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2017.02.26

映画「ラ・ラ・ランド」が描く“ベタ”な人生の素晴しい機微 

封切られたばかりの映画「LA LA LAND」を観てきた。アカデミー賞14部門ノミネートで話題の作品。往年の映画好き、音楽好きにはたまらないオマージュがちりばめられた映画だったような気がする。

右隣の席に白髪のお婆さんがひとりで見に来ていて、ずっとハミングしてた。それをいびきと感じた観客もいたようだが、あれは歌っていたんだ。確かに耳障りなハミングだったが、ご本人は歌っていると意識せずにハミングしていたようだった。気にはなったが注意できなかった…。

さて、「ラ・ラ・ランド」だ。音楽もプロットも、かなり“ベタ”なのだが、それがたまらなくいい。ミュージカルというより、インド映画へのオマージュのような感覚を持った。オープニングからしてインド映画っぽい(happy01)。

エンドクレジットの挿入歌に「JAPANESE FOLK SONG」とあり、滝廉太郎の名前があった。どの曲が滝廉太郎だったのかよく分からなかったけれど、日本人好みの楽曲群が満載だったことは確かだと思う。

「スターの街」なんかもそんな気がした。日本人にとっては実にフォーキーなコード進行だったように思う(フリージャズにそういう側面があるんだろうか)。そのセンチメンタルな響きがグローバルに受け入れられてるんだと思うとちょっとうれしい。外国映画なんだけど(confident)

この映画をハッピーエンドというのは語弊があるだろうか。おそらく人生経験の長さや深さによって感想は異なると思う。もし私が20代前半で社会人になりたてでこの映画を見たとしたら、ハッピーエンドだとは書かない気がする。だけど、いまの私にはこの映画はハッピーエンドに思える。それだけ人間が描けている映画だったとも思える。

夢をかなえる場所としての映画産業や音楽産業。その裏側にある過酷な競争。そしてカネ儲けの誘惑。何が成功で何が挫折なのか、わからなくなる。でも、実はみんなある程度の年齢になると痛いほどわかってるこの感覚。夢と生活のはざまに生きる人間の在り方は永遠のテーマであり、そして“ベタ”なテーマでもある。だけど真正面から描かれると、やはりグッとくる。

オーディションに落ちまくるミア(エマ・ストーン)が、観客の少ない場末の劇場で一人芝居をやって、数少ない観客の帰り際の感想を聞いてしまうところがいい。脳内BGMは「浅草キッド」だね。その数少ない観客のなかに、キャスティング・プロデューサーがいたというのも“ベタ”だけど、夢をかなえる人の一面の真実を描いてた。行動する人だけが得ることのできるチャンスをミアがギリギリつかんだ瞬間。ある意味シンデレラストーリーだけど、その夢によって失ったものがある。

セブ(ライアン・ゴズリング)の夢のかなえ方もまた、多くの共感を呼ぶんじゃないだろうか。ビジネスという割り切りでビッグマネーを手に入れていく音楽家セバスチャン。ミアとの共通の夢を実現するための手段が、ミアとの共通の夢を遠ざける。葛藤にもがきながら、ひとつの夢を実現し、そしてセブもその夢の実現によっておおきなものを失った。こっちは「22才の別れ」だな(脳内BGM)。

夢のカタチはひとつじゃないし、夢の実現方法もひとつじゃない。二人で叶えようとした夢でも、その道のりまで常に同じ時間軸にあるとは限らない。ミアとセブもまさにそうだ。実現しようとした夢までの距離もかかる時間も違ってた。

だけどある瞬間に出会ってしまった。おそらくそこで出会わなければ、お互いの夢への道のりも違ったものになっただろうけれど、二人が失った片方の夢のおかげで、もうひとつの夢が実現したのかもしれない。なにが正しいのかなんて誰にも分からない。出会ってしまったことだけが真実なんだ。

かなった夢の裏側にいくつもの失った夢がある…。それでもなにかを選択し成し遂げた先にあるひとつの人生を受け入れることが出来れば、それはハッピーな人生なんじゃないかと思う。二人にとってのバットエンドだったとしても。人生の選択にはこういうときが誰にもあるもんだよね…。

