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2017.07.30

Beautifulでキャロル・キングと平原綾香の魅力を再発見!

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7月29日(土)12:30 時間ピッタリに開演したBeautifulを鑑賞しました。このミュージカルは、希代のメロディ・メーカーといえるキャロル・キングが16歳(1958年)でデビューした頃から、職業作曲家としての成功を経て、1971年発表の名作ソロアルバム「「つづれおり(Tapestry)」で2度目の大成功を収めた頃までを描いています。タイトルは、「つづれおり」に収録されている同名曲ですね。

このミュージカルを知ったのは、水樹奈々ファンの友人からでした。ひとくちメモの「圧巻!平原綾香コンサート@足利市」をこの友人が読んでいて、ダブルキャストでのミュージカルがあるという話を昨年聞いていました。このミュージカルが水樹奈々さんと平原綾香さんのダブルキャストだということが、このミュージカルに出会えた縁だったわけです。

水樹奈々ファンクラブで先行購入していた友人に、帝劇のネット会員になれば一般発売より前に買えると聞きさっそく会員になり2枚購入しました。私はもちろん平原綾香さん主演の公演分です。その時はまだ挙式前でしたが、ミュージカルは挙式後というタイミングだったので妻と行こうと思いまして。それが昨日、実現して良かったです(wink)。

●キャロル・キングをすっかり誤解していたボクのリスナー人生

キャロル・キングをちゃんと知ったのは、もしかすると1990年代だったかもしれません。当時の仕事絡みで「君の友だち(You've Got a Friend)」を聴いたのが最初だったような気がします。超名曲ですよね~。つまりシンガーソングライターとして認識したのでした。

1970年代の米国ミュージックシーンというのは、ボクの頭の中では、病んだアメリカのヒッピーにドラッグにと精神的な負のパワーが渦巻き、サイケでアングラな名作が創作されているようなイメージでした(どんな頭しとんねんとかいわないcoldsweats01)。曲はいいけど、生き方には共感できない…みたいなミュージシャンがたくさんいました。もちろんそういう不良に憧れてもいましたけども。

逆に日本では、ちょうど米国で廃れて来た'60年代のポップミュージックの手法を輸入したような楽曲が、日本流に調理され、歌謡曲となっていました。どっちかといえばボクは、そんな明るく楽しい歌謡曲黄金時代にドップリ浸かって来た子どもでした。その後、'80年代にはシンガーソングライター全盛でそういう音楽にはまっていくわけで、ちょうど10年くらい米国の後ろをついていくような音楽体験を過ごしてきた子どもでした。

そんな背景のボクが、'90年代に「つづれおり」のジャケットを初めてみた時、この人も病んだアメリカでフォークを歌ってた人なのだろうなと思ったんです。

でも違いました。このミュージカル「ビューティフル」で描かれたキャロル・キングはそういう人ではまったくなく、基本的には品行方正な人でした(happy01)。そしてアメリカのポップス黄金時代を作り上げたヒット作曲家だったわけです。

●珠玉のポップミュージック三昧

ロコモーションはたぶん子どもの頃から聞いていたし、その他のドリフターズなんかも、土曜の夜にババンババンバンバン、ってそっちじゃない本家ドリフターズも聴いていて、いわゆるオールディーズのただただ明るく楽しいポップソングの数々には親しんでいました。

たとえば、Some Kind of Wonderful という The Drifters の名曲がありますが、このバックコーラス(合いの手?)の「ワンダフル」ってところは、いまの日本ではコントでしか見ることが出来ません。だけどそれをピュアに音楽として楽しめていた時代ってのがとても愛おしい。あらゆるものを笑いに昇華する日本のすごさとは別にね。

で、それらの楽曲とキャロル・キングのイメージとはまったく重なっていなくて、作曲がキャロル・キングだと知ってかなり驚いたわけです。いわばはっぴいえんどからアイドル歌謡の作詞家になった松本隆さんの逆バージョンといいましょうか…。

それでキャロル・キングの作品がまとめて聴ける3枚組CDなんかで後追いしたりして。すると本当にオールディーズのヒットメーカーとしてのキャロル・キングの偉大さがようやく飲み込めたわけです。

そんなキャロル・キングの明るく楽しいポップスの数々が、このミュージカルではテンコ盛りでした。「ワンダフル」もキッチリ決めてくれました。その他、聴いたことあるかないかわからないけど懐かしいメロディの数々。ぜんぶキャロル・キングのオールディーズ。それが日本語訳されて歌われました。

日本語の歌詞で歌われても違和感はなかったです。これは訳詞を湯川れい子さんが担当されたのが大きいように思いますね。アメリカンポップスを知り尽くした方ですから。

キャロル・キングと仕事上も私生活もパートナーだったジェリー・ゴフィンは作詞家なので、歌詞をちゃんと伝える必要がこのミュージカルにはあったんだと思います。

観客の年齢層も結構高めだったのですが、オールディーズファンも多かったのかなと思いました。ヒット曲の裏側にある作家の苦悩や生活をエンターティメントとして見せるこの作品は米国でも人気だそうです。

●そして平原綾香のオールディーズを堪能

そんなキャロル・キングを平原綾香が演じるとどうなるのだろう。期待は膨らみます。平原綾香さんはクラシックのイメージが定着している気もしますが、ボクにとってはポップスの歌姫です。そして品行方正なミュージシャンのひとりですね。

演技は昔ドラマで少しだけ見ましたが、今回のキャロル・キングはまったく違った役どころで16歳の音楽大好き少女から演じられていたわけですが、はまり役でしたね。もともと結構早口で可愛らしいしゃべりをする人だと思うので(happy02)、それがアメリカの(ドラマ青春白書的な)ティーンエイジャー感にぴったりでした。

歌のパートは安心して聴けますが、しかしミュージカルの特性で、より感情をデフォルメするような面もあると思うのです。それはコンサートで魅せる歌唱とは違う魅力がありました。

少女のウキウキしたような歌声だったり、ヒット曲をつくろうと希望に燃えてる歌声だったり、別れの歌声だったり、成功をおさめた堂々たる歌声だったり。変幻自在の歌唱力が求められるミュージカルというところに、なるほど水樹奈々と平原綾香がダブルキャストで選ばれたんだなと納得しましたね。お二人とも声色の魔術師(?)。

キャロル・キングの「つづれおり」は女の一代記のような面のあるコンセプト・アルバムとも言えますが、それらの楽曲と他の歌手に提供した数々のヒット曲とによって、あらためてキャロル・キングの半生を描き出すこの作品。面白くないはずがないです。

共演者の皆さんもさすがの演技力に歌唱力。作詞家でキャロルの親友シンシア・ワイル役はソニンです。ソニンの成長にはちょっと涙が出そうでしたね。いい役者になったなぁと思って。その夫で作曲家バリー・マン役の中川 晃教さんも面白いキャラクターの役柄で息もぴったりでした。ソニンの他の作品も見たくなりましたね。

映画以外のミュージカルを初めて観たんです。みゆきさんの夜会はミュージカルじゃないから。でもこのビューティフルも楽曲の使い方はいわゆるミュージカルとはちょっと違うかも。必然的な歌パートが多かったです。舞台の緊張感とか一体感とかライブな感じはいいものですね。ミュージカル初体験がこの平原綾香主演のビューティフルで本当に良かったと思います。平原さんの活動の幅も確実に広がっていく気もしますね。

