映画・テレビ

2009.07.10

桜庭ななみ「ゴーストタウンの花」再放送

昨日の「ふたつのスピカ」もよかったなぁ。辛口な先生(田辺誠一)が筋を通して宇宙学校を去ってしまった。世の中正論が通らないのよ。とくに官僚相手だとさぁ。全7話だからもう後半に突入だよ。早っ!「ふたつのスピカ2」とか企画して欲しいなぁ...。「ちゅらさん」みたく。

さて、そんなスピカで絶好調の桜庭ななみにボクが最初に注目したのが「ゴーストタウンの花」(テレビ朝日)だったことは前に書いたとおり。その「ゴーストタウンの花」が明日の深夜(日付は日曜に変わってから)再放送されることが決定したようだ。放映時間は7月12日(日)0:30からドスペ2で。

「ゴーストタウンの花」は秋にDVD化も決まっているけれど、DVDはディレクターズカットとなっているようで、放映版とは尺が違うらしい。見比べるのもドラマニアには楽しいかも。

「ふたつのスピカ」で桜庭ななみに注目した皆さんには、「ゴーストタウンの花」も超オススメです。

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2009.07.04

ふたつのスピカに角目カブ

今日の検索フレーズランキングは、1,2,3,5,7,10位がぜんぶスーパーカブ110だった!全角カナ、半角カナ、全角数字、半角数字、スーパー抜きのカブ110やカブ110と、すべて同じ「スーパーカブ110」を表しているのだが、2バイト文字圏って多様なんだねぇ。

どれも「スーパーカブ110発売!」って記事へのアクセス。個人的には「Love Cub 50展からお気に入り5選」のイラスト(塗り絵?)が気に入ってる。結構描くの大変だったので。ちなみに背景の風景は横浜。JICA横浜に行った帰りに撮っていたスナップ写真がカブの背景にバッチリはまった!まさにヨコハマジック(笑)。今年開港150周年だけのことはある(<こじつけはこのあたりで限界)。

さて、そんな検索ワードランキングのなかの9位に「スピカ カブ」という検索ワードがあった。これは聞き捨てならんと逆にこのワードで検索してみたら、ドラマ「ふたつのスピカ」でアスミの幼なじみ府中野くんが通学に使ってるバイクが、いわゆる“角目カブ”だということを知ったのだ。2chで...。

2chも役に立つことがあるのだ(coldsweats01)。グッジョブ!ただし「ドラマはアスミのふとももとカブしか見るべきところがない」などと、全体的なトーンはやっぱり2chモードなので(笑)、健全なNHKドラマファンの少年少女が来るところじゃない。だが「アンタのようなまともなヤツが来るところじゃねえよ」とコワモテのお兄さんに言われても、恐る恐る近づいてこそはじまる物語もある。優等生人生もつまらんぞ。生きる道は自分で考えよう。

くそ、脱線してばかりだ(<わかってるクセに)。

それにしても、ぜんぜん意識してなかったなぁ。府中野くんがバイクやメカ好きって設定なのはわかってたけど、マニア向け(?)の角目カブだったとは。まだまだオレも修行が足りん。カブの本買って勉強します(ってベクトルがNHKドラマファンっぽい?)。角目カブって前のライトが四角のカブのことらしい。

さて、ドラマ「ふたつのスピカ」第3話も良かったなぁ。ハルクツーとアスミたちが校内ネコ探し対決。前回も書いたけどハルクツーは8本足で車8台買えるくらいの高額ロボット(実話)なのに動作が鈍かった。ほんとはもっと機動力ありそうだけど。

ネコを探すって設定もハルクツーならではかも。ハルクツーには3つの基本動作があって、車輪走行、前後左右への歩行、そしてアニマルモードだ。アニマルモードはいかにもネコっぽい足の動きで歩く。ドラマでは車輪走行と横移動の歩行だけしか見れなかったと思うけど。

この対決中に非常事態に陥り、ハルクツーを助けようとして怪我したアスミ。救助された後、「人間が死んだら悲しむ人がいるからロボットを使う」と話す先輩桐生に対して、「桐生さんが悲しむと思って」とハルクツーを助けようとした理由を語るアスミ。うーん深い...。アシモフもビックリのいいシーンだったね。ハルクツーが壊れたらそりゃ悲しむよ。何千万円もかかるロボットだからね(<違うか...)

さて、第2話を録画しわすれたオレに朗報(笑)第1話から第3話までアンコール放送が決定したそうだsign03 パチパチパチパチ!グッジョブ!グッジョブ!そーこなくっちゃ、オレたちのNHKだもの。

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2009.07.03

ジブリのドキュメンタリー発売延期

マイケル・ジャクソンが亡くなって、マイケルが保持していたというビートルズの原版権の行方が気になっていた昨今、まったく別の原版権の話題がもちあがった。

ひとくちメモ「ジブリの風景を録りたい」という記事の最後のほうに紹介した本日(7/3)発売予定のドキュメンタリー作品が、5ヶ月程度の大幅な発売延期となってしまいました。音楽の原版権(大まかに言えば著作権のひとつ)の許諾申請漏れがあったそうです。ジブリの説明はこちらです。

確かにドキュメンタリー作品の場合、現場で流れている音楽の許諾を得るのは大変な作業でしょうねぇ。

BGMとして後から入れた音楽ならば、どこにどんな音楽を使ったかがわかっているので事前許諾の必要性もわかって使う(許諾が得られない場合は発売時に差し替える)ことが出来ます。ドラマなんかではたまにありますね。

しかしドキュメンタリーでは、意図的に入れたわけじゃない音楽が多数ありえます。今回も「作業中の宮崎監督が聴いていた音楽」が入っていた場合には、その音楽の許諾を得なければなりません。外国曲の場合は著作権管理団体も複数あり結構大変だと思います。また差し替えが出来ないから、映像の編集からやり直す必要も出てきます。

個人的には社会全体があまりにも著作権に過敏症となり過ぎてるとは思います。著作権は利権そのものだから。すでに原著作者の意図とはまったく異なる次元で著作権は売買されています。極端な話、ドキュメンタリー作品の内容とまったく無関係に通りすがりの暴走族がゴッドファーザーのテーマを流していて、かすかに音を拾ってしまったら、そのゴッドファーザーのテーマを使ったことになっちゃいます。カネ払えと言われかねない。

これにすべて対応していたら金銭的に苦しいドキュメンタリー系制作会社は作品をあきらめざるを得ません。ジブリの場合はちゃんと対応しようという話なので、その判断をどうこういうつもりはないですが、著作権トラブルがなにか現場無視の神学論争的な話に思える現代社会でございます。

延期は残念...。でも出たら買いますので鈴木プロデューサーよろしく!お蔵入りだけは避けてちょー!!

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2009.06.28

ヤマタツ夏のタイトル三部作

takさんのブログを見にいったら山下達郎の「夏への扉」が紹介されていた。YouTubeも貼り付けてあったので聴きはじめたら、ボクも書きたくなってきたので「夏の陽」をアップしてみた。

「夏への扉」「夏の陽」「さよなら夏の日」と、春から秋へとうつろいゆく夏をタイトルにしたヤマタツ夏の三部作(とは誰も言っていないが)。ボクは「夏の陽」が一番好きだ。

「夏への扉」はメロウ(mellow)で上質なポップナンバー。休日の午後、クーラーをつけなくても窓を開けていればいい風が入ってきて、ロックチェアに腰掛けてホットレモンティーを飲みながらハードカヴァの小説を読むのにちょうどいい季節に聞くとはまる(笑)。

それに比べると「夏の陽」は暑い。そして熱い。でもあえてクーラーのスイッチを切って外へ飛び出したくなる名曲だ。アスファルトの熱気を浴びながら、陸上競技場まで歩いて練習に通った夏の匂いを思い出す。インドア派なのに、あの砲丸投げの練習には中学のセンセーだけでなく、ヤマタツまでがオレを駆り立てていたのであったsign03 そりゃ優勝もするっちゅーねん(笑)。

インドア派のまま聴いても名曲だ。短くて抽象的な歌詞を圧倒的なボーカルがねっとりと暑い夏に歌い上げていく。バッキングコーラスのミニマルなリピートもこの暑さに一役かってる。この暑さは1970年代青春ドラマの暑さ、そして熱さに似てる。

青春ドラマの熱さに通じるのは、おそらくベースラインとオルガンの音に起因しているのだが、みんな海外ミュージシャンなので、おそらく中村雅俊のドラマは見ていないだろうなぁ。1976年発売の山下達郎ソロ1stアルバム「CIRCUS TOWN (サーカス・タウン) 」の最後を飾る曲だけに、ヤマタツは見ていたかもしれない(笑)。

ついでに「さよなら夏の日」は、デビー・ギブソンの「エニシング・イズ・ポッシブル」って二枚組CDにウィズアウト・ユーという曲名で入っていたのを購入した記憶がある(ウチのCDの棚を探したけど見つけられず...)。ヤマタツのセルフカヴァのほうがいいけどね。

●映画「サマーウォーズ」も楽しみ!

山下達郎さんはこの夏、アニメ映画「サマーウォーズ」の主題歌を書き下ろしてる。タイトルは「僕らの夏の夢」で、タイトルに「夏」がつく楽曲だ。

この映画も楽しみ!細田守監督の前作「時をかける少女」(DVD,ブルーレイ)は、原田知世主演の実写版ともまったく別の映画に仕上がっていて大変な話題作だった。新作「サマーウォーズ」も長野県の片田舎を舞台にしたヴァーチャルウォーズという型破りなもの。日本の田舎の風景ってアニメに映えるんだよね。

また、キャラクター・デザインの貞本義行さんはボクの高校の先輩で、藤永先生の教え子でもあるのです。

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2009.06.27

不覚!ふたつのスピカ第2話見逃した

くそー、不覚にも激マズらーめんを食った日に放映されたドラマ「ふたつのスピカ」第2話を見逃してしまった。

激マズらーめんにむしゃくしゃしていた気持ちを静めようと自宅でブルーレイの電源を入れ、ホームシアターのスクリーンに投影してから録画失敗が発覚。あのらーめんのせいだ!そーにちがいない!オレの運気を変えやがって。

ま、激マズらーめん屋に入ってしまったドジなオレという時点まで遡れば、毎週録画に設定してなかったオレが激マズらーめんを食ってしまったという順序なのかもしれないがっ。ツキというのはこういうことから逃げていくのだな。

でも最近はNHKオンデマンドという手があって助かった。NHKで放映されたなかからいくつかの見逃し番組を放映の10日後まではネットで視聴できるのだ(有料)。

幸い「ふたつのスピカ」はそのラインナップに入っていたので昨日315円払って見た。今回は「着衣泳」でリレーをするという訓練。今回もまさに青春ドラマの定番みたいなストーリーでよかったぞ。

Hallucii見逃してしまったことで、オレのDVD化熱望リストに入ることとなった「ふたつのスピカ」。よろしくNHK&NHKエンタープライズ!

ところで、来週の予告編を見ていたら懐かしのハルク・ツーがご出演されているではないか!2年前に未来館で見たゴキブリ型ロボット(>失敬だな)のハルク・ツー。8本足のそれぞれが自動車1台買えるくらいするロボットだ。

ドラマではワインレッドなボディのハルク・ツーだった。このロボットはマネー崩壊前に作られて本当にラッキーだったと思う。マネー崩壊後だったら予算の都合で誕生できてたかどうか...。

世の中チャンスとタイミング、そして熱意が大切だということをハルク・ツーは教えてくれる。furoのイケメンロボット科学者古田貴之さんがその熱意と金策と身を削って作ったロボットなのだ。第3話はそこにも注目してみよう。

というわけで、激マズらーめんによって下降気味だったオレの運気は、NHKオンデマンドによって底打ちした(笑)。今日はギロッポンまで生誕50周年を迎えたブーカーパースーの祭典へレッツラゴー!せめて気分だけでも上昇機運に変えたいものだ。

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2009.06.21

桜庭ななみの「ふたつのスピカ」に期待大!

NHKのドラマ8で先週第一話が放送された「ふたつのスピカ」。宇宙学校に入学して宇宙飛行士を目指す高校生たちの物語だ。全7話なので早めに書いとこうと思った。第一話を見た感じではかなり期待できるドラマだ。

オレも小さい頃は宇宙飛行士になるか英国王室に婿として入るか悩んでいた。出した答えは宇宙飛行士になって英国王室に注目されて婿になるというものだったが、いまのところ実現していないnight

●宇宙飛行士を目指すといえば

宇宙飛行士を目指す女の子といってピーンと来るのは、「頑固じいさん孫三人」のクリス・ウィザースプーン役のシャナン・ドハーティだ。オレだけか!?このドラマもNHKで放映していたが、オレを外国ドラマファンにした決定的なドラマだった。

シャナン・ドハーティはその後、名子役から米ドラマ界のトップ女優へと駆け上がっていく。世界的ヒット作品「ビバリーヒルズ高校白書」にオレが早くから目をつけていたのもシャナンがいたからだ。その頃はまだ、まさかトップ女優からスキャンダル女優へと転がり落ちていくとは思っていなかったが...。

「ふたつのスピカ」に注目したのも、宇宙飛行士を目指すのが桜庭ななみだからかもしれない。桜庭ななみはテレビ朝日の新人シナリオ大賞受賞作品「ゴーストタウンの花」での主演がすばらしかった!

●ゴーストタウンの花から宇宙へ

ゴーストタウンの花」(DVD化決定!)はコントラストと彩度のめっちゃ高い映像が、不思議と寂れたゴーストタウンにマッチしていた。この映像マジックによって地味になりがちな“ゴーストタウン”に内包された諸々の負のテーマが撹乱され、“ドラマ”の世界に引き込まれる。

「ゴーストタウンの花」での桜庭ななみは複雑な家庭環境の娘役だ。“委員長ファッション”でオタク青年たちのフォトジェニックになりつつ、彼らから恋愛シミュレーションの手ほどきをうけてデートに臨んだりする。ここだけ抜き出すと安いドタバタコメディのように思えるかもしれないが、全体のトーンはしっかりしたドラマだった。

しかし桜庭ななみはメガネっ子でなくてはならないという呪縛にオレは悩まされた。「ふたつのスピカ」でこの呪縛から解き放たれそうな期待がある(<そこかよ!)。

●ふたつのスピカで躍進の兆し

宇宙学校では頭脳と体力、協調性、ひらめき、忍耐力など高度な能力が要求される。そういえば本当の宇宙飛行士の選抜でホワイトジグゾーパズルが使われてたって話も聞く。真っ白いジグゾーパズルなんて真夏の悪夢だ。

第一話ではホワイトジグゾーではなかったが、協調性と緻密さと体力とひらめきと宇宙の知識などなど総合判断をするテストが行われた。こんなテストよく考えるよな。宇宙学校の教官はドSじゃないと務まらないかもしれない(笑)。

親のコネで入学できたのだとチームメンバーに罵られながら最後の最後まであきらめず、最後の最後にありえない知識でチームを勝利に結びつける鴨川アスミ(桜庭ななみ)。周りの秀才君たちもビックリ。こういうシーンはかっこいいよね。

桜庭ななみの走る姿が美しい。美しい姿勢を練習したそうだ。成果出てるねぇー。あと口元がデビューしたころの竹内結子を髣髴とさせる。つまり桜庭ななみは、良かったころのシャナン・ドハーティとデビューしたころの竹内結子という、オレのツボにはまりまくりなルートから出てきた新人女優なのであった。

世間的にはアイドルという枠なのかも知れないが、その枠を超えて女優として観ていきたい逸材。上野樹里のときもそんなこと言ってたけどさ。目のつけどころは間違ってないと思うんだ。

でもスキャンダルには染まらないで欲しいね。作品で表現してこそ女優です。作品とスタッフと自分の3つの要素がうまーく調和することが重要だと思う。この関係性を正のスパイラルで上昇させていけるか、負のスパイラルで転落させてしまうか、自分の意識もあるけど関係者の意識にも責任がある。頼んだよ(<オレ、何様?)

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2009.06.18

キンキンの風呂敷当たった

朝日ニュースター20周年記念風呂敷朝日ニュースター開局20周年記念「愛川欽也サイン入り風呂敷」が当たった!応募してたのだ(笑)。

しかもこの色鮮やかなオレンジ色。
まさにポップンポールカラーじゃないか!
どうもありがとうございました。

同局の看板番組に育ったパックインジャーナルは毎週欠かさず見ている。愛川欽也さん司会の番組は地上波でも長寿番組が多い。前にも愛川ファン層の広さを書いたことがあるけれど、11PM、なるほどTHEワールド、アド街ック天国などなどみんな長寿番組になった。

キンキンはテレビ黎明期からテレビに出続けているそうだけど、CS放送やケーブルテレビの世界でも黎明期からやってるパックインジャーナルをこんな長寿番組に育ててしまう。その手腕はどこにあるのだろう。しゃべるスピードだけじゃないような気がする。たぶんどこかの総理大臣と違ってブレない人なんだと思う。スタッフにも恵まれてるんじゃないだろうか。

アシスタントをまるで源氏名のようにファーストネームで呼んだり(そして呼び捨てかちゃん付け)、「おまっとさんでした!」なんて真っ当な日本語じゃない挨拶する“ふとどきな”司会者だ(笑)。だがそれを若い頃からやり続けているブレなさもすごい。

それでいてマンネリを回避しつつ人気商売を続けて来れた魅力は、基本的に反体制側(民衆)のスタンスからの目線を忘れないところかも。司会業はなかなか自分の意見を主張したり出来ない立場だけど、場の空気を作り上げていく役割がある。その絶妙なうまさには舌を巻く。

朝日ニュースターも30周年に向けて、地上波でやらない(やれない)切り口の番組を今後もお願いしたい。佐高信と西部邁の「学問のすゝめ」みたいな番組も結構好きです(wink)。このお二人の風呂敷はいらないけどさっ。

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2009.06.15

ジブリの風景を録りたい

先週、予約しておいたブルーレイ「ジブリの風景」が届いた。昨日の夜、ようやく前半だけ観る事が出来た。BS日テレで放映された番組だったが、いやー良かった!テレビマンユニオン絶好調sign01 日テレ、テレビマンユニオン、ジブリのこの関係が相乗効果出してるよねぇ。BS日テレでは自然散策系のいい番組をいくつも作ってると思う。ジョー奥田さんが明治神宮を歩く「森の旅人」もかなり良かったです。

昨日見た前半は、女優鶴田真由さんがジブリ映画の原風景としての日本を訪ねる内容。もののけ姫、となりのトトロ、千と千尋の神隠し、崖の上のポニョという日本を舞台にした映画のヒントになった場所を、絵コンテを頼りに歩く。なんともマニアックかつ充実の内容だった。鶴田さんはこういう番組にうってつけだね。緒川たまきか鶴田真由かみたいな。出てくると上品な画になる(happy01)。

屋久島がすばらしいのはもはや当たり前な世の中だけど、ボクが惹かれたのは狭山丘陵の里山だった。里山ってバブル時代に失われていった日本の風景の典型。それを再生しようという試みが行われていて、トトロの森と名付けられてる。

大都会からちょっと離れただけでこの里山の風景が残っている。いや、残す意志の元に関係者の尽力によって残すことが出来ているのだ。そこにジブリ作品も一役買っているわけで、アニメ映画というだけではない広がりを持っているとこが宮崎駿監督のすばらしいところだと思う。現政権の税金バラ撒きの象徴となりそうな“まんが、アニメの殿堂”建設とはまさに真逆な意志が働いている。

ボクにとっては、新たなフィールド録音ポイントの発見という意味で大きかった。トトロの森の音を記録したい衝動に駆られた。もちろん屋久島に行きたいのは山々なんですけど(笑)。でも関東圏にも探せばまだまだテーマがあるってことが発見できた。

というわけで、またまたジブリのアニメじゃないDVD(ブルーレイ)を購入したわけだが、7月には平原綾香さんもご出演の「久石譲in武道館」とか、まさにドキュメンタリー「ポニョはこうしてうまれた 宮崎駿の思考過程」がブルーレイで発売される!チェックしていきたい。

もうひとつ。鈴木敏夫プロデューサーの「ジブリ汗まみれ」ってDVDも型破りだ。音声しか入ってない(画像はレンガの壁)。FM放送の録音DVDだ。未公開も含めた40時間以上の対談が収められている。もちろんこれは購入済みなのだが、聞く時間がない(weep)。少しずつ聴いていこうと思う。

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2009.06.11

汚れ

どんなに洗っても落ちない汚れは、汚れていないのも同じだ。
捨てることはない。

いや、捨てることなどできない。
オレの過去もまた、捨てられない汚れかもしれない。


ウィッス!


(湯けむりスナイパーの見すぎっsign02

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2009.06.06

アメトーーク団体芸への遠い道のり...ゴッド舌!

ついに実現した。ゴッドタン芸人によるテレビ朝日「アメトーーク」での団体芸披露。テレ東で練習してきた成果を見せる晴れ舞台(いいのかそれでsign02ゴッド舌sign03)。一言で表現するなら、「アウェーーイ!フラーイ、アウェーーイ...」アウェイでの試合は厳しいものですね...。

吉本興業所属芸人による団体芸への憧れから、名付けて“吉本うらやましい芸人”かぁ。そしてダダすべりトーク救済の団体芸。あくまでネガティブ(笑)。そんなネガティブな心でアウェイの試合に勝てるのか。勝てるのか?勝てるのか!

一番はまったのが「なっいー!」だったのは意外。こういうのがいいんだなぁ。単発銃を連射するみたいな。オペラリアクションは重装備だからな。ゴッドタンという魔法がかかってない世間は厳しい(bearing)。あらためてゴッドタンという場の雰囲気が重要なんだと再認識した。

キングオブコメディのテルミン話は笑えたな。あと小島よしお驚愕の天然タメぐち。喫茶店の雑談か(笑)。笑えたのが“団体芸じゃない方”だったなんて。それはそれでアリなんだけどさ。

でも団体芸ってシステムをみんながわかって見てると面白いんだよな。これは吉本新喜劇もそうだし、古いけどカックラキン大放送のマチャーキのバナナの皮すべり芸とか、観客全員がそのお笑いシステムを理解すると面白くなる系譜の芸なんだ。来るぞ来るぞ来るぞぉ...キター!って。

だからゴッドタンで練習してきたとか、団体芸をやるために来たってことを明かした後は良かった。「吉本うらやましい芸人」じゃ「アメトーークで団体芸やりたい芸人」という本心が伝わらんからな。

おぎやはぎの小木が単身吉本新喜劇に乗り込んだくだりはすごかった!あの雰囲気。怖っsign01 団体芸といえば吉本新喜劇というわけだが、あのベテラン勢の楽屋裏の空気はたまらん。こわー!

悪ふざけ番組ゴッドタンで練習した団体芸もどきと新喜劇のあの雰囲気のなかで鍛えられた団体芸とじゃバックボーンが違うわな。ボクは新喜劇も好きだけど、ちゃらちゃらしたゴッドタンも大好きだ。みんなちがってみんないい(by金子みすゞ)。

これがアウェイデビュー戦だったけど、この団体芸に次はあるのだろうか。雨上がり宮迫の言うように、ほんとにダウンタウンDXでやっちゃうか?松っちゃんは結構好きそうだけど、浜ちゃんには本番終了後に激怒されそうだ(笑)。やっぱ、なっいー!

いっそ、みんなでインドへ行ってインド映画の傑作「踊るマハラジャ」の団体芸を修行してきたらどうだ。吉本の団体芸を超えるにはインド映画の団体芸しかないぞ。本気を出せ。テレ東も予算出せ(笑)。

遠足は行くまでにあれこれ考えるのが一番楽しいじゃん。ゴッドタン芸人の団体芸もきっとそう。その一番楽しい部分を見れるのは、やっぱテレ東「ゴットタン」なんだってことで、よろしいでしょうか impact

●もうひとつのコラボ企画!週舌ゴッドタン第2弾!

週舌ゴッドタン&BLTテレビのなかではアメトーークとゴッドタンのコラボだったが、テレビ雑誌「B.L.T.」とゴッドタンもコラボってる(もちろんローソンとも)。

ローソンでゲットしたフリーペーパー週舌ゴッドタンでは、我が松丸友紀アナがまたまた袋とじ。前回ほどのインパクトはないが、それが正しい。だって週舌ゴッドタンはDVD販売促進チラシなのであって、松丸アナをいじって遊ぶお笑いサークル紙じゃないんだから。

しかし松丸アナの雄姿は週舌ゴッドタンの袋とじだけに留まらず、月刊「B.L.T.」にも掲載された。昔はよく買ってたなぁ。女性アイドル中心主義のテレビガイドはそのコンセプトがかっこいいよね heart02

そしてこの雑誌で松丸友紀が体力測定をすることの必然性のなさ。それに乗っかるのが松丸友紀だ!大好きです!ワールドビジネスサテライトでコメントをトチっても大好きです!日経トレンディネットもチェキしていきまっせー。

相内&秋元[A×A(ダブルエー)]の新人アナオフィシャルブックが出せるなら、大橋&松丸のお笑いアナオフィシャルブックも出せよ。しょーみの話しが。ちがうかぁ!

