書籍・雑誌

2009.07.12

新潮選書フェアで学問について考えた

バードリスニングという世界を知ってから、近所で鳴く鳥の声に耳を澄ますと、案外スズメ以外が多いんだなぁといまさらながら感じたりしている。そのスズメ以外が何なのかはまだわからないわけだが(chick)。

野鳥図鑑的な本もいくつか買ったけれど、バードウォッチングのオンシーズンは秋から冬。こんな暑い時期は避暑地にでもいかないとなかなか留鳥以外にお会いできない。というわけで、梅雨から暑い初夏にかけては充電期と考え、涼しい書店へ出かけて「鳥・野鳥」をキーワードに物色した。そこで新潮選書の『野の鳥は野に 評伝・中西悟堂』(小林照幸著)ほかを購入した。

●新書から選書へ

ちょうど新潮選書がフェアをやっていた。1967年にスタートしたという新潮選書シリーズ。約40年経って表紙をリニューアルしてのフェアだった。「選書」ってジャンルは「新書」よりも敷居が高い。ページ数も多いし、「誰が選んどんねん!?」という疑問も湧く(オレだけか?)。

しかし何か興味を持っていることと選書のテーマとがシンクロすると入門書としては非常に頼もしい。最近は「新書」のお手軽感がどんどん強まり、情報としての面白さはあっても、かつて新書に求めたような学術的入門書としての機能は衰退している。その枠を埋めるのが「選書」かなとも思う。

講談社ブルーバックスを読み漁っていた子ども時代から、新書はある種ボクの個人教授であった。某出版社の入社試験最終面接で「師とあおぐ人は?」みたいな質問をされ、「人はいないけど本が師匠ですね」と応えて落とされた(それが原因か?)。しかし学校教育への落胆ばかりを育んできたボクの師匠は、まさしく授業ではお会いできない新書とその著者たちだったのだ。

しかしいまや「新書」は地味なエンターテインメント本と化してる。良いように考えれば、それだけ人々の知的水準が高まり、かつての新書レベルの知識はネットその他で得られるため、「新書」が入門書的な位置から外聞・外伝・裏話的よもやま話へとシフトしたともいえる。

雑多な「文庫」より差別化しやすいからか、「新書」で出版される内容は知的な装いを纏って書店に並ぶことが出来る。書店における「新書」の棚争いは激烈だ。新書は同じ出版社の作品が寄り集まってひとつの集団となる。そのたたずまいに集客力が要求される。地味ではいられなくなったのだ。一冊一冊が兵隊なのだ。

だがここに「選書」というさらに地味な後方支援部隊がいた。新書よりも重装備で、テーマにお子ちゃまを近づけない威圧感がある(笑)。この世界に入るには大人のたしなみが要求される。インテリサロンのようなところだ。

●学問の3つのプロセス

学問には3つのプロセスがあるように思う。もっともボクは学問の権威でもなんでもないので、一趣味人として物事を吸収するプロセスともいえる。

最初は単なる興味。ここは一番重要だけどその後の環境や思考によって取り返しのつかない極北へたどり着く人もいる。例をあげれば元防衛省航空幕僚長田母神氏のような...。興味だけで空想の翼を最大限に広げていく。それはそれで幸せな生き方かもしれない。

次に批判的読書。興味を持つことは重要だが、批判的精神を併せ持って読まなきゃ意味がない。学校ではそういう批判精神の重要性をこそ学ばせなければ、ただの賢く従順な労働力しか育たない(あっ!学校はそれが目的だからいいのか)。ここは幅広い。新書はこの部分の入門書だったと思う。それが「選書」に受け継がれているように思う。

いまや情報過多で何が正しくて何が間違っているかわからない。知識も相対的な評価ばかり(ポストモダンなオレが言うのもなんだが)。だから思想の正しさよりも、そのジャンルの準拠枠(思考の枠組み)がどこにあり、学会や業界の争点がどこにあり、最新テーマがどこにあり、どんな経歴の持ち主がどんな主張をしているのか、そういうった諸々の現実をメタ・レベルで眺めてみる。普通に生きてるだけなら、このレベルの知識だけしか必要ない。

最後は新しいフロンティアの開拓。いったん飲み込んだ知識や情報を使ったり、未だ手に入れていない発見をする旅だ。学問の到達点にゴールはないわけで、多くの人はイバラの道たるフロンティアに手を出さない。学者を名乗る人ですら。だからここに到達できる人は「選書」を読むだけ人でなく、「選書」を書く人でもなく、「選書」のテーマになる人なのだ。この、読む人・書く人・なる人は学問の3つのプロセスにそのまま当てはまるかもしれない。

●「野の鳥は野に」の思想

ウトナイ湖ネイチャーセンター中西悟堂もまさに“なる人”。「日本野鳥の会」創始者で東洋的自然観に基づいた自然保護のパイオニアだった。誰にでもできる仕事じゃない。探鳥会にはじまって霞網猟の禁止、鳥獣保護法の制定など社会的影響力も大きかった。「野鳥は自然の入り口」という思想を貫いた89年の生涯だったようだ。

「日本野鳥の会」といえば紅白歌合戦。ボクもほとんどそういう連想しか持っていなかったが、悟堂のめざした自然保護とは、そのようなエンターテインメントの世界とは程遠い。日本全国に野鳥のサンクチュアリ(聖域)を広げたいという夢を生涯持ち続けた人だった。都市公園として日本初のサンクチュアリである代々木公園の造成計画にも関わっているそうだ。

ウトナイ湖のネイチャーセンターは、ちょうどボクらの2007年北海道旅行で最後に立ち寄ったところだった。帰りのフェリーが出るまでに時間があったので、近くの“観光地”を探して立ち寄ったのだった。もちろん中西悟堂のことも、ここが自然の場所として日本で最初のサンクチュアリだということも知らずに行ったのだった。

行ったときは夏だったからか、ほとんど野鳥もおらず、苫東工業地帯や新千歳空港と隣接した場所だし、こんなところに野鳥の楽園があるなんて...と、正直免罪符的な場所かなくらいに思っていた。知らないってのは罪だね。

また武蔵野台地も愛した悟堂にゆかりの雑木林(天然記念物)が野火止の平林寺にあるという。野火止といえば昔2時間以上ならんで塩らーめんを食ったぜんやがあるとこだ(笑)。らーめんに2時間並ぶより2時間雑木林を散策するほうが健康的かもしれない。今度行ってみよう。

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2009.06.20

部屋とポストモダンと私

近代(モダン)の後に出てきた現代思想、だからポスト・モダン。なんだか下火になってきてるといわれながら、なにげにポストモダンって言葉を書店で見かける。そのたびにとりあえず手にとってしまう自分がいたりするわけだ。そして読了してしまったりする。

副題は「ポストモダンとは何だったのか」と過去形だから、もう現代思想はちょっと古い。テレビドラマに例えるならトレンディードラマ、かな。みんな“記号”と差異を求めて先を争うように享楽の世界へ。

当時「現代思想」と大きく出たわりにはブームは一過性だった。バブルな思想だったのか?でもその一過性の真っ只中に青春時代を過ごしてしまったボクには、多かれ少なかれポストモダンな雰囲気(カッコつきで“気分”といってみたりする)は染み付いてる。現代が終わったいまは何なのか?そっちのほうが気になる。歴史の終焉か(笑)。

集中講義!というだけあって非常にコンパクトに時系列で現代思想をまとめてくれてる。でも読み進むなかで、退屈な部分と俄然面白い部分とがハッキリわかれた。たぶんボク自身が大きな物語の小さなお家(ニッチなとこ)が好きなんだな。飛び出せマイハートっつーか。

●“気分としてのポストモダニスト”気分で散歩する

ボクは気分としてのポストモダン派(笑)だから、正直マルクス主義だの新左翼だのには気分が乗らない。なんだかポストモダンとのつながりがお勉強感覚ではわかっていても、身体感覚として「どーでもいい感じぃ」なのだ。ファッションにならない思想はなんかシラける。ポストモダンな頭で読みたくない。

けどもうひとつのフォークソング狂いのバカ息子なボクがいて、ひとつふたつ前の世代による学生運動の時代の空気に惹かれる。あさま山荘の映画を観てるときのボク。そっち方面の頭で読んでた。シラけつつノってたわけだ。

吉本隆明が登場したあたりで、ようやく前説が終わって番組がはじまる感覚。そしてベンヤミンの「遊歩者」というスタンス。ベンヤミンもほとんど読んでない。ベンジャミン伊東は好きだった!でもこの本でいう「ファンタスマゴリー的な陶酔」のあたりでは、ボクのシュルレアリストとして過ごした記憶と結びつく。何でもありなアンチ芸術な芸術、言ったもん勝ちのゲージツ。

関係ないけどボクは遊歩道という文芸(?)サークルに入っていた。ニュージャーナリズム研究会とか広告研究会とかそういう大きなサークルじゃなくてほとんど仲良し3人組な先輩たちが作って新人勧誘なんてめんどくさいことしないサークル。誰も近寄らないからボクともう一人の寺島くんは万年下っ端だったが、好き勝手なこと書いて楽しんでた。東京ドームに取材に行って「室内では帽子を取れ!」と叫んだり、八王子のでっかい学生用マンションの取材に行って広報に「なにか中傷記事を書くつもりなのか!?」とケンカになりそうになったり面白かった。

ベンヤミンからボードリヤールへ。ここでようやく浅田彰とか柄谷行人とかの名前が出てきた。でもまだ予告編。ジラされる。田中康夫ちゃんの「なんとなく、クリスタル」が出てきてちょっとストレス解消。テレビで言えばコマーシャル1の時間だけど(笑)。なんとなーくークリスタールって歌いながら読んでた。

そっから第四講でちょっとトーンダウン。ぶっちゃけ外国の話や(笑)。ラカン、サルトル、レヴィ・ストロース、フーコー、アルチュセール、デリダ、ドゥールーズ、ガタリ。まったくトーンダウンしてる場合やないっちゅーねん。ここがひとつの山場だよ。構造主義そしてポスト構造主義の開花です。トレンディドラマで言えば、新しい恋のときめきがはじまる街角や(>街角ってトレンディドラマちゃうやん)。まだ携帯電話もないんや(笑)。

●いよいよアイドル勢が登場

第五講では外タレに影響された日本の「現代思想」の誕生だ。栗本慎一郎の「パンツをはいたサル」が出てきた。「祝祭論」だ。戦争も受験生による金属バット殺人も祝祭を求める人間の根源的な欲求の発露でありそこには「充実感」すら存在するみたいな。そのような欲望を抑止するパンツ(装置)をあえてはくことで欲望の「蕩尽」をコントロールし、どこかで一気に吐き出すことで社会を維持してるみたいなー。

確かにアジテーションとしての作用があるとは思うけど、当時のボクにはここまで突き放して思想に酔ってるヒマがなかった。本書にも不意に登場する城山三郎の「素直な戦士たち」とか、そっちの書物を読んでた。素直な受検戦士になれなかったボクは、主人公のようにルンペンにあこがれたりもせず、ジャーナリスト目指してた。「パンツをはいたサル」よりも、金属バット殺人事件を追った本多勝一のルポ「子どもたちの復讐」に興味を持つホンカツファンだった。ポストモダンな気分のボクは、リアルな社会との接点を思想に見出そうとしたりせず、それはそれ、これはこれ、とすみわけしていた。思想的多重人格者だったのかも。でもそれこそが道を踏み外したりせずに来れた要因だと思ったりする。

さーいよいよアイドルタレントの時間だ。水戸黄門の印籠ともいえるが。スキゾ・キッズのボクを形成した浅田彰、柄谷行人、山口昌男、蓮實重彦、中沢新一たち。そうそうたるメンバーだけど、ボクからしてみたらYMOつながりの人々だった。ボクにとってのポストモダンはまさにYMOだったわけだ(笑)。思想書としてのオススメは坂本龍一と村上龍がもう一人呼んで鼎談する「イーヴィー・カフェ」だったりする。読まなくてもいい。持ってるだけでいい。そんな時代だった。ボクは読んだけど。

いよいよクライマックス。でもここまで書いて疲れちゃった。腹もへったし!結論いらないでしょ。ポストモダン気分なんだから。でもボク自身、ポストモダンかぶれでも真っ当に大きな物語批判もしつつ暮らしてる。モダンがあってポストモダンがある。なにも実体を指し示してない言葉だ。ただ言ってみただけみたいなポストモダンが好きだ。何でも接続できるし、何でも捨てられる。でもゴミは出さない。エコな旅人。そんな気分でいいじゃない。

ボクは夏目漱石の「私の個人主義」も好きなんだ。モダンもいいじゃない(笑)。なんでも相対化して差異化してるとしっちゃかめっちゃかになる。どこかに線引きしなきゃなんない。でもどこかに線引きすると、それをまた相対化・差異化してあげつらう輩が絶えない。そういうベクトルの小物なスキゾ・キッズを本著は嘆きあしらいつつ挑発する。浅田彰の「逃走論―スキゾ・キッズの冒険」から25年経った。「現代思想」はいまこそ有効な道具であるとし、マルクスをリサイクルすべきだという。ぜひリサイクルしたテクストを読ませて欲しいと思う。自分で書くとは書かれてないわけだが。

個人的にはお笑いブームのいま、マルクスブラザーズを再輸入したような芸風の日本人グループが出てきて欲しいと思う。芸能界にドリフターズのいた席が開いている今がチャンスだ!

そして本書と無関係に唐突なこと言って終わらせるが(マルクス兄弟は関係あるのか!?)、資本主義の方向性はベイシック・インカムの導入というベクトルがいいと思ってる。ベイシック・インカムは誰もが「貨幣」に困らない世界だ。社会主義的でありながら究極の資本主義の形じゃないかと思う。

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2009.06.17

バードリスニングという世界があった

フィールド録音目線で、前回「ジブリの風景を録りたい」という発想から里山というキーワードが出てきた。具体的には狭山丘陵がひとつの候補地となってきたわけだが、ここには川がない。

里山の音風景を想像すると、カエルだったり野鳥だったり木々の触れあう音だったりする。なかでも主役は野鳥かも。野鳥といえば日本野鳥の会、バードウォッチングだ。そう思ってフィールド録音と結びつくなにかがないかと探したら、とんでもない大家がいらっしゃることがわかった。蒲谷鶴彦さんだ。

蒲谷鶴彦さんは日本の野鳥録音の第一人者で、「朝の小鳥」というラジオ番組を50年にわたり制作されてきたという。関連情報を探していて見つけたブログ「生録。」によると、残念ながら2007年に亡くなられていた(享年80歳)。しかし貴重な講演記録の音声が残されていた(日光野鳥研究会サイトにて2004年、2005年)。

野鳥録音は「バードリスニング」ともいわれ、野鳥業界では一般的らしいmusickaraokechick。それも蒲谷鶴彦さんの仕事がルーツとなっているようだ。蛇の道は蛇と申しましょうか、野鳥の道は野鳥の会だねぇ(happy02)。

野鳥の鳴き声がわかるとフィールド録音へのモチベーションもスキルもレベルアップしそうじゃないか。子どもの頃は父の趣味で実家に何十羽のインコやニワトリがいた。近所の友人が瀕死の小鳥を抱えてきて対処方法を父に聞いたりしていたものだ。

だが野鳥の鳴き声は正直まったく聞き分けられない。カラス、ドバド、スズメ、ニワトリ、このくらいしか鳴き声わかりません...。大雑把な分類でよければウグイスとかフクロウとかさ(^_^;)。でも川や波の音をバイノーラル録音しにいったとき、野鳥の鳴き声が後で聞こえたり横切ってくれたりすると、心のなかでガッツポーズをしている自分もいた(笑)。

リアルヘッドマイクによるバイノーラル録音という点からすると、専門的なバードリスニングには限界がある。リアルヘッドマイクは自分の両耳にマイクをセットして対象(野鳥)のなかに居る必要があるので、鳥は確実に警戒する。長い時間じっとしていれば野鳥も気にしなくなる可能性はあるが。

だから「バイノーラル録音で野鳥録音をする」という方向性(あるいはオリジナル性)から考えると、そこまで接近して録るよりも、野鳥中心ではあるがその空間の全方位感をパッケージ化するというコンセプトに重点をおきたいと思う。そのなかで左後で鳴いてるのがアオバズクだなとか、いま右前方から左後方へ鳴きながら飛んでいったのはまさしくヒヨドリだなとか、そういうウンチク語りたいじゃん(笑)。

というわけで、バードリスニングというジャンルにはかなり興味を持った。雉も鳴かずば撃たれまいというが、大いに鳴いてほしい(笑)。撃たないからっ!これまで録音した鳴き声の主も特定できたらうれしい。

初めてリアルヘッドバイノーラルマイクを買いにいったとき店頭で聞いたのは、カラスの鳴き声だった。ボクのフィールド録音の原点は野鳥の声だったのだ。そうこじつけつつ、楽しみは膨らんでいくのであった。まずは関東地方の野鳥の声を学ぶとこからはじめよう。

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2009.06.14

星野博美がまだ足りない

じわじわと星野博美さんについて書いた記事へのアクセスが増えている。文庫本になった「のりたまと煙突」で星野博美さんに興味を持たれてのご訪問と思われる。ごめん、情報少なくて(confident)。でもネットに情報が氾濫していないところが星野博美らしさのような気もする。

ボクは「愚か者、中国をゆく」(光文社新書)で、星野博美の最初の中国への旅を読み、その流れを時系列に追っかけようと、昨年秋から正月にかけて「謝々!チャイニーズ」、「転がる香港に苔は生えない」(文春文庫)を読んだ。この追っかけは楽しかった。出版順じゃないけど、星野博美の歩いた軌跡を追ってるので、別の本で読んだ人のエピソードが出てくると、なんだか自分まで懐かしく思えてきたりして。

最初の新書を読んだとき、いや本当はケーブルテレビでお話しを聞いたときから星野博美さんが大好きになってしまって、横浜のワークショップに出かけて行ったり、ネットで星野博美情報を探したりした。ワークショップのときに話せればもっと別の展開があったかもしれない。そのチャンスもあった。

でもこのときは星野さんの師匠橋口譲二さん主催イベントだったし、星野さんの著作などについて思いの丈をぶつけるには場違いな気もした(いつだって思いの丈を著者にぶつけるのは場違いかもしれないが coldsweats01 )。前に若気の至りで叶美香さんに「公式サイト作らせてください!」って名刺渡したことあるのだが(笑)、あのときの場違いな感じがトラウマになってるのだ(なんつって)。

星野博美情報はネットでなかなか得られない。それでひとくちメモへのアクセスも増えているのだろう。とにかく情報が少ない。“星野博美が足りない”のだ。

読書感想ブログ以外の情報はなかなか見つからない。橋口譲二さんのAPOCCが数少ない公式情報だ。週刊誌には連載もされている。これは星野博美さんの著述業者としてのスタンスのようにも思う。メディアを使って広告打ちまくって売文業でボロ儲けみたいな某作家や某学者とは異なる。個人的には「愚か者、中国をゆく」は映画になると思っているし、話が来たら乗って欲しいけど。

そういう、いわばスローライフなタイプなので、むさぼるように星野博美本を読んでいくとすぐに読む本がなくなっちゃう。それは困る。そこで読むほうもゆっくりと読んでいくほうが長くつきあえるような気がする。1冊を時間をかけて読み進める。スローライフな気分になるときを待ち、そのタイミングで少しだけ読む。流行作家をビヤガーデンのビールのように飲むとすれば、星野博美はエクストラクラスのブランデーを舐めるような感じだ shine

●スローな読書にしてくれ

だからボクは3冊を読んだあと、どのように読み進めていくべきかを考える。流れからすると次は「のりたまと煙突」じゃなくて、「銭湯の女神」だと思ってる。本はずいぶん前から手元にあるけど、もったいないからがっついて読んだりしないのさ(笑)。

「銭湯の女神」での星野博美は、香港返還前後の時期を香港で過ごし(「転がる香港に苔は生えない」の時期)、日本に戻ってきて約3年目の星野博美だ。まえがきで「まだきちんと日本に復帰できていないような気がする」と書かれている。それは旅の余韻というだけではなさそうだ。香港をまだ消化しきれていない星野博美の葛藤がまえがきから伺える。読者としてその葛藤を理解するには、この前の中国・香港3部作が必要条件であり、いまボクにはようやく読む準備が出来てるわけだ。

「のりたまと煙突」は、いくつかのブログで読書感想を読んだ限りでは猫と暮らす日常のなかに「死の臭い」が立ち込めているらしい。くそー、そこまで一気に読みたい衝動に駆られるが、あせらないあせらない。一休み一休み...。

「死」と「旅」あるいは「人生」とは共通点がある。出会いと別れの繰り返しだが、旅先で出合った人とは二度と出会わないことも多い。人生でも同じだ。同級生として1年間同じ空間を共有しても一生出会わない人のほうが多い(同窓会とか嫌いだし)。

昨日マンションの管理人のおばさんから「来週で退職することになりました。土曜じゃないといらっしゃらないでしょ?だから今日でお別れですね」って挨拶された。鳩のときは面倒かけちゃいました。管理人のおばさんとももう一生会わないことだろう。マメな人は年賀状のやり取りとかするんだろうけど。

相手が生きているか死んでいるかに関わらず、旅も人生も誰かとの別れの先を生きていかなければならない。ボクは「人が死ぬときは一人」をもっとも根本的な自分のアイデンティティだと思って生きているのだが、他者との出会いと別れの繰り返しを自分の人生のなかでどのように位置づけるのか、いまだ模索してる。でも答えを見つける自信はないし、星野博美の著作とのつきあい方のように、答えを出そうと考えないでゆっくりと過ごせればいいのかもしれない。

いま週刊誌で連載されている星野博美さんのエッセイもそのうち単行本になるだろう。そこまでに全著作を読み終えないよう注意しつつ(^_^;)、これからも星野博美さんの著書とはつきあって行くつもり。いつか会って話しがしたい!

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2009.06.06

アメトーーク団体芸への遠い道のり...ゴッド舌!

ついに実現した。ゴッドタン芸人によるテレビ朝日「アメトーーク」での団体芸披露。テレ東で練習してきた成果を見せる晴れ舞台(いいのかそれでsign02ゴッド舌sign03)。一言で表現するなら、「アウェーーイ!フラーイ、アウェーーイ...」アウェイでの試合は厳しいものですね...。

吉本興業所属芸人による団体芸への憧れから、名付けて“吉本うらやましい芸人”かぁ。そしてダダすべりトーク救済の団体芸。あくまでネガティブ(笑)。そんなネガティブな心でアウェイの試合に勝てるのか。勝てるのか?勝てるのか!

一番はまったのが「なっいー!」だったのは意外。こういうのがいいんだなぁ。単発銃を連射するみたいな。オペラリアクションは重装備だからな。ゴッドタンという魔法がかかってない世間は厳しい(bearing)。あらためてゴッドタンという場の雰囲気が重要なんだと再認識した。

キングオブコメディのテルミン話は笑えたな。あと小島よしお驚愕の天然タメぐち。喫茶店の雑談か(笑)。笑えたのが“団体芸じゃない方”だったなんて。それはそれでアリなんだけどさ。

でも団体芸ってシステムをみんながわかって見てると面白いんだよな。これは吉本新喜劇もそうだし、古いけどカックラキン大放送のマチャーキのバナナの皮すべり芸とか、観客全員がそのお笑いシステムを理解すると面白くなる系譜の芸なんだ。来るぞ来るぞ来るぞぉ...キター!って。

だからゴッドタンで練習してきたとか、団体芸をやるために来たってことを明かした後は良かった。「吉本うらやましい芸人」じゃ「アメトーークで団体芸やりたい芸人」という本心が伝わらんからな。

おぎやはぎの小木が単身吉本新喜劇に乗り込んだくだりはすごかった!あの雰囲気。怖っsign01 団体芸といえば吉本新喜劇というわけだが、あのベテラン勢の楽屋裏の空気はたまらん。こわー!

悪ふざけ番組ゴッドタンで練習した団体芸もどきと新喜劇のあの雰囲気のなかで鍛えられた団体芸とじゃバックボーンが違うわな。ボクは新喜劇も好きだけど、ちゃらちゃらしたゴッドタンも大好きだ。みんなちがってみんないい(by金子みすゞ)。

これがアウェイデビュー戦だったけど、この団体芸に次はあるのだろうか。雨上がり宮迫の言うように、ほんとにダウンタウンDXでやっちゃうか?松っちゃんは結構好きそうだけど、浜ちゃんには本番終了後に激怒されそうだ(笑)。やっぱ、なっいー!

いっそ、みんなでインドへ行ってインド映画の傑作「踊るマハラジャ」の団体芸を修行してきたらどうだ。吉本の団体芸を超えるにはインド映画の団体芸しかないぞ。本気を出せ。テレ東も予算出せ(笑)。

遠足は行くまでにあれこれ考えるのが一番楽しいじゃん。ゴッドタン芸人の団体芸もきっとそう。その一番楽しい部分を見れるのは、やっぱテレ東「ゴットタン」なんだってことで、よろしいでしょうか impact

●もうひとつのコラボ企画!週舌ゴッドタン第2弾!

週舌ゴッドタン&BLTテレビのなかではアメトーークとゴッドタンのコラボだったが、テレビ雑誌「B.L.T.」とゴッドタンもコラボってる(もちろんローソンとも)。

ローソンでゲットしたフリーペーパー週舌ゴッドタンでは、我が松丸友紀アナがまたまた袋とじ。前回ほどのインパクトはないが、それが正しい。だって週舌ゴッドタンはDVD販売促進チラシなのであって、松丸アナをいじって遊ぶお笑いサークル紙じゃないんだから。

しかし松丸アナの雄姿は週舌ゴッドタンの袋とじだけに留まらず、月刊「B.L.T.」にも掲載された。昔はよく買ってたなぁ。女性アイドル中心主義のテレビガイドはそのコンセプトがかっこいいよね heart02

そしてこの雑誌で松丸友紀が体力測定をすることの必然性のなさ。それに乗っかるのが松丸友紀だ!大好きです!ワールドビジネスサテライトでコメントをトチっても大好きです!日経トレンディネットもチェキしていきまっせー。

相内&秋元[A×A(ダブルエー)]の新人アナオフィシャルブックが出せるなら、大橋&松丸のお笑いアナオフィシャルブックも出せよ。しょーみの話しが。ちがうかぁ!

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2009.05.23

飯森広一先生一周忌

最近、2005年に書いた「レース鳩0777(アラシ)」の記事へのアクセスが増えている。昨年5月14日に亡くなった飯森広一先生の一周忌前後だからだろうか。

不覚にも亡くなった当時はその事実をまったく知らなかった。飯森先生の公式サイトも更新が途絶えていたので、最近は描いていらっしゃらないのかなぁくらいの気持ちだった。

動物マンガの巨人として、いつの日かきっと再評価される日が来ると思う。一周忌に全集が出てもおかしくないとすら思っている(出たら買うぞ!)。2004年にもそんなこと言ってたけども。

レース鳩0777が代表作だが、個人的には「アイン」の認知度をもっともっと上げたい。マンガが日本の文化というなら、マンガだけの教科書を作ってもいいのではないか(>文科省)。もしそんな教科書が出来たなら飯森作品は確実に載せたい。

ま、教科書に載った瞬間、そんな作品も押し付けがましさが増大して面白みが削げ落ちてしまう気もするからやらなくていいけど...。飯森先生の一周忌をちょっと過ぎてしまったが、「アイン」全6巻を読み返そうと思う今日この頃だ。

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2009.05.17

ポップ・シティの偉大な田舎者!坂本龍一自伝

音楽は自由にする平原綾香のコンサートからは大満足で帰宅したが、体調はまたもとに戻ってしまい、日曜・月曜と腹痛で横になっていた。月曜午後には本くらいは読める状態に回復したので、坂本龍一自伝『音楽は自由にする』(新潮社)を一気に読み上げた。

坂本龍一を知ったのはもちろんYMOからだった。YMOキッズのひとりだったのでYMOに関する情報はむさぼるように収集してきたため、様々なエピソードはすでに頭に入っている。自伝からはその補強として、「そのときサカモトはなにを考えていたのか?」を読み、またそこに書かれていない行間を読まねばと意気込んでいた。...といいたいところだが腹が痛いんでサラっと読んだ(笑)。

昔から一貫して感じていたのは「坂本龍一はまったくポップじゃない」ということだった。テクノポリスとかがんばっているけれどポップじゃない。それは決していい曲じゃないということでなく、坂本龍一のポップ寄りの音楽にはムリがあると思っていた。

はじめそう思ったとき、それはクラシックの作曲家としてエリート教育を受け、その素養をベースに現代音楽・電子音楽へ傾斜していったアカデミックな音楽脳が邪魔をしていたのだろうとばっかり思っていた。しかしその思いは、ずいぶん前に(20年以上前に)すでに違うということを感じていた。

坂本龍一のアンチポップな感性はアカデミズムではなく、土着的な感性、田舎者の感性といったほうがシックリくる。いわばフォークロアなものなんじゃないかと思っていたのだ。それがこの自伝によって裏付けられたような気がした。坂本龍一の民族音楽への傾斜は筋金入りだったのだ。

昔NHKでやっていた「YOU」って人気番組に坂本が出演した回があった(あの番組の曲は結構ポップだったけど^_^;)。自分で楽器を作って集まろうみたいな回で、チープな音を出すお手製の楽器を若者が持ち寄っていた。坂本もそういうどこにもない楽器が頭に浮かんだりすると言っていた。水車が回って音を出したりとか。それが本来の坂本龍一だったのだ。

一番笑ったのは、高橋幸宏の自宅にはじめて行ったときの話。アール・デコの世界だったそうだ。床が市松模様のタイル張りなんて、坂本じゃなくても驚く。ユキヒロの自宅はまことちゃんちか!

高橋幸宏だけでなく、その後出会う細野さんにしろ山下達郎にしろ、同じ東京生まれ東京育ちの自分(坂本)なのに環境がまったく異なっていた。まさに音楽的にもファッション的にもおのぼりさん状態だったわけだ。坂本の土着なロック魂とは別次元の世界...。

彼らは坂本が理論から学んで構築していった音楽を、映画音楽やアメリカンポップスのなかから耳で会得していた。エベレストとチョモランマの違いか(>なんだそれ!)。それらの人々に出会い、「あんなチャラチャラしたやつらがロックやってんのかよ!」と思いつつも、坂本の音楽の世界も徐々にポップスへの扉を開かれたのではないか。

もっともボサノヴァだってカネ持ちの坊ちゃん嬢ちゃんの音楽だったわけだし、ハイソな音楽はハイソなところから生まれるものかもしれない。ただ坂本の持つ土着性が音楽的に構築されたメガトン級の論理を持っていたことは、日本のポップス界にとってどれほどの価値を持つか計り知れない。

逆に言えば、この坂本“教授”龍一はポップスの言語を持たないがものすごい音楽的才能だと周りが認めたのだ。現代音楽と民族音楽をポップスに持ち込むなんてことは誰にでも出来ることじゃない。持ち込む気があったのかどうかはわからないけれど、坂本の血肉化していたそういう土着性は充分すぎるほどYMOのなかに見て取れたと思う。細野さんも土着性が大好きなわけで。

YMOのすごいところは、ポップスの申し子高橋幸宏とポップスの田舎者坂本龍一とを、奇妙なパラダイスミュージックの細野晴臣という全方位外交な人がまとめあげていたことだった。異質なものどうしがテクノによって結びついたのがYMOだった。坂本龍一という田舎者がいなければ、YMOはあそこまで難解にはならなかったはずだ。

自伝を読みながら、坂本龍一の音楽についてもう一度考えながら聴きたくなった。幸か不幸かウチには『坂本龍一の音楽』という枕に出来るくらい分厚い研究書もある。それをめくりながら坂本龍一の音楽を頭で聞く。オレもポップスの田舎者だという自覚とともに。

考えなくていいのがポップス。平和な街ポップ・シティ。そこに田舎から出てきたおのぼりさんの教授はガチガチに武装した音楽戦士だった。くつろごうとするけれど武装解除しない。出来ない性分だから。そのギコチなさが教授のポップス路線の面白さでもある。坂本龍一の音楽は考えることから解放させてくれない。でもそれで疲れたらエナジー・フローを聴けばいい。ゆりかごから墓場までかっ?(>なんだそれ2!)

