年も新国立美術館にDOMANI明日展を鑑賞に行った。その道すがら、梅の咲き誇った青山霊園を散策し、星新一さんのお墓を参った。美術展の後は渋谷で佐野元春ライブを鑑賞し、妻と友人らとでスープカレーを食べて帰宅。

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3月、高輪ゲートウェイ駅が開通した。その一週間前にそのあたりを散策していた。その時のツイッターでは「今日高輪ゲートウェイ駅が開通した。見物客で混雑してたらしいけど僕の価値観だとこれからいつでも見られる駅よりも、開通前の失われゆく景色と始まる前だけにしか見ることのない未完成の風景が重なる一瞬の時間にこそ面白みがあると思うわけさ。楽屋裏探訪的だけど。それで一週間前に見に行ってきた。 」と書いている。過去と未来の重なる一瞬の時間が好きだ。

リフォームも完了し、そのお祝いというわけではないが、コンラッド東京のコラージュに高級フレンチを食べにも行った。実に美味しかった。アルコールが飲めない妻に名匠ソムリエが薦めてくれたFXピヒラーの葡萄ジュースも美味しかった。今年の3月29日には雪が降った。公園の桜に雪が積もった。

4月、新型コロナウイルスはどうやらそうとう危ないとわかって来た頃だ。マスク不足で、実家から母の手製のマスクが届いたりした。4月10日に大林宣彦監督が永眠。ホームシアターで『野ゆき山ゆき海べゆき』を鑑賞した。

5月、外出もままならないので、久しぶりに素描をしたりして過ごした。シャーペンで妻の絵を描いた。思いのほか楽しいので、ネット通販で新しいスケッチブックを購入。シャーペンのノリがいいと噂の「Too コピックスケッチブックSサイズ」で、暇つぶしのお絵かきにはちょうどいい。とはいえ、多少は出歩いていて、明治神宮百年大祭から新国立競技場のあたりを散策し、シェイクシャックのハンバーガーで遅めの昼食。

6月、都知事選は今年唯一ブログに書いた小池現職が圧勝。れいわ新選組の山本太郎も挑んだが完敗。山本太郎には国政に専念してほしいという支持者の声が多かったが、目の前に救うべき人々がいてそのチャンスがあるならと出た都知事選だった。コロナ禍のいま、山本太郎が都知事だったらどんな都政をしていただろうかという思いはある。妻が『映画に学ぶ!ヒーローの問題解決力』という通信講座を始めた。

Cimg62417月から8月にかけて、今年の夏旅は疫病で中止にせざるをえず、帰省もしないため、ぽっかり空いた時間で近場にショートトリップすることにした。まずは近すぎて行ったことがなかったが、怖いジェットコースターに乗ろうと東武動物公園へ。思った以上に怖いが2回乗った。2回目は目をつぶってみたが、その方が逆に怖い!ホワイトタイガーも実にカッコよかった。何気に楽しめた。午後から天候が悪化した。

8月5日には、ホキ美術館へ。一度は妻を連れて行きたかったので。微妙に遠いため、GoToトラベルを使って宿も押さえ、美術館の翌日にはアウトレットモールに行った。GoToトラベルはコロナ禍が収束してから始める経済テコ入れ政策だったはずが、小康状態のさなか開始されてしまった。冬にはこれが大失敗政策だとバレるわけだが、このときは税金を使って予算が無くなったら終了ということなので、できる限り使おうと思った。

お盆には草津温泉の宿望雲へGoToトラベル。隠れ家的な宿で、デカい和室と洋室と二部屋続きだった。夕食はデカい和室で、就寝は洋室で、朝食は別の個室ブースでと、ウイルス対策も万全だった。料理もすべて美味しくいただいた。草津の温泉はやはりいい。箱根も好きだが草津もいい。夜の西の河原公園には人影もまばらでお盆の観光地とは思えない静けさだった。

Cimg64889月になり、さらにGoToトラベルは続く。今度は日光東照宮から鬼怒川温泉へとショートトリップ。日光は草津よりもガツガツしてる感じ。神社仏閣での有り難いお話がすべて商売に絡んでいてお坊さんが営業マンに見えた。まぁそれもひとつの楽しみなのだろうが。鬼怒川方面ではSL大樹にも出会えた。時間的に終点で待つしかないかと思っていたら、途中でSL大樹が私たちの電車を追い抜くときに、外で写真が撮れるとの社内アナウンスに気分が上がった!(乗った電車の運転手さん曰く)東武鉄道が社運を賭けて取り組んでいるSL大樹。カッコよかった。