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2009.06.03

「怒りの葡萄」から70年

ジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」の初版本が出たのは1939年。いまから70年前だ。その翌年にジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ主演で映画化された。先日、久しぶりにこの映画を観た。「蟹工船」ブームの昨今だが、「怒りの葡萄」もいまの時代にマッチしていると思う。

久しぶりに観たと書いたが、前にちゃんと見ているかどうかすらうろ覚えだ。確かNHK教育テレビで日曜夜に単発で映画をやっていた時期があり、そこで見たような気がする。その時間枠では「灰とダイヤモンド」とか「自由を我等に」とか、結構良質なモノクロ映画を観た記憶がある。

ストーリーは完全に忘れていた。農民が土地を追われる映画だということは覚えていたが、それも観たから覚えていたのか、単純に知識として入っていたのかも定かでない。しかしさすがにジョン・フォード監督、見ごたえのある作品だった。子どもには理解を超えてる部分もあるので、いま見てよかった。

非常に重層的な映画だ。何十年も暮らした土地を追われる小作農。その土地を奪ったのは大資本。農民一家は追われて新天地カリフォルニアへ向かうがそこでも搾取される。仕事があるだけマシという状況のなか、セーフティーネットのない労働環境で搾取されるのだ。

そこで主人公ヘンリー・フォンダは労働運動のグループと出会い開眼する。だがある事件に巻き込まれ、一家はその農場からも夜逃げのように去る。しかしこの行動が偶然にも政府による保護施設発見へとつながる。そこには人間らしい生活と政府が斡旋してくれる働き口が待っていた。こういう施設は非常に少なく必要とする人々がその存在を知ることも奇跡的だと思える。

幸せなひとときを送る小作農一家。だが主人公のヘンリー・フォンダは夜逃げの原因となった事件で警察に追われる身となっていた。司直の手が迫っていることを知った主人公は、この環境を捨てて新たな労働運動の闘士となる決心をして、ひとり去っていくのだ。

そういうストーリーがあるのだが、その根底に流れているのはキリスト教的倫理観だ。小作農一家とカリフォルニアまでともに旅をする元説教師ケーシーの姿は、まさにイエスのようだった。この映画の重要なキーパーソンだ。

イエスという存在は何か奇跡を起こすわけではなく、ただ人々のそばにいるだけなのだ。そばにただ寄り添いつつ、高い倫理観を行動で表す人だ。ケーシーはまさにそういう役回りで、主人公の身代わりで捕まった後、何の因果か労働運動を主導する立場になって主人公と再会する。この再会とケーシーの死によって、主人公は人間の尊厳を勝ち取る戦いに目覚めていく。

重層性をどこまでうまく説明できたかわからないが、底辺に生きる民、大資本家の横暴、共産主義の波、キリスト教的人道主義や博愛精神、国家による保護政策への賛美とその限界、それらが場面によって形を変えて現れる。

大資本と共産主義との戦いに見えていても、実際にはモラルハザードした資本主義とキリスト教人道主義の戦いだったりする。そうやって置き換えると、共産主義的性格に見えていた行動がキリスト教的人道主義からの行動だったりするわけだ。キリスト教と資本主義の国で観客はこのねじれをどう観ていたのだろうか。

アカデミー作品賞を逃した背景には、共産主義的な労働運動の肯定などがあったのだろうか。この時代はドイツがワルシャワ侵攻をし(1939年)、第二次世界大戦へと向かう70年も前なのだ。アメリカ国内に共産主義への極度の嫌悪感があった時代に、共産主義的行動とキリスト教的行動を重ね合わせたような映画が高い評価を得たことは興味深い。物事はひとつの方向から単純に判断できない。

現代に置き換えてみるに、非正規雇用の不安定さにしろ暴走資本主義の搾取の構造にしろ後手後手の無力な政府にしろ、「怒りの葡萄」の時代(第二次世界大戦勃発の時代)に逆戻りしたかのような21世紀だ。

この映画の主題曲の「赤い河の谷間」は音楽の授業で歌った。音楽のほうはバッチリ覚えていた。

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2009.05.30

今朝の連ドラ「つばさ」に涙涙

川越を舞台にしたNHK朝の連続ドラマ「つばさ」がグルーブしてきた。前に書いたのははじまって一週間目ごろだったけど、早9週目が終了だ。今クールは忙しいのとそれほど惹かれるドラマがないのとでドラマをあまり観ていない。つばさゴーストフレンズ(NHK)と湯けむりスナイパー(テレ東)くらいだ。

ドラマの話題はアクセス数がアップしやすい。でも最近はドラマなしでもアクセス数が減らない。松丸アナ@ゴッドタン平原綾香のおかげか(lovely)。あるいは星野博美さんの「のりたまと煙突」が今月文庫化されて、星野博美さんの記事へのアクセスも増加中だ。松丸アナ袋とじ第二弾の評価は次回アメトーーク後になると思う(なんでやねん)。

さ、脱線はそのくらいにして、そろそろ本題のつばさで脱線していこう。今朝の「つばさ」は涙が出たなぁ。優花ちゃんのお母さんが亡くなる直前にMD録音していた絵本の読み聞かせ。その最後のメッセージが「続きはまたあとで...」だったなんて!「あとで、はおしまいってことなんだよ」という幼い優花ちゃんのトラウマが、こういう形でラジオぽてとや別れた父とつながっていくとは。

再会したときに「お父さんなんていらなーい」と言った優花ちゃん。そのかたくなな心を甘玉堂の家族が解きほぐし、極めつけに亡くなった優花ちゃんの母の「またあとで...」のお話しの続きをつばさが創作。ラジオで語りかけた。

そのお話しには、ラジオぽてとの社長でもある優花の父が“旅人”として登場する。母の話の続きに旅人の父が出てきたことを敏感に感じ取る優花ちゃん。それを聴きながら優花ちゃんが描いたこのお話しの絵には、ちゃんと“たびびとさん”が描かれていた。この絵によって優花ちゃんは、育ての親である母の両親との養子縁組がギリギリでストップし、父との暮らしがはじまろうとしている。

ここでオレは泣きながらも、知人のモーレツ営業マンのことを思い出さずにはいられなかった。彼の娘が描いた絵には娘と母親しか描かれていなかった。その娘に「パパは?」と母が聞いた。すると娘はこう言った。「しゅっちょうちゅー!」実話だがこれもある意味泣けてくる話だろ(shadow)。サラリーマン残酷物語。

それにしても、つばさが一晩で書き上げたお話しは絶品だったぞ。モノ書きになれるんじゃないか(笑)。優花ちゃんの感受性の強さとかありえないくらいセンシティブ。そして川越のコミュニティFMをいかに「聴く」シチュエーションに持っていけるか。結構強引(ご都合主義的)な感じもないではない。脚本にはいろんな苦労がありそうだ。

でも今朝の最後で「ベタでもハッピーエンドがいい」とつばさの心の声で語らせるなんておちゃめ(笑)。いや、オレもそう思うよ。普遍的な物語はベタなんだよ。シュルレアリストだった若い頃はそうは思わなかったけど。最近わかるようになってきた。

脱線ついでに、若い頃(21年前)に書いた未発表童話「メリーのクリスマス」の触りを初公開しときたい。つばさに対抗して。なんとなくつばさの「お話しの木」を聞いていて思い出してしまったのだ。

●メリーのクリスマス
メリーのクリスマスには雪がない。青空とどこまでもつづく緑と。そのなかの一本の大きなユーカリの樹の木陰の中の幹の穴から顔を出しているちっちゃなリスと。そして光り輝く太陽と。メリーのクリスマスには色がある。メリーにとっては7度目のクリスマス。雪のないクリスマスは4度目だけど、3度見たはずのホワイトクリスマスは覚えていない。メリーは緑に囲まれたクリスマスが大好き。まっしろいクリスマスなんて心がはずまないと思う。

みたいな。この後、冬服を着たサンタクロースになんで厚着をしてるのか聞いてみたり、なんでみんなメリーの名前を知ってるのか不思議がったりするのだが、続きはまたあとで...いや、おしまい!

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2009.04.04

川越が舞台 朝の連ドラ「つばさ」

NHK朝の連ドラ「つばさ」がはじまって一週間経った。ちょうど一年前の「瞳」はおしん以来の連続録画挑戦だったが、今回は一年ぶりということだな。連続録画が超楽ちんになったのはいいのだが、HDDレコーダーの空き容量をいかに作るかが今後の課題だ。いつの世も何かしら課題は残るもんだな(笑)。

最初、「母娘の逆転」ってキャッチだったので、いわゆる転校生システムなのかと思ったが、さすがに朝の連ドラにそれはなかった(笑)。

つばさはサッカー少女だったが、家庭の事情で「20歳のオカン」と呼ばれている。演じるのは多部未華子。かな漢字変換が難しい名前だな(笑)。前にCXの「鹿男あをによし」で見たときも印象に残るフォトジェニックな顔立ちだなと思ったが、その印象がずっと変わらない。作品に恵まれれば大成しそうな雰囲気を持ってる。

今回観ようと思ったのは川越が舞台だってことで。コエド(小江戸)と呼ばれる川越は情緒のあるいい町だ。つばさが最終回を迎えるころに川越まつりの季節がやってくる。にくいねぇ(笑)。

瞳のときもそうだったが「祭り」はいいやね。日本の伝統が生きたまま現代につながっている数少ない行事だなと思う。祭りが日本各地に廃れず残っていて日常に溶け込んでいるのはすばらしい。今年の川越まつりはいつも以上に盛り上がるかも。

個人的な思い入れもある。川越名物さつまいもソフトクリームをA嬢と食べた思い出があったりして。あるとき某氏から「なんか夢あんの?」なんて軽く聞かれたA嬢が「夢あります!」とかなり真剣に応えていた現場に居合わせた。いまでも忘れられない光景だ。そしてA嬢はその後その夢とともに外国へ行ってしまった...。どーでもいいけどこの人ならって思ったらみんな外国行っちゃうんだよな。不思議(weep

つばさは川越の老舗甘味屋の娘という設定だが、家出した母親のかわりに家事に追われる毎日。それを苦に思ったことはなくそれが自然だと思ってる。でもお祭りのさなか、幼なじみたちの夢をふいに聞かされて話に入っていけなかった。つばさの夢がどのようにはばたいていくのか、イッセー尾形とともに(笑)見守りたい。

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2009.03.30

あの石川鷹彦でギター再入門

NHK教育で4月から始まる「趣味悠々」シリーズの木曜日はフォークギター入門だ。講師が石川鷹彦だというのだから豪華じゃないか!再入門するために(?)テキストを買ってきた。

譜面を見る限り、ボクにとっては全部問題なくクリアできてるレベルだった。ただ石川鷹彦さんが初心者に教えるというそのシチュエーションからは学ぶことが多いと思う。そういう目線で見たいと思っている。

ギターには(あらゆる楽器にはともいえるが)譜面で表しきれない情感やニュアンスがある。とくにカタにはまるのが嫌いなボクのような弾き手はとかく基本がおろそかになりがち coldsweats01

そういうニュアンスを鍛えるにはいい演奏を聴いて身体で覚えるしかない。どんなに聴いても自分の手グセや身体能力によって良くも悪くもオリジナリティは生まれるものだ。

石川鷹彦さんはフォークミュージック界におけるギターの教祖みたいな人だ。かぐや姫や吉田拓郎の名曲になくてはならない存在だった。伊勢正三とのギターアンサンブルに身体が震えた。ボクより一回り上の世代くらいだと知らない人はいないのではないか。

このテキストにはDVDも付いてるし、名曲回顧録というコラムも面白い。最初の曲は拓郎の「旅の宿」だ!ボクがフォーク居酒屋昭和デビューで弾き語った曲だ(笑)。「旅の宿」はアルペジオで弾くのがいいのだけど、オリジナルはほとんど即効演奏でレコーディングされたそうだ。

簡単なコード進行(オリジナルキーはカポ2で)でタン・タン・タン・タララン・タンタンタンというリズムのタラランがミソの「旅の宿」。ここはハンマリングオンとプリングオフが印象的なのだが、この二つの練習は結構先に進んでの課題曲「赤ちょうちん」でやるようだ。出来るようになったら「旅の宿」のオリジナルを聴いて「旅の宿」レベルアップバージョンを応用練習するというのもアリだと思う。

そして決めては曲の最後のキメ。低音源を早弾きチックに単音で弾いて、最後はマイナー6で締める。ジャジーな雰囲気でキレイに決まるとかっこいい(笑)。歌の伴奏は弾きたいように(というか弾けるように)弾いてしまうオレでも、キメはキメとして尊重する。もちろん弾ける範囲で(^_^;)。

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2009.03.28

映画「羅生門」は正しいデジタルリマスター見本

ハリウッドの技術で修復されたデジタルリマスター版「羅生門」のブルーレイを観た。このデジタルリマスター化について、アマゾンでのコメント欄も基本的に好意的な意見が多く、また修復前との比較映像見本も掲載されていたので購入してみたわけだ。

確かにすばらしい出来栄え。モノクロ映画なのだが三船敏郎のちょっとブラウンがかった(ように見える)瞳の輝きとか、いかにも山猿のような山賊の表情が見事だ。デジタルリマスターによってクリアかつ安定した画像になったことで、三船の全身からほとばしる躍動感や細かい表情が見事によみがえった。

世界の三船には有名なエピソードがある。最初は役者志望でもなく、手違いで東宝ニューフェイスの面接を受けさせられた。そのとき面接官に対して「面白くもないのに笑えませんよ」などと答えて不合格になりそうだったところを、たまたま黒澤明監督がマッタをかけて合格(補欠?)した。

そんな役者生活のスタートから世界の三船と呼ばれるまでになったのは、もちろん黒澤映画の影響絶大なわけだが、履歴書の写真を観た東宝社員が思わず役者志望と思ってそっちの箱に入れたに違いないのだ(単なるオレの妄想だけど coldsweats01)。それほど野性味あふれた男の顔なのだ。銭ゲバの風太郎とは違い、いい方のパラレルワールドへ進んだのが世界の三船なのだ。人生そのものが映画のような人だなぁ。

共演の京マチ子もデジタルリマスターで蘇った。どアップが多いのだが、流れる汗の粒が美しい。京マチ子の役どころは、異なる証言の再現映像みたいなもの(下世話な例えですんまそん...)。泣いたり笑ったり怒ったり、とにかくふり幅の大きい演技が求められる。それを完璧に演じてみせる京マチ子。大女優の貫禄充分だ。

●映画のリマスター化反対というトラウマ

そもそもすばらしい映画なので、リマスター化が正しい方向で行われて良かった。オレ自身は映像に手を入れることに結構懐疑的だった。それにはカサブランカのトラウマがある。

学生時代に芸術学の授業で「自分と芸術との関わりについて述べよ」というレポート課題が出た。そこでほとんどエッセイの感覚で「私のカサブランカ現象」という文章を書いた。レポート然としてないところが他の学生と違ったからか96点貰った(笑)。

そこではカサブランカに着色する試みを批判した。「モノクロ映画に色をつけるとはなんて無粋な...」という主張だ。そういう方向でのリマスター(とはいえないな。改変・改ざんか?)には百害あって一利なし。それは今でもそう思っている。

しかし「羅生門」の復元は、ノイズ除去であるとか画質や画像の安定化によって、「公開時と同様の美しい『羅生門』が今、鮮やかに甦る!」という方向性だった。このキャッチコピーに引っ張られている自分自身を若干感じつつも、こういう方向性は確かに正しい修復だと思ったわけ。ミケランジェロの壁画修復と同じ方向性みたいな(?)。

もし「羅生門」がカラーで復元!みたいな話だったら「ケッ!」て思ったことだろう。なにやってんだアホみたいな。しかしカラー化されたカサブランカが今日何の評価も得ていない現実が、映画のデジタルリマスター化を正しい方向に導いたとすれば、「私のカサブランカ現象」にも実験的価値を認めていいかなくらいには思っている。大人になったもん!

とはいえ油断禁物。21世紀の技術を用いたら、稚拙でないカラーライズも可能かもしれない。そういう試みが出てくるかもしれない。そういうことする人にひとつアドバイスするとしたら、誰の記憶にも残っていない作品を使うことだ。モノクロ映画のなかに三船敏郎のブラウンな瞳の色を感じることに意味があるのだ。それが“オレの羅生門”なのだ。

●余談

余談だけど、映画「羅生門」の原作は芥川龍之介の「羅生門」ではなくて「藪の中」だ。原作を読もうと「羅生門」の文庫本を買って来るとワケがわからないと思う。ま、教科書にも載ってる「羅生門」なので、逆に教科書で気に入って映画を観たら、それはそれでまたワケがわからないぞ。ブルーレイ版にはちゃんと原作:芥川龍之介「藪の中」よりと書かれていた。「羅生門」も「藪の中」も青空文庫で読める。ひとくちメモでしたー(笑)。

教科書ついでにもうひとつ余談。高校のときの国語の教科書に“芥川竜之介”と書かれていて激怒した思い出もある。当時のH先生に「名前を変えていいんですか!?」と質問した。その若い教師も「これはひどいなぁ」と共感。すぐに出版社に電話してくれたことだろう。いま“芥川竜之介”なんて書いてる教科書はないはずだ。オレのおかげだぞ(笑)。“芥川竜之介”もカサブランカのカラーライズに似たお寒い改変の見本だ!ま、オレも安倍首相を安部って書いてたけどさー

もひとつ。オレが母島で感じた「羅生門」なシチュエーションは原作のほうだ(笑)。だが視覚的には映画「羅生門」も入っている。こういうオーバーラップは断じて正しい(catface)。以上!

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2009.03.21

キアロスタミ監督特集を見逃すな!

自分に言い聞かせているわけだが。見逃すな!来週木曜(3月26日)のシネフィル・イマジカで「アッバス・キアロスタミ監督特集1」が放映される。いま日本でキアロスタミ監督作品DVDを買おうと思ってもなかなか大変だ。

アマゾンでもコレクターズアイテムな値段がついている。今回特集で放映される全作品をDVDで集めると10万円はかかる。特集1ってことは来月特集2もあるわけだ。さすがシネフィル・イマジカだ!

キアロスタミ作品がこんなに流通しないのは、イラン映画だからだろうか。1997年にはカンヌでパルムドールを獲得した監督だぞ。さらにヴェネチア映画祭では北野武監督に続き、2008年第二回監督ばんざい賞も受賞しているのだ。

ま、たけし映画もあまり売れないわけだが...。それにしても初期作品DVDが1本5万円とか、ちょっとおかしい。この何でも手に入りそうな日本で。

イランは人類の文明発祥の地(メソポタミヤ文明)のひとつであり、文化と伝統のある超大国だ。親日的でもあった。日本プロ野球で大活躍中のダルビッシュだって半分イラン人だ。普通にイランに旅行にいければどんなにいいだろうと思う(行けなくはないけどね)。いい温泉があるらしいぞ spa 

そんな親日的だったイランを邪険にして、歴史上ポッと出のアメリカなんぞに現(うつつ)を抜かす現代ニッポン。アメリカなんてたちの悪い愛人みたいなものだ。どん底にいた日本男児を綺麗な衣装(民主主義とか)で気を引いて働かせ、今ではふたことめにはカネカネカネ。カネばっかりせびるどうしようもないアバズレ愛人国家だ。日本がイランから目を背けるよう仕向けるのに必死なのだ。目を覚ませニッポン!

そんな思いもしばし忘れて、キアロスタミ監督作品を楽しもう。キアロスタミ監督のキャリアからして、初期の作品には子どもの出てくる映画が多い。「トラベラー」(1974年)などは、いわばイランのあばれはっちゃく映画だ(違うか...)。「ホームワーク」(1989年)はドキュメンタリーでイランの教育問題を扱う。そして国際的な評価を決定的にした「友だちのうちはどこ?」(1987年)。子どもながらの優しさとか悩みとか焦りとか、子どもの純粋な行動は万国共通なのだ。

現代社会はキアロスタミ監督作品で描かれるこういう子どもたちの頭上にも大人の理屈で爆弾が落とされる。そして反目しあい、イランと聞いただけで嫌悪する日本人を作り出してしまう。哀れなことだ。

●シネフィル・イマジカも絶賛しとく

さて、シネフィル・イマジカについても絶賛しておきたい。非アメリカ映画を多く見せてくれるチャンネルだ。アメリカ映画もあるけどさ。この前マット・ディロンほかヤングアダルト(懐かしい響き!)総動員映画「アウトサイダー」(1983年)をやってた。

いやー、いいなぁ。アメリカの悪童映画も。純粋だなぁ。あの当時アウトサイダーのポスターを模写してましたよボクは。ラルフ・マッチオもトーマス・ハウエルもいい。トム・クルーズがちょい役で出ててビックリした(笑)。最近CMでもおなじみのスティービー・ワンダー「ステイ・ゴールド」もいい味出してる名曲だったなぁ。

アウトサイダーのストーリーって今ではほとんど連続ドラマで出来るんだけど、その素朴なストレートさが逆にいいね。最近のデートムービーってのはギミックに懲りすぎ。まぁ劇場映画として大資本が動いているわけだから仕方ない面もあるけれど。

非アメリカ映画には、かつてアメリカ映画も持っていたテーマの掘り下げと直球勝負な人間ドラマが残ってる。そういう映画を観たいやね。テレビサイズよりちょっと映画的なホームシアターでさ。シネフィル・イマジカはそういうニーズにマッチしまくり!毎日が単館上映って感じよ。毎月送ってもらってる番組表も楽しみでさ。

2月に特集されてたポーランドの巨匠、クシシュトフ・キェシロフスキ監督のドラマ「デカローグ」も全部録画させていただきましたよ。第一話のあの子ども!かわいくて哀しいよぉ...。正直、こういう作品がテレビで観られるなんて思ってなかった。やっぱ日本っていい国だなぁ。アメリカのおかげかなぁ。アメリカがチェンジするといいんだけどなぁ。みーんなお友だち。みたいな。

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2009.03.19

めざせアメトーーク!ゴッドタン芸人

あらびき団ですさんだ心を癒そうと、ゴッドタンを連続視聴したら、さらにすさんだ光景が(笑)。吉本芸人以外が寄り集まって、自分たちもあんな団体芸を持ちたい!とあれこれ試していた。これが完成すればテレ朝の超人気番組「アメトーーク」にも、この“ワザ”を持ち込もうと虎視眈々だ。

個人的に好きだったのは、オードリー春日発案で松丸タンもお気に入りのオペラリアクション。これさえあれば、どんなにすべっても大丈夫という、芸人にとっては命取りともなりかねない、最終兵器だ。

これを試すために、春日が他の番組ですべったトークを(劇団ひとりのリクエストもあって)同じトーンでしゃべってもらうことに...。ネタはもちろんダダすべり!だが一瞬の沈黙のあと、春日の相方若林がゆっくり手を叩き始めた。

そしたら他の非吉本芸人も徐々に拍手をしはじめ、最終的にはスタンディングオベーション。これですべったはずの春日もなんだかいい話をしたようなテイになり、自信を取り戻した。というよりさらにいい気分に(笑)。麻薬みたいな団体芸だぞ。

劇団ひとりも試してみようと、「貯金箱を買いました。2000万円で。」みたいな芸人としてあるまじきダダすべりトーク。すかさず、いいタイミングで若林からの拍手がスタンディングオベーションに(笑)。

確かに気分はよさそうだが、すべったかどうかの確認が難しい。ヘタを打つと爆笑トークに水を差しかねない。そこらへんはやはりオードリー若林が日々春日へのツッコミで鍛えた瞬時の判断が重要になるかと。

ま、春日の魔法から覚めてしまえば、基本すべることが前提の団体芸で、自身のハードル下げまくりの方向性はいかがなものかと思うが...。向上心を持て(笑)。

そういう意味ではキング・オブ・コメディ今野による「妖怪」は良かったな。ぶさいく3人がもめはじめるというテイで、そこに今野が絡んできて、妖怪どうしでケンカしてどーするみたいなこといっていさめるだ。最後は「♪妖怪人間!」とユニゾンでお茶を濁す。いや、妖怪人間ベムのパロディで決める。

だがこの妖怪芸は今野のキャラがあってはじめて成立するというコンセンサスがゴッドタン芸人の間で瞬時に取れたという事実が重要、みたいなっ。今野の実力がはからずも露呈してしまった(悪いことじゃないんですけどっ)。

とりあえず、局の枠を超えてアメトーークにゴッドタン芸人として出演できるかどうかだ(いや、そこじゃないんですけど、みたいなっ)。笑いの神様、お願い!

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2009.03.15

やっと出会えた「その木戸を通って」

日本映画専門チャンネルの市川崑監督特集で“幻の映画”と言われた「その木戸を通って」が放映された。3月中にまだ再放送が数回ある。これは必見の作品だ。

幻の映画といわれるのは、この作品がハイビジョン試験放送用に撮影されたもので、ほとんど人目についたことがない市川崑作品だから。昨年(2008年)日本初公開されたそうだが、作られたのは1992年のことだ。はじめから放映の予定はなかったそうで、NHKのBSで一回放送されたきりだった。

ボクがこの作品の存在を知ったのは、昨年4月に紹介したテレビカメラマン秋場たけお著「昭和テレビ風雲録」でだった。3億円の制作費を使って公開されない作品、それも巨匠市川崑の作品だというのがまずすごい。お蔵入りになったわけではなく、はじめから試験放送用の映像だったのだ。監督のギャラはハイビジョンテレビの現物支給だったそうだ(coldsweats01)。秋場カメラマンの著作は、この作品を見る上でかかせないガイドブックとなった。

ハイビジョン黎明期。浅野ゆう子をいかに美しく撮るか。確かに美しかったsign01 市川監督も満足だったようだ。ディフージョン・フィルターのにじみ効果もすばらしく、ハイビジョンを意識した撮影がされている。また何度か挟まれる木々の揺らめきや雨水の美しさもハイビジョンを意識したカットだったのだろう。

作品としても公開されなかったのがもったいない出来栄え。記憶喪失の女ふさ(浅野ゆう子)が平松正四郎(中井貴一)の元に突然現れる。ふさについては全編謎だらけだが、幻想的な映像とその謎とがマッチしていた。かぐや姫のような話だと思った。原作は山本周五郎。

浅野ゆう子は演技も良かった。記憶が戻りかけたときの別人のようなキッとした目。その後の魔法が解けた後のようなふさの表情。ほとんど二役のような感じ。それぞれ違う女優かと思うくらいの変化に驚いた。そして中井貴一!かっこいいねぇ。うまいし。いい役者だと知ってはいたけれど、実にいい。

いやー、観れてよかったなぁ。

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銭ゲバ最終回はパラレルワールド

おー、風太郎!最後はオレの言うことちゃん聞いて伊豆屋に定食代払ったな。それに免じて風太郎ちゃんに、この世界のルールを2つばっか教えてあげちゃったりしちゃおうかなぁ。

定食代は毎回払ったほうがいいぜ。世間では「万引きして見つかったら払えばいい」みたいな後出しジャンケンは通用しないんだぜぇ。親しき仲にも礼儀あり。それが小さな幸せへの第一歩ズラ。それともう1つ。現金2,000万円は宅配便で送っちゃいけないんだぜ(笑)。

さて、くだらない話はここまでにして最終回だ。極貧時代の母との思い出が詰まった小屋のなか。自爆死寸前の風太郎が、火のついたダイナマイトの導線と子ども時代に柱に彫った「金持ちになって幸せになってやるズラ」の“幸せ”の文字を交互に見ながら、もうひとつあったであろう人生を思い描いた。

自殺へ向かう風太郎が思い描く自身のパラレルワールドと、子ども時代に彫った“幸せ”の文字と、現実にいま死へ向かって燃える導線と...。その3つが交錯しながらの最終回。なんともいえない余韻を感じさせる最終回だった。

プロデューサー河野さんが、伊豆屋についてスタッフブログ(3/11付)でコメントされていたので引用してみたい。
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伊豆屋はこの世界の象徴として存在してもらいたくて、最後に金に翻弄されてしまっても、そのことを誰も完全に否定はできない。偽善かもしれないが、世界はそうして成り立っている、成り立たざるをえない、のかもしれない。という、なんとも答えのない部分を、伊豆屋の皆さんには一身に背負ってもらいました。
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ほんとにそう思う。伊豆屋のスピンオフ作品を見てみたいくらいに(lovely)。伊豆屋にしろ、刑事にしろ、風太郎の銭で助かった人々もいる。それが現実だ。答えなんて出やしない。

●人生のパラレルワールドと堂々巡りの人生と

思えば風太郎(幼少時代:齋藤隆成)が最初に殺した近所の新聞屋のお兄ちゃん。風太郎に対して親切で、殺される前日には母を亡くした風太郎を引き取って育てようとまで考えていた。たまたま拾った財布をネコババするところを見られた風太郎が、思いあまってバットで撲殺したわけだ。

彫られた“幸せ”の文字を見ながら風太郎が思い描くパラレルワールドで、風太郎は財布をこのお兄ちゃんに見せ、通りかかった警官に渡して褒められる。するとその警官は新聞屋のお兄ちゃんの兄だった。現実世界では弟が殺された意味を求めて風太郎を追いまわし、最後には妻の手術費用で風太郎に転んだあの刑事だ。

note ほんの小さな出来事に愛は傷ついて...。これ銭ゲバとはまったく関係ないチューリップの「サボテンの花」って歌だけど(confident)、人は誰でも小さな選択の積み重ねでまったく異なるパラレルワールドを生きることになる。そこからの連想です...。

もっと遡れば、風太郎の父蒲郡健蔵(椎名桔平)が理不尽な理由でリストラされていなければ、風太郎の現実もまた別のパラレルワールドを生きはじめることができたはずだ。だがそれは風太郎にとっては変えがたい現実であり、同時に誰にも当てはまる現実でもある。

親子や家系、そういった現実のしがらみをチェンジしようという企み。それが風太郎の人生だった。例えば松本清張の名作「砂の器」における和賀英良のように。だが最終的にその企みは成功だったのか失敗だったのか。

いや、そんな問いそのものに意味がないのかもしれない。どんな人生もただ生きることしか出来ない。ただ生きることしか出来ないのならば、精一杯生きよう。あるいは平凡でも日々平穏に生きよう。そのためには最低限の銭がいる...。この堂々巡りは解決できない。それが資本主義という未熟な社会の大原則だ。

堂々巡りの日常から、少しずつでも不安や怒りを除去する仕事が政治であり、市民の社会参加意識でもある。行き過ぎた現実をゆり戻し別の未来を創造する役割がある。現実に乗っかってイケイケドンドンの小泉・竹中政治の罪はここにあった。風太郎が最後に残した言葉のように、銭ゲバはまた生まれてくる。世界中が銭ゲバに多い尽くされた21世紀ともいえる。

銭一辺倒での評価が人間社会を壊してゆく。銭ゲバはそういう現実社会を描いた寓話だ。原作は1970年代に描かれた。40年も前の寓話なのに、現実の世界はさらに銭ゲバの世界観のほうへ近づいている。そして世界は部分的に崩壊した。崩壊は始まったばかりだ。

40年後にまた「銭ゲバ」をリメイクして欲しい。そのとき世界がさらに原作に近づいているかどうかに興味がある。それはそうと、DVD-BOXも5月発売。こんなに息苦しいドラマなのに何度も見たくなる。なにか舞台を見ているような引き込まれ感があった。また、パラレルワールドではあったが“彼女たちの時代コンビ”の椎名桔平&奥貫薫による夫婦が仲良くやってる姿を最終回で見れたのは、なんだか良かった(笑)。

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2009.03.08

ドラマ「銭ゲバ」で考える人間の尊厳

やい風太郎!伊豆屋で最後に食った定食代払わず帰ろうとしたやろ(笑)。それはそうと、第8話はいわゆる最終回のひとつ前。どんな名作連ドラもこの回の出来が大名作になるかどうかの分岐点だ。その回で清貧な定食屋「伊豆屋」をついに崩壊させた岡田脚本。「銭ゲバ」への並々ならぬ執念を感じた。

「伊豆屋」は岡田さんの脚本によく見られる一種のオアシス的空間であった。ホッと一息つける場所。それは風太郎(松山ケンイチ)にとってもそうだし、視聴者にとってもそういう場所だった。だが、その伊豆屋ファミリーさえも長男の借金2,000万円返済のために人格が替わる。銭ゲバとして生きてきた風太郎が自分の死を選択できるのに対して、清貧の行き着く先に崩壊する伊豆屋ファミリーは死をも売らねばならない。どこかで何かが逆転している。

「銭ゲバ」は殺人を重ねて富を得てゆく風太郎との対比として、善人が善人でなくなる過程をいくつも見せる。風太郎を執拗に追った刑事(宮川大輔)は妻の手術費用を風太郎に出してもらうため風太郎に屈した。子ども時代の風太郎を拾った浮浪者の爺さんは殺人者風太郎の情報を数千円でサツに売ろうとした。伊豆屋の姪っ子(石橋杏奈)は風太郎に身体を2,000万円で売ろうとした。そして伊豆屋のオヤジ(光石研)と妻(りょう)は風太郎に包丁を向けた。風太郎の対応はそれぞれ異なるが、そんな人間の醜さを糧に銭ゲバ風太郎が肥大化してゆく。

ふっと大岡昇平の「野火」を連想する。「野火」では戦時下で飢餓兵士が人肉を食うか否かという極限の選択を迫られる。これこそまさに生き地獄だ。そのような連想を抱いたなかで、銭ゲバの父蒲郡健蔵(椎名桔平)が風太郎に貰った10億円の札束から1枚の1万円札を抜き取って舐めるシーンを見た。「まーずっ」といって吐き捨てる。そして風太郎に返しに来て紙切れと心中する気はないと告げる。そう、たかだか紙切れなんだ。

紙幣は紙切れだというこのフレーズ。スタジオジブリのプロデューサ鈴木敏夫さんの著書に出てきた徳間康快社長の言葉にもあった。「紙幣なんて紙切れ」という悟りは、資本主義という宗教への信仰を疑う、あるいは嗤う瞬間に訪れる。だが21世紀前半の暴走資本主義崩壊の渦中では、貨幣の信用失墜が現実に起ころうとしている。信用が失墜した世の中では、紙幣はほんとうに紙切れとなる。

そんな紙切れと心中する気がなくなった蒲郡健蔵の正常さ。「野火」の生き地獄と比べれば、どうにも平和な資本主義社会。人間が狂うハードルはかなり下がっているようだ。簡単に醜悪になれる。徹底的に醜悪な風太郎よりも、金持ち風太郎を前にして狂い始める一般人への大いなる恐怖。

安倍や麻生に代表される閨閥政治が牛耳るこの日本の本当の怖さは、ひとりの蒲郡風太郎を生み出す怖さではなく、大勢の貧困層が醜悪な支配層を前にして、セーフティーネットのないままに狂気へ陥る必然性にあるのではないか。

例えばもしベーシックインカムといった思想を受け入れることで、この国の人々の尊厳が取り戻せるならば、バラ撒き政治などよりよっぽど意味がある。蒲郡風太郎には思いつかないこのカネの使い方を、閨閥の皆さんに思いついてもらえると期待できるほどの平和ボケじゃ生きられない現代ニッポンだ。「銭ゲバ」を見ながら、そんなことを考えた。

余談だが、「野火」を書いた大岡昇平も今年生誕100周年。太宰や清張と同年である。もし読んでいない方がいたならこの機会に強く推奨しておきたい。日本文学の最高峰と言っていい。

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2009.03.01

ソフィー・マルソー人気衰えず!

