書籍・雑誌

2008.06.22

雲が好き!

台風6号はどうやら大陸側に逸れて行きそうだ。しかし週間予報では、お日様は見られず、くもり一時雨の母島となりそうだ。気象観測は父島が基準だから、50kmはなれた母島は多少異なるかもしれない...と淡い期待をしているのだが、50kmというと東京駅-成田空港間より近いくらいなので、大きく差はなさそうだ。

そうなると、曇りの楽しみ方をいろいろ考えなければ。もともと雲は好き。このタイミングで雲が好きというのは、負け惜しみみたいで(しかもまだ出発すらしていない)、もっと早く「雲好き」をカミングアウトしておけばよかったと、そのことを後悔している。

雲は“発明”されたって知ってます?神の発明とか、そういうことじゃなくて。ひとりのアマチュア科学者が発明したんですって。

前にタモリがタモリ倶楽部で「学問ってのは分類から始まる」と非常に核心的なことをおっしゃいました。どの回だったかな?アンガールズご出演の「苔」の育成のときだったような気がするな。

まさにそうで、気象学を語るうえでも欠かせないのが「雲」です。雲の分類です。そして雲を分類するという行為は、19世紀初頭のひとりのアマチュア科学者によって成された画期的な行為だったというわけです。

『雲の「発明」』(リチャード・ハンブリン著・小田川佳子訳/扶桑社刊)は、移ろいやすく捉えがたい雲の変化に対応する画期的な雲の分類を発明したルーク・ハワードについてのお話。

19世紀という時代のイギリスは、科学が大衆娯楽として花盛りだったそうで、雲の発明という歴史の始まる瞬間も大衆への講座というカタチで発表されました。知的好奇心を駆り立てる科学の面白さ、いまの日本の教育にも欲しいっすね(^-^)。

知識は得てしまうと娯楽じゃなくなるのかも。得る過程にこそ自発的動機ってものが芽生える。詰め込み型知識教育の行き詰まりはそういうことなんだよな。得た知識を一生使える道具とできるかどうかは、最初が肝心。

他人の知識で埋もれた21世紀だからこそ、知的好奇心も多様化せざるをえないわけだし。画一的な知識の詰め込みには直接的学習動機がない(大学受験などの間接的動機だけのつまらない勉強しか残らない)のは歴史の必然。

でも人類の学べるキャパは思ったほど多くないから、自分の好きなことだけを学んでいても100年くらいは充分楽しめる。その20%を画一教育に犯され、そのブロイラー的成果によってその後の40%程度を支配される官僚的人生なんてつまらなくて当然じゃない?つまらない人生を送ってるから居酒屋タクシーでウサはらすしかないワケよ。あるいはモラルハザードを起こすワケさ。

なーんてことを、雲の発明から脱線して思ったりして。現代は知識に埋もれてるわけだから、今度はその先、知の編集とか、そういうことが重要になってくる(松岡正剛の受け売りみたいな言い方だけど)。

一点の曇りもない青い空って、最初はいいけど段々飽きてくる。絶世の美女みたいに(笑)。あるいは、海の写真撮ったことがある人は覚えがありませんか?360度大パノラマだって、その大きさを表すには岬とか砂浜とか山とか島とか、なにか風景を構成する、一種の抵抗(カウンター)があってこそ、その海の大きさや美しさが表現できる。青い海しか写っていなければ、なんだか青いだけのつまらない写真になったりする。

雲もそうです。青い空をただ撮影してもなんだかさえない。そこに入道雲でもあれば、それはひと夏の暑い一日を連想させたりできる。雲は気象学にとってはモノサシであり、風景にとってもなくてはならない存在だと思うんです。それも主役じゃない。そこがバイプレイヤー好みのボクの嗜好に合ってるわけ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.06.15

物語にはサイドストーリーが必要だ

近づいてきた島旅のために、持っていく本を選ぶひととき。この上なく楽しい。これも旅の一環だと思う。25歳の頃に環境評談家・森林ジャングル(もりばやし・じゃんぐる)名義(^_^;)で、「ジャムとサラミとトマトジュース」という紀行エッセイを某同人誌に書いた。先日の秋葉原無差別連続殺人犯と同い年の頃だった。

このときの旅、そもそもは留学中のある女性を追っかけて行った旅だった。まだ連絡手段もほとんどなく数ヶ月間絵はがきの交換をしながら見切り発車で旅立った。オレも相当若かった。

結局、彼女とはすれ違いで会えず、傷心の(しかも下痢気味の)観光旅行となったわけだが、このときの読書体験とか録音体験がいまに生きてる。ひとつの挫折で自暴自棄になったりしない。

いくつものサイドストーリを膨らませて旅は続く。最後にもうひとつ。欧州のジャムとサラミとトマトジュースが好きだ。加工しすぎていないから。欧州では必ずジャムとサラミとトマトジュースを食べる。今後もきっと変わらない。

25歳のオレはエッセイの最後をこう締めくくっていた。ジャムもサラミもトマトジュースも旅の本質じゃない。ただのサイドストーリーだ。でも、それもまた旅の一環であり人生の一環でもある。最近ハマってる録音にたとえれば、五感を外に向けてバイノーラル感覚(全方位感覚)で生きることが大切だと思う。

いまの25歳とは環境が違う。いまのほうが生きずらいとオレも思う。いまの25歳はいいときの日本をまったく知らない。生まれた頃はバブル真っ只中。だが物心ついた頃には転落していく大人が急増し、自殺者も3倍に膨らんだ。そして政局サイボーグ・コイズミの登場...。

日本のセーフティゾーンを崩壊させた戦犯とそれに熱狂する大人たち。その頃成人した彼らは、あのバカ騒ぎをどんな目で見、その感受性でどう受け止めたのか。その答えがそろそろ出始める。そして選択しなければならなくなる。バカ騒ぎを続けるのか、新たな希望を見出すのか。

自身の物語のサイドストーリーを膨らませて、たくましく生きる術を身につけて欲しいと思う。サイドストーリーがヴァーチャル空間で手に入ると錯覚しやすい時代だけど、やはり人間の精神活動というものは「実働」と結びつかないことには次のステップへ進めないと思う。

いいサイドストーリーが本編を輝かせる。もし世の中がいやになったなら、無差別殺人ではなく、政治的手法を身につけて戦犯と戦わなければ世の中は変わらない。敵の正体は見えないわけじゃない。未熟なうちは戦い方が見えないのだ。日本は格差確定社会に向け、多くの民を労働者・消費者としてしか位置づけない教育を延々としてきた。気付けば戦う相手が見えてくる。

アキバの彼について思うことを書く予定ではなかったけれど、たまたま25歳のオレの文章を引いていて、あの日あの場所にオレが(被害者として)いてもおかしくなかったことに思い至り、いまの思いを記録だけしとこうと思った次第。これもサイドストーリーだな。

日本の海洋民さて、今度の旅に持って行く書籍がとりあえず2冊決定。

ひとつは、「日本の海洋民」(宮本常一・川添登編/未來社刊)だ。この書籍は1974年7月10日に初刷発行で、2008年5月15日に7刷が発行された。8出版社共同復刊企画“書物復権”のなかの一冊として復刊された。

「海の話をするまえに山の話からはじめなければならない。」

文学者でもないエッセイストでもない民俗学者なのに、この書き出しの軽妙さ。これで決まった。宮本常一氏の書物のうち、どれを持っていくか考えていた。「旅の民族学」つながりで対談本も複数出ていて捨てがたかったけれど、25時間以上の船旅にはやっぱこれかなと。海洋民のひとりとして思ったわけよ。