10月、筒美京平さんが80歳でこの世を去った。90年代後半にボクのプロフィールページ用に作った音楽ツリーを見ると、人生のなかで筒美京平さんの影響がとても大きかったことがあらためてわかる。

Img_20201101_163201_s 11月のとある日のおやつは葡萄。クイーンニーナとピオーネの食べ比べ。ラーメン師匠からフルーツ求道師に路線変更したS氏ご推薦のフルーツ店で買って来た。どっちも美味いが、クイーンニーナの甘さがスゴイ。6月に妻が始めた通信講座の最終月。満点で修了する。この間、テキストに載っている多くの映画を鑑賞したことも良い思い出。GoToイートで大宮のエイジングビーフを食べに行った。

楽天モバイルのフリーSIM機の調子が悪いので、秋葉原まで(メーカー保証外の)電池交換に。5Gスマホの値下げ合戦が喧しいが、通話機能なしなら毎月1200円くらいで3.1GB(翌月繰り越し可)が使えるこの環境(2台持ちの1台)を変える必然性・合理性がない。高額スマホが安くなるということは低額スマホは相対的に高くなるようなもので騙されているとしか言いようがない。資本主義も腐りきったね。

音楽の秋では、ハル・ムーニーに心酔しネット通販で2枚購入。1枚はスイスのショップから、1枚はスペインのショップから。日本以上にコロナウイルスが猛威をふるう欧州からだからか、随分待たされた。しかし実に素晴しい音楽。50年代後半のビッグバンド、オーケストラのゴージャスな音。刑事コロンボなど劇伴で活躍したハル・ムーニーを再評価した年だった。

Cimg6540_hakone_s 4回目のGoToトラベルで箱根に行った。これまでは東京を回避していたが、箱根には都内を通らざるを得なかった。箱根ではオーベルジュー・オーミラドーに宿泊。伝説のシェフ勝又登さんのオーベルジュ。シェフも既に70代であり円熟の技を堪能した。日本に本格的なオーベルジュを最初に作ったのが勝又シェフだ。ボクはパリには何度か行ってるけど「フランスの片田舎」って憧れがある。でも敷居は高い…。GoToトラベルさまさまですわ~。いまやるべき政策じゃないけどね。

読書の秋では、楡周平さんの『食王』を単行本で購読した。妻も読了した。楡周平さんのビジネス・流通小説は我が家のプチブームになった。その後、箱根に行くってんで箱根を舞台とした小説を読もうと探し、松本清張の『蒼い描点』や堂場瞬一の『チーム』などを次々と読了した。

Img_20201218_115558_s12月、友人が東京クリスマスマーケットの舞台で歌うというので観に行った。早めに行ったがものすごい人なのでウイルスを避けていったん会場を出て食事をし、舞台の時間に会場に戻った。まだこの日はそれほど厳しくなかったが、翌週末からは入場規制がかなり厳しくなったようだった。

2月以来のコンラッド東京に、アフタヌーンティーで訪問した。さすがに美味しい。結構お腹いっぱいになった。紅茶を6杯くらい飲んだだろうか。グリューワインティーの酸味が気に入り2杯飲んだ。

そして12月22日。約20年周期で木星と土星とが重なるグレート・コンジャンクション(大会合)。それも今年は水瓶座のなかで起る。占星術で言えば、これは240年ぶりくらいのことらしく、これまでの200数十年続いた「土の時代」から次の200数十年続く「風の時代」への大転換点だという。

ポップンポールとタロット占いについては前に書いたけど、星占い(というより石井ゆかりさん風に「星読み」といったほうがいいかな)は、タロットと似た面白さがありますね。星々それぞれに性格・性質、いやここも物語といった方がいいかな、そういう付加情報(ゆるい決めごと)があり、それらが時計のようにそれぞれの時間で回転し付いたり離れたりする。その距離が新しい物語を紡ぐという構造です。