昨日ソフィーの著書「うそをつく女」のアフィリエイトへのアクセスが急増していた。ひとくちメモでは2003年に書いた超初期の記事だ。同時にラ・ブームDVDなどソフィー関連グッズへのアクセスが見られたので、こりゃなにかニュースがあったかなとググってみたら!

2月27日付のフランス紙パリジャンの人気調査でソフィー・マルソーが51%の支持を集め、女優部門の第一位だったというニュースが流れていた(時事通信)。なるほど、これかー!ビッグニュースだね。

ソフィーがデビューした頃からのファンです。既に数年間放置しっぱなしのホームページでやってる1コーナー「early Sophie's photo album」に、世界中からいまだにアクセスがあるのも今回の人気投票で納得しました。アクセス数を取り寄せてみたら、2/28以降2日間で5,000件を超えてました。2000年に作ってほとんど更新してないページなのに驚きです。

と同時に、ホームページやブログ、そしてアフィリエイトをやっていると、自分に興味がありかつ旬の話題がこういうカタチで発見でき、こちらからもすぐ検索してアクセスできるのがありがたい。これが紙の日記だったらありえないです。情報を発信することが逆にアンテナを高くすることになるって実感するよ。ネットの効能のひとつだね。なんでも書いておくもんですわ。そして続けること。これが大事ねshine

逆にアクセスログを辿ると別のソフィー情報を発見できるわけか。もっとも多いのは検索エンジンですが(^_^;)。というわけで、アクセスしていただいたソフィーファンの皆さまにご恩返し(happy01)の思いを込めまして、検索エンジン以外のアクセス元をひとつピックアップしてご紹介!

英語学習ポータルToeic Online
ここ一年、コンスタントにアクセスいただいてました。どうもありがとございます。

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2009.02.22

極東でチェとチェの映画を観た

昨日と今日とで映画「チェ 28歳の革命」と「チェ 39歳 別れの手紙」を見てきた。あわせて4時間半くらいだったが、やはりこれは2本で1つの映画だから連続して観て正解だった。個人的には、キューバ革命50年の年にふさわしい映画だと思ったし、ソダーバーグ監督らしさは随所に見られた。

ただやはりキューバ革命や当時の中南米についての知識が乏しいとなかなかわかりにくい映画でもあった。キューバ革命がいかに画期的かつ奇跡の成功だったかは、2本目のボリビアでのチェ・ゲバラの闘争を見なければわからないように思う。

「チェ 28歳の革命」では、キューバ革命の指導者カストロの思惑があれよあれよと実現し、民衆の圧倒的支持を得て革命は成功する。映画としてはあっけないくらいの終わり方だった。このときの勝利が革命家チェ・ゲバラにとって最高の時でもあった。

パート2「チェ 39歳 別れの手紙」に移ると、ボリビアにおけるゲリラ戦の閉塞感が画面ににじみ出ている。静けさと銃声だけが支配するジャングルの日々。圧倒的なボリビアの軍隊に追い詰められるチェのゲリラ部隊。出口のない敗走を続ける場面が延々と続く。

ボリビアの農民たちに見放されたゲリラ部隊の姿。それは革命の困難さを浮き彫りにし、キューバ革命の特殊性をあらためて考えさせる。革命の光と影、その両方の主役だったチェ・ゲバラ。その最後の瞬間のカメラワークはソダーバーグ監督の真骨頂だった。

それにしても、キューバ、そしてボリビアは日本から遠い国だ。あらためて航空写真で確認してみよう。(画像をクリックすると拡大します)

ボリビアのイゲラ村


革命家チェ・ゲバラの映画を観ながら、ふっと「実録・連合赤軍」が頭をよぎった。革命はどこにあったのか。

少なくとも日本の1960~70年代にはなかったように思えた。日本の戦後の道程が正解かどうかはまだわからない。しかし中南米の実態と昭和日本の実態とでは、革命の醸成される土壌に雲泥の差がある。もちろん人は生きる時代を選べない。革命を目指すべきかどうか俯瞰で見渡すようなことも出来なかっただろう。

ファッションと言ってはその時代人に失礼かもしれないが、世代闘争(大人はわかってくれない的な空気)が革命闘争という“美しい言葉”に置き換えられて、真の貧困や抑圧ではないところから闘争が生まれてしまった悲劇というものが60年代以降の日本にはあったのかもしれないなと思う。21世紀の今だからそんなことが言えるんだという批判があれば甘んじて受ける...。

チェを偶像崇拝する気はさらさらない。革命という言葉に酔うこともおそらくもうないだろう。ゲリラ戦の静けさと銃声が淡々と描かれた映画だった。エンドロールに音楽はなかった。事故かと思ったがそういう演出だった。ボクは最後までエンドロールを観ずに席を立った。それはボクの映画人生のなかで革命的な出来事だった(think)。

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2009.02.10

漢字検定儲け過ぎて何が悪い(笑)

漢字検定を年間270万人も受検してて、20億円の利益をあげていて、文部科学省が立ち入り検査。儲けちゃいかんというのだけど、それでも受けちゃう人がいるんだから仕方ないやんけ(笑)。不景気な時代に景気のいい話よのぉ。

この問題は漢字検定そのものよりも、漢検に会長のファミリー企業がぶら下がっていて、そこにマネーが流れてる(そこで私腹を肥やしてる)ってのが問題だってことだよね。結局儲かりすぎて仕方がないからカネを使わなきゃって強迫観念で泣く泣く私腹を肥やしてたのかも(笑)。

あるいは今回問題視されたのは、漢字に弱い麻生内閣のサシガネだったりして。国民が漢字に興味を持つから支持率が落ちたんだみたいなこと。言いかねないよねぇーsign01 「麻生よ、漢検受けてみろ」なんて世論が盛り上がったらたまったもんじゃないからね。

儲かりすぎて困るっていえばこの映画。「史上最大の賭け」ですわ。マイナーなB級映画なんですが、めちゃめちゃ好きですこの映画。

マイナーリーグのピッチャーをやってるモンティに突然莫大な遺産が転がり込んでくる。でも遺言でそのカネを手にするには一ヶ月で3000万ドル(1ドル90円として27億円)を誰にも理由を言わず使い切るゲームにチャレンジしなきゃなんない。

そんなの簡単とモンティはカネを使いまくる。しかし事業に成功して儲かっちゃうもんだから、雇った敏腕な部下をクビにしたりする(笑)。使っても使ってもなかなかなくならず、最後は選挙に打って出てとにかくカネを使いまくる。そしてタイムリミットがやってくるのだが...。

このカネの使いっぷりがとにかく面白すぎるのだ。景気のいい話はとにかくオモロイ。だからボクは今回の漢検の儲けすぎって現実が面白い。

さらにその裏には文科省のお墨付きで大学入試に有利とか、そういう餌がぶら下がってる。その餌に飛びついた人たちから儲けたカネだってんだから面白さも倍増。受けたら漢字を読めるようになるわけで受検者も損してないしさ。めざせ漢字王やくみつるってとこぜよ(笑)。

これ映画になるよ。ドタバタコメディ映画。漢検に群がる受検ファミリーと漢検で儲かって仕方がない会長ファミリーと漢字の読めない総理大臣とそのファミリー。

それにしてもこの漢検騒動はどこに落ち着くのか?会長が辞めれば存続できるのか?受検料値下げするのか?文科省のお墨付きを失くすのか?儲けちゃいけない事業を誰が引き継ぐのか(天下るヤツいるのか)?儲けすぎの物語はまだまだ楽しめそうだ。

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2009.02.06

火のないところに炎上!

もう「火のないところに煙は立たず」とはいわせないぞ!煙どころか炎上しちまった。火のないスマイリーキクチのブログが炎上して、その犯人18人が書類送検されるとか。まさかスマイリーのブログだったとは!スマイリーの顔にスマイルがなくなっちゃうよぉー。

ネイチャージモンの語り部として絶賛してきた私としては、炎上させたヤツらが逮捕されたのに安堵した。スマイリーの芸能活動に支障が出たら一大事だ。ネイチャー軍団はスマイリーしかいないんだから...。

先週のやりすぎコージー「笑いZERO やりすぎ格闘王決定戦vol.3」でも「ネイチャーイズムの継承者」と言われていたスマイリーだが、「唯一の」ってのが強調されてたのが気になったよ(笑)。そしてスマイリーはリングで完敗。ネイチャーの継承者完敗(笑)。

それにしてもセコンドのネイチャーに向かって「オマエが出ろや!」と禁断の一言を発してしまったのは千原ジュニアだった。それに対してネイチャー無言...。ま、言葉でジュニアに勝てるわけはないからな(笑)。

リングで相手がジュニアならいつでも受けて立てるとは思うのだが、そんなドリームマッチは猪木vs馬場のようなもので本当の夢なのだ。闘わずして世界一強いのがネイチャーなのだ。それが伝説というものなのだsign03

おっと、話が逸れた。スマイリーブログ炎上だ。ブログ史上のエポックなニュースとして歴史に残るな。炎上させたヤツらはバッドネイチャーだが、スマイリーがこのブログ界における歴史上の人物として記憶されるなら今回の被害届の提出は実にナイスネイチャー!ニュースの写真もネイチャールックで決まってたネ(笑)。

逮捕の前例を作ったことで社会的意義も大きいように思う。よど号ハイジャックによってハイジャック防止法が出来たように、なにか事が起こって時代は事の重大さを認識し変化していく。ブログが日常となった現代社会も、こういう事件を経過しながら少しずつ変化していくのだろう。

ネットワークというのは匿名であっても簡単に発信源を特定できるが、今度は人物を特定できないネットカフェなどから犯罪的書き込みをする輩も増加しそうだ。そういう対策も必要になってくるだろう。

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2009.02.01

仕事道楽は道楽仕事じゃ生まれない

仕事道楽 スタジオジブリの現場プロデューサーという仕事はつくづく大変な仕事である。営業と総務と経理の責任を一手に引き受けつつ、現場を盛り立て仕事環境を作っていかなければならない。究極の裏方稼業だ。好きでなきゃ出来ない。そんな仕事を「道楽」といえる鈴木敏夫さんの図太さというかちゃらんぽらんさというか、そのバランス感覚は稀有だと思う。

余談だが「仕事道楽」と「道楽仕事」とは微妙に(大いに!)異なる。昔『編集バカとバカ編集者』という名著(笑)があったのだが、まさにこの「バカ」の位置と同じくらいに「道楽」の位置が重要だ。2005年に発行された鈴木敏夫著『映画道楽』も、道楽映画じゃ誰も見ないだろう(笑)。言葉ってのはほんの小さな違いが大切なのだ。そしてプロデューサーという仕事は言葉の魔術師でなきゃ勤まらない。

鈴木さんのキャリアは徳間書店での雑誌編集者から始まりスタジオジブリのプロデューサーへとつながっている。編集という仕事も裏方稼業だ。作品は他人が書き描く。編集者もプロデューサーも、その作品作りの環境を整え人と人のつながりを創造する。

ボクにはそんな裏方稼業で作られた環境やチームそしてその過程そのものもひとつの作品に思える。というより、そっちの作品にこそ知りたい情報や感動があると思っている。だからプロデュースを生業としている人の本が大好きだったりする。2年前に更新したきりほったらかしなのだが、セブン&アイのみんなの書店にジオイ堂という書店を出して「プロデュース堂」なんてコーナーも作ってるくらいに裏方稼業が好きだ。

さて、調べたらウチにはジブリのDVDが4枚あった。
「もののけ姫」はこうして生まれた。
大塚康生の動かす喜び
ラセターさん、ありがとう
ジブリの絵職人 男鹿和雄展 トトロの森を描いた人。 (Blu-ray Disc+DVD)
以上の4枚で、実はぜんぶ映画作品じゃないのだ...。

それはもう確信犯的(?)に裏方系DVDばっかり買ってる。宮崎作品としては「未来少年コナン」と「カリオストロの城」は持っているけれど、ジブリ作品じゃない(よね?)。もちろん映画作品を映画館で観ている場合はあるがDVDでは持ってない。ジブリ作品はいつでも観られるという思いもあるし、逆に裏方系は入手しとかないとそのうち入手困難になってしまうかもという恐れがあったり。

『仕事道楽』ではジブリの2枚看板である高畑勲と宮崎駿のエピソードがふんだんに出てくるが、ボクがもっとも面白かったのは2000年に他界された徳間康快(徳間書店初代社長)のエピソードだった。

●徳間社長の思い出

ボクにも徳間社長には強烈な思い出がある。就職活動で徳間書店を受けた。出版社は結構受けたが、最終面接でもないのに学生数人の前で1時間の演説をぶった社長は徳間さんだけだった。机を囲んで待っているといきなり徳間社長が現れたのだった。

そこから1時間。話された内容はもううろ覚えだが、たぶん「徳間ジャパンでは何でもできるぞ。やる気があるヤツには面白い会社だぞ」ってことを熱烈に話された。徳間書店を受けに行っているのだが徳間ジャパンとして話されてた。いまから思えば、だったら入社させろよって話だけど(coldsweats01)。読売新聞出身だってのは知ってたから、ブンヤというのはこんなにバイタリティあふれる人種なのかと思った記憶がある。もっとも徳間社長が特殊だったわけだが...。

そんな徳間社長のもとでアニメ雑誌の編集をしていたのが鈴木敏夫さんだったわけだ。どんなに厳しい状況でも楽しんで乗り越えようとするバイタリティはまさに徳間魂かもしれない。

『仕事道楽』に出てくる強烈なエピソードにある「金なんて紙だからな」なんてこと言う社長と仕事する機会はめったにないだろう。そんな豪放磊落な社長と出会い、社員総会でいたずら小僧のような社長の仕掛けにはめられた経験などを爆笑しながら読むにつけ、どんな出会いでも受け取り方次第で自分の糧になるもんだなぁとも思ったりした(笑)。

ようは人間、考え方次第で学習機会が転がっているってことだ。出会いを自分の糧にしながら、自分も他人に影響を与えつつ作品と自分とを作っていく。そういう仕事が出来た満足感が「仕事道楽」という言葉につながるのだろう。どっかの国の世襲かつ無選挙首相のような“道楽仕事”じゃ絶対味わえない仕事感覚だな。

実は鈴木さんにも一度だけお会いしたことがある。知人の結婚式の来賓でスピーチをされたのが鈴木さんだったのだ。当時ジブリ映画はすでに成功を収めていたけれど、一般的にプロデューサーが脚光を浴びるという状況でもなかった。ボクも「へーこの人がジブリのプロデューサーかぁ」くらいの感想しか持たない青二才だった。

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2009.01.30

もうさぁ、麻生をテレビに出すのボイコットしようよ

もういいよ。日本は無政状態ってことで。アフガンと同じで。マスコミは麻生に触れるのやめちゃおうよ。これやったら逆に大ニュースになるぞ。2月から首相の言動が一度もテレビで報道されないの。完全無視。ぶら下がりもやめ、記者会見もぜーんぶボイコットしよう。できるだろ記者クラブあんだから(笑)。横一線って得意じゃん。第4権力たる日本のマスコミ諸君はさぁ。これが一番政権にこたえると思うけどな。

テレ朝でたまに「有名人格付けチェック」やってるじゃん。あれと同じよ。「映す価値なし」ってことでテレビから締め出し食らわそうぜ。報道ステーションだけでも麻生ボイコットはじめたら面白いと思うんだけどな。麻生以外の政治家にその時間を使えばいい。映さないことで麻生の人となりが逆に浮き彫りにされたりして...。

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ありふれた奇跡

いやー、みごとに山田太一だねぇ。「ありふれた奇跡」は初回を見逃してしまったのだけど、なんとかついていけてる。

「死のうとしたことのある人の会」ってのを聞いて「死ぬほど食おうとしたことがある人の会」なら入れるんだがと思った。

「死ぬほど食おうとしたことがある人の会」で共有する思いは武勇伝ばかりだ。ただしありふれた奇跡が日々起こる会でもある。誰がどこを制覇したみたいなありふれた奇跡...。そこに仲間由紀恵が参加してるなんて奇跡はなかなかないだろうが(delicious)。

そんな「死ぬほど食おうとしたことがある人の会」的な会を、実は10年前(1999年)に行った。メンバーもオレを含め男2人女1人とドラマと同じ。その記録が残っているのでご紹介しよう(笑)。題して「サダオ一升炒飯に沈没!」だ。ブログもない10年前にこんなこと書いてました的な!

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2009.01.19

「銭ゲバ」スタッフブログもいい感じ

日テレのドラマ「銭ゲバ」は、なんつっても岡田惠和脚本に期待してます。「彼女たちの時代」や「夢のカリフォルニア」など、暗い時代を切り取る嗅覚の鋭さと描写の迫力は岡田さんの魅力のひとつ。

ハコ書き(シーンごとの箇条書き)をしないといわれる岡田さんですが、「銭ゲバ」はジョージ秋山氏の圧倒的な原作漫画が設計図としてあるので、その分細部にこだわって描かれるのではないかと。

出演者では、どうしてもミムラに目が行ってしまう(confident)。日テレといえばドラマ「斉藤さん」でのミムラのお母さん役がいまだに印象に残ってます。今回は原作通りだと結構難しい役柄で、ミムラの新境地にも期待大!

そしてスタッフブログ。河野プロデューサが書かれているようなのですが、時間に超厳密なテレビドラマの編集現場の話とか、音楽をつけて別の生き物に替わる話とか、制作者側の裏話が面白いです。

メイキングとかDVDコメンタリーなどが好きなオレらには、こういう製作現場の空気をうまく伝えてくれるブログも楽しみのひとつです。個人的には視聴率なんて気にしないですけど、これで視聴率も良ければスタッフブログはどんどん面白くなっていくと思うんで、強烈な内容ではありますが、いい数字を取って欲しいズラ。

そうだ、書き忘れてた。岡田脚本で椎名桔平と奥貫薫の夫婦役といえば、「彼女たちの時代」の佐伯夫妻と同じ組み合わせじゃないか。崩壊していく家庭のイメージはこの二人ってことなのか!?それにしても奥貫薫は不幸な妻が良く似合うなぁ。最近テレビで明るい顔を見たことない。たまには明るい役もやって欲しいズラ!

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2009.01.18

革命50年 いまもキューバは熱い!

今年の1月はチェ・ゲバラの2本連作映画が話題だ。ソダーバーグ監督ファンとしてはぜひ観に行かねばと思っているが、まだ行けてない...。2本同時に観たいという思いもあるので、「チェ 39歳 別れの手紙」が公開されたら、「チェ 28歳の革命」も観に行こうかなと思う(ロードショー2番館になるかな?)。

しかしその前に、1月はヒストリーチャンネルで注目の番組が放映されている。ゲバラとともにキューバ革命を成功させたフィデル・カストロがフランスの番組で人生と革命を語っている(2003年全5回)。今日これから全部再放送されるので録画体制を整えた!

キューバは日本といろいろな面で真逆だが似た位置づけともいえる国だ。冷戦のなかで、地理的には政治体制の異なる超大国(アメリカとソ連)の喉元に剣の切っ先のように位置する。日本は共産主義大国ソ連・中国への資本主義の砦、キューバは資本主義大国米国への共産主義の砦だ。もっとも日本のように大国べったりではなかったが。

また行政においても、キューバのコンセプトは教育と医療に傾斜している。これはキューバ革命から50年経った今も同じだ。医療が外貨獲得の主要産業となっている。それに比較して日本では教育と医療がもっとも後回しにされている。

ちょっと扇動的になるが、ひとくちに「貧困」と言っても、そのあり方が違う。貧困でも「生きさせる!」と行政のトップが率先して国を作ったのが革命後のキューバであり、「生きさせろ!」と叫んでも行政のトップに届きにくいのが自称経済大国だった現代日本という国ではないだろうか。

●キューバのコンセプトは「生きさせる!」

「生きさせる!」というコンセプトを実現するためのツールが共産主義革命だったのではないか。その逆はありえない。つまり共産主義だから生きさせられるわけではないと思うのだ。ここを間違えて主義が先頭に立った運動は常に悲劇だ。イデオロギーはコンセプトになり得ないと個人的には思う。

カストロとゲバラのコンセプトの根源は人類愛であり「とにかく生きさせる」というシンプルなものだったのではないかと思う。それを基準にバチスタ政権を倒し国家を形成するための優先順位の決め方、実行手段を探った結果、社会主義もしくは共産主義が彼らにとってのベターチョイスだったのではないかと思うのだ(まだ学習不足のオレなのでカッコ付きだけど)。

キューバの貧困は経済封鎖による外圧だったと思うが、その貧困のなかで「生きさせる!」というコンセプトが揺るがなかった50年こそが、キューバの財産だと思う。それも発展途上国には無償で薬を与えたりしている。日本は物質的に満たされながら、独自に考える政治をしてこなかった。そのツケがそろそろ回ってくる時代かもしれない。経済はバブルで踊れるが、教育と医療の貧困には特効薬はないのだ。

日本がキューバに学ぶことは多い。まずはオレにもキューバの抗コレステロール剤が買える国になってくれ(笑)。

マイケル・ムーア監督の「SICCO」じゃないが、カナダにしろキューバにしろ手厚い医療の国が米国の隣国なのは興味深い。米国を反面教師にして、米国のやってきた反人類的暴力資本主義を近くで見ているときっと悪いところがよく見えたんじゃないだろうか。そういう意味じゃ米国も必要悪だったのかもしれない。だが大きくなりすぎた。

日本は太平洋があるから、夢のような米国の消費社会のいい情報しか入ってこなかったのかもしれない。さらにソ連・中国に見せ付けるかのような特異な占領政策。日本人も勤勉でおとなしいから原爆を落とした国から与えられたその境遇を満喫してここまで来た。あまり考えることもなく対米追従で満足してきた。途中で反抗期はあったにせよ...。

でもこれからの日本は、親たる米国が借金まみれで倒れてしまった状態からの自立が必要だ。キューバは米国ファミリーという大豪邸のそばに孤児のように必死で生きてきた。そしてキューバファミリーを生きさせてきた。そのバイタリティと意志には、敬意とともに学ぶべき点が多々あると思う。日本人ならできると思う。何を捨てて何を得るのか、その順番を考えなければならない。

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2009.01.09

ブロックノイズ問題はまだまだ大きくなるか?

昨年書いた「地デジブロックノイズに怒れスポンサー」という記事へのアクセスが、昨日いきなり増えた。検索ワードランキングで1位、記事ランキングでもいきなり3位だ。単なる個人ブログではあるがたった1日でこの位置にランキングされるのは結構大変なのがこのブログ「ひとくちメモ」なのだ。

今日の東京は大雨かつ風が強いが、おそらく他の地域では昨日から風雨が強かったのだろう。地デジ導入家庭も増えているんだろう。はじめて地デジを導入した家庭はびっくりしているのではないか?いくら風雨が強いとはいえ台風でもないのにまさかテレビにブロックノイズが現われて視聴不能になるなんて!この21世紀に。

でも、なるんです。この21世紀に。それがデジタル放送なんで。ケーブルテレビでさえブロックノイズが出ることもあります。デジタル画質は確かにくっきりして美しいけれど、肝心要なシーンを見れなくなるリスクがある。それが地デジです。

この程度の風雨でブロックノイズが出るんだから、台風が来た日にはテレビでは災害情報すら見れなくなるかも知れません。ある意味一番必要なときにもっとも弱いメディアになっちゃうんです。2011年には。

もちろん技術の進歩が解決してくれるのかもしれない。でももはやテレビはメディアの王様ではなくなっていくんでしょう。現在唯一絶対の価値観である視聴率ですらスポンサーにとって妥当性が疑われるわけで、制作費もジリ貧、災害情報にも弱い、そのうえお上にたてつけない腑抜けな報道姿勢...。

地デジ政策は参勤交代みたいです。巨額の投資をさせて全国ネットワークを弱体化させられて、安倍政権のときに露骨に見られたような時の権力が流したい情報だけを流すメディアに成り下がって。生かさず殺さずで権力に擦り寄る乞食メディアとなる。誰も信用しなくなりますわ。

とまぁ、ブロックノイズからものすごく飛躍してしまいましたけれども、私にはブロックノイズがtv王国の城壁に入った亀裂に見えるんですよねぇ。

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2009.01.01

紅白はチーム演歌の勝利

いま紅白を観終わった。いつになくちゃんと観ていたが、おおとりが氷川きよし君だったんですね。てっきり森進一だとばかり思っていたので、出てきたときは軽いなとか、かなり緊張してるな、とかそんな風に見えた。

2003年にハワイのアロハフェスティバルにゲストで来ていた氷川きよし君を偶然見た。そのときは元気な演歌を歌うあんちゃんだという印象しかなかった。というより、氷川きよし君を追っかけて来ていたツアーのオバサマ方のバイタリティに圧倒され、ちょっと避けて通るみたいな...。そんなマイナスイメージしか持ってなかった。

しかーし!緊張しながらもおおとりで歌ってみるとしっかり勤めた感があり、なんだかすがすがしい。ものすごく好青年で伸びのある声も説得力があった。泣きそうになるのをこらえて歌うズンドコ節は良かったなぁ。この若さでおおとりの説得力を持っていたのはすごい。

最後歌い終わって、小林幸子、北島三郎、五木ひろし、という大御所から「よくやった!」的な握手と祝福。演歌界を背負って立つプリンスへのエールだ。演歌にとってやはり紅白の舞台というのは大きな目標のひとつなんだろうな。世代交代というより、ジャンルとしての演歌の結束を見た。

北島サブちゃんと抱き合って喜ぶ氷川君を見て、なんだか物語を感じたのだ。サブちゃんは歌う前の氷川君の背中をポンと叩いて送り出してもいた。このあたりソツの無い大御所感を感じる(なんだそれ)。チーム演歌というところか。

ある意味森進一のおふくろさんスキャンダルと親族との和解なんかより、よっぽど本物の物語を感じた。演歌の優等生がコツコツ歌ってきた集大成としての紅白おおとり。氷川きよしとチーム演歌の物語。よかったよ。

森進一はそのチーム演歌からは距離があったように見えた。そこが森進一らしさでもあるのだろう。おふくろさんも、よかったけどね。でもボクはマザーが聴きたかったので(笑)。

さて、年末年始に見逃せない番組というブログネタに参加してみるわけだが、紅白ってことでいいかな。もう終わったけど。あとは1月3日にテレビ東京でやる役者松田優作の20回忌特別記念番組「松田優作は生きている」だな。これ必見!