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2009.05.08

お国言葉の復権に賛成

圧倒的な人気で名古屋市長になった河村たかし氏が、名古屋弁の復権を行政の立場で公約しているとか。大いにやって欲しい。これは名古屋だけでなくて、全国津々浦々、地方活性化の基本となるのが話し言葉だと思うから。

そもそも共通語というのは日本版エスペラントのようなものじゃないかと思う。もっともエスペラントは世界共通語という平和理念による人工語だが、日本語の共通語は、国家統一とか軍隊での伝達系の効率化とか、どうもそういうイメージがある。

ちょっと前までは共通語ではなくて標準語と言っていた。私自身も油断すると「標準語」と言ってしまう。厳密にはこのふたつは異なる意味らしいのだが、標準語は「人為的に整備された規範的な言葉」だそうだ。

標準語から共通語へ呼称が変わるのは一歩前進ともいえる。共通の日本語というものが人為的に整備された規範から、便宜的に意思疎通をするための道具となり、日本語そのものがより身近な存在に思える。また押し付け感が薄らぐ。もっと能動的に共通語として話しだせばエスペラントの理想に近い共通語となれる。

そういう共通語としての日本語はあっていい。しかしさらに日常の自分たちの言葉であるお国言葉(いわゆる方言)を積極的に活用してゆくことが、地方活性化には不可欠だと思う。実際、地元ではみんなお国言葉で話している。それを学校教育が破壊しようとしてきたわけだ。

もっとも学校教育なんぞに破壊されずお国言葉は残っている。学校教育はそれを“なまりは恥ずかしい”とか“方言は品がない”などという負の価値観として植えつけてきた。この罪深き思想統制から母語ことばを開放しよう。とくに話し言葉としてのお国言葉、母語としてのお国ことばは、それだけで価値がある。歴史もある。

こういう話題を書くとき何度も紹介してきたのが、右上の「全国アホ・バカ分布考」だ。文庫になって持ち運びやすくなった。関西の人気番組「探偵ナイトスクープ」でアホとバカの境界線を探すという企画が始まりだが、内容がどんどん深まり、知的好奇心探究の旅となっており、マジで面白い!

そして左に紹介した新書は最近出たもの。語源ハンターがその言葉の生まれた現地へ行って語源を体感してるのだ。お国言葉にはその土地土地から日本中に広まった言葉もある。もうその言葉だけで地方への興味も湧く。言葉は生きている。もっとも身近なお国言葉を大切にしなくて、なにが地方活性化なのか。共通語とバイリンガルであることをもっと活用していくべきだと思うぞ。

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2009.05.06

復刊!ブラバンキッズ・ラプソディー

ブラバンキッズ・ラプソディー復刊ドットコムで別の復刊本を購入予約する際、ちょうど同時期に復刊されたので目についたのが「ブラバンキッズ・ラプソディー」とその続編「ブラバンキッズ・オデッセイ」(どちらも三五館刊)だった。同時に予約し、ブラバンキッズ2冊が先に届いたので読み始めたが、号泣 weep 号泣 crying 感動で4回は涙したな。

初版は1991年刊だから18年ぶりの復刊だ。くだらない本ばかり出版してこういう書物が眠ってるんだから出版不況なんてよく言うぜ。宝の持ち腐れなんだよな。良い書物はどんどん復刊させていこう。

オビには「ボロ負け高校吹奏楽部が一躍、『吹奏楽の甲子園』の頂点へ登りつめた!なぜだ?夢の舞台『12分間』へ一途だった、涙と汗の青春ノンフィクション」「普門館に伝説を生んだ“野庭サウンド”誕生の原点」とある。

わかりやすくいえば、ブラスバンド部版スクールウォーズだ(あるいはプロジェクトX泣き虫先生)。ダメな部活がひとりの指導者との出会いによって生まれ変わり短期間のうちに頂点へ登りつめる。その過程が感動的なのだ。ブラバンもラグビーも「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という基本姿勢が似てる。

ボク自身はブラスバンド部でもなく、ブラバンとのかかわりはほとんどない。どっちかというとブラスバンド部の演奏に乗って競技場を行進していたほうなので。そんなボクでもこの部活動の物語には感動する。なぜなんだろう?

ひとつには彼らと同世代だというのがある。彼らが吹奏楽に燃えていた1980年代、ボクはギターやピアノを練習したり映画を撮ったりしていた。プロレス技にも磨きをかけていた(笑)。何事にも打ち込むのが青春なのだ。同じ時代の空気を感じるのかもしれない。

そして物語としてすばらしい。ドラマ好きなので。当事者の何10分の1かでも、そのときの感動を味わえるのがノンフィクションのいいところだ。良い師匠との出会いというのは古今東西感動話の基本だ。それが作り話でないところがノンフィクションのすばらしいところでもある。

●運命的な出会い

いまや統廃合でなくなった神奈川県立野庭高校(ノニワじゃないのよ!ノバ高校)の吹奏楽部とそこへ部活動嘱託員としてやってきた中澤忠雄さん(元読売日本交響楽団チューバ奏者)との出会いとその後の葛藤はまさにドラマのようなホントの話だ。

同じユニフォームでビシっとキメた私立の名門が多い高校吹奏楽コンクールの世界で、制服姿で借り物の楽器を演奏する県立野庭高校吹奏楽部が全国に名を轟かせ、“野庭サウンド”とまで呼ばれる音を作り上げたそのルーツは中澤さんと当時の部員たちとの出会いにあった。

ひとりひとり傑出した才能はいない。はじめは部員すらも「箸にも棒にもかからない」と思っていた。あまりにひどいので、ホンモノの音楽家にちょっと指導してもらったらてな調子で、近所の楽器店からこれまた近所で音楽教室を開いていた中澤忠雄さんに話が通った。

事故で現役引退したものの中澤さんの音楽教室は盛況で、とても高校へ教えに行く暇なんてなかった。だが楽器店主の熱心な勧誘(?)を断りきれず、一度見学に赴いたのが運のツキ!ヘッタクソな演奏なのに一所懸命な子どもたちの顔を見ていると、この子たちが本当の音楽のすばらしさとすごさを知ったらどうなるだろうという興味がフツフツと湧いてきた。

中澤さんご自身も名門天理高校で全国大会金賞を受賞してプロになった人。指揮台に立つと次々と言葉が出てくる。部員たちもその的確な指導によって自分たちの演奏が変化してやる気が出る。もともと音楽が好きで吹奏楽をやっている部員たち。やる気を引き出せるきっかけとしてこれ以上の人はいなかった。

その後、合宿で危機が訪れたりするのだが(ここが一番泣けるのだが)、それはぜひ読んでみてほしい。

そして、読み終わったら、表紙カヴァを取ってみてほしい。必ず読んでからね。また号泣できるから。

●普遍的な青春群像

平凡な高校生でもちょっとしたきっかけと、目標をかかげそこへの努力によって夢に手が届く。それが人を感動させる。それ以上に自分が感動できる。16歳前後というのは平凡なボクたちでも人生の豊かさを決定付ける最初の関所だと思う。

プロになるためには3歳からトレーニングしてみたいな世界はもちろんある。しかし多くの人は平凡に義務教育を終える。そこから社会人になるまでに、どれだけのモノが吸収できるか。青春は一度きりというのはそういうことなんじゃないかと思ったりする。苦労を買ってでもすべきなのはこの時期だ。

受験勉強というのも確かに苦労を買ってるには違いない(高価な買い物だ)。しかし個人的にはあのお勉強が何か身について今に生きているとは思えない(まじめにやってないってのもあるがっ)。それ以外に使った(使えた)多くの時間のほうに価値がある。メリハリが大切ってことかなぁ。

感動する要素には中高時代に一所懸命にやった自分の体験もオーバーラップする。野庭高校を描いたノンフィクションではあるけれど、それは普遍的な物語として読める。当事者じゃないからこそ。この物語を媒介にして、純粋にがんばってたあの頃の自分を思い返してみたい(いや、いまがんばってないわけじゃないけども...)。

●その後のブラバンキッズ

野庭高校吹奏楽部は中澤忠雄さんとともに快進撃を続けた。その中澤忠雄さんも、生徒たちに“おくさん”と慕われた中澤さんの妻信子さんも故人となられている。野庭高校も2003年になくなって、OB会も解散した。

しかし、いま当時のブラバンキッズたちが集まって定期演奏会をされているというではないか!それがナカザワ・キネン野庭吹奏楽団だ。ブログもある。

「ブラバンキッズ・ラプソディー」の表紙カヴァを取って感動させてくれたのは、ブラバンキッズのお一人白根圭偉子さんご提供のあるモノだったのだが、「ブラバンキッズ・オデッセイ」を読むと、その白根さんが中学校で吹奏楽部顧問をされていた。こういうエピソードもそれだけで泣けるよねぇ。

その白根さんの中学校体育館などで練習をしてきたのがナカザワ・キネン野庭吹奏楽団。中澤忠雄さんの思いは脈々と受け継がれているようだ。

●野庭サウンドが聴けるCD

ボクはラプソディーを途中まで読んで、どうしても聴きたくなった。野庭サウンドがどういうものなのか。高校の吹奏楽部のCDなんてないだろうが、全国大会だと出ていることがママあるから。

そう思って探したら、なんと4枚組の野庭高校吹奏楽部だけのCDが出ているではないか!

音楽は心 神奈川県立野庭高等学校吹奏楽部・指揮中澤忠雄

ボクには高校吹奏楽部のトップ校がどんなレベルなのかまったくわからない。でも「ブラバンキッズ・ラプソディー」で感動した心にはジーンと響く演奏だった。

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2009.05.02

森も海もアイドル!

ちょうど昨年のゴールデンウイークに私は旅する巨人宮本常一関連本をいくつか読んでいた。宮本常一は同郷人かつ民俗学の巨人であり、その圧倒的なフィールドワークと語り部としての才能に惚れた。私はどんな業界でも現場が好きだ。そして現場の言葉で語れるヒトがいると俄然興味が湧く。

「森は海の恋人」という運動がある。三陸の牡蠣士(牡蠣養殖の名人)である畠山重篤さんらが21年前にはじめた「牡蠣の森を慕う会」のキャッチフレーズとして有名だ。

海を豊かに保つには豊かな森が不可欠だと、漁民たちが山に広葉樹を植え始めたのがきっかけ。科学的にもこの運動の意義は証明されており、毎年植林の時期には山に大漁旗が翻る。今年6月にはNPO法人「森は海の恋人」が設立され、環境意識の高まる現代において、ますます運動への期待は高まる。

畠山重篤さんの著書「森は海の恋人」と「リアスの海辺から」は一気に読み終えた。この著書を評する方はみなさん文章力を評価されている。本当に読みやすく、章立ての運びもうまく、読み進むにつれて惹き込まれる。

「リアスの海辺から」のあとがきで「漁民の物書きは少ない」と文藝春秋の編集者に言われ、カチンときて「年中仕事に追われそんなことをしている暇はない」と反論されたことを書かれている畠山さんだが、この文章力は漁民の段取り力の成果ではないかと思う。

自然を相手にしっかり準備をして臨機応変に対応する現場力と観察眼。生まれたときから漁民として生きてきた畠山さんには、豊かな海のごとく書く材料が豊富にあった。それを段取りよく描き出されている。海の幸が育っていくのを楽しみながら生活してきたリズムと徐々に高まる高揚感の記憶が文章に表れているかのようだ。

●民俗学から現場の発信力の時代へ

畠山さんも佐野眞一著「旅する巨人宮本常一」(>文庫化されたぜ!)と宮本常一著「忘れられた日本人」を読まれていたと知りうれしくなった。そして「忘れられた日本人」に心を動かされなかった理由が「(こんな話は)近所にいくらでもころがっていたから」というのでさらにうれしくなった。

民俗学の限界はあくまで旅人目線なのだ。村に溶け込んで一緒に生活しても、やはりそれは“フィールドワーク”を超えられない。

もちろん誰もが様々な土地や環境で同時には生きられないため、その生活を客観的に記録し民俗のルーツを探り残していく民俗学の意義は大きい。それはそれとして、私にはその民俗学が対象としてきた現場の人々のなかから、自分の言葉で語ってくれる畠山重篤さんのような才能が現われ、地球環境へアピールする仕事をされていることがうれしかったのだ。海と森とがつながったように、民俗学の客観と主観とがつながった瞬間だった。

「森は海の恋人」は、海にとって広葉樹の森がいかに大切かを知って居ても立ってもいられなくなり、広葉樹林を作ろうと立ち上がった漁民の思いに満ちている。「リアスの海辺から」では、三陸で初めて帆立貝の養殖に成功した畠山重篤青年の行動力と、そんな帆立貝に導かれるようにスペインはガリシア地方へ息子たちを連れてアポなし取材(笑)を敢行し、本場リアス式海岸の豊かさが都市と共存している姿を報告してくれる。

●山も川も海も人も鉄もつながっている

「森は海の恋人」とは、まさに自然の循環が地球を豊かにし、人々の生活を潤す源であることをしめしている。古来日本には豊かな広葉樹林があって、それが川伝いに海を豊かにしていた。その接点がいわゆる汽水域だ。

広葉樹の森がなければ汽水域が荒れ魚も寄り付かなくなり海が荒れる。都会人には「風が吹けば桶屋が儲かる」式の話かもしれない。かつては漁民の使う様々な道具類(船や竿や籠など)は山の木だったり、船が目印にするのも山の頂だったり、いろんな意味で山と海とは密接につながっていた。

だが経済優先の近現代社会は、成長の遅い広葉樹林を取り除き針葉樹林の人工林が範囲を広げ、ダムやら道路やらゴルフ場やらで山の風景は一変した。その結果、スギ花粉に悩みながら税金の無駄遣いでおかしなことになっていたりする。だがそんな山の悪影響が確実に海にまで響いている。そしていったん破壊された自然の再生には膨大な時間がかかる。

ガリシア地方のリアス式海岸(google Map)畠山重篤さんはリアス式海岸の「リアス」がスペイン語であることに興味を持ち、三陸リアスの漁民としてスペインへと赴く。そこで「森は海のおふくろ」と現地の漁民が言っているのを聞き、またまた確信を得るのであった。川が流れ込んでくる湾でなければリアスではない。その川の上流には、豊かな森が広がっているのだ。

「森は海の恋人」運動はそんな現実への疑問から導き出されたひとつの答えだ。守るべき自然の姿は広葉樹林と汽水域の充実にある。非常に明快な話だ。

さらに最近の畠山重篤さんは「鉄」にこだわっている。海には鉄が不足しているという。これまた桶屋のような話だが、森が海に供給しているのは鉄分であり、植物プランクトンにはなくてはならない存在が鉄らしいのだ。森、海、鉄の三角関係(?)こそが地球を救う切り札とおっしゃっている。興味深い話で、これから読み始めるところだ。

なにはともあれ、山の民と海の民とが共存共栄していくことが島国日本を豊かにする。では都会の民はどうすればいい?

私はフィールド録音で森や川や海に出かける。まさにアイドルの追っかけのように(笑)。そんな森も川も海も美しくしておきたいし、できることなら豊かな森や川や海に育って欲しいと願う。そして美味しい海の幸山の幸を届けて欲しい。腹は海のパトロン!そう唱えながら今日もまたネット通販で海の幸が届くのを待っているのであった...。まだかなぁ。

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2009.04.15

北野誠の本を買おう運動に参加!

この記事をどうして「経済・政治・国際」ってカテゴリにも入れているのかはさておき、北野誠さんの芸能活動無期限自粛の波紋が広がっている。

なんでも関西深夜の人気長寿ラジオ番組での発言が発端らしい。長年続いていた番組が突然打ち切りに。それも打ち切られた翌週に「先週で終了しました」という告知だったそうだ。この時点で異常事態が起きたことは確か。それが何だったのかはオモテに出てきていない。某個人・団体への中傷というウワサだけが一人歩きしはじめている。

関西ローカルの深夜ラジオの発言で芸能生活ゼロに追い込まれてしまうのは怖い世の中だ。ダメ政治家の超無神経な言動の繰り返しには甘いのに...。もちろんメディアでの発言は大きな責任が伴う。しかしその責任の取り方(取らせ方)もまた、メディアの問題としてメディアが解決し乗り越えていかなければならない。

その処分がどんな発言のもとに行われたのかすら知らされないまま、メディアでの言論を封殺されてしまう世の中は恐ろしい。メディアでの発言はメディアで反論なり謝罪なりを当事者どうしがやるべきだ。いつのまにかタブーとなり触れると抹殺される。そんな強力な圧力を行使できる、そして実際に行使してしまう存在が恐ろしい。

そのうち明らかになってくるのだろうが、そういう存在こそ根絶していかねばならない。

北野誠さんを応援するために彼の本を買おうという声がネットにじわじわ広がっている。ボクも注文したけれど、版元が小さそうだし圧力がかかったりしたら入手できないかもしれない。今現在amazonで1、2ヶ月待ち...。それでも注文した。それが意思表示だから。この状態でいま47位だ!声なき声を届けたい。

2009年4月15日8:00のランキング

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2009.04.12

竜兵会の社内報出版!?

どうもどうも。竜兵会の非常勤監査役ポップンポールです(smile)。オレに内緒でこんな本だすなよー。聞いてないよー!たまたまラーメン食いすぎて、ちょっと一駅歩こうとしたら道に迷ってしまい、その途中で寄った書店に平積みされてたんだよ。一度も入ったことない書店だよ。太陽さまに呼ばれた感あったなぁ。書籍までリアクション芸なんだから。思わずクルリンパって心の中で言いながら奥付を確認したら、発行日は今日(4/12)になってた。出来たてホヤホヤ。熱湯風呂のように熱い魂の一冊だった!

竜兵会といえば、ダチョ・リブレだけど、書籍には電波で流せないようなディテールが満載!太陽さまを社長に見立てて「竜兵会」をサラリーマン社会の縮図と言い切る。確かに言いえてるところもあるが、みんなこんな会社だったら日本はおしまいだな(笑)。

太陽さまこと上島竜兵社長をボクがビジネス界に例えるなら、本田宗一郎だと思うsign03

もっと正確に言えば、本田宗一郎と(水戸黄門の)うっかり八衛を足して2で割ってビジネスセンスを引いたような存在だ!

本田宗一郎さんは経営者として以上に技術者として一途なところがあって、空冷エンジンにとことんこだわって現場と対立し最終的には折れる清さも持ってる。、また、苦境に陥ったところから真価を発揮する才能も持ってました。世界のホンダ社長であっても現場が大好き。現場でとことんケンカするようなタイプの社長さんだったそうです。

上島は(って一視聴者のオレまで呼び捨て)、芸人としてよりもノープランなリアクションに一途なところがあって、それでも頭で考えたクルリンパにこだわり全部カットされたりして落ち込んでる。でも、苦境に陥ったところから本人も意識しない笑いの神が降臨して来ます。ダチョウ倶楽部であっても竜兵会という現場が好き。常に竜兵会で後輩にアドバイスを求め続けてる。そのダメさ加減が現場を育て、クルリンパ潰しなどのネタを提供し続けているのです。

この竜兵会バイブルでは、そんな太陽さまへの愛憎がとことん語られております。広報部長はやはりツッチー。竜兵会のメンバーがそれぞれに語っているんですけれど、各ページ数は竜兵会での立ち位置そのまんまだと思いました。

土田晃之:3ミリ
有吉弘行:2.5ミリ
安田和博:2ミリ
上島竜兵:2ミリ
インジョンすぎ:1.5ミリ
ノッチ:1ミリ
劇団ひとり:1ミリ
ヤマザキ:1ミリ
リーダー肥後:1ミリ

各メンバーのページ数をモノサシで計ってみた結果です(>ページ数でええやんけ!)。つまみ方で多少のズレはあります。

付属DVDもついているんですが、ここでは野武士でのトークバトルではなく、それぞれが竜兵会やダチョウ倶楽部について語っています。そこでインタビュアーが上島に「3人選ぶとしたら?」と質問。これにはキッパリ「土田、有吉、劇団ひとり」と語ります。理由は「いま売れてるから。」

あの煮え切らない上島が間髪いれずによどみなく応えた映像に愕然としましたね(笑)。オレですらここは百歩譲っても「土田、有吉、安田だろ!?」ってツッコミたい。劇団ひとりなんて付属DVDのなかですら「竜兵会から足を洗いたい」といってんですよ。「竜兵会という過去は、アーティストぶってるけど元レースクイーンというのに近い」とまで...。ひとりにとって消したい過去なんですわ。ああ、それなのにそれなのに!ま、そこが上島竜兵なんですけどね。

でも、ツッチーが「竜兵会が終わるとしたら?」の質問に上島が死んだときと応えて、本の最後に残した弔辞にはグッときました。これが竜兵会の強さなんですわ。非吉本芸人が団体芸を欲しがる意味も垣間見れたりして、本当に読み応えのあるバイブルです。日本企業は拝金主義で上島タイプを切り捨てて来ましたが、そうじゃないんだよってことがよーくわかる。笑いは空気を読まなきゃ作れないけど、読書は行間を読めるとまた味わい深いんですわ。いまが旬ですから!たらふく食ってほしい一冊です。

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2009.03.08

ドラマ「銭ゲバ」で考える人間の尊厳

やい風太郎!伊豆屋で最後に食った定食代払わず帰ろうとしたやろ(笑)。それはそうと、第8話はいわゆる最終回のひとつ前。どんな名作連ドラもこの回の出来が大名作になるかどうかの分岐点だ。その回で清貧な定食屋「伊豆屋」をついに崩壊させた岡田脚本。「銭ゲバ」への並々ならぬ執念を感じた。

「伊豆屋」は岡田さんの脚本によく見られる一種のオアシス的空間であった。ホッと一息つける場所。それは風太郎(松山ケンイチ)にとってもそうだし、視聴者にとってもそういう場所だった。だが、その伊豆屋ファミリーさえも長男の借金2,000万円返済のために人格が替わる。銭ゲバとして生きてきた風太郎が自分の死を選択できるのに対して、清貧の行き着く先に崩壊する伊豆屋ファミリーは死をも売らねばならない。どこかで何かが逆転している。

「銭ゲバ」は殺人を重ねて富を得てゆく風太郎との対比として、善人が善人でなくなる過程をいくつも見せる。風太郎を執拗に追った刑事(宮川大輔)は妻の手術費用を風太郎に出してもらうため風太郎に屈した。子ども時代の風太郎を拾った浮浪者の爺さんは殺人者風太郎の情報を数千円でサツに売ろうとした。伊豆屋の姪っ子(石橋杏奈)は風太郎に身体を2,000万円で売ろうとした。そして伊豆屋のオヤジ(光石研)と妻(りょう)は風太郎に包丁を向けた。風太郎の対応はそれぞれ異なるが、そんな人間の醜さを糧に銭ゲバ風太郎が肥大化してゆく。

ふっと大岡昇平の「野火」を連想する。「野火」では戦時下で飢餓兵士が人肉を食うか否かという極限の選択を迫られる。これこそまさに生き地獄だ。そのような連想を抱いたなかで、銭ゲバの父蒲郡健蔵(椎名桔平)が風太郎に貰った10億円の札束から1枚の1万円札を抜き取って舐めるシーンを見た。「まーずっ」といって吐き捨てる。そして風太郎に返しに来て紙切れと心中する気はないと告げる。そう、たかだか紙切れなんだ。

紙幣は紙切れだというこのフレーズ。スタジオジブリのプロデューサ鈴木敏夫さんの著書に出てきた徳間康快社長の言葉にもあった。「紙幣なんて紙切れ」という悟りは、資本主義という宗教への信仰を疑う、あるいは嗤う瞬間に訪れる。だが21世紀前半の暴走資本主義崩壊の渦中では、貨幣の信用失墜が現実に起ころうとしている。信用が失墜した世の中では、紙幣はほんとうに紙切れとなる。

そんな紙切れと心中する気がなくなった蒲郡健蔵の正常さ。「野火」の生き地獄と比べれば、どうにも平和な資本主義社会。人間が狂うハードルはかなり下がっているようだ。簡単に醜悪になれる。徹底的に醜悪な風太郎よりも、金持ち風太郎を前にして狂い始める一般人への大いなる恐怖。

安倍や麻生に代表される閨閥政治が牛耳るこの日本の本当の怖さは、ひとりの蒲郡風太郎を生み出す怖さではなく、大勢の貧困層が醜悪な支配層を前にして、セーフティーネットのないままに狂気へ陥る必然性にあるのではないか。

例えばもしベーシックインカムといった思想を受け入れることで、この国の人々の尊厳が取り戻せるならば、バラ撒き政治などよりよっぽど意味がある。蒲郡風太郎には思いつかないこのカネの使い方を、閨閥の皆さんに思いついてもらえると期待できるほどの平和ボケじゃ生きられない現代ニッポンだ。「銭ゲバ」を見ながら、そんなことを考えた。

余談だが、「野火」を書いた大岡昇平も今年生誕100周年。太宰や清張と同年である。もし読んでいない方がいたならこの機会に強く推奨しておきたい。日本文学の最高峰と言っていい。

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2009.03.07

久々の美術談義で盛り上がった日

先週、今年になってはじめてデザイナーH嬢から電話があったので、「あけましておめでとう」と挨拶し(笑)、新年会(?)をすることに。ディープな話になることも多いH嬢との飲みだが、今回は思いがけず美術について語る会になった。

美術談義といってもH嬢は自身が画家でもあり、純粋に描き手の視点で話せるのが貴重な存在。昨年の個展以来だったので、その後作品は展示してないのか聞いた。すると水彩で国内の某賞を取ったらしい。なんで連絡してこないのか!?

「30分で描いたもので納得してないから」とのこと。まぁそういいなさんな。えてして力作よりも何か力を抜いた作品のほうが他人に訴えかける場合もあるのではないだろうか。ご本人は次のステップへ向けて既に描き始めているようなので、とりあえず大きな賞を取ったらまず連絡してくるように伝えた。作品を真っ先に購入してやると(>やらしいな自分!)。

ひとつ注文を出すとしたら、ターナー賞のような方向性は目指さないでほしい。ぶった切りした牛のホルマリン漬けとか買いたくない(shock)。もっと真っ当な美術の道を希望。シュルレアリストポップンポールらしからぬ注文ですがっ!

●コスタビ、好きです。

Now_and_thenなぜかそういう話からコスタビの話へ。マーク・コスタビ。1980-90年代に人気のあったポップアートで私も原画を2枚持ってる。右画像はそのうちのひとつで「NOW AND THEN」という1999年のコスタビファクトリー作品。

今でも好きだ。コスタビは自身のファクトリーで製品のように作品を製造していく。私などはそのシステムもすべて踏まえてコスタビワールドだと思っているのだが、世間では自分で描かずにサインだけしてるコスタビに賛否両論だ。

しかし純粋な「画」として気に入ったなら、それがコスタビであろうがなかろうが、その「画」の質感だったり構図だったり色彩だったり雰囲気だったりテーマだったり、画そのものが放つ属性に感受性がリンクすればそれで自己完結するものだろう。「有名な絵描きが描いた」というのも属性のひとつに過ぎず、そこだけに価値を置くのは「画」そのものを否定しているに等しい。

そういう意味では、誤解を恐れずに言えば、贋作だって構わないのだ。名前を買ってるんじゃないんだから。ま、コスタビに関してはモノトーンのコスタビ作品が好きなのと、KOSTABI 1999というサインが入っているものが欲しかったというスノッブな理由から購入したのだが...。ついでに言えば、彼のピアノ演奏CDも持ってる。CDはジャケットに本人のサイン入り。目の前でサインを書いてくれたので、ある意味ホンモノ(笑)。めちゃめちゃ作家性を気にしてるやん!

ただ贋作は多くの場合、その動機の“さもしさ”が絵に表れるように思う。そういう作品はどこか欠けているように思う。そうは思うが、たとえばオーソン・ウェルズの映画「フェイク」の贋作師とか、映画「スティング」の騙しのテクニックとか、そういう騙しの技法すら気に入れば作品として認めたいわけだ。そんな物語まで含めて作品であろうと思うし、その物語も含めて買っている。

コスタビの場合は自身のコンセプトを具現化するためにファクトリーで創作していることを公表してやってるわけだから、そこを捉えてああだこうだいってもしょうがないと思う。ただそれが絵画かといわれると「うーん」と悩む。作品ではあるが絵画ではない。言葉遊びのようだが、絵画にはその作家性が絵筆のタッチそのものだという思いが私にあるから。別のアート作品だと思っていればそれでいい。世の中は多様化してゆくものだ。

さてH嬢はもちろん自分で描く。創作の現場では物語ありきで作品を作っているらしい。それは既存のものではなく、自分自身のなかに物語やファンタジーをまず構築し、その場面を切り取るのではなく、トータルな物語の具現化として作品があるということらしい。H嬢が「やられたぁ」と思った最近の作家は全光榮(チョン・クァンヨン)だとか。なるほど納得!

●物語を想起させる原風景

アンドリュー・ワイエス向井潤吉についても話した。これは完全に私の興味だけなのだが...。風景が好きだ。ワイエスはアメリカの原風景(ある種の幻影)を描き、向井潤吉は日本の原風景を描き続けた。

「原風景」っていったい何だろう。昔の風景というのとは微妙に違う。それはファンタジーとしての風景といって差し支えないのだろうか。多くの人を魅了する「原風景」とは実存しないイメージの世界。自分自身だけの思い出の風景とは異なる。少なくともそこになんらかの郷愁を感じさせる風景だ。

まったくの虚構で原風景らしき画風を構築できたら?H嬢の作品のいくつかにはそういう雰囲気を感じる。創作される物語がある種のイメージを伴っているから小説家ではなく画家を目指すのだろう。表現の自由とは選択の自由でもある。

どのような表現でも表出させるスキルを何か持っていることは人生を豊かにする。私自身は職業画家でも職業小説家でも職業音楽家でもないが、ある種趣味人としてのそういうスキルの獲得と幅の広さを求めて日々生活しているように思う。創作の喜びは生涯の宝だし、鑑賞者としてのスキルにもフィードバックできる。それもまた楽しい。

正直、10代のころに身につけた様々なスキルばかりだ。絵画も楽器演奏も歌も文章技法もバイク免許も鑑賞術も。その後はまったく何も身についていない。ただ10代に身につけた自分のスキルを編集し化粧し人の力を借りながら情報を付加して小出しにしてるだけ。それも日に日にどんどん衰えていく(笑)。中学生諸君、10代は重要だぞ。一生を左右するぞ。学校で与えられた勉強なんてしてる場合じゃないぞ。これは本当に心底そう思う。

ワイエスは今年の1月に他界している。91歳だ。絵のうまかった私の祖母も今年の2月に91歳で他界した。太宰と清張ではないが、まさかワイエスと祖母とが同い年だったとは知らなかったなぁ。ますます好きになりそうだ。

向井潤吉のでっかい画集上下巻は油彩をはじめた妹の次女に贈ろうと思っている。習作がどれも日本の原風景だったから。師匠の持っている画集の影響なのかも知れないが。今年中1になるが、その年で向井潤吉の作品に出会うのは私には出来なかった経験であるし、記憶の片隅にでも残ればいい。

ワイエスと向井潤吉とが身近な存在とつながった。しかも亡くなった祖母と未来のある中学生と、それぞれに関わり、ちょっとヘミングウェイっぽい生と死の物語(イメージ)を産む。離れていた絵画を再開してみようかなという気分にもなってる。最近は画材も進化しててハードルも下がっているが、あきらかなデッサン力の衰えに愕然としている自分もいるのであった(coldsweats01)。

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2009.03.01

ソフィー・マルソー人気衰えず!