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2016.09.17

映画「ジャニス リトル・ガール・ブルー」でジャニスを偲ぶ

(クリックで拡大)Janis:Little Girl Blue チラシ渋谷のシアター・イメージフォーラムで映画「ジャニス リトル・ガール・ブルー」が封切られた。9月13日(火)、雨も降りやんだので19:15からの上映に向かった。イメージフォーラムはキム・ギドク監督の「アリラン」以来だから4年ぶり。ジャニスの命日10月4日までに、どうしても観ておかなければと思うドキュメンタリー映画だった。

ひとくちメモでジャニスについて書いたのは2005年2月23日。映画「FESTIVAL EXPRESS」を観た日だった。中島みゆきさんの誕生日に「ジャニス!最高だ」とジャニス愛を吐露してしまったわけだが、あれからもう11年も経ってしまった。年月のことを言えば、ジャニスがふいにこの世を去ってから46年になった。もし生きていれば73歳のジャニス。

シャウトするジャニスばあさんを観たかった。あの大阪のおばちゃんみたいな笑い声はきっともっと大きくなって、ドスの効いたシャウトはますます磨きがかかり、ショウビジネス界の"ご意見番"として君臨していたかもしれない。いや、ジャニスのことだから常に話題を提供する側だったかもしれないが、そのすべてを受け止めたかった。

Cd_janis_boxofpearls1999映画「ジャニス リトル・ガール・ブルー」から帰って今日まで、ジャニスの残した数少ないアルバムを時系列に聴いた。1999年に発売された「Box of Pearls」はデビューしたバンド時代も含めて4枚のオリジナルアルバム(とボーナストラック)にレア音源集1枚が収録されていてうってつけ。これはインポート版だけど日本版もあるらしい。

●ジャニスの実像に迫る映画

映画を観た翌日から今日までの4日間、ジャニスの音楽活動のある意味"すべて"を聴いたわけだ。1966~70年、デビューから亡くなるまで4年弱の活動期間を4日間で聴き終えた。そのあまりの短さが悲しい。

映画「JANIS」も昨日DVDで観なおしてみた。こちらもステージやインタビューで構成されたドキュメンタリー映画で、「ジャニス リトル・ガール・ブルー」でも使われていた映像がたくさんある。パワフルなジャニスのステージと、ジャニス本人がインタビューで語った映像が収められている。

そもそも活動期間が短く、残っている映像は少ない。重複せざるを得ない。しかし今回の「ジャニス リトル・ガール・ブルー」はそれらに加えて、未公開映像のほか家族や恋人に送った手紙、関係者へのロングインタビューを交えて構成されていて、より多面的にジャニスに迫っているところが秀逸だった。家族にとっては死後40年以上経ったいまだからこそ話せた話もあることだろう。

ジャニスの学生時代は、彼女の人格形成に大きな影を落としている。いじめや無視が延々と続き、そこから逃れるように音楽の世界にのめり込んでいく。そのとき身近にあった音楽がブルースだったのも運命的。内面から湧き出てくる本物のブルースがシンガーとしてのジャニス・ジョプリンを形成していく。そして虚像と日常とのかい離が始まる。

同窓会後のインタビュー映像は思い出すのも辛い。芸能人としての成功を引っ提げて10年ぶりに戻った故郷は昔と変わらずつらい場所だった。冗談めかしてインタビューに応える顔から時折にじみ出てくる本心。そもそも感受性が強すぎるジャニス。

あえてテレビカメラを連れて同窓会に"凱旋"して見せたジャニス。しかしそこに自身の居場所はなかった。その場でインタビューに答えるジャニスの心はどれほど傷ついただろう。居心地の悪さは同窓会も芸能界も同じだったんじゃないか。

ジャニスが解放されるのはステージの上だけだった。もしかするとステージだけがドラッグなしで生きられる場所だったのかもしれない。日常って怖いね。永遠に続く日常を生きることの恐怖、それはいじめや無視を延々経験して生きてきたジャニスには耐えられない時間だったかもしれない。

もしジャニスが音楽業界的に成功せず、西海岸でアマチュアシンガーのままだったらどうだっただろう。どちらが幸せだったかなんて考えたって仕方ないんだが、やはり孤立してクスリ漬けになり野垂れ死にしていたような気がする。業界での成功は少なくともジャニスには必要な場所だったと思った。

1970年10月4日、ホテルで亡くなっていたジャニス。ヘロインが原因とされているが、この映画の文脈では自殺ではなかったように思える。この年、同窓会での孤独感はあったけれど、「フェスティバル・エクスプレス」で魅せたジェリー・ガルシア(グレイトフル・デッド)との会話やセッション、そしてカナダでの圧倒的なステージングを見ると、ようやくビジネスとしての音楽業界で生きるタフネスを身に着けて、いざこれからという時期だったと思えてならない。

●全編に漂うあの時代の音

知ってはいてもあらためてジャニスの辛い日常を見せつけられる映画で、誰にでもおススメとは言い難い。しかし1960~70年代というフォーク、ブルース、ロック、ポップスの花開いた時代に少しでも興味があれば見ておくべき作品だと思う。辛いながらも全編に流れる音楽のカッコよさには酔ってしまう。音楽って罪だね…。

27歳にして時代のアイコンとなった途端の死。まさにここから世間と折り合いをつけて生きていくはずだった。それは遺作となった「パール」の出来の良さからも分かる。心の闇と栄光を抱えてドラッグに走ったが、27歳はまだやり直せる年齢だ。

アルバムの勢いからすればBIG BROTHER & THE HOLDING COMPANY名義の「CHEAP THRILLS」が名盤だと思う。粗削りだけど、ジャニス・ジョプリンがモンタレー・ポップ・フェスで一躍注目を浴び、まさにスターダムを駆け上がっていた頃の作品だ。

しかしこの頃の楽曲はいわば日常の延長線でもがきながらブルースにのめり込むジャニスの叫びでもあった気がする。それだけに生々しく、ジャニスを好きになればなるほど愛おしくなる。

それはメジャーデビューアルバム「Big Brother and the Holding Company featuring Janis Joplin」にも言える。ボクを含めてジャニスのシャウトからジャニス・ジョプリンを認識した人が多いと思うけど、この一曲目の「Bye,Bye Baby」は別人のようだ。例えるならボブ・ディランの「ナッシュビル・スカイライン」を聴いたときの拍子抜け感に似てる(coldsweats01)。それも含めて愛おしい。

音楽業界的に成功すると粗削りな勢いが削がれていくのは洋の東西を問わず。ボクはそのことをイカすバンド天国(イカ天)ブームの80年代、嫌というほど味わった。しかしその分、音楽的には洗練されていく。そこでの身の処し方はミュージシャンのバランス感覚にかかってる。言いなりになる部分と捨てちゃいけない部分とのバランス(それを運と言ってもいいが)。

そういう視点からすると、「パール」の洗練はジャニスにとっては福音になるはずだったと思う。ずっと日常の延長でやっていく音楽活動は決して長く続かない。ビジネスとしての割り切りは決してクオリティを落とさないし、ジャニスのように身を切る思いで歌ってきたミュージシャンが世間との安定した関係を築くには必須の過程だったはずだ。もしかするとその割り切りがドラッグとの決別にもつながったかもしれない(これは妄想だけど)。

まさにその階段の一段目に足をかけたまま、ジャニスはドラッグで死んでしまった。

時代といえばそれまでだけど、いじめやドラッグは現代的な問題でもあり、「ジャニス リトル・ガール・ブルー」は、かつてこんなライブの女王がいたという以上に多くの示唆を与えてくれると思う。それは見る人の立場やこれまでの生き方と映し鏡だ。