コネタマ参加中: 年末年始のテレビ番組、見逃せないのは何?

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2008.12.30

Winkの表現力に隔世の感

いまTBSのレコード大賞で歌うWinkを観た。表現力がアップしてる!というか、まったく異なるアプローチで「淋しい熱帯魚」を歌ってる。いやー、いいもの見せてもらった。相田さんの左薬指に指輪が光ってたな(crying

Winkの全盛時代、フィギュアブームはまだ未来の話だったが、ある意味Winkは優秀なフィギュアだった。機械仕掛けのお人形、業界の大人に踊らされている感がビシバシ伝わってきた。その作り物な感じがアイドルデュオの最新の型だったわけだ。

しかしいまや相田さんも鈴木さんも個性あるポジションを芸能界に築いている。この変化がなんだか心地いい。そういう良い変化がいまの歌の背景に見えたようなステージだった。なんだかズレてるかもしれないが、Wink時代という芸能界の詰め込み教育がいまに活きているのかもなんて思ったりして...。

いまPerfumeが歌ってたが、この3人組テクノユニットもWinkのような歳のとり方ができるだろうか?ま、どんな歳のとり方したっていいんだけどさ。

追記:淋しい熱帯魚を悲しい熱帯魚と誤記してたので修正...。最近、なんだか誤記が増えた。悲しいな。

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2008.12.26

ブストナカーイ

クリスマスイブの深夜の「ゴッドタン」は爆笑!

バナナマン“マジ歌パクリ王”日村の自称オリジナル曲「イブ・クリスマス」は傑作だった!

note夜更け過ぎに雨が
note雪へと変わるよね

これ絶対使っちゃうよ...。いや歌っちゃうよ。
フルコーラスで完成させてくれsign03
(爆笑で最後まで聴けないだろうけど)

松丸タンのトナカイ着ぐるみもGoo!
局アナなのにな(lovely

そんな松丸アナにおぎやはぎ矢作の「いい発音でブストナカイって言ってみろ」攻撃!
それを真に受けて「ブストナカーーーイ」とささやく松丸友紀...
局アナなのだ(lovely

極めつけは得意な作詞で一番いいフレーズを聞かれたら
「だからぁ」と枕詞までつけて「東京は寂しい街」だって。
これが松丸友紀の最高傑作annoy
局アナなんだぁ(lovely

クリパーズ話は変わるけど、15年前の写真。六本木でやったクリスマスパーティで歌う即席バンドクリパーズ。別のショットも前にアップしたことあるけど。ギター小僧がこの日の別の写真をアップしてたのでコラボってみた。歌ってるのがワタクシ。

あのころ自虐ネタな「バブル社員」というオリジナル曲を歌っていたもんだが、15年後まさかニッポンがもっと悪くなっているとは気付いてもいなかった。このハコもいまはもうない。

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2008.12.21

平原綾香@風のガーデン

ハヤシライス食いすぎたsign01 ちょっと休憩して、別の話題をと思い、平原綾香のCDとドラマ「風のガーデン」も賞賛しておきたい。本来はこっちが先の予定だったんだけど、いろいろと忙しかった。

●その前にディーガにガッデーム!

「流星の絆」と「風のガーデン」と、今クールの2大ドラマだったと思う。もうひとつあげるなら小西真奈美ほか脇もガッチリ固まってた「小児救命」だな。「小児救命」も書いておきたかったけど、パナソニックのブルーレイディーガが突然HDDの読み書きが出来なくなってて(ディスクがいっぱいだというウソメッセージが出てた)、小児救命の最終回は最後の9分だけしか録れなかった。

これは一週早く最終回だった七瀬の恨みかと思ったけど(笑)、オレがたまたまその時間に帰宅して録画の赤ランプが消えているのに気付いて緊急処置を施し(コンセントをぶち抜いてさし直すだけ)、なんとか「小児救命」の最終回ラスト9分だけ救命できた。だから前回マスコミに囲まれたコニタン宇宙先生がその後どうなってハッピーエンドなのかがわからない。

もしオレがこの時間に帰宅してなかったら、その後の「風のガーデン」最終回も録画できてなかっただろう。七瀬の恨みは恐ろしい(違うか!?)。そして全部消えること覚悟でコンセントを根元から引っこ抜かなければ状況改善できなかった。オレの勇気に拍手scissors

でもパナソニックのディーガでは良くあること...。ウチのは出たばかりのころのDMR-BW200って機種でよく止まる(DVDレコーダも末期はよく止まってたが)。とくに市販ブルーレイディスクを入れた状態でBDモードのまま電源を切ってしまうと次の起動や予約録画での不具合が多いよいうに感じる。だから慣れっこなので電源抜く勇気も持てたわけだ(パソコンの強制リセット感覚)。電源切る前には必ずHDDモードに戻して切る習慣をつけなきゃ(なんでやねん!)。

●パス・オブ・インディペンデンス

平原綾香の新作アルバム「Path of Independence」は非常に心地よく、最近自宅でヘビーローテーションとなっている。冬になって音楽を聴く機会が増えた。今年から凝っている波の音とか川の音はやはり暖かい季節に聞きたくなるようだ。聴覚にも季節感があるってことなんだなぁ。

平原綾香といえば、「ジュピター」の鮮烈なイメージが強いが、個人的には「優しい時間」の主題歌だった「明日」が好きだ。秋から冬にかけて聴きたくなるのはその影響かもしれない。紅葉が落葉となりやがて裸木が雪で覆われる季節のうつろい。そのあたりの季節感と平原綾香の声色がマッチする。

タイアップ曲が多いからそれぞれが粒ぞろいなのだが、語弊を恐れずに言えば今回のCDに漂う昭和な感じがいい。財津和夫作曲の「星つむぎの歌」はコーラス譜もついてて確かに歌いたくなる。メロディもフォークソングの良かった時代を思い出す。財津和夫さんはこのCDでとってもいい仕事してる。

また「孤独の向こう」はNHKドラマ「トップセールス」主題歌だった。まさに昭和だ。この曲はカラオケで歌えそう(笑)。ボクの声域って平原綾香と合うのだ(ちなみに和田アキ子、研ナオコ、欧陽菲菲、藤圭子とも合う)。

「朱音 あかね」も、めっちゃ昭和歌謡だなぁ!と思ったら谷村新司作詞・作曲だった。この昭和感はすごい。山口百恵が歌っててもおかしくない。いや、いい曲です。谷村節ですわ。

また西川進作曲の「さよなら 私の夏」はまさにニッポンの'80年代だ。ボクは稲垣潤一を思い浮かべた。稲垣は男性だがブレスノイズがちょっと多めな高音ハスキーボイスだった。

そしてドラマ「風のガーデン」の主題歌「ノクターン」と、その平原綾香作詞ヴァージョン「カンパニュラの恋」(ドラマ劇中歌)ももちろん入ってる。

平原綾香は女性としてはなんとなく珍しい低音のブレスノイズが特徴だ。確か意識してこの歌唱法を使っているということだった。それはつまり「歌謡界にこのセクションが空いていた」というプロデューサ的な感性を彼女が持ってるってことだと思う。

同じブレスノイズでもウィスパーボイスとは異なり激しい曲でもうまく乗る。ブロウ系のブレスノイズって感じで、幅広いレンジで使える。それがこのアルバムではよくわかる。

●風のガーデン

平原綾香は「もう演技はいい」ってどっかのインタビューで応えていたが、今回の等身大の役柄はよかったと思う。ま、昔よくデートしてたA嬢に似てるので点は甘いが(笑)。

偏見かもしれないが、音楽家(とくに声楽家とか歌い手)ってのは日常でも結構エモーショナルなヒトが多い。それもひとつの演技とするならば、ちょっと過剰な感じの素人な演技がドラマのなかで活きていた。ま、役柄は限られるので音楽家としてこれからも期待してる。

最終回の中井貴一は壮絶だったな。アレが出来るから中井貴一が主演に選ばれたんだろうな。ただのスケベ医者だったら他にも出来る男優はいただろう。ガブさんとして息子と別れるシーンも良かったし。中井貴一さすがだ!

そして最後、理容室で石田えりと緒方拳とが昔話をするシーンはドラマ史に残る名シーンだった。

「風のガーデン」は癌で亡くなった緒方拳さんの遺作となったが、そのテーマが「準備のできる死」としての癌だったのは偶然だったのだろうか。昔は鬼気迫る演技の多かった緒方さん。個人的には「鬼畜」が強烈だった。でもこのドラマでは本当に優しく暖かい芝居が印象的だった。最後まで役者として輝いていた。

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2008.12.20

「流星の絆」番外編!ハヤシライスを作ってみた(笑)

ポップンポール特製ハヤシライス「流星の絆」最終回フィーバーが止まりませんな。終わってからもネット上を徘徊してるネットユーザーが多そうです。あるいは自分の評価が正しいのか確かめてまわってるとか。君は君、ボクはボク、みんなちがってみんないい(笑)。

そんな最終回フィーバー覚めやらぬ朝。「流星の絆」の原作をまだ読み終わってないためドラマを見ないと言っていた東野ファンに、早く読み終わるように忠告しました(笑)。ドラマはドラマ、小説は小説、そういう風に思えないかなぁ。まぁでも東野ファンじゃしょうがない。オレはクドカンファンだからね。おあいこおあいこ。

まぁネタばれをまったく気にしない私なので全部しゃべってやったっていいわけですが、そういうとこ思いやりっつーの(wink)。全部読み終わるまで待つことにしました。

そして朝からハヤシライスの食材を買うためにスーパーへ。朝からスーパーへ行くなんて思い出せないくらい久しぶりです(学生時代以来かもsign02)。「流星の絆」の影響で、ハヤシライスを作ってみたくなったわけで(笑)。ハヤシライスは初挑戦なわけで。

まぁ作るといってもルーは市販品。ネットで調べたら、ハウスの「完熟トマトのハヤシライス」ファンがなんだか多かったのでそれを使うことに。どーでもいいけど下のアマゾン画像(クリックで拡大)。ハヤシライスのルー1つ買うのに3週間待ちますか(coldsweats01)。そこまで希少品でもないと思うが。

Amazon_kannjukuhayashirice

それはさておき、ハヤシライスそのものを食べるのも超久しぶりです。カレー、シチュー、ビーフストロガノフ、オムライス、インディアン(@ジャポネ)等々結構食べてるけれど、ハヤシライスは普段選ぶことが無かったな。嫌いじゃないけどなんとなく影が薄いというか。物足りなさが残るっていうか。「ここにカレーがあるのになぜハヤシを選ぶ?」という天の声が...。ガッツリ食うものじゃなかったからかもしれないです。所詮B級グルメですから(noodle)。

たぶん消去法でこれしかないなら食べるけど、くらいのメニューでした。でもハヤシライスしかないってことはまずないから、結果的にハヤシライスは選ばない人生だったというか(笑)。

それがですよ。「流星の絆」のお店ジョージクルーニーには、ハヤシライスが評判の店の御曹司(キャナメちゃん)がハヤシを求めて食いに来て、常にハヤシは切れてる(実はあるわけだけど)というやり取りがちょくちょく出てくる。事件の重要なキーからしてハヤシライスのレシピです。私のなかでハヤシライスの順位が確実に上がったドラマでしたわ(upwardright)。

そういうわけで朝からスーパーへ。ハヤシライスってルーさえあれば、後は牛肉とたまねぎだけでいいんですね(笑)。ジャガイモもニンジンもいらない。これは楽だなぁー。それが率直な感想でした。でもマッシュルームも買いましたが。

作り方はもうカレーやシチューとおんなじ。シチューは年に1回以上作ってるので(24時間まるごとスタートレックを観る3連休とか^_^;)、そういう面での苦労はなく、簡単に作れました。

隠し味に、焼酎と醤油とバルサミコと(桃屋の)刻みニンニクをそれぞれ目分量で小さじ一杯程度入れてみました。オリジナルな酸味と和風な感じが欲しかったので(って隠し味になってるかどうかはともかく、なんか味にちょっかいを出したくなるのだ)。

ニンニクは食欲そそるなぁ。オレ、口臭予防のペパーミントな香りが苦手です。朝から人工的なミントの香りを嗅ぐと気分が悪くなります。ペパーミントなんかよりニンニク臭のほうがよっぽど人間的でイヤじゃない。ま、そう思ってても皆引くから言わないけどね(confident)。

ハヤシライスもやはり何度か温め直すとおいしくなるな。もう2回温め直してるけど、かなりおいしくなってきた。ご飯だけじゃなくパンにも合いそうだし、そのままでも美味い。

うーん。これがハヤシかーsign01 バリエーションとしてはアリだな。ジャガイモの皮むきから開放されるだけでも価値がある(そこかよ!)。今度はトマトをまるごと入れてみよう。

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流星の絆最終回はコロンボシステムで観た(笑)

いやー、最終回の出来がこんだけいいとうれしいね。「流星の絆」はネット的には最初からネタバレ探しばかりがヒートアップしていたけれど、そんな興味のベクトルは宇宙へポーーーイ!最終回の超シリアスなシーンのあとに「妄想係長高山久伸年末スペシャル」が挿入されたのにはやられたぁーsign01

ネット上のネタバレ熱もあって、第3回あたりからは真犯人がわかったまま毎週見続けてきたけれど、やっぱりそんなの関係なかった。いいドラマ(あるいは原作、あるいは脚本、あるいは演出、みたいな)は「真犯人は誰だ?」というクイズ的視聴よりも数段別次元にあるってことだな。

NHKの「七瀬ふたたび」はこういうドラマと同クールだったのも不幸だったなぁ。あっちは超能力者が大勢いたのに、最終回がつまらなかったもんなぁ...。作り手に超能力はないからなぁ。ま、あえて書くこともないが。意地悪なオレ(pout)。

特にこの最終回、ネタバレして観てるわけだから、ある意味最後はコロンボシステムだったわけだ。もちろん最初に間違えて書いてしまったコロンボシステムとは違うわけだけど(^_^;)。これならDVD-BOXでもう一回観ても大丈夫だ。ある意味DVD-BOXでは刑事コロンボシステムでの視聴を心がけて三浦友和の演技に注目するといった観方も出来る。

ちなみにホンモノの刑事コロンボはシリーズの最後まで犯人にはならなかった(笑)。もしコロンボが犯人だったら、自分で殺人して自分で捜査して自分を捕まえる猿芝居を視聴者は観るハメに。それ落語だよ(笑)。そんな刑事コロンボあったらある意味すごいけど!

でも最近、ピーターフォークがアルツハイマー病だって公表されていたから、今後も刑事コロンボが犯人になる回は制作されないことだろう。というわけで「流星の絆」のオリジナリティが際立った(そこかよ!)

しかしこれだけ人気のミステリードラマが放映されて成功したことは今後に影響大だ。テレビの枠から離れて、真犯人がはじめからネットで流布し、そもそも原作があるわけで、今後のミステリードラマ制作現場は「メタ・テレビジョンにおけるポスト・ネタバレの世界」(笑)へと進化せざるを得ない。

そうなると作り手は大変だ。回避方法としてはドラマオリジナル原作へ向かうという手がひとつある。ただしこれはテレビ局にとってもギャンブルだ。個人的にはオリジナルで良い作品になればすばらしいとは思うのだが、メディアミックスな展開も難しいし、カネもヒトも才能も必要だ。

だが、この点でも「流星の絆」はひとつの答えを出してくれてる。ネタバレしようが、原作があろうが、良いドラマは作れるということだ。そういう意味でもエポックなドラマだった。キャナメちゃんもいい味だしてた。自分スローが見たかった(それクドカンのネタじゃないからっ!)。

DVD-BOXへのリンクも入れとこうとアフィリエイトの画面で検索したら、このDVD-BOXが1位だった!すげぇ。オレがそんな普通に売れ筋のDVD-BOXを紹介してるとこがすげぇ。というわけで記念撮影した画像を最後にアップしてみた。最後までいいドラマに仕上がってました。くんく先生も肩の荷が降りてることでしょう。

流星の絆DVD-BOX予約1位記念画像

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2008.12.17

2008年末のBGM

最近、麻生総理や自民党が出てくるニュース映像を流しながら、加古隆作曲の傑作サントラ「パリは燃えているか」を聞くのが趣味だ。ニュースの内容なんて聞く意味が無いからね。でも麻生による不作為の罪は万死に値するとは思ってる。

「パリは燃えているか」とは、追い詰められつつあったヒトラーが負けるならパリを焦土と化せと急かす電報の文面(同名のノンフィクションも秀逸)だが、表題曲は1995年にNHKで放映された「映像の世紀」の主題曲だった。膨大な記録映像で戦争に明け暮れた20世紀を描ききった傑作ドキュメンタリー「映像の世紀」。いまチャンネル銀河で再放送中だ。このドキュメンタリーの名作性を最大限に引き出している加古隆の音楽も、20世紀の名曲中の名曲だと思う(試聴)。

そしていま、まさに2008年末にふさわしすぎる曲で、壮絶な歴史ドラマのなかにオレもいるんだなぁという気分になれる。ヒトラーに比べれば出演者が小粒すぎるのはいかんともしがたい。まぁ歴史なんて愚か者によって汚されていく時間と空間の記録ではある。麻生の顔を見ながら歴史の愚かさを噛み締める年末です...。

以下余談。

さて、日本時間今朝未明に米国の政策金利(FFレート)が現行の1.00%から0.75~1.00%引き下げられ、0.00~0.25%に決定した。個人的には結構サプライズだった(といいつつドル売りポジションがガンガン下落してて儲かったけど)。

それにしても0%だって。日本ですら0.30%なのに。もう後がない。前代未聞の政策だけど、それだけに思い切った姿勢を評価する声もある。世の中おかしくなってるから、正しい判断能力がなくなってるのかも。

というより、手詰まり感というのは手詰まりだから手詰まるのであって、既に何をやってもどうにもならないのかもしれない。誰もやったことのない未知の領域でなきゃ何も変わらないから、とにかく何かやって進展させてみようってことか。

ソロス曰く、サブプライムローンの次はCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)ってのが怖いらしい。クレジット・デリバティブの一種らしいのだが確かに怖い。

オレ流に理解したところでは、CDSってのは信用リスクの分かち合いみたいなもので、リスクが顕在化しないことを前提にパンパンに膨らませた風船のようなデリバティブだ。顕在化した瞬間、どうしようもなく巨額な損失に膨れ上がっているという仕組みだ。そして顕在化したリスクを背負った者が連鎖的に崩壊していく。

それはまるで、ベアリングス銀行を独りで崩壊させたニック・リーソンの架空口座88888を切り売りしているようなものに思えた。損がいったいどこまで膨らんでいるかわからないが、顕在化しないで自転車操業して隠している間は儲かり続ける。

サブプライムローンは「サブプライム」と名付けているだけあって、回収不能リスクをそれなりに織り込んでいた。でもCDSってのは「お互い、まさか倒産なんてないよねぇ」「ないない(笑)」っていう仲から契約を結ぶ。しかしコイズミではないが、上り坂、下り坂のほかに、マサカがあったのだ。だからそこいま100年に一度の危機といわれ、そのマサカが顕在化しようとしている。

CDSってクライシス・ドミノ・システムの略じゃないの?しかもデリバティブってヤツは1つ商品化できてしまうと、いくらでも派生商品をつくることが可能のようだ。1つの商品の評価をさらに別の基準で評価していけば、いくらでも作ることが出来る。

そうなってくるともうリスクの在り処なんてさっぱりわからなくなり、いったい何を売っているのかさえ理解不能だ。まるで損を触媒で薄めていけばいつか損が損でなくなるという幻想を売っているように思える。そんなヤバそうな商品が世界中にバラまかれているわけだ。

どんなものでもそうだが、破壊するのはたやすく、構築するのは困難だ。再構築はさらに困難だろう。時間もかかる。人類はこの迷路から出られるのだろうか。

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2008.12.13

暗号の絆

それにしてもドラマ「流星の絆」はすごい人気だな。これまでもドラマネタはアクセス数が多いけど、群を抜いている。昨日なんて23時台だけで当日2位の「石田えり@風のガーデン」をほぼトリプルスコアで抜いてる。みんなそんなにネタバレを求めてるのか(coldsweats02)。ネタバレ記事じゃなくてゴメンネ(weep)。

そんななか人気記事ランキング(うちは過去一週間ベースです)の2位を守っている松丸友紀はすばらしい活躍だぞ(笑)。世に出ている記事の量がまだ相対的に少ないからウチに集まるのかも知れんが...。あまりディープな情報がなくてゴメンネ(weep)。

くそ!オレの誕生日の朝だというのに謝ってばかりでゴメンネ(weep)。謝ってほしいのはスパム野郎どもだsign03

最近また増えてきたスパムな書き込み。コメント欄はスパム対策で暗号入力必須にしているのだが、そのパターンが読まれているようだ。まぁパターンさえわかっちゃえば、全パターン解析なんてコンピュータには朝飯前だからな。朝飯すら食べないし。

昔から政治ネタにはスパムがつきやすかった。最初は批判された反対勢力からのいやがらせかと思っていたが、そうでもなさそうだ。なにか特定の政治にまつわるキーワード(いまなら麻生とか官僚とか)を見つけては無差別に攻撃してるような感じ。

また一定水準以上のアクセス数があるブログで、その伸びとかも見ていそう。コメント用暗号パターンはプロバイダごとにだいたい共通だから、ココログで1つパターンが読まれると、同じココログの全ブログの鍵が敵に渡ったも同然だ。暗号の絆だ(そこかよ!)

なぜか古い記事への攻撃が多い。記事の年月日を古いほうから(小さい数字から)ループさせてるのか?オレなら新しいほうから遡るけどなぁ(ってスパムやるほどアホじゃないけど)。あるいは遡ってるんだけどコーディングや解析に時間がかかってて、テストランするころにはキーワード自体が古くなってるのかも...。

最近では2004年に書いた「ビバ!橋龍」って記事がスパム野郎のお気に入りだ。数日まえは別の記事への攻撃だったのだが、コメント禁止にしたら乗り換えやがった。

簡単に乗り換えられるってことはココログの暗号パターンは解析完了ってこってす。同じプロバイダ内でも複数の暗号パターンを選べるとか、毎回異なるパターンの暗号にしてくれれば多少改善されるかも。

とはいえ、自分でも忘れていた古い記事を思い出させてくれるスパム。これを有効活用しない手はない。そこで、スパムなコメントは内容を書き換えて残すことにした。でもヤツら際限ないから、いくつか書いて飽きたらコメント禁止にする。そしたらまた別の記事に攻撃対象を変えてくれるでしょ(笑)。

というわけで、右サイドバーのコメント一覧にスパムとおぼしきハンドル名が残っているからといって、それがスパムだとは限らない。油断ならないぞ(smile)。そのコメントには爆笑ネタが転がっているかもしれないぞ(なんつって)。

ただ、ホントのスパムかもしれないのでコメント内のリンクには触らないでね。24時間監視してられないからな。オレが書き換えてたらリンクは無力化してっから。あと日本語になってるはずだから fuji

スパム書き換えネタが「ひとくちメモ」のディープスペースな裏メニューとなっていくかいかないか。それはスパムも注目するくらいのアクセス数と過激な政治ネタ次第だ...。でもスパムを求めてるわけではないっ!

最後になりましたが、「暗号の絆」なんてタイトルで「流星の絆」めあての読者を無意味に誘導しちゃってゴメンネ(weep)。君たちにはこの記事がスパムだったね(bomb)。ってここまで読んでる「流星の絆」ファンはいないっつーの(笑)。せっかくだからカテゴリにも「映画・テレビ」を追加しとこう。最後まで意地悪なひとくちメモでしたー。

※サイモン・シンの「暗号解読」(上・下)は面白いよ。ミステリーファン必読です。

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2008.12.12

七瀬、ほんとにふたたび作り直し求む!

いやー、昨日最終回だったNHKドラマ「七瀬ふたたび」は、どうなんでしょ...。久々にフラストレーションが残りまくったドラマを見たなぁ。ドラマの悪口は書きたくないし、あまり書いてこなかった(無視したほうが楽だから)。だがしかし...。伴一彦ってこんなホン書く人だったっけ?

期待してただけに、何のカタルシスも得られないで最終回終了。とっちらかったまま終わってしまった。エンドロールが流れている映像を見ながら、「ナニコレ?」って思わず口走ってしまった。

悪の組織はどーなった(>与党に遠慮か?なんつって)。
柳原可奈子との訣別はあれで終わりなの?
ジャーナリストが録画した映像のその後は?
なんでいきなり警官隊と対決だよ!?
最後テレパシーで警官隊に思いを伝えていったい何が視聴者に伝わるんだ?
テレパスに寛容な刑事も結局思わせぶりなだけで何もしなかった。

どーなってんだ?予算が無かったのか?
あまりに広げすぎちゃって途中で収拾つかなくなったのか?
これで悪の超能力集団だけが残って世の中おしまいって話なの?
それとも雑魚を切って一件落着ってか?
SFバトルにしたら品位がなくなるみたいなこと?
(だったらドラマにすな)

キャストは結構よかったと思うのだが残念なドラマになった。
「七瀬ふたたび」は何度も映像化されてるわけだし、すぐに頼む。
別の切り口で。ムリかな。ムリだよなぁ。

まぁ、救いだったのは、CXの「風のガーデン」が放映される木曜日だったってことだ(>それ救えてない)。風のガーデンを見て寝た。

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2008.11.28

紅白でこんなサプライズを望む!

DJ OZMAが襲名会見を開いていたな。誰なんだDJ OZMAって(笑)。まぁそんな古いネタはどうでもいい。

今年の紅白といえばおふくろさん騒動の森進一だ。師匠の死によって「おふくろさん」完全封印かと思われたが、親族との和解で歌えることになった。その最初の披露を紅白でするのではないかとの観測が流布しており、市場は既に織り込み済みのようだ。

だがしかし。誰もが歌う歌うと思っているなかで歌ったとしたら、「そのまんまやないけぇー」という気分が流れ、サプライズ効果は薄い。

もっとも、誰もが期待するなかでそれ以上の芸を見せるのがホンモノだという説もある。例えるなら、カックラキン大放送における堺マチャアキがバナナの皮でズッコケルような。視聴者はそこにカタルシスを得るのだ。

そういう真っ当な芸事のチャレンジこそ森進一らしいかもしれない。

だがしかし。ひとくちメモ的には、やはりサプライズを期待したいのだ。

そこで提案!森進一にはオオトリに出てきてもらって「おふくろさん」のイントロのあと、ジョン・レノンの「マザー」を歌ってもらうってのはどうだろう。森進一節で「まずぅあうぁうぅあー ゆぅーはっどむぃーぃーぃー(Mother, you had me )」って歌いだしたら、視聴者ぶっ飛び間違いない!そしてかなり森進一節に合う楽曲だと思う。

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2008.11.24

「流星の絆」にもうひとつの絆を見た!