昨日ソフィーの著書「うそをつく女」のアフィリエイトへのアクセスが急増していた。ひとくちメモでは2003年に書いた超初期の記事だ。同時にラ・ブームDVDなどソフィー関連グッズへのアクセスが見られたので、こりゃなにかニュースがあったかなとググってみたら!

2月27日付のフランス紙パリジャンの人気調査でソフィー・マルソーが51%の支持を集め、女優部門の第一位だったというニュースが流れていた(時事通信)。なるほど、これかー!ビッグニュースだね。

ソフィーがデビューした頃からのファンです。既に数年間放置しっぱなしのホームページでやってる1コーナー「early Sophie's photo album」に、世界中からいまだにアクセスがあるのも今回の人気投票で納得しました。アクセス数を取り寄せてみたら、2/28以降2日間で5,000件を超えてました。2000年に作ってほとんど更新してないページなのに驚きです。

と同時に、ホームページやブログ、そしてアフィリエイトをやっていると、自分に興味がありかつ旬の話題がこういうカタチで発見でき、こちらからもすぐ検索してアクセスできるのがありがたい。これが紙の日記だったらありえないです。情報を発信することが逆にアンテナを高くすることになるって実感するよ。ネットの効能のひとつだね。なんでも書いておくもんですわ。そして続けること。これが大事ねshine

逆にアクセスログを辿ると別のソフィー情報を発見できるわけか。もっとも多いのは検索エンジンですが(^_^;)。というわけで、アクセスしていただいたソフィーファンの皆さまにご恩返し(happy01)の思いを込めまして、検索エンジン以外のアクセス元をひとつピックアップしてご紹介!

英語学習ポータルToeic Online
ここ一年、コンスタントにアクセスいただいてました。どうもありがとございます。

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2009.02.28

太宰と清張の“点と線”

新潮文庫「松本清張の本」解説目録 生誕100年記念版太宰治と松本清張。日本文学史におけるこの二人の巨匠は作風も生い立ちもまったく異なり、その人生という“線”が私のなかで交わることはなかったのだが、今年2009年がこの二人の生誕100周年であるという“点”でいきなり交わり、「えぇーsign01この先生方は同い年だったのぉーsign02」とまるで推理小説でも読んでいるかのごとき錯角を覚えたのであった。

定期購読してる月刊「FACTA」3月号の記事「太宰と清張『生誕百年』の喝采」で初めて知った。記事のなかにも、「実は同年生まれの同時代人であったといういささかおもいがけない『発見』によって、ブームに拍車がかかる。」とある。

なぜこの同時代人の作家の“点と線”が生誕100周年にまでなってようやく「発見」されたのか。生誕50周年でも60周年でも区切りの年はいくらでも作り出せたはずだ。それでも交わらなかったところが、二大巨匠の人生と深く関わっているからこそ、この生誕100周年の驚きがあるのかもしれない...。

●太宰治 1948年入水自殺にて没

多くの文学少年少女と違わず、私も太宰治には中学・高校時代にのめり込んだ。青空文庫でいくつもの作品が無料公開されている。つまりその作品が著作権フリーになっている。近代文学のなかの古典といってもいいだろう。

太宰治ファンに好きな作品ベスト10でも選ばせようものなら喧々諤々の大議論になる(笑)。教科書にも載っている「走れメロス」や斜陽族を生んだ「斜陽」、そして「人間失格」、それに「津軽」、はたまた「富嶽百景」「お伽草子」「ヴィヨンの妻」「パンドラの匣」などなど、挙げていけば止まらない。

いわゆる私小説の作家だ。第一回芥川賞候補になり、是が非でも取りたいと佐藤春夫に手紙を送り続けたり、落選したら選考者の川端康成を恨んだり...。その執着心と躁鬱かと思うような作品群のふり幅が、作家として生きる業(ゴウ)と才能をさらけ出しつつ、39歳で入水自殺。

個人的には「人間失格」を読んで驚愕し、そこからむさぼるように太宰作品を読み始めた。先に挙げたもの以外にも「二十世紀旗手」「正義と微笑」が大好きだった。

読書感想文が苦手だった私だが、高校時代に「斜陽」について4人の太宰治という視点で作文を書いて国語の先生に褒められた。このとき感想文というものもただ感想を書くんじゃなくて自分で創作していいんだと知ったのがいまに生きてると思う。

ちなみにこの先生は月の満ち欠けの図を出版社に投稿して古語辞典に採用されたりしてるオモロイ先生だった。辞典に載った自身の図を見せびらかして喜んでいたオッサンだから、私が褒めると伸びるタイプだと知ってたんだろう(笑)。太宰治もゼッタイ褒められたい願望の強いヤツだったに違いないのだ。

●松本清張 1950年『西郷札』にてデビュー

松本清張も多作な作家だ。ドラマ化や映画化される作品が後を絶たない現代の人気作家ともいえる。ただ太宰と異なり、中高生の頃読んだ記憶がない...。大人の読む小説というイメージだった。それでも山口百恵主演映画「霧の旗」などは観た記憶があるから、知らずに作品に触れていた面もある。

最初に読んだ長編は「落差」だったと思う。教育産業である教科書業界の利権や裏工作のすさまじさを描いた超長編だ。その後小説は読まなかったが、「砂の器」は加藤剛主演映画も中居正広主演ドラマもすばらしかった。

デビューしたときの松本清張は41歳。週刊朝日の「百万人の小説」で3等入選。44歳のとき「或る『小倉日記』伝」で太宰の逃した芥川賞を受賞した。そこからは「点と線」「ゼロの焦点」「日本の黒い霧」「わるいやつら」「黒皮の手帖」などなど聞いた事のあるタイトルが並ぶ。1992年肝臓がんで死去。82歳。

作品情報については全部「新潮文庫 松本清張の本 解説目録 松本成長生誕100年記念」という冊子を見て書いた。だって作品読んでないんだもん!この冊子はよく出来ててカタログ好きの私にピッタリだ。いまなら本屋のレジ横とかにおいてある。

その解説目録表2に松本清張『半生の記』からの引用があった。一部引用したい。「いわゆる私小説というのは私の体質には合わないのである。そういう素材は仮構の世界につくりかえる。(中略)それが小説の本道だという気がする。」これが太宰治を念頭においての言葉なのかどうか知らない。だって読んでないんだもん!遅ればせながら是非読みたい一冊だ。

ちなみに太宰も「わが半生を語る」という文章を残している。これも青空文庫で読める。見てもらえばわかるがみじかっ!そしてやっぱりネガティブ...。まぁ太宰は他の多くの作品で人生語りまくっているともいえるわけで、あらためて語らなくてもいいはずなのだ(仮構かもしれんが)。頼まれて書いたやっつけ仕事かも。知らないが。

●太宰と清張 交わらなかった線

太宰治が死んだ39歳のとき、同い年の松本清張はまだ作家として世に出ていなかった。太宰の死後約2年経って松本清張は脚光を浴びたのだ。だからこの二人の作家人生の“線”は交わることがなかった。

生誕50周年記念的行事も、既に没後10年以上経った太宰治にはあったかもしれないが、松本清張にとって50歳はまさに社会派推理小説ブームの渦中であり、生誕50周年なんて発想すらなかったことだろう。

とはいえ、遅咲きの松本清張が太宰治の活躍を知らなかったはずはない。清張がデビューするまでの40年間は太宰治の全生涯と重なっているのだ。しかも松本清張は朝日新聞の社員でもあった。太宰治といういわばお騒がせ流行小説家の書く私小説をどんな思いで見ていたのだろう。

貧困のなかで育った松本清張と金持ちコンプレックスを増幅させていった太宰治。この二人のまじわらない人生の“線”が生誕100年という“点”で結びついた今年。松本清張に少し肩入れして読んでみようと思う。太宰治少年だった私もそんな年になったのだ。

追記:読売オンラインに興味深い記事があったのでリンクしときます。

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2009.02.22

たけしへのラブ・レター『俺の彼』

最初にカミングアウトするが、『俺の彼』(徳間文庫)はホンモノのゲイの本、じゃない。ホンモノの芸人の本だ。俺とは島田洋七(B&B)、彼とはビートたけし(ツービート)。

いまや『佐賀のがばいばあちゃん』でしゃべる大作家となった島田洋七氏が、いまや世界の北野となったビートたけしとの友情を綴った、なんとも痛快でホロっと来る一冊だった。

このところ麻生と中川だの、小泉と麻生だの、気持ちの悪い人間関係ばかりでうんざりしていたので、書店で見つけて思わず購入。すぐに読み終えた。

駆け出し漫才師同士。横山やすし師匠の天才的“勘”によってめぐりあった二人。その直後、やすし師匠に千葉の食堂で置いてけぼりを食わされる。ポケットに500円しかない洋七と700円しかないたけし。あわせて1200円じゃタクシーにも乗れず、始発に乗れるまでトボトボ東京方面へ向けて歩き始める。

出会いからして映画のようじゃないか。その一年後には漫才ブームがはじまり、月に数千万円を稼ぐB&Bとツービートは時代の寵児となる。

ブームが去って取り残されていく思いの洋七。何も起こらない洋七の日常のなかで、常に時代の先を見て変化し大きな存在になっててゆくたけし。だがそんなたけしもフライデー事件やバイク事故を引き起こす。

ボクたちが見てきたワイドショーネタの裏側で、失われることのなかった友情を凝縮した一冊だ。そこには常に笑いがあり、お互いの期待に応えようとする意志がある。お笑い走れメロスつーか(笑)。

洋七がたけしに勝っている部分を発見。それは本のタイトルのつけ方だ。ロマンチストのたけしにはないキレがある。ホモでもゲイでもなく「俺の彼」といえる関係はいいな。

この本、たけしに黙って出版したとか。後日それを知って読んだたけし。電話口で「面白いじゃないか、バカヤロー!」と叫んだ。そのときのたけしの顔はどんなだっただろう。というより「俺の彼」ってタイトルを見た瞬間のうれしさはどれほどだっただろう。しゃべくりでは大言壮語の大嘘ハッタリ芸が得意な島田洋七だが、この本にはウソがない。たぶん(wink

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2009.02.15

梶山季之『族譜』に現代日本も垣間見た

梶山季之の文体がどうにも好きだ。名文家と呼ばれる方々はたくさんいるが、そういう評価のベクトルとはひと味違う。梶山季之の文章にはグルーブを感じて、その躍動感はどうやったら出せるのか研究に値する(誰か研究して発表してくれ)。

週刊誌のライターでもありトップ屋とも言われた。この資質あってのトップ屋だったのか、トップ屋だったからこそのこの文体なのか。一言で言えば天性の資質が仕事で磨かれたってことなんだろうが見習いたい。もともと多作な人で1960~70年代にかけて流行作家だったそうだ。ジャンルも多様で経済、推理からポルノも書いた。

1975年に45歳の若さで亡くなっていて、現在簡単に購読できる作品は結構少ない。以前紹介した『赤いダイヤ』は実在した人物がモデルの小説で復刻されたのは快挙だった。投資ブームさまさまだ。他に変り種ながら古書業界を舞台にした奇談集的小説『せどり男爵数奇譚』(ちくま文庫)なども現在手軽に入手可能だ。結構エグい話(人皮で装丁する魅力にとりつかれた男の話とか)もあるが面白い。目のつけどころが違う。これ1冊でも記事に出来たのだが松岡正剛氏が書いていたのでリンクしとこう。

さて、本題は『族譜』だ。日本の植民地支配の手段だった「創氏改名」が、700年続く親日家の一族を断絶させようとする。その政策を推し進める役所の手先としての主人公はモラトリアム青年であり、労務徴用逃れのためにコネで役所勤めをしている。役所にいる小さな人間(日本人課長など)の出世欲や若者の心の揺れと、彼らによって推し進められる植民地支配のための「創氏改名」という大きな罪とのギャップにイライラする。

創氏改名による朝鮮民衆の受難と日本の植民地支配の非道を描いているけれど、これはある種青春小説として読める。最後まで読んでいくと、主人公のモラトリアム青年がなんだかいいヤツに思えてくるかもしれないが、冷静に考えるとそれほどたいしたヤツでもない。だが若者とはそんなものだとも思う。最終的に彼の取った行動が免罪符になるわけもないが、しかしそのひとつの決断は青年の成長ともいえる。モラトリアム脱出物語として読むなら。

また官僚批判小説でもある。官僚って人種はいつの時代もこうなのかというくらい典型的な出世欲の塊として描かれる。モラルもなく賄賂には転びそうだし、メンツを潰されたらどんな手段を使っても復讐する。すべては自分の保身だけのために生きる。現代の大企業管理職や官僚の姿を見ても何も変わっていないって痛感する。

日本は戦争に勝とうが負けようが関係なく、一貫して官僚が君臨・支配する国家のようだ。官僚vs日本人といった図式があるのかもしれない。年金問題などの裏切り行為は、植民地支配者による「創氏改名」の推進となんら違わない。民はいつの時代も官僚にいいようにたぶらかされて死んでいくのだ。それを壊せるかどうか。100年に一度の危機というなら、まさにいまそういう闘争をしなければならない。

ついでに麻生総理は以前「創氏改名は朝鮮の民が望んだ結果である」ということを発言している(2003年5月東京大学での講演)。そんな麻生総理にもぜひ読んで欲しいが、悲しいかな『族譜』はマンガじゃなくて日本語でかかれた小説なので期待薄だ。

以上が『族譜』のご紹介でした。
 実は先日(2/11)の深夜2:47に祖母が他界し本日まで実家に帰っていました。昨年の2月前半も伯母が他界しブログの更新を中断していた時期があります。これほど近い存在を次々と亡くす現実ははじめての経験でした。それだけ年を重ねてきたということでしょう。
 両親が共働きの家庭だったので祖母は育ての親でした。新幹線で5時間の距離がたまらなく遠かった。妹夫婦とその子どもたちが両親と実家に住んでおり、何から何まで任せきりで、こんな生活を続けていていいのだろうかと自問することもあります。
 孫だけでなく曾孫にも囲まれての91歳の旅立ちは大往生かもしれません。しかし個人的にはほとんど何の恩返しも出来ず送ることとなり悔しいです。でも母は私以上につらかったはずです。早くに父を亡くし昨年からたて続けに姉と母を亡くし「自分だけになった」と言っていました。しかし自分だけと思わないで欲しいと思います。父も妹家族も私もいるから。
 祖母の死が家族という存在を強烈に実感させてくれたように思います。日常を生きなきゃダメだ。今回どうブログを再開しようかと思い『族譜』を紹介したのは、そんなモラトリアムな自分が主人公と重なったからかもしれません。

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2009.02.01

仕事道楽は道楽仕事じゃ生まれない

仕事道楽 スタジオジブリの現場プロデューサーという仕事はつくづく大変な仕事である。営業と総務と経理の責任を一手に引き受けつつ、現場を盛り立て仕事環境を作っていかなければならない。究極の裏方稼業だ。好きでなきゃ出来ない。そんな仕事を「道楽」といえる鈴木敏夫さんの図太さというかちゃらんぽらんさというか、そのバランス感覚は稀有だと思う。

余談だが「仕事道楽」と「道楽仕事」とは微妙に(大いに!)異なる。昔『編集バカとバカ編集者』という名著(笑)があったのだが、まさにこの「バカ」の位置と同じくらいに「道楽」の位置が重要だ。2005年に発行された鈴木敏夫著『映画道楽』も、道楽映画じゃ誰も見ないだろう(笑)。言葉ってのはほんの小さな違いが大切なのだ。そしてプロデューサーという仕事は言葉の魔術師でなきゃ勤まらない。

鈴木さんのキャリアは徳間書店での雑誌編集者から始まりスタジオジブリのプロデューサーへとつながっている。編集という仕事も裏方稼業だ。作品は他人が書き描く。編集者もプロデューサーも、その作品作りの環境を整え人と人のつながりを創造する。

ボクにはそんな裏方稼業で作られた環境やチームそしてその過程そのものもひとつの作品に思える。というより、そっちの作品にこそ知りたい情報や感動があると思っている。だからプロデュースを生業としている人の本が大好きだったりする。2年前に更新したきりほったらかしなのだが、セブン&アイのみんなの書店にジオイ堂という書店を出して「プロデュース堂」なんてコーナーも作ってるくらいに裏方稼業が好きだ。

さて、調べたらウチにはジブリのDVDが4枚あった。
「もののけ姫」はこうして生まれた。
大塚康生の動かす喜び
ラセターさん、ありがとう
ジブリの絵職人 男鹿和雄展 トトロの森を描いた人。 (Blu-ray Disc+DVD)
以上の4枚で、実はぜんぶ映画作品じゃないのだ...。

それはもう確信犯的(?)に裏方系DVDばっかり買ってる。宮崎作品としては「未来少年コナン」と「カリオストロの城」は持っているけれど、ジブリ作品じゃない(よね?)。もちろん映画作品を映画館で観ている場合はあるがDVDでは持ってない。ジブリ作品はいつでも観られるという思いもあるし、逆に裏方系は入手しとかないとそのうち入手困難になってしまうかもという恐れがあったり。

『仕事道楽』ではジブリの2枚看板である高畑勲と宮崎駿のエピソードがふんだんに出てくるが、ボクがもっとも面白かったのは2000年に他界された徳間康快(徳間書店初代社長)のエピソードだった。

●徳間社長の思い出

ボクにも徳間社長には強烈な思い出がある。就職活動で徳間書店を受けた。出版社は結構受けたが、最終面接でもないのに学生数人の前で1時間の演説をぶった社長は徳間さんだけだった。机を囲んで待っているといきなり徳間社長が現れたのだった。

そこから1時間。話された内容はもううろ覚えだが、たぶん「徳間ジャパンでは何でもできるぞ。やる気があるヤツには面白い会社だぞ」ってことを熱烈に話された。徳間書店を受けに行っているのだが徳間ジャパンとして話されてた。いまから思えば、だったら入社させろよって話だけど(coldsweats01)。読売新聞出身だってのは知ってたから、ブンヤというのはこんなにバイタリティあふれる人種なのかと思った記憶がある。もっとも徳間社長が特殊だったわけだが...。

そんな徳間社長のもとでアニメ雑誌の編集をしていたのが鈴木敏夫さんだったわけだ。どんなに厳しい状況でも楽しんで乗り越えようとするバイタリティはまさに徳間魂かもしれない。

『仕事道楽』に出てくる強烈なエピソードにある「金なんて紙だからな」なんてこと言う社長と仕事する機会はめったにないだろう。そんな豪放磊落な社長と出会い、社員総会でいたずら小僧のような社長の仕掛けにはめられた経験などを爆笑しながら読むにつけ、どんな出会いでも受け取り方次第で自分の糧になるもんだなぁとも思ったりした(笑)。

ようは人間、考え方次第で学習機会が転がっているってことだ。出会いを自分の糧にしながら、自分も他人に影響を与えつつ作品と自分とを作っていく。そういう仕事が出来た満足感が「仕事道楽」という言葉につながるのだろう。どっかの国の世襲かつ無選挙首相のような“道楽仕事”じゃ絶対味わえない仕事感覚だな。

実は鈴木さんにも一度だけお会いしたことがある。知人の結婚式の来賓でスピーチをされたのが鈴木さんだったのだ。当時ジブリ映画はすでに成功を収めていたけれど、一般的にプロデューサーが脚光を浴びるという状況でもなかった。ボクも「へーこの人がジブリのプロデューサーかぁ」くらいの感想しか持たない青二才だった。

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2009.01.18

革命50年 いまもキューバは熱い!

今年の1月はチェ・ゲバラの2本連作映画が話題だ。ソダーバーグ監督ファンとしてはぜひ観に行かねばと思っているが、まだ行けてない...。2本同時に観たいという思いもあるので、「チェ 39歳 別れの手紙」が公開されたら、「チェ 28歳の革命」も観に行こうかなと思う(ロードショー2番館になるかな?)。

しかしその前に、1月はヒストリーチャンネルで注目の番組が放映されている。ゲバラとともにキューバ革命を成功させたフィデル・カストロがフランスの番組で人生と革命を語っている(2003年全5回)。今日これから全部再放送されるので録画体制を整えた!

キューバは日本といろいろな面で真逆だが似た位置づけともいえる国だ。冷戦のなかで、地理的には政治体制の異なる超大国(アメリカとソ連)の喉元に剣の切っ先のように位置する。日本は共産主義大国ソ連・中国への資本主義の砦、キューバは資本主義大国米国への共産主義の砦だ。もっとも日本のように大国べったりではなかったが。

また行政においても、キューバのコンセプトは教育と医療に傾斜している。これはキューバ革命から50年経った今も同じだ。医療が外貨獲得の主要産業となっている。それに比較して日本では教育と医療がもっとも後回しにされている。

ちょっと扇動的になるが、ひとくちに「貧困」と言っても、そのあり方が違う。貧困でも「生きさせる!」と行政のトップが率先して国を作ったのが革命後のキューバであり、「生きさせろ!」と叫んでも行政のトップに届きにくいのが自称経済大国だった現代日本という国ではないだろうか。

●キューバのコンセプトは「生きさせる!」

「生きさせる!」というコンセプトを実現するためのツールが共産主義革命だったのではないか。その逆はありえない。つまり共産主義だから生きさせられるわけではないと思うのだ。ここを間違えて主義が先頭に立った運動は常に悲劇だ。イデオロギーはコンセプトになり得ないと個人的には思う。

カストロとゲバラのコンセプトの根源は人類愛であり「とにかく生きさせる」というシンプルなものだったのではないかと思う。それを基準にバチスタ政権を倒し国家を形成するための優先順位の決め方、実行手段を探った結果、社会主義もしくは共産主義が彼らにとってのベターチョイスだったのではないかと思うのだ(まだ学習不足のオレなのでカッコ付きだけど)。

キューバの貧困は経済封鎖による外圧だったと思うが、その貧困のなかで「生きさせる!」というコンセプトが揺るがなかった50年こそが、キューバの財産だと思う。それも発展途上国には無償で薬を与えたりしている。日本は物質的に満たされながら、独自に考える政治をしてこなかった。そのツケがそろそろ回ってくる時代かもしれない。経済はバブルで踊れるが、教育と医療の貧困には特効薬はないのだ。

日本がキューバに学ぶことは多い。まずはオレにもキューバの抗コレステロール剤が買える国になってくれ(笑)。

マイケル・ムーア監督の「SICCO」じゃないが、カナダにしろキューバにしろ手厚い医療の国が米国の隣国なのは興味深い。米国を反面教師にして、米国のやってきた反人類的暴力資本主義を近くで見ているときっと悪いところがよく見えたんじゃないだろうか。そういう意味じゃ米国も必要悪だったのかもしれない。だが大きくなりすぎた。

日本は太平洋があるから、夢のような米国の消費社会のいい情報しか入ってこなかったのかもしれない。さらにソ連・中国に見せ付けるかのような特異な占領政策。日本人も勤勉でおとなしいから原爆を落とした国から与えられたその境遇を満喫してここまで来た。あまり考えることもなく対米追従で満足してきた。途中で反抗期はあったにせよ...。

でもこれからの日本は、親たる米国が借金まみれで倒れてしまった状態からの自立が必要だ。キューバは米国ファミリーという大豪邸のそばに孤児のように必死で生きてきた。そしてキューバファミリーを生きさせてきた。そのバイタリティと意志には、敬意とともに学ぶべき点が多々あると思う。日本人ならできると思う。何を捨てて何を得るのか、その順番を考えなければならない。

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2009.01.12

偏愛的活字中毒症の新春

時間は膨大にあった年末年始とこの3連休だが、まったく読書が進まない。読むべき本は目の前にたくさんあるのに、意識が先走って読書スピードが追いつかないのだ。速読術を身につけておけばよかった。オレはビブリオマニア(愛書狂)ではないと思うのが、書籍をとにかく買いだめする時期に入ったようだ。

雑多なジャンルの本を買いあさるため、それらをこなす時間配分を考えるところから治療が始まる。トイレで読む本、電車で読む本、外出時空き時間に読む本、就寝前に読む本、日を決めて集中して読む本、いつか読むかもしれない本、といったカテゴリになんとなく分類し、それぞれのカテゴリのなかで順位を決める。

その基準は、携帯しやすさだったり、内容の軽さ(重さ)だったり、分断して読めるか集中が必要かだったり、朝がいいか夜がいいかだったり、いま興味があるのか他の本を読んだ後補足的に読むべきなのかだったり、他のメディア(テレビやネットなど)で関連情報を得てからだったり、いろいろだ。

そしてそれらが毎日の気分によって入れ替わる。朝晴れてなきゃ読む気にならない本もあれば、暗く曇った日に読める本もある。ようは自分の気分を害さないように、選択できるだけの幅広さが必要なので、買いあさるわけだ。

もっともこれは病気なので、それしかなければそれを読む。持ち出してなければ読めないわけで、読まないよりは読んでいるほうが落ち着くのだ。本当はズーーーと本棚に囲まれた温暖なサナトリウムで読書漬けになればよさそうなものだが、そうなると今度はその環境がたまらなく嫌いになり、自由を求めて飛び出したくなるだろう。

最後まで読まない本も多い。持ち歩ける本はほとんど最後まで読まずに次の本に交代する。その至福の時間が終わるのはイヤなのだ。映画もそう。ラストが来なければいいのにと思う。延々続いてくれて、オレの興味が尽きたところで止めたいのだ。

もちろんそんな作品はどこにもありえない。だがこれを唯一実現できるのが自分の人生なのだ。なのでオレは人生をその時々で好きなように軽やかに、ときには小さな波紋を投げかけつつ、あるいは論理を飛躍させつつ、いろんなジャンルのつまみ食いをして生きてる。

ジャンルはさまざまだとは言ったが、今年は傾向がある。小説などの虚構の世界はほとんど除外(これは20代後半あたりからそうだった)。基本はノンフィクションや極めた人のエッセイや新書だ。それも動物や自然など平和かつ稀少な体験本がいい。なかなかないのだが...。ただそういう本ばかりだと重くてスキマ時間に読めないので、軽い文庫なども入れてバランスを取る。

移り気なのだ。留まっていられない。忙しければ忙しいほど中毒症状は深まる。現実逃避なのだろう。あらゆる現実から逃避したがる病気だ。常にパラレルなもうひとつの世界に惹かれる。青い隣の芝を渇望する病いだ。充足することがない無間地獄のようなものだ。

でもそれらの間をうつろいゆくこと、変化し続けるところに幸せを感じる。それなのにその先が虚構ではなくノンフィクションなところが現実世界を放棄せずに生きていられる鍵かもしれない。本気で虚構の世界に行ってしまったら、やはり日常生活を送ることが出来なくなるに違いない。芥川や漱石みたいに...。ノンフィクションへの偏愛で助かった。

さらに読書からなにかを得ようということでもない。赤線引きながら読むなんてことしない。ただただ読む。それだけだ。それでも頭に何かしら残ることがあるのかもしれない。残ろうが残るまいが関係ない。ただただ読む。それが治療だ。

何かを得ようとすることに恐怖心がある。危険な著作が平積みされていることも多い。そういう本に蝕まれてヘンテコな歴史修正主義者になったりするのが一番怖い。

だからそういうお手軽なビジネス本や自己主張だけの本、特に一時期に多くの出版社からドッと出版する経済系の人の本はまったく読まない。最近はそういう出版傾向が多いと思う。なにか売名がマニュアル化されている臭いがして気持ち悪い。精神を陵辱される本は臭いでわかる。だからこそ読みたい本を見つけるのも至難の業なのだ...。

治療はある日唐突に終わる。そのうちギターが弾きたくなるかもしれないし、絵を描きたくなるかも知れないし、旅に出たくなるかもしれないし、人と話したくなるかもしれないし、テレビを見たくなるかもしれない。別の興味が湧くまでただただ読む。それしかない。ブログを書いている時間は、なんとなく社会生活に近いから、ありがたい。活字の世界でもあるし。それで長くなるのかも...。

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2008.12.29

100年で乗り越えてきたこれだけの危機

流行語大賞には遅かったが「100年に一度の危機」も2008年終盤でよく聞いた言葉だった。この言葉に流行語大賞を贈るとしたら、おそらくグリーンスパン前FRB議長が受け取ることになるんだろう。麻生首相も使っていたし、私も使った。

キャッチフレーズというのは便利なもので、それを使うことであたかもコンセンサスが得られているかのような錯覚に陥る。小泉政権以来続くキャッチフレーズ政治のごまかしが次々と露呈し始めた2008年末に至ってもまだキャッチフレーズ政治が続いている。「政局より政策」もそうだし、ことによっては「みぞうゆうのきき」ですら、未曾有の危機を頭に植え付けるに足るキャッチーな読み間違いだった。

だがここで、ハタと立ち止まり考える。100年前の1908年以来、何度危機があったのかということを。

1914年:第一次世界大戦勃発
1929年:ウォール街で株式大暴落(世界恐慌へ)
1933年:日本が国際連盟脱退
1937年:日中戦争
1941年:太平洋戦争(第二次世界大戦)
1945年:原爆投下、日本敗戦
1953年:スターリン暴落
1960年:60年安保闘争
1961年:ベルリンの壁
1962年:キューバ危機
1970年70年安保闘争、よど号ハイジャック
1971年:金ドル交換停止(変動為替制へ)
1973年:第4次中東戦争、石油ショック
1978年:イラン・イスラム革命、石油ショック
1980年:イラン・イラク戦争(のちに米国はイラク支援)
1987年:ウォール街暗黒の月曜日
1989年:ベルリンの壁崩壊(冷戦終結へ)
1991年:湾岸戦争(米国イラクを爆撃)
1995年:阪神淡路大震災
1998年:アジア通貨危機
2001年:9.11米国WTCビルがテロ攻撃に

年表を見ながら、ざっと挙げてみた。なんの吟味もしていないが、これはと思う危機が100年でこれだけある。さらに戦勝国米国にとっての危機と敗戦国日本にとっての危機とはまた異なるだろう。日本は原爆を投下され無条件降伏をした敗戦国であり、それを考えれば100年に一度の危機を選ぶなら、敗戦かもしれない。

もちろんそんなことを言い出して、いまの危機は危機でないなどと相対化する意図はない。ただ、米国発の「100年の危機」説を安易に使うのは自戒しようと思うのだ。

●2009年は一票の重みを実感する年に

日本の危機は自立した日本人がなんとかしなければならない。グローバル経済という名の米国追従経済を見直す時期に来ている。パックス・アメリカーナ時代の終焉を視野に入れた日本の政治が求められる。オバマ新大統領をただただ大喜びで受け入れている場合ではないと思うのだ。

そんなことを考えている年末。「危機の宰相」(沢木耕太郎著)はいま読み直すには格好の教材かもしれない。池田勇人首相のキャッチフレーズは「所得倍増」だった。戦後復興の象徴として「所得倍増」を掲げたわけだ。これを成し遂げた池田を含む3人は大蔵省という官僚機構のなかで皆敗者だった。昔の流行語チックに言えば“窓際族”だ。敗者復活の物語でもある。単純に官僚バッシングするだけでなく、いまの危機の中でぜひ読んでおきたい一冊だと思う。マンガ化すれば麻生首相でも愛読書になるはずだ

同じキャッチフレーズでも所得倍増論の目線は国民に向いている。「100年に一度の危機」も「政局より政策」もどこか他人事のように聞こえる。キャッチフレーズというより、状況説明のようなものだ。どうせ発するなら日本人の日本人による日本人のためのキャッチフレーズを考えろ(<このフレーズもアメリカーンのパクリですけど!)。

しかしキャッチフレーズを使うことで思考停止に陥るのは大変危険だ。政治がキャッチフレーズを使うのも国民に考えさせない手段だったりする。そんな発する側に対して発せられる側としての国民は、自ら考える必要がある。それが民度となって表れるように思う。

政治を変えるには選挙が必要だ。いま総選挙の時期は麻生による人災で遠のいているが、こんなふうにジラされると一票の重みをさらに意識できる。

これまで「たかが自分の一票で世の中変わるかよ」と思っていたボクらでも、その一票すら投票する権利を奪い政権延命できるのが政治権力だ。だからこそ国民の一票の責任は重い。政治を変えるチャンスはなかなか回ってこないことを今年ほど思い知った年はなかった。

来年は丑年。民主主義は牛歩の速度でゆっくりと進む。だがその一歩はボクらの持つ一票からしか始まらない。コイズミ長期政権が壊した日本を立て直す力を持たなければならない。二度とあのような過ちは繰り返せない。

100年に何度も間違いつつも大きな危機から復活してきた日本人には、まさに麻生が強調する「底力」があると思う。その底力を麻生に見せ付けるのが2009年に100%行われる総選挙だ。延ばせば延ばすほど、一票の重みは確実に重くなる。ならなければいけない。

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2008.12.19

個人的に3連休にした!