どの星とどの星で物語を紡ぐかもあるし、付加情報どうしの干渉・影響をどう物語るかでもあるし、読み手の数だけ物語は生まれるわけです。それを受け取る側にも実は内的な物語がありそれが共鳴する。だけど大会合のように共通の物語も織り込まれてくる。

こういった人の思いによって案外社会は動いたりする。自然現象の見え方にも影響する。それがまた面白かったり哀しかったりする。そんな道草というか余裕というか不可知な物語が人生には必要なんじゃないかと思ったりする今日この頃です。本当か嘘かで断じることの出来ない、別のレイヤーにある物語(虚構)の世界がね。

そんなことを考えていたこの大会合の日に1本のメールが届きました。9年前の「ねこみみ」の編集者さんからでした。そんなこともあるんだね。風の時代、機会があるなら、風に吹かれてみようと思います。

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2019/08/31

HDRアートモードで綴る夏旅2019

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2016年の夏旅でHDRアートモードにはまったのは直島を去ってからでした。今回はそのリベンジというわけでもないけど、宇野港、直島の風景や作品をアートモードで激写してきたので、今回も私家版瀬戸内芸術祭2019としてここに出品します(^0^)。

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2019/08/25

夏旅2019 夫婦編 ~宇野港~

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宇野港につくともう日は暮れていた。宿の uno port inn はフェリーのりばの目の前で宇野駅にも近くセブンイレブンもすぐ近い。荷物は朝のうちにあずかってもらっていた。直島観光に立地は最高で外国人客が9割だという。電話したときも最初に返って来たのは英語だった。カフェも併設していてほんとに外国のようだ。スタッフも若く活気がある。

前日キャンセルはキャンセル料100%なので、今回の台風で木曜の夜をキャンセルしたとき、二日後の土曜の夜の空いている部屋に変更してもらった。空いててよかった。

最初に予約していたのはオオシマ部屋だったが、変更後はマーカー部屋。すべての部屋に映画監督の苗字がついている。オオシマは大島渚監督、マーカーはクリス・マーカー監督という風に。マーカー部屋は300円高くなるのでついたときに差額を現金で支払った。また、直島前日なら朝が早いが、すでに観光後なので翌朝の朝食もここのカフェでゆっくり食べることにした。

ただし、外国人向けだけにシャワーはあるがテレビと風呂がない。それで部屋ではamazonプライムの番組をスマホで見たりして過ごした。風呂も直島で入って来なかったが、徒歩5分で「瀬戸内温泉たまの湯」というスーパー銭湯があるというのでそこに行った。休日はひとり1900円するが、とっても気持ち良かった。テレビ付きのマッサージチェアもあるのでそこでしばらくテレビを見て休んだ。

翌朝は8:30にカフェで朝食を食べた。他の客はみんな外国人だった。チェックアウトまで時間があるので、宇野港を散策した。ここにも瀬戸内芸術祭の作品がいくつもある。

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港の朝なのでフェリーも次々と出発したり到着したりしていて、それを見ているだけでも気持ちいい。朝から暑かったが。また宇野港側にも直島土産が置いてあるかと思ったが、玉野市土産や芸術祭関係はあるものの直島土産は一切なかった。まぁ直島は香川県だからな。そこは縦割りニッポンだ。

散歩から宿に戻り、ここから岡山駅への行き方を調べた。多少観光でもするかと思ったが、日曜でもあり新幹線のチケットもまだとっていなかったのでまずは駅でチケットを取ることが先決だ。台風がなければ土曜帰宅予定だったが、台風によって日曜帰宅となり東京行きのチケットが取れるかの心配もあった。

来るときは電車だったので帰りはバスにした。岡山駅までひとり650円(後払い)。直島の町営バス用に100円玉を大量に持ってきていたのが余っていたのでここで一気に使えて良かった。バスも快適だった。

岡山駅で新幹線のチケットを購入。さすがに並んで座れる席は空いておらず、通路側の前後席で取れた。その後、岡山土産にきびだんごなどを購入し新幹線に乗った。

前半の男4人旅に後半の夫婦二人旅という二毛作も、なかなかゴージャスでいいな。予定変更は大変だが…。台風10号はいろいろ大変だったが、そのおかげで後半も天候はよく、いい旅になった。

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