TBSドラマ「流星の絆」が好調のようで記事へのアクセスも多い。これに便乗して、いや、ひとくちメモとして、ご紹介しておきたいもうひとつの絆。高知東生と高島礼子のホームページ「絆」のことじゃないぞ(笑)。大映ドラマ「赤い絆」だ。どうだい?年の功って感じだろtv

でもこのドラマ、単にタイトルに絆が入ってるってだけじゃないんだ。そこがひとくちメモってことなんだけど。この「赤い絆」の主演は山口百恵。赤いシリーズ(TBS・大映テレビ共同作品)っていえば山口百恵の代表シリーズだ。そしてこの赤いシリーズの相手役といえばもちろん、このドラマや映画共演の縁で結婚した山口百恵の夫三浦友和とのゴールデンコンビに決まってる。「流星の絆」の柏原刑事役だ。

でも、実は「赤い絆」(シリーズ第6作目といわれる)の相手役は三浦友和じゃないんだ。そこもひとくちメモってことなんだけど。この「赤い絆」の相手役は三浦友和じゃなく国広富之だったんだ。「流星の絆」で静奈(戸田恵梨香)の本当の父親矢崎信郎役を演じてる。うぉー!大どんでん返し(笑)。国広富之は「赤い絆」と次の「赤い激突」(同第7作)でも共演していて、パラレルワールドでは国広富之と山口百恵が結婚していてもおかしくないんだ(笑)。

そんな山口百恵をめぐる三浦友和と国広富之の数奇な運命(?)が先週「流星の絆」第6話で重なった!二人が並んで妻(>役のなかでだが)について語っているところを、どれだけの人が万感の思いを込めて見つめていたことか(>オレだけか?)。まさに2大スターが空に輝くよキラリshineってとこだ。いいシーンだったなぁ。

ま、この二人は刑事対決でもある。国広富之はなんつったって「トミーとマツ」でしょ。三浦友和のほうもデビューした頃「刑事くん」で同僚刑事役をやっていたらしい。刑事対決は圧倒的にトミーの勝ちだ。

ま、くだらない話はこのくらいにして(本題じゃないんかい!)、「流星の絆」も佳境に入ってきましたね。原作をまだ読み終えていないからドラマを見ないって東野ファンがいるのですが、もったいない!オチがわかったら東野圭吾の魅力がなくなるんかいっつーの。文学はそういうもんじゃないんだってば。落語と同じで名人芸を楽しめばいいんだよ。

ジャニーズの二人については親衛隊の皆さまにお譲りして、戸田恵梨香を語ろう。このポジションはなんだかいい。裕木奈江からバッシング要素を取ったような(>なんだそれ)。すっごい素朴な役もあばずれもこなせる不思議なレンジの広さ。「流星の絆」の劇中劇的な小芝居にもその個性が充分活かされてる。(ちなみにオレは裕木奈江も認めてる)

上野樹里の真っ白さとは、逆のタイプだ。うまくいえないんだけど、上野樹里を「役者」と呼びたいと書いた流れからすれば、戸田恵梨香は「女優」と呼びたい感じ。なんかたまに見せる悪そうな女の顔がいい。

花火のようにドーンと主役級としてデビューして消えていくんじゃなくてネズミ花火みたいな?どんなポジションもこなせて、どう動くかわかんないけど愛らしいみたいな(笑)。あまりバラエティなどに出ないのは正解だと思う。そういう路線を行ってほしい。

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2008.11.16

石田えり@風のガーデン

CX開局50周年記念ドラマ「風のガーデン」はすでに第6話まで終了した。倉本聰富良野3部作の最終章との触れ込みで、本当に特別な作品に仕上がっていそうだ。

今回はまったく情報を入れないで観ているので、この第6話で石田えりがエリカ役で初登場したときはうれしかった。

エリカ曰く「30年経てばいろんなことがあるわよ」

本当にそうだな。石田えりを初めて観たのはテレビの映画番組でやっていた「遠雷」だった。たぶんオレは中学生だったから30年までは経ってないけど、その衝撃は忘れがたい。

いわゆる「私、女優よ」ってタイプの女優が大好きになったのは「遠雷」の石田えりからだと思う。もっとも当時の石田えりはデビュー間もない頃で、まったくの新人ではあった。“前貼り”って業界用語すら知らずヌードシーンの撮影に挑んだエピソードは有名(?)だ。

「私、女優よ」の定義はあえていうなら強烈な印象と幅広く堂々とした演技、そして恵まれた作品との出会いって感じだろうか。思いつくままに他にあげるなら太地喜和子、岩下志麻、原田美枝子、山口智子にも「私、女優よ」オーラを感じる。

新人時代から「私、女優よ」というオーラが出ていたわけだから、すごい(ってオレのアタマのなかのスキスキ女優アワードでの話だけど)。すごい女優になるに違いないと思わせたわけだが、期待に違わぬ女優でいてくれて、いま「風のガーデン」で出会えたのは感慨深い。

散髪屋のママさん役にして、この存在感。中井貴一との髭剃りながらの思い出話も、エリカ役が石田えりだからこそ倉本聰が書いたのでは?と思わせるエピソードだったfull。今後の展開も楽しみだ。

●倉本聰父子物語3部作最終章

「風のガーデン」はボクら(よりちょっと上?)の世代にとっては、たまらないキャスティングかもしれない。キャンディーズのランちゃんと、ふぞろいの林檎たちの中井貴一が不倫してて、そのオヤジの町医者が緒方拳(この作品が遺作となった)で。

「北の国から」は物語そのものが視聴者とともに成長しながら、長いスパンで進行していった稀有な作品だった。視聴者は物語に寄り添い、物語のなかの純と蛍の成長を見守った。

「北の国から」レベルの時間はテレビでは二度と再現不可能かもしれない。しかし「風のガーデン」では、そのタイムスパンを物語のなかで再現できないかわりに、「死の準備」というテーマを持たせることで、同世代の視聴者自身が歩んできたさまざまな人生をバックボーンに視聴できる。

「北の国から」の歩んできた時間は、実はドラマの外で生きてきた視聴者ひとりひとりのもうひとつの時間とともにあった。今度はそれぞれが歩んだそのもうひとつの時間を物語に投影しつつ、自分自身の生き方(それは死に方でもある)を考えるきっかけになると思う。

富良野3部作は親子のカタチ3部作でもあった。そして、すべて母のいない父子の物語だった。「優しい時間」は他の2作品に比べれば小品な印象だが大好きな作品だ。母の死をきっかけに反目しあう父子の邂逅をテーマとしていた。大テーマの2作品の間に「優しい時間」を置くことは必要不可欠だったのかもしれない。富良野塾で育ってきた倉本聰とその弟子たちとの父子関係という視点でも興味深かった。

「風のガーデン」では3世代の父子関係が描かれる。「準備できる死」としてのガンをある種肯定的に捉える。勘当され故郷に戻ることを許されない余命数ヶ月の医師である息子(中井貴一)と、在宅医療に固執する町医者の父(緒方拳)との親子関係。その大テーマの前に、妻を自殺に追いやった父(中井貴一)と母を亡くした彼の子どもたち(黒木メイサ、神木龍之介)との親子関係がある。

●妻や母の不在に見る倉本聰の願望

それにしても倉本聰富良野3部作における母や妻の不在は回を追うごとに重くなる。「北の国から」では離婚だったが、「優しい時間」では息子の事故で死に、「風のガーデン」に至っては自殺だ。その不在の原因も、妻自身の浮気、息子の不注意による死(そして息子と父との断絶)、夫の浮気で自殺(まだ第6話までの推測だけど)と、だんだん男の罪や悪に比重が移っていく。

「不在による存在感」と「私、女優よ」タイプの女優好きとは、関連があると思う。大脚本家倉本聰の深層心理を読むことはできないけれども。たぶん強い女が好きなのだ。しかし強い女の物語は橋田壽賀子が描けばいい(笑)。倉本聰は、もがき苦しむ悪い男のダンディズムを描くのだ。そうやって男や父を描くことで女をある種の理想形(あるいは神棚)にあげる。

それでも強い女渇望は抑えきれず、「優しい時間」では大竹しのぶの幻を毎回登場させてみたり、「風のガーデン」で石田えりを2度離婚した散髪屋のママさんに置いてみたりするのだ(>オレの勝手な妄想ですけど!)。そんな母性への圧倒的な渇望こそが、倉本聰の根幹なのかもしれない。富良野の大自然(母性)に包み込みながら、ダメな男に社会と折り合いをつけさせていく。それもひとつの生き様。

「風のガーデン」が何かの集大成であるとすれば、そのひとつは「ダメ男でも最後は決着をつけるべき」ということかもしれない。

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2008.10.24

お笑いの神が降りてきた夜...ゴッド舌!

今週のゴッドタンは、お笑いの神が降りてきてましたね...。

女子アナ(松丸友紀)がグラドル(手島優)と相撲取るなんて企画自体、前代未聞ですけど。

ていうか、企画じゃなくてその場の思いつきで進行していってるわけですが...。

女子アナが負けて観葉植物の鉢で頭を打ってしまう。

勝ち逃げしようとするグラドルが鏡にぶつかってしまう。

計算じゃ出来ないあの瞬間は、お笑いベストオブイヤー2008だと思いました!

そしてその瞬間は、またDVD発売記念な企画でやって来た。

ゴッドタンってDVD発売するたびに、発売記念でグダグダな企画を放送しますが。

DVDヒット祈願の景気づけ企画なのに、その企画のほうが面白くなっちゃうcoldsweats01

そしてそれが次のDVDに収録されるという好循環。

そしてそのトリガーを引いてるのが司会エンジェル松丸友紀アナ。

ほんと神だな。神DVD化の日も近い!?来年の改変期あたりか?

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2008.10.20

ドラマ流星の絆

TBSではじまった「流星の絆」は、原作がいま飛ぶ鳥を落とす勢いの東野圭吾で脚本がなんとクドカン(宮藤官九郎)という、かなり興味深い組み合わせだ。

初回からもうクドカンワールド全開だった!暗く重たい殺人事件と残された3兄弟という境遇を、クドカンワールドではこんな風に描けるんだなぁ。さすがっ!

泰輔(錦戸亮)と静奈(戸田恵梨香)が悪徳商法の女に騙し取られたカネを、その女が貢ぐホストから取り戻すくだりなんて、タイガー&ドラゴンの進化形のように思えた。落語と現実とが交錯していったタイガー&ドラゴンだったが、今回は現実と功一(二宮和也)のシナリオが交錯していく。

現実にはありえそうもないリアリティのない飛躍が、このタイガー&ドラゴンシステム(?)のおかげでいとも簡単に物語に溶け込んでいくクドカンワールド。本筋が親殺しへの復讐ドラマでありリアリティの追求を架せられているなかで、この飛躍が出来るのはクドカンくらいじゃないだろうか。

さて、その本筋だが、これって刑事コロンボシステムなのかな(この○○システムって言い方ウザい?)。初回で犯人がわかっちゃったよね。公式サイトには特に記述がないけれど、犯人がわかったうえでこの相関図を見ると、伏線の張られ方とかいろんな想像が膨らむ。

コネタではカレー屋の名前が「ジョージクルーニー」ってのが好き。ソダーバーグ監督のお気に入り俳優の名前だから。それと萩村刑事役の設楽統(バナナマン)。このシチュエーションはまさに、ゴッドタンにおける「ドジ芝居でマジアピール合戦」じゃないか(...違うか?)。

あとネタですらないところで、例のコカコーラの自販機チャットモンチーのときにも触れたが、このドラマにも出てきた。柏原刑事(三浦友和)と萩村刑事が警察署内喫煙所みたいなとこで会話するシーンに、またまた後が切れたデザイン自販機。こういう人目につかないとこにあるんだよねー。まさにリアリティ(笑)。

そうそう、リアリティといえば、3兄弟が見上げていたしし座流星群も実際に見えた。オレも大出現の年に見てる。そのときは130個くらいまでは数えた記憶がある。

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2008.10.19

七瀬なんどめ?

高校の頃だったか「七瀬ふたたび」にめちゃめちゃはまってる女子がいた。その女子のはまりっぷりがものすごくて、いまならさしずめマルチ商法のディストリビューターかと思うくらいに薦めまくりcoldsweats01。読者をとりこにしてしまう魅力を持ってるんだろうな。そんなに薦められなくても読んどるっちゅーねん!

NHKドラマ「七瀬ふたたび」に期待してる。何度目の映像化か数えてないけれど、小説の初出から35年くらい経ってるそうだ。主演の連佛美沙子は大林宣彦監督の「転校生 さよならあなた」での鮮烈な印象が残っている。今回はテレパスの役だが、結構合いそうだ。

第二回まで見ての印象=結構難しいつくりだな...。昨今のテレビドラマの潮流が、単純に軽薄だったりテーマが重そうに見えていてどうにも奥行きがない方向に行っているなか、視聴者がついて来れるのかという感じも持った。個人的には好きなんだけど。

テレパスの苦悩って、現代ではなかなか理解されないかもしれない。虚構の世界はかなり進化してるので、超能力にみんな慣れてるから。

本当は公式サイトに原作者の筒井康隆氏が寄せているコメントどおり、「他者と違う自分を隠して生きざるを得ない不幸」の象徴としてのテレパスなのだが、SFが大衆化してしまったいま、その苦悩にどこまで現代的な意味を練りこめるかが今後のポイントかも。

演出的にちょっとウザかったのは、予知能力者が不幸な未来を見たり、それをテレパスが感じたりするときのガクッガクッと後に反り返る描写が単調かつちょっと多すぎ...。その瞬間緊張感が逆に途切れる。まぁ些細な解釈の違いかもしれませんけど。

若い人でこのドラマに興味があるひとには、同じ七瀬シリーズで「家族八景」という小説をぜひ読んで欲しい。七瀬シリーズは全3部作ある。順序としては「家族八景」「七瀬ふたたび」「エディプスの恋人」となる。

主役が七瀬というだけで、どれも連続性はあまりなく単体で読める。小説として良いのは「家族八景」だと思う。市原悦子もビックリの「家政婦七瀬は見た(感じた!)」って短編集なんだけど。

ボクが読んでもっとも印象に残ってるのは芸術家の家に働きに行った話。その芸術家は人のことが図形にしか見えてない。心の中には丸や四角だけがある。心理的にものすごく怖い情景だった。

「七瀬ふたたび」は、エンターテインメントとして優れてる。だから映像化も多いのだろう。「エディプスの恋人」までいっちゃうと、もうちょっと手に負えない感じ。話が深すぎて...。収拾つかない感じだった。

あと脇役では柳原可奈子が、ここでも好感度アップしてる(笑)。この役はマジ正解だと思う。

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2008.10.16

松丸たん、“TOKYO”はさびしい街ですか?ゴッド舌!

週舌ゴッドタンとDVD

TOKYOのビルたちが泣いているみたいに思える夜は、ゴッド舌!腹を抱えて笑いたくなりますよ。

前回のDVD特典映像について書いた「松丸友紀アナ天然PV流出(笑)」って記事が、その思わせぶりなタイトルも手伝ってかcoldsweats01、いまぶっちぎりでアクセス急増中ですsign03

特に昨日の深夜はすごかった。こんなことは「藤原紀香の1ボトル」以来のことで、23時台だけで通常の1日分程度のアクセス数だった。ほとんどが松丸たん検索の結果ではないだろうか?

今回はじっとこらえてそっとしとこうかなと思ってた...。最近はオンエアを全部観てるのでDVDの内容自体は「懐かしい」って感じだった。そして冷静に「このグダグダなまんまを放送できちゃうんだもんなぁ。テレ東深夜ってすごいよなぁー。フラーイ、アウェーイ...」と感心していたのだ。

だがしかし、ローソンにおいてあるフリーペーパー(どーでもいいけど置き場所わかりにくっ!ロッピィの回りをチェックしよう!)を読んでしまったら...袋とじを開けてしまったら...書かざるを得んだろう松丸たんsagittarius

ゴッドタンDVDの内容がどういう選定基準で選ばれているかは知らないが、松丸たんをどうしたいのかはさらにわからん(笑)。だがしかし面白ければそれでいいのだ。それだけは確かだ。

松丸アナのファンにとって、DVD(現役女子アナの妄想キッス)は言うに及ばず、フリーペーパー「週舌ゴッドタン」こそがメインディッシュなのではないのか。無料で入手できるのにこの充実感はなんだ。敵は本能寺にあり!特典画像はローソンにあり!この松丸たんテンコ盛り状態はすばらしすぎるぞ!こらこら、オークションで売ろうと考えてるチミ!ダメだぞっ。

袋とじの松丸たんを一言でいえば、さびしいTOKYOの夜に舞い降りた新興宗教の女教祖たんポスターだ。まさにゴッドな雰囲気だ。そしてお得意の自作格言...。アントニオ猪木の詩集「馬鹿になれ!」と同じくらいのインパクトを感じる。絶対出版したほうがいい。そんときはオレに構成させてくれっ!タダでもやりたい。タイトルは、そうだな、「神になれ!」とか。

景気づけにチチヤス飲んだローソンでは最初DVDだけを受け取って帰ってきたのだが、昨晩の放映を見て今日もローソンへ赴き「週舌ゴッドタン」をGETしてきた。松丸たんファンにはぜひ入手してほしい。オークションで買ってでも(ダメだぞっ)。

フリーペーパーだけを取って帰るのもなんだかなと思い(まさにローソンの戦略どおりの優良客でしょ!)、ジュースを買った。どれにしようか迷ったけど、flairなんとなく語感に惹かれて景気づけにチチヤスヨーグルトテイスト乳酸ウォーターにしてみた。チチヤスとダイドーのコラボ飲料、ゴクゴク飲んだ。美味かった!

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2008.10.12

ロックの神様が一番好きなチャットモンチー

金曜深夜にNHKで放送された「夢が夢でなくなる瞬間 チャットモンチー・スペシャル」というドキュメンタリーを観て、ますますチャットモンチーに近づけた。

最近の音楽事情にはかなり疎くなっていて、チャットモンチーをはじめてみたとき「小学生バンドか?」などとふとどきな感想を抱いてしまったオレだが、同時に感じた「すげぇかっこいい!」という感想のほうの裏づけが取れたような番組だった。

チャットモンチーのプロデューサーいしわたり淳治さんがおっしゃっていた「ロックの神様が一番好きなタイプ」という形容が印象に残った。

最初にステージを観たいしわたりさんは彼女たちが靴を履いていないのに気付く。「どうして?」と聞くと「練習スタジオが土禁(土足禁止)で、靴を履くとエフェクターを踏み誤るから」が理由だった。

簡単に説明しとくと、ギターのエフェクター(音を歪ませたりエコーをつけたりする機材)は足元に置いてあり、スイッチを足で操作する。ロックバンドのギタリストが、歌の間はクリーンなギターの音diamondなのに間奏になったとたんギンギンの音thunderを出せるのは、間奏に入る寸前に足で歪み系エフェクター(ディストーションなど複数ある)のスイッチを押しているからなのだ。複数のエフェクターをつないでいろんな音が作れる。つなぐ順番とか研究すると奥が深い!

これ、スイッチを押し間違えると大変なことになるcoldsweats02。押すタイミングも重要。そのタイミングも計算しつつバンドサウンドは作らなきゃなんない。

アマチュアの頃のチャットモンチーは、ステージ衣装でカッコつけるよりも、このエフェクターを練習通りにちゃんと操作することに重点を置いていたわけだ。プロになったいまは靴はいて練習できてるから大丈夫なわけだな。

カッコつけないカッコよさみたいな音楽とスタイル。そして3人が音楽にまっしぐらなピュアな感性。それがチャットモンチーだった。そんなチャットモンチーを知ったいしわたりさんは「ロックの神様が一番好きなタイプ」と称したわけだ。ええ話やなぁ...。

いろんな仕事をしていて、ピュアにものづくりを楽しめる環境は大変少なくなったと感じる。良いスタッフとめぐり合えたこともチャットモンチーのピュアなロック魂のおかげかもしれないな。

まったく話が変わるが。番組でリーダーの橋本絵莉子が徳島時代に練習していたココナッツスタジオを訪問する映像が流れた。すると、そのスタジオの脇にあるコカコーラの自動販売機は、この前オレが見たデザイン断裁型だった!しかもオレの見たのより激しく断裁されていたwobbly

ある意味ここまで切れてればデザインと言えなくもない。夢みる少年少女が集うスタジオ脇だからあえてこの反体制的ロック魂を表現した(?)断裁型を置いているのか、徳島の人目につかない場所だから置かれてしまったのか。コカコーラ自販機疑惑も深まる秋の夜だ...。

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2008.10.05

大相撲くじを作って売り出そう!

八百長問題が裁判沙汰になっている。無粋だねぇ。でも、これで八百長相撲が市民権を得ればいいなと思う。いっそ「大相撲くじ」として売り出して欲しい。15日間の取組みを見て、ガチンコ勝負はどれかを当てるのだimpact

大相撲くじの特徴は、本場所前に何回ガチンコがあるかを知らさない。視聴者や観客は全取組を観てから、ガチンコ相撲の数と、どの取組がガチンコかを見抜く必要がある。そうなれば射幸心も手伝って、本場所を見る国民が激増するぞupwardright

サッカーくじ(TOTO)と違うのは、事前に勝ちを予想するのではなく、全取組を確認してから投票することだ。これは重要な違いだ。

世にあるほとんどのギャンブルは、ブックメーカー型の事前予想方式だ。これはどうしても射幸心を煽るだけのギャンブルになる。結果が誰にもわからない状態で賭けるしかないからだ。

そんな品格のない卑怯なくじは大相撲には適さない。大相撲くじは万人が結果をちゃんと確認してから、堂々と八百長を、いや、ガチンコ相撲を当てるのだ。

結果を知らされてから投票するくじは、これまでにないと思う。だがクイズ番組などでは一般的な手法だ。「ホンモノは誰だ!?」というタイプのクイズだ。

この大相撲くじのアイデアは刑事コロンボ的発想だと自負している。刑事コロンボは、それまでの推理劇=犯人探しという論理を逆転させた。犯人の犯行を最初に視聴者にすべて明かし、その犯人を刑事コロンボがジワジワと追い詰めていく面白さを我々に発見させてくれた傑作シリーズだった。

大相撲くじもギャンブルの常識を覆し、取組を全部観てから犯人を、いや、ガチンコ勝負を推理する新しいくじなのだ。

くじの愛称も決めた。「大相撲くじ801」だ。800を超えている。八百超だsign03

一等当選はもちろん801万円。べらぼうに射幸心を煽らない程度の金額だ。一場所801万円で6場所全部当てたら4806万円になる。毎回大相撲を楽しみたくなるよ。

このくらいの金額なら、相撲協会と注射相撲で売買される取組から財源は捻出可能じゃないか?協会側としては投票結果を見ながら次場所のガチンコ数を増減させて、財源と当選者数とのバランスをコントロールできると思うmoneybag

また毎回一等当選しなくても、毎場所ひとつでもガチンコ相撲を当てればポイント還元する。逆に八百長相撲をガチンコと間違えて投票したら減点し、年間で90取組中80%の正答率を挙げた人には本場所招待券等のボーナス特典をつけたい。

投票期限は千秋楽終了から次場所が始まるまでの期間。発表は次場所初日の前日。基本は大相撲を見る人々を増やすことが目的なので、全場所に継続して注目してもらえる仕組みにしたい。前場所の投票が当たっているかどうかを次場所がはじまる直前に確認し、今場所の取組もしっかり見抜いてやろうという真剣な観客を惹きつけたい。

ガチンコ嫌いの聞き分けのない力士はやっていけないから、逆に稽古にも力が入るだろう。これもいまと逆かもしれないdash 八百長を嫌う力士が煙たがられる状態は間違ってる。ガチンコを嫌う力士こそ撲滅すべきなのだ。率先してガチンコ相撲をする力士にもボーナスを出してやれ。

ただ勝敗だけでは横綱にはなれなくなる。いかにうまく負けるかという演技力も要求される。「あいつの相撲は全部ガチンコに見えるんだよなぁ」みたいな声が出てくれば立派な横綱だ。

八百長経済大国の国技として、立派な八百長くじ、いや、大相撲くじに育てたい。

蛇足だが、朝青龍が今回の八百長相撲裁判で「八百長の意味は?」との質問に「カネをもらって負けること」と言っていたが、それは間違いだ。大相撲における八百長とは「カネを渡して勝ちを買うこと」である。朝青龍の認識では、横綱は八百長をしたことにならない。カネをもらった相手が八百長をしていることになる。そうじゃない。あくまでもカネを渡したほうが八百長をしているのだ。そこだけは強く主張しておきたい。

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2008.09.29

ポール・ニューマンはアメリカ映画そのものだった

a la mode 100takさんのブログに追悼記事があったので、コメントしてきた。今年ポール・ニューマンが亡くなったのは、現代アメリカの凋落とも同時期なだけに、アメリカの時代がいよいよ幕を閉じたのかもなぁ...と、非科学的に思ったりしている。

ボクにとってポール・ニューマンはアメリカ映画そのものだった。特に「スティング」の面白さが映画好きになったきっかけの1本だと思う。中学生だったから、たぶんテレビで見たんだろう。俳優、監督、プロデューサ、音楽、どれも影響を受けている。

右に貼り付けたへたくそな絵は中学時代のボクが描いた同人誌の表紙と裏表紙と記事。小学生の頃は「カマキリ」というマンガ・アニメ系同人誌を作っていたが、中学に入ってからは映画の比重が高くなり、タイトルもおフランス語で「a la mode 100」とつけた。

その第一号(だったと思う)の表紙に描いたのがポール・ニューマンだったわけだ。子ども心に、絵になる男はポール・ニューマンだと思っていたんだろうなぁ。

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2008.09.28

蓮實重彦氏、サッシャ・ギトリを語る

闘争のエチカプチ仙台旅行に行くと決めた後、せっかくだから早めに出かけて何か特別な体験が出来ないものかと調べたら、たまたませんだいメディアテークで日仏交流150周年記念「フランス映画の秘宝」をやっていた。しかも土曜の14:00からの「あなたの目になりたい」(サッシャ・ギトリ監督)では上映後に蓮實重彦氏(映画評論家、フランス文学者)の講演があるという。これだ!と思ってこの時間に間に合うように新幹線に乗ったのであった。

オレの学生時代にはポストモダンブームがあり(皆さん受験勉強で忙しかったので超一部でですが...)、村上龍や坂本龍一といういわばミーハーな入口から入って、柄谷行人や浅田彰、そして蓮實重彦らの著名人を知り、対談、鼎談、著作などをいわばファッションのように読んでいた。蓮實重彦と柄谷行人の対談「闘争のエチカ」(1988年河出書房新社)とか。大学の卒業旅行他でフランスを訪れたのも、その影響があったかもしれない。

蓮實重彦氏からの影響で覚えているのは、句点( 。のこと)を1度しか使わない文章、それも結構長い文書を読んだことだった。映画評論だったとおもうが、その映画について語るなんてどーでもいい頼まれ仕事だから文章で遊んでいるのかと思った。しかしその試み自体は面白いとも思ったので、オレもその後同人誌等でマネしたりした。オレの文章がやたら長く読みにくくなったのは蓮實重彦のせいかもしれないcoldsweats01

オレ、本当はもっとスパッスパッと歯切れのいい文章かけるんですよ。訓練してるから。このブログだって「ひとくちメモ」だもん。でも、書かない(笑)。

●映画は動いている

今回はフランス映画の歴史のなかから日本で上映されたことのない、しかし重要と思われる作品を蓮實重彦氏も選者となって選んでいるそうだ。生で話を聞いたのは今回がはじめて。さすが(?)元東大総長、話もうまい。

講演は「映画は動いている」という話から始まった。映画は動画だって話じゃないよ(それフツー!)。映画は製作者の意識をはるかに超えて、世界中で上映され、ときに思いもよらなかった土地で貴重なフィルムが発掘されたり、日本人もほとんど見ていない、しかしキラリと光る表現がされていたりする日本のB級活劇が海外で上映され好評だったりするって話。

そういう意味で逆に「動かなかった映画」というのも存在する。人気俳優の映画だったり、国内で圧倒的な人気だったりしても、時代背景やさまざまな運命の糸が絡み合い、他国で上映されなかった映画(動かなかった映画)というものがあると。サッシャ・ギトリ監督の映画も、いわばそういう動かなかった映画のひとつだというお話です。もう、この時点で興味深々っすよ(笑)。

●サッシャ・ギトリ監督とは

なかでも「あなたの目になりたい」(1943年)の監督サッシャ・ギトリについては、本国フランスですら戦後忘れられた(あるいはあえて無視された)存在だったそうです。30本程度の作品があるが、日本で公開されたのは2本だけ。また、フランスでは1993年にレトロスペクティブというカタチで再評価上映されたそうですが、1957年に没した後、1993年までは忘れられた監督だったということでした。

映画の文法イマジナリーラインを超えた表現1930年代のギトリは、ブールヴァルと呼ばれる芝居小屋(古典の悲喜劇ではない現代劇をやる小屋)の寵児ともてはやされたそうです。それでも日仏で忘れられた映画監督だったのはなぜか。まず演劇人だと思われていた。「舞台の人」というイメージが強かった。また、ギトリの秀でた社交性がアダになった。第二次世界大戦時の親独政権であったヴィシー政権(1940-1944)下でドイツ司令部を遠ざけず、その社交性ゆえに戦後フランス開放時にはドイツ協力者と見られた。

そういう歴史的な背景のなかで忘れ去られていったギトリだったが、映像作家として見逃せない資質を再評価しようという流れのなかに、今回のギトリ作品上映が位置づけられていそうだ。

とくに蓮實重彦氏の話で興味深かったのは、映画の教科書を逸脱するカット割の話。右に四コマまんが風に描いてみた。言い争う男女を交互に撮影する場合、通常の映画文法であれば、一方(この絵の場合は男)が画面右側から左向きにしゃべれば、それを受けるもう一方(同、女)は画面左側から右向きに撮る。そうやって交互に撮ることで、交互に会話しているように見えるわけだ。これが教科書的な撮り方。

ところが、ギトリは両方を画面右側から左向きに、右→右→右→右といった撮り方をすることがあった。それが不思議な(奇妙な)雰囲気を醸し出す。こういう撮り方をした映画監督は、蓮實重彦氏によれば、小津安二郎、ジョン・フォード、そしてサッシャ・ギトリの3人だけだという。そういう意味でもギトリの映像感覚は特筆すべきということなのだろう。

晩年のギトリの姿は、ジャン=リュック・ゴダールの「映画史」の中に写真が残っている。映画界から忘れ去られたかつての人気者の晩年の悲しさみたいなものがにじみ出ていた。

●あなたの目になりたい

上映されたギトリの「あなたの目になりたい」は、なかなかの佳作だった。ラブコメではないのだが、会話も洒脱で軽快なテンポ。しかし戦時下の作品であることが随所に現れていた。蓮實重彦氏も講演で採り上げて語っていた懐中電灯で足元を照らしながら歩く男女の表現は秀逸だった。幻想的な光と影の表現に戦時下のフランスという時代背景をも表現して魅せた。

主演はギトリ夫妻が演じている。彫刻家とモデルの娘との愛の物語だ。彫刻家は徐々に視力を失っていく。それを隠しつつ愛するがゆえにモデルを自分から遠ざけようとウソをつく。女は傷つき彫刻家のもとを去っていくが...という切ない物語である。

まったく蛇足だが、盲目の彫刻家とモデルの娘という設定から、こともあろうに増村保造監督の「盲獣」という映画を連想してしまった。こっちは盲目の彫刻家がモデルを監禁して倒錯した世界に突き進む、このオレですら見終わって吐き気を催した気分の悪い映画だ(だが怖いもの見たさに駆られる)。緑魔子ファンは必見!増村保造は1952年にイタリアへ映画留学しているが、ギトリ監督のフランス映画作品を見ていただろうか?