今日から3連休だ。特に理由もなく3連休にすることにした。いや理由がなくもない。でも今日の相場は結構動くだろうから、休んでる気分でもないか。日銀がこんだけ注目されるのも珍しい現象だしな(bleah)。

休んだのは非生産的な一日になりそうだったから。家で本でも読んでた方がよほど生産的。本がたまりにたまっているし。無意味な作業からスタコラ逃げ出したわけ。はからずも非生産的にならざるを得ないというならわかるが、計画的に非生産性を生み出し加担させられるのが精神的に苦痛なのだ。

もともと「無意味大好き!」な性質なので非生産的な現場を楽しむ感性も持ってはいる。オレにとっての日常とは過度に反応して必死にやってみせる遊びだ。

小さなことでもおおごとにしてみせる。非生産的だからこそ過剰になれるのだ。ただし相手はヒマなホワイトカラーだけだ dash 。会社や組織との付き合いそのものが遊技場のようなニッポンなので、過剰なノリつっこみを独りで楽しみながら仕事や作業をこなすことも多い。それはそれで楽しいときもある。

だが、そんなオレの過剰なノリをはるかに超えたムダな作業が大々的かつ大真面目に決定される場合がある。とくにここ数年、日本中でそんな大いなるバカ作業が急増してると思う。そうなるとさすがのオレも楽しめない。どういうアタマで考えたらこんな結果が出てくるんだ、という怒り爆発だ。ムダというより不条理といいたいdown

●ボールのない野球をやる集団

ま、具体的に書けないから、いまいち伝わらないのもはがゆいわけだが。最近、ホワイトカラー的非生産性のきわみと付き合う機会が多すぎて正直辟易してるのだ。ユニフォームがなくても野球は出来るし、ボンネットが無くてもとりあえず走ることはできるかもしれない。しかし「ここだけは外せない」という部分だけがことごとく外れているのだ。

ボールなしの野球、タイヤなしの車。そんな仕事ってあるだろうかsign02 逆にネクタイしてたら立派なサラリーマンみたいなアホなホワイトカラーが多いから、タイヤの無い車でも走らせるんだろう。だから事故る。何なんだホント。バカなのか?モノホンのアホなのか?ほんとは足元から崩壊が始まってるのに、あまりにヒマぶっこきすぎて脳が麻痺してんのかな。

また、非生産性という意味では、没落していく米国を真似たへんてこりんな権威を得るために、おそろしくムダな作業が増えている。まぁ、これもあまりに抽象的すぎるので、まだ書ける立場にないのがもどかしい...。あまりにヒマすぎてやることがないから、不条理な作業をしてヒマつぶししてるのだろうか。不思議な国だ。

かつての日本人はそうじゃなかっただろ。侍の大将だって百姓出身で、せっせと働くのが当たり前だっただろ。いつから働かなくなったんだ?いや働いているように見せかけて大いなるムダをやり始めたんだ。高度経済成長の第二世代からだよたぶん。態度だけでかい。楽して儲かった君たちは幸せな馬鹿世代。早く引退しろ!隠居して下手な利殖に手を染めて失敗してとっとと死んでくれ。

おっと、筆が滑りすぎた。そんなお年寄りは損して謙虚になってから長生きしてね(wink)。とにかく、そういう筋の通らないお役所仕事みたいなムダへの強制参加に我慢ならんのだ。昔より我慢できなくなってきたのはオレが年とったからなのか、世の中がおかしくなってきたのか?両方だと思う。

●道草するなら仕事の外でやれ

道草は好きだ。人生に余白だって必要だ。オレの場合、おそらく平均以上に必要だろう(coldsweats01)。だが仕事は効率的に生産性を高めなければ。それが余白を増やすことにもつながるし、WIN-WINの関係が保てる。仕事が道草になってるネクタイ族ホワイトカラーが多すぎるのだ。彼らの真の職場は夜の居酒屋だ。ホテルのバーかもしれんが。

「酒でも飲まなきゃやってられないよ」といいながら、酒だけ飲んで仕事してないんだ。オマエが飲まなきゃやれない仕事ばかりだったら日本中アル中だよsign03

ただし、そんな道草仕事しか与えられない経営の問題でもある。いまの経営者だって高度成長に乗っかってただけの世代だから仕方がない。創造的な仕事の仕方なんて知らないんだよきっと。知ってても成功するとは限らないのに、素人がいまの世情で経営できるわきゃない。まさに相場とおんなじ。

グダグダ書いてきましたが、そんな作業に加担することは精神衛生上どうしても出来なかったので今日は休みにした。おなじ非生産的でも楽しいブログを書いてんだ(笑)。

でもね。アフィリエイトのひとつも乗っければ今日の作業より生産的だぞ。このホームレスへのインタビュー集なんて秀逸だよ。皆さん元サラリーマン部長だったりする。転落はいまの相場のように一瞬の出来事だ。オレ自身も最大リスクに備えようと必死で相場を張ってる。そして中小企業の社長の平均より多い年収を得ることが直近の目標だ。肩書きなしに取ることが個人的に重要なのだ。

効率化は首切りとか賃金カットとはまったく異なる。効率化には関わる人々すべてが豊かに暮らすための知恵があるのだ。TOC理論に照らせばボトルネックの最大活用には知恵がある。ダメなリーダーは学ばないし、ボトルネックを切ろうとする(そのボトルネックと思ってる部分も違ってたりする)。切るなら自分がまず辞めろ。君が非生産性の権化なのだ。

単純にトカゲの尻尾切りみたいなことやってる人間には知恵も情もない。最終手段を最初に使う人間が経営などすべきでないが、なぜだかそういう人間に限って自信満々だ。どうせ麻生や太田を選んでる連中なんだろ。本当に何なんだいったい punch 自分がホームレスにしたり殺したりした人間の前に出てきて何か言ってみろといいたい。

まぁ、すべて抽象的でさっぱりわかんない文章だったと思う。認めよう。怒りの捌け口にブログを使った。いいじゃん別にぃ。ガッデーム!というわけで、今日はいろいろプライベートな用事を済ませる。こっちは惰眠をむさぼるネクタイ族ホワイトカラーと違って忙しいんだ。坊やと遊ぶのはまた今度にしましょ。ばぶー。

それにしても世の中おかしくなっちゃって、前に書いたホワイトカラーの非生産性の記事へのアクセスも多い。昨日時点でひとくちメモアクセスランキング6位はすごい。しかも滞在時間が長い。長文はそれだけで読まないヒトが多いのだけど(笑)、最近はこの記事に限らず結構滞在時間の長いアクセスが増えていて、ちょっとうれしい(confident)。でもそれを裏返せば、世間の怒りがフツフツと湧き上がっているとも思えてくる。ソニーが大量解雇をする世の中だ(キャノンはやりそうな会社だった。だからキャノン製品は数年前から買わないことにしてる)。

そろそろ皆怒ってもいいのではないか。無抵抗主義っていう方法もあるぞ。ネクタイ族ホワイトカラーのような仕事は一切否定するとかね。秋葉原事件のように怒りの矛先を民衆へ向けるな。共食いだぞ。それを狙っているのが小泉純一郎首相からはじまった新自由主義的市場原理主義の従アメリカ派政権だ。思うツボだ。民衆の怒りはそんな新自由主義へ向かわなければ。

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2008.11.23

賢者の相場読本がまたひとつ

ためになったねぇー、ためになったよぉー。いつも他人のギャグでツカミはオッケーと思うのやめたほうがいいかな(笑)。今回は特に内容にそぐわないし...。でも為になる相場読本がまたひとつ出現したのが超うれしい。もう中学生のギャグが一番ピッタリ来たのだ!

「賢者の商品先物トレード」の著者塩坂洋一氏はMistery Tigerというハンドル名で日本版ロビンスカップ(リアルマネー選手権)の優勝者だった。以前カギ足の話をここで書いたときにちょっとだけ紹介したことがある。今回はついに著書を上梓されたので、あらためて紹介したいと思った。

私の私設師匠集団相場戦隊ゴレンジャーには入っていない。それは私の学習時期に出会ったわけではないから。しかしそれなりに技術が身について、もう読む本もほとんどなくなってから「この人はホンモノだ!参考になるなぁ」と思えた人が3人いた。そのひとりが塩坂さんだった。あとの2人はヒミツsecret

今回の著書を読めば、凡百の相場本との違いがはっきりわかる。実践家でなきゃ書けない内容がわんさか出てくる。しかもリアルマネー選手権優勝(およびそれにまつわるエピソードのかっこよさ)という実績に裏打ちされてるのが買い安心感にもつながる(もっとも短期決戦の戦略がそのまま誰にでも使えるわけじゃないことは無論のこと)。

将棋の羽生義治を例に引いている部分も多くそこにも親近感が持てた。相場以外の例を引くうまさは、例えば「パネルクイズ アタック25」について2ページに渡って触れられていた。こういうの好き!私もサーフィンのジェリー・ロペスに相場の極意を見たことがある(笑)。相場をやっていると世の中を見る目が変わる。変わらざるを得ない。でもそれが新鮮だ。

また、本書で紹介されている参考図書も、数は少ないけれど私の推奨銘柄(笑)と共通していた。基本パンローリングなのは版元だからだろうけど、「ロビンスカップの魔術師」や「マーケットの魔術師」(特にデニスとタートルズのとこ)もさることながら、ラリー・ウィリアムズ(青レンジャー)の『「インサイダー情報」で儲ける方法』に触れられているのがいい。

もっとも重要なのは資金管理の話だ。資金管理の話は勝ってる実践家でないと書きにくい。特に仕掛け・仕切りの分割方法の話とか負けのコントロール方法なんかは、相場をせず(あるいは勝てず)本しか書いてない自称投資アナリストには書きたくても書けない。しかし学習者にとって本当に必要な情報は、建玉戦略であり、上がるか下がるかの見分け方なんかじゃないわけだ。そこを基準にテキスト選びをしたほうがいいと思う。

塩坂さん自身が高名な老相場師の教えとして挙げられている3つのポイントは、まさに実践家の言葉だった。とくに第二、第三は関連している。

また、損を小さくの意味も取り違えている人がたくさんいると思う。「それは、ひとつひとつのトレードの損を小さくするなどといった単純な話ではない。」と書かれた部分はあったりまえの話なのだが、そんなあったりまえの話も「損小利大」を単純な損切りの話としてしか考えていない人はたくさんいるはずだ。

相場手口は時間とともにあり、戦略・戦術も場にあわせて変化する。しかし「変化」は基本線の変更ではない。基本線を変更する事態に陥ったときは撤退以外ありえない。

玉操作(戦術)とシナリオ変更(戦略)はまったくことなる。それら一連の陣形をどう動かすかという全体の流れの管理が相場であり、個々のテクニカルな動きや細切れの情報(材料)に右往左往するのは相場じゃない。

つまり部分最適では相場に勝ち続けることは出来ず、全体最適が必要なのである。全体最適のためには仕掛け・玉操作・仕切りという一連の流れを的確にコントロールする管理手法が必要ということだ。

●相場の全体最適にも応用できるTOC理論

全体最適・部分最適なんてキーワードを持ち出したことで、ピンと来る人もいるかも。もう一冊紹介したい本が最近出た。エリヤフ・ゴールドラット博士の「ザ・チョイス」だ。

これは相場の本じゃない。ゴールドラット博士が開発したTOC理論(制約条件の理論)に関する著書で、生産管理とかプロジェクト管理に関する内容だ。博士の最初の著書「ザ・ゴール」は世界的なベストセラーとなった。日本企業は旧態依然とした原価主義によるコストワールドから抜け出せないようで、TOC理論はあまり導入されていない。和を重んじる風土が変革を妨げているのか。ま、今回の話題とは逸れるので、掘り下げない。

「ザ・チョイス」は若干包括的な内容なので、実践的小説「ザ・ゴール」や「クリティカル・チェーン」のエッセンスを再確認できる。サブタイトルは「複雑さに惑わされるな!」だ。

そもそもTOC理論が求めるゴールとは「利益を上げ続けること」であり、これは相場の究極のゴールそのものだ。また、コンフリクト(対立)を解消していく手順は市場とポジションとの関係に応用がきく。ドラム・バッファ・ロープ(DBR)は一連の工程のなかでボトルネックを発見しそこを最大限活用するためのマッピング手法だが、これも分割仕掛けから玉操作へ向かう玉操作の考え方に似ている。

相場は単純な市場だ。上昇・横ばい・下降しかない。しかし複雑な現実や様々な材料に右往左往してしまい、相場の波に飲まれてしまう。それを回避するために論理的な思考回路を自分自身の中に確立しておくことはメリットになると思う。

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2008.11.08

週刊金曜日15周年記念号が届いた日

週刊金曜日15周年記念号ウソ発見誌「週刊金曜日」が創刊15周年を迎えた。創刊準備号から読み続けてきた雑誌だ。定期購読をしていると、雑誌名と同じ金曜日に届く。創刊したころには金曜に届かないなんてクレームもあり、その対応状況なども掲載されていた。

先週金曜は某スナックで飲んだくれて帰宅。週金はいつもと同じようにポストに入っていた。15周年記念号表紙のあまりのカラフルさに、毎日大量にポストに入っているビラと間違えて捨てそうになってしまった。危ない危ない。

記念号かぁーと思いつつ、表紙に印字されている編集委員の名前を感慨深く見つめた。女性3人、男性3人。合コン状態じゃーん!なんてふとどきな感想を持ったりした。

編集委員の顔ぶれも15年間で変わった。変わらなかったのは、筑紫哲也氏と本多勝一氏(50音順)。50音順で並べるというルールも変わらない。当所ホンカツ色が強くなりすぎないよう、50音順を採用したんじゃないかと勝手に思っていたが定かでない。

名前の並び方ひとつにも気を使って明確にルール化していくとこが「なんて左翼っぽいんだ!」とも勝手に思っていた。もっともサラリーマン社会でも席順や挨拶順など、バカバカしいくらいに気を使うニッポン社会だ。おあいこおあいこ(?)。

正直、左翼雑誌だとバイアスを持って購読し続けてきたが、徐々に真のクオリティペーパーとしての実力や評価もついてきたと思う。特にブックレットの「買ってはいけない」が大ヒットし、経営的にも安定してきたのかもしれない(よく知らないけど)。食の危機に対するアンテナの高さは日本一だった。

佐高信氏が発行人になってから紙面がグッと週刊誌らしくなり経済の記事も増え、雑誌として面白くなった。同じ主張するにも魅せ方が大切だ。それは昨今の労働組合にも言えるのかもしれない。

清濁合わせのみつつ主張するとこは譲らない。休刊した「噂の真相」にはそういうところがあった。飄々とそういうことをするのがオレの大好きなジャーナリズムのダイナミズムだった。

週刊金曜日にそんな濁(ダーク)な要素は似合わないかもしれないが、優等生のつまらなさを払拭するには、毒のある発行人・佐高信は適任だったと思う。編集者としても才能(というか嗅覚)があるように思う。

ホンカツ信者だったオレだけど、ホンカツは生涯新聞記者でありルポライターであろう。編集者ではなかった。いまの「週刊金曜日」は適材適所、いいバランスじゃないかと思ってる。

すでに右翼・左翼というパラダイムはまったく無意味となり(もともと意味があったのかも疑問だが...)、世の中は「貧困」や「地球環境危機」のパラダイムへ向かっている。週刊金曜日の取り上げるテーマは増え続けている。

しかしそんな状況のなか、15周年記念号が届いたその日、筑紫哲也編集委員が他界された。長い闘病生活だった。若者文化を常にウォッチし続けてきた筑紫氏。精神的にも社会的にも若者が危ない現代ニッポンにまだまだ発言して欲しかった。女性3人、男性3人の編集委員で紙上合コンパーティをやって欲しかった。合掌

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2008.10.26

ペレリマンを待ちわびて

読書の秋到来!ということで、ほとんどは星野博美さんの著書に費やす予定です。本日もアマゾンから2冊届きました。今朝7:00頃注文したのが今日届くんだから、やっぱすごいなアマゾン...。最近は新刊書のアップ速度が遅いアマゾンだけど、既刊本中心の首都圏生活者のワタクシには強い味方です。

ただ、なにごともひとつのことに集中できない浮気性の性質なのでcoldsweats01、できる限り脳内のふり幅が広がる本を求めて日々書店を彷徨ってます。ていうか、身体が求めてしまうんだな。脳の違う部分も使えって。

特に最近はストレスを感じることが多い生活なので。オレの生活を脅かすようなパワーハラスメントには徹底抗戦せなあかんと心を新たにした週末だったのだ。ぷんぷん!いまぷんぷんと打とうとしてぽんぽんになってしまった。ものすごい脱力感...。

●ポアンカレ予想を解いた男

さて、そんな週末に買ってきたのが「100年の難問はなぜ解けたのか」(NHK出版)で、一気に読み終えた!ブルーバックスで育ったオレには、めっちゃ面白かったぞ。

数学界には21世紀になっても解けなかった7大難問(7つのミレニアム問題)というのがあり、そのなかに「ポアンカレ予想」というのも選ばれていた。これを解いたのがグリゴリ・ペレリマン博士。2006年にその功績が認められ、フィールズ賞に輝いた。ここ最近書店に「ポアンカレ予想」の書籍が結構並んでるのはそういう事情だ。

ところが、このペレリマン博士は人間嫌いで、100万ドル(約1億円)の賞金も賞も辞退して引きこもっているというのだ。この本は、そんなペレリマン博士のポアンカレ予想解決への道程に迫ろうとしたNHKスペシャル(2007年秋放送)を書籍にまとめたものだ。

もとがインタビュー映像中心の番組なので大変わかりやすく、読みやすい。以前、「マネー革命」も紹介したけど、同じような読みやすさを感じた。

数学や科学の真実・真理に迫ろうとする営みやそれを成し遂げようとする人物、そして関わった人々の証言。これはオレのもっとも好物のひとつだ。

なぜだかちょっと考えてみたのだが、まずそういう誰もが発見できない高みに到達する過程には、ふり幅の広い思考や論理の飛躍が必ずある。その飛躍に惹かれてる。専門領域だけに閉じないで、幅広い知識とアイデアを寄せ集める過程がスリリングなのだ。それは時代のなかでひとつづつツールを獲得していくゲームのような感覚ともいえる。

もうひとつは、とにかく成し遂げる人物がピュアであり、考え抜き、悩みぬく存在であること。さらにアイデアマンなだけでなく、職人のひらめきを持ってる。俗世間から浮いた存在へのあこがれがある。考えることの楽しさこそが、神の与えた最高の娯楽だと思う。もっとも本当に高みに到達した人々は世間的には不幸だったりするのだが...。

俗人にはさっぱりわからない数学界だが、超高等数学って専門領域が分かれてて、数学の中でも専門が違うとさっぱり解けないようだ。ペレリマン博士のすごいとこは、それらの専門領域を横断的に利用しつつ、数学だけでなく物理の熱方程式なども駆使して解いているところのようだ。

●人気に流されない痛快さ

門外漢のオレにとって痛快だったのは、その解法のツールだ。ツールとなる数学にもそれぞれ歴史があるわけだ。人気のあるテーマもあれば日陰のテーマもある。

ポアンカレ予想ってやつはトポロジー(位相幾何学)っていう現代的で人気のある数学テーマを象徴する難問だった(1960年代)。しかしペレリマンは、その現代的人気テーマの研究者が古臭いと言っていた「微分幾何学」を駆使して解いたのだった。

またペレリマンは、アレクサンドロフ空間という「特異点」の研究をしていた。これは「ゲテモノ数学」とまで揶揄されていた研究テーマだったそうだ。この研究成果がポアンカレ予想解決の決め手となった。

そして熱方程式だ。数学の世界にあったリッチフロー方程式が物理学の熱方程式に似てた。リッチフロー方程式は専門外だったペレリマンだが、子どものころ得意だった物理学の熱方程式をヒントにして、アレクサンドロフ空間の研究に果敢に導入してゆく。

こういったツールのひとつひとつがみんな数学の人気テーマから外れているのだ。誰も解けない詰め将棋にチェスと囲碁の戦法で解法を示したようなものか?この結果を知ったトポロジー研究者の呆然としたcoldsweats02が目に浮かぶようだ...。この日陰のテーマを駆使して超人気テーマを解決する過程が、たたき上げ好きのオレにはたまらんわけよ。

しかしそのように横断的な解法が本当に破綻のないものかどうかを誰かが検証しなければならない。専門領域外はてんでわからない数学界にとって、大変重労働だったことだろう。チームを作って2年かかったそうだ。それでようやく正しいことが証明され、数学界ではノーベル賞より価値があるといわれるフィールズ賞に至ったわけだ。でも受け取らない...。なぜだ!?その答えはペレリマンしか知らない。

この手のベストセラーにはサイモン・シンによる「フェルマーの最終定理」(新潮文庫)もある。結構分厚い本だが、内容が面白いのでワクワクしながらミステリーみたいに読める。秋の夜長にどちらももってこい!

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2008.10.20

ドラマ流星の絆

TBSではじまった「流星の絆」は、原作がいま飛ぶ鳥を落とす勢いの東野圭吾で脚本がなんとクドカン(宮藤官九郎)という、かなり興味深い組み合わせだ。

初回からもうクドカンワールド全開だった!暗く重たい殺人事件と残された3兄弟という境遇を、クドカンワールドではこんな風に描けるんだなぁ。さすがっ!

泰輔(錦戸亮)と静奈(戸田恵梨香)が悪徳商法の女に騙し取られたカネを、その女が貢ぐホストから取り戻すくだりなんて、タイガー&ドラゴンの進化形のように思えた。落語と現実とが交錯していったタイガー&ドラゴンだったが、今回は現実と功一(二宮和也)のシナリオが交錯していく。

現実にはありえそうもないリアリティのない飛躍が、このタイガー&ドラゴンシステム(?)のおかげでいとも簡単に物語に溶け込んでいくクドカンワールド。本筋が親殺しへの復讐ドラマでありリアリティの追求を架せられているなかで、この飛躍が出来るのはクドカンくらいじゃないだろうか。

さて、その本筋だが、これって刑事コロンボシステムなのかな(この○○システムって言い方ウザい?)。初回で犯人がわかっちゃったよね。公式サイトには特に記述がないけれど、犯人がわかったうえでこの相関図を見ると、伏線の張られ方とかいろんな想像が膨らむ。

コネタではカレー屋の名前が「ジョージクルーニー」ってのが好き。ソダーバーグ監督のお気に入り俳優の名前だから。それと萩村刑事役の設楽統(バナナマン)。このシチュエーションはまさに、ゴッドタンにおける「ドジ芝居でマジアピール合戦」じゃないか(...違うか?)。

あとネタですらないところで、例のコカコーラの自販機チャットモンチーのときにも触れたが、このドラマにも出てきた。柏原刑事(三浦友和)と萩村刑事が警察署内喫煙所みたいなとこで会話するシーンに、またまた後が切れたデザイン自販機。こういう人目につかないとこにあるんだよねー。まさにリアリティ(笑)。

そうそう、リアリティといえば、3兄弟が見上げていたしし座流星群も実際に見えた。オレも大出現の年に見てる。そのときは130個くらいまでは数えた記憶がある。

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2008.10.19

七瀬なんどめ?

高校の頃だったか「七瀬ふたたび」にめちゃめちゃはまってる女子がいた。その女子のはまりっぷりがものすごくて、いまならさしずめマルチ商法のディストリビューターかと思うくらいに薦めまくりcoldsweats01。読者をとりこにしてしまう魅力を持ってるんだろうな。そんなに薦められなくても読んどるっちゅーねん!

NHKドラマ「七瀬ふたたび」に期待してる。何度目の映像化か数えてないけれど、小説の初出から35年くらい経ってるそうだ。主演の連佛美沙子は大林宣彦監督の「転校生 さよならあなた」での鮮烈な印象が残っている。今回はテレパスの役だが、結構合いそうだ。

第二回まで見ての印象=結構難しいつくりだな...。昨今のテレビドラマの潮流が、単純に軽薄だったりテーマが重そうに見えていてどうにも奥行きがない方向に行っているなか、視聴者がついて来れるのかという感じも持った。個人的には好きなんだけど。

テレパスの苦悩って、現代ではなかなか理解されないかもしれない。虚構の世界はかなり進化してるので、超能力にみんな慣れてるから。

本当は公式サイトに原作者の筒井康隆氏が寄せているコメントどおり、「他者と違う自分を隠して生きざるを得ない不幸」の象徴としてのテレパスなのだが、SFが大衆化してしまったいま、その苦悩にどこまで現代的な意味を練りこめるかが今後のポイントかも。

演出的にちょっとウザかったのは、予知能力者が不幸な未来を見たり、それをテレパスが感じたりするときのガクッガクッと後に反り返る描写が単調かつちょっと多すぎ...。その瞬間緊張感が逆に途切れる。まぁ些細な解釈の違いかもしれませんけど。

若い人でこのドラマに興味があるひとには、同じ七瀬シリーズで「家族八景」という小説をぜひ読んで欲しい。七瀬シリーズは全3部作ある。順序としては「家族八景」「七瀬ふたたび」「エディプスの恋人」となる。

主役が七瀬というだけで、どれも連続性はあまりなく単体で読める。小説として良いのは「家族八景」だと思う。市原悦子もビックリの「家政婦七瀬は見た(感じた!)」って短編集なんだけど。

ボクが読んでもっとも印象に残ってるのは芸術家の家に働きに行った話。その芸術家は人のことが図形にしか見えてない。心の中には丸や四角だけがある。心理的にものすごく怖い情景だった。

「七瀬ふたたび」は、エンターテインメントとして優れてる。だから映像化も多いのだろう。「エディプスの恋人」までいっちゃうと、もうちょっと手に負えない感じ。話が深すぎて...。収拾つかない感じだった。

あと脇役では柳原可奈子が、ここでも好感度アップしてる(笑)。この役はマジ正解だと思う。

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2008.10.18

米原万里さんの思い出

エッセイスト米原万里さんの対談集「言葉を育てる」(ちくま文庫)が9月に出ていた。最近私が大好きな星野博美さんとも本書で対談されていると知り購入してきた。興味を持った人どうしがこうしてつながっていくのは対談の楽しさだ。

米原万里さんが亡くなられたのは2006年のことだった。容貌だけでなく生き方も華麗な人だったと思う。ロシア語の会議通訳をされていて、一度だけ実物を拝見したことがある。私がまだ学生の頃だ。

当時の私は大学を卒業するためにレポートを書かなければならなかった。時代はちょうどペレストロイカ後のソ連。ゴルバチョフがグラスノスチ(情報公開)政策を引っさげて民主化を進めている時代だった。

そんな時代背景のもと、ソ連にも全ソビエト連邦世論調査センターという機関が創設され、そこの所長をしていたタチアナ・ザスラフスカヤ女史が来日された。

日比谷公園の近所にある日本記者クラブの会議室だったと思うが、所長は日本のマスメディア向けに講演をされたのだ。そのときの通訳が米原万里さんだった。

私の立場は大学生。その講演に入れるわきゃないのだが、当時就職が内定していた某社が、自社の記者という身分を与えてくれたので潜り込むことができた。バブルの時代って売り手市場のいい時代だったよ。卒業できたのは御社のおかげです!入社しなくてごめんね...。

そのとき初めて見た米原万里さんの印象は「通訳にしては濃いな」だったboutique。しかし非常に優秀、というとおこがましいが、行間を訳せる人といえばいいだろうか。「ザスラフスカヤさんはそんなにしゃべってなさそうだけど」と思うような部分を補足して訳されている感じがした。既に作家の資質が表れはじめていたのかもしれない。

声も非常に特徴があった。最近、お笑い番組によく出る鳥居みゆきの声を聞くと米原万里さんの通訳を思い出す。なんか似てない?声が。

潜り込んだ講演会で無事レポートの取材が出来、そのうえ米原万里さんの通訳をライブで聞く体験まで出来た。そんな学生は他にいないのがちょっと自慢だscissors

私の興味は社会主義国家における世論の存在にあり、レポートのタイトルは「ソ連の世論」に決めていた。語感がいいだろcatface ソレンノヨロン。音楽三昧の生活だったから韻を踏むことが重要だったのだ(>なんだソレ?)。

あの米原万里さんの声がいまも思い出される。いまみたいにリニアPCMレコーダーがあればよかったのになぁ。

その後のご活躍はテレビで度々見た。次々と出版される著作は、華美な通訳という印象しかなかった私に華麗なエッセイスト・作家という顔を見せてくれた。

「言葉を育てる」のオビには「この毒舌がもう、聞けない 言葉の魔術師・米原万里の最初で最後の対談集」と書かれている。対談のなかで硬い話と柔らかい話とが縦横無尽に繰り広げられる。このレンジの広さも魅力だ。

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2008.10.05

大相撲くじを作って売り出そう!