もうひとつは、ガラリとジャンルが変わって「久世塾」(塾長久世光彦/平凡社刊)に決定。これは書店でたまたま見つけた。2007年2月19日初版発行。比較的新しい本だが、久世さんは2006年3月2日に亡くなったので、この久世塾は大変貴重な空間の記録だと思う。

脚本家をめざす塾生へ、久世さんほか表現を仕事としている人々による講義録になってる。久世光彦はテレビドラマを文学にした人だとオレは思っているし、向田邦子とのコンビはもっともっと見たかった。

ひとり旅は少なからず人生に影響する。その旅の道程で久世塾を読みたくなった学校嫌いのオレです(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.05.26

旅の民俗学

旅の民俗学ゴールデンウィーク前あたりから、にわか宮本常一ファンになり、最初に買った2冊を含め4冊をほぼ同時並行して読んでいたが、この「旅の民俗学」(河出書房新社)を一番早く読み終えた。

宮本常一さんが、さまざまな分野の専門家と対談や鼎談をしている本なので読みやすく、またそれぞれのテーマがコンパクトにまとまっていて興味を引くつくりになっている。さすが河出書房だ。

この書籍は2006年8月30日初版発行なのだが、各章の初出一覧を見ると、1968年から1980年だった。一番新しくて26年前なのだ。集めるべくして集められた珠玉の名編(というとホメ過ぎかもしれないが)となっており、編集のウマさというか視点のセンスが光っていると思った。

ボクは旅も好きだが書籍(造本)も好き。良心的な中小零細出版社というのは多々あれど、あまりに学術的に過ぎたり資料的価値に寄り添ってばかりいたり、というのは好みじゃない(そういう書物も大切だとは思うけど)。

そこそこの部数を狙わなければならない中堅出版社であるがゆえの頭の使い方とか編集力とかに光るものがあったとき、むしょうにうれしくなる。これが講談社や小学館クラスだとまた違うんだよな(^_^;)。

表紙もいいでしょ。この構図。道を歩いている二人は誰なんでしょう。この道はどこの道なんでしょう。いろんな想像をしてしまう。日本国じゅうを歩き回った宮本常一の原点は「道」であることが、この1枚の写真に表現されてる。

学者や文筆家との対話が面白い。専門家から出されるテーマを、宮本常一は地道な調査に基づいた論理で考証していく。現場主義だから説得力がある。またその現場も点ではなく線であり面で捉え、さらに歴史文書(古文書など)と照合して立体的に検証し、誰にでもわかる言葉に噛み砕いて語ってくれる。

というか、おそらく各地を歩き回って調査するうえで、この「わかりやすい語り部」の才能が宮本常一の大仕事の原動力となっていたように思った。仮説も含めあらゆるテーマに現場から応えられるというのは、やはり並大抵のことではない。

そしてその生活者へのまなざしを、常に彼らの側に置く。宮本常一の仕事をあらわすとき、「調査」よりも「旅」が似合う所以だろう。旅人の謙虚さと、民俗学者としての洞察力、そして魅力的な話術。世間師宮本常一の真骨頂はそこにあるな。

内容では、個人的に山崎朋子さん・茂在寅男さんとの鼎談「海と日本人」(1977.6)がうれしかった。山崎朋子さんは大ベストセラーのノンフィクション「サンダカン八番娼館」の著者だ。鎖国以前の日本人が海洋民としていかに活き活き生活していたかがわかる。

国家とは何かを再度考えずにはいられない。国家の縛りがなければ、日本人は海洋民として縦横無尽に外海へ飛び出していたことだろう。海洋技術も発達してきたことだろう。それを統治管理する必要があるとすれば、誰の必要性なのか、また何のために国境を存在させたのかがはっきりわかる。

国家とは権力者による収奪と富の流出阻止のための線引きだろう。民は独自のネットワークを持ち、自然の循環のなかで暮らしていたし、土地土地にオリジナルな知恵をふんだんに育てていた。それを画一化(侵略)していく道程こそが近代化だったのかもしれない。

進化の恩恵は計り知れないし、国家権力の後ろ盾がなければ宮本常一の仕事もなかったかもしれない。それは認めつつ、人にとってまず何が大切で、何を守り、何を育て、何を伝えていくのか。個々人の生活史のなかに知らぬ間に入り込んでいる強者の歴史観、国家による思考停止した地方破壊の現状を、いま一度、自分のこととして捉えなおしてみたい。

文部科学省は国語をやめてお国ことばと郷土史を全面的に採用した方がいいのではないか。国家という画一化した幻想でなく、生活している土地を原点に外界を捉えるほうが生きる力も愛郷心も芽生えると思うが。日の丸・君が代がいかにウソかが見えてくる(>だからやらんのかもしれんが...)。

ま、そんな大仰なことなんて考えないで、スローライフな感覚で読める良書でした。このなかでさらに興味の湧くテーマが見つかったら、次の読書へつながるという意味で入門編としても良かったです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.05.24

地球探検隊長の本!

感動が共感に変わる!最初に言いたい。怖い本である。今すぐにでも旅に出たくなってしまうのである。地球を探検したくなる。隊長と一緒に。その一歩を踏み出せるかどうか。インドアなオレ(笑)に問いかけてくるのである。

中村伸一隊長率いる地球探検隊(エクスプローラ社)との出会いは、先日のジョー奥田さんとの夕べだった。楽しい会だった。ただしインドア派でも楽しめる会だった(笑)。だが、地球探検隊の旅は、まさに自分たちで作り出すアウトドアな旅なのだ。隊長の本をこの会に持参されていた隊員の方がいて、ちょっと見せてもらった。帰宅後さっそくアマゾンで購入した。今回紹介するにあたり、表紙カヴァを自分でスキャンした。オビがないほうがこの写真のすばらしさが伝わると思ってさ。

実はすぐに読み終えていた。だが感想を書くのをためらってもいた。オレにその資格があるのだろうか。インドアなオレに...。隊長は飲み会の席で自己紹介するオレを真剣な眼差しで見ていた。普段はつねにスマイルの隊長だが、人の話を聞くときのこの姿勢にビジネスマンとしての才覚を見たような気もした。「地球探検隊」ブランドは誰にでも作れるものじゃない。特に自己責任を問われる「大人の旅」にトラブルは付き物なのだ。「ニコニコ顔の命がけ」(100頁)のスタッフと作り上げる旅ブランドなのだ。

●旅とはトラブルであり、トラブルとは旅である。(117頁)

ほんとにそう思う。クレヨンしんちゃんも「トラベルはトラブル」だと言ってる。オレも旅先でトラブルに出会うと不安だが高揚する。五感が刺激されてアドレナリン分泌量が増えて(いるような気分になって)、なんだか旅してるーって気分になる。旅の思い出話で一番盛り上がるのってトラブル話でしょ?トラブルこそまさに自分だけの体験だからだと思う。

最初の海外旅行の経験が大きい。オーストリアからハンガリーへ入る電車を乗り間違えて、ショプロン(Sopron)というハンガリーの北茅ヶ崎駅みたいな田舎駅で乗り換えた。初めての海外で、ビザ確認のため国境警備隊に別室に連れて行かれて囲まれたときのビビり感は相当なものだった(笑)。ショプロンがベルリンの壁崩壊の端緒となった「ヨーロッパ・ピクニック計画」の中心地だったと知ったのはつい最近のことだ。オレが降り立ったショプロンはベルリンの壁崩壊の1年3ヶ月後だった。東欧はまだ遠くて得体の知れない世界だったのだ(初海外だったし)。

これで予定時間が大幅に狂った。ショプロンの駅から宿に電話しようと試みたが公衆電話が通じない。電話のかけ方が違っているのか回線状況が悪いのかもわからない。人に聞こうにも言葉が通じない。とにかくブダペストにたどり着いたが、今度は旅行会社からもらった手書きの地図(!)がまったくのウソっぱちで、宿が見つからない。めちゃめちゃ歩き回り、夜遅く自力でたどり着いた。疲れ果ててフロントに向かったら、フロントの兄ちゃんがいきなり「フジヤマ!ゲイシャ!」と叫んでくれて、なんだか爆笑した。