ジャニスが音楽で生きていくことは、夢はいつか叶うといった類いの安っぽいキャッチフレーズとかけ離れた命がけの叫びの延長だったと思う。芸能の世界はとかく闇を抱えた者を受け入れスターダムに押し上げる。それがまた闇を広げ、その闇が深いほど輝きを増す。ジャニスというパールはそうやってほんの短い期間、輝いた。

この命の短さがジャニス・ジョプリンという虚像をさらに大きくし有名にしたという面はあるのかもしれない。大衆はビジネスでない、ピュアな心を消費したい欲望を常に持ってる。最近も流行ってる感動をありがとうってやつ。

ジャニスも最初は気持ちよくその期待に乗っかった。しかしその先にある絶望にも気づいたはずだ。そしてドラッグ漬けの日常に堕ちた。でも彼女の才能があればもう少し大人になって、この負の連鎖を断ち切り、もっともっと輝けただろう。「パール」にはその片鱗が見えてた。それが悔しいね…。

こうやって書いてる間に、4枚のアルバム全部リピートして聴いてしまった。半日でジャニスの音楽人生を聴いた。ジャニス、やっぱ、あんたは最高だ!!

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2015.05.05

ドラマ She に見るSF的現代高校生白書(?)

CX土曜ドラマSheさんまのお笑い向上委員会について書いたのにこっちを書かないのは本末転倒(?)っていう気分で書きはじめる。

松岡茉優の連続ドラマ初主演作品だから予約録画した。松岡茉優はNHKの「限界集落株式会社」とCX「問題のあるレストラン」がとても良かったので注目し始めたが、世間的にはNHK「あまちゃん」と映画「桐島、部活やめるってよ」で既に注目女優だった。

「She」は学園もので主人公不在という展開から「桐島~」を多少意識してしまうが、おっさんには一度見ただけでは理解できずいま再度3話まで見直している(weep)。失踪した美少女は先日BSのドラマ「忌野清志郎トランジスタラジオ」に出てた中条あやみじゃないか。

いまどきの高校生の内面の複雑さはボクらの頃よりずいぶん加速してるんだなぁ。こんだけストレスの多い日常じゃそりゃ勉強も手に着かないだろうし、受験勉強も安易にテクニックに流れてしまうのも仕方がない。そんなドラマとは無関係の感慨にふけってしまった…。

ボクらの頃の学園ものはもっとシンプルだったかもしれない。「桜の園」とかさぁ。金八先生にしても問題がもっとシンプルだった(けれど当時としてはかなり複雑な気がしてた)。

いまや本心は(密室以外の)現実のコミュニケーションで知ることは出来ず、ヴァーチャル空間を通して間接的にコミュニケーションが成立する。いや実際はヴァーチャル空間による断片的な文字列の不完全さが時間差によって増幅し結局生身の言葉(から身体性を差し引いた言葉)だけでコミュニケーションは成立せず、そのズレが人間関係を生み出す(または破壊する)かのようなゲーム感覚の人生・精神を形成しているように見える。

もちろんそれが多数派となる近い将来にはこっちが現実になる。ゲームがリアルな日常となる。倒錯した世界と感じる世代との断絶。藤子・F・不二雄の「流血鬼」というSF作品を思い出す。あぁ、またドラマから意識が逸れていく。無意識なのか意識的なのかもわからずに。

もっともミステリタッチで実験的なドラマ「She」をもって現代高校生白書が語れるはずもないと思うが、She独自の物語を素因数分解していった後に残る会話や動作の節々にすら、なお複雑な心理がへばりついて残る。ドラマの登場人物と同世代の人たちはそんな部分にリアリティを感じるのだろうか。だとしたらやはり世代間ギャップでなかなか理解しにくい。

だからおっさんにとっては異次元ドラマとして見ると面白い。ある種のSF(笑)。だから藤子・F・不二雄への連想はあながち間違っちゃいない気もする。不在の人物を軸にしたドラマも歴史的に体験して来ている。そこらへんを手掛かりに今後も見ていきたい。短いドラマだが。

失踪した美少女の周辺にいた人々はヴァーチャルな映像や音声によってお互いに内面をさらされる。クラスメイトを盗撮する女子高生も内面に闇を抱えているが、このゲームの切り札(盗聴道具)を持っているだけにポーカーフェイスでいられる。言葉も内面もヴァーチャルこそが真実であるゲーム感覚の人生を生きる彼らにとっては、これこそある種のリアリティでもあろう。

松岡茉優主演ではあるのだが立場としては狂言回し的だ。第3話まで来ると彼女もミステリの一翼を担い始めているため役割も徐々に変化してきており今後への期待は持てる。こういう作品もいいが、次回作はもっとはっちゃけたような明るい作品がいいかも。

音楽はかなり重要な位置を占めている。園子温の映画を思わせるようなギターリフとベースラインが煽る煽る。最初に聴いたとき、これってTHE KOXXなんじゃないかと思ったが、日本のバンド[Alexandros]だった。ドラマの世界観を表現する劇伴としてとてもマッチしてる。これも現代高校生的な音楽なのかもしれないがこっちはついていけた(笑)。

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2015.05.03

お笑い向上委員会の映し出すフジテレビの現在

うーむ、我ながら大きく出たな。このタイトル。いつものヨタ話なんだけど。

さんまのお笑い向上委員会」を第3回まで見た。このあとのドラマが松岡茉優初主演ドラマ「She」なので、その第1話から予約録画しようと操作していてたまたまお笑い向上委員会も第1回だったから失礼ながらついでに録画したわけだ。そして第3回まで釘付けに…。

決してこの番組がお笑いを向上させることはないだろう。冷静に見てしまうとただの馬鹿騒ぎだ。出演者はひな壇と思えないレベルの芸人たちであり、何が起こるんだろうという期待感を持たせてくれる。そしてその期待を良くも悪くも裏切ったライブなドタバタ脱線トークの応酬。

初回ゲストという名のスケープゴートとなった若手芸人流れ星は初回放送では登場できず(裏で出待ちしてる緊張の顔のみ)。本来は流れ星を肴に先輩芸人がいじり倒す番組のようなのだが、登場前にひな壇だけで盛り上がり30分番組1本分の収録が済んでしまった。

司会明石家さんまのテレビ的なカンが働いて往時のフジテレビを彷彿とさせる爆発力が見える。これが意図した演出だとしたらものすごく特殊なバラエティ番組だがどうなんだろう。途中までは編集で切っていこうと考えていたけれど、途中からはこの永遠に終わらない脱線トークをそのまま使おうと方針転換したのかもしれない。

いずれにしてもこの混沌としたギャンブルのような番組はいまのフジテレビだからこそ放送できた“作品”のような気がする。番組として成立するかしないかのギリギリのところで、たぶん明石家さんまが仕切っていなければ途中でストップがかかって撮り直しじゃないだろうか。この現象を編集もそこそこにドキュメンタリー感覚の緊張感で放映したことが、今後吉と出るか凶と出るかはギャンブルだ。ただこのライブ感覚は昨今のテレビには希少価値になっているように思う。