八百長問題が裁判沙汰になっている。無粋だねぇ。でも、これで八百長相撲が市民権を得ればいいなと思う。いっそ「大相撲くじ」として売り出して欲しい。15日間の取組みを見て、ガチンコ勝負はどれかを当てるのだimpact

大相撲くじの特徴は、本場所前に何回ガチンコがあるかを知らさない。視聴者や観客は全取組を観てから、ガチンコ相撲の数と、どの取組がガチンコかを見抜く必要がある。そうなれば射幸心も手伝って、本場所を見る国民が激増するぞupwardright

サッカーくじ(TOTO)と違うのは、事前に勝ちを予想するのではなく、全取組を確認してから投票することだ。これは重要な違いだ。

世にあるほとんどのギャンブルは、ブックメーカー型の事前予想方式だ。これはどうしても射幸心を煽るだけのギャンブルになる。結果が誰にもわからない状態で賭けるしかないからだ。

そんな品格のない卑怯なくじは大相撲には適さない。大相撲くじは万人が結果をちゃんと確認してから、堂々と八百長を、いや、ガチンコ相撲を当てるのだ。

結果を知らされてから投票するくじは、これまでにないと思う。だがクイズ番組などでは一般的な手法だ。「ホンモノは誰だ!?」というタイプのクイズだ。

この大相撲くじのアイデアは刑事コロンボ的発想だと自負している。刑事コロンボは、それまでの推理劇=犯人探しという論理を逆転させた。犯人の犯行を最初に視聴者にすべて明かし、その犯人を刑事コロンボがジワジワと追い詰めていく面白さを我々に発見させてくれた傑作シリーズだった。

大相撲くじもギャンブルの常識を覆し、取組を全部観てから犯人を、いや、ガチンコ勝負を推理する新しいくじなのだ。

くじの愛称も決めた。「大相撲くじ801」だ。800を超えている。八百超だsign03

一等当選はもちろん801万円。べらぼうに射幸心を煽らない程度の金額だ。一場所801万円で6場所全部当てたら4806万円になる。毎回大相撲を楽しみたくなるよ。

このくらいの金額なら、相撲協会と注射相撲で売買される取組から財源は捻出可能じゃないか?協会側としては投票結果を見ながら次場所のガチンコ数を増減させて、財源と当選者数とのバランスをコントロールできると思うmoneybag

また毎回一等当選しなくても、毎場所ひとつでもガチンコ相撲を当てればポイント還元する。逆に八百長相撲をガチンコと間違えて投票したら減点し、年間で90取組中80%の正答率を挙げた人には本場所招待券等のボーナス特典をつけたい。

投票期限は千秋楽終了から次場所が始まるまでの期間。発表は次場所初日の前日。基本は大相撲を見る人々を増やすことが目的なので、全場所に継続して注目してもらえる仕組みにしたい。前場所の投票が当たっているかどうかを次場所がはじまる直前に確認し、今場所の取組もしっかり見抜いてやろうという真剣な観客を惹きつけたい。

ガチンコ嫌いの聞き分けのない力士はやっていけないから、逆に稽古にも力が入るだろう。これもいまと逆かもしれないdash 八百長を嫌う力士が煙たがられる状態は間違ってる。ガチンコを嫌う力士こそ撲滅すべきなのだ。率先してガチンコ相撲をする力士にもボーナスを出してやれ。

ただ勝敗だけでは横綱にはなれなくなる。いかにうまく負けるかという演技力も要求される。「あいつの相撲は全部ガチンコに見えるんだよなぁ」みたいな声が出てくれば立派な横綱だ。

八百長経済大国の国技として、立派な八百長くじ、いや、大相撲くじに育てたい。

蛇足だが、朝青龍が今回の八百長相撲裁判で「八百長の意味は?」との質問に「カネをもらって負けること」と言っていたが、それは間違いだ。大相撲における八百長とは「カネを渡して勝ちを買うこと」である。朝青龍の認識では、横綱は八百長をしたことにならない。カネをもらった相手が八百長をしていることになる。そうじゃない。あくまでもカネを渡したほうが八百長をしているのだ。そこだけは強く主張しておきたい。

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2008.10.04

愚か者、星野博美が好き

いま、星野博美にはまっている。写真家アシスタントからフリーになり、第32回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しているエッセイストでもある。今年5月発行の『愚か者、中国をゆく』(光文社新書)を読み始め、ますます星野博美に惹かれる今日この頃なのである。

そもそも知ったのはつい最近のことだ。朝日ニュースターに「武田鉄矢の週刊鉄学」という番組があり、そのゲストとして出演されていた。毎週同局の「愛川欽也のパックインジャーナル」を録画して時間を作って観ているのだが、その放送後に「週刊鉄学」の再放送があり、連続して録画していたのだった。

この番組の内容が面白かったsign01 現代中国について熱く語っているのだが、話は鉄道の座席話で盛り上がっていた。

硬い座席、硬い寝台、柔らかい座席、柔らかい寝台、座席なしという区分け。決して一等寝台、二等座席などとは名付けないのが社会主義的な言い回しだ。

そしてこの座席の切符を取得することがどれほどつらい戦いか。切符がなくなったという表示すらしない平等主義。合理性は特権サービスであり平等ではないのだ。延々ならんで「切符は?」「ない」の繰り返し...。

そんな星野博美の中国の旅は1986-7年、香港留学中のことだ。中国の民主化運動が1989年の天安門事件としてニュースになる前夜といえる時期、偶然にもはじまったばかりの学生デモとも遭遇していて、同時代人・同世代人として民主化運動前夜の息吹を体験しているのだ。

本当に貴重な歴史的体験をしているのだが、そこは触りだけでcoldsweats01、その後は同じ留学生仲間のマイケルとシルクロードを目指す旅の記録となっている。番組に惹かれて新書を読み始めたが、その文体と情景描写のうまさでグイグイ引き込まれていった。

その中国の旅は過酷すぎる列車の旅なのだが、この過酷さを軽い文体で、愚か者の旅人初心者目線で描いてくれていて、とにかく面白い。ロードムーヴィーを観ているような感覚で読み進められる。映画化できそうだぞ。

星野博美は初めての中国旅行に出発する前、香港でくすぶっていたときに持った中国への憧憬と、旅への高ぶる心境を、「中国が足りない」と表現した。番組を見た直後、ボクは「星野博美が足りない」と思った。

そしてすぐにこの『愚か者、中国をゆく』と、『転がる香港に苔は生えない』『謝々!チャイニーズ』(ともに文春文庫)の3冊を同時に買ったのだった。

どれから読み始めようかと考えたが、せっかくだから新刊から読み始めた。内容的にも『愚か者、中国をゆく』が最初の彼女の旅でもあるようだし。出版順とは逆に、星野博美の辿った足あと順に読み進んで行きたい。今年の読書の秋は星野博美三昧だheart02

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2008.09.26

録音ブーム来てます!

ジョー奥田さんのブログにリニアPCMレコーダーガイドが紹介されていました。ついに出たかって感じです。ジョーさんも奥義本出しませんかhappy02

今回の録音ブームには3つの流れがあったように思う。ひとつはいわゆる団塊のデンスケ世代が、手軽なレコーダーの登場とともにフィールド録音に戻ってきているのではないか?マイクのカタチをしているZOOMのH2は、メーカーの予想を超えてデンスケ世代のユーザーが多いそうだ。

次にレコーダーそのものの性能を買うユーザー層。オレの友人もこのタイプだった。なにせCDの音質レベルが最低ラインなのだ。CD音質を超える音で録音が出来る。これは音楽をやっている人にとっても、会議の録音をする層にとっても、セクハラ・パワハラ等に対する証拠録音する層にとっても、非常にありがたい時代になった。

そして純粋に録音を楽しもうという新しい層。これは先の2つの要素が土台としてあって、はじめて録音を実践したい我々のことだ。この分野では昨今のジョー奥田さんのご活躍が大いに貢献されていると思う。どんなブームにもハードとソフトの絶妙な関係があり、そこには必ず伝道師の存在があるものだ。

ひとくちメモのバイノーラル録音の記事にもアクセスが増加してる(グダグダ長文で申し訳ないsign01 サウンドメモを聴いてみてちょ)。音質をMP3に落としてもそこそこいい音だけど、実際CDに焼いて聞かせると結構びっくりされることが多い。素人でもこんなにクリアな音が録れるのかって。レコーダーだけじゃなくてオレの腕前も数%入っとるぞ!ただの素人じゃないっちゅーねん(笑)。

ともかく、録音は楽しい。旅のライブ感が思い出に残る。これはカメラとはまた違った感覚だ。これから秋のフィールドにまた秋らしい音が戻ってくる。こういう音に耳を傾ける人が多くなれば、自然破壊も減るんじゃないか?野山へ出かけ自然に親しもう!

注)バイノーラル録音にはレコーダー以外にバイノーラルマイクが必要な場合があります。

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2008.09.17

悩む力と非科学的思考の逆襲!?

姜尚中著『悩む力』(集英社新書)が売れているそうだ。私が読んだのは2008年6月8日発行の2刷だったが、先日書店で見たら既に8刷だった。

姜尚中氏といえば、「朝まで生テレビ」等で眠気を誘う、いや、しっとりと落ち着いたトーンでトツトツと述べる姿が印象的。その主張もいわゆる右翼チックな人々と対極にあり好感が持てる。

そんな姜尚中著の「悩む力」は、夏目漱石とマックス・ウェーバーとの共通点をあげつつ、その二人の巨人の生きた時代(19世紀末から20世紀初頭)と現代(20世紀末から21世紀初頭)との類似点に着目し、“悩む”をキーワードとしてさまざまな問題を論じている。

さまざまな問題といっても、ある種「人生論」の書であるから、人間の内面、そして他者との関係性(それらは再帰性がある)が主眼であり、9つのテーマについて悩み抜き、突破することのススメだ。

「悩む」というとネガティブなイメージを持つ。「個人」という概念で自分自身を捉える、あるいは「自由」を手にした時から、近現代人は悩む必然性を背負うことになった。それが漱石やウェーバーの悩んだ時代であり、さらに悩み多き時代が現代社会というわけだ。

何でも自分の意思で選択可能だが、寄って立つ「絶対的なもの」がなく不安になる。怪しげなスピリチュアル・ブームなども自由を持て余した人々によって支えられている。

姜尚中氏が、それらの「寄って立つもの」の存在を否定しないのにちょっと驚いた。しかし読み進めると、そういった「寄って立つもの」を安易に選択せず、その前にとことん「悩め」ということのようだ。自分自身が社会のなかで承認される場所を見つけることが大切だという。

そういう話とも関連して、個人的には「非科学」とか「非合理性」への寛容が、いまマイブームだ。

私自身、科学的であることへの違和感を最近かなり強く持っている。ちょうどいま、ジョージ・ソロス著『ソロスは警告する』(講談社)とか金子勝著『閉塞経済』(ちくま新書)も読んでいるのだが、この2冊には共通点がある。それは経済学への懐疑(あるいは主流経済学の否定)だ。

ソロスは持論である「再帰性理論」(個人の考えと世の中への働きかけは互いに影響しあう)を経済学が拒絶し続けてきた歴史を述べながら、世界は再帰性を持っているがゆえに完全には理解できない(効率的市場仮説の否定)が、経済学はいまだに自然科学的方法論によって経済を理解可能だと教えていることに憤慨しているようだ。

また金子勝さんも主流経済学から遠く離れて(?)、金子経済学をうち立てようとがんばってる。主流経済学はバブルを例外的事態として観て見ぬふりだが、現代はバブルとバブル崩壊を繰り返す時代であり、このような時代の対処法を考えるには、主流経済学のテキストどおりやっては間違えるとおっしゃる。なるほど、現代はバブルの自転車操業みたいなものか?

経済を捉える方法論で、自然科学的アプローチが限界に来ているという点では、両者共通しているように思える。そして姜尚中氏までもが非科学的な有りようを肯定しているわけだ。まったく無関係な著作どうしで、科学万能主義の行き過ぎにブレーキをかけ、ちょっと頭を冷やして考え直してみようと提案されているように思える。

科学の功績は否定しないが、一方で合理主義があらゆる細部に侵食し、人間関係や組織を蝕み始めている。経済も誤り続けている。グローバルスタンダードなどといいながら、怪しげなデリバティブを作り出し、あたかもそれに参加しないことは間違いであるかのように吹聴したあげく、結局は大金融危機を招いているわけだ。

科学の乱用、合理主義の跋扈を一旦見直すことが必要なときではないだろうか。遊びのない世の中は、悩む力すら奪ってゆくような気がする。

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2008.09.02

雑誌『ロードショー』の思い出

集英社の「ロードショー」が来年の1月号(2008/11/21発売)で休刊になるというニュースを読んだ。残念だ...というのは勝手な言い草かな?

中高生の頃は「ロードショー」と「スクリーン」を毎月買っていたが、徐々に買わなくなった。独り暮らしをはじめて物理的に置き場もなかったし、徐々にいわゆるロードショー系ではなく単館系映画を中心に観るようにもなっていった。

「ロードショー」が最高35万5000部の発行部数を誇った時期(1983年頃)は、まさに映画情報誌黄金時代だったと思う。「ロードショー」の人気投票にも投票した。女優はもちろんソフィー。男優はその都度変わっていたが、ほぼジャッキー・チェン。監督は渋いところでジョージ・ロイ・ヒル監督(「明日に向かって撃て!」「スティング」「ガープの世界」)の名を書いてハガキを出したりしていた。

ソフィー・マルソーの初来日は1982年のことだ。当時ソフィー以外にも、ブルック・シールズ、テイタム・オニール、クリスティ・マクニコル、フィビー・ケイツ、薬師丸ひろ子、ダイアン・レイン、ジェニファー・コネリーなどが人気上位だったと思う。

男優陣ではちょうどヤング・アダルトって言ったっけ?「アウトサイダー」って映画のボーイズ(マット・ディロン、トーマス・C・ハウエル、ラルフ・マッキオなど)やジャッキー・チェン、リー・リン・チェイ(ジェット・リーのこと)、ブルース・リーなどのアジア勢も人気だった。

個人的には「アウトサイダー」よりも「ランブルフィッシュ」という映画にかなり引き込まれた。ある意味、雲が好きになったのもこの映画の影響があっただろうし、モノクロと色彩とのコントラストも衝撃的だったし、バイクに乗ったミッキー・ローク(の影)もめっちゃカッコよかった。

何度も書いているが、中学時代は映画禁止という土地柄...。校則破って映画を観に行っていたのがどれほど良かったことかと、いまでも思っている。タダ券(映画館の株主優待券)を毎月入手してくれていた両親にも感謝してます!

雑誌を読んで、映画を観て、また次月の雑誌を読む。そういう日々が情報過疎の山口県の少年には心躍る時間でした。でもシネコンやインターネットの登場で映画産業が成熟した市場となり、広告として雑誌媒体の力を必要としなくなっているのかもしれません。

海外情報すら無料で入手でき、情報が編集の価値と無関係に流れていく世の中。でも市井の映画評のほうが的を射ていることもあったり...。良いとか悪いとかそういう意識とはまったく別次元に、急速に進んでいく情報伝達と人類とのかかわり。「雑誌」という紙媒体はもっとも難しい時代かもしれないですね。特に広告としての紙媒体って...。ボクは紙媒体好きですけれど!

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2008.08.22

タイカブはじめよっかな?

中国株、ベトナム株、インド株...。株の世界ではいまアジアが熱い!でもボクがはじめたいのはタイのカブ。カブはカブでもスーパーカブだ(笑)。マニアの間では有名らしい、いわゆるタイカブ(あるいはタイバイク)ってヤツ。タイ株も熱いそうですが。

母島北港でレンタルバイクのキーシャッターを閉めたがあけ方がわからない!中型二輪免許(現在の普通自動二輪免許)を取ってはや20年ですわ。そしてバイク休眠暦もほぼ同じ20年でした。その壁を打ち破ったのは、母島の旅で乗った50ccのレンタルバイク。その快適な走行に、永眠するかに思えたボクの二輪魂(?)が少し揺さぶられたのでした。

●絶体絶命!キーシャッターの思い出

実はこのときのボクはといえば、キーシャッターの存在を知らず、北港でふとキーシャッターを閉めてしまい、どうやって開けたらいいのかわからずパニックに陥りそうになりました(笑)。指で開けようとして皮がむけてしまいました...。

北港は沖港の集落からバイクで30分もかかる場所。山を越えて行きました。雨も降りました。水分補給も出来ません。通信手段もありません。孤立無援。絶体絶命。そんな状況に「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせつつ冷静に考えました。

まず「借りるとき何の説明もなかったわけだから、おそらくスクーター乗りには自明のことに違いない。」と考え、鍵穴部分を再度眺めると六角レンチの凹側ような形をしている。それも削ったような後が無数についている。オレと同じ境遇の人が結構出たのかもとも考えたが、鍵穴なんだからと鍵のほうを再度点検してみようと取り出した。すると!

命を救ったレンタルバイクのキー(笑)

おおーー!六角レンチの凸側のような形状を発見!すんなり開いたよ。助かった!キーシャッターを何度も閉めたり開けたりしながら、この時ほど生きる希望とか命の尊さとかを噛み締めたことはありませんでした!カギ閉めて噛み締めて(なんだそれ!)。その喜びがボク自身にこの鍵の写真を撮らせたに違いありません!終わってみれば旅の思い出です。

●物色の日々始まる

その後、スノッブなボクは、せっかく中免持ってるんだしぃ、外車がいいしぃ、キーシャッターも開けられるしぃ、みたいな感覚で、台湾スクーターやイタスク(イタリアンスクーター)のアプリリア・スカラベオ125に魅了されて、ショップに観に行ったり、左写真のMOOKを読んだりしてたわけです。

スカラベオ125はめっちゃいいバイクでしたけど、早過ぎた!スピードじゃなくて、出会うのが(^_^;)。20年ぶりのバイクにしてはあまりにカッコよすぎて、コケたらカッコ悪すぎっという思いがよぎった(ま、ちょっと大きくて取り回しも大変そうだったというのもあるけど)。

もっと日々の足として、初心者のつもりで(っつーか完璧な初心者ですが)、壊れなくて軽くてちょっと個性のあるスクーターが無いものかなぁと(結構注文多いか?)探し回った。

一時は国産がやっぱ一番楽チンじゃんという結論に達しそうになった。アドレスV125なんてイチャモンのつけようの無いいいスクーターじゃないの。頭ではそう思っても、なぜか食指が動かない。125ccクラスへの国産メーカーの力の抜きようみたいなものをビミョーに感じてしまうからかも...。選択肢が少なすぎる!

●タイカブを知る

そんなこんなで51~125ccクラスを眺めてみたら、ふとスーパーカブ90が目に付いた。他とまったく違うそのフォルム。そうだ!ボクのバイクの原風景はアメリカンとカブだったじゃないか(いわゆるヨーロピアンじゃない感じっつーか)。それで派手なカウルとか、カスタム系スクーターにまったく興味がないんだった。それに本田宗一郎や藤沢武夫の評伝とか昔から読んでたし。

そんな思いでスーパーカブのサイトを見たら、ちょうど今年が50周年だとか!そしてスーパーカブのMOOKを書店で見つけて購入。すると世界には125ccのカブがあると写真が載っていた。しかも、そのデザインや人気は日本の比じゃないってことがわかった。それ昨日のこと(笑)。

どんなモノでもそうだと思うが、需要が供給を生む。さらに人気と競争がモノの進化や深化を促す。アジアはまるで実用的で壊れない小型自動二輪天国のようじゃないか!

というわけでタイカブをキーワードにいろんなブログ(例えばこんなイカすタイカブログとか)やサイトを巡っていた。楽しー!こうやってネットサーフィンしてるときがきっと一番楽しいんだろうな。

そしてタイカブの輸入販売元ENDURANCEにたどり着き、タイホンダの底力を知る。WAVE125とかDream125とか、新ジャンルって感じっす。結構近くに代理店もありそうで、一気にタイカブに魅せられていく。

しかしさらにいろいろネットサーフして、タイバイクの聖地のようなリバーサイドに行き着いた。す、す、すごい。タイホンダだけでなくタイヤマハとかタイスズキとかタイカワサキまで...。ぷふぁ~。タイは日本メーカーのバイク天国じゃないか(笑)。おいおい国内も同じくらい盛り上げてよっ!

fino@vino mania siteそんななか、タイヤマハのFINOというスクーターが目に付いた。115ccがノーマルだが150ccもあるらしい。標準モデルの色もものすごく洗練されてる。タイヤマハのサイトでおそらく人生初のタイ語サイトを閲覧(笑)。

こんなバイクで街乗りしたら、楽しい季節がもうすぐやって来ると思いませんか...。メットはMOMODESIGNでさー(そこはまだスノッブなのー)。

こりゃショップにタイバイクを観に行くしかないな。でも、財布のヒモはまだまだかなり固い。通勤で使うわけじゃなく趣味用だから、乗ってる時間がないのがネックなのであった。

うーん、バイク好きには物足りず、最終的に興味の対象がタイカブじゃなくなっとる...。どんな人向けの情報だったのかな、この記事?まぁいい。母島から今日までの心の中心にバイクがあるのは確か。その心の機微を実況してみたってことで。

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南硫黄島特集記事ダウンロード

日経サイエンス9月号6月に参加した「南硫黄島シンポジウム」の最後の挨拶で、ちょこっとだけ触れられていたテレビ放送(NHK BSHi)が、いよいよ来週の予定です。

また日経サイエンス(2008年9月号)では、今回の調査の、いや探検の特集が組まれています。

1冊1400円の高額な雑誌(定期購読だと少しお得)なのですが、日経サイエンスは有料で「記事ダウンロード」を行っていて、南硫黄島特集ページ(全19ページ)もPDFファイルでダウンロードできます。700円です。

19ページで700円でも高いかも知れませんが、興味のある記事だけを手軽にダウンロードできる(決済後48時間以内なら何度でもダウンロードOK)というのはありがたいです。早速ダウンロードしてみました。

PDFだけに写真も美しくて文字も読みやすいです。ただひとつ、見開きページが見開きにならない。その原因は1ページ目が無意味な扉(白地に日経サイエンスと書かれているだけ...)になっているから。

せっかくの見開き南硫黄島の写真が、2ページ単独(無意味扉と2ページ目の見開き)、3~4ページの見開きと表示されてしまってます。こうなると、2-3ページにまたがった写真の右側が切れてしまい、違和感が残ります。それが嫌ならダウンロードより雑誌を買えっていう日経からのメッセージなんでしょうかねぇ...。

1ページ目の扉が無ければ見開き表示設定で、1-2ページ、3-4ページ...と見開き表示できるのに、無意味な1ページ目が邪魔になり、その後すべて見開き表示に違和感が残っちゃいます。もしかすると1ページだけ無視して2-3ページ、4-5ページと見開きで表示させる方法があるのかもしれないけどさぁ。アドビ、教えて!

ま、そんな違和感もありますが、記事自体は大変興味深く、私がシンポジウムで質問させていただいたルート工作の図などもあり、読み応えありそうでした(まだパラパラ写真見ただけで全部読んでないので)。

いつも言ってますが、書籍も雑誌も出会った時に入手しないと、なかなか後から入手するのは困難ですので、興味のある記事を見つけたときはとりあえず入手というのが鉄則ではないでしょうか!というわけでご紹介でした。

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2008.08.05

「島へ。」9月号は小笠原特集!

島好き・島旅ファンのための雑誌「島へ。」(海風舎刊・隔月刊)の9月号は小笠原特集号だ!特集のテーマは「小笠原で深呼吸。」

このひとつ前の7月号では返還40周年記念大使の辰巳琢郎さんインタビューが載っていて、母島へ行く前に読んだ。そして今月、オンシーズンに特集を組まれたりして、今年は小笠原イヤーだねぇ。

9月号を早速読んだけど、母島はぜんぶ知ってる場所だった(笑)。それがなんとなくうれしい。また、記者さんのお気に入りナンバーワンの場所もやはり石次郎海岸だったようだ。いいよねぇ、石次郎!波の音も最高だぜ。イヤフォンで聴くとさらにいい。

石次郎海岸のなにがそれほどいいのか。まず近い(笑)。ははじま丸で入港するときに目視できる。そして行ってみると、そのこじんまりとしたプライベート感覚にホッとする。このくらいのサイズに癒されるのは日本人だなぁって思う(^-^)。

波は凪いでいて、耳を澄ますと、左右の岩壁にあたる水音の“ポチャポチャ感”がステレオ(さらにバイノーラル)で展開される。ほんとにいい音が録れたっすよ。ジョー奥田さんにもmixiで褒めてもらって、なんだかハナマルもらった小学生みたいな気分っすよ(笑)。

母島の玄関口は沖港の船着場なのだが、石次郎海岸はそこに隣接した玄関ホールといった趣きかもしれない。玄関がきれいにしてあるお宅って品があるじゃない。

ボクが着いたその日に訪れたからそう感じたのかもしれないが、ここから旅が始まる、そういう期待感を得られる空間だった。あるいは、出航の日、ちょっと早起きして行ってみると、ああいい旅だったなぁとシミジミ思えそうな空間、それが石次郎海岸じゃないかな(船に乗り遅れないように...)。

ははじま丸からみた石次郎海岸

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2008.08.01

旅本『地球を抱いて眠る』

小笠原諸島からの帰りのおがさわら丸は、同じ25時間半とはいえ、行きのときと気分が違う。帰らなければならないと思うと、その25時間半が長く感じてしまう。

もちろん旅の思い出や知り合った人たちとのおしゃべりなど、復路ならではの時間の使い方もある。宿で出会った磯釣りの達人の男性(2航海くらい)は、小笠原で毎日釣り三昧、日本中に磯釣りしに行っている。帰りの2等船室でも隣同士になったので、いろいろとおもしろい話が聞けた。また旅の達人的な人もいて、沖縄で知り合った友人が今度は小笠原でバイトしてると聞きつけ小笠原にやってきた(3航海くらい)という20代くらいの女性とも話した。

だが、オレは明石家さんまじゃないので(笑)、25時間半はしゃべりつづけられない。録音してきた波の音のSDカードをZENに挿して聴いたりもした。寝る前にはいいが、帰りは起きてからも長く、そういう中途半端な時間を埋めるにはやはり読書が一番しっくりくる。読書にも酔い止めは欠かせない

駒沢敏器さんの著書『地球を抱いて眠る』(小学館文庫)は、母島の旅の帰りにうってつけの旅本だった。著者の駒沢敏器さんは、かつてSt.GIGA(セント・ギガ)という一風変わったラジオ局でスタッフだったことがある。

セント・ギガと聴いて、懐かしさにトリップしてしまいそうな人がたくさんいるように思う。日の出日の入りでタイムテーブルが決まり、その時間帯に合った自然音などを流していた。銀河鉄道のようなラジオ・ステーションだった。

そこでの駒沢さんの仕事は「放送に詩のような文章を添える」ことだったそうだ。セント・ギガで言葉を聴いた記憶がない。いま駒沢敏器さんの文章を読んでみて、当時その詩のような文章を聞いてみたかったと思った。

旅の情景を感性と論理との絶妙のバランスで捉え、伝えるべき出来事のチョイスが大変心地いい。ボクの好きな雑誌の編集者だったこともある駒沢さんならではの選択眼は、ボクの感性ともシンクロするかのようだ。

特に今回は自然音の録音というメインテーマでの母島だった。それだけにこの本の「屋久島の森に風鈴」の章は興味深かった。そこでの録音スタッフは「音の視点から自然を視る」と呼ばれる動き方をして、カメラマンならまず行かないような場所を選んでは自然の音をチェックする。その気持ち、わかるー(笑)。

音の視点から自然を視ると、地球がまったく違った性格を見せてくれる。ボクは以前、ラーメンマップというフィルターを通して和歌山を見ると、まったく新しい魅力が見えてくることを書いたことがあるが(笑)、世界はさまざまな意識のレイヤーによって、これほどまでに違うのだと知ることが旅をより楽しくしてくれる。ラーメンでも自然音でもなんでもいい。ひとり旅の場合、視点がマニアックなほどにオリジナルなのがいいと思う。

『地球を抱いて眠る』は読む時と場所を選びそうな本だ。旅本にはそういう本が多い。旅の途中に読んでこそシンクロできたりする。通勤電車で読めないかも(^_^;)。気分が乗らないからもったいない。

また、最初のエピソードが自分自身へのインナートリップという特殊な(スピリチュアルな)内容なので、ここで引いちゃうと先が読めないかもしれない。ボク自身はスピリチュアル系のヒトじゃないのでちょっときつかった。しかし、25時間半のおがさわら丸復路という特殊な状況(笑)のなかだったので読み進めた。その後のエピソードは旅本として気持ちよく読める内容だったし、文章がほんとに心地いいので駒沢ファンになった。「禅とオートバイ修理技術」が出てくるエピソードもあって、うれしかった。

駒沢敏器さんの著書では『語るに足る、ささやかな人生』(小学館文庫)も読み始めている。こちらはアメリカのスモールタウンばかりを旅した本で、駒沢文体が本当にいい。こっちは通勤電車でも読めそうだ(笑)。

ネットで読める文章もあった。草思社がやっているWeb草思で「58号線の裏へ」だ。第10回からのココイチのエピソードが良かった。ココイチがブンガクになった瞬間に遭遇できる。こんな風に旅を文章に出来たら楽しいだろうな。

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2008.07.21

2008年上半期のクロス円を振り返る

2008年上半期昨年末もアップしたFXお遊びチャートですが、2008年も上半期終了してたので(笑)、半期のチャートをアップします。題して「2008年正月に何も考えず目をつぶって買ったクロス円は年末どーなっているのか!?(上半期中間報告)」でございます。画像をクリックすると拡大します。

上半期、ヒマでした(笑)。まぁそれで小笠原諸島に旅行したり出来たわけですけれど。それにしても半期とはいえ明暗わかれましたねぇ。豪ドル円、ユーロ円、スイス円、(クロス円じゃないけどユーロドル)はプラス、その他はマイナス(ほぼゼロベース)という中間結果となっております。

そうはいってもクロス円については3月の底から戻り調子のチャートになっているので、下半期はどーなるかまだわかりません。

沈黙のファサード・エンタープライズのほうでご報告した過去1年のブルベア勢力図では、キウイ円を除いて今回のお遊びチャートの勝ち組通貨と重なっていたり、COTデータが完全に教科書どおりのサイクルに戻っているので、かなりテクニカルな動きを取り戻しているのかなと思えたり...。

ま、市場も冷静さを取り戻さないと次のトレンド形成に向かえないので、サブプライム問題をまだまだ引きずりつつも、徐々にリスクテイカーの玉が入ってきているような感覚があったりなかったり(>どっちやねん!)。豪ドル円とかスイス円はずっとブルトレンドではありましたけどね。下半期がんばりたいですね。

さて、相場よりも林輝太郎さんの新刊が出たことが個人的にビッグサプライズです。まさか新刊が読めるとは!うれしい限りです。

林輝太郎さんの本はほとんど読んでますから、その一貫した主義主張と素人を丁寧な言葉でコキおろす(笑)面白さについて、新しい発見はないです(いまだにヘンテコな素人が後を絶たないという発見はあります)。

それでも読んでしまうのは、この文体が好きなんだろうな。一貫した林流の主義主張も違う言葉で書かれると読んじゃう。ボクにとってはほとんど文学作品の域です。

でもこの本で特筆したいのは、エルダー博士の「投資苑」を林輝太郎さんが引用しつつ「とにかくホンネの本なのでぜひ読んでいただきたい。」と書かれているのがうれしかったこと。

ボクの私設師匠集団、相場戦隊ゴレンジャーのうち、黄レンジャー(エルダー博士)と桃レンジャー(林輝太郎先生)とがこういう形でつながった。中島みゆきと吉田拓郎がつま恋でサプライズ共演したときのような感激を覚えた!ついてきて良かったみたいな。

また逆に、この二人が青レンジャー(ラリー・ウィリアムズ)をどうも嫌っているんじゃないかと思われるフシもあったりして楽しい(これはあくまでも想像です!)。

相場戦隊ゴレンジャーのあとの二人の活動も活発化している。

緑レンジャー(マット今井師匠)のセミナーは(初心者向けが多いので)超ごぶさたしているが、7/27の東京金融取引所のパネルディスカッションには顔を出したいと思ってます。挨拶できるといいな。

赤レンジャー(ジム・ロジャーズ)の「中国の時代」日本語訳も発売された。ジムは相場師ではないけれど、目のつけどころが独特で面白い。

原油高騰もずいぶん前から当然のこととして分析して見せてきた。ボクが最初に聞いたのは2004年で、当時「原油はこれから10年、まだまだ上がる。調整もあるが15年の上昇トレンドだ。」とおっしゃってました。その根拠も明確なので、根拠が崩れる(シナリオが変わる)場合も対応できそうなところがすばらすぃー。未来は予測できないけれど対応しなきゃいけないというところはあらゆる投資・投機の基本ですからね。

現場主義ってとこもいい。娘に中国語ネイティブの乳母をつけていたと聞いていたけど、すでにペラペラらしい(7歳で)。そういう突拍子も無いところがいいな。

というわけで、しばらく書いていなかった相場の話をちょっとしてみました。その意味わかるよね???なーんて。

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2008.06.22

雲が好き!