これらの“ベタ”な人生の選択をミュージカル仕立てで見せようとしたデイミアン・チャゼル監督。この物語を学生時代に構想していたというが老成してるな(笑)。

ミュージカルとジャズとオリエンタルな響きとが絶妙にブレンドされた面白くて切ない映画だった。でもそれって“映画”って言葉がもつメタファーのど真ん中、まさに“ベタ”な映画のど真ん中だろ。大人がキュンと来る映画です。同じ夢を見ていた仲間や恋人のことをちょっと思い出してセンチメンタルな気分になってみよう。それが映画の醍醐味じゃないか。

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2017.01.04

『ジェームズ・ボンドは来ない』そしてボクは間に合わなかった…

昨年の夏、直島に行ったときにはまだ文庫化されてなかった『ジェームズ・ボンドは来ない』(松岡圭祐著・角川文庫)。正月休みの復路の新幹線で読み終わりました。

直島訪問当時はこの本の存在も知らなかったけれど、帰って来て後輩に直島の話をしたときに、007映画を誘致するっていう面白い本があるという情報を聞きました。その後、書店で文庫のタイトルに「ジェームズ・ボンド」という名前を見た時ピンと来て、手に取ったらビンゴだったというわけです。

文庫化にあたり、「まえがきにかえて」という著者の解説が書かれていますが、読み終えてみて、確かにこの物語を何の説明もなく読めば、フィクションのように思えてしまいます。それほどまでにストーリーは面白く、登場人物が魅力的で、荒唐無稽な村おこしのお話なのです。

直島にコンビニや診療所が出来るよう自分も何か役に立ちたいと思っている直島の女子高生遥香が主人公。そんな彼女の日常に、たまたま直島を007映画のロケ地として誘致しようという話が持ち上がります。そしてその誘致活動にのめり込んでいく高校生の遥香。そこで巻き起こる誘致活動の紆余曲折の物語は、まるで高校生が大人になるまでの清々しい青春小説のよう。

何の産業もない(と思われた)島から出て行くのか、留まるのか悩む若者の苦悩。降って湧いたロケ地誘致話に島の未来を夢見つつ、目の前の受験や親との確執、観光協会の仲間達や友人との信頼関係を通して、挫折を味わいつつも幸せをつかみ取っていく様子は、これが小説でないことを忘れさせてくれます。そこは著者のうまさでしょうか。

また、地方行政のいやらしさとか、村おこしのための涙ぐましい努力とか絶望とか、地方のいろんな問題も見え隠れします。村おこしに尽力しても成功しそうになったらもっと大きな行政の長がしゃしゃり出て来て、おいしいところを全部持って行こうとしたり…。しかしいざ頓挫しそうになると、さーっと引き上げる地方行政のえげつなさ。

途中、すべての取り組みが急展開を見せるのですが、後半の畳込むような“イタさ”の連続はまるでコメディ映画のようですらあります。これが実話だというのが本当に可哀そう…。だけど、直島観光協会の人々の真剣さが逆に笑いを誘ってしまいます。

誘致活動を始めた頃、高校1年生だった遥香は6年後、短大を卒業しています。ジェームス・ボンドはまだ来ません。それはこの文庫本のタイトルもそうだからネタばれじゃないですよね。それどころか誘致活動そのものが頓挫しそうです。だけど、ただ来ないだけで終わらなかったところがすごい。

終盤のこの展開には、遥香自身の6年間の集大成として書いた手紙が奏功したのでしょうか。はたまたひょんなことから出場することになったコンテストでの演説が奏功したのでしょうか。いずれにしても、まさに事実は小説よりも奇なりです。ヒトの思いって、たとえ全部じゃなくてもその痕跡を残すものなんですね。その痕跡を掘り起す面白さがノンフィクションにはあるように思います。

時代背景としては、第1回瀬戸内国際映画祭が始まったり(3年に1回開催で2016年は第3回でした)、AKB48のオーディションがあったり、東日本大震災の前後数年でもあり、ノンフィクションとして同時代性も感じることができました。

最後にはほろっと泣かせるいい話だし、どんでん返しのような展開も待っていて、この物語こそが映画になりそうなお話でした。直島がある香川県出身かつ青春映画の名作「幕が上がる」を撮った本広克行監督が映画化してくれないかなぁ。ジェームズ・ボンドもチョイ役で出てくれないかなぁ(coldsweats01

昨年の夏旅の前に読めていれば、必ず訪れたであろう直島の「赤い刺青の男記念館」はまだ続いているのでしょうか…。直島を再訪した暁にはぜひ訪れてみたいものですね。この文庫本を持って写真を撮りたいものです。たとえ跡地であっても。昨年は間に合わなかったな~!