何がウケるかわからない現在のテレビ番組のなかでフジテレビは大苦戦中だ。かつてはサンケイグループのゴリゴリ右翼だったが芸能分野では韓流への傾斜でいまどきのネトウヨ(=サブカルや御用メディアのお得意様)に嫌われた。一方で「楽しくなければテレビじゃない」を標榜してお笑い番組を長くリードしてきたが、笑っていいともの終焉とともに潮が引くように視聴者も離れていった。視聴者に区切りがついた感覚かもしれない。

制作力の衰えともいわれるが、それはCXに限らないだろう。人気商売に潮の満ち引きはつきものだ。それでも放送を止めるわけにはいかないのだから、何かを放送しなきゃならない。何がウケるか誰にもわからないことを認めてしまえば、作り手側の制約が少しずつゆるくなる。番組に口出しして本当に数字が取れなければ口出しした人間に責任が転嫁されるからお偉いさんもだんまりを決め込む。だから通常なら通らない番組が間違って放送される。それが逆に新鮮…。お笑い向上委員会はそんな妄想を満たしてくれるドタバタ加減でアナーキーなドキュメント番組だったのだ。

ひな壇のなかでもっとも光っていたのは意外にも(失敬!)ずん飯尾だった。混沌のなかにくさびを刺す滑舌の良さ。そのカウンターパンチのような堂々とした芸風がこの場にはまった。もしかしたら流れ星にとって本当に向上委員会だったのはずん飯尾かもしれない。

また流れ星についていえば、ギャグを手の甲に書き出してくるなんてのは素人だ。血肉となってない。それをこのドタバタ脱線トークが流れ星に教えたかったことなのかもしれない。あの完全アウェイのなかでそれでも場の空気をもっていくアナーキーさこそが流れ星ちゅうえいに必要なスキルなのかもしれない。それは第3回に登場したウド鈴木を見れば一目瞭然だ。あそこに出て来てあの迫力は尋常じゃない。さすがとしか言いようがない。ウド鈴木がかっこよかった。

次週の第4回からはひな壇メンバーも若干かわる。今後もこのドキュメント感覚が続くのかどうか。続いたとして面白いのかどうか。見逃すわけにはいかない潮目を我々は目撃するのである。

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2014.10.11

ガールズグループ春夏秋冬コンサートを堪能した夜

10月9日(木)、日本に誕生した一夜限りのガールズグループライブを堪能した。東京国際フォーラムAホール。春夏秋冬コンサートと銘打って昼夜2回だけの公演。メンバーは都はるみ、伍代夏子、八代亜紀、坂本冬美の4人。それぞれの名前から春夏秋冬となったわけだ。まさに昭和の歌謡ショーだった!

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当日引換券で予約していたので少し早めに出かけて近くのジャポネで早めの夕食。16時過ぎだったので行列はなかったが、席は1つしか空いていなかった。ギリギリセーフ。だいたいジャリコを注文するのだが、この日だけはインディアン・ジャンボにした。それには理由があった。

今年は私がインディアンを初めて食べてから10周年の記念イヤーなのだ(笑)。たまたまそれに気付いたのは先日の中村修二教授のノーベル賞受賞だった。そういえば昔講演を聴いたなぁと過去記事を読んだら、10年前にインディアンを見つけた興奮を書き記していた。なんでも書き残しておくものだ。

ジャポネを出て少し書店を徘徊して時間調整。17時ちょっと前に国際フォーラムに。この日ホールDでは氷川きよしコンサートがあり、当日券売り場に間違って行ってしまった。氷川君のスタッフは親切だった。そういえば氷川きよし君を見かけたのはハワイのアロハフェスティバルだったから2001年のことだなぁ、またすれ違ったなぁなどと思いめぐらせつつホールAへ向かった。

演歌のコンサートは初めての経験だった。演歌というより歌謡曲というほうがしっくり来る。ビッグバンドの演奏は夜のヒットスタジオなど’70~80年代のテレビ番組では当然だったが、こうして生で聴けたのは感激だった。最初の1音からもう満足していた。

残念ながらバックバンドの紹介はされなかったが、昭和のゴージャス感を醸し出すビッグバンドの存在感は大きい。最近は打ち込みの電子音やカラオケとかコンパクトな編成で音だけ大きいロックバンドばかりなので、ビッグバンドの生演奏が聴けるのは贅沢だ。ことバッキングにおいては芸能界は時代とともに大衆化し過ぎだと思う。プロの楽団をバックに本物の歌を聴ける機会は貴重だ。

4人の歌姫の歌は圧巻だった。坂本冬美より年下の私には、都はるみと八代亜紀はものごころついたころから知っているヒット歌手だが、その歌声の神髄に惹かれたのは大人になってからだった。阿久悠作詞の楽曲がヒットしていたのも影響してる。全盛期のお二人の歌を生で聴きたかったがチャンスがなかった。今回初めて聴けた。

春担当の都はるみ。50年以上歌い続けてきた唸りの凄みは健在だった。またステージでどう見えるか、ご自身の型を持ってる。振付も小さい身体をいっぱいに使って要所をビシッと決める。声量は多少落ちても技術で歌いきるプロの技だ。力のこもった唸りとまさに都はるみの型と言ってもいい身体の“反り”を最後に魅せてくれた。サービス精神旺盛だ。

秋担当の八代亜紀。トークが自由(笑)。しゃべりはじめると止まらない感じ。だけど歌ったらやっぱり八代亜紀だ。八代亜紀の歌声というのは天賦の才能で誰もマネできない。彼女も全盛期からすれば声量は落ちてると思うけど、このハスキーボイスは上品さと下品さとのギリギリのところにあって、その“際”が魅力の源泉なんじゃないだろうか。それが歌える楽曲の世界観というかレンジの広さにも通じる。

ベテランのお二人もよかったが、若手(?)の伍代夏子と坂本冬美もさすがに日本を代表する歌い手といえる。歌って喉で歌うんだなぁとあらためて演歌の持つ芸能ポテンシャルの高さを目の当たりにした。お二人を前に「上手いなぁ」という感想は失礼かもしれないが、とにかく上手い。2009年に平原綾香のライブを観たとき、うまい歌手の歌を聴ける幸せを書いたが、今回もそういう思いを強くした。

夏担当は、大先輩を立てつつ、しゃべり出したら止まらない八代亜紀を抑えながらトークの進行をしていく伍代夏子。そつがない(confident)。演歌の王道といった楽曲の伍代夏子だが、本当に歌がうまい。演歌はこうやって歌うのよというお手本のような歌だった。

そして冬担当の坂本冬美。ガールズグループ春夏秋冬のマンネ(末っ子)だ(lovely)。トークでは気おくれしてる感じもあったが、時々爆弾発言を放り込んで来るのが面白かった。坂本冬美は昔からリアルタイムで好きだった。坂本冬美の歌は一貫して攻めてる。彼女の楽曲は難しい。今回、都はるみとのデュエットで浪速恋しぐれを歌われたのだが(男性パートを都はるみが歌うというサプライズも良かった)、その台詞パートのうまさにもしびれた。いいお母さんになれそうなのに。

サプライズゲストで五木ひろしさんが登場した。1曲だけ、阿久悠作詞の居酒屋をガールズグループと熱唱。五木ひろしも50周年だが声が出てる。歌謡曲の歌手はそれぞれにオリジナルなテクニックを持っている。そこがまさに芸能なのだ。

ちょっと前にEテレで北島三郎さんと萩本欽一さんの対談番組「達人達」を見た。そのときサブちゃんが歌い方に関して企業秘密が2つあるとおっしゃっていた。おそらくそういうマル秘の部分を春夏秋冬の皆さんも持っているんだと思う。