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2008.09.02

雑誌『ロードショー』の思い出

集英社の「ロードショー」が来年の1月号(2008/11/21発売)で休刊になるというニュースを読んだ。残念だ...というのは勝手な言い草かな?

中高生の頃は「ロードショー」と「スクリーン」を毎月買っていたが、徐々に買わなくなった。独り暮らしをはじめて物理的に置き場もなかったし、徐々にいわゆるロードショー系ではなく単館系映画を中心に観るようにもなっていった。

「ロードショー」が最高35万5000部の発行部数を誇った時期(1983年頃)は、まさに映画情報誌黄金時代だったと思う。「ロードショー」の人気投票にも投票した。女優はもちろんソフィー。男優はその都度変わっていたが、ほぼジャッキー・チェン。監督は渋いところでジョージ・ロイ・ヒル監督(「明日に向かって撃て!」「スティング」「ガープの世界」)の名を書いてハガキを出したりしていた。

ソフィー・マルソーの初来日は1982年のことだ。当時ソフィー以外にも、ブルック・シールズ、テイタム・オニール、クリスティ・マクニコル、フィビー・ケイツ、薬師丸ひろ子、ダイアン・レイン、ジェニファー・コネリーなどが人気上位だったと思う。

男優陣ではちょうどヤング・アダルトって言ったっけ?「アウトサイダー」って映画のボーイズ(マット・ディロン、トーマス・C・ハウエル、ラルフ・マッキオなど)やジャッキー・チェン、リー・リン・チェイ(ジェット・リーのこと)、ブルース・リーなどのアジア勢も人気だった。

個人的には「アウトサイダー」よりも「ランブルフィッシュ」という映画にかなり引き込まれた。ある意味、雲が好きになったのもこの映画の影響があっただろうし、モノクロと色彩とのコントラストも衝撃的だったし、バイクに乗ったミッキー・ローク(の影)もめっちゃカッコよかった。

何度も書いているが、中学時代は映画禁止という土地柄...。校則破って映画を観に行っていたのがどれほど良かったことかと、いまでも思っている。タダ券(映画館の株主優待券)を毎月入手してくれていた両親にも感謝してます!

雑誌を読んで、映画を観て、また次月の雑誌を読む。そういう日々が情報過疎の山口県の少年には心躍る時間でした。でもシネコンやインターネットの登場で映画産業が成熟した市場となり、広告として雑誌媒体の力を必要としなくなっているのかもしれません。

海外情報すら無料で入手でき、情報が編集の価値と無関係に流れていく世の中。でも市井の映画評のほうが的を射ていることもあったり...。良いとか悪いとかそういう意識とはまったく別次元に、急速に進んでいく情報伝達と人類とのかかわり。「雑誌」という紙媒体はもっとも難しい時代かもしれないですね。特に広告としての紙媒体って...。ボクは紙媒体好きですけれど!

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2008.08.22

南硫黄島特集記事ダウンロード

日経サイエンス9月号6月に参加した「南硫黄島シンポジウム」の最後の挨拶で、ちょこっとだけ触れられていたテレビ放送(NHK BSHi)が、いよいよ来週の予定です。

また日経サイエンス(2008年9月号)では、今回の調査の、いや探検の特集が組まれています。

1冊1400円の高額な雑誌(定期購読だと少しお得)なのですが、日経サイエンスは有料で「記事ダウンロード」を行っていて、南硫黄島特集ページ(全19ページ)もPDFファイルでダウンロードできます。700円です。

19ページで700円でも高いかも知れませんが、興味のある記事だけを手軽にダウンロードできる(決済後48時間以内なら何度でもダウンロードOK)というのはありがたいです。早速ダウンロードしてみました。

PDFだけに写真も美しくて文字も読みやすいです。ただひとつ、見開きページが見開きにならない。その原因は1ページ目が無意味な扉(白地に日経サイエンスと書かれているだけ...)になっているから。

せっかくの見開き南硫黄島の写真が、2ページ単独(無意味扉と2ページ目の見開き)、3~4ページの見開きと表示されてしまってます。こうなると、2-3ページにまたがった写真の右側が切れてしまい、違和感が残ります。それが嫌ならダウンロードより雑誌を買えっていう日経からのメッセージなんでしょうかねぇ...。

1ページ目の扉が無ければ見開き表示設定で、1-2ページ、3-4ページ...と見開き表示できるのに、無意味な1ページ目が邪魔になり、その後すべて見開き表示に違和感が残っちゃいます。もしかすると1ページだけ無視して2-3ページ、4-5ページと見開きで表示させる方法があるのかもしれないけどさぁ。アドビ、教えて!

ま、そんな違和感もありますが、記事自体は大変興味深く、私がシンポジウムで質問させていただいたルート工作の図などもあり、読み応えありそうでした(まだパラパラ写真見ただけで全部読んでないので)。

いつも言ってますが、書籍も雑誌も出会った時に入手しないと、なかなか後から入手するのは困難ですので、興味のある記事を見つけたときはとりあえず入手というのが鉄則ではないでしょうか!というわけでご紹介でした。

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2008.08.20

学校の勉強は必要なのか?

小旅行&帰省でずいぶんブログをサボってしまった!また日常的に、いろいろと可及的速やかに解決すべき問題があり、ブログ更新もなかなかままならない状況にある。旅行の音源も少しあるので、おいおいそれもアップしていきたいが、編集している時間が無い。そんなときはドラマ時評だ(笑)。手っ取り早くリハビリをしていきたい。

昨日のドラマ「太陽と海の教室」では、優等生の反乱的風景がテーマとなっていた。学校の勉強は必要なのか?あるいは何の役に立つのか?永遠のテーマだねぇ。それが永遠のテーマとなることにこそ、意味がある行為であること、存在意義のあること、だといえるのかもしれないがねぇ。

学校は「知識のカタログ」であれと一貫して主張してきた私だけれど、いまや知識のカタログですらなくてもいいかなと思ったり思わなかったりラジバンダリ!カタログレベルの知識はネット社会のなかに既にあるから。

学校はもっと生臭い、ヒトとヒトとのコミュニケーション訓練の場所だったりするかもしれない。長屋とか村的な社会コミュニティが崩壊しつつある現代社会のなかで、学校は結構貴重な「ご近所」的つながりを保てる装置かもしれない。

そういう付き合いが嫌いなヒトは確実に増えていると思う(オレもそうだし)。しかし、そういうコミュニティが実は社会の原動力だったり、ヒトが根源的に持っている帰属意識の規模だったりするように思う。精神のふるさとみたいな感じで。

都市生活者のチルアウト趣味みたいな“ヴァーチャルな田舎幻想”(笑)とは違う、学校という「場」を持つことで得られまた避けられないリアルな関係性、それがヒトの生きる力を強化するシナプスの役割を果たす可能性はあると思う。織田裕二がやってる先生って、そういうリアルな関係性の具現化ってことかなと思ったりして。

もっともそんな役割が何も「学校」である必然性はないわけだが、これはもう歴史の連続性としか言いようの無い存在として既にある「学校」の、今日的意義の変化(または進化?)として捉えてはいかがだろうか?そのように活用してみてはどうかという提案でもある。

と、学校の一側面を肯定しつつ、私のメインの主張は、およそ7年前に書いた学校論(未完のまま7年放置...)に死ぬほど長文で示してある(^_^;)。徹底的にヒマで学校論に興味があるヒトだけご覧ください。この文章のテーマと、昨日の「太陽と海の教室」のテーマとが酷似していたので、個人的にはドラマを楽しく鑑賞できた。

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2008.07.27

日テレ行列のできる法律相談所

そら、行列もできるやろ!

法律相談せんと、トークばーっかりやっとんねんからっ。

番組主旨かわっとるちゅーねん!

ま、変わってから、よぅ見とるけどな(笑)。

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2008.07.23

フジテレビ注目ドラマ2本

猿似の先生がモンキーっぽい生徒たちとにらめっこするドラマ「モンキーと猿の教室」が始まったね!?あああ、違った!「太陽と海の教室」だった。

それにしても出演者がいいっすね。「モップガール」の北川 景子に、「わたしたちの教科書」から谷村 美月と冨浦 智嗣(妙に声が高い男)、「あしたの、喜多善男」から小日向文世と吉高由里子、「プロポーズ大作戦」から濱田 岳。

視聴率とは無関係に、それぞれのドラマで光っていた役者さんが集まった感ありですよ。ある意味月9らしくないけれど、かなりそそられるキャスティングです。もちろんオレと誕生日が同じ織田裕二も、“素”のしゃべりも結構いけてしまう北乃きいも確実な仕事してくれそう。

●コード・ブルー

今クールのCXには「コード・ブルー」もある。こっちのキャスティングもみごと。フェロー役の皆さんは、役者としても大人に脱皮が迫られてる主役級の若手ばっかり。

役者としてのいまポジションが役に投影され、ここでの評価が成長へのステップに密接に結びついているといっても過言でない。そんなドラマだと思う。イメチェンという面では戸田絵梨香が注目だな。

こうして考えると、オリンピックイヤーではあるものの(であるから?)、力のある役者による世代交代の波が押し寄せてきているのをヒシヒシと感じる2008年だ。かなり層が厚くなってきた感じ。

数年前のある時期、どうにもこうにもキャスティングしずらい頃があった。ジャニーズ縛りのせいだけじゃなく、空白の数年間みたいなテレビドラマ界があったように思う。でもそろそろ時代が変わって、ドラマのヴァリエーションが増やせるサイクルに入ったかも。オレがキャスティングするわけじゃないけど(笑)。

どんな物語でも可能なこういうときに才能ある新人脚本家とかじゃんじゃん出てきて欲しいものだ。才能なんてものはいくらあっても時代の後押しがなけりゃ花開かない。時代が才能を欲しているときってのがある。いま、そういうときじゃないだろうか。波に乗れっ。

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2008.07.10

正義の味方の見方は志田未来の未来

母島の旅を書いている途中ですが、日テレドラマ「正義の味方」についてちょこっと書いておきたい。というかこのドラマは早く書かないと視聴のベクトルがブレちゃいそうだから。

個人的にはこのドラマ、志田未来の未来を占う、その一点で見たいと思っているところ。志田未来については、なにげに結構書いてきた。その根底にあったのは「志田未来は子役なのか?」というテーゼだ(テーゼってなに?)。

子役としてウマい。子役として魅せる。子役として秀でている。そういう見方を半分はしていたが、もう半分は役者としての未来を感じさせる存在としての志田未来を買っている人も多いのではないか。成海璃子とは違った存在感で。

「正義の味方」はコメディのようである。いま(いろんな意味で)旬の山田優が主演かと思いきや、どうやら志田未来とダブル主演の様相だった。

志田未来は困ったり深刻だったりする役で抜群の存在感を魅せる。そんな志田未来がコメディの主演なんてどうなのか?と若干の不安もあったのだが、この役は山田優に対するカウンター的なポジションで、視聴者は山田優に翻弄される志田未来の困ったり深刻だったりする演技に笑いながら接することが出来る、という仕掛けになってる。

なるほど!この手があったかってな感じだ。

コメディエンヌのあり方まで考えさせる志田未来。そしてこのシチュエーションを与えられる引きの強さも持ってる。やはり大物感ありだ。

となると、このドラマは志田未来が子役なのか役者なのか、その分岐点として重要な意味を持つ。志田未来のキャリアのなかで、そういう位置にあるのが今回の「正義の味方」なんだ(>オレ目線でしかないですが...)。

だから、田中好子と佐野史郎が両親だったり(ついでにキャンディーズをハミングでハモってみせたり)、ものすごく贅沢なドラマで申し訳ないが(って誰に?)、今回の「正義の味方」の見方は、志田未来の「未来」を見せてくれるかどうか、その一点に絞って見ていきたいドラマだ。その贅沢さを置いてでも、未来を見たい。見せてほしい。

追記 -----
そんな志田未来中心主義のオレだが、もうひとり気になる存在は、志田未来演ずる中田容子の友人の一人、小松響子役の中村静香。

この子は上野樹里主演映画「幸福のスイッチ」で妹役をしていた(映画デビュー作)。そのときの天真爛漫な演技は実に爽やかだった。当時のオレも「今後期待できる逸材」と評価してる

今回はチョイ役だけど、こういうときにちゃんと仕事してみせるのが大切だ。見てる人はちゃんと見てるからね!

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2008.06.24

ドラマ監査法人

NHKの土曜ドラマ「監査法人」が面白い。この枠は以前から注目のドラマが多い。前回の「トップセールス」も、実は前クールでもっとも面白かったドラマだ。ただ、いかんせん話数が少なくて、ここに書き込むタイミングを逸してしまう。今回の「監査法人」も全6話ですでに2話終わってしまった。

だいたいいつも3話目くらいから面白さを判断し始めることが多いので、そうなると土曜ドラマはもう半分終わってる。名作中の名作「ハゲタカ」も「人生はフルコース」も「ちゅらさん4」も、ちゃんと書けずに終わってしまった。

というわけで「監査法人」は、書いておこうと思ったわけ。それにしてもNHKの経済ドラマは銀行に厳しいっすね(笑)。悪の枢軸は銀行っていう基本路線が明確。気持ちいいっす!

ボクも某監査法人と仕事したことありますが、正直、厳格監査って効率悪い。通常業務の合間を縫って協力してるわけだけど、膨大な時間を割かれる。あれもってこい、これ説明しろ、(ま、言い方はもっと丁寧ですけれど^_^;)。言うのは簡単だからねぇ...。

例えば企業がみんなこんな非生産的なことをさせられているとすると、収益に影響するんじゃないかとも思えてしまう。悪く言えば「営業妨害」みたいにすら感じるときがある。資料集めに使った残業代を監査法人が払ってくれるわけじゃないからね。

前に倒産した取引先からの債権回収のため、弁護士事務所で法廷用の書類をガッチガチに固めたことがあるけど、それに近いことを四半期ごとにやってる。そりゃキッチリやって清廉潔白かつ透明な決算書類は大変大切だ。しかしここで出来上がる書類は正しいことが前提なので、完璧になっても生産性はまったくあがってないどころか、逆にコスト増なだけ。書類の保存だって保管費用がかかるんだよ。監査法人の倉庫を無償提供してくれないでしょ?

「いや、それによって株価に影響する」というのももっともなご意見だとは思う。株主資本主義でしたっけ?ボクなんかそういう考え方「ケッ!」って思うけど。内申書にビクビクして本当の学びが身につかない優等生の姿にちょっと似てる。現場を巻き込むなよって思う。

まぁ、「監査難民」って言葉もあるくらいだから、監査してくれる監査法人がなくなったら決算が通らずに、それこそ存亡の危機に陥る。なんだかわけのわからないスパイラルに巻き込まれる可能性があるから、協力せずにいられない。三谷幸喜のコメディみたいな話だ。

そもそも本家米国のSOX法は、一部の巨悪が露呈したがために、あらゆる企業なり事業主を性悪説で見ようという法律じゃないの?アメリカが没落していくのは、こんな非生産的なものを全体に適用しようとしてるからだと思えてならない(すでに緩和策も取られているとか)。もっともモラルハザードが進んでいけば、それも経済衰退を招くんだろうけど。行くも地獄戻るも地獄のSOX法。どうあがいても世の中、盛者必衰ってことよねぇ...。金融版禁酒法じゃない?

そんな非生産性を日本にも導入しようってのがJ-SOX法ってヤツだと思うんだけど。きっとこれで経済がさらに停滞して、そのうちゆり戻しが来るよ。例えるならダイエット後のリバウンドってヤツ(笑)。締め上げて再度緩めたら、それこそモラルはさらにハザードっちゃうよ。

不正をする輩は、どんな法律が出来てもやっちゃうんだからイタチごっこ。そのとばっちりを厳格監査という名の非生産性システムで普通の企業が受けるわけ。どんなに厳格なことしても限界あるでしょ。正しいけど非生産的。この「正しさ」ってヤツも扱いにくい概念だね。結婚式での長いスピーチみたいな感じ。お願いした手前止められない(笑)。よかれと思ってやってくれてるわけで...。

とまぁ、私見はこのくらいにして、「監査法人」はドラマとして面白い。巨悪を相手にしているときは、監査法人がまさに正義の味方だ(笑)。そして目に見える悪の背後には、必ず銀行という名の諸悪の根源(ボスキャラ)がのうのうと生きさらばえているわけだ。

そういうことなら銀行を最初から徹底的に調べ上げればいいんだけど、銀行にはカンタンに公的資金を導入しちゃったりするニッポン。チグハグだねぇ。そういう世の中を完成させたのがコイズミだったことは死んでも忘れちゃならないよねぇ。

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2008.06.13

渡辺“ジェニファー”直美

今週の爆笑レッドカーペットでレッドカーペット賞を取った渡辺直美。ますます磨きがかかってますな。

今回はビヨンセじゃなく、ジェニファー・ハドソンがドリームガールズで歌った名曲中の名曲「And I Am Telling You I'm Not Going」でした。

これは楽曲のインパクトと渡辺直美のインパクトによる、ある種ワンマンコラボカーペットだったな。

この曲は実力のあるスターを作り出す魔法の曲だ。

ジェニファー・ハドソン、ラキーシャ、そして渡辺直美...。

共通点は、肉体派ってことかも(笑)。

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2008.05.05

水谷豊のCDは通常版必聴!

音楽を聴きたくないっ!と書いてから舌の根も乾かぬうちに音楽CD紹介ですけれど(笑)、水谷豊さんご出演の「SONGS」(NHK)観ました。すばらしい!

なにがすばらしいって、番組のなかで「表参道軟派ストリート」(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童)を歌われたんですよ!正直10代でなきゃ歌えない(いや21世紀の10代でも歌えない)恥ずかしい歌詞を、当時の自分の映像とデュエットですよ。

リラックスした水谷豊さん、はじめて見たような気さえしました。

水谷豊という特異な役者について、ボクは大いなる勘違いをしていたようなのです。ボクは水谷豊はオトコ市原悦子(家政婦は見た)ではないかとずーーーと思っていたのでした。

その独特の雰囲気・オーラに包まれた演技力。他の誰にも替えることの出来ない存在感。棒読みに見えて、しかしそのセリフ回しでなきゃ完成され得ない苦悩する若き犯罪者(の役)。

原田美枝子と夢の共演映画にして秀逸な「青春の殺人者」や、「俺たちの勲章」第15話「孤独な殺し屋」こそが、ボクにとっての水谷豊の真骨頂なのでした。

しかし、SONGSのなかで言われたのは、ドラマのなかに(演技ではなく)素の自分を観てもらいたいということでした。熱中時代を引いての談話でしたが、ボクは驚愕しましたね。あの存在感は素の自分なのかって。おそるべき役者ですなぁ。

そして50代で歌う「表参道軟派ストリート」です。素の自分で歌える歌じゃないんですよ、ホント!22年ぶりのCDでも、制作者側は悩んだと思うんですよ。この曲をセルフカヴァしてもらうのかどうか。

それでかどうだかわかりませんが、初回限定盤には「表参道軟派ストリート」が入ってません。通常版のほうにだけ入ってるようなんですよ(発売まで若干日があるので変更あるかもしんないけども)。

普通、初回限定盤(DVDもついてる)を買いたくなるもんですが、水谷豊22年ぶりの新作「TIME CAPSULE」は通常盤で「表参道軟派ストリート」を聴くことがもっとも重要だと思ったりしているわけです。

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2008.04.29

現代少年コナン

2008年昭和の日、未来少年コナンDVD-BOXをようやく見終えた。今年7月には洞爺湖サミットが開かれる予定だけど、未来少年コナンのなかで2008年7月といえば、地球は超磁力兵器による世界大戦で地軸が捻じ曲がり大陸が海に沈んでしまった未来でした...。未来少年コナンはその約20年後の物語。

いまの世の中、21世紀、人間界はテロの世紀といわれ、自然界では地球が悲鳴をあげている。世界大戦はなんとか免れているけれど、世界の覇権争いでは一触即発な環境が醸成されつつある。未来少年コナンの中で描かれたさまざまな問題が露見しているともいえます。

しかし未来少年コナンをあらためて見直して、これはレジスタンスの物語だったということが良くわかります。1978年の日本といえば、安保闘争が敗北に終わった後、高度成長の只中にありました。そこに宮崎駿のコナンが登場しました。その後の宮崎作品はほとんどコナン外伝のようなものかもしれない。コナンにはすべてのエッセンスが詰まってる。

インダストリアの支配(独裁)を企み最後はギガントに乗って世界征服を妄想する男レプカから、少女ラナを救い、レプカの部下だった女性士官モンスリーを寝返らせ、ハイハーバーを守り、生まれ故郷である残され島へ開拓者として戻っていくコナン。超人的なヒーローであるコナンがインダストリアでは抑圧された人々を助け、レジスタンス運動を成功に導きます。

いまの世の中、アメリカ帝国主義からテロと呼ばれているものすべてが本当に悪なのか。レジスタンスとテロリストとは、それに関わる自分自身の立ち位置によって正反対の見方になります。未来少年コナンのなかで描かれたレプカ対パージされた人々というわかりやすさが今ないのは、中間層にいる人々がどちらかといえば権力者側の情報に泳がされている可能性があるのではないか。

いっぽうでインディーズ系メーデーのような運動は広がり、格差社会のなかであえぐ人々の自発的な闘争も始まろうとしています。日本のレプカをあぶり出し、格差のない世の中を開拓しようとする人々。そのような時代にコナンは必要ないかもしれない。ただ一人のヒーローよりも、人々の力・自発的連帯が世の中を変えるのかもしれない。

ところで今年7月の洞爺湖サミット、そのパンフレットは名探偵コナンです。2008年7月はコナンが熱い(笑)。ボクはやっぱり反体制で、(押し付け愛国心ではなく)自発的愛郷心のある未来少年コナンが好きです。腐っても体制側のパンフになんかなって欲しくないやね。

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2008.04.26

聖火ランナークイズスタート!

いまNHKでクイズ特番やってるよ。聖火ランナーが誰かを当てるリアルタイムクイズ(笑)。

厳重警戒で護送されてる(?)聖火ランナーの名前は公表されていない。

アナウンサーも幅広い著名人を知ってないといかんから大変だぁ。

マスコミ新入社員の感度チェックに使えそうだぞ。

NHKはウラで名簿を入手しているかと思っていたが違うのか?

やっぱインサイダー取引する局員もいるから信用されてないんだな(>_<;)。

それにしても面白い光景だなぁ。なかなか見れないコメディだ。

個人的にはオリンピックのハイライトだな。聖火護送集団!

思わず録画し始めた。でもYouTubeで出てくるだろうな。楽しみ。

欽ちゃんに沿道からモノ投げんなよ!失敬な抗議方法だ。

でも透明の盾に守られて笑顔の欽ちゃん。

アナウンサーもそういうことにはあまり触れない。

昭和のプロレスラーにトイレットペーパー投げるみたいなシチュエーション見れないかなぁ。

これ、お祭りなの?どー見ても政治デモに見えちゃうよ。

映像を見ながら思わず「安保!反対!安保!反対!」って口走っちゃったよ。

でもこの隊列は機動隊なんだよなぁ。時代は変わったなぁ。

映像からひとつも楽しさや期待感が伝わってこない。聖火リレーなのになぁ。

何のために走るのか。何のために守るのか。

世の中の矛盾を凝縮して、聖火リレーはなぜか世界を駆け巡る。

火をあがめるのやめようよ。

かつて火は神聖だったかもしれない。

けれど、いまや戦火が世界を席捲してる。

日本の国旗「日の丸」はとってもいいデザイン。だけど汚された。

火だって同じじゃないか。オリンピックそのものが汚れてて。

聖火も日の丸も、崇めながら汚してきた人々がいる。

彼らを象徴するものだから、気持ち悪い。

お、福原愛ちゃんだ。これはサービス問題だな(笑)。

欽ちゃんにモノが投げつけられたってコメントがニュース風に流れたぞ。

ここがハイライト中のハイライトだったのかな?

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メルシィ!人生 放映決定!

いま日本でこの映画の放映を心待ちにしている人がどれくらいいるのでしょう?フィリップ・デグリーの新作を心待ちにしている人より多いかな?でもボクには因縁ありのこの映画。ついに放映決定です!

2007年1月に「映画四昧」のなかで「メルシィ!人生」をamazonで予約したことを書きました。しかし、待てど暮らせど入荷せず。結局この年の12月まで引っ張って断念(というか強制キャンセル)させられていたのです...。

ボクには(っていうか誰にでも?)、欲しいけど手に入れられないモノのリストが頭の中に常にありまして。その1ページ目には“愛”と書かれているんですけれど(笑)。落ち目のアイドル歌謡かよ!

で、そのリストの中の文字を発見する能力にかけては、他の追随を許さない私がここにいるわけです。まぁオレの頭のなかだけの世界だからね。

今朝も何気なく、いや原田美枝子デビュー作「恋は緑の風の中」とか、トニー・ビル監督の「マイ・ボディーガード」などが放映されないかをチェックしていたんです。そこで発見したのが「メルシィ!人生」でした。

やってくれるぜ!さすがシネフィル・イマジカは映画ファンのためのチャンネルでござんすねぇ。

さて、放映日ですが、シネフィル・イマジカの紹介ページにリンクしときます。って、なんだ?3月からやってんじゃん。まったく見つけてなかったなオレ(笑)。他の追随許しまくってる!ま、いいさ。観れれば。いや録れれば。5月は最後のチャンスだ!

前夜祭と称して「奇人たちの晩餐会」をもう一回観ようかな。

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2008.04.23

櫻の園 リメイクじゃなかった

昨日書いてからリメイク情報もググってみたら、リメイクじゃなさそうですね。中原俊監督・じんのひろあき脚本という前作「櫻の園」の最強タッグが、また違った視点で女子高演劇部を中心に据えた物語を紡ぐってことみたい。

いわばスタートレックTNGにおけるスタートレックDS9のような、カムイ伝におけるカムイ外伝のような、そんなイメージでしょうか(?)。大林監督の「転校生」と「転校生さよならあなた」との関係にも似てる。うん、この関係が一番しっくりくる。そして「さよならあなた」も名作に仕上がってたじゃないっすか。

戦国自衛隊とか(>この例えもうええっちゅーねん!)。「櫻の園」ってタイトルの重さというか思い入れがあるので、前作ファンからの拒否反応は当然あると思う。でもそれを作品力で克服していくという方法論(突破口)が見つかっている現在、営業的な戦略として前作と同タイトルをつける意味以上に、アーティストの力量が問われるチャレンジという切り口で捉えたい。

拒否反応というリスクを超えたところに、また新たな名作が生まれる可能性がある。それは単にハリウッド的な“パート2”という以上の。まぁパート2、パート3にも名作はあるけれど。ゴッドファーザーみたいに(もうええって...)。

スピンオフっていうと新作に失礼ですが、前作ファンもそういう目線で楽しめばいいように思う。まぁ映画の出来次第ってところはありますが。期待したい!