台風6号はどうやら大陸側に逸れて行きそうだ。しかし週間予報では、お日様は見られず、くもり一時雨の母島となりそうだ。気象観測は父島が基準だから、50kmはなれた母島は多少異なるかもしれない...と淡い期待をしているのだが、50kmというと東京駅-成田空港間より近いくらいなので、大きく差はなさそうだ。

そうなると、曇りの楽しみ方をいろいろ考えなければ。もともと雲は好き。このタイミングで雲が好きというのは、負け惜しみみたいで(しかもまだ出発すらしていない)、もっと早く「雲好き」をカミングアウトしておけばよかったと、そのことを後悔している。

雲は“発明”されたって知ってます?神の発明とか、そういうことじゃなくて。ひとりのアマチュア科学者が発明したんですって。

前にタモリがタモリ倶楽部で「学問ってのは分類から始まる」と非常に核心的なことをおっしゃいました。どの回だったかな?アンガールズご出演の「苔」の育成のときだったような気がするな。

まさにそうで、気象学を語るうえでも欠かせないのが「雲」です。雲の分類です。そして雲を分類するという行為は、19世紀初頭のひとりのアマチュア科学者によって成された画期的な行為だったというわけです。

『雲の「発明」』(リチャード・ハンブリン著・小田川佳子訳/扶桑社刊)は、移ろいやすく捉えがたい雲の変化に対応する画期的な雲の分類を発明したルーク・ハワードについてのお話。

19世紀という時代のイギリスは、科学が大衆娯楽として花盛りだったそうで、雲の発明という歴史の始まる瞬間も大衆への講座というカタチで発表されました。知的好奇心を駆り立てる科学の面白さ、いまの日本の教育にも欲しいっすね(^-^)。

知識は得てしまうと娯楽じゃなくなるのかも。得る過程にこそ自発的動機ってものが芽生える。詰め込み型知識教育の行き詰まりはそういうことなんだよな。得た知識を一生使える道具とできるかどうかは、最初が肝心。

他人の知識で埋もれた21世紀だからこそ、知的好奇心も多様化せざるをえないわけだし。画一的な知識の詰め込みには直接的学習動機がない(大学受験などの間接的動機だけのつまらない勉強しか残らない)のは歴史の必然。

でも人類の学べるキャパは思ったほど多くないから、自分の好きなことだけを学んでいても100年くらいは充分楽しめる。その20%を画一教育に犯され、そのブロイラー的成果によってその後の40%程度を支配される官僚的人生なんてつまらなくて当然じゃない?つまらない人生を送ってるから居酒屋タクシーでウサはらすしかないワケよ。あるいはモラルハザードを起こすワケさ。

なーんてことを、雲の発明から脱線して思ったりして。現代は知識に埋もれてるわけだから、今度はその先、知の編集とか、そういうことが重要になってくる(松岡正剛の受け売りみたいな言い方だけど)。

一点の曇りもない青い空って、最初はいいけど段々飽きてくる。絶世の美女みたいに(笑)。あるいは、海の写真撮ったことがある人は覚えがありませんか?360度大パノラマだって、その大きさを表すには岬とか砂浜とか山とか島とか、なにか風景を構成する、一種の抵抗(カウンター)があってこそ、その海の大きさや美しさが表現できる。青い海しか写っていなければ、なんだか青いだけのつまらない写真になったりする。

雲もそうです。青い空をただ撮影してもなんだかさえない。そこに入道雲でもあれば、それはひと夏の暑い一日を連想させたりできる。雲は気象学にとってはモノサシであり、風景にとってもなくてはならない存在だと思うんです。それも主役じゃない。そこがバイプレイヤー好みのボクの嗜好に合ってるわけ。

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2008.06.15

物語にはサイドストーリーが必要だ

近づいてきた島旅のために、持っていく本を選ぶひととき。この上なく楽しい。これも旅の一環だと思う。25歳の頃に環境評談家・森林ジャングル(もりばやし・じゃんぐる)名義(^_^;)で、「ジャムとサラミとトマトジュース」という紀行エッセイを某同人誌に書いた。先日の秋葉原無差別連続殺人犯と同い年の頃だった。

このときの旅、そもそもは留学中のある女性を追っかけて行った旅だった。まだ連絡手段もほとんどなく数ヶ月間絵はがきの交換をしながら見切り発車で旅立った。オレも相当若かった。

結局、彼女とはすれ違いで会えず、傷心の(しかも下痢気味の)観光旅行となったわけだが、このときの読書体験とか録音体験がいまに生きてる。ひとつの挫折で自暴自棄になったりしない。

いくつものサイドストーリを膨らませて旅は続く。最後にもうひとつ。欧州のジャムとサラミとトマトジュースが好きだ。加工しすぎていないから。欧州では必ずジャムとサラミとトマトジュースを食べる。今後もきっと変わらない。

25歳のオレはエッセイの最後をこう締めくくっていた。ジャムもサラミもトマトジュースも旅の本質じゃない。ただのサイドストーリーだ。でも、それもまた旅の一環であり人生の一環でもある。最近ハマってる録音にたとえれば、五感を外に向けてバイノーラル感覚(全方位感覚)で生きることが大切だと思う。

いまの25歳とは環境が違う。いまのほうが生きずらいとオレも思う。いまの25歳はいいときの日本をまったく知らない。生まれた頃はバブル真っ只中。だが物心ついた頃には転落していく大人が急増し、自殺者も3倍に膨らんだ。そして政局サイボーグ・コイズミの登場...。

日本のセーフティゾーンを崩壊させた戦犯とそれに熱狂する大人たち。その頃成人した彼らは、あのバカ騒ぎをどんな目で見、その感受性でどう受け止めたのか。その答えがそろそろ出始める。そして選択しなければならなくなる。バカ騒ぎを続けるのか、新たな希望を見出すのか。

自身の物語のサイドストーリーを膨らませて、たくましく生きる術を身につけて欲しいと思う。サイドストーリーがヴァーチャル空間で手に入ると錯覚しやすい時代だけど、やはり人間の精神活動というものは「実働」と結びつかないことには次のステップへ進めないと思う。

いいサイドストーリーが本編を輝かせる。もし世の中がいやになったなら、無差別殺人ではなく、政治的手法を身につけて戦犯と戦わなければ世の中は変わらない。敵の正体は見えないわけじゃない。未熟なうちは戦い方が見えないのだ。日本は格差確定社会に向け、多くの民を労働者・消費者としてしか位置づけない教育を延々としてきた。気付けば戦う相手が見えてくる。

アキバの彼について思うことを書く予定ではなかったけれど、たまたま25歳のオレの文章を引いていて、あの日あの場所にオレが(被害者として)いてもおかしくなかったことに思い至り、いまの思いを記録だけしとこうと思った次第。これもサイドストーリーだな。

日本の海洋民さて、今度の旅に持って行く書籍がとりあえず2冊決定。

ひとつは、「日本の海洋民」(宮本常一・川添登編/未來社刊)だ。この書籍は1974年7月10日に初刷発行で、2008年5月15日に7刷が発行された。8出版社共同復刊企画“書物復権”のなかの一冊として復刊された。

「海の話をするまえに山の話からはじめなければならない。」

文学者でもないエッセイストでもない民俗学者なのに、この書き出しの軽妙さ。これで決まった。宮本常一氏の書物のうち、どれを持っていくか考えていた。「旅の民族学」つながりで対談本も複数出ていて捨てがたかったけれど、25時間以上の船旅にはやっぱこれかなと。海洋民のひとりとして思ったわけよ。

もうひとつは、ガラリとジャンルが変わって「久世塾」(塾長久世光彦/平凡社刊)に決定。これは書店でたまたま見つけた。2007年2月19日初版発行。比較的新しい本だが、久世さんは2006年3月2日に亡くなったので、この久世塾は大変貴重な空間の記録だと思う。

脚本家をめざす塾生へ、久世さんほか表現を仕事としている人々による講義録になってる。久世光彦はテレビドラマを文学にした人だとオレは思っているし、向田邦子とのコンビはもっともっと見たかった。

ひとり旅は少なからず人生に影響する。その旅の道程で久世塾を読みたくなった学校嫌いのオレです(笑)。

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2008.05.26

旅の民俗学

旅の民俗学ゴールデンウィーク前あたりから、にわか宮本常一ファンになり、最初に買った2冊を含め4冊をほぼ同時並行して読んでいたが、この「旅の民俗学」(河出書房新社)を一番早く読み終えた。

宮本常一さんが、さまざまな分野の専門家と対談や鼎談をしている本なので読みやすく、またそれぞれのテーマがコンパクトにまとまっていて興味を引くつくりになっている。さすが河出書房だ。

この書籍は2006年8月30日初版発行なのだが、各章の初出一覧を見ると、1968年から1980年だった。一番新しくて26年前なのだ。集めるべくして集められた珠玉の名編(というとホメ過ぎかもしれないが)となっており、編集のウマさというか視点のセンスが光っていると思った。

ボクは旅も好きだが書籍(造本)も好き。良心的な中小零細出版社というのは多々あれど、あまりに学術的に過ぎたり資料的価値に寄り添ってばかりいたり、というのは好みじゃない(そういう書物も大切だとは思うけど)。

そこそこの部数を狙わなければならない中堅出版社であるがゆえの頭の使い方とか編集力とかに光るものがあったとき、むしょうにうれしくなる。これが講談社や小学館クラスだとまた違うんだよな(^_^;)。

表紙もいいでしょ。この構図。道を歩いている二人は誰なんでしょう。この道はどこの道なんでしょう。いろんな想像をしてしまう。日本国じゅうを歩き回った宮本常一の原点は「道」であることが、この1枚の写真に表現されてる。

学者や文筆家との対話が面白い。専門家から出されるテーマを、宮本常一は地道な調査に基づいた論理で考証していく。現場主義だから説得力がある。またその現場も点ではなく線であり面で捉え、さらに歴史文書(古文書など)と照合して立体的に検証し、誰にでもわかる言葉に噛み砕いて語ってくれる。

というか、おそらく各地を歩き回って調査するうえで、この「わかりやすい語り部」の才能が宮本常一の大仕事の原動力となっていたように思った。仮説も含めあらゆるテーマに現場から応えられるというのは、やはり並大抵のことではない。

そしてその生活者へのまなざしを、常に彼らの側に置く。宮本常一の仕事をあらわすとき、「調査」よりも「旅」が似合う所以だろう。旅人の謙虚さと、民俗学者としての洞察力、そして魅力的な話術。世間師宮本常一の真骨頂はそこにあるな。

内容では、個人的に山崎朋子さん・茂在寅男さんとの鼎談「海と日本人」(1977.6)がうれしかった。山崎朋子さんは大ベストセラーのノンフィクション「サンダカン八番娼館」の著者だ。鎖国以前の日本人が海洋民としていかに活き活き生活していたかがわかる。

国家とは何かを再度考えずにはいられない。国家の縛りがなければ、日本人は海洋民として縦横無尽に外海へ飛び出していたことだろう。海洋技術も発達してきたことだろう。それを統治管理する必要があるとすれば、誰の必要性なのか、また何のために国境を存在させたのかがはっきりわかる。

国家とは権力者による収奪と富の流出阻止のための線引きだろう。民は独自のネットワークを持ち、自然の循環のなかで暮らしていたし、土地土地にオリジナルな知恵をふんだんに育てていた。それを画一化(侵略)していく道程こそが近代化だったのかもしれない。

進化の恩恵は計り知れないし、国家権力の後ろ盾がなければ宮本常一の仕事もなかったかもしれない。それは認めつつ、人にとってまず何が大切で、何を守り、何を育て、何を伝えていくのか。個々人の生活史のなかに知らぬ間に入り込んでいる強者の歴史観、国家による思考停止した地方破壊の現状を、いま一度、自分のこととして捉えなおしてみたい。

文部科学省は国語をやめてお国ことばと郷土史を全面的に採用した方がいいのではないか。国家という画一化した幻想でなく、生活している土地を原点に外界を捉えるほうが生きる力も愛郷心も芽生えると思うが。日の丸・君が代がいかにウソかが見えてくる(>だからやらんのかもしれんが...)。

ま、そんな大仰なことなんて考えないで、スローライフな感覚で読める良書でした。このなかでさらに興味の湧くテーマが見つかったら、次の読書へつながるという意味で入門編としても良かったです。

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2008.05.24

地球探検隊長の本!

感動が共感に変わる!最初に言いたい。怖い本である。今すぐにでも旅に出たくなってしまうのである。地球を探検したくなる。隊長と一緒に。その一歩を踏み出せるかどうか。インドアなオレ(笑)に問いかけてくるのである。

中村伸一隊長率いる地球探検隊(エクスプローラ社)との出会いは、先日のジョー奥田さんとの夕べだった。楽しい会だった。ただしインドア派でも楽しめる会だった(笑)。だが、地球探検隊の旅は、まさに自分たちで作り出すアウトドアな旅なのだ。隊長の本をこの会に持参されていた隊員の方がいて、ちょっと見せてもらった。帰宅後さっそくアマゾンで購入した。今回紹介するにあたり、表紙カヴァを自分でスキャンした。オビがないほうがこの写真のすばらしさが伝わると思ってさ。

実はすぐに読み終えていた。だが感想を書くのをためらってもいた。オレにその資格があるのだろうか。インドアなオレに...。隊長は飲み会の席で自己紹介するオレを真剣な眼差しで見ていた。普段はつねにスマイルの隊長だが、人の話を聞くときのこの姿勢にビジネスマンとしての才覚を見たような気もした。「地球探検隊」ブランドは誰にでも作れるものじゃない。特に自己責任を問われる「大人の旅」にトラブルは付き物なのだ。「ニコニコ顔の命がけ」(100頁)のスタッフと作り上げる旅ブランドなのだ。

●旅とはトラブルであり、トラブルとは旅である。(117頁)

ほんとにそう思う。クレヨンしんちゃんも「トラベルはトラブル」だと言ってる。オレも旅先でトラブルに出会うと不安だが高揚する。五感が刺激されてアドレナリン分泌量が増えて(いるような気分になって)、なんだか旅してるーって気分になる。旅の思い出話で一番盛り上がるのってトラブル話でしょ?トラブルこそまさに自分だけの体験だからだと思う。

最初の海外旅行の経験が大きい。オーストリアからハンガリーへ入る電車を乗り間違えて、ショプロン(Sopron)というハンガリーの北茅ヶ崎駅みたいな田舎駅で乗り換えた。初めての海外で、ビザ確認のため国境警備隊に別室に連れて行かれて囲まれたときのビビり感は相当なものだった(笑)。ショプロンがベルリンの壁崩壊の端緒となった「ヨーロッパ・ピクニック計画」の中心地だったと知ったのはつい最近のことだ。オレが降り立ったショプロンはベルリンの壁崩壊の1年3ヶ月後だった。東欧はまだ遠くて得体の知れない世界だったのだ(初海外だったし)。

これで予定時間が大幅に狂った。ショプロンの駅から宿に電話しようと試みたが公衆電話が通じない。電話のかけ方が違っているのか回線状況が悪いのかもわからない。人に聞こうにも言葉が通じない。とにかくブダペストにたどり着いたが、今度は旅行会社からもらった手書きの地図(!)がまったくのウソっぱちで、宿が見つからない。めちゃめちゃ歩き回り、夜遅く自力でたどり着いた。疲れ果ててフロントに向かったら、フロントの兄ちゃんがいきなり「フジヤマ!ゲイシャ!」と叫んでくれて、なんだか爆笑した。

些細なトラブルの積み重ねと、なんとかそこを乗り切っていま生きてることが、旅の財産のような気がする。ビジネス旅行(出張ともいう...)やパックツアーでトラブルはご法度だ。それは旅行かもしれないが旅ではない。この違いを強烈にプッシュしているのが「地球探検隊」というブランドのような気がする。

●何もないのにすべてがあった(122頁)

モンゴルは襟裳岬か(笑)。この本を読むと、モンゴルに行きたくなる人が多いそうだ。オレもそのひとりかもしれない。モンゴルに惹かれる最大の理由は「今日」を生きるという感覚。それに惹かれるのだろう。何もない草原にいる自分という存在を感じることができそう(>行かなきゃわかんない)。

「自分探し」が20世紀末にある種のブームとなった。それは物質で満たされた世の中で、物質とか肩書きとか、そういうものを取っ払った自分自身の価値を見つけようとする精神の“病”だったように思う。「今日」を生きている人は、そんな理屈で悩んだりしない。そんな理屈を並べ立てなくてもいい場所がモンゴルなのかもしれない。見つけようとしても見つからないこの「自分」という存在は、なぜか都市では見つからないのだった。そんなこと考えなくていい場所で考えなくなった自分に気付いたとき、答えは見つかるのかもしれない。

...と、いろいろ書いてきたけれど、決定的にオレに欠けているものは「行ってない」ことなのだ。行かなきゃはじまらないし、感動が共感にも変わらない。まさに評論家になってしまってる。「四の五の言わず行ってみろ!」という、これも自分自身の声なのだが、そういう声がこの書籍を前にして、常に聞こえてくるわけだ(^へ^;)。

オレが10代のころ、まだ地球探検隊は存在していなかった。あの頃出会えていれば...と考えるのはよそう。まだ遅くない。感動を共感に変えられるかどうかは、オレしだい。そう迫ってくる。ちょ、ちょ、ちょっと、時間ください(((^_^;)。最近ヤマケイを初めアウトドア系の雑誌買ったりしはじめた段階なもので(笑)。今日とりあえず、シューズでも見てこようかな。

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2008.05.11

ジョー奥田さんと地球探検隊の夕べ

うーむ、飲みすぎた!久方ぶりの楽しい飲み会で久米島の泡盛久米仙をロック(南極の氷)でガブガブ飲んでしまった。こんなになるくらい飲んだのも久しぶりだ。

昨日は地球探検隊(エクスプローラ社)のオフィスにて、ネイチャーサウンドアーティスト、ジョー奥田さんのお話を聞く夕べが開かれた。奄美大島の旅と録音について大変興味深いお話が聞けた。

特に夕べと懇親会の間にあった30分程度のフリートークの時間には、ボクのインタビュアー魂が17年ぶりくらいによみがえり、さらにいろんなお話も聞けた!興味があることだとまだまだ燃えられるんだなオレ(笑)。

●録音は女性向き!

ジョー奥田さんには、雨の音や滝の音など、私自身が録音をして難しいなと思っていたことをいろいろ聞けた。ジョーさんは企業秘密的な部分にまで少し踏み込んでいろいろ教えてくださった。感謝!!!

ジョーさんの録音に関するお話で印象深かったのは、女性への録音のススメと録音物を残すことの面白さについて。

フィールド録音を行うのはなぜか男性が圧倒的に多い。釣りとか写真とか模型とか、独りで忍耐強くやるイメージの趣味にこの傾向が多そうだ。しかし「録音」は聴覚による繊細な感性が必須なので、実は女性に向いているというお話。

人生のいくつかの節目節目を音で残すことは、ビデオやカメラよりもさりげなく出来るし、「音」は時間が経つにつれてその価値は何倍にも膨らむとか。

昔の写真を見てもそのときの音はなかなか思い出せない。でもそのときの音を一緒に聞くと、そのとき見たもの感じたことなどがまざまざと思い出される。リニアPCMなど超リアルな音が手軽に録音できる現在、音で残す需要はますます広がりそうだ。

またセクハラ・パワハラなどを受けたときに、証拠を音で残せるという実務面でもハンディレコーダはオススメ。

ボクはジョー奥田さんのCDを持っていったけれど、なかにはジョー奥田さんがフィールド録音に開眼したきっかけになったOrange Tree Production制作のCD持参の女性もいらっしゃって、オススメCDを教えてもらったりした。

●地球探検隊員になりました(予備軍?)

この会は地球探検隊の夕べの一環として催されました。隊員(旅のリピータ)の皆さんと録音好きの皆さんとが混在していたので、いつもの夕べとはちょっと雰囲気が違って、おとなしい会だったようです(笑)。

しかし夜の懇親会では旅のアイテムに“録音”が加わって、隊員の皆さんにも録音に興味津々な方がたくさん現れて面白かった。また、こちらは逆に隊員の皆さんに旅への想いを目覚めさせていただきました。中村隊長(社長じゃなく隊長と呼ばないとダメ ^o^)にも初めてお会いしました。名刺には「代表取締役 隊長」って...かっこいい!

こんだけ飲んだ翌日(つまり今日)も、伊豆で「MTBに挑戦!」ツアー同行とか。底抜けに明るくバイタリティあふれる隊長はとっても魅力的な方でした。噺家さんみたい(笑)。この熱さが隊員のハートをわしづかみなのかも!?

それにしても、世の中には旅のツワモノがいるもんですね。それも女性が多い。隣に座った若いRさんにたくさん旅行に行ってるのか聞いたら、屋久島から戻ってきたばかりで、まわりの友達と比べたら多いけれどここに来たらまだまだとおっしゃる。

他にも中東諸国とか南米とか旅しまくってるTさんも見た目はごく普通だったり(って普通じゃない旅しまくり女性はどんなイメージなんだ?)。

たまたま中村隊長の書籍の表紙の写真、グランドキャニオンでジャンプしてる方も参加されてました。

男性にも毎年北極に行っている(!)Mさんがいたり、隊員からスタッフになられた南雲さんもナイスガイ(笑)で、4時間の飲み会がなんだかあっという間に過ぎました。

地球探検隊にリピータが多いのは、このサークル感覚なんだろうなと思いました。旅は行って楽しく、後日語り合ってまた楽しいもの。そういう場を提供し続けている地球探検隊にも興味津々となりました。でもオレ、予備軍から幽霊部員にならないように気をつけないとな(笑)。

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2008.04.28

GW 二人の巨人を読む

いよいよゴールデンウィーク。とりたててどこか行楽地へ行く予定もなく、読書中心の連休にしたいと思う。すでに読みたい本は購入済みだ。キーワードは現代の巨人。たまたま偶然“巨人”つながりだったわけでネライじゃないが、切り口として“巨人”は大変面白い。

まず、名前が巨人の大西巨人著『深淵』(上・下巻 光文社文庫)だ。すでに読み始めているが、大げさでなく私の日本語への意識が変わった。小説の言語として、かつてない精巧な言葉。小説の精巧さという点では中上健次を思い起こすけれど、その難解さとはまったく違う大西巨人文体の描写力。ぐいぐい引き込まれていく。

大西巨人さんといえば、日本文学の金字塔といわれる『人間喜劇』が代表作。私は漫画で読んだ。「人間喜劇」を漫画化しようという試みそのものにものすごいエネルギーを感じて。

『深淵』はインターネット小説として書かれた。それが完結して単行本化され、すでに文庫化されている。文章には若干手が加えられているそうで、オリジナルが読みたい場合はネットで読める。大西巨人さんの映像も見ることができる。そこでの語りはとつとつとしているけれど、丁寧に言葉を発する大西巨人さんの映像は凛としていた。「本」を「活字の本」と言い換えるあたり、まさに大西巨人体だ。

もうひとりの巨人は、宮本常一氏だ。厳密には宮本氏について書かれた『旅する巨人宮本常一 にっぽんの記憶』(みずのわ出版)を読もうと買ってきた。

恥ずかしながら、同郷山口県出身の巨人・宮本常一についてまったく知らなかった。民俗学というと南方熊楠や柳田國男がすぐに思い浮かぶ。だがそういったメジャーな(マクロな)民俗学でなく、もっと現場主義的なミクロな民俗学ともいうべき宮本常一にこそ、私はもっと早く出会うべきであった。

周防大島というと、昨日の自民・民主激突補選で民主党が2万票の差をつけて大勝した山口二区だ。高齢者の多い島だ。数年前に家族で民宿に泊まりに行った。宮本常一氏はこの島の出身で、距離にして地球を4周半できるほどのフィールドワークで日本の漁村を中心に記録し続けた。

一躍注目を浴びたのは大宅賞を獲った佐野眞一著「旅する巨人」によって、その生き方や仕事のすばらしさが描かれてからだと思う。そしてスローライフが浸透してきている現代、宮本常一の仕事が再評価され始めているようだ。

なにせ私自身に何の予備知識もなかったもので、紹介するのも気が引けるわけだけど。どうして買ったのかといえば、たまたま東急ハンズ新宿店でバイノーラルマイク・イヤホンを購入して、隣の紀伊國屋書店に立ち寄った。バイノーラル録音からの連想で、波打ち際のイメージが浮かび、なんとなく民俗学の棚あたりへ。

気分はフィールドワークだったのだ。その前にジル・ドゥルーズの『無人島』に強烈に惹かれつつ、似てるけどぜんぜん主旨が違う本だな...とか思いながら、そういう現代思想系の棚を通って民俗学へ。そこで「旅する巨人宮本常一」という言葉が私の気分とシンクロしちゃったわけ。で、出身が周防大島だとわかり、俄然興味が出てきたのだった。

同時に『宮本常一のメッセージ』(みずのわ出版)をガイド役に購入し、こちらから読み始めた。外堀を埋めてから最終的に宮本常一さんの著作へたどり着きたいと思っている。

二人の巨人に共通点があるとするならば、それは教科書に載らない巨人かもしれない。メジャーな学問への入門の入門として学校教育がある。しかしその外にはもっと広い知的世界が広がっている。私はそういう外の世界を常に志向してきたし、そこにこそ本音の学問があるように思うから。市井(しせい)という言葉が好きだ。

進化論はダーウィンじゃなく今西錦司こそ読むべきだし、歴史は物部氏から始めたいし、サンダカン八番娼館のおさきさんや沖縄の人々を通してのオーラルヒストリーを重視したいし、哲学ならヴィトゲンシュタインだし、子どもの頃からとにかく学校教育がなぜか取り込まない(取り込めない)知的な周縁(エッジ)にこそ、自分自身の立ち位置、住処があるように思っていた。

山口県で学んできたのだから、そのなかで宮本常一という名を多少なりとも記憶していてもよさそうなものだ。しかし学校で一度も聞いた記憶が無い。

まぁそれでもこうして遅まきながら出会えたことに感謝しつつ、昭和大好きっ子がたどり着いた昭和の原点ともいうべき宮本民俗学への入り口。今年のゴールデンウィークは宮本常一とバイノーラルマイクを持ってフィールドに出よう!

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2008.04.02

ピンボケの思い出

昭和テレビ風雲録昔からテレビを読むのが好きでした。テレビジョン黎明期の現場を読むのが。テレビで放映される作品そのものももちろん好きですが、一番好きなのは実はその作品を作っている現場の空気感を見聞することだったりするわけです。

これまで読んだテレビ制作系書籍の主なものは、2004年に「テレビ放送50年記念ザッピング・ブックレビュー」と題して紹介したことがありました。もう4年も前なのかー。

で、今回久々に紹介したくなったのが秋場たけお著「昭和テレビ風雲録」(扶桑社刊)です。サブタイトルは「わがままカメラマンが行く!!」となってまして、この書籍はフジテレビでテレビカメラマンをされていた秋場氏の著作なのです。

テレビカメラマンの手によるテレビ制作現場のお話ってあまり読んだことがなかったです。でも、テレビはカメラなくしてはボクたちとつながれないわけで、その視点は視聴者と現場をつなぐ接点であり、大変面白く読みました。

とくにテレビ黄金時代の制作や技術スタッフどうしでの思い出話はまさに現場!ボクの嗜好にピッタリです。また著名人も、先日お亡くなりになった市川崑監督を筆頭に、石坂浩二さんやすぎやまこういちさんなどテレビ黎明期を語る上での常連さんほか、武田鉄矢さん、谷村新司さん、浅野ゆう子さんらと秋場さんとのトークは、カメラマンと役者の関係などがわかり貴重でございます。

秋場たけおさんってテレビカメラ業界のボブ・ディランだと思うんですよ。

ボブ・ディランってあのしゃがれた声がカッコいいわけですけれど、ボブ・ディランが市民権を得るまではプロの歌声は美しくなければダメでした(もちろんそれ以前からブルース・シンガーはいたわけですが)。日本にボブ・ディランの歌声が入ってきた頃、陽水だったか拓郎だったかが、「あんな声で歌っていいんだ」と開眼したそうです。

このディランのしゃがれ声をテレビカメラに置き換えれば、それは「ピンボケ」といえるのではないでしょうか。秋場たけおさんがCXの長寿音楽番組「夜のヒットスタジオ」でまさに“創作”したカメラワークのひとつ、ピンボケ画像は革命的だったというわけです(それだけじゃなく3台のコンビネーション他いくつもあるわけですが)。

ボクも夜ヒットにおけるピンボケ画像はよく覚えています。もちろんリアルタイムでは、その映像が秋場さんの創作だと意識して観ていたわけじゃないですが。イントロの演奏が始まってタイトルテロップが入って歌が始まる。その何小節かがピンボケ画像になっていて、歌の出だしでピントが合うという画面。覚えている方も多いのではないでしょうか。

あのピンボケは秋場たけおマジックだったのかーって思って。当時TBSであそこまでピンボケだと放送事故と言われかねないくらいのボヤけ加減。後発だったフジテレビだからこそ出来たとか。そして動き回るカメラワークは、当時他のテレビ局からも毎回見学者が訪れていたそうです。

そんな“動”の「夜のヒットスタジオ」を撮った翌日は、“静”の「ミュージックフェア」の現場です。こちらも長寿ですが、こちらは打って変わってギミックを使わない音楽の映像化にとことんこだわってます。美術担当はエッセイストとしてもおなじみの妹尾河童さん!フジテレビの社員だったなんてまったく知らなかったです(笑)。

ミュージックフェアは音と光(照明)の芸術ともいえる番組作りで、こちらもテレビの撮り方の金字塔です。この本には、「テレビにはテレビの撮り方がある」ということをテレビ黎明期に考え、実践し続けた著者の意気込みが感じられます。

著者の撮ったドラマや番組をいま見ることはなかなか難しいですけれど、市川崑監督と組んでハイビジョン試験放送で流されたという「その木戸を通って」とか、ライバルの日本テレビ開局三十周年スペシャル「幕末青春グラフィティ 坂本竜馬」とか、時代的にも70年代ブームのいま復刻したい杉田成道監督ドラマ「1970 ぼくたちの青春」などなど、ぜひDVDやCATVで観てみたいと思ってしまいます。

ボクが子どもの頃、フジテレビの番組は山口県ではほとんど見れませんでした...。TYS(TBS系列)がスポット買いしてた夜ヒットやひょうきん族などだけ。だから余計に観たくなってしまうのかも知れません。

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2008.03.26

ドジョウの品格

いま世の中は品格ブーム!