生演奏のビッグバンドをバックにオリジナルなテクニックでいい歌を聴かせてくれる歌謡曲。いろんな音楽ジャンルがあって、どれもいいところがある。演歌や歌謡曲には日本で独自に進化した洋楽と邦楽のクロスオーバーな楽曲がたくさんあり、それらは才能のあふれた作家によって作られた。そして歌い手もしっかり歌える歌手が歌う。こういうホンモノの芸能の世界を21世紀に味わえたのは幸せだった。

客層は冗談抜きで私が最年少クラスだった。もちろん少数派だ。しかしこの若さ(?)でこのコンサートに間に合えたのはうれしい。八代亜紀が30代の頃の生歌には出会えなかったが、人間生きる時代は選べない。それでも何十年か生きてれば同時代の歌謡曲をこうして生で聴けるんだなぁ。またひとつ夢がかなった気分だ。

この一夜限りのコンサートは2015年1月にBS朝日で放送される予定。忘れずに観なければ。

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2014.09.27

年末のカラオケはLui-Luiに決定!『時の旅人』を聴く

太川陽介『時の旅人』を地図に乗せてみたいやはや、こんなに届くのが待ち遠しく、届いてからは歌詞カードを目で追いながらジックリ聴いたアルバムはどのくらい振りだろう。ひとくちメモ10周年の記事を紐解くに、中島みゆきさんの『常夜灯』以来、2年ぶりかもしれない。思わず古い地図帳の上にジャケットを置いて写真を撮った(笑)。

「ローカル路線バスの旅」の大ブレイク、その第18弾放映と合わせての初の著書『ルイルイ仕切り術』に、この32年ぶりのニューアルバム『時の旅人』と、まさに2014年は太川陽介当たり年だった。

その第18弾も番組ファンの記憶に残るほどの出来栄えで、太川陽介さんの気分はまさにルイルイに違いない!

そんな番組ファンの一人である私ポップンポール、ここは著書も読むしCDも聴かねばならない。そして読んで聴いた結果、30年という月日をひとり思うのであった(confident)。

30年は長いがその長さは答えを出すのに必要な長さかもしれない。ボクが中島みゆきファンとしてメディアにちょこっと呼んでもらった経緯も前に書いたけど、それもファン歴30余年のとき。30年続けていれば何らかの転機が訪れるのかもしれない。特に10代の頃から続けたいものが見つかったなら、細々とでも続けてみることを中学生には勧めたい。

●ルイルイが見せる3つの時

おそらく太川陽介さんにとって「ルイルイ」は3つの“時”を持ってる。一つ目はもちろんデビュー後3枚目のシングル曲かつ大ヒット曲、代表曲としての「Lui-Lui」。それまでフォークソング調の曲を静かに歌っていた新人歌手だったが、レッツゴーヤングから売れた狩人の「あずさ2号」に続き、番組メンバーだった太川陽介のために都倉俊一先生が作曲された楽曲だった。

この当時の都倉俊一という作曲家はあの阿久悠が絶大な信頼を置いた時代の最先端をいく感性の作家であり、和製フレンチポップのような彼にしか書けないキラキラした楽曲を次々と発表していた。

楽曲の良さもあって「Lui-Lui」は大ヒットした。アイドルとして頂点に達したと言っても過言じゃない。太川陽介といえばルイルイ。それが俳優専業になった後もずっと続いたルイルイの第2のイメージだ。いわゆる一発屋である。

『時の旅人』の歌詞カードに書かれていたのだが、太川さんが事務所のオーディションで歌ったのはさだまさしの「僕にまかせて下さい」という曲だったという。この曲はクラフトというグループのデビュー曲(1975年)だった。そしてデビューからルイルイまではこういう路線の楽曲を歌っていた。

『時の旅人』にも太川陽介さん作詞の曲が2曲入っている。「この汽車に乗れば」と「もっと君らしく」の2曲で若いころに作られた曲のように思える。なぜならまさにフォークソングそのものだからだ(coldsweats01)。いまリメイクするなら「このバスに乗れば?」とか「もっと君らしく(蛭子さん除く)」といったタイトルになるはずだ(うそ)。

つまり若き太川陽介の意識はまったくアイドル指向ではなかったのだ。それが自意識とまったく異なるLui-Luiでアイドルとしてブレイクし、そのイメージが一発屋としてつきまとっていくのだった。

「いま何やってるの」とかそういう非常な世間の声に怯え、出歩くことに臆病な時代があったという。「あー、あの、ルイルイの」とか言われたらきっとカチンと来ていたのではないだろうか。だがそういう時代が蛭子さんに負けない精神力を養い、30年の時を経て旅人として再ブレイクする下地となっているはずだ。

そしていま「Lui-Lui(2014 ver.)」を明るく歌える太川陽介の時が来た。正直、最初に2014ヴァージョンを聴いたとき「バッキングがうるさいなぁ」と感じた。YMO以降のハウスやテクノで鍛えたはずのこの耳に「打ち込み辛いな」と。

都倉俊一作編曲のオリジナルも入っていて、やっぱ70年代ポップスはホーンセクションとストリングスとエレキギターの掛け合いでなきゃと思う自分がいた。高橋達也と東京ユニオンが演奏できる構成でなきゃみたいな。

もちろんそれは郷愁かもしれない。それに逆らう必要もない。リスナーも時の旅人なんだから。だけど時間旅行は過去に行きっぱなしでないのがいい。2014ヴァージョンも何度か聴くうちに耳になじみ、オリジナルの編曲を尊重して作られているようにも思われ、なにより今の太川陽介さんの歌がとてもいいのだ。

ルイルイの3つの“時”を感じ取れるいいアルバムだ。「時の旅人」の“時”には、路線バスに乗り遅れないよう時に追われる旅人という含みを感じてしまうわけだが(笑)、もっと純粋にあの頃にタイムスリップも出来る真っ当なアルバムだった。ボーナストラックの「あなたとラブ・レイン」で香坂みゆきさんがゲスト・デュエットというのもボーナス感あり。

それにしてもルイルイ。昔の曲と新しい曲、どちらも声がいい。この声はさすがサンミュージックが逸材と認めたものだ。そして楽曲がいい。この都倉メロディだからこそ32年の時を超えられたんだと思う。

昨年の年末は布施明の「積木の部屋」をカラオケ曲のレパートリーに入れたボクだが、今年は「Lui-Lui」に決定!とはいえこの曲は結構難しい。AメロとA'メロ(Bメロ?)との処理が違う。特にサビ前のA'(B)のメロディラインがヒトクセあり。丁寧に歌いたいところだ。そしてサビだが、めっちゃ気持ちよく歌った後の最後の「ルイルイ!」がなかなか叫べない。いい音程が取れない。

新旧両方聴いて知ったのだが、旧ヴァージョンの曲の最後には「ルイルイ!」と叫んでなかった。てっきり最後は「ルイルイ!」と叫ぶものとばかり思っていた。2014ヴァージョンは叫んでいる。だから叫んで締めたい人、カラオケは2014ヴァージョンで。ひとくちメモでした~(笑)。

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2014.09.21

祝・第18弾「ローカル路線バスの旅」後に攻略本を読み解く!?