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2016.10.22

スタートレックBEYONDを見て初海外旅行を懐かしむ

映画の内容についてはほぼ触れませんのであしからず。

10月21日(金)、映画「スタートレックBEYOND」が封切られた。トレッキーの末席に座す私としてはやはり見ておこうと思い、封切日の最終上映で鑑賞した。せっかくならとIMAX 3Dシアターで鑑賞した。

これが初めてのIMAX3Dだったので、3Dメガネはどうすればいいのかとか、メガネの上から3Dメガネをかけるのかとか、不安もいっぱい(coldsweats01)。行く前に数人に3Dメガネ情報を聞いたりしたがよくわからず、予約しておいたユナイテッド・シネマ浦和に向かった。窓口で質問したらメガネの上からも掛けられるIMAX3D専用メガネを入口で貸し出しすと教えてもらい、何の不安もなく入場できた。

3D映画をなんとなく敬遠していたのは確かだ。ギミック(雑情報と言ってもいい)に引きずられて気が散るのではないかとか、目が疲れてしまうんじゃないかとか、そもそもハリウッド大作なんてお子様映画なんじゃないかとか、そういう不安もいっぱい(bearing)。

そんな不安を払拭するにはスタートレックがうってつけだと思った。それは私がトレッキーだからに他ならない。作品への信頼があるから、3Dなんかに引きずられることなく物語に入っていけるはずと思ったわけだ。

しかし、もうIMAX 3Dのカウントダウン画像の時点で完全にIMAX 3Dに惹き込まれてたな(happy02)。3D映画はいいね!奥行き感がたまらなくいい。もちろん、わざわざ3Dのために撮ったようなアングルもたくさん盛られているわけだけど、映画の後半にはそういうギミックはまったく気にならなくなっていて、3Dそのものがごく自然に"映画"していた。

字幕の文字が浮き上がって見えるのが読みやすくていいといえばいいが、やはりネイティブのほうが映画への没入感は高いだろうな。

●スタートレックとIMAXとパリの思い出

前作の映画「スター・トレック イントゥ・ダークネス」は2013年秋のパリ旅行のとき、飛行機のなかで見ることが出来た。日本公開はその年の夏だったから「こんな新作を飛行機でやるんだ。時代は変わったなぁ」と思ったものだった。そしてトレッキーのくせに映画館で見ていなかった私は嬉々として見たのだった。

IMAX 3Dも今回初めて見たと書いたがそれは嘘だ。実は25年前に初めての海外旅行で行ったパリで見ていた。IMAXという言葉もそのとき初めて知った。わけもわからず工事中のラ・ヴィレット(公園)に向かい、ジェオードと呼ばれる銀色の球体を発見した。それがIMAX3Dシアターだった。

ウィキペディアによると1985年開業らしいから、私が見たのは開業6年目だったことになる。公園はまだ工事中だけど映画館だけは先行して開業していたんだろう。せっかくだから見ようとチケットを買って立体映像を見た。内容は忘れてしまったが、確かにその立体映像には感激した。IMAX 3Dにはそれだけの歴史もあり、子どもだましの立体映画ではないことを思い出した。

せっかくだからアルバムを引っ張り出し、そのときの写真をスキャンしてみた。前にもひとくちメモで写真スキャンしていたので、今回はアルバムに書いた手書きメモも一緒にスキャンしてみた。クリックで拡大。

Paris199103geode

この当時、まだデジカメはなく使い切りのフィルムカメラで撮った写真。だから1枚1枚がそれなりに貴重で、決意の一枚なんて言葉が出てくる(笑)。

いままた欧州に興味を持ち始めたタイミングで、パリ旅行とスタートレックとIMAX3Dが繋がったのはなんとなく嬉しい。もちろんスタートレックBEYONDも面白かった。