些細なトラブルの積み重ねと、なんとかそこを乗り切っていま生きてることが、旅の財産のような気がする。ビジネス旅行(出張ともいう...)やパックツアーでトラブルはご法度だ。それは旅行かもしれないが旅ではない。この違いを強烈にプッシュしているのが「地球探検隊」というブランドのような気がする。

●何もないのにすべてがあった(122頁)

モンゴルは襟裳岬か(笑)。この本を読むと、モンゴルに行きたくなる人が多いそうだ。オレもそのひとりかもしれない。モンゴルに惹かれる最大の理由は「今日」を生きるという感覚。それに惹かれるのだろう。何もない草原にいる自分という存在を感じることができそう(>行かなきゃわかんない)。

「自分探し」が20世紀末にある種のブームとなった。それは物質で満たされた世の中で、物質とか肩書きとか、そういうものを取っ払った自分自身の価値を見つけようとする精神の“病”だったように思う。「今日」を生きている人は、そんな理屈で悩んだりしない。そんな理屈を並べ立てなくてもいい場所がモンゴルなのかもしれない。見つけようとしても見つからないこの「自分」という存在は、なぜか都市では見つからないのだった。そんなこと考えなくていい場所で考えなくなった自分に気付いたとき、答えは見つかるのかもしれない。

...と、いろいろ書いてきたけれど、決定的にオレに欠けているものは「行ってない」ことなのだ。行かなきゃはじまらないし、感動が共感にも変わらない。まさに評論家になってしまってる。「四の五の言わず行ってみろ!」という、これも自分自身の声なのだが、そういう声がこの書籍を前にして、常に聞こえてくるわけだ(^へ^;)。

オレが10代のころ、まだ地球探検隊は存在していなかった。あの頃出会えていれば...と考えるのはよそう。まだ遅くない。感動を共感に変えられるかどうかは、オレしだい。そう迫ってくる。ちょ、ちょ、ちょっと、時間ください(((^_^;)。最近ヤマケイを初めアウトドア系の雑誌買ったりしはじめた段階なもので(笑)。今日とりあえず、シューズでも見てこようかな。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.05.11

ジョー奥田さんと地球探検隊の夕べ

うーむ、飲みすぎた!久方ぶりの楽しい飲み会で久米島の泡盛久米仙をロック(南極の氷)でガブガブ飲んでしまった。こんなになるくらい飲んだのも久しぶりだ。

昨日は地球探検隊(エクスプローラ社)のオフィスにて、ネイチャーサウンドアーティスト、ジョー奥田さんのお話を聞く夕べが開かれた。奄美大島の旅と録音について大変興味深いお話が聞けた。

特に夕べと懇親会の間にあった30分程度のフリートークの時間には、ボクのインタビュアー魂が17年ぶりくらいによみがえり、さらにいろんなお話も聞けた!興味があることだとまだまだ燃えられるんだなオレ(笑)。

●録音は女性向き!

ジョー奥田さんには、雨の音や滝の音など、私自身が録音をして難しいなと思っていたことをいろいろ聞けた。ジョーさんは企業秘密的な部分にまで少し踏み込んでいろいろ教えてくださった。感謝!!!

ジョーさんの録音に関するお話で印象深かったのは、女性への録音のススメと録音物を残すことの面白さについて。

フィールド録音を行うのはなぜか男性が圧倒的に多い。釣りとか写真とか模型とか、独りで忍耐強くやるイメージの趣味にこの傾向が多そうだ。しかし「録音」は聴覚による繊細な感性が必須なので、実は女性に向いているというお話。

人生のいくつかの節目節目を音で残すことは、ビデオやカメラよりもさりげなく出来るし、「音」は時間が経つにつれてその価値は何倍にも膨らむとか。

昔の写真を見てもそのときの音はなかなか思い出せない。でもそのときの音を一緒に聞くと、そのとき見たもの感じたことなどがまざまざと思い出される。リニアPCMなど超リアルな音が手軽に録音できる現在、音で残す需要はますます広がりそうだ。

またセクハラ・パワハラなどを受けたときに、証拠を音で残せるという実務面でもハンディレコーダはオススメ。

ボクはジョー奥田さんのCDを持っていったけれど、なかにはジョー奥田さんがフィールド録音に開眼したきっかけになったOrange Tree Production制作のCD持参の女性もいらっしゃって、オススメCDを教えてもらったりした。

●地球探検隊員になりました(予備軍?)

この会は地球探検隊の夕べの一環として催されました。隊員(旅のリピータ)の皆さんと録音好きの皆さんとが混在していたので、いつもの夕べとはちょっと雰囲気が違って、おとなしい会だったようです(笑)。

しかし夜の懇親会では旅のアイテムに“録音”が加わって、隊員の皆さんにも録音に興味津々な方がたくさん現れて面白かった。また、こちらは逆に隊員の皆さんに旅への想いを目覚めさせていただきました。中村隊長(社長じゃなく隊長と呼ばないとダメ ^o^)にも初めてお会いしました。名刺には「代表取締役 隊長」って...かっこいい!

こんだけ飲んだ翌日(つまり今日)も、伊豆で「MTBに挑戦!」ツアー同行とか。底抜けに明るくバイタリティあふれる隊長はとっても魅力的な方でした。噺家さんみたい(笑)。この熱さが隊員のハートをわしづかみなのかも!?

それにしても、世の中には旅のツワモノがいるもんですね。それも女性が多い。隣に座った若いRさんにたくさん旅行に行ってるのか聞いたら、屋久島から戻ってきたばかりで、まわりの友達と比べたら多いけれどここに来たらまだまだとおっしゃる。

他にも中東諸国とか南米とか旅しまくってるTさんも見た目はごく普通だったり(って普通じゃない旅しまくり女性はどんなイメージなんだ?)。

たまたま中村隊長の書籍の表紙の写真、グランドキャニオンでジャンプしてる方も参加されてました。

男性にも毎年北極に行っている(!)Mさんがいたり、隊員からスタッフになられた南雲さんもナイスガイ(笑)で、4時間の飲み会がなんだかあっという間に過ぎました。

地球探検隊にリピータが多いのは、このサークル感覚なんだろうなと思いました。旅は行って楽しく、後日語り合ってまた楽しいもの。そういう場を提供し続けている地球探検隊にも興味津々となりました。でもオレ、予備軍から幽霊部員にならないように気をつけないとな(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.04.28

GW 二人の巨人を読む

いよいよゴールデンウィーク。とりたててどこか行楽地へ行く予定もなく、読書中心の連休にしたいと思う。すでに読みたい本は購入済みだ。キーワードは現代の巨人。たまたま偶然“巨人”つながりだったわけでネライじゃないが、切り口として“巨人”は大変面白い。

まず、名前が巨人の大西巨人著『深淵』(上・下巻 光文社文庫)だ。すでに読み始めているが、大げさでなく私の日本語への意識が変わった。小説の言語として、かつてない精巧な言葉。小説の精巧さという点では中上健次を思い起こすけれど、その難解さとはまったく違う大西巨人文体の描写力。ぐいぐい引き込まれていく。

大西巨人さんといえば、日本文学の金字塔といわれる『人間喜劇』が代表作。私は漫画で読んだ。「人間喜劇」を漫画化しようという試みそのものにものすごいエネルギーを感じて。