ローカル路線バスの旅攻略本

テレビ東京「ローカル路線バスの旅」の第18弾が放送されてから早くも一週間が経ってしまった。本放送時にはツイッターで呟きながら視聴していたが、この第18回は番組ファンの間でも語り継がれるのではないだろうか。録画して2回見たが飽きない(笑)。

第18弾の野村真美さんは最高のマドンナのひとりだったといえる。第17弾のときに番組を西遊記として捉えマドンナを三蔵法師に見立てて適当なことを書き飛ばした私だが、西遊記との一番の違いは三蔵法師のモチベーション、参加意識にあると思う。

西遊記で天竺に一番行きたいのは三蔵法師だ。だがローカル路線バスでのマドンナはお客さん的なポジションといえる。しかし時にお客さんではなく、まさしくメンバーとなって働き、ともに苦しみともに楽しめるマドンナがいる。野村真美さんはそういうタイプのマドンナだった。少なくとも画面からそれを伝える力を持っていたと思う。

レギュラー陣の意見を尊重しながら、しかし蛭子さんを質問攻めにして眠らせない(笑)。これがどれほど困難なことかは、毎回車中で眠ってる蛭子さんをイジる太川陽介リーダーを見慣れたファンはよく知っているのだ。

そうかと思えば、他人に自分の食事を分け与えることが異常に嫌いな蛭子さんの皿から野村真美さんがハンバーグを自家箸で取っても蛭子さんが怒らなかった(注文しすぎて腹いっぱいだったからという意見もあるが)。

そんな存在感抜群なところを見せた野村真美さんとともにローカル路線バスそのものも綱渡りな乗り継ぎでスリリングな展開だった。太川陽介リーダーが地元の人に投げかける質問のしかたも、これまでの学習によって確実に向上していて、最後はそんなリーダーの面目躍如といった一手も出た。そりゃビールも美味いって!

そしてエンディング曲に今週発売となる太川陽介32年ぶりの新曲「時の旅人」が流れたのであった。

●ローカル路線バスの旅の名コンビの理由を探る2冊の著書

この番組の大ヒットが出版界にも響き、太川陽介リーダーが書いた初の著書が『ルイルイ仕切り術』(小学館)だ。私が購入したのは9月13日番組放映直後だが、その時点でアマゾンのタレント本ランキング第10位だった。上位にはAKB48関連本と写真集ばかりが並んでいるなかでだ。第11位が『Sexy Zone写真集 Be Sexy!』(予約受付分)だった。なんとジャニーズ越えなのだ(笑)。

第18弾の番組記事を書くにあたって、ここはちゃんと『ルイルイ仕事術』を読んでからにしようと思ってすぐに買ったわけだ。だが読み始めて少し経つと本当にそれでいいのだろうかという思いが強くなってきた。

この番組は太川陽介さんと蛭子能収さんの名コンビ(迷コンビ?)が人気の秘密なのであり、太川さんの著書だけでは片手落ちではないかと思い始めたのであった。

ちょうど蛭子さんの著書『ひとりぼっちを笑うな』(角川ONEテーマ21新書)も今夏に発売されたばかりだ。いまやバラエティ番組で引っ張りだこの蛭子さんだが、こちらも「ローカル路線バスの旅」がブレイクのきっかけであり、いまの思いが綴られているに違いないと思った。

そこでこちらも注文した。駅前の書店で棚ざしの一冊を見つけたのだがオビがこすれて破れていたのでネットで買った。届いたのは9月18日。この記事の最初の写真を見ても分かるようどちらもオビがいい!太川さんの著書には蛭子さんのイラスト入りだ。

また、「ルイルイ仕事術」の奥付は、蛭子さんのイラスト込みで「ルイルイ仕事術 俺だって休みたい」がタイトルなんだと主張するかのような装丁になっていた(笑)。

揃った2冊をザッピング感覚で読んでいった。1冊読み終えて次ではなく、ルイルイを数十ページ読んでは、蛭子さんを数十ページ読み、またルイルイに戻るといった読み方で最後まで読んだ。

いや、面白かったな。まったく性格も考え方も異なると思えた二人だが、この二人だからこそローカル路線バスの旅が長く人気を博しているんだなということがわかったような気もした。

●太川陽介と蛭子能収、実は似ていた(笑)

もちろん二人は見ての通り、番組内での役割がまったく違う。

太川陽介はリーダーでありこの番組の旅の行方に責任を持つ。実は責任はないのだが、太川陽介があきらめたら確実に番組は面白くなくなる。時間的な尺も足りなくなるだろう。その責任を自覚してバスのなかでは一睡もせず地図とにらめっこし、地名を覚え、他のふたりのために選択肢を用意する。ロケの前日にはいつも新しい服と靴を買うそうだ。それも雨や田舎の風景でも画面が暗くならないよう明るめの服を新調するというのだ。それがリーダーの自覚というものだろう。蛭子さんのように履きつぶした革靴の底がロケ中にめくれ上がるようなことはない。そればかりか蛭子さんのそんな事態に備えて接着剤まで常備していたりするのがリーダー太川陽介なのであった。

そんなリーダーに対して蛭子能収は参謀ですらない。嫌なことは嫌だというし、とにかく好き勝手に振る舞っているようにも見える。思ったことがつい口をついて出てくる。それがときに太川陽介をカチンとさせる。バスのなかは寝るところだと考えている。だが歩くのも好きではない。なぜならバスの旅だから。だったらバスで寝るなよと言いたくなるが。夕飯も郷土料理には目もくれずカレーやとんかつ、ラーメンなどを食べる。テレビ的情報には無頓着この上ない。タレントとしてなにかを見せる意識をまるで持っていないかのようなのだ。そこが逆に受けているともいえる。

つまり役者としてリーダーを演じ番組の見え方を意識する太川陽介にたいして、仕事は断らない主義だけど好き勝手に振る舞うだけの蛭子能収は、交わることのないはずのタレントなのであった。

しかし著書を読むにつれて、似てるなと思うところもところどころ見えてきた。まず、二人とも売れない時代を味わっているということ。アイドル歌手として大手事務所から逸材としてデビューし「ルイルイ」を大ヒットさせた太川だが、自らアイドルをやめ俳優を目指して挫折を味わう。かたや蛭子も漫画家になる前は看板屋やサラリーマン生活を経験している。テレビで顔が売れて本業の漫画が売れなくなったとも。これらの経験は他人への視線を厳しくするとともに、他者からの思いやりのありがたみも心底わかっているような気がする。だから他人にも優しくなれる。

また二人とも個性を尊重する。人は人、自分は自分という個人主義的なところがどちらにもあるようだ。特に太川陽介は蛭子に対してイラついても、最後はそれが個性なんだからと受け入れる。蛭子能収は根っからの個人主義だということが著書全体を貫くテーマとすらいえる。そんなベタベタしない関係がたまのバス旅行を新鮮なものにしているのではないだろうか。

そして意外なことに蛭子さんもルールを守りたい人だった。好き勝手するにも自分なりのルールがある。社会生活を送るうえでもギャンブルに熱中するうえでも、社会のルールからは逸脱したくないという絶対的な指針をもっていた。第18弾のなかでも「バスがあるときはバスに乗る。それがルール。」と冷静に言っていた。体言止めで冷静に話すときの蛭子能収にはインテリ風の凄味がある(笑)。それがたとえ歩きたくない言い訳だとしても、その言い訳に「ルール」を持ち込むわけだ。

大切なのは自由とカネだとも言った蛭子だが、この著書を読むとその根底には社会ルールを守り自分で稼いだカネで遊ぶならどんな遊びも自由だし尊重するという思想すら見える。

●テレビ業界におけるガチとは!?