○○の品格」みたいな本がたくさん出版されているが、二匹目のドジョウを狙ったこれらの人々の品格はいったいどこへいってしまったのだろうかっ!?

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2008.03.22

いま、連合赤軍とあさま山荘を観ること

何から語ればいいのかわからない。映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(若松孝二監督)を観て以来、映画のさまざまなシーンがずっと頭から離れない。ボンヤリとした知識でしかなかった事柄が明確になったけれど、同時に心に穴が空いてしまったような感じをずっと持っている。

帰って来てから、YouTubeで当時のニュースの一部を観た(左映像ほか)。映画を観る前と後とで、このあさま山荘事件映像の印象は大きく変わるかもしれない。

映画のパンフレットにあった「吉野雅邦 獄中からの手紙」を真剣に読んだ。吉野氏はあさま山荘で逮捕された一人。無期懲役で服役中だ。この映画で吉野氏を演じる役者にあてた手紙として書かれた。伝わってくるけれど届かない。映画を観たときと同じく、心の穴はますます大きくなるばかりだ。

公開されてから観たくてしかたがなかったが、3月20日春分の日にようやくテアトル新宿で観た。風雨の強い日だったが、この日も長蛇の列。5分遅かったら座れなかったかもしれない。休憩時間にも当時の学生運動のモノクロ映像がずっと流されていた。強烈に惹かれるあの時代。だが届かない。渇望と断絶と。だからそこ、迫りたかった。

私が生まれる少し前が学生運動・労働争議全盛時代で、小学校高学年くらいからフォークソングを媒介にして当時のカルチャーに憧れを抱きはじめた。あさま山荘事件やよど号ハイジャックはその後のテレビで何度も流れていた。私にとってはこれらの事件もその時代の熱さの一部であり、憧れないまでも嫌悪するニュースではなかった。

ときどき、自分が学生運動の時代に大学生だったら何をしていただろうかと思う。一歩間違えばあさま山荘に立て篭もっていたか、リンチで死んでいたか、仲間を殺していたか。それとも常に少数派でいたい私があの時代にいたら、ノンポリ学生(実は多数派?)だったか。同人誌に詩でも発表していたか。

●淡々と、激しく、映画が語る連合赤軍

映画にはものすごくフラットな印象を持った。あさま山荘に機動隊が突入し銃撃戦が行われていても、この映画の主人公たる連合赤軍のメンバー寄りには到底なれず、かといって警察(国家権力)を拍手喝采で応援する気にもなれず。このあさま山荘を(必然かどうかはともかく)結果として起こった事実として追体験した。

ただ指導者の二人、森恒夫と永田洋子にだけは虫唾が走った。脱走兵から簡単な自己批判で軍に戻り指導者となった森。何度総括と言ってたか総括したいくらいにメンバーに徹底的に総括を求め、すべて否定し結局は殺してしまう(他のメンバーの手で殺させてしまう)森。森恒夫は逮捕1年後の正月に獄中自殺しているが、それすら卑怯に思う。

永田洋子はターゲットを決めたらネチネチと攻め始める。そして森が総括要求しリンチが始まってもただ見ているだけ。いや、その様子を俯瞰し次の獲物を探していたのかもしれない。永田には革命とか思想とか、そんなものはどうでもよかったのかもしれない。それだけにデモに参加した誰もが永田になっていた危うさを感じる。永田洋子は死刑囚として36年たったいまも獄中生活をしている。

リンチによって殺された学生たち。彼らのセリフのなかに印象的なものが多かった。暴力のなかで正気に戻ると死が待っている。そんな組織だった。まるで裸の王様に「王様は裸だ」と言って死んでいくようだ。

山田孝が死ぬ直前に叫んだ「俺が死ぬことで革命が前進するなら、喜んで殺されてやる!革命は、どこにあるんだ?森!おまえこそ総括しろ!」という言葉は、メンバーの誰もが思っていただろう。しかしついに森・永田自身へぶつけられることは無かった。

最年少の加藤元久君(当時16歳で加藤3兄弟の3男)は、山岳ベースで兄の死と直面し早々に正気を取り戻していたがどうすることも出来ず、あさま山荘での銃撃戦へと突っ込んでいく。彼のセリフは少ないが、正気の人の言葉で印象に残る。理想に燃えて翻弄され挫折した青春だった。

権力を笠に着て気に入らない振る舞いの同志をリンチしていく組織。内ゲバはどんな組織にも起こりえる。誰もが永田洋子や森恒夫になる可能性がある。それを自覚しない人ほど永田や森のようなリーダーになる可能性がある。自覚があるからこそ客観性が生まれ謙虚になれるのだ。

あさま山荘事件後、敗北を悟った多くの学生が「自分たちは彼ら彼女らとは違う」と思っていないだろうか。企業戦士の鎧をまとって、いま指導者層(50代後半から60代)となっている彼ら彼女らは、本当に永田・森と違うのだろうか。違わないからこそ謙虚になる必要があると考えたことがあるだろうか。

あさま山荘世代が現役指導者層であるいま、この「実録・連合赤軍」が公開された。国家権力に利用された“学生運動の敗北”がいまの世の中をいまだ覆っている。永田・森と似た心性を持つコイズミ・あべ路線(自己正当化と批判者パージによる権力誇示)の政治が、無気力な敗北世代のチルドレンを支配しようとしている。過去の検証を淡々としつつ、日本もイデオロギーと無関係に「権力」について再点検が必要な時代だと思う。

3時間10分食い入るように見つめた映画だった。この映画に限っては、あえて個々の役者について語ることは瑣末な感じもするのだが、遠山美枝子役の坂井真紀にはひとこと触れておきたい。坂井真紀が「総括要求」で自分を殴り岸部一徳のような顔に腫れ上がる。戦慄の走る場面だ。

最近はドラマ「エジソンの母」とかバラエティドラマの印象がある坂井真紀だけに、この壮絶な役はひとつのメルクマールになったのではないか。坂井真紀の親友でこの映画ではさらぎ徳二役を演じている佐野史郎が、坂井にオーディションを薦めたそうだ。さすが!

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2008.03.20

できるメデューサのルール

松丸友紀アナはいつからホーリーになったのか?昨夜のゴッドタンは第4回を迎えるヒドイ女サミットだったが、名前テロップが松丸・ホーリー・友紀になっていた。だからどうというわけでもないけど、ちょっとご報告まで(笑)。

さて本題は「できる人のルール」(秀和システム刊)だ。普段のオレは、この手の自己啓発系ハウツー本はまったく買わないのだが、今回は特別。だって加茂洋子タン著だから。

加茂洋子はゴッドタンと続きでやってる番組「メデューサの瞳」で活躍中の魔性のヘッドハンターだ。メデューサの瞳は来週最終回とか。その記念に加茂メデューサの著書を買ってみたというわけ。このタイミングじゃなきゃ買ってないと思う。

そこにはある意味松丸アナの格言にも似た(?)「できる人のルール」があとがきまで入れて30項目あげてある。1時間もあれば読み終えられる本だった。

「メデューサの瞳」での加茂メデューサは容姿端麗かつ鋭い洞察力で、人の職業等を見抜く。そういう眼を持った女社長が定義する「できる人」とはこういう人のことなんだ!へーっていう本だ。それが1時間でわかるなんてお得!

せっかくなのでこのルールを自分に当てはめて考えてみると、謝る時は「ごめんなさい」というルールはなかなか新鮮だった。女性らしいご意見。

確かに「すみません」「申し訳ございません」ってのは日常よく使うけど、ぶっちゃけ心底謝ってるわけじゃない。申し訳なさを持っていることは確かだが、ある種定型句のようなもの。

でも「ごめんなさい」はなかなか使ったことがない。「めんごでやんす」はよく言ってるがぜんぜん謝った感が薄いだろ(笑)。

逆にこれまで「ごめん」って言った瞬間を思い出してみると、オレそのとき号泣してるよ...。

心底悪かったと思ってたり、自分に出来なかった悔しさとか辛さとかがないまぜになって、さらに相手の状況への想像がどんどん広がって行って止まらなくなり号泣...。

感情がものすごく高まったときには無意識に「ごめん」って。使ってるよ。

加茂洋子タン!正しいっすよ。さすが。このルールを読めただけで良かったよ。

ってオレができる人だって主張したいわけじゃないけど(笑)。

オレは良いときと悪いとき、やる気のあるときとないときが極端にブレる“でき”の予測不可能な気分屋だから。三振かホームランかみたいな。使うほうは大変さ。って知らないけど(((^_^;)。

ただそれだけにちょっとしたことでも気分にレバレッジをかけられるので、出来るだけ「できる人のルール」のような日常を過ごしつつ、高揚感をいい方向に持っていく生活をしたいね。

うーむ、軽いハウツー本もたまにはいいなぁ。でも加茂洋子メデューサ本だったからに違いない。だってミーは気分屋だから!いつかオレもヘッドハントされてみたい。加茂メデューサ限定仕事抜きで(笑)。でも見抜かれそうで、ちょっと怖いぞ(>ヨワヨワなオレ...)。

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2008.03.16

壁を壊せた人々

昔々、バブルの残滓が残る時代、建材に関わる某大手企業の経営の皆様にIT系新規事業の企画プレゼンをしたことがある。業界では最大手だが、ITを使った新しい事業を模索されていた。我々の提案は事業領域を考慮したかなり現実性の高いものだと自負していたが、いま思うとそれだけに新規性が乏しかったかも知れないなと思う。結果は落選。世の中はバブル破裂後の新規事業ブームだった。ITバブルはその時代と重なる。

また、社会人になって間もない頃、あるイベントでDOWAの方とブースが隣同士になったことがあった。名刺交換した担当営業の女性は、女優の黒木瞳をボーイッシュにしたような方でかっこよかったのでよく覚えている(笑)。DOWAホールディングス(株)の吉川廣和会長・CEO著『壁を壊す』(ダイヤモンド社)を読み始めて最初に興味深く見たのはグラフ。そのイベント当時がどういう時期だったのかだった。

すると、ちょうど吉川氏が新素材事業本部長になられたころで、総資産も有利子負債もほぼピーク、経常利益は二番底から上昇過程にある頃だった。傍から見れば利益も出ているし上り調子の会社だ。しかしDOWAの合理化が始まるのは、吉川氏が専務になった頃、私がイベントでDOWAと隣り合ってから5年後だった。

逆に見れば私が黒木瞳と談笑していた時代は、DOWAが「桃太郎計画」と銘打った多角化路線で崩壊へ向かう道程のまさにピークだったということだ。確かに私の業界とはずいぶん違う業界の会社がDOWAだった。DOWAもまたバブル後に訪れた「夢よもう一度」の新規事業のワナにはまろうとしていた。

しかしこんな黒字が出ている時期に改革に着手できるというのはすごい。相当の反発があったに違いない。随所にそういう抵抗について触れられてはいるが、ここに書かれた程度の反発ではないはずだ。特に「鉄は国家なり」という背景で安定成長してきた企業の歴史があり、著者自身も人事課から社長になった異色の経歴。普通は構造改革なんて成功しないどころか、手をつけることすら出来ないと思う。つぶされる。

そんな吉川会長が「普通」でなかったのは、リアルに存在する壁から本当に壊してしまったところだ。「形あるものは壊れる」といったのはソソソクラテスかプラトンか忘れたけれど、形あるものを次々と壊してしまったのが吉川会長だ。現在の本社は全長150mの体育館のようなパーテーションのないオフィス(書籍の表紙写真)となっている。

本のタイトル「壁を壊す」とは、まさに会社にあるさまざまな壁を壊してきた構造改革の象徴で、これ以上のタイトルはない。組織の壁、上下の壁、社風・風土の壁、そして心の壁、組織にはさまざまな見えない壁がある。だが吉川会長はそれらの壁を取っ払うために、本物の壁から壊し始めた。そこが普通じゃなかったわけだ。

そして7年で経常利益10倍を達成する。この長期不況のご時世に。相場の神様山種が言うように不況のときに利益を上げる者が本物なんだろう。そこで得た利益は額面以上の価値がある。

●大企業病からの脱出

企業はよく「わが社の社風は」というが、私がその言葉を聞いて思いつく漢字は常に「遮風」だ(笑)。風なんてないだろ?遮られてるんだろ、と思う。大企業のなかなんてのは“遮風の嵐”(矛盾してるなぁ)で、さらにゴマスリ幹部が蓋をして無風状態に違いない、と思う。なんて佐高信チックなんだろう、オレ...。

業界大手の老舗企業というのはほとんど構造改革なんてできないだろう。過去の余力もあるし、ほとんどの社員は大きな船に乗っているだけで全体を見ることができないのではないだろうか。

セクショナリズムと社内ヒエラルキーだけが舵取りをする船の中しか知らないため、全体像を見てとばっちりをくうよりは保身に走る(実際には会社を蝕み保身にならないのだが)。

あるいはあえて誰にも全体が見えないよう部門ごとに煙幕が張り巡らされる。まさに壁ばかりの迷宮のような会社になるのかもしれない。そして数字だけが一人歩きし始める。

この本の改革前のDOWAはそんな印象だ。桃太郎計画という落下傘的多角化事業も、セクショナリズムの拡大でしかないように見える。大企業病に犯された会社の新規事業ほど難しいものはない。足元の会社そのものが崩壊しかけているなかでの多角化はいつか破綻する。論理的に破綻する。

また、不良債権(将来性のない部門)を切ることなく多角化していけば早晩行き詰る。そのことに社長自ら気付いた、いや社長になるまでの会社生活の中で、異端視されながらもそういう現場を見て改革の芽を育ててきた吉川氏の取組みが壁を壊せたのだろう。

選択と集中の3つの基準にも納得がいく。特に論理的な経営という面で、メーカーとしてのQCDDの観点が重要だ。クオリティ、コスト、デリバリー、ディベロプメント=品質、コスト、納期、開発力。これはプロジェクト管理手法の言葉で、製造業の4大要素だ(プロジェクトの場合は開発力を除いたQCDの3大要素とする場合もある)。競争力のパラメータといえる。

単なる数字を元にした印象批評になりがちな経営陣の判断をシステムに落とし込むうえでも重要なポイントがQCDDで、これを経営陣自らが共有しフローを描ける会社は強い。その時点ですでにセクショナリズムの壁をひとつ壊せている。

●壊した壁の向こう側

改革の中心人物が書いた著書であるため、すべてを鵜呑みにして読むのは危険だ。労働者の立場としては切られた部門や関連会社、切られた社員、その家族、いろいろな視点があるだろう。事実と著者の考え・評価とを分け、ときには批判的に考える必要もある。ただ、そこだけに囚われても良い読書とはいえない。

読者自身にフィードバックされるコアな部分を外さないで、その後は読者がどう実践に採り入れていくのかが重要だ。なにもお手本はひとつではない。吉川会長自身もジャック・ウェルチの著作などからも示唆を受けながら、自身の置かれている状況を自ら考え壁を壊した。

そしてDOWAの構造改革はまだまだ続く。未来は予測不可能だ。いま良くても数年後はわからない。ただいまやれることをやる。その「やれること」の本質をトップ自らが考え抜く姿勢とその表現方法が大切なのかもしれない。

大企業病のひとつに秘密主義がある。情報を隠すことで部門の利権を温存し、また失点をうやむやにしようとする病理だ。たとえばいま「やるべきこと」を秘密主義を前提にしていては成功しない。論理的に成功しない。この意識を経営者が持っているだけで、すべての改革、すべての美辞麗句が無意味になる。それらの原理原則こそが本質で、壁を壊すという行為はひとつの事象に過ぎない。

そういう経営者の意識改革について、この著書は示唆しない。私(吉川会長)にはそれがあった、あなたにはあるの?というだけの話だ。また当社(DOWA)では壁を壊せば秘密主義も壊れた、あなたのとこはどうかな?というだけでもある。

ここを自覚することが経営のキモだし、なんらかの組織に属す人々すべて、自分自身で問い直さなければならない。ただ、それは大変難しい。その克服のために「私、壁を壊してみました」というひとつの事例がこの著者なのだ。

そしてそういう壁を壊せた人が書いた本だからこそ、この本の情報も信頼性が高いようにも思えた。実践に裏打ちされた言葉、人事課出身なのに現場を知ろうとした人の言葉のすがすがしさを感じる。

『壁を壊す』-事業構造改革で目指したもの-吉川廣和講演録

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2008.03.15

日本のホワイトカラー生産性は最低!?

ちょうど3年前の3月に「ソニーの思い出」という記事を書いた。そしてまた3年後の今日、最近読んだソニー関連本を紹介したくなった。3年ごとに書きたくなるソニー。これもソニータイマーか(笑)。まったくの偶然ですが...。

『ソニーをダメにした「普通」という病』(ゴマブックス刊)は、3年前に紹介した「ソニーを踏み台にした男たち」とは異なる視点を持っている。著者は、ソニーの部品検査員=「倉庫番」(著者が入社直後に同期からからかわれた言葉)として社会人となり、現在はコンサルティング会社を経営。いわゆるソニーの花形部門ではなく、生産現場からのたたき上げ目線なのだ。

私は前にも書いたが、たたき上げが好きだ。そして私自身、クリエイティブな活動と同時に現場の業務フローを重視する。というより業務フローの最適化もクリエイティブな創造性を掻き立てる案件なのである。両方の視点があるからこそ創造性が枯渇しない。そこが私の強みといえば強みだ。職人肌な人種はみんな多かれ少なかれこういう視点を併せ持つ。だが併せ持っていない人々が牛耳っているのが現代ニッポンのサラリーマン社会なわけだ。

●日本のホワイトカラーは非生産的!?

日本のホワイトカラーの生産性って、先進7カ国中最下位だって知ってます?OECD30カ国中でも20位だとか。(財)社会経済生産性本部がレポートを出していて、この書籍執筆時点は2004年のデータですが、いま最新の2005年のデータでも最下位継続中でした。これで12年間連続最下位です。ちなみにブルーカラーの生産性はトップレベルなんです。ここがポイント!

2005年時点での日本の労働生産性(就業者1人あたりの付加価値)は、789万円(購買力平価換算)。これって、これ以上の年収の人は何も富を生み出してないってことなのかな?そう考えるとホワイトカラーエグゼンプションも一理あるかも(^_^;)。

あるいは、いま日本の膨大な借金は838兆円。赤ちゃんまで入れた国民一人あたりにすると656万円換算だとか。これって、労働人口だけで換算したら、みんな借金返済に消えちゃって、誰も富を生み出していないってことなのかな?

日本って、低い生産性のホワイトカラーに惰眠をむさぼられて、生産性の高いブルーカラーの皆さんのご尽力で借金返すだけの国家なのかな?そりゃ少子化も止まらんわな...。

ソニー関連本としては、こうしたホワイトカラーの生産性の低さを「人生の浪費」とまでいう著者の視点で貫かれているところがオリジナルな視点だ。そしてそんなホワイトカラーの「普通」という病を、「普通」からもっとも遠い企業と思われてきたソニーに当てはめること(また当てはめられる経歴の著者が書くこと)で、「普通」が蔓延するその他の日本企業(ソニーと比べ物にならないくらいに普通の会社)を振り返ることも出来る。

「普通」とは寄らば大樹の蔭的な感覚と保守化し特権意識を持ったホワイトカラーの感覚だ。この国は生産性の低い人間ほど偉そうな態度をとる。いわゆる「御本社様」的な感覚のサラリーマン・ヒエラルキー社会だ。むやみにサラリーマンばかり製造してホワイトカラー飽和状態。「いい大学を出ていい会社に入って」という常套句にまさに表れている。そりゃ生産性も落ちるわな。

●ブルーカラーが誇りを持てる社会へ

さらに生産性が高く日本を支えているブルーカラーの価値があまりに抑えられている。給与体系と労働価値とが逆相関を描いているかのようだ。それを「普通」だと考えてしまう。口ばっかりの政治家や官僚ばかりが連日テレビに出て適当な発言を繰り返す。企業トップもだんだんそういう人間ばかりになって来てはいないか?

ホワイトカラーはブルーカラーの働きやすい環境をいかに創出するかを考え仕組みを作り上げる知恵も持たなければならない。対等の立場で生産性を上げる必要がある。ソニーやホンダの創業者はそんな組み合わせのようにも見える。現場の井深・本田に業務の盛田・藤沢。その両輪が仕事の生産性を上げるのかもしれない。

優れた現場(テクノロジー)が優れた仕組み(システム)と出会ったとき、最大のパワーが生まれる。経営者のなかにはテクノロジーもシステムも知らない、ホワイトカラー・ヒエラルキー(社内政治)だけの政局屋もいたりする。まるで政局サイボーグ・コイズミのような。こうなるともう崩壊は目の前だ。いまの日本を観ればわかる。論理的に着実に崩壊へ向かう経営者のあり方だ。

経営者はまずテクノロジーを知り、そしてシステムを創造でき、最後にビジネスにつなげる才覚が不可欠。そういうマルチな才能が必要だからこそインセンティブも高く設定されているはずだ。そのどれもない人間が多い(育ってない)ことが、12年連続最下位の生産性につながっているのではないか。

さらに言えば、いま「カネを活かす」ことばかり考える経営者が増え「人を活かす」ことが出来ない。ソニー本に照らして言えば、投資家気取りの経営者が増えたといえる。役割分担を誤解して人よりカネを考える。人がカネを生むのに、カネしか見えない。順序が見えないということはシステムが理解できていないということだ。ホワイトカラーですらない経営者はいったい何色なのだ?会社色に染まった会社人間なのか。会社人間は会社をダメにするぞ...。獅子身中の虫っていうヤツさ。

●機能価値を使用価値へ

熱くなったのでクールダウン。この本にはもうひとつキーワードがある。それが「使用価値」だ。技術者は最新技術にほれる。そしてそれを商品に投影しようとする。「あれもできます。これもできます。」と、機能中心に考える。だが顧客は使ってナンボなのだ。「あれもこれもできるの?すごいね。でもボクはあんまり使わない機能だな」ってことになると本末転倒だ。

「機能価値」と「使用価値」は巷で言われる“使えない東大生”にもいえるかも。彼らは機能価値は高いんだけど使えないのだ(笑)。だが笑ってばかりいられない。ホワイトカラーにも当てはまるわけだから。ほとんどのサラリーマンは機能価値は高いのかもしれない。でも生産性が低い。どうしてなんだろう。

楽しようとするだろ。そもそも直接利益を生み出す現場を少しでも快適かつ効率的にすることで生産性を高め、間接的に利益に貢献するのがホワイトカラーの仕事だ。そこが楽してたんじゃ現場は不快なまま生産性も落ちる。いま現場の生産性が高いのは現場が自身の知恵で考えているからで、惰眠をむさぼっているホワイトカラーの能力じゃないわけだ。創造の苦労を楽しめないサラリーマン根性が蔓延してるってことか。それはどうして?

結局活かされてないってことなのか。本来働き方を創造するのが仕事なはずのホワイトカラーが働き方を見失っている。仕事にならないのも当然だ。これも学校教育にみられる北朝鮮化と脱北の関係と同じじゃないか。

経営者も機能価値ばかりを見て使用価値が見えない。そもそも自身が機能価値で生きてきたってことなのか。使用価値が見えていれば商品だってヒットするんだろうし。上に行くほど惰眠をむさぼる(笑)。出る杭は打たれる。保守化した特権意識と社内政治。社内で生産性低下競争ばかりをやってる(やらされてる)。現場無視のレポート合戦みたいな(笑)。夢色に染まってるけど絵の具がついてない。

ま、そういうボク自身、若い頃は“出す杭を打たせる”(>M男かよ!)をモットーにして生活してきた。でも、どっちかというと機能価値を重視していた。機能価値は作り手にとって楽しいことこの上ないのだ(^_^;)。

でも最近変わった。“打つ槌を楽しむ”ことにした(>ドMかよ!)。階級はポスターカラー(古井戸の名曲を聴こう)だ。どんな色も生み出せる。機能価値より使用価値重視にもシフトしてきている。言葉を換えれば作品や商品に対して客観性を持てるようになってきた。

「普通」を安全・安定だと思っている人々とは一線を画してこれからも生きていく。普通じゃつまらない。普通じゃつまらないと言っている普通の人になっていないかを常にチェックしていきたい(笑)。普通の対義語は異常ではない。独創だ!

このブログ「ひとくちメモ」は一種のバロメーターだ。確信犯的にフツーの人なこと書く場合以外、普通でなくありたい。でもそれは絶対評価であって、相対評価は読者にゆだねるしかない。今後ともよろしく(って締めでいいのかな?)。

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2008.03.09

子どもの好奇心 大人の好奇心

Zen and the Art of Motorcycle Maintenance

ハヤカワ文庫で文庫化された「禅とオートバイ修理技術」(上下巻)を読み始めた。レコードやCDに“ジャケ買い”(ジャケットデザインに惹かれて即購入)というのがあるが、この文庫もほとんどジャケ買い。タイトルもすばらしい!米国で初版が出たのは1974年。すでに34年前だ。

最近の私は完全に読書モード(濫読モード)と化しており、いくつも並行していろんな本を読んでいる。生理的なサイクルの赴くままに、経済的に可能な限り買いあさり読みあさる。何度目かのそういう時期に入ったようだ。

昨日、NHKで日本の学力について議論する番組を流していた。途中で見るのをやめてしまったが、教育について語ると常に不毛になる。誰でも一家言持っていて、環境も状況も異なる人々が、あたかも「教育」というオブジェについて感想を漏らしているかのようになる。

だが人類は語らないことにはコミュニケーションを得られない。特に「教育」とは社会的行為であり、個人的行為の「学習」への介入を意味する。そこには教える立場と教えられる立場との断絶という問題が常につきまとう。教え教えられるコミュニケーションという謙った立場には教える側の譲歩が不可欠だ。

●子どもの好奇心

子どもには無限の好奇心がある。それは「無知」なるがゆえに知りたいという人類の本能のようなものだから、誰かに突き動かされなくとも持っている。1968年に開校したサドベリーバレースクールの基本はそこにあり、私はこの考え方に共感する。

子どもの好奇心は、しかし常にひとつの方向性を持っているわけではない。それは環境や状況に大きく影響される。北朝鮮で脱北しようとしている家族に生まれれば、脱北のノウハウを教育され、人生を脱北のノウハウが支配するかもしれない。北朝鮮を学校教育と置き換え可能だ。

その環境や状況に方向性を与え、共通の知識なり体験を与える装置が「学校」であり「学校教育」だ。そして自己と他者とのさまざまな関係性もそこで学んでいく(この関係性のバリエーションが現代の学校には大変少ないが)。

●大人の好奇心

一方で大人の好奇心は、すでに得た個々人の知識の体系というぬぐい難い前提がある。その体系に留まってその中で生きようとする人々もいれば、自己の体系の外に別の世界があることを受け入れ、さらに知ろうとする人もいる。また別の世界の存在は認めるがあえて知ろうとしない人もいる。

どちらにしろ、子どもの無限の好奇心とは異なり、いくつもの制限・制約を意識するとも無く架せられた大人の好奇心は不自由だ。ただ、その不自由さを認識する知恵もまた持っている。だから、そんな大人の好奇心に基づいて行動するよりも、自己の知識の体系に基づいて動くほうが楽であろう。「教育」という行為は、そんな楽なベクトルを持つ大人な行為のように思える。

●青年の好奇心

教育上も学習上も危うい時期が青年期だ。中途半端な知識と好奇心との狭間で揺れ動く「学習への本能」は、環境や状況によってどうにでも転ぶ危うさを持っている。そこでの(人間的・物質的・知的)出会いが一生を決める。

三つ児の魂百までというが、ほとんどはその魂が青年期に身につけてきた知的体系に支配されやすい。そしてその知的体系が魂の判断とスパイラルに影響し合い、知的体系の強化や新たな思考停止(強情な性格など)へと連なっていく。

この知的体系の連鎖が小さく閉じた大人になりやすい現代日本の学校教育。この閉じた知的体系を飛びぬけていくにふさわしい時期がおそらく青年期だ。だからこそ青年期には学校を出て、もっと広い知的体系を体験することも大切だ。

●ゆとり教育

ゆとり教育に意味があるとすれば、学校内の小さな知識の体系から個人の学びを解き放ち、別の知的体験への導線を提示してみせることだった。それが学校内だけのシステム変更でしかなかったため、その開放された時間の多くが知的体験へと向かうことなく、怠惰な浪費へと向かってしまった。

北朝鮮を学校教育と置き換えたとき、脱北だけが人生を支配しないように生きるには、脱北とセットで別の目標なり知的体験への導線が不可欠だ。それを自分で見つけられる好奇心の持ち主もいる。彼らはすでに学校を超えており、戻ることは無い。脱落と脱出とを混同しては対応を誤る。

そしてその導線の先の知的体験は、おそらくどんな些細なことでも個人にとっての学習効果や影響力は大きなものとなるのではないかと思う。座禅であろうと、オートバイ修理技術であろうと、哲学であろうと、芸術であろうと、恋の駆け引きであろうと、旅であろうと、釣りであろうと、登山であろうと、プラモデルであろうと、折り紙であろうと、洋裁であろうと、石拾いであろうと、掃除であろうと。

知的体験は知的であるがゆえに閉じている。これを突破できる人類は2通りいて精神異常者か宗教家だ。ほとんどの場合は、この閉じた知的空間ですら把握しきれない。知の体系の外に未知の物理体系や精神世界が広がっているかもしれないが、そこまで到達しようとするのは人類にとってリスクが高い。

私も青年期にはこの知的空間を突破しようとしていた。しかしその時間をもっと別の空間へ意識を振り向けることで有意義に使うことを覚えていった。それが閉じた知的空間に留まる=大人に近づくことだった。もしこの洗礼を受け入れなかったら、あっちの世界に行っていたかもしれないのだ。

●そして、学校

そのせめぎあいのなかで、どのような体験からでも知的興奮を得られるし、自分の中に「得ようとする意志」の存在を知る。ただそれは自分自身で望んで飛び込んでいった知的空間でなければ得られるものも少ない。学校教育で得られる人々は幸せな大衆だ。だが学校外への広がりをもっともっと意識すれば、学ぶ楽しさも広がる。

学校教育はこの広がりを認め、フィードバックさせる度量を持てばいい。学校教育の体系は「教える側」でしかなかった。それも相当偏った知識だ。外の知的世界との断絶と内なる強制が教員の質も低下させる。共通知識は社会のルールだけでいい。知的興奮を個人の学習へと返納することだ。

そして待てばいい。学校にはさまざまな体験を持った青年が戻って来たくなる環境だけあればいい。学校システムの特殊性はそのような「戻ってくる場所」として機能させてはどうか。ふるさとのようなものだ。

1980年代から私は、学校は「知のカタログ」でいいと常々言ってきたが、もはやカタログですらなくていい。知の市場、知の物々交換、肉体と言語とによるリアルなコミュニケーションの場、知のパブ、知のカフェ、知のリハーサル会場、知のコンビニ、あるいは肉体の開放、鉄棒、プール、逆立ちできる場所、大声を出せる場所、球技が出来る場所。そういう場の記憶を留めるための約束の地を目指してはどうか。

ね、教育談義って、不毛だよね(笑)。書いてるボクだけ楽しい。そういうものなのだ。でもこういうこと発散できる場所もどっかに必要。学校がそういう場所ならいいのにと思う。この文章はほとんど、シュルレアリスムにおける自動記述的に書けた(駆けた)。

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2008.02.27

中島みゆき萌え

LOVE 中島みゆき オールナイトニッポン編オールナイトニッポン40周年記念40時間放送を聴いていて、中島みゆきが参加していないのが残念だったことを勝手に記念して(?)、私のお宝グッズ(??)を2つご紹介。

どっちも値がつかない。

だって、タダだったから(笑)。

ひとつは中島みゆきのオールナイトニッポン8年目のピリオドに代えて贈られた本のチラシ(笑)。

なんでまたこういうの取ってるかねぇ...。

中島みゆきのオールナイトニッポンを聴くことが上京目的だったことの状況証拠くらいにはなるかな。

こんなチラシを大切にファイリングしているわけですよ。田舎には情報がなかったからねぇ。

もうひとつは、もうちょっとレア。

中島みゆきのブックエンド。ブックエンドっていうのか?