『深淵』はインターネット小説として書かれた。それが完結して単行本化され、すでに文庫化されている。文章には若干手が加えられているそうで、オリジナルが読みたい場合はネットで読める。大西巨人さんの映像も見ることができる。そこでの語りはとつとつとしているけれど、丁寧に言葉を発する大西巨人さんの映像は凛としていた。「本」を「活字の本」と言い換えるあたり、まさに大西巨人体だ。

もうひとりの巨人は、宮本常一氏だ。厳密には宮本氏について書かれた『旅する巨人宮本常一 にっぽんの記憶』(みずのわ出版)を読もうと買ってきた。

恥ずかしながら、同郷山口県出身の巨人・宮本常一についてまったく知らなかった。民俗学というと南方熊楠や柳田國男がすぐに思い浮かぶ。だがそういったメジャーな(マクロな)民俗学でなく、もっと現場主義的なミクロな民俗学ともいうべき宮本常一にこそ、私はもっと早く出会うべきであった。

周防大島というと、昨日の自民・民主激突補選で民主党が2万票の差をつけて大勝した山口二区だ。高齢者の多い島だ。数年前に家族で民宿に泊まりに行った。宮本常一氏はこの島の出身で、距離にして地球を4周半できるほどのフィールドワークで日本の漁村を中心に記録し続けた。

一躍注目を浴びたのは大宅賞を獲った佐野眞一著「旅する巨人」によって、その生き方や仕事のすばらしさが描かれてからだと思う。そしてスローライフが浸透してきている現代、宮本常一の仕事が再評価され始めているようだ。

なにせ私自身に何の予備知識もなかったもので、紹介するのも気が引けるわけだけど。どうして買ったのかといえば、たまたま東急ハンズ新宿店でバイノーラルマイク・イヤホンを購入して、隣の紀伊國屋書店に立ち寄った。バイノーラル録音からの連想で、波打ち際のイメージが浮かび、なんとなく民俗学の棚あたりへ。

気分はフィールドワークだったのだ。その前にジル・ドゥルーズの『無人島』に強烈に惹かれつつ、似てるけどぜんぜん主旨が違う本だな...とか思いながら、そういう現代思想系の棚を通って民俗学へ。そこで「旅する巨人宮本常一」という言葉が私の気分とシンクロしちゃったわけ。で、出身が周防大島だとわかり、俄然興味が出てきたのだった。

同時に『宮本常一のメッセージ』(みずのわ出版)をガイド役に購入し、こちらから読み始めた。外堀を埋めてから最終的に宮本常一さんの著作へたどり着きたいと思っている。

二人の巨人に共通点があるとするならば、それは教科書に載らない巨人かもしれない。メジャーな学問への入門の入門として学校教育がある。しかしその外にはもっと広い知的世界が広がっている。私はそういう外の世界を常に志向してきたし、そこにこそ本音の学問があるように思うから。市井(しせい)という言葉が好きだ。

進化論はダーウィンじゃなく今西錦司こそ読むべきだし、歴史は物部氏から始めたいし、サンダカン八番娼館のおさきさんや沖縄の人々を通してのオーラルヒストリーを重視したいし、哲学ならヴィトゲンシュタインだし、子どもの頃からとにかく学校教育がなぜか取り込まない(取り込めない)知的な周縁(エッジ)にこそ、自分自身の立ち位置、住処があるように思っていた。

山口県で学んできたのだから、そのなかで宮本常一という名を多少なりとも記憶していてもよさそうなものだ。しかし学校で一度も聞いた記憶が無い。

まぁそれでもこうして遅まきながら出会えたことに感謝しつつ、昭和大好きっ子がたどり着いた昭和の原点ともいうべき宮本民俗学への入り口。今年のゴールデンウィークは宮本常一とバイノーラルマイクを持ってフィールドに出よう!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.04.02

ピンボケの思い出

昭和テレビ風雲録昔からテレビを読むのが好きでした。テレビジョン黎明期の現場を読むのが。テレビで放映される作品そのものももちろん好きですが、一番好きなのは実はその作品を作っている現場の空気感を見聞することだったりするわけです。

これまで読んだテレビ制作系書籍の主なものは、2004年に「テレビ放送50年記念ザッピング・ブックレビュー」と題して紹介したことがありました。もう4年も前なのかー。

で、今回久々に紹介したくなったのが秋場たけお著「昭和テレビ風雲録」(扶桑社刊)です。サブタイトルは「わがままカメラマンが行く!!」となってまして、この書籍はフジテレビでテレビカメラマンをされていた秋場氏の著作なのです。

テレビカメラマンの手によるテレビ制作現場のお話ってあまり読んだことがなかったです。でも、テレビはカメラなくしてはボクたちとつながれないわけで、その視点は視聴者と現場をつなぐ接点であり、大変面白く読みました。

とくにテレビ黄金時代の制作や技術スタッフどうしでの思い出話はまさに現場!ボクの嗜好にピッタリです。また著名人も、先日お亡くなりになった市川崑監督を筆頭に、石坂浩二さんやすぎやまこういちさんなどテレビ黎明期を語る上での常連さんほか、武田鉄矢さん、谷村新司さん、浅野ゆう子さんらと秋場さんとのトークは、カメラマンと役者の関係などがわかり貴重でございます。

秋場たけおさんってテレビカメラ業界のボブ・ディランだと思うんですよ。

ボブ・ディランってあのしゃがれた声がカッコいいわけですけれど、ボブ・ディランが市民権を得るまではプロの歌声は美しくなければダメでした(もちろんそれ以前からブルース・シンガーはいたわけですが)。日本にボブ・ディランの歌声が入ってきた頃、陽水だったか拓郎だったかが、「あんな声で歌っていいんだ」と開眼したそうです。

このディランのしゃがれ声をテレビカメラに置き換えれば、それは「ピンボケ」といえるのではないでしょうか。秋場たけおさんがCXの長寿音楽番組「夜のヒットスタジオ」でまさに“創作”したカメラワークのひとつ、ピンボケ画像は革命的だったというわけです(それだけじゃなく3台のコンビネーション他いくつもあるわけですが)。

ボクも夜ヒットにおけるピンボケ画像はよく覚えています。もちろんリアルタイムでは、その映像が秋場さんの創作だと意識して観ていたわけじゃないですが。イントロの演奏が始まってタイトルテロップが入って歌が始まる。その何小節かがピンボケ画像になっていて、歌の出だしでピントが合うという画面。覚えている方も多いのではないでしょうか。

あのピンボケは秋場たけおマジックだったのかーって思って。当時TBSであそこまでピンボケだと放送事故と言われかねないくらいのボヤけ加減。後発だったフジテレビだからこそ出来たとか。そして動き回るカメラワークは、当時他のテレビ局からも毎回見学者が訪れていたそうです。

そんな“動”の「夜のヒットスタジオ」を撮った翌日は、“静”の「ミュージックフェア」の現場です。こちらも長寿ですが、こちらは打って変わってギミックを使わない音楽の映像化にとことんこだわってます。美術担当はエッセイストとしてもおなじみの妹尾河童さん!フジテレビの社員だったなんてまったく知らなかったです(笑)。

ミュージックフェアは音と光(照明)の芸術ともいえる番組作りで、こちらもテレビの撮り方の金字塔です。この本には、「テレビにはテレビの撮り方がある」ということをテレビ黎明期に考え、実践し続けた著者の意気込みが感じられます。

著者の撮ったドラマや番組をいま見ることはなかなか難しいですけれど、市川崑監督と組んでハイビジョン試験放送で流されたという「その木戸を通って」とか、ライバルの日本テレビ開局三十周年スペシャル「幕末青春グラフィティ 坂本竜馬」とか、時代的にも70年代ブームのいま復刻したい杉田成道監督ドラマ「1970 ぼくたちの青春」などなど、ぜひDVDやCATVで観てみたいと思ってしまいます。

ボクが子どもの頃、フジテレビの番組は山口県ではほとんど見れませんでした...。TYS(TBS系列)がスポット買いしてた夜ヒットやひょうきん族などだけ。だから余計に観たくなってしまうのかも知れません。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2008.03.26

ドジョウの品格

いま世の中は品格ブーム!