※ゴッドファーザーのDVDコレクションBOXは本編とぜんぜん関係ないけれど(笑)、あまりにジャケットがかっこよすぎなので、写真を載せたくなった次第。

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2008.04.22

櫻の園 リメイク

ここ二ヶ月くらい、日に3~4アクセス程度だけど毎日、むかーし書いた桜の園評のページにアクセスがあって。このページは地味だけど書いた当時から途切れることなく結構アクセスある。でも最近顕著だったのさ。なにかあるのかなと思っていたら、名作日本映画「桜の園」がリメイクされるとか。

リメイクもいいけど、これを機会に前作をブルーレイディスクで再発売して欲しい!絶対買う。

ついでに女子高つながりで、日本テレビの名作ドラマ「名門私立女子高校」のDVD化(あるいはCS他で再放送)も望んでおきたい!最終回の1つ前の回のデキがいいドラマこそ名作の名にふさわしいということを最初に悟った懐かしいドラマだ。

リメイク情報なーんも書いてなくてすんまそん...。別に反対したりしてないっす。ただこの機会に乗っかって昔の桜の園ブルーレイ化運動をと思ってさ(笑)。

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2008.04.20

地デジブロックノイズに怒れスポンサー!

テレビが地上波デジタル放送に完全移行するスケジュールだが、デジタル化されて視聴者はアナクロな問題に悩まされている。先週金曜もそんな一日だった。

関東は大雨で風が強かった。朝から天気予報は「今後さらに風雨が強まる」と言っていた。それを聞いて「こりゃぁ、今夜のドラマは録れないかもしれないなぁ」と漁師のような気持ちで予約録画をしていた。

案の定、結果は散々。「パズル」は6分だけブロックノイズが録画され受信停止(録画も切れてた)。初回でつまづいたのでもう観ないかも。ただでさえ今クールは録画予約が多い激戦なのだ。昼の番宣特番まで録画したんだけどな。

around40」では途中厳しいまでもストーリー展開がわかる範囲で進行したが、最後に天海祐希がプロポーズを断るシーンから測ったように完全ブロックされた...。途中、なんで断わるのかと問いかける松下由樹だけ一瞬口の動きが読めた(>_<;)。怒り心頭のオレも注文の多いオトコ、アラフォーのひとりだ。悪いかコノヤロー(笑)。

もちろん回避方法がないわけじゃない。ケーブルテレビにも入っているし、アンテナの質や向きを替えることで向上するかもしれない。だが問題はそんなとこにない。

アナログで普通に見れていた番組を完全シャットアウトするブロックノイズは、CMだってブロックする。スポンサーの利益を著しく損ねているのだ。

ゴールデンタイム、プライムタイムって言葉は視聴者にとってというよりも、スポンサー料金設定の話だ。そんな時間帯に莫大な資金を投入して広告宣伝しているスポンサーの15秒が、風が吹いただけでまったく視聴不能になるのが地上波デジタルだ。

こんな事態にスポンサーは怒らなければならない。あるいは指向性の高いネット広告ほかに投資を向ける必要性が高まるかもしれない。

最初はテレビ局内部からも「東京タワーから見てある一定方向では映らない」とまでいわれていたデジタル放送なのだ。それを推し進める国家の意図がどこにあるのかは知らない(米国にあるのかもしれないが)。まぁ見せたくない映像を完全ブロックできるデジタル放送は国家には有益かもしれない。しかし視聴者に格差を生み、スポンサーに不利益を与える品質をこのまま放置しておいていいのだろうか。

オレに資本があれば、ブロックノイズで難視聴になった地域を特定する事業を作る。それでそのブロックされた地域に対するスポンサー不利益を算出してテレビ局に返金と慰謝料(あるいは再放送)を求め、その料率でオレの会員スポンサー企業からマージンを受け取るというビジネスモデルだ。逆視聴率調査。ヤクザみたいだが公益性がある(笑)。

そんな軋轢を避けるためにも、地デジはなんとしてでも品質向上をしなければならない。完全デジタル化まであと3年ある。スポンサーも視聴者も納得する品質を求む!!

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2008.04.19

樹里っぺ期待通り!ラスト・フレンズ

CX木曜22時のドラマ「ラスト・フレンズ」はかなりいい。今朝の5:30ごろようやく第二回を観ることが出来た。撮りだめビデオでテ・ツ・ヤ!朝からハイですマ・サ・コ!ソーレ、ヒットエンドラーン、ヒットエンドラーン!ホームシアターでポップコーン...。

さて気を取り直して本題へ。(ジャニーズ枠も含めた)旬の俳優総動員で顔見世的になるのを心配していたけれど、まったく問題なさそうでホッとした。そんなキャスティングの問題なさとは真逆に、ドラマのストーリーは現代若者が抱えるさまざまな問題総動員だ。それぞれが持つ悩み(秘密)がどのように絡み合っていくのか、ドラマの展開に引き込まれる。

なかでも上野樹里が最高にいい。2005年に「樹里っぺに期待すっべ」を書いてから、上野樹里の映画はとりあえず全部観てる。2006年「亀は意外と速く泳ぐ」の記事のなかで、ドラマ「翼の折れた天使たち 最終夜」での演技を“新しい領域”と書いた。また、「たぶんどんな役でも入り込める、真っ白なまま成長できる逸材だと思う。でも今度はまたスウィングガールズ以来のパーっとド明るいキャラを見てみたい。」とも書いていた。

その後は、秀作「幸福のスイッチ」を経て、ご存知のとおり「のだめカンタービレ」で大ブレイクだ。のだめオーケストラの公演にも駆けつけた。まさにド明るいキャラを見せてくれたわけだが、あまりに“行っちゃってる”ので、戻ってこれるのかをショージキ心配していたのだ。

しかし、のだめ的世界からのリハビリ(笑)ともいうべき英国旅行(BSハイビジョン「輝く女 上野樹里」)で“のだめ臭”を洗い流し、また真っ白になって戻ってきたのであった。もっともTBS「冗談じゃない!」その他は、まだリハビリ中だったと捉えているが(^_^;)。

そして今回、長澤まさみとの共演だよ。昔から両雄並び立たずとかいろいろ言われるが、今回のキャスティングははっきりとコンセプチュアルであり、個性が立ちやすい。プロデューサはじめスタッフの尽力を感じるね。ジャニーズ枠もあってのこの手腕(笑)。

上野樹里はもはや女優といいたくない。真に役者だよ。将来、どんな役が待っているかわからないけれど、白紙に色をつける役者資質は良いスタッフに恵まれてこそ育つはず。

はからずもラスト・フレンズでは性の問題に絡む秘密を持っていそうな役柄だけど、上野樹里自身の将来も、女優(女)という枠を取っ払って、ひとりの役者として勝負できる作品を期待していきたい。

今クールは上野樹里の大飛躍と、唐突だけど釈由美子(テレ朝「七人の女弁護士」)が持つ向上心へのオレ自身の感性が間違ってなかったことを確認できてうれしい限りだ!なんだか徹夜が増えそうだ...。

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チョーウケる!おんな任侠筋子肌

毎週水曜深夜にやってるテレビ東京「週刊真木よう子」は、毎週「真木よう子主演」という部分だけが共通しているオムニバスドラマ。その第三回が「おんな任侠筋子肌」だった。さっきようやく見たが、もー昭和の匂いプンプン!

ニヤリとした真木ようこのドアップに、真っ赤な毛筆体(というか女囚さそり書体)でデカデカとタイトルの筋子肌が出た瞬間、バカウケ!気分は一気に昭和の東映映画にタイムトリップ。当時の映画の“文字の威力”ってキョーレツ。東映ヤクザ映画とか。いま観ると新鮮でもある。

そして30分間、ぜんぶ梶芽衣子と不条理な世界観のパロディで一気に突っ走った。オレ自身はもう柳原可奈子のパロディかというくらいに「超ウケるー!」を連発して一気に見終わった。キル・ビルのタランティーノ監督にぜひ見せたい!

阿部サダヲ、阿藤快ら豪華出演陣を使ってのこのバカっぷり(笑)。のっけから“スナック&バーさそり”にて、恨みつらみで筋子の化け物になった真木よう子が、熱くたぎる筋子肌で復讐に現れる。

銭湯の跡地で真木よう子と戦う阿部サダヲの顔は怖かったな。まるでスタートレックTNGのデータ少佐のような顔だった。

そもそも毎週異なる12人の真木よう子主演ドラマというアイデアそのものは、「24人の加藤あい」のパロディともいえるか。

パロディにパロディを重ねて徹底的に笑わせてくれた今回の「おんな任侠筋子肌」は秀逸だった。今後もタナダユキ(タカダワタル的)や三木聡(時効警察)などの注目作品が目白押し!

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2008.04.06

太陽にほえろ2057

正直、「28日後...」を観てなければこのすんばらしいSF映画を観ることはなかったかもしれない。あるいはまた、ブルーレイディスクでなかったら買っていなかったかもしれない。ダニー・ボイル監督の映画「サンシャイン2057」は古典的SF映画好きで画質にこだわりのある映画をブルーレイで観たいというオレにうってつけの映画だった。

「サンシャイン2057」、なんてつまらないタイトルなんだろう(笑)。でも「2057年宇宙の旅」じゃなくてよかった(笑)。個人的には「太陽にほえろ2057」がいいと思うのだが、あきらかに観客をミスリードしてしまうか?太陽にほえたくなる映画だ(?)。

ボスは石原裕次郎ではなく真田広之。大変すんばらしい役柄と演技だ。でも日本じゃ真田広之というとスターの一人であり、そんなスターの真田が外国映画にメインキャストで出ています的な感覚(偏見)を持ってしまうと、この映画もなんだか観るまえに敬遠してしまうヒトがいるかもしれない。なんだか芸能界特有の仕掛けの匂いが漂うから。

でもそれは大きな間違い。基本的にはワールドワイドに手垢のついていない役者を集めてリアリティを出している。トム・クルーズが出ていたらオレもきっと敬遠したことだろう(笑)。アジア系の俳優を多く使う意味も、2057年という近未来の覇者はアジアだというひとつの見識の現れ。「たそがれ清兵衛」の好演がこの「サンシャイン2057」につながったようだ。

SF映画は静かなのがいい。「2001年宇宙の旅」とか「ソラリス」とか。スターウォーズもいいが、スタートレックの知的な興奮、人間ドラマ、そういうのがいい。宇宙は静かな場所だ。そして死が隣にある世界である。荘厳さと閉塞感。古典的SF映画の静けさへのオマージュが随所に感じられる。

そして圧倒的な映像美。恐ろしくもありがたい太陽という存在を美しく描いている。この美しさが、映画後半のカルト映画的な展開への伏線ともいえそう。

全編見終わってすぐに監督のコメンタリーで再度観始めた。さらに科学監修のブライアン・コックス博士によるコメンタリーまで収録されているところもカルト映画ちっくでいい。

ダニー・ボイルってのは、なかなか社会派で実力もある監督だと思うが、興行的には当たり外れが大きい。しかし「トレインスポッティング」や「28日後...」のようなヒット作品があればこそ、「サンシャイン2057」のような映画好きのための映画もこうしてブルーレイディスクになってくれる。そしてトレインスポッティングも今月ようやくブルーレイ化されて発売だ。

こういうバランスは結構いいのかもしれない。オレの大好きなソダーバーグ監督も似たような側面を持つ。ハリウッドでカネ儲け映画を録り、その余波で好き勝手な映画も撮る。最終的には好き勝手な映画のほうだって評価されるようになるはずだから、表層的な売れ筋映画だけやっていくより戦略的にも正しい。ただこれができるには筋の通った映画哲学のようなものが必要だろう。日本でいえば大林宣彦監督がそんな感じの監督だと思う。

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2008.04.05

ひとくちメモメンテナンス日程

ココログが個別ブログごとのメンテナンスを実施するようです。その間、コメント・トラックバックが受付できなくなります。

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通常、1分~10分程度でメンテナンスは終了いたしますが、この「ひとくちメモ」はデータ量が非常に多いため、メンテナンスが終了するまでに10分以上の時間が必要となります。

現時点でのメンテナンス予定は以下のとおりです。

メンテナンス日   :2008-04-09
メンテナンス所要時間:14分程度

※日付、所要時間は変更となる場合があります。また、詳細な時間帯はご案内できません。ご了承ください。
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というわけで、4/9は一日の間のどこか14分だけコメントが受付られなくなります。4/9にコメントしていただく場合には、コメント欄に書いた文字をいったんメモ帳かなんかにコピー&ペーストして送信をクリックするなど、リスク回避してくださいね。

4/9といえば、今朝シネフィル・イマジカでやってたキッズ・ショート#13「ミスター悪魔の恋人探し」の再放送があります(17:00)。

今朝偶然観て、ちょっと面白かったので再放送は録画予約済み。2006年ドイツのTom Brachtさん、Tim Weimannさんが監督の15分アニメ。予告編はMy Date from Hell @YouTubeへ。

ショートアニメの小品でも、こんだけクオリティの高い映像と音が作れるくらい制作現場は進歩してるんだなぁ。

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2008.04.03

文化庁 映画「靖国」を国会議員に試写

日中合作映画「靖国」はぜひ見に行こうと思っていた。

ついでに靖国神社遊就館にも寄って常設の映画も観たい、そう思っていた。

右翼を恐れてか都内の映画館はことごとく上映取りやめ...。

なんなんだ、まったく!

それにも腹が立ったが、国会議員が文化庁に試写を求めたって話はもっと腹立たしい。

カネ払って観ろよ、ボケ。

結局、日本ってタブーばかりの国家だってことだ。

これまでもそうだったけど、大衆レベルにまで浸透し始めたわけだ。

日の丸・君が代もそうだけど、自信がないから押し付けるんだ。

映画に圧力をかけるってのも、彼らの守りたいモノが揺らいでいる証拠だ。

結局、そういう幻想にしがみつくしかない愛国心なんて、哀しいだけだ...。

でもそんな哀しいタブーがどんどん大きくなっている。

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4/5追記:上記で「国会議員が文化庁に試写を求めた」ってとこのリンク先の新聞記事がいつのまにか消えていたので、別のもっと詳しい記事にリンクしておく。事前検閲ではなく、助成金の支出が正当かどうかの調査のために見たと言っているようだ。カネ払ってから言え、ケチ。言論封殺のために国会議員になったような議員に見えるが、あまりに哀しく小さい国会議員だ。右翼の運動までも小さく見せてくれるという逆広告塔としての意味はあるかもしれない。

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2008.04.02

ピンボケの思い出

昭和テレビ風雲録昔からテレビを読むのが好きでした。テレビジョン黎明期の現場を読むのが。テレビで放映される作品そのものももちろん好きですが、一番好きなのは実はその作品を作っている現場の空気感を見聞することだったりするわけです。

これまで読んだテレビ制作系書籍の主なものは、2004年に「テレビ放送50年記念ザッピング・ブックレビュー」と題して紹介したことがありました。もう4年も前なのかー。

で、今回久々に紹介したくなったのが秋場たけお著「昭和テレビ風雲録」(扶桑社刊)です。サブタイトルは「わがままカメラマンが行く!!」となってまして、この書籍はフジテレビでテレビカメラマンをされていた秋場氏の著作なのです。

テレビカメラマンの手によるテレビ制作現場のお話ってあまり読んだことがなかったです。でも、テレビはカメラなくしてはボクたちとつながれないわけで、その視点は視聴者と現場をつなぐ接点であり、大変面白く読みました。

とくにテレビ黄金時代の制作や技術スタッフどうしでの思い出話はまさに現場!ボクの嗜好にピッタリです。また著名人も、先日お亡くなりになった市川崑監督を筆頭に、石坂浩二さんやすぎやまこういちさんなどテレビ黎明期を語る上での常連さんほか、武田鉄矢さん、谷村新司さん、浅野ゆう子さんらと秋場さんとのトークは、カメラマンと役者の関係などがわかり貴重でございます。

秋場たけおさんってテレビカメラ業界のボブ・ディランだと思うんですよ。

ボブ・ディランってあのしゃがれた声がカッコいいわけですけれど、ボブ・ディランが市民権を得るまではプロの歌声は美しくなければダメでした(もちろんそれ以前からブルース・シンガーはいたわけですが)。日本にボブ・ディランの歌声が入ってきた頃、陽水だったか拓郎だったかが、「あんな声で歌っていいんだ」と開眼したそうです。

このディランのしゃがれ声をテレビカメラに置き換えれば、それは「ピンボケ」といえるのではないでしょうか。秋場たけおさんがCXの長寿音楽番組「夜のヒットスタジオ」でまさに“創作”したカメラワークのひとつ、ピンボケ画像は革命的だったというわけです(それだけじゃなく3台のコンビネーション他いくつもあるわけですが)。

ボクも夜ヒットにおけるピンボケ画像はよく覚えています。もちろんリアルタイムでは、その映像が秋場さんの創作だと意識して観ていたわけじゃないですが。イントロの演奏が始まってタイトルテロップが入って歌が始まる。その何小節かがピンボケ画像になっていて、歌の出だしでピントが合うという画面。覚えている方も多いのではないでしょうか。

あのピンボケは秋場たけおマジックだったのかーって思って。当時TBSであそこまでピンボケだと放送事故と言われかねないくらいのボヤけ加減。後発だったフジテレビだからこそ出来たとか。そして動き回るカメラワークは、当時他のテレビ局からも毎回見学者が訪れていたそうです。

そんな“動”の「夜のヒットスタジオ」を撮った翌日は、“静”の「ミュージックフェア」の現場です。こちらも長寿ですが、こちらは打って変わってギミックを使わない音楽の映像化にとことんこだわってます。美術担当はエッセイストとしてもおなじみの妹尾河童さん!フジテレビの社員だったなんてまったく知らなかったです(笑)。

ミュージックフェアは音と光(照明)の芸術ともいえる番組作りで、こちらもテレビの撮り方の金字塔です。この本には、「テレビにはテレビの撮り方がある」ということをテレビ黎明期に考え、実践し続けた著者の意気込みが感じられます。

著者の撮ったドラマや番組をいま見ることはなかなか難しいですけれど、市川崑監督と組んでハイビジョン試験放送で流されたという「その木戸を通って」とか、ライバルの日本テレビ開局三十周年スペシャル「幕末青春グラフィティ 坂本竜馬」とか、時代的にも70年代ブームのいま復刻したい杉田成道監督ドラマ「1970 ぼくたちの青春」などなど、ぜひDVDやCATVで観てみたいと思ってしまいます。

ボクが子どもの頃、フジテレビの番組は山口県ではほとんど見れませんでした...。TYS(TBS系列)がスポット買いしてた夜ヒットやひょうきん族などだけ。だから余計に観たくなってしまうのかも知れません。

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2008.03.30

久々に毎日録画に挑戦(?)「瞳」

連続テレビ小説瞳ガイドいよいよ明日3月31日から半年間、NHK朝の連続テレビ小説「」がスタートする。久しぶりに全編録画しようかなと思った。おしん以来だ(笑)。

でもおしんの頃は超高価なVHSテープに撮るしかなかった。テープ残量を気にしながら...。いまやレコーダーが勝手に録画してくれる。おしんを録った苦労に比べれば挑戦でもなんでもない。時代の進歩を朝の連続テレビ小説全部録りに感じる2008年春であった。

主演は演技力の評価も高い榮倉奈々。先ごろCXでやってた「プロポーズ大作戦スペシャル」は、まさに榮倉が主演のようだった!今回はダンサーを目指す瞳が若干二十歳にして里親に!?という設定で、舞台は下町(月島)。人情ドラマ的テイストもあるようだ。

下町テイストといえば最近はすっかり「ふくまる旅館」の好演がおなじみの西田敏行。朝の連続テレビ小説には1973年「北の家族」以来、35年ぶりのご出演とか。

榮倉の母には飯島直子。久しぶりの連ドラだと思う。朝の連続テレビ小説は初出演とか。個人的にはユースケ・サンタマリア再評価につながったドラマ「ウエディング・プランナー」(DVD化熱望中)の印象が強い。

そして、特筆すべきは鈴木聡さんのオリジナル脚本だ。鈴木さんのテレビ小説は「あすか」に続き2本目。竹内結子主演の「あすか」はDVD-BOX買って観てます。何度観ても面白いドラマですわ。その鈴木聡さんの新作ってことですよ。必見でしょ!

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2008.03.29

新銀行東京はハゲタカに売られるの?

「晴れた日に傘を貸し、雨の日に取り上げる」

名作ドラマ「ハゲタカ」(第二話)での松田龍平のセリフだ。銀行の過剰融資とその後の剥がしを指している。まさに言い得ているが、新銀行東京はちょっと違った。

新銀行東京は、雨の日に傘を取り上げられた人々に貸してあげるよと言って始まったが、傘なんかじゃ到底間に合わない嵐のなかでも傘を貸し続けた。ヘルメットが必要だったり、外に出ちゃいけない時にまで「傘があるよ」と言って連れ出していたわけだ。

そろそろ傘で間に合う時が来て、同じ傘をもっと安く貸してくれる従来のブランド(銀行)が復活してきた。傘が必要な人々は去り、嵐のなか傘を借りたまま行方不明になった人々(不良債権)が残った。

自分自身も瀕死の状態で貸す傘もほとんど無いのにまだ傘を貸し続けるという。無い傘をどうやって貸すのか?

そこでトミン君ちから盗んでくるわけだ。いやイシハラ君は「盗むわけじゃない、ちゃんと話し合って決めただろ」と言う。確かにそうだ。

まさか傘を盗むようなヤツだと気づいてなかったから彼を選んだ。トミン君が彼のこれまでの生き方をもっとちゃんと知っていたら選んでなかった。みんな表面しか見る時間が無いからね。面倒なことを考えたくないもんね。

でも政治が自分の生活を壊す可能性を身を持って知った。時間を作ってでもちゃんとした人間を選択しなければ自分が脅かされることを400億円の傘で気がつけばいい。これで終わりとはまったく思えないけれど...。

こうして新銀行東京は「雨の日に貸して、晴れの日に取り上げる」普通の銀行に生まれ変わろうとしているようだ。でも、盗んだ傘をお土産にして身包み剥がす追い剥ぎにくれてやろうという“秘策”を持ってるとの噂も。

どうせギャンブルなんだから、この400億円をヘッジファンドに突っ込んで一か八かの賭けをしてみたらいい。すぐに3倍くらいになるよ。でもそこはイシハラ君の嫌いなロシアや中国が主役の賭場だけど。

イシハラ君のようなハッタリだけの時代は完全に終焉を迎えたってことかも。もっと大きなサギがまかり通ってるし、せめてイシハラ君のような旧態依然とした典型的な詭弁には騙されないよう考える必要があるよね。他人事だけどね。

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2008.03.22

いま、連合赤軍とあさま山荘を観ること

何から語ればいいのかわからない。映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(若松孝二監督)を観て以来、映画のさまざまなシーンがずっと頭から離れない。ボンヤリとした知識でしかなかった事柄が明確になったけれど、同時に心に穴が空いてしまったような感じをずっと持っている。

帰って来てから、YouTubeで当時のニュースの一部を観た(左映像ほか)。映画を観る前と後とで、このあさま山荘事件映像の印象は大きく変わるかもしれない。

映画のパンフレットにあった「吉野雅邦 獄中からの手紙」を真剣に読んだ。吉野氏はあさま山荘で逮捕された一人。無期懲役で服役中だ。この映画で吉野氏を演じる役者にあてた手紙として書かれた。伝わってくるけれど届かない。映画を観たときと同じく、心の穴はますます大きくなるばかりだ。

公開されてから観たくてしかたがなかったが、3月20日春分の日にようやくテアトル新宿で観た。風雨の強い日だったが、この日も長蛇の列。5分遅かったら座れなかったかもしれない。休憩時間にも当時の学生運動のモノクロ映像がずっと流されていた。強烈に惹かれるあの時代。だが届かない。渇望と断絶と。だからそこ、迫りたかった。

私が生まれる少し前が学生運動・労働争議全盛時代で、小学校高学年くらいからフォークソングを媒介にして当時のカルチャーに憧れを抱きはじめた。あさま山荘事件やよど号ハイジャックはその後のテレビで何度も流れていた。私にとってはこれらの事件もその時代の熱さの一部であり、憧れないまでも嫌悪するニュースではなかった。

ときどき、自分が学生運動の時代に大学生だったら何をしていただろうかと思う。一歩間違えばあさま山荘に立て篭もっていたか、リンチで死んでいたか、仲間を殺していたか。それとも常に少数派でいたい私があの時代にいたら、ノンポリ学生(実は多数派?)だったか。同人誌に詩でも発表していたか。

●淡々と、激しく、映画が語る連合赤軍

映画にはものすごくフラットな印象を持った。あさま山荘に機動隊が突入し銃撃戦が行われていても、この映画の主人公たる連合赤軍のメンバー寄りには到底なれず、かといって警察(国家権力)を拍手喝采で応援する気にもなれず。このあさま山荘を(必然かどうかはともかく)結果として起こった事実として追体験した。

ただ指導者の二人、森恒夫と永田洋子にだけは虫唾が走った。脱走兵から簡単な自己批判で軍に戻り指導者となった森。何度総括と言ってたか総括したいくらいにメンバーに徹底的に総括を求め、すべて否定し結局は殺してしまう(他のメンバーの手で殺させてしまう)森。森恒夫は逮捕1年後の正月に獄中自殺しているが、それすら卑怯に思う。

永田洋子はターゲットを決めたらネチネチと攻め始める。そして森が総括要求しリンチが始まってもただ見ているだけ。いや、その様子を俯瞰し次の獲物を探していたのかもしれない。永田には革命とか思想とか、そんなものはどうでもよかったのかもしれない。それだけにデモに参加した誰もが永田になっていた危うさを感じる。永田洋子は死刑囚として36年たったいまも獄中生活をしている。

リンチによって殺された学生たち。彼らのセリフのなかに印象的なものが多かった。暴力のなかで正気に戻ると死が待っている。そんな組織だった。まるで裸の王様に「王様は裸だ」と言って死んでいくようだ。

山田孝が死ぬ直前に叫んだ「俺が死ぬことで革命が前進するなら、喜んで殺されてやる!革命は、どこにあるんだ?森!おまえこそ総括しろ!」という言葉は、メンバーの誰もが思っていただろう。しかしついに森・永田自身へぶつけられることは無かった。

最年少の加藤元久君(当時16歳で加藤3兄弟の3男)は、山岳ベースで兄の死と直面し早々に正気を取り戻していたがどうすることも出来ず、あさま山荘での銃撃戦へと突っ込んでいく。彼のセリフは少ないが、正気の人の言葉で印象に残る。理想に燃えて翻弄され挫折した青春だった。

権力を笠に着て気に入らない振る舞いの同志をリンチしていく組織。内ゲバはどんな組織にも起こりえる。誰もが永田洋子や森恒夫になる可能性がある。それを自覚しない人ほど永田や森のようなリーダーになる可能性がある。自覚があるからこそ客観性が生まれ謙虚になれるのだ。

あさま山荘事件後、敗北を悟った多くの学生が「自分たちは彼ら彼女らとは違う」と思っていないだろうか。企業戦士の鎧をまとって、いま指導者層(50代後半から60代)となっている彼ら彼女らは、本当に永田・森と違うのだろうか。違わないからこそ謙虚になる必要があると考えたことがあるだろうか。

あさま山荘世代が現役指導者層であるいま、この「実録・連合赤軍」が公開された。国家権力に利用された“学生運動の敗北”がいまの世の中をいまだ覆っている。永田・森と似た心性を持つコイズミ・あべ路線(自己正当化と批判者パージによる権力誇示)の政治が、無気力な敗北世代のチルドレンを支配しようとしている。過去の検証を淡々としつつ、日本もイデオロギーと無関係に「権力」について再点検が必要な時代だと思う。

3時間10分食い入るように見つめた映画だった。この映画に限っては、あえて個々の役者について語ることは瑣末な感じもするのだが、遠山美枝子役の坂井真紀にはひとこと触れておきたい。坂井真紀が「総括要求」で自分を殴り岸部一徳のような顔に腫れ上がる。戦慄の走る場面だ。

最近はドラマ「エジソンの母」とかバラエティドラマの印象がある坂井真紀だけに、この壮絶な役はひとつのメルクマールになったのではないか。坂井真紀の親友でこの映画ではさらぎ徳二役を演じている佐野史郎が、坂井にオーディションを薦めたそうだ。さすが!