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2016.09.28

安藤サクラと方言が心地ええ!「ママゴト」

これ言うんは3回目じゃけど、安藤サクラが好きなんよ。「百円の恋」のときも言うたいね。その安藤サクラさん主演のドラマ「ママゴト」(NHK BSプレミアム)が、ぶち面白いんちゃー。それを書き留めようと思って。

ドラマが始まるちょっと前から、安藤サクラさんのツイートが中国地方の方言まるだしになっちょったんよね(happy01)。そんでファンの間じゃ、こりゃぁどこの方言かいのーっちゅうツイートが次々に出て来て、ボクも山口県の方言によう似ちょるねーちゅうてツイートしたいね。サクラさんも「heartいいね」してくれて、ぶち嬉しかったんよ。じゃけど、中国地方のどこの方言かっちゅうとこまでは教えてくれんかったんよ。その答えがこのドラマっちゅうわけやねぇ。

「ママゴト」の舞台は中国地方の架空の町なんよ。そこでスナックのママ(安藤サクラ)をしちょる映子と、ひょんなことから映子が預かることになった5歳の大滋(タイジ)との疑似親子のドラマなんよ。安藤サクラはスナックのママがぶち似おうちょるんよねー。絶対おるっちゃ、こんなママ(笑)。そんで太っちょの大滋が、はぁぶち可愛いんよー!

ドラマのディテールはコントみたいに面白いんじゃけど、登場人物の境遇はほんま哀しいんよね。みんな心に闇を抱えちょってんよ。映子ママも自分の赤ちゃんを死なせた過去を持っちょって、それを悔やみながら中国地方の(都会とは言えん)街で生活しよる。じゃけぇ子どもは好きになれんかったみたいじゃけど、大滋と暮らし始めて気持ちが変化していくんよ。

大滋も実の母親から突然置き去りにされて、映子ママと暮らし始めるんじゃけど、無邪気で素直でちょっとドジな5歳児なんよ。いろんな事件を起こしてしまうんよ。じゃけど子どもって本来そういうもんいね。大人の都合に振り回されちょるけどどうしようもないその境遇で生きざるをえんわけ。大人もその無邪気さに振り回されるんじゃけど、憎めんのいねー。

第2話で大滋がカラスの子を拾ってきてクロジと名づけ、そのカラスの子に自分の境遇を重ね合わせて育てようとすることがあったんよね。じゃけど大滋が寝ちょる間にそのクロジが死んでしもうたんよ。そのとき映子ママと大滋の最大の理解者(守り神)で友だちの岩木アペンタエちゃんが、こりゃあ大滋にはホントのことは言えんちゅうて死んだカラスの子を埋めてしまうんよ。

アペンタエちゃんはタイジに嘘つくのは気がすすまんかったけど、映子ママは「ウソは夜の女の仕事じゃけぇ」ちゅうて説得するんよ。こういうとこもええよねぇ。正しいとか正しくないとか、そういうことじゃないんよね。

昼寝から起きた大滋がクロジがおらんちゅーて泣き出したら、「あの子はママカラスが連れて行ったんよ」ちゅうて、カラスの大群が飛び交う夕暮れの空を3人で見上げるんよね。それで大滋も安心するんよ。このときの安藤サクラさんの三角になった目が、はぁ大好きっちゃーねsign03 キラキラしちょる。ええ顔じゃぁ。

この後、大滋がまた大事件を起こしてしまうんじゃけど、いろんな事件を通して感情を通い合わせるようになっていくんよね。その心の変化に、ドラマを見ちょるこっちも引き込まれるんよ。

日常を生きるっちゅうのは、大変なことなんよね。じゃけどそれを恨むだけじゃ生きちゃあいけんよね。心の奥に流れる悲しみを笑いで包み込んでみんな生きちょる。たまにその悲しみが顔を出したりたまには怒ったりしながら、人との関係のなかで少しずつ心も変化していくんじゃろう。正解なんてないんじゃから。

全8話じゃけぇ、あと3話で終わってしまうんよ。映子と大滋も、また離れ離れになってしもうて、これからどうなるんじゃろう。もう目が離せんのんよ!