○○の品格」みたいな本がたくさん出版されているが、二匹目のドジョウを狙ったこれらの人々の品格はいったいどこへいってしまったのだろうかっ!?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.03.22

いま、連合赤軍とあさま山荘を観ること

何から語ればいいのかわからない。映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(若松孝二監督)を観て以来、映画のさまざまなシーンがずっと頭から離れない。ボンヤリとした知識でしかなかった事柄が明確になったけれど、同時に心に穴が空いてしまったような感じをずっと持っている。

帰って来てから、YouTubeで当時のニュースの一部を観た(左映像ほか)。映画を観る前と後とで、このあさま山荘事件映像の印象は大きく変わるかもしれない。

映画のパンフレットにあった「吉野雅邦 獄中からの手紙」を真剣に読んだ。吉野氏はあさま山荘で逮捕された一人。無期懲役で服役中だ。この映画で吉野氏を演じる役者にあてた手紙として書かれた。伝わってくるけれど届かない。映画を観たときと同じく、心の穴はますます大きくなるばかりだ。

公開されてから観たくてしかたがなかったが、3月20日春分の日にようやくテアトル新宿で観た。風雨の強い日だったが、この日も長蛇の列。5分遅かったら座れなかったかもしれない。休憩時間にも当時の学生運動のモノクロ映像がずっと流されていた。強烈に惹かれるあの時代。だが届かない。渇望と断絶と。だからそこ、迫りたかった。

私が生まれる少し前が学生運動・労働争議全盛時代で、小学校高学年くらいからフォークソングを媒介にして当時のカルチャーに憧れを抱きはじめた。あさま山荘事件やよど号ハイジャックはその後のテレビで何度も流れていた。私にとってはこれらの事件もその時代の熱さの一部であり、憧れないまでも嫌悪するニュースではなかった。

ときどき、自分が学生運動の時代に大学生だったら何をしていただろうかと思う。一歩間違えばあさま山荘に立て篭もっていたか、リンチで死んでいたか、仲間を殺していたか。それとも常に少数派でいたい私があの時代にいたら、ノンポリ学生(実は多数派?)だったか。同人誌に詩でも発表していたか。

●淡々と、激しく、映画が語る連合赤軍

映画にはものすごくフラットな印象を持った。あさま山荘に機動隊が突入し銃撃戦が行われていても、この映画の主人公たる連合赤軍のメンバー寄りには到底なれず、かといって警察(国家権力)を拍手喝采で応援する気にもなれず。このあさま山荘を(必然かどうかはともかく)結果として起こった事実として追体験した。

ただ指導者の二人、森恒夫と永田洋子にだけは虫唾が走った。脱走兵から簡単な自己批判で軍に戻り指導者となった森。何度総括と言ってたか総括したいくらいにメンバーに徹底的に総括を求め、すべて否定し結局は殺してしまう(他のメンバーの手で殺させてしまう)森。森恒夫は逮捕1年後の正月に獄中自殺しているが、それすら卑怯に思う。

永田洋子はターゲットを決めたらネチネチと攻め始める。そして森が総括要求しリンチが始まってもただ見ているだけ。いや、その様子を俯瞰し次の獲物を探していたのかもしれない。永田には革命とか思想とか、そんなものはどうでもよかったのかもしれない。それだけにデモに参加した誰もが永田になっていた危うさを感じる。永田洋子は死刑囚として36年たったいまも獄中生活をしている。

リンチによって殺された学生たち。彼らのセリフのなかに印象的なものが多かった。暴力のなかで正気に戻ると死が待っている。そんな組織だった。まるで裸の王様に「王様は裸だ」と言って死んでいくようだ。

山田孝が死ぬ直前に叫んだ「俺が死ぬことで革命が前進するなら、喜んで殺されてやる!革命は、どこにあるんだ?森!おまえこそ総括しろ!」という言葉は、メンバーの誰もが思っていただろう。しかしついに森・永田自身へぶつけられることは無かった。

最年少の加藤元久君(当時16歳で加藤3兄弟の3男)は、山岳ベースで兄の死と直面し早々に正気を取り戻していたがどうすることも出来ず、あさま山荘での銃撃戦へと突っ込んでいく。彼のセリフは少ないが、正気の人の言葉で印象に残る。理想に燃えて翻弄され挫折した青春だった。

権力を笠に着て気に入らない振る舞いの同志をリンチしていく組織。内ゲバはどんな組織にも起こりえる。誰もが永田洋子や森恒夫になる可能性がある。それを自覚しない人ほど永田や森のようなリーダーになる可能性がある。自覚があるからこそ客観性が生まれ謙虚になれるのだ。

あさま山荘事件後、敗北を悟った多くの学生が「自分たちは彼ら彼女らとは違う」と思っていないだろうか。企業戦士の鎧をまとって、いま指導者層(50代後半から60代)となっている彼ら彼女らは、本当に永田・森と違うのだろうか。違わないからこそ謙虚になる必要があると考えたことがあるだろうか。

あさま山荘世代が現役指導者層であるいま、この「実録・連合赤軍」が公開された。国家権力に利用された“学生運動の敗北”がいまの世の中をいまだ覆っている。永田・森と似た心性を持つコイズミ・あべ路線(自己正当化と批判者パージによる権力誇示)の政治が、無気力な敗北世代のチルドレンを支配しようとしている。過去の検証を淡々としつつ、日本もイデオロギーと無関係に「権力」について再点検が必要な時代だと思う。

3時間10分食い入るように見つめた映画だった。この映画に限っては、あえて個々の役者について語ることは瑣末な感じもするのだが、遠山美枝子役の坂井真紀にはひとこと触れておきたい。坂井真紀が「総括要求」で自分を殴り岸部一徳のような顔に腫れ上がる。戦慄の走る場面だ。

最近はドラマ「エジソンの母」とかバラエティドラマの印象がある坂井真紀だけに、この壮絶な役はひとつのメルクマールになったのではないか。坂井真紀の親友でこの映画ではさらぎ徳二役を演じている佐野史郎が、坂井にオーディションを薦めたそうだ。さすが!

| | Comments (0) | TrackBack (5)

2008.03.20

できるメデューサのルール

松丸友紀アナはいつからホーリーになったのか?昨夜のゴッドタンは第4回を迎えるヒドイ女サミットだったが、名前テロップが松丸・ホーリー・友紀になっていた。だからどうというわけでもないけど、ちょっとご報告まで(笑)。

さて本題は「できる人のルール」(秀和システム刊)だ。普段のオレは、この手の自己啓発系ハウツー本はまったく買わないのだが、今回は特別。だって加茂洋子タン著だから。

加茂洋子はゴッドタンと続きでやってる番組「メデューサの瞳」で活躍中の魔性のヘッドハンターだ。メデューサの瞳は来週最終回とか。その記念に加茂メデューサの著書を買ってみたというわけ。このタイミングじゃなきゃ買ってないと思う。

そこにはある意味松丸アナの格言にも似た(?)「できる人のルール」があとがきまで入れて30項目あげてある。1時間もあれば読み終えられる本だった。

「メデューサの瞳」での加茂メデューサは容姿端麗かつ鋭い洞察力で、人の職業等を見抜く。そういう眼を持った女社長が定義する「できる人」とはこういう人のことなんだ!へーっていう本だ。それが1時間でわかるなんてお得!