他にも二人とも奥さんについて最後に書いていたりとか、「エビが小さい」発言事件への言及がどちらの著書にも出てきたなど共通点があった(笑)。ただしこの事件が同じ事件のことかどうかは微妙である。蛭子さんは食レポ番組でのエビフライ事件と書いているが、太川さんは路線バス旅のロケで海老の塩焼き事件として報告している。内容はどちらも蛭子さんの不用意な発言なので、もしこれが別々の事件だったとすると蛭子さんはいろんなところでエビが小さいと発言してる可能性がある(wobbly)。

エビフライ事件はともかく、これらの共通点は相手を個人として尊重しつつ大人の付き合いができる二人だということを表していると思う。そして二人とも別の本業を持っているというところがいい。芸人どうしの旅だとこうはいかないだろう。(芸人の旅を否定はしないが、他局が似たようなフォーマットでやろうとするのは面白くないからやめたほうがいいと思う。)

本業があってスケジュールを開けてくれて台本なしでゴールできるかどうかもしれない旅をしてくれる大人なタレントを意図してブッキングするのはおそらく困難を極める。たまたまスケジュールに余裕のあった二人で台本なしのバス旅を企画して、そこに確信を持てたテレビ東京のスタッフの運と実力のたまものともいえる。テレビ業界においてガチはゆるさの裏返しである(笑)。ゆるいテレビ東京だからこそガチで台本のないバス旅行が実現したのだと思う。

最後に余談だが、蛭子能収さんの著書を読んでめっちゃ共感する自分がいた(笑)。考え方がかなり似ていた。蛭子さんも「YOUは何しに日本へ?」が好きらしい。また大企業とか肩書で人を見ないとこも、右翼的な言動に違和感を覚える平和主義なとこも、趣味が人生を豊かにするという主張も、ペットで孤独は癒せないという主張も、どれもこれもまったく同感だ!一見非常識と見える蛭子能収の生き方、現実社会での振る舞いはなかなか自由を体現できない日本人のある種の理想でもあろうし、その徹底した個人主義を貫く姿が異邦人のようでもあろうし、やはり現代日本で漫画家兼タレント以外にはしずらい少数派な生き方かもしれない。でもボクも蛭子さんほどではないかもしれないが、ゆるい個人主義を貫いてガチに生きていければと思うのであった…。

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2014.05.14

中島みゆきのアイドル歌謡への想い

まず初めに言っておきたいことは「中島みゆきはミーハーである」ということだ。間違いない。それはいまに始まったことじゃなく歌手になる前、吉田拓郎を追っかけていたころからずっとミーハーだったんだと思う。

ボクは中島みゆきファンをかれこれ30年以上続けているが、ようやく言えた(笑)。実はずっと思ってたんだ。いまやなんだか重厚感漂う大御所アーティストになってしまったが、基本はミーハーなお姐さんだった。

そんなことを書き留めておこうと思ったのは、ももクロの新曲「泣いてもいいんだよ」が中島みゆきの楽曲で、ももクロ史上初のオリコン1位になったというニュースを読んだから。

この曲、もう全編中島みゆき節で突っ走ってる。ももクロの歌を聴きながらも、中島みゆきの声が頭のなかで鳴ってしまうくらいにストレートなみゆき節だ。ツインギターのフレーズなんかもまさに中島&瀬尾フレーズっつーか。

多少みゆき節から外れているなと思ったのはサビがメジャーキーに転調してるとこ。このアイデアがどういう根拠なのかにはちょっと興味がある。ももクロらしいアイドル歌謡のフックとリフレインを意識したのか、彼女たちの歌えるキーの問題があったのか、そのあたりはボクにはわからないけれど、その違和感も含めていい曲だ!

ストレートなみゆき節と書いてしまったが、しかし実際のところ中島みゆき自身で歌う楽曲よりも、ほかの歌手への提供曲のほうにより中島みゆきらしさを感じてしまうのはボクだけだろうか。

うまく言えないが、中島みゆきの楽曲は誰が歌っても中島みゆきを感じる。そういう意味では作家性の強いアーティストだといえる。発注側もそのエッセンスを求めているだろうし、みゆきさん自身も応えようとして過剰に中島みゆき的なソングライティングをしているというと穿ちすぎだろうか。

特にアイドルへのアップテンポな提供曲は楽しんで作っているんじゃないかと思ったり(実際はもちろん生みの苦しみもあると思いますが)。筆が走ってるようなメロディラインが自然とみゆき節の表出につながっているみたいな気もする。妄想ですけど。

で、妄想ついでに中島みゆきミーハー説ですが。アイドル歌謡のときに表出するソングライティングの自然さ、これってたぶんみゆきさんは自分自身がアイドルになった気分で(ミーハー感覚で)作っていると思うわけです(笑)。

ジャニーズのときはジャニーズの一員として、ももクロのときはももクロの一員として、常にきらびやかなスポットライトを浴びて踊り歌う自分自身のイメージで作ってる。そしてそのマスな感覚と(作家としての)客観的な立場とがちょうどいい塩梅に調和して、無理のない「無の心境」が生み出されている。そう思うわけ。

「無の心境」というのは、いま中島みゆきさんの大きなテーマのひとつですよね。SONGSのときのインタビューで語られていたように。しかし自分で歌うときに無でいられることはほぼ不可能に近いわけです。ところがアイドル歌謡の歌詞というのは、まさに無が許される楽園だと思うのです。

それは歌詞が無意味ということではまったくなく、抽象的なフレーズのテンコ盛りによる普遍化を臆面もなく出来る分野であり、それがアイドルという存在を媒介にして抽象的かつ感覚的なメッセージとしてファンの胸に届いちゃう。それは言葉の意味じゃなく、躍動する波として伝わる。アイドルは巫女のような立場となり、そこに乗せる言葉は呪文のようなものになるわけです。大げさにいえば。

アイドル歌謡を作ることによって「無の心境」を体現できるのは、中島みゆきにとって快感に違いない。ボクのように歌詞の深読みなんかをして頭でっかちに聴くのではなく、ただただアイドルファンの熱狂と愛だけのなかでスッと心に残る。それも若者の。

そうやって覚えた大好きなアイドル歌謡って死ぬまで忘れなかったりする。ボクだってキャンディーズや聖子の楽曲は忘れないし。そうやって記憶に残っていく歌になることが嬉しくないポップソングのライターっていないと思うし、みゆきさんはそういう歌本来の伝わり方を人一倍求め続けていると思うのだ。ミーハーだから(笑)。

ボク自身も昔から頭でっかちに聴いてきたわけじゃなく、中島みゆきの楽曲を感覚的に聴いてきた。でも長いキャリアを生きてくるとどうしても何らかの「意味」は生まれてしまう。アーティストには嫌でも何らかのイメージがまとわりつく。それをどうはぐらかしながらサプライズを生み出せるかがアーティストのセルフプロデュース力でもある。

中島みゆきにとってほかの歌手への楽曲提供はひとつのサプライズでもあるし、シンガーとしての縦軸にライターという横軸が交わる「糸」かもしれない。その両輪を保ちつつ歌を末永く紡いでもらえるのは、ファンとしてもまた楽しみが増えてありがたい。