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2016.09.17

映画「ジャニス リトル・ガール・ブルー」でジャニスを偲ぶ

(クリックで拡大)Janis:Little Girl Blue チラシ渋谷のシアター・イメージフォーラムで映画「ジャニス リトル・ガール・ブルー」が封切られた。9月13日(火)、雨も降りやんだので19:15からの上映に向かった。イメージフォーラムはキム・ギドク監督の「アリラン」以来だから4年ぶり。ジャニスの命日10月4日までに、どうしても観ておかなければと思うドキュメンタリー映画だった。

ひとくちメモでジャニスについて書いたのは2005年2月23日。映画「FESTIVAL EXPRESS」を観た日だった。中島みゆきさんの誕生日に「ジャニス!最高だ」とジャニス愛を吐露してしまったわけだが、あれからもう11年も経ってしまった。年月のことを言えば、ジャニスがふいにこの世を去ってから46年になった。もし生きていれば73歳のジャニス。

シャウトするジャニスばあさんを観たかった。あの大阪のおばちゃんみたいな笑い声はきっともっと大きくなって、ドスの効いたシャウトはますます磨きがかかり、ショウビジネス界の"ご意見番"として君臨していたかもしれない。いや、ジャニスのことだから常に話題を提供する側だったかもしれないが、そのすべてを受け止めたかった。

Cd_janis_boxofpearls1999映画「ジャニス リトル・ガール・ブルー」から帰って今日まで、ジャニスの残した数少ないアルバムを時系列に聴いた。1999年に発売された「Box of Pearls」はデビューしたバンド時代も含めて4枚のオリジナルアルバム(とボーナストラック)にレア音源集1枚が収録されていてうってつけ。これはインポート版だけど日本版もあるらしい。

●ジャニスの実像に迫る映画

映画を観た翌日から今日までの4日間、ジャニスの音楽活動のある意味"すべて"を聴いたわけだ。1966~70年、デビューから亡くなるまで4年弱の活動期間を4日間で聴き終えた。そのあまりの短さが悲しい。

映画「JANIS」も昨日DVDで観なおしてみた。こちらもステージやインタビューで構成されたドキュメンタリー映画で、「ジャニス リトル・ガール・ブルー」でも使われていた映像がたくさんある。パワフルなジャニスのステージと、ジャニス本人がインタビューで語った映像が収められている。

そもそも活動期間が短く、残っている映像は少ない。重複せざるを得ない。しかし今回の「ジャニス リトル・ガール・ブルー」はそれらに加えて、未公開映像のほか家族や恋人に送った手紙、関係者へのロングインタビューを交えて構成されていて、より多面的にジャニスに迫っているところが秀逸だった。家族にとっては死後40年以上経ったいまだからこそ話せた話もあることだろう。

ジャニスの学生時代は、彼女の人格形成に大きな影を落としている。いじめや無視が延々と続き、そこから逃れるように音楽の世界にのめり込んでいく。そのとき身近にあった音楽がブルースだったのも運命的。内面から湧き出てくる本物のブルースがシンガーとしてのジャニス・ジョプリンを形成していく。そして虚像と日常とのかい離が始まる。

同窓会後のインタビュー映像は思い出すのも辛い。芸能人としての成功を引っ提げて10年ぶりに戻った故郷は昔と変わらずつらい場所だった。冗談めかしてインタビューに応える顔から時折にじみ出てくる本心。そもそも感受性が強すぎるジャニス。

あえてテレビカメラを連れて同窓会に"凱旋"して見せたジャニス。しかしそこに自身の居場所はなかった。その場でインタビューに答えるジャニスの心はどれほど傷ついただろう。居心地の悪さは同窓会も芸能界も同じだったんじゃないか。

ジャニスが解放されるのはステージの上だけだった。もしかするとステージだけがドラッグなしで生きられる場所だったのかもしれない。日常って怖いね。永遠に続く日常を生きることの恐怖、それはいじめや無視を延々経験して生きてきたジャニスには耐えられない時間だったかもしれない。

もしジャニスが音楽業界的に成功せず、西海岸でアマチュアシンガーのままだったらどうだっただろう。どちらが幸せだったかなんて考えたって仕方ないんだが、やはり孤立してクスリ漬けになり野垂れ死にしていたような気がする。業界での成功は少なくともジャニスには必要な場所だったと思った。