せっかくなのでこのルールを自分に当てはめて考えてみると、謝る時は「ごめんなさい」というルールはなかなか新鮮だった。女性らしいご意見。

確かに「すみません」「申し訳ございません」ってのは日常よく使うけど、ぶっちゃけ心底謝ってるわけじゃない。申し訳なさを持っていることは確かだが、ある種定型句のようなもの。

でも「ごめんなさい」はなかなか使ったことがない。「めんごでやんす」はよく言ってるがぜんぜん謝った感が薄いだろ(笑)。

逆にこれまで「ごめん」って言った瞬間を思い出してみると、オレそのとき号泣してるよ...。

心底悪かったと思ってたり、自分に出来なかった悔しさとか辛さとかがないまぜになって、さらに相手の状況への想像がどんどん広がって行って止まらなくなり号泣...。

感情がものすごく高まったときには無意識に「ごめん」って。使ってるよ。

加茂洋子タン!正しいっすよ。さすが。このルールを読めただけで良かったよ。

ってオレができる人だって主張したいわけじゃないけど(笑)。

オレは良いときと悪いとき、やる気のあるときとないときが極端にブレる“でき”の予測不可能な気分屋だから。三振かホームランかみたいな。使うほうは大変さ。って知らないけど(((^_^;)。

ただそれだけにちょっとしたことでも気分にレバレッジをかけられるので、出来るだけ「できる人のルール」のような日常を過ごしつつ、高揚感をいい方向に持っていく生活をしたいね。

うーむ、軽いハウツー本もたまにはいいなぁ。でも加茂洋子メデューサ本だったからに違いない。だってミーは気分屋だから!いつかオレもヘッドハントされてみたい。加茂メデューサ限定仕事抜きで(笑)。でも見抜かれそうで、ちょっと怖いぞ(>ヨワヨワなオレ...)。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2008.03.16

壁を壊せた人々

昔々、バブルの残滓が残る時代、建材に関わる某大手企業の経営の皆様にIT系新規事業の企画プレゼンをしたことがある。業界では最大手だが、ITを使った新しい事業を模索されていた。我々の提案は事業領域を考慮したかなり現実性の高いものだと自負していたが、いま思うとそれだけに新規性が乏しかったかも知れないなと思う。結果は落選。世の中はバブル破裂後の新規事業ブームだった。ITバブルはその時代と重なる。

また、社会人になって間もない頃、あるイベントでDOWAの方とブースが隣同士になったことがあった。名刺交換した担当営業の女性は、女優の黒木瞳をボーイッシュにしたような方でかっこよかったのでよく覚えている(笑)。DOWAホールディングス(株)の吉川廣和会長・CEO著『壁を壊す』(ダイヤモンド社)を読み始めて最初に興味深く見たのはグラフ。そのイベント当時がどういう時期だったのかだった。

すると、ちょうど吉川氏が新素材事業本部長になられたころで、総資産も有利子負債もほぼピーク、経常利益は二番底から上昇過程にある頃だった。傍から見れば利益も出ているし上り調子の会社だ。しかしDOWAの合理化が始まるのは、吉川氏が専務になった頃、私がイベントでDOWAと隣り合ってから5年後だった。

逆に見れば私が黒木瞳と談笑していた時代は、DOWAが「桃太郎計画」と銘打った多角化路線で崩壊へ向かう道程のまさにピークだったということだ。確かに私の業界とはずいぶん違う業界の会社がDOWAだった。DOWAもまたバブル後に訪れた「夢よもう一度」の新規事業のワナにはまろうとしていた。

しかしこんな黒字が出ている時期に改革に着手できるというのはすごい。相当の反発があったに違いない。随所にそういう抵抗について触れられてはいるが、ここに書かれた程度の反発ではないはずだ。特に「鉄は国家なり」という背景で安定成長してきた企業の歴史があり、著者自身も人事課から社長になった異色の経歴。普通は構造改革なんて成功しないどころか、手をつけることすら出来ないと思う。つぶされる。

そんな吉川会長が「普通」でなかったのは、リアルに存在する壁から本当に壊してしまったところだ。「形あるものは壊れる」といったのはソソソクラテスかプラトンか忘れたけれど、形あるものを次々と壊してしまったのが吉川会長だ。現在の本社は全長150mの体育館のようなパーテーションのないオフィス(書籍の表紙写真)となっている。

本のタイトル「壁を壊す」とは、まさに会社にあるさまざまな壁を壊してきた構造改革の象徴で、これ以上のタイトルはない。組織の壁、上下の壁、社風・風土の壁、そして心の壁、組織にはさまざまな見えない壁がある。だが吉川会長はそれらの壁を取っ払うために、本物の壁から壊し始めた。そこが普通じゃなかったわけだ。

そして7年で経常利益10倍を達成する。この長期不況のご時世に。相場の神様山種が言うように不況のときに利益を上げる者が本物なんだろう。そこで得た利益は額面以上の価値がある。

●大企業病からの脱出

企業はよく「わが社の社風は」というが、私がその言葉を聞いて思いつく漢字は常に「遮風」だ(笑)。風なんてないだろ?遮られてるんだろ、と思う。大企業のなかなんてのは“遮風の嵐”(矛盾してるなぁ)で、さらにゴマスリ幹部が蓋をして無風状態に違いない、と思う。なんて佐高信チックなんだろう、オレ...。

業界大手の老舗企業というのはほとんど構造改革なんてできないだろう。過去の余力もあるし、ほとんどの社員は大きな船に乗っているだけで全体を見ることができないのではないだろうか。

セクショナリズムと社内ヒエラルキーだけが舵取りをする船の中しか知らないため、全体像を見てとばっちりをくうよりは保身に走る(実際には会社を蝕み保身にならないのだが)。

あるいはあえて誰にも全体が見えないよう部門ごとに煙幕が張り巡らされる。まさに壁ばかりの迷宮のような会社になるのかもしれない。そして数字だけが一人歩きし始める。

この本の改革前のDOWAはそんな印象だ。桃太郎計画という落下傘的多角化事業も、セクショナリズムの拡大でしかないように見える。大企業病に犯された会社の新規事業ほど難しいものはない。足元の会社そのものが崩壊しかけているなかでの多角化はいつか破綻する。論理的に破綻する。

また、不良債権(将来性のない部門)を切ることなく多角化していけば早晩行き詰る。そのことに社長自ら気付いた、いや社長になるまでの会社生活の中で、異端視されながらもそういう現場を見て改革の芽を育ててきた吉川氏の取組みが壁を壊せたのだろう。

選択と集中の3つの基準にも納得がいく。特に論理的な経営という面で、メーカーとしてのQCDDの観点が重要だ。クオリティ、コスト、デリバリー、ディベロプメント=品質、コスト、納期、開発力。これはプロジェクト管理手法の言葉で、製造業の4大要素だ(プロジェクトの場合は開発力を除いたQCDの3大要素とする場合もある)。競争力のパラメータといえる。

単なる数字を元にした印象批評になりがちな経営陣の判断をシステムに落とし込むうえでも重要なポイントがQCDDで、これを経営陣自らが共有しフローを描ける会社は強い。その時点ですでにセクショナリズムの壁をひとつ壊せている。

●壊した壁の向こう側

改革の中心人物が書いた著書であるため、すべてを鵜呑みにして読むのは危険だ。労働者の立場としては切られた部門や関連会社、切られた社員、その家族、いろいろな視点があるだろう。事実と著者の考え・評価とを分け、ときには批判的に考える必要もある。ただ、そこだけに囚われても良い読書とはいえない。

読者自身にフィードバックされるコアな部分を外さないで、その後は読者がどう実践に採り入れていくのかが重要だ。なにもお手本はひとつではない。吉川会長自身もジャック・ウェルチの著作などからも示唆を受けながら、自身の置かれている状況を自ら考え壁を壊した。