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2014.04.13

歴史の必然?!「仲宗根梨乃の美楽クールダンス!」に注目

ついに仲宗根梨乃先生の冠ダンス講座が始まった!ソチ五輪が終わり大阪市長選も終わり、単に忙しいだけの日常を過ごしていたボクにとって救世主のような番組だ(笑)。毎週待ち遠しくて録画しては何度も見てます。

いまテレビで一番待ち遠しいのは何かと聞かれたら、テレビ東京の『ローカル路線バスの旅』の最新作と答えるけれど(笑)、そっちは特番。それを除けば今クールの最高の愉しみが教育テレビ「趣味Do楽 仲宗根梨乃の美楽クールダンス!」なのです。このダジャレで彩られたタイトルに惑わされず見た方がいい(笑)。

ボクが仲宗根梨乃さんに注目したのはK-POPの振付師としてでしたが、テレビで最初に見たのはテレ朝「ナツメのオミミ」でした。そのときもベシャリの面白さをブログに綴ってます。その後NHKのディープピープルなどもチェックしましたが、ついに教育テレビでダンス講座ですよ。ダンサーかつ振付師の仲宗根梨乃さんにとってはまさに王道と言ってもいいでしょう。

教育テレビのバラエティ化路線はずいぶん以前からですが、もともと学問や知的探求というのは楽しいものです。だからこの路線は大正解ですし、そういう教育テレビの改革の波が成功しているテレビ教育の流れと仲宗根梨乃という傑出した存在とがこの時代に出会えたということを素直に喜びたいのです。

なんだか来賓挨拶みたいな文章になってるな。まあいいか。仲宗根梨乃さんはマイケル・ジャクソンに憧れて19歳のときに単身渡米されたそうです。そして米国でダンス修行を積んでジャネット・ジャクソンの振付やブリトニー・スピアーズのツアーダンサーとして頭角を現します。

ご本人が番組第一回でおっしゃってたのですが、仲宗根梨乃の振付はこれまであるダンスのいいところをチャンプルしたチャンプルダンスだとか。沖縄・米国・韓国・日本で仕事をして来た経歴からもチャンプル感が感じられて、その無国籍・多国籍な感覚がとてもオリジナルなものになっていると思います。

●少女時代は仲宗根スクールの優等生だ!

ボクはキムヨナファンとして極一部で認知されてますが(笑)、やっぱダンスが好きなんです。キムヨナが優秀なダンサーでなく優秀なアスリートなだけだったら、もしかしたら興味がなかったかもしれません。

とはいえ自分でダンスが踊れるかといえばまったく踊れません。ダンスを見るときの思いを例えるなら、病床で世界旅行を夢見る少女のようなものです...。音楽を聴く感覚の延長線上にダンスがあるのは、やはりマイケル・ジャクソンの功績かもしれません。

そういえば先日まで教育テレビでやっていた坂本龍一教授の「schola」で、20世紀はダンスの世紀だったという話が出ていました。ストラビンスキーの春の祭典(1913年)がバレエ音楽の革命として受け入れられたところから、ジャズやビーバップ、エルビス・プレスリー、ロックンロールなどダンスのための音楽が大衆化してゆき、マイケル・ジャクソンという究極のダンス・ミュージックにたどり着きます。

マイケルの凄いところは音楽とダンスとの一体化、シンガーソングライターダンサーだということです。そしてそのどれもが最高のクオリティを持っていました。自分で踊りまで出来る。チャップリンのような才能と現代的な感性を持った天才だったのです。そしてその才能がビデオ技術確立の時代に重なって、ミュージック・ビデオ(ミュージック・クリップ)という新しい表現方法が生まれました。音楽のリスナーも耳だけでなく視覚や身体活動を伴う鑑賞に進化したわけです。踊れませんが見て楽しめるダンスに。20世紀は紛れもなくダンスの世紀だったのです。

K-POPもこの流れの最先端にあります。音楽と不可分なダンスミュージックの大衆化が20世紀から21世紀への大きな流れになっています。そしてビデオ技術もネットワーク技術に乗って世界中に伝播出来る時代となり、大衆も自分で踊り、それを配信しはじめました。21世紀はまさにダンスの大衆化の時代です。

そんな時代の流れのなかで「仲宗根梨乃の美楽クールダンス!」が出てきたのは歴史の必然とも思えますね。ただ美しいダンスが誰にでも出来るものじゃないことも確かです。

番組で少女時代のGenieも少し解説されたりしたのですが、少女時代のダンスの美しさは驚異的な身体能力の賜物だということがわかります。普通の人じゃ出来ないし、出来てもあそこまでのキレはないと思います。

少女時代や東方神起をアイドルグループだからといって侮ってちゃ、20世紀から続く音楽の進化を体感できません。現代の音楽はダンス抜きでは語れないし、ダンスを伴う大衆芸能こそが現代音楽の王道ではないかとも思えるわけです。

そういう音楽の歴史のうえにマイケルがいてキムヨナがいて少女時代がいる。そして仲宗根梨乃やキムヨナの振付師だったデビッド・ウィルソンといった才能に活躍の場があり、注目も集まるわけです。歴史の必然といっても過言じゃないでしょう。

少女時代のライブがまた見たくなりました。最近女子バレーボールにもはまっていて昨日はVリーグファイナルを見に行っていたのですが、迫田さおりのバックアタックにはダンスに通じる躍動美がありました。一連の動作に美しさのある選手が好きです。それは天性のものかもしれませんね。

「仲宗根梨乃の美楽クールダンス!」は韓国でも受けると思うなぁ。韓国KBSあたりで放映してみたらどうでしょう?

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2013.08.23

藤圭子がボクの原点だった

もう昨日になってしまった。どうしようか迷ったけれど、ちょっと書いてから寝たいと思って。昨日の朝、マンション13階から落下して死亡した藤圭子さんが発見された。自殺と報道されてる。

ひとくちメモのプロフィールページに、ボクの音楽変遷史の図を載せてる(下図)。これ、このブログを始めたばかりの頃までなので2003年の状況なのだけど、その変遷史のもっとも最初にあるのが藤圭子さんだった。

Pmlt

ボクにとって音楽のルーツは藤圭子だ。天性の歌姫だと思う。それはこの図を描いたときもそう思っていたし、それ以前、ホームページを作っていた2001年にもそんなことを書いていた

その根拠は、まだ物心がつく前にまで遡るから、家族の証言による。赤ちゃんの頃、どんなに泣いていてもテレビに藤圭子が出てくると、必ずピタリと泣き止んだそうだ。

このエピソードがボクはずっとお気に入りだった。それは藤圭子という歌手をキチンと認識できる年頃になった時にも、藤圭子の歌声やルックスが大好きだったからだ。

時系列的には藤圭子が好きだというボクに、そういえば赤ちゃんの頃…と母がエピソードを聞かせてくれたんだと思う。

でもおそらく、その後に中島みゆきや歌謡曲、フォーク、ブルース等へと広がっていく嗜好のベクトルは、物心つく前の藤圭子体験によって形成された根源的な音楽への欲求だったんだと思う。

彼女よりずいぶん年下のボクにとって、“その日”はいつか来るはずだと漠然とはわかってたけれど、こんな風に訪れて欲しくなかった。彼女を見て赤ちゃんの頃のボクは泣き止んだけど、彼女が永遠にいなくなったいまボクは泣くしかないじゃないか。

ボクはボク自身の、藤圭子から始まるこの音楽人生が好きだった。大好きだった。彼女は62歳という若さで亡くなってしまったけれど、ボクの音楽人生はその悔しさの先を生きていかなければならない。

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