書店の棚に挿してある作家名の仕切紙ですよ。その表裏。

盗んだんじゃないぞ。

高校一年の頃だった。

ねばりにねばって、書店のおじさんにもらったのだ。

「さっきからずっと見てて、そーだと思ってたよ。」って言われた。

それをいままで大切にしまってるわけですよ。

っていうか、本棚でちゃんと活用できてるけど。

世の中にはお金で手に入らない大切なモノがあるんだ!

それ、意味がビミョーに違うって?

中島みゆきブックエンド

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2008.02.14

28日後は悲劇、28週後は喜劇?

映画「28週後...」を観るために、下準備として「28日後...」のDVDを購入してホームシアターで観た。「28週後...」は単独でも充分見ごたえはあるが、やはり2002年公開の「28日後...」で前提となった世界を頭に入れておくと鑑賞にも深みが出てくる。特にエンディングへの賛否とか。

●28日後...
「28日後...」も「28週後...」もいわゆるホラー映画だと宣伝されている。ホラー映画をほとんど観ないオレが観たいと思ったのは、週刊金曜日(2008/1/25号)に映画評が載っていたから。週刊金曜日でホラー映画の書評なんて、興味深かった。

実際DVDで「28日後...」を観ると、これはホラーというよりホラー要素もありの社会派かつスプラッタかつバイオレンスかつSFサスペンスかつ...、なんとも分類不能で上出来な映画だった。ダニー・ボイル監督(トレインスポッティング)の復活作品といわれただけのことはある。この分類不可能さ加減、個人的にはベルギー映画「ありふれた事件」と同じカテゴリに入れたいのだが違和感を抱かれるかな???

ちょうど1月12,13日放映のNHKスペシャルで最強ウイルスを興味深くみた後だったので、ウイルスによるパンデミックの恐怖は身近な問題でもあった。もっとも「28日後...」はすぐに人から人に感染して、いきなり120%凶暴な野獣と化し、全速力で走り始めるのだが...。

映画は誰もいなくなったロンドンから始まる。このロケは大変だっただろうな。警察と行政の協力なしにこんな映像は撮れないぞ。静かなロンドン市街から、やがて感染者と非感染者との壮絶なバトル(鬼ごっこ)が始まっていく。

「28日後...」のラストは個人的には好きな終わり方だった。こういう終わり方はホラー映画とは違うだろうと思ったが、DVDの特典映像で別のシナリオも用意されていたことが明かされ、ストーリーボードを観ることが出来る。まったく異なる終わり方で、そっちのほうがホラー映画っぽかった。だが映画化されたラストのほうが映画として断然出来がいいと思う。このDVDが2000円以下で入手できるのはお得感ありだ。

●28週後...
で、続編の「28週後...」だ。ひとことで言えば、お騒がせハリス一家のドタバタバイオレンスムービー(笑)。邦題は「ハリスの旋風」でもよかったかも...。

父母姉妹のいたって普通の4人家族が主人公なのだが、この4人がそれぞれまったく異なるお騒がせの種となってしまう。まったく人騒がせな家族だよ。

感染者が完全に死に絶え、ロンドンの復興が始まるという設定。なるほど、あそこまでひどい世界になってもふるさとに帰りたいものなんだな。

安全は米軍が担保しているわけだけど、まぁハリス家のせいでまたロンドンが地獄絵図と化して行く。しかも今回は感染者殲滅のために、非常事態宣言が出て一般人もすべて撃ち殺せ、ロンドンを焼き尽くせって展開に...。

アクションは大掛かりになった。でもラストはどうにもこうにも。ホラー映画っぽいっていえば今回のラストもアリだけど実も蓋もないというかなんというか。最後までハリス家が世界を震撼させちゃうわけね。

この映画は2回楽しめる。一回目は悲劇として。2回目はドタバタコメディとして。マルクスみたいだけど(笑)。

一回目の悲劇は、イギリス=島国でのパンデミックがテーマだってこと。日本にも置き換え可能なだけにリアリティのある話題だ。二回目のコメディ的鑑賞ではハリス一家にツッコミまくって観ると楽しい。

あと一般人の男性が極限状態でいかに情けなくかつ卑怯な人類であるかもイタイくらいに描かれてる。でも軍人ドイル軍曹はめっちゃカッコよく描かれたりもする。そんなドイル軍曹のかっこよさが完全に裏切られるのも悲劇であり喜劇だ。

個人的には前作「28日後...」のほうが作品として練られているように思ったが、映画としては「28週後...」も派手で面白い。予算の差か?そして続編28ヶ月後もあるのか?28年後とか。「28週後...」があんな終わり方じゃ、その後はないかなぁ。

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2008.01.30

石井十次没後94周年

今日1月30日は石井十次が永眠した日だ。1914年のことだから94年前になる。ここ数日、たまたま岡山孤児院物語を読んでいて今朝読み終わったのだが、それが1月30日だったことに何か縁を感じて書き留めておきたいと思った。

石井十次については、2005年に「石井のおとうさんありがとう」を紹介した。この映画もDVD化された。石井十次について広く知られることは有益だと思う。

社会福祉の父とよばれる石井十次だが、48年という短い生涯のなかで、人間にはこれほどの仕事ができるものなのかと思う。22歳のとき、お遍路の女性から男児(前原定一)を預かったことに始まり、最大で1200人もの孤児を育てた。

あまりに石井十次の強烈なリーダーシップあるいはカリスマ性によって運営されていたために、ほぼ一代限りの大偉業だった。また、信仰心(キリスト教)に基づく蓄財の否定によって、財務状況は常に火の車。大原孫三郎の資本への依存度も高かった。

大原孫三郎は、倉敷紡績ほかいくつもの事業を展開していた大資産家でありながら、労働者や教育への投資・寄付を惜しまない偉大なる散財家でもあった。私のもっとも尊敬する財界人だ。風貌はイチローに似てる(^-^)。

最初は大原孫三郎を中心に石井十次をイメージしていたので、とにかく金を借りる天才という感じを持っていたが、信念に従って孤児院を運営していく様は、やはり大事業家の素質はあったと思う。大原孫三郎も石井十次の嗅覚や才覚、そしてその篤い信仰心に影響を受けていたのかもしれない。

最終的に岡山孤児院は岡山県から宮崎県の茶臼原へと移住していくのだが、あのあたりは武者小路実篤による日向新しき村もあるのではないか?自立して生きようとする人間、吾唯足知という生き方、大地とともに生きる共同体、そういう実験精神あふれる場所にも思える。

宮崎県は今が旬だし、十次の足跡を辿ってみたくなった。と、書いているうちに1月30日もあと5分となった。今日アップしなきゃ意味ないので、とりとめもなく終わる。石井十次と大原孫三郎、乞食の親分と大実業家の親分の友情といわれたこの関係、それだけでもワクワクするような関係じゃないだろうか。興味は尽きない。

1914年、大正3年のことだ。いまよりも志の高い人々が確かにいた。

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2008.01.27

「THE LONGEST DATE」PR紙完全収録!

唐突ですが、映画「THE LONGEST DATE 一番長いデート」です。1985年製作の日本映画ですけど、知ってる人います?あまりいないかも。ボクらの自主制作映画だから(笑)。でも原作は赤川次郎先生です。

右下の画像は、その映画の脚本。実家で見つけました。きったないけど全40ページの堂々たる脚本です。もちろん手書き。当時、ワープロなんてハイカラなモノはありませんでした(あったかもしれないが高校生の所持品ではなかった)。

文化祭で上映したのですが、それに先駆けてPR紙も作っていました(1985年9月14、15日執筆)。こっちの存在は完全に忘れていたけど、いっしょに保存してあったので、今回はそれを完全収録してみたい!オレ一人で書いててほとんど自己愛の世界だけど(^_^*)。いまと文体が変わってない、いや、いま以上に回りくどい文章をご堪能ください...。個人名はできるだけニックネームか姓名の一部伏字にしときます(笑)

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2008.01.25

燦燦斗でヒッキーを聴いた日

先日。東京に雪が降った日。

こりゃ燦燦斗にいくっきゃないと思った昭和なオレ。

行ったら、閉まってた...。水曜だったのにぃ。

というわけでその日は蕨のラーメン大へ。

そして本日、燦燦斗。

開店前から並んじゃいました。

つけ麺(中)+燦点盛り(チャーシュー、メンマ、味玉)。

そして、ジュリー...。


ジュリー!ジュリー!?


ジュリーじゃない!?

燦燦斗がジュリーじゃない


某雑誌に紹介されていたのを思い出す。

昼はスピッツ、夜はジュリー。

ラーメン屋のBGM一覧表。

そんなの載っける雑誌も雑誌だよー。

オレの記事、絶対読んでるっしょ?(なんつってー)

でも今夜の燦燦斗はジュリーじゃなかった。

宇多田ヒカル。メガヒット曲目白押し。

燦燦斗が平成の麺姫に?

でも、良かった。ヒッキーで。

彼女も昭和歌謡好きだし。お母さん好きだし

ジュリーもヒッキーもメガヒット。

燦燦斗はメガヒット好き?


つけ麺を待つ間、燦点盛りを食す。

美味すぎるっ!

メンマに絡むにこごり的なモノはなんだ?

卵の黄身かと思ったが、違うな。美味すぎ!

そして例の赤身チャーシュー。

つけ麺だと、おつまみチャーシューか燦点盛りがいいな。

なんたって赤身チャーシューをそのまま堪能できる。


もう、腹いっぱい。粉雪はおあずけ。

昭和から平成へ。ってもう平成20年だけど。

今年も燦燦斗の快進撃は続く!

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2008.01.19

よい子はマネしないでください?

メビウスの輪@M.C.エッシャーどーでもいいけど、「メビウスの輪」すら知らないガッコの先生っているのか?伊東美咲主演ドラマ「エジソンの母」は、いわゆる初級編のブルーバックス的教養エピソードがそのまんまちりばめられたドラマだ。

しかしパラドックスとかメビウスの輪とか、ガッコの先生やっててソレ知らないのはあかんやろ!ってレベルの教養にアタフタしている伊東美咲の姿はちょっとわざとらしい。そりゃ大学の准教授(谷原章介)とは話合わんやろなー。

もっともそれは伊東美咲の落ち度ではない。伊東美咲の女優としてのキャリアをウォッチし続けているオレには、小学校の先生役はひとつの登竜門にも見える(?)。保育士の資格も持っておられるわけで、その資格が活かせるドラマかもしれないし。

それはそうと、テロップに「よい子は絶対マネしないでください!」と何度も出る。まぁ視聴者にキケンな実験をマネでもされたらマズイという事情はよーーーくわかる。そんなことにイチャモンをつけるようなオレではない。

だが昔から、この文言だけは許しがたいと思っているので、ひとこと書いておく。ガスを吸ったり校舎から飛び降りたりといった行為は、よい子でなくてもマネすべきでない

そもそもオトナにとってのよい子はマネしない。面白くもない優等生がよい子だ。多くの子どもは好奇心の塊であり、基本よい子ではないし、よい子をめざす必要も自覚する必要もない。まぁ、よい子はときにキレるので、悪い子以上にキケンな場合があるけれど、そういう文脈にはないだろ?

オレなどは「よい子はマネするな!」といわれれば、確実にマネをして生きてきた(笑)。よい子化拒絶シンドロームだ。よい子でいたいおりこうさんなんてクソくらえって感じで生きている岡林信康チックな子どもにとって、「よい子はマネするな」というステロタイプなメッセージは何の意味も持たないばかりか害悪ですらある。いったい誰が言い始めたのだろう。どーーーせろくでもないPTAなんだろうな。

現実社会にもこういうメッセージがあふれている。工事現場にライオンの絵が描いてあって「キケン!よい子は入るな」なんて書いてあったりするのだ。ライオンがそこにいるのか?いるなら観てみたいじゃないか!よい子である必要なんてまったくないオレたち。この日本にライオンがいて、よい子だけ進入禁止なら、オレは除外だ。そうだろう?

「よい子は」と限定するメッセージには、キケンを知らせるという目的からして、あきらかに矛盾がある。主旨が伝わらない。すくなくとも論理学入門みたいなテロップと同時に「よい子はマネするな」と表示することに、制作側の想像力の欠如が見て取れてしまうのだ。

「どうして?どうして?」と問う子役の疑問がいちいちステロタイプなのは本からの受け売りだからなのか。そこにこのドラマの本質はきっとないのだろうが、ウソつきのパラドックスとか、多少ひねりなさいひねりなさい(笑)。

NHK教育テレビの理科番組になんだろうくんがいた。なんだろうくんはボケ役で、あさってのほうを向いたような疑問を持つ。それも予定調和だったのかもしれないが、しかし今となってはなんだろうくんがいたことしか覚えていない(あと主題歌も覚えてる)。裏を返せば、そういう子ども(人形だったが)ほど印象に残るってことだ。

ぜひ「エジソンの母」の花房賢人くん(子役・清水優哉)には、独創的な「どうして?どうして?」で、なんだろうくんを超えて欲しい。

ちなみにいまGoogleで「よい子はマネしない」で検索したら43400件ヒットした。よい子って窮屈ダネ!

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2008.01.17

斉藤さんは、ホンカツさんか!?

このタイトルの意味わかる人は、おともだち!
このタイトルで笑えた人は親友!

...って、ボクは何を書いているんだろう...。

斉藤さん」ってドラマはなかなか意味深。
ホンカツってのは言わずと知れた本多勝一氏への蔑称です。
ボクはホンカツファンだったので、愛着をこめて使ってますが。
ちょうどホンカツさんが自分のこと右翼だっていうような感じで。

ドラマ「斉藤さん」の斉藤さんの筋の通し方ってホンカツっぽい。
ことなかれ主義を否定し、自らの論理を貫く強さがある。

しかしこのドラマは日本テレビ(読売新聞系)である。
つまりホンカツとは真反対に位置するメディアである。

筋の通し方とはメタ論理的で内容とは無関係だ。
そのディテールが筋の通った論理なのかどうか?
それを注意深く見ていたい。
道徳の押し付けみたいな話になっちゃつまらんからな。

あとミムラはこの若奥さん役がめっちゃはまり役だな!
まさに「いるいる!」って感じの若奥様だ!
だが、その旦那が佐々木蔵之介ってのは異次元(笑)。
このキャスティング。
ただの社会派で終わらない感じがする...。

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2008.01.12

まがじんメモコーナー設置

ひとくちメモの右サイドバーに「まがじんメモ」を設置しました。
雑誌大好きっ子だったことは前に書きましたけれど、それはオトナになっても変わらないです。

でもいまや出版不況で雑誌も厳しい。
特に雑誌は時の政権に睨まれやすいし。

雑誌は正鵠を射るときもあれば墓穴を掘るときもある(^_^;)。
それは「今」に一番近いメディアだから。

「今」はときに間違えることもある。
でも、「今」があるから未来がある。

そして未来は「今」が創り出す。

「今」このときを、伝えるメディア。
そしてその蓄積が未来の「今」を創り出す。

即時性だけの情報じゃない。
「空気」を大切にするメディアだ。

「今」の「空気」を読むメディアだ。

空気の読めない雑誌は消えていく...。

雑誌に携わるすべての「今」がいとおしい。

「今」、この時代、どこかで何かが起きていて。

それを伝えるメディアの想像力。
それを読む読者の想像力。

真剣勝負で読みたい雑誌。
そういう雑誌が好きだ。

でも、まったりするのもいいけどね☆

まがじんメモコーナーはカラフル!ココログ初期デザインをかたくなに維持するひとくちメモ(笑)に、ちょっとしたアクセントになると思う。月刊誌が多いので毎月表紙デザインは変わるはず。それもちょっと華やいでいいかなと。

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2008.01.11

新年早々ストップオーダー特集号に思う

どーでもいいけど「新年早々」ってタイトル入力しようとして、損年って打っちゃった。縁起悪っ!まーよい。今年のおみくじは中吉。相場は「思い切れ 大利あり」だった。ほんとだろうな!思い切っちゃうよー。損を...。ちゃうがな!しっかし「思い切れ」ってアドバイス、相場を知らんやっちゃなぁー(笑)。

今年の抱負。実家では「某社の社長の年収を超えてやる!」と大見得を切ってしまったわけだが、単年度じゃムリ。まぁボチボチ、コツコツ、地道に目指しますわ。大利はいらん、地道な努力よ。

これまでに3度、大損こいたことがある。3度目はつい先日(笑)。元金は割れてない=損はしてない、と言い張ることもできるけど(^_^;)。人間欲ばると一度得たことのある金額が前提になっちゃう...。そうやってどんどんポジション大きくして失敗するんだろうな。そういう驕り高ぶりにアッパーカットを食らわすような大損は、いまのボクにはいい薬だ。

しかし3度も大損こくと、さすがに学習するな。いやしなきゃ。いや、しろ!損は小さいうちに切れって、いまやド素人でも知ってる。ちょっと前までは「損切りさせようとするのは業者が手数料を抜くための策略だ!」ってマジで怒っていたおバカさん(真のお客さんともいう)がたくさんいた。これホント!いまや大衆も進化している。

Fj2008年01月号ただ知ってるのと出来るのとでは雲泥の差がある。不可抗力で切れなかった損もあるだろう(きっとほとんどの人はそう思っている)。それでも切らなきゃ始まらない。損ってのは大きくなればなるほど切れなくなるものだ。そしてあの時切っていれば...と後悔しながらマージンコールにひっかっかったりするわけ。

新年早々、損損損って話ばっかりしてるけど、今年のFutures JAPAN 1月号の特集は、ズバリ「ストップ・オーダー」だった。定期購読しているので発売日に届く。ちょっとビックリした。

新年一発目だから、もっと景気のいい話すればいいのにと思う反面、逆に新年から雑誌がストップ・オーダーの特集を組める程度に個人の意識も向上してきたということかもしれない。まぁ、毎年恒例のトップ・ブローカー50特集もあるわけだけど(こっちは景気のいい話かも)。

損切りなんて簡単だ。目をつぶって決済注文出すだけだから。でもなかなか出来ないんだねぇ。なんでだろうね?

なんでだろうって考えるときって大抵損切りできずにポジション抱えているときなんだ。だからそういうときはちゃんと考える習慣をつけときたい。そして3度大損こけば、切ったほうが得策だったと身にしみてわかるぞ(笑)。大成功したトレーダーはみんな3度くらいは大損こいてる。そこで学ぶかヤケになるかで未来は変わるよ。きっと。小損を何度も出来るようになることが重要だな。感情なんて宇宙へぽーーーいっ!

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2008.01.09

出版不況か…

友人で某出版社役員S氏のブログで知ったのだが、あの草思社が民事再生法の適用を本日申請した。

草思社といえば「間違いだらけのクルマ選び」が有名。ボクも昔はこの本を参考にしていた。定期的に出版でき、しかもメガヒット本でもあり、固定客もいたであろう。このシリーズの刊行が、2006年の最終版を持って終了したのは痛かったように思う。

個人的には「カッコウはコンピュータに卵を産む」(クリフォード・ストール著)が印象深い。当時ハッカーを追跡していく過程をハラハラしながら一気に読み終えた。世界的ベストセラーでもあったから、覚えている方も多いだろう。

書籍は生き物であり永遠ではない。また出版業は水モノでありギャンブルに近い。

前にも書いたが、毎年30万部クラスのヒット本を2,3点ずつ出し続けられるのは超優秀な出版社であり、メガヒット商品を持っていると、どうしてもそれ頼みの経営になってしまう。

出版に限らないが、メガヒットを持つことは諸刃の剣だ。特に情報発信業であるメディア企業にとって、メガヒット商品中心に会社が動き始めると思考が硬直化してしまい、メディアの仕事を忘れてしまうように思う。発想が狭まればジリ貧だ。一度枯渇した沼には、なかなか新鮮な湧き水は湧かない。

本の雑誌昔は本の雑誌社から別冊「活字中毒者読本」なんて本も売り出されてたし、ボクも読んでいた。マンガも文字を追って読んでいた。

活字を追うには想像力が不可欠であり、逆に画像をイメージできるような活字媒体に感情移入できた。現代はネットやモバイル上に文字はあふれているが、それらはもはや体系を持たない意味の断片でしかない。「活字」ではないように思う。文字もレイアウトも美しくないし。それが当たり前になる次世代とはきっと感覚の断絶が訪れるだろう。

そんなギャンブルのような出版業をあえて続ける意味はどこにあるのだろう。「情報を発信したい」という欲求はインターネットを使えばかなり安く実現可能だ。モバイル全盛の現在パソコンすらいらない。ヒット小説もぞくぞく誕生している。

わざわざ原稿をあえて紙に印刷してまたコストをかけて流通させて、そのうえ売れなければ返品され断裁されてこの世から消えていくこの書籍という物体は、書店で常にリスクを背負ってコンテストを受けているようなものだ。デッド・オア・アライブな生き物なのだ。

だがそんなリスキーな生き物であるからこそ、紙に執着する人々がまだ多いのかもしれない。生き物だから出会えなければ二度と出会えないし、買わなければ二度と手に入らない。あなたが購入して読破した書物は、あなたという審査員に選ばれた超ラッキーな入賞者なのだ。はかない偶然の産物がいま手元にある書籍たちなのだ。

この伝統的美人コンテストに対して通信はしょせんヴァーチャルなもの。読み捨てられるテレゴング投票みたいなものだ。お気楽だが確かなモノがない。確かなモノを欲しがる、確かな何かがないと不安になる。それは昭和な感覚だけど、所有する動物=人類の本能でもある。

人類はいま物質(リアル)から精神(ヴァーチャル)への価値の大移動をはじめている。精神が物質を超える日が来るだろうか?「確かなものなんてなくていいんだ!それでもボク、大丈夫!」というコンセンサスが出来上がるだろうか?その葛藤を出版は常に抱えている。

確かな物体を所有したいという欲求に耐えうる書籍であれば売れるはず。ただしメガヒットは狙わない。届けたい人が作り届くべき人に届く。そういうシアワセな関係こそが出版の魅力ではないか。だから“産業”を目指さない。伝統工芸のような業界になっていくのではないかと思う。いつの日か「書籍という物体」がレトロな雰囲気をかもし出す。

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2007.12.29

発想の転換!じたばたロボ

Mook_corobot学研の「じたばたロボ コロボット」が発売一ヶ月あまりで1万体以上売れているそうだ。今朝テレ朝の「やじうまプラス」にゲスト出演(?)していた。

その名のとおり、転びっぷりは鉄板芸人のようだ。アナウンサーが「借り物ですから!」とハラハラしてしまうくらいよく転ぶ。確実に転び、確実に笑いを取る。そのうちコロボットをマネするモノマネ芸人が出てきてもおかしくない(若くないと身体が続かない芸だが!)。100体あつめて吉本ロボ喜劇っつっていっせいに転ばせてみたい!

それにしてもモーター一個とは...。あんあんに触発されて21世紀のロボットをいろいろ見てきたが、モーターを細部に使った高度な二足歩行ロボットに驚いてきた。その真逆にあるのがコロボットだ。

しかし、私が中学時代に作った予測不可能な動きの弱弱4足ロボットに、技術のコワモテ先生が大爆笑した経験はコロボットの系譜につながる。ロボット文化はこちらの道も進化しているというわけだ。

開発費を抑えるためにモーター一個にして、その不安定な動きを「転ぶ」という行為の面白さに結び付けている戦略はさすがだ。学研には雑誌「科学と学習」の歴史があり、その精神を受け継いだモノづくりを“やってみる”、“売ってみる”という気風がある。

もちろん大失敗作もあるのだろうけど、失敗も成功も表裏一体。安く作ることでリスクを回避しつつ、その安さを価値に変えるというまるでピンク映画製作なみの苦労がありそうだ(^_^;)。しかしそういう現場だからこそ発想が生まれるのも確か。

●逆転の発想が生まれる場所

私も昔自主制作映画の真似事をしていて、この制作費はきっと戦争映画の機関銃1つの製造発注費より安いんだろうなって思って自虐的に笑ったことがある。それでも作品は作れてしまうし、脚本によっては映画として成立し、楽しんでもらえる(...こともある ^_^;)。

スタジオは使えたがセットを作る金銭的余裕がなかったから、そのスタジオまんまを核シェルターに見立てた人間ドラマをやったこともあった。

頭で考えるのは無料だ。モノづくりではこの無料で出来る思考作業に価値があり、それはサラリーマン的な時間拘束の中では生まれない(でも商品だから締め切りは必須です!)。会議ばっかりやってる会社に未来がないのは発想の源泉を自ら埋め立ててるからだ。ため息を捨てよ、街に出よう!ってとこだ(笑)。

ブレストがうまくいくためにはブレストに入る前準備がもっとも重要で、準備(モチベーションと思考)があるから、ブレストによる他者とのコミュニケーションが掛け算になっていく。ダメな会議は足し算ですらなく、実は引き算なのだ(笑)。あーでもない、こーでもないだろ。せめて、あーでもあり、こーでもあるって考えなきゃ。

私には「動詞で世の中を眺める」というクセがある。モッフルの“挟む”という行為を、なんて根源的かつアナーキーな行為なんだろうと思ったり、出荷作業をする流通現場最前線を見て、“積む”という行為に開かれたフロンティアの幻影を見たり(アホです!)。

これらの動詞をひとつひとつ確認しながら世の中を眺めると、世界がものすごく新鮮なのだ。そしてロボットという存在はこの動詞をいちいち確認させてくれる。

コロボットの“転ぶ”は“歩く”以上にアクティブであり、慣性という地球(ガイア)に包まれた行為だ(アホです2!)。そして“起き上がる”。起き上がった先には転ぶ未来が待っているというのに(アホです3!)。

形容詞で見る人は非常に多い。やれキレイだの、かわいいだの。だがそれはその場限りの感想でしかない。形容詞は消費者側の感想であり統計対象にしかならない。皆さんもぜひ、世の中を動詞で見て欲しい。きっと発想が変わる。なぜなら、面白いから!

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2007.12.26

良質の相場読本!決定力を鍛える

なんだか最近「特捜記者イマイ」へのアクセスがめっちゃ多い。確かに今回の日テレ報道特捜プロジェクトSPでもイマイの活躍はすばらしかった!相場の今井師匠とは別人です(笑)。

さて、それはそうと、今日はついにスタミナ苑に初めて行って来た!いやー、やっぱ美味いわ...。美味すぎっ!腹いっぱい!後輩と二人でタクシー飛ばして行ったのだが、すぐに座れてラッキー。本当に全員そろっているグループから入れてくれるんだぁ。もうちょっと遅かったら大行列だった!

さて、それもそうと、そのとき株を始めたいという後輩に、久々に相場の話をして気分がいいので、今日はそこでも話題にした必読の相場読本のご紹介。ガルリ・カスパロフ著「決定力を鍛える」(NHK出版)だ。

カスパロフとは、チェスの世界チャンピオンだ。22歳で最年少世界チャンピオンとなり15年間君臨した。IBMのスパコン・ディープ・ブルーと対戦したことは有名だ。

そのカスパロフが2005年に引退し、突っ走ってきた現役時代の取組について、回想をまじえてまとめた本なのだが、ビジネス系の講演も多い著者だけあり、その一言一言がすべてビジネス的な言語で語られている。それだけにチェスの世界に閉じこもらない普遍性を持っている。

私は相場に関する多くの書籍を読んできたが、苦手なのは精神分析系である。相場の心理学的な本は説教くさくてなかなか読みこなせない。だがその弱点を補って余りあるのが、相場以外の勝負の世界に生き、成功してきた人々の著書や半生録だった。

羽生義治(将棋)、桜井章一(麻雀)、イチロー(野球)、安藤忠雄(建築)、平尾誠二(ラグビー)、リー・アイアコッカ(ビジネス)、坂井三郎(ゼロ戦搭乗員)、これらの勝負師たちの生き方には共通点がある。勝負の世界における自分自身への視線と取組方だ。それらは凡百の相場心理学本よりも価値があった。読んでて面白いし!

そしてまた一冊、ここにガルリ・カスパロフ(チェス)が加わった。しかもかなり実践的だ。まるで相場について書かれているかのように読める。そしてチェスは西洋人の知的ゲームの象徴であり、やつらの思考について知る必要があるFXのトレーダーにはさらに興味深いだろう。

私は相場師である以前に、アーティスト(シュルレアリスト)であり、システムエンジニアでもある。だからカスパロフがチェスを「スポーツか、芸術か、科学か?」と問うとき、その問いを相場と重ね合わせるだけでなく、あらゆる芸術、勝負、科学は、人間が関われる一面において、すべて同じ真理を持っているのではないかとここでもまた納得したのだ。

人間活動の根源を突き詰める作業、それが勝負であり、芸術であり、科学であると思う。そしてその研究対象は自分自身に他ならない。余談だが文章の中にマルセル・デュシャンが出てきたり、クロード・シャノンが出てきたり、デイトレーダーまで出てくるのも好印象。

人生は自己表現であり自己探求である。そのもっともエッジにあるのが、勝負であり芸術であり科学ではないか?おそらく私が相場に惹かれるのは、それが芸術であり科学であり勝負であるからだと思う。勝負していない私は私でなく、芸術していない私は私でなく、科学していない私は私でない。カスパロフの著書はそのことを雄弁に物語っていて痛快なのだ。

さらに先にも書いたが、ビジネスの言語で書かれている。ビジネスで成功するための戦略と戦術を持て。常に準備し考えろ。あらゆる示唆はすべて自分(内面)に向けられる。勝負に勝つには己に勝つこと。どんな良書もそこに行き着く。シンプルすぎるほどシンプルだ。だがそれを理解し実践し得る人間は大変少ない。それもまたシンプルな話だ。

相場に勝つ方法がひとつだけあるとしたら、それは自分を知ることだ。これは勝負にも、芸術にも、科学にも当てはまる。自分を知り、自分に出来ることを考え抜く作業の繰り返しこそが生きている証しだ。その方法論は誰も与えてはくれない。

ま、こんな簡単なことでも忘れそうになる弱い私だから、たまに強く生きた人々の半生でも読んで思い出さなければならないわけだな。息抜きにもなるし。まだ全部読み終わってはいないが、「決定力を鍛える」がジックリと腰をすえて読みたい相場読本であることは間違いない!

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2007.12.24

年末恒例!2007年のクロス円を振り返る

Chart2007010212212007年も残すところあと一週間となりました。相場師にとってはすでに2008年が始まっております。投機筋の皆さん、めっちゃ軽くなったポジションを持て余してますよね(笑)。相場に入りたくて入りたくてウズウズしてるでしょ?クリスマス休暇が終わったら正月からドーンと働いてください!そして富をボクにも与えてください!やったるでぇ!

さて、冗談はさておき。毎年どっかでやっていた恒例企画、今年はココログでアップします。題して「2007年正月に何も考えず目をつぶって買ったクロス円は年末どーなっているのか!?」ってヤツです。右画像をクリックすると大きな画像が開きます。

これまでは毎年正月に仕込んでおけば損しなかったクロス