そしてDOWAの構造改革はまだまだ続く。未来は予測不可能だ。いま良くても数年後はわからない。ただいまやれることをやる。その「やれること」の本質をトップ自らが考え抜く姿勢とその表現方法が大切なのかもしれない。

大企業病のひとつに秘密主義がある。情報を隠すことで部門の利権を温存し、また失点をうやむやにしようとする病理だ。たとえばいま「やるべきこと」を秘密主義を前提にしていては成功しない。論理的に成功しない。この意識を経営者が持っているだけで、すべての改革、すべての美辞麗句が無意味になる。それらの原理原則こそが本質で、壁を壊すという行為はひとつの事象に過ぎない。

そういう経営者の意識改革について、この著書は示唆しない。私(吉川会長)にはそれがあった、あなたにはあるの?というだけの話だ。また当社(DOWA)では壁を壊せば秘密主義も壊れた、あなたのとこはどうかな?というだけでもある。

ここを自覚することが経営のキモだし、なんらかの組織に属す人々すべて、自分自身で問い直さなければならない。ただ、それは大変難しい。その克服のために「私、壁を壊してみました」というひとつの事例がこの著者なのだ。

そしてそういう壁を壊せた人が書いた本だからこそ、この本の情報も信頼性が高いようにも思えた。実践に裏打ちされた言葉、人事課出身なのに現場を知ろうとした人の言葉のすがすがしさを感じる。

『壁を壊す』-事業構造改革で目指したもの-吉川廣和講演録

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.03.15

日本のホワイトカラー生産性は最低!?

ちょうど3年前の3月に「ソニーの思い出」という記事を書いた。そしてまた3年後の今日、最近読んだソニー関連本を紹介したくなった。3年ごとに書きたくなるソニー。これもソニータイマーか(笑)。まったくの偶然ですが...。

『ソニーをダメにした「普通」という病』(ゴマブックス刊)は、3年前に紹介した「ソニーを踏み台にした男たち」とは異なる視点を持っている。著者は、ソニーの部品検査員=「倉庫番」(著者が入社直後に同期からからかわれた言葉)として社会人となり、現在はコンサルティング会社を経営。いわゆるソニーの花形部門ではなく、生産現場からのたたき上げ目線なのだ。

私は前にも書いたが、たたき上げが好きだ。そして私自身、クリエイティブな活動と同時に現場の業務フローを重視する。というより業務フローの最適化もクリエイティブな創造性を掻き立てる案件なのである。両方の視点があるからこそ創造性が枯渇しない。そこが私の強みといえば強みだ。職人肌な人種はみんな多かれ少なかれこういう視点を併せ持つ。だが併せ持っていない人々が牛耳っているのが現代ニッポンのサラリーマン社会なわけだ。

●日本のホワイトカラーは非生産的!?

日本のホワイトカラーの生産性って、先進7カ国中最下位だって知ってます?OECD30カ国中でも20位だとか。(財)社会経済生産性本部がレポートを出していて、この書籍執筆時点は2004年のデータですが、いま最新の2005年のデータでも最下位継続中でした。これで12年間連続最下位です。ちなみにブルーカラーの生産性はトップレベルなんです。ここがポイント!

2005年時点での日本の労働生産性(就業者1人あたりの付加価値)は、789万円(購買力平価換算)。これって、これ以上の年収の人は何も富を生み出してないってことなのかな?そう考えるとホワイトカラーエグゼンプションも一理あるかも(^_^;)。

あるいは、いま日本の膨大な借金は838兆円。赤ちゃんまで入れた国民一人あたりにすると656万円換算だとか。これって、労働人口だけで換算したら、みんな借金返済に消えちゃって、誰も富を生み出していないってことなのかな?

日本って、低い生産性のホワイトカラーに惰眠をむさぼられて、生産性の高いブルーカラーの皆さんのご尽力で借金返すだけの国家なのかな?そりゃ少子化も止まらんわな...。

ソニー関連本としては、こうしたホワイトカラーの生産性の低さを「人生の浪費」とまでいう著者の視点で貫かれているところがオリジナルな視点だ。そしてそんなホワイトカラーの「普通」という病を、「普通」からもっとも遠い企業と思われてきたソニーに当てはめること(また当てはめられる経歴の著者が書くこと)で、「普通」が蔓延するその他の日本企業(ソニーと比べ物にならないくらいに普通の会社)を振り返ることも出来る。

「普通」とは寄らば大樹の蔭的な感覚と保守化し特権意識を持ったホワイトカラーの感覚だ。この国は生産性の低い人間ほど偉そうな態度をとる。いわゆる「御本社様」的な感覚のサラリーマン・ヒエラルキー社会だ。むやみにサラリーマンばかり製造してホワイトカラー飽和状態。「いい大学を出ていい会社に入って」という常套句にまさに表れている。そりゃ生産性も落ちるわな。

●ブルーカラーが誇りを持てる社会へ

さらに生産性が高く日本を支えているブルーカラーの価値があまりに抑えられている。給与体系と労働価値とが逆相関を描いているかのようだ。それを「普通」だと考えてしまう。口ばっかりの政治家や官僚ばかりが連日テレビに出て適当な発言を繰り返す。企業トップもだんだんそういう人間ばかりになって来てはいないか?

ホワイトカラーはブルーカラーの働きやすい環境をいかに創出するかを考え仕組みを作り上げる知恵も持たなければならない。対等の立場で生産性を上げる必要がある。ソニーやホンダの創業者はそんな組み合わせのようにも見える。現場の井深・本田に業務の盛田・藤沢。その両輪が仕事の生産性を上げるのかもしれない。

優れた現場(テクノロジー)が優れた仕組み(システム)と出会ったとき、最大のパワーが生まれる。経営者のなかにはテクノロジーもシステムも知らない、ホワイトカラー・ヒエラルキー(社内政治)だけの政局屋もいたりする。まるで政局サイボーグ・コイズミのような。こうなるともう崩壊は目の前だ。いまの日本を観ればわかる。論理的に着実に崩壊へ向かう経営者のあり方だ。

経営者はまずテクノロジーを知り、そしてシステムを創造でき、最後にビジネスにつなげる才覚が不可欠。そういうマルチな才能が必要だからこそインセンティブも高く設定されているはずだ。そのどれもない人間が多い(育ってない)ことが、12年連続最下位の生産性につながっているのではないか。

さらに言えば、いま「カネを活かす」ことばかり考える経営者が増え「人を活かす」ことが出来ない。ソニー本に照らして言えば、投資家気取りの経営者が増えたといえる。役割分担を誤解して人よりカネを考える。人がカネを生むのに、カネしか見えない。順序が見えないということはシステムが理解できていないということだ。ホワイトカラーですらない経営者はいったい何色なのだ?会社色に染まった会社人間なのか。会社人間は会社をダメにするぞ...。獅子身中の虫っていうヤツさ。

●機能価値を使用価値へ

熱くなったのでクールダウン。この本にはもうひとつキーワードがある。それが「使用価値」だ。技術者は最新技術にほれる。そしてそれを商品に投影しようとする。「あれもできます。これもできます。」と、機能中心に考える。だが顧客は使ってナンボなのだ。「あれもこれもできるの?すごいね。でもボクはあんまり使わない機能だな」ってことになると本末転倒だ。

「機能価値」と「使用価値」は巷で言われる“使えない東大生”にもいえるかも。彼らは機能価値は高いんだけど使えないのだ(笑)。だが笑ってばかりいられない。ホワイトカラーにも当てはまるわけだから。ほとんどのサラリーマンは機能価値は高いのかもしれない。でも生産性が低い。どうしてなんだろう。

楽しようとするだろ。そもそも直接利益を生み出す現場を少しでも快適かつ効率的にすることで生産性を高め、間接的に利益に貢献するのがホワイトカラーの仕事だ。そこが楽してたんじゃ現場は不快なまま生産性も落ちる。いま現場の生産性が高いのは現場が自身の知恵で考えているからで、惰眠をむさぼっているホワイトカラーの能力じゃないわけだ。創造の苦労を楽しめないサラリーマン根性が蔓延してるってことか。それはどうして?