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2008.03.20

できるメデューサのルール

松丸友紀アナはいつからホーリーになったのか?昨夜のゴッドタンは第4回を迎えるヒドイ女サミットだったが、名前テロップが松丸・ホーリー・友紀になっていた。だからどうというわけでもないけど、ちょっとご報告まで(笑)。

さて本題は「できる人のルール」(秀和システム刊)だ。普段のオレは、この手の自己啓発系ハウツー本はまったく買わないのだが、今回は特別。だって加茂洋子タン著だから。

加茂洋子はゴッドタンと続きでやってる番組「メデューサの瞳」で活躍中の魔性のヘッドハンターだ。メデューサの瞳は来週最終回とか。その記念に加茂メデューサの著書を買ってみたというわけ。このタイミングじゃなきゃ買ってないと思う。

そこにはある意味松丸アナの格言にも似た(?)「できる人のルール」があとがきまで入れて30項目あげてある。1時間もあれば読み終えられる本だった。

「メデューサの瞳」での加茂メデューサは容姿端麗かつ鋭い洞察力で、人の職業等を見抜く。そういう眼を持った女社長が定義する「できる人」とはこういう人のことなんだ!へーっていう本だ。それが1時間でわかるなんてお得!

せっかくなのでこのルールを自分に当てはめて考えてみると、謝る時は「ごめんなさい」というルールはなかなか新鮮だった。女性らしいご意見。

確かに「すみません」「申し訳ございません」ってのは日常よく使うけど、ぶっちゃけ心底謝ってるわけじゃない。申し訳なさを持っていることは確かだが、ある種定型句のようなもの。

でも「ごめんなさい」はなかなか使ったことがない。「めんごでやんす」はよく言ってるがぜんぜん謝った感が薄いだろ(笑)。

逆にこれまで「ごめん」って言った瞬間を思い出してみると、オレそのとき号泣してるよ...。

心底悪かったと思ってたり、自分に出来なかった悔しさとか辛さとかがないまぜになって、さらに相手の状況への想像がどんどん広がって行って止まらなくなり号泣...。

感情がものすごく高まったときには無意識に「ごめん」って。使ってるよ。

加茂洋子タン!正しいっすよ。さすが。このルールを読めただけで良かったよ。

ってオレができる人だって主張したいわけじゃないけど(笑)。

オレは良いときと悪いとき、やる気のあるときとないときが極端にブレる“でき”の予測不可能な気分屋だから。三振かホームランかみたいな。使うほうは大変さ。って知らないけど(((^_^;)。

ただそれだけにちょっとしたことでも気分にレバレッジをかけられるので、出来るだけ「できる人のルール」のような日常を過ごしつつ、高揚感をいい方向に持っていく生活をしたいね。

うーむ、軽いハウツー本もたまにはいいなぁ。でも加茂洋子メデューサ本だったからに違いない。だってミーは気分屋だから!いつかオレもヘッドハントされてみたい。加茂メデューサ限定仕事抜きで(笑)。でも見抜かれそうで、ちょっと怖いぞ(>ヨワヨワなオレ...)。

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2008.03.18

ブラボー善男!

いやはや、傑作ドラマだったな。

「あしたの喜多善男」だ。

近来まれに見る出色のドラマだった!

最終回まで見ごたえ充分。

ネガティブ善男が消えてブラボー善男出現な気分だ。

そして諸手を挙げて賞賛したい。

こんなドラマがあったんだと思わせられた。

ブルーレイでBOX出して欲しいんですけど...。

語り明かしたいところだけど、あえて語らない。

とにかく見て欲しい。これがエンターテイメントだよ。

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2008.03.09

子どもの好奇心 大人の好奇心

Zen and the Art of Motorcycle Maintenance

ハヤカワ文庫で文庫化された「禅とオートバイ修理技術」(上下巻)を読み始めた。レコードやCDに“ジャケ買い”(ジャケットデザインに惹かれて即購入)というのがあるが、この文庫もほとんどジャケ買い。タイトルもすばらしい!米国で初版が出たのは1974年。すでに34年前だ。

最近の私は完全に読書モード(濫読モード)と化しており、いくつも並行していろんな本を読んでいる。生理的なサイクルの赴くままに、経済的に可能な限り買いあさり読みあさる。何度目かのそういう時期に入ったようだ。

昨日、NHKで日本の学力について議論する番組を流していた。途中で見るのをやめてしまったが、教育について語ると常に不毛になる。誰でも一家言持っていて、環境も状況も異なる人々が、あたかも「教育」というオブジェについて感想を漏らしているかのようになる。

だが人類は語らないことにはコミュニケーションを得られない。特に「教育」とは社会的行為であり、個人的行為の「学習」への介入を意味する。そこには教える立場と教えられる立場との断絶という問題が常につきまとう。教え教えられるコミュニケーションという謙った立場には教える側の譲歩が不可欠だ。

●子どもの好奇心

子どもには無限の好奇心がある。それは「無知」なるがゆえに知りたいという人類の本能のようなものだから、誰かに突き動かされなくとも持っている。1968年に開校したサドベリーバレースクールの基本はそこにあり、私はこの考え方に共感する。

子どもの好奇心は、しかし常にひとつの方向性を持っているわけではない。それは環境や状況に大きく影響される。北朝鮮で脱北しようとしている家族に生まれれば、脱北のノウハウを教育され、人生を脱北のノウハウが支配するかもしれない。北朝鮮を学校教育と置き換え可能だ。

その環境や状況に方向性を与え、共通の知識なり体験を与える装置が「学校」であり「学校教育」だ。そして自己と他者とのさまざまな関係性もそこで学んでいく(この関係性のバリエーションが現代の学校には大変少ないが)。

●大人の好奇心

一方で大人の好奇心は、すでに得た個々人の知識の体系というぬぐい難い前提がある。その体系に留まってその中で生きようとする人々もいれば、自己の体系の外に別の世界があることを受け入れ、さらに知ろうとする人もいる。また別の世界の存在は認めるがあえて知ろうとしない人もいる。

どちらにしろ、子どもの無限の好奇心とは異なり、いくつもの制限・制約を意識するとも無く架せられた大人の好奇心は不自由だ。ただ、その不自由さを認識する知恵もまた持っている。だから、そんな大人の好奇心に基づいて行動するよりも、自己の知識の体系に基づいて動くほうが楽であろう。「教育」という行為は、そんな楽なベクトルを持つ大人な行為のように思える。

●青年の好奇心

教育上も学習上も危うい時期が青年期だ。中途半端な知識と好奇心との狭間で揺れ動く「学習への本能」は、環境や状況によってどうにでも転ぶ危うさを持っている。そこでの(人間的・物質的・知的)出会いが一生を決める。

三つ児の魂百までというが、ほとんどはその魂が青年期に身につけてきた知的体系に支配されやすい。そしてその知的体系が魂の判断とスパイラルに影響し合い、知的体系の強化や新たな思考停止(強情な性格など)へと連なっていく。

この知的体系の連鎖が小さく閉じた大人になりやすい現代日本の学校教育。この閉じた知的体系を飛びぬけていくにふさわしい時期がおそらく青年期だ。だからこそ青年期には学校を出て、もっと広い知的体系を体験することも大切だ。

●ゆとり教育

ゆとり教育に意味があるとすれば、学校内の小さな知識の体系から個人の学びを解き放ち、別の知的体験への導線を提示してみせることだった。それが学校内だけのシステム変更でしかなかったため、その開放された時間の多くが知的体験へと向かうことなく、怠惰な浪費へと向かってしまった。

北朝鮮を学校教育と置き換えたとき、脱北だけが人生を支配しないように生きるには、脱北とセットで別の目標なり知的体験への導線が不可欠だ。それを自分で見つけられる好奇心の持ち主もいる。彼らはすでに学校を超えており、戻ることは無い。脱落と脱出とを混同しては対応を誤る。

そしてその導線の先の知的体験は、おそらくどんな些細なことでも個人にとっての学習効果や影響力は大きなものとなるのではないかと思う。座禅であろうと、オートバイ修理技術であろうと、哲学であろうと、芸術であろうと、恋の駆け引きであろうと、旅であろうと、釣りであろうと、登山であろうと、プラモデルであろうと、折り紙であろうと、洋裁であろうと、石拾いであろうと、掃除であろうと。

知的体験は知的であるがゆえに閉じている。これを突破できる人類は2通りいて精神異常者か宗教家だ。ほとんどの場合は、この閉じた知的空間ですら把握しきれない。知の体系の外に未知の物理体系や精神世界が広がっているかもしれないが、そこまで到達しようとするのは人類にとってリスクが高い。

私も青年期にはこの知的空間を突破しようとしていた。しかしその時間をもっと別の空間へ意識を振り向けることで有意義に使うことを覚えていった。それが閉じた知的空間に留まる=大人に近づくことだった。もしこの洗礼を受け入れなかったら、あっちの世界に行っていたかもしれないのだ。

●そして、学校

そのせめぎあいのなかで、どのような体験からでも知的興奮を得られるし、自分の中に「得ようとする意志」の存在を知る。ただそれは自分自身で望んで飛び込んでいった知的空間でなければ得られるものも少ない。学校教育で得られる人々は幸せな大衆だ。だが学校外への広がりをもっともっと意識すれば、学ぶ楽しさも広がる。

学校教育はこの広がりを認め、フィードバックさせる度量を持てばいい。学校教育の体系は「教える側」でしかなかった。それも相当偏った知識だ。外の知的世界との断絶と内なる強制が教員の質も低下させる。共通知識は社会のルールだけでいい。知的興奮を個人の学習へと返納することだ。

そして待てばいい。学校にはさまざまな体験を持った青年が戻って来たくなる環境だけあればいい。学校システムの特殊性はそのような「戻ってくる場所」として機能させてはどうか。ふるさとのようなものだ。

1980年代から私は、学校は「知のカタログ」でいいと常々言ってきたが、もはやカタログですらなくていい。知の市場、知の物々交換、肉体と言語とによるリアルなコミュニケーションの場、知のパブ、知のカフェ、知のリハーサル会場、知のコンビニ、あるいは肉体の開放、鉄棒、プール、逆立ちできる場所、大声を出せる場所、球技が出来る場所。そういう場の記憶を留めるための約束の地を目指してはどうか。

ね、教育談義って、不毛だよね(笑)。書いてるボクだけ楽しい。そういうものなのだ。でもこういうこと発散できる場所もどっかに必要。学校がそういう場所ならいいのにと思う。この文章はほとんど、シュルレアリスムにおける自動記述的に書けた(駆けた)。

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2008.02.23

貧乏男子vs喜多善男

今クール火曜22時は大豊作!この感情移入がまったく出来ない(笑)2つのドラマに実はかなりハマっている。W録画の出来る時代でよかった。

どっちも現実離れしたキャラオンパレードなドラマだ。個人的にもっともリアルに描かれていると思うのは、「貧乏男子ボンビーメン」ではユースケ・サンタマリアのオムオム、「あしたの、喜多善男」では吉高由里子の宵町しのぶ。オレが間違っているのか(笑)?

ボンビーメンのオムオム。あのスパッと即断即決な性格や態度はまさにヤング・ミリオネア特有の感覚だ。参考にしたモデルがいそう(笑)。喜多善男のほうでは、アイドルくずれの宵町しのぶ。この汚れ方と狡猾さはまさにリアルだ。自己中心で決断が早いところが共通点。だからどうって話じゃないんだけど...。

それにしても「あしたの、喜多善男」は面白い。最初に見たときヨーロッパの映画のようなドラマだと思った。特に鷲巣みずほ(小西真奈美)の会社に初めて会いに行った善男ちゃん(小日向文世)と倉庫部屋で話すシーンとか。マネキンと2人とのアングルがめっちゃ良かった!

ドラマのシュールさを示すカットは最初からちりばめられていたけれど、そういうカットよりもこのマネキンシーンが決定的だったと思う。その後もスタイリッシュな画が毎回続く。マッキントッシュの椅子(だよね?)のある応接室で、ル・コルビュジェのソファ(ですよね?)に横たわる喜多善男とか。

松田龍平と栗山千明のコンビも名作ドラマ「ハゲタカ」を彷彿とさせた(役どころは違うけど)。

そして、忘れちゃならないぜー!ぬっくん。今回は元医者の殺し屋。まったく違和感がない(ってドラマの世界観そのものが全部違和感ではあるけれど)。

島田雅彦原作というところからして普通じゃないけどマンガでもない(笑)。独特の世界が約束されていた。そんな原作に、芝居の出来る役者陣で固めてるドラマなんだから魅せるんだなぁ。後半から物語がもっとグルーブしていきそうで目が離せない。生瀬勝久さんが言ってましたけど、「(DVDで一気観よりも)毎週展開が楽しみ」なドラマです。もちろん一気観もしますが(^-^)V。

貧乏男子ではなんといってもユースケ・サンタマリア。とにかく2002年のドラマ「ウェディング・プランナー」(なんでこれもDVDになってないんや!)以来、それまでと打って変ってユースケ・サンタマリアを評価してきましたが、まったく裏切らないね。すばらしい。

小栗旬は「ロボコン」から「花より男子」まで、結構幅広い役の出来る俳優だね。今回は人付き合いがどんな借金より優先する男という感情移入しにくいある意味危険ないい人役だ。こういう人が新興宗教始めたら怖いな(^_^;)。

山田優もドラマ女優のイメージはあまりなかったけど、ナンシーこと未海役はなかなかいいポジションの役柄。八嶋さんは「あしたの、喜多善男」のほうに出てもおかしくないと思うんだけど、もうキッチリ借金まみれのおまわりさんやってます。

貧乏男子のほうは、とにかくここから何か教訓めいたことを得ようとかこれっぽっちも思っちゃダメだな。「やっぱカネより友情だよね」みたいな。ただただその場限りのゲーム感覚でみるドラマだ。

火曜22時にまったく異なる次元のふたつの面白いドラマがぶつかった。ただどっちも感情移入できない。あまりに違いすぎるから両方見て精神のバランスを取っているボク。アホです!

希望を言えば、貧乏男子に「斉藤さん」が出て欲しい(笑)。小栗旬やオムオムをしかりつけて欲しい!そんな特番やってくれないかなぁ。日テレさん。ドラマコラボってあんまない企画じゃない。ウルトラマンと仮面ライダーのコラボみたいな。

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2008.02.17

シネマリウム視聴会へ行って来た

Marantz日本マランツの恵比寿ショールームで開催された、第3回フロントサラウンドシステムCINEMARIUM ES7001体験視聴会へ行って来た。通常は予約制なのだが、今回の体験視聴会は飛び込みOKだったから。視聴+開発担当エンジニアによる説明で20分程度ということだったけど、3人で行ったので1時間程度ジックリと視聴させてもらった。

●フロントサラウンドシステムとは
フロントサラウンドシステムというのは、フロントにあるスピーカセット(一体型が多い)だけでサラウンド効果を得るシステムだ。

サラウンドスピーカーっていうと、例えば5.1chサラウンドだと前方に3つ(左・中央・右)、やや後方に2つ(左後・右後)、それとサブウーハー1つという組み合わせで5つのスピーカーを置かなきゃならない。さらにそれらの位相を測定して最適な設置位置に置かなきゃならない。

普通の家庭のリビングにそんなたいそうなシステムを配線するのは大変だ。でも昨今ホームシアター(大画面テレビ含む)が浸透してきて、手軽に大画面で映画やテレビが楽しめるようになり、次はサラウンド効果も楽しみたいというニーズが出てきている。でもたくさんのケーブル配線がうっとうしいとか、リアスピーカを置く場所がない一般家庭用に、とにかくテレビとセットで置いてケーブル1本でつなげばサラウンド効果が得られるフロントサラウンドシステムが徐々に注目されているわけだ。オレもそのひとり。

マランツとはいわずと知れたオーディオブランドのひとつ。そのマランツがオプソーディスという技術を使ったフロントサラウンドシステムを発売している。反射音を使わないから部屋の形状の影響をあまり受けないとか。ほんとか?と思って行ってみたわけ。

●まさにサラウンドだった
マランツ ES7001結果からいうと、かなり満足した。正直、フロントサラウンドなんて所詮擬似サラウンドだしみたいな感じも持って参上したのだが、フロントサラウンドだってことを忘れるくらいの効果だった。人間の耳って不思議なものですね。

第2回の体験視聴会が好評だったから第3回も行われたそうですが、確かにこうして聴くとそのすごさがわかる。

もちろんソースとしての音源はサラウンド効果が得やすいものが選ばれていたんだと思う(スパイダーマンとか)けど、そういう音源以上に効果的だったのは、ダミーヘッドを用いたOPSODIS技術の体験及びデモンストレーション だ。

別室に用意されたダミーヘッドの周りを、マランツの担当者さんが360度歩きながらポイントポイントで手を叩く。その音をダミーヘッドの左右の耳に仕掛けられたマイクが拾い、それをこちらの部屋のES7001で聴く。どこで叩いているかも大画面テレビに映る。3人で座る位置を換えて聞かせてもらったので3周手を叩きながら回ってもらった(感謝!)。

聞こえる位置が移動していくのがはっきり聞き取れる。特に個人的には1Pモードでのサラウンド効果が鮮烈だった!指向性が非常に強い。日光東照宮の鳴き龍を思い出した(笑)。

1Pモード(一人モード)では、3人がけのイスの真ん中の人がスウィートスポットに設定されていた。1Pモードでイスひとつずれると若干位相が変化して聞こえた。音のビームの線上から外れるためだ。そこで複数で聴くとき用に2Pモード(複数人モード)が用意されており、サラウンド効果は薄れるがスウィートスポットのレンジが広がるようだ。試したら確かに変わった。

また通常の地上波デジタル(を録画したもの)のCMなども聴いたが、家で聴いている音よりも明らかに奥行きがある。2ch録音のCDでも奥行きがある。これは入力ソースによって最適なサラウンドモードを自動設定してスピーカに割り振るためらしい。バンドの楽器本来の位置関係が再現されるようなイメージだ。ライブ音源では観客の歓声の位置が広がって聞こえた。

スピーカと視聴位置とは1.7~2.5m、テレビ画面は30~50インチを想定したシステムとのこと。大画面テレビ画面の上下どちらに置いても画面中央から音が広がるように設計されているそうだ。ウチはスクリーンが80インチだけど、その上に2mの棚を設置してそこに置きたいなと思った。

サブウーハーもあるがあまり売る気がないみたい(笑)。ES7001だけで充分な効果が得られるのと、一般家庭での視聴でサブウーハーは逆にうるさいかも。確かに殴る音とかドスンと落ちたときの音とか、そういうのはサブウーハーの効果があった。

ヤマハ YSP-3000帰りに池袋のビックカメラでみたら、2月発売のヤマハYSP-3000にもちょっと目移りした(笑)。ただ反射式でもあり量販店でその効果を確認することは不可能なので、環境の整った視聴ルームがあれば比較してみたい。反射式でも研究されていて、測定マイクで反射テストが出来たりするようだ。

どっちがいいのかよくわからないけれど、ITジャーナリストの本田雅一さんによるとサラウンド感に重きをおけばヤマハ、音そのものの品位でいけばマランツとか(記事はこちら)。

先日の忌野清志郎復活武道館ライブみたいに東西南北全方位に観客がいるようなステージとかテレビのスポーツ中継はぜひサラウンド音源で映像化して欲しい!

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2008.02.14

28日後は悲劇、28週後は喜劇?

映画「28週後...」を観るために、下準備として「28日後...」のDVDを購入してホームシアターで観た。「28週後...」は単独でも充分見ごたえはあるが、やはり2002年公開の「28日後...」で前提となった世界を頭に入れておくと鑑賞にも深みが出てくる。特にエンディングへの賛否とか。

●28日後...
「28日後...」も「28週後...」もいわゆるホラー映画だと宣伝されている。ホラー映画をほとんど観ないオレが観たいと思ったのは、週刊金曜日(2008/1/25号)に映画評が載っていたから。週刊金曜日でホラー映画の書評なんて、興味深かった。

実際DVDで「28日後...」を観ると、これはホラーというよりホラー要素もありの社会派かつスプラッタかつバイオレンスかつSFサスペンスかつ...、なんとも分類不能で上出来な映画だった。ダニー・ボイル監督(トレインスポッティング)の復活作品といわれただけのことはある。この分類不可能さ加減、個人的にはベルギー映画「ありふれた事件」と同じカテゴリに入れたいのだが違和感を抱かれるかな???

ちょうど1月12,13日放映のNHKスペシャルで最強ウイルスを興味深くみた後だったので、ウイルスによるパンデミックの恐怖は身近な問題でもあった。もっとも「28日後...」はすぐに人から人に感染して、いきなり120%凶暴な野獣と化し、全速力で走り始めるのだが...。

映画は誰もいなくなったロンドンから始まる。このロケは大変だっただろうな。警察と行政の協力なしにこんな映像は撮れないぞ。静かなロンドン市街から、やがて感染者と非感染者との壮絶なバトル(鬼ごっこ)が始まっていく。

「28日後...」のラストは個人的には好きな終わり方だった。こういう終わり方はホラー映画とは違うだろうと思ったが、DVDの特典映像で別のシナリオも用意されていたことが明かされ、ストーリーボードを観ることが出来る。まったく異なる終わり方で、そっちのほうがホラー映画っぽかった。だが映画化されたラストのほうが映画として断然出来がいいと思う。このDVDが2000円以下で入手できるのはお得感ありだ。

●28週後...
で、続編の「28週後...」だ。ひとことで言えば、お騒がせハリス一家のドタバタバイオレンスムービー(笑)。邦題は「ハリスの旋風」でもよかったかも...。

父母姉妹のいたって普通の4人家族が主人公なのだが、この4人がそれぞれまったく異なるお騒がせの種となってしまう。まったく人騒がせな家族だよ。

感染者が完全に死に絶え、ロンドンの復興が始まるという設定。なるほど、あそこまでひどい世界になってもふるさとに帰りたいものなんだな。

安全は米軍が担保しているわけだけど、まぁハリス家のせいでまたロンドンが地獄絵図と化して行く。しかも今回は感染者殲滅のために、非常事態宣言が出て一般人もすべて撃ち殺せ、ロンドンを焼き尽くせって展開に...。

アクションは大掛かりになった。でもラストはどうにもこうにも。ホラー映画っぽいっていえば今回のラストもアリだけど実も蓋もないというかなんというか。最後までハリス家が世界を震撼させちゃうわけね。

この映画は2回楽しめる。一回目は悲劇として。2回目はドタバタコメディとして。マルクスみたいだけど(笑)。

一回目の悲劇は、イギリス=島国でのパンデミックがテーマだってこと。日本にも置き換え可能なだけにリアリティのある話題だ。二回目のコメディ的鑑賞ではハリス一家にツッコミまくって観ると楽しい。

あと一般人の男性が極限状態でいかに情けなくかつ卑怯な人類であるかもイタイくらいに描かれてる。でも軍人ドイル軍曹はめっちゃカッコよく描かれたりもする。そんなドイル軍曹のかっこよさが完全に裏切られるのも悲劇であり喜劇だ。

個人的には前作「28日後...」のほうが作品として練られているように思ったが、映画としては「28週後...」も派手で面白い。予算の差か?そして続編28ヶ月後もあるのか?28年後とか。「28週後...」があんな終わり方じゃ、その後はないかなぁ。

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2008.01.30

石井十次没後94周年

今日1月30日は石井十次が永眠した日だ。1914年のことだから94年前になる。ここ数日、たまたま岡山孤児院物語を読んでいて今朝読み終わったのだが、それが1月30日だったことに何か縁を感じて書き留めておきたいと思った。

石井十次については、2005年に「石井のおとうさんありがとう」を紹介した。この映画もDVD化された。石井十次について広く知られることは有益だと思う。

社会福祉の父とよばれる石井十次だが、48年という短い生涯のなかで、人間にはこれほどの仕事ができるものなのかと思う。22歳のとき、お遍路の女性から男児(前原定一)を預かったことに始まり、最大で1200人もの孤児を育てた。

あまりに石井十次の強烈なリーダーシップあるいはカリスマ性によって運営されていたために、ほぼ一代限りの大偉業だった。また、信仰心(キリスト教)に基づく蓄財の否定によって、財務状況は常に火の車。大原孫三郎の資本への依存度も高かった。

大原孫三郎は、倉敷紡績ほかいくつもの事業を展開していた大資産家でありながら、労働者や教育への投資・寄付を惜しまない偉大なる散財家でもあった。私のもっとも尊敬する財界人だ。風貌はイチローに似てる(^-^)。

最初は大原孫三郎を中心に石井十次をイメージしていたので、とにかく金を借りる天才という感じを持っていたが、信念に従って孤児院を運営していく様は、やはり大事業家の素質はあったと思う。大原孫三郎も石井十次の嗅覚や才覚、そしてその篤い信仰心に影響を受けていたのかもしれない。

最終的に岡山孤児院は岡山県から宮崎県の茶臼原へと移住していくのだが、あのあたりは武者小路実篤による日向新しき村もあるのではないか?自立して生きようとする人間、吾唯足知という生き方、大地とともに生きる共同体、そういう実験精神あふれる場所にも思える。

宮崎県は今が旬だし、十次の足跡を辿ってみたくなった。と、書いているうちに1月30日もあと5分となった。今日アップしなきゃ意味ないので、とりとめもなく終わる。石井十次と大原孫三郎、乞食の親分と大実業家の親分の友情といわれたこの関係、それだけでもワクワクするような関係じゃないだろうか。興味は尽きない。

1914年、大正3年のことだ。いまよりも志の高い人々が確かにいた。

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2008.01.27

「THE LONGEST DATE」PR紙完全収録!

唐突ですが、映画「THE LONGEST DATE 一番長いデート」です。1985年製作の日本映画ですけど、知ってる人います?あまりいないかも。ボクらの自主制作映画だから(笑)。でも原作は赤川次郎先生です。

右下の画像は、その映画の脚本。実家で見つけました。きったないけど全40ページの堂々たる脚本です。もちろん手書き。当時、ワープロなんてハイカラなモノはありませんでした(あったかもしれないが高校生の所持品ではなかった)。

文化祭で上映したのですが、それに先駆けてPR紙も作っていました(1985年9月14、15日執筆)。こっちの存在は完全に忘れていたけど、いっしょに保存してあったので、今回はそれを完全収録してみたい!オレ一人で書いててほとんど自己愛の世界だけど(^_^*)。いまと文体が変わってない、いや、いま以上に回りくどい文章をご堪能ください...。個人名はできるだけニックネームか姓名の一部伏字にしときます(笑)

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2008.01.26

カーズがイーッス!

明日またソファーが来る。前回買ったのと同じシリーズで、一人用のラウンドチェアだ。2.5P用はスクリーンに対して垂直に向けて、今回のラウンドチェアを正対させようと思ってる。音場に対してフレキシブルに対応できるし、とりあえず1人用+オットマンの方が、集中できるから。

さて、ブルーレイ・ディスク陣営が世界共通フォーマットとして認知されそうな気配濃厚だ。いち早くブルーレイ陣営となってたボクは、とりあえずホッとしている。

ブルーレイの映像としての美しさとわかりやすさにはピクサーのアニメが最高じゃないだろうか。あえてディズニーといわずピクサーと言いたい。中でもこの「カーズ」はすばらしい。物語もしっかりしてるし。

最初は偏見があった。「擬人化されたクルマ社会なんて、アメ公の考えそうなことだよな」みたいな。ただデジハリ出身のボクにとって、ピクサーのアニメ技術は憧れの存在。だからまず惹かれたのは「レミーのおいしいレストラン」のブルーレイディスクだった。パリを自分の庭だと思っていた頃もあるわけで(まったくの幻想だったけど)。

んで、レミーを買いに行ったところで、「カーズ」のプロモビデオに遭遇してしまったわけだ。クルマが走っている映像なんて、3Dゲームやってる面々にはおなじみなんだろうが、擬人化されたクルマが、クルマとして精緻に正しく描かれている。レースシーンにしても、そのカメラワークに研究の跡がしっかり見える。そしてラセターさんが作っている。これが大きかった。子どもダマシじゃないんだな。

モンスターズインク」のときにジョン・ラセターという人を知ったのだが、その後「ラセターさん、ありがとう」というDVDが出ていて、興味深く観た。これはスタジオジブリの宮崎駿監督がラセターさんと会って交友を深めるドキュメンタリだ。

ちょっと話が逸れるが、こういう作品の外伝的裏話マニアなボクにはたまらない。そういう意味では最近出た「ジブリの絵職人 男鹿和雄展 トトロの森を描いた人。 (Blu-ray Disc+DVD)」もすぐ購入して堪能させてもらっ