1970年10月4日、ホテルで亡くなっていたジャニス。ヘロインが原因とされているが、この映画の文脈では自殺ではなかったように思える。この年、同窓会での孤独感はあったけれど、「フェスティバル・エクスプレス」で魅せたジェリー・ガルシア(グレイトフル・デッド)との会話やセッション、そしてカナダでの圧倒的なステージングを見ると、ようやくビジネスとしての音楽業界で生きるタフネスを身に着けて、いざこれからという時期だったと思えてならない。

●全編に漂うあの時代の音

知ってはいてもあらためてジャニスの辛い日常を見せつけられる映画で、誰にでもおススメとは言い難い。しかし1960~70年代というフォーク、ブルース、ロック、ポップスの花開いた時代に少しでも興味があれば見ておくべき作品だと思う。辛いながらも全編に流れる音楽のカッコよさには酔ってしまう。音楽って罪だね…。

27歳にして時代のアイコンとなった途端の死。まさにここから世間と折り合いをつけて生きていくはずだった。それは遺作となった「パール」の出来の良さからも分かる。心の闇と栄光を抱えてドラッグに走ったが、27歳はまだやり直せる年齢だ。

アルバムの勢いからすればBIG BROTHER & THE HOLDING COMPANY名義の「CHEAP THRILLS」が名盤だと思う。粗削りだけど、ジャニス・ジョプリンがモンタレー・ポップ・フェスで一躍注目を浴び、まさにスターダムを駆け上がっていた頃の作品だ。

しかしこの頃の楽曲はいわば日常の延長線でもがきながらブルースにのめり込むジャニスの叫びでもあった気がする。それだけに生々しく、ジャニスを好きになればなるほど愛おしくなる。

それはメジャーデビューアルバム「Big Brother and the Holding Company featuring Janis Joplin」にも言える。ボクを含めてジャニスのシャウトからジャニス・ジョプリンを認識した人が多いと思うけど、この一曲目の「Bye,Bye Baby」は別人のようだ。例えるならボブ・ディランの「ナッシュビル・スカイライン」を聴いたときの拍子抜け感に似てる(coldsweats01)。それも含めて愛おしい。

音楽業界的に成功すると粗削りな勢いが削がれていくのは洋の東西を問わず。ボクはそのことをイカすバンド天国(イカ天)ブームの80年代、嫌というほど味わった。しかしその分、音楽的には洗練されていく。そこでの身の処し方はミュージシャンのバランス感覚にかかってる。言いなりになる部分と捨てちゃいけない部分とのバランス(それを運と言ってもいいが)。

そういう視点からすると、「パール」の洗練はジャニスにとっては福音になるはずだったと思う。ずっと日常の延長でやっていく音楽活動は決して長く続かない。ビジネスとしての割り切りは決してクオリティを落とさないし、ジャニスのように身を切る思いで歌ってきたミュージシャンが世間との安定した関係を築くには必須の過程だったはずだ。もしかするとその割り切りがドラッグとの決別にもつながったかもしれない(これは妄想だけど)。

まさにその階段の一段目に足をかけたまま、ジャニスはドラッグで死んでしまった。

時代といえばそれまでだけど、いじめやドラッグは現代的な問題でもあり、「ジャニス リトル・ガール・ブルー」は、かつてこんなライブの女王がいたという以上に多くの示唆を与えてくれると思う。それは見る人の立場やこれまでの生き方と映し鏡だ。

ジャニスが音楽で生きていくことは、夢はいつか叶うといった類いの安っぽいキャッチフレーズとかけ離れた命がけの叫びの延長だったと思う。芸能の世界はとかく闇を抱えた者を受け入れスターダムに押し上げる。それがまた闇を広げ、その闇が深いほど輝きを増す。ジャニスというパールはそうやってほんの短い期間、輝いた。

この命の短さがジャニス・ジョプリンという虚像をさらに大きくし有名にしたという面はあるのかもしれない。大衆はビジネスでない、ピュアな心を消費したい欲望を常に持ってる。最近も流行ってる感動をありがとうってやつ。

ジャニスも最初は気持ちよくその期待に乗っかった。しかしその先にある絶望にも気づいたはずだ。そしてドラッグ漬けの日常に堕ちた。でも彼女の才能があればもう少し大人になって、この負の連鎖を断ち切り、もっともっと輝けただろう。「パール」にはその片鱗が見えてた。それが悔しいね…。

こうやって書いてる間に、4枚のアルバム全部リピートして聴いてしまった。半日でジャニスの音楽人