結局活かされてないってことなのか。本来働き方を創造するのが仕事なはずのホワイトカラーが働き方を見失っている。仕事にならないのも当然だ。これも学校教育にみられる北朝鮮化と脱北の関係と同じじゃないか。

経営者も機能価値ばかりを見て使用価値が見えない。そもそも自身が機能価値で生きてきたってことなのか。使用価値が見えていれば商品だってヒットするんだろうし。上に行くほど惰眠をむさぼる(笑)。出る杭は打たれる。保守化した特権意識と社内政治。社内で生産性低下競争ばかりをやってる(やらされてる)。現場無視のレポート合戦みたいな(笑)。夢色に染まってるけど絵の具がついてない。

ま、そういうボク自身、若い頃は“出す杭を打たせる”(>M男かよ!)をモットーにして生活してきた。でも、どっちかというと機能価値を重視していた。機能価値は作り手にとって楽しいことこの上ないのだ(^_^;)。

でも最近変わった。“打つ槌を楽しむ”ことにした(>ドMかよ!)。階級はポスターカラー(古井戸の名曲を聴こう)だ。どんな色も生み出せる。機能価値より使用価値重視にもシフトしてきている。言葉を換えれば作品や商品に対して客観性を持てるようになってきた。

「普通」を安全・安定だと思っている人々とは一線を画してこれからも生きていく。普通じゃつまらない。普通じゃつまらないと言っている普通の人になっていないかを常にチェックしていきたい(笑)。普通の対義語は異常ではない。独創だ!

このブログ「ひとくちメモ」は一種のバロメーターだ。確信犯的にフツーの人なこと書く場合以外、普通でなくありたい。でもそれは絶対評価であって、相対評価は読者にゆだねるしかない。今後ともよろしく(って締めでいいのかな?)。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2008.03.09

子どもの好奇心 大人の好奇心

Zen and the Art of Motorcycle Maintenance

ハヤカワ文庫で文庫化された「禅とオートバイ修理技術」(上下巻)を読み始めた。レコードやCDに“ジャケ買い”(ジャケットデザインに惹かれて即購入)というのがあるが、この文庫もほとんどジャケ買い。タイトルもすばらしい!米国で初版が出たのは1974年。すでに34年前だ。

最近の私は完全に読書モード(濫読モード)と化しており、いくつも並行していろんな本を読んでいる。生理的なサイクルの赴くままに、経済的に可能な限り買いあさり読みあさる。何度目かのそういう時期に入ったようだ。

昨日、NHKで日本の学力について議論する番組を流していた。途中で見るのをやめてしまったが、教育について語ると常に不毛になる。誰でも一家言持っていて、環境も状況も異なる人々が、あたかも「教育」というオブジェについて感想を漏らしているかのようになる。

だが人類は語らないことにはコミュニケーションを得られない。特に「教育」とは社会的行為であり、個人的行為の「学習」への介入を意味する。そこには教える立場と教えられる立場との断絶という問題が常につきまとう。教え教えられるコミュニケーションという謙った立場には教える側の譲歩が不可欠だ。

●子どもの好奇心

子どもには無限の好奇心がある。それは「無知」なるがゆえに知りたいという人類の本能のようなものだから、誰かに突き動かされなくとも持っている。1968年に開校したサドベリーバレースクールの基本はそこにあり、私はこの考え方に共感する。

子どもの好奇心は、しかし常にひとつの方向性を持っているわけではない。それは環境や状況に大きく影響される。北朝鮮で脱北しようとしている家族に生まれれば、脱北のノウハウを教育され、人生を脱北のノウハウが支配するかもしれない。北朝鮮を学校教育と置き換え可能だ。

その環境や状況に方向性を与え、共通の知識なり体験を与える装置が「学校」であり「学校教育」だ。そして自己と他者とのさまざまな関係性もそこで学んでいく(この関係性のバリエーションが現代の学校には大変少ないが)。

●大人の好奇心

一方で大人の好奇心は、すでに得た個々人の知識の体系というぬぐい難い前提がある。その体系に留まってその中で生きようとする人々もいれば、自己の体系の外に別の世界があることを受け入れ、さらに知ろうとする人もいる。また別の世界の存在は認めるがあえて知ろうとしない人もいる。

どちらにしろ、子どもの無限の好奇心とは異なり、いくつもの制限・制約を意識するとも無く架せられた大人の好奇心は不自由だ。ただ、その不自由さを認識する知恵もまた持っている。だから、そんな大人の好奇心に基づいて行動するよりも、自己の知識の体系に基づいて動くほうが楽であろう。「教育」という行為は、そんな楽なベクトルを持つ大人な行為のように思える。

●青年の好奇心

教育上も学習上も危うい時期が青年期だ。中途半端な知識と好奇心との狭間で揺れ動く「学習への本能」は、環境や状況によってどうにでも転ぶ危うさを持っている。そこでの(人間的・物質的・知的)出会いが一生を決める。

三つ児の魂百までというが、ほとんどはその魂が青年期に身につけてきた知的体系に支配されやすい。そしてその知的体系が魂の判断とスパイラルに影響し合い、知的体系の強化や新たな思考停止(強情な性格など)へと連なっていく。

この知的体系の連鎖が小さく閉じた大人になりやすい現代日本の学校教育。この閉じた知的体系を飛びぬけていくにふさわしい時期がおそらく青年期だ。だからこそ青年期には学校を出て、もっと広い知的体系を体験することも大切だ。

●ゆとり教育

ゆとり教育に意味があるとすれば、学校内の小さな知識の体系から個人の学びを解き放ち、別の知的体験への導線を提示してみせることだった。それが学校内だけのシステム変更でしかなかったため、その開放された時間の多くが知的体験へと向かうことなく、怠惰な浪費へと向かってしまった。

北朝鮮を学校教育と置き換えたとき、脱北だけが人生を支配しないように生きるには、脱北とセットで別の目標なり知的体験への導線が不可欠だ。それを自分で見つけられる好奇心の持ち主もいる。彼らはすでに学校を超えており、戻ることは無い。脱落と脱出とを混同しては対応を誤る。

そしてその導線の先の知的体験は、おそらくどんな些細なことでも個人にとっての学習効果や影響力は大きなものとなるのではないかと思う。座禅であろうと、オートバイ修理技術であろうと、哲学であろうと、芸術であろうと、恋の駆け引きであろうと、旅であろうと、釣りであろうと、登山であろうと、プラモデルであろうと、折り紙であろうと、洋裁であろうと、石拾いであろうと、掃除であろうと。

知的体験は知的であるがゆえに閉じている。これを突破できる人類は2通りいて精神異常者か宗教家だ。ほとんどの場合は、この閉じた知的空間ですら把握しきれない。知の体系の外に未知の物理体系や精神世界が広がっているかもしれないが、そこまで到達しようとするのは人類にとってリスクが高い。

私も青年期にはこの知的空間を突破しようとしていた。しかしその時間をもっと別の空間へ意識を振り向けることで有意義に使うことを覚えていった。それが閉じた知的空間に留まる=大人に近づくことだった。もしこの洗礼を受け入れなかったら、あっちの世界に行っていたかもしれないのだ。

●そして、学校

そのせめぎあいのなかで、どのような体験からでも知的興奮を得られるし、自分の中に「得ようとする意志」の存在を知る。ただそれは自分自身で望んで飛び込んでいった知的空間でなければ得られるものも少ない。学校教育で得られる人々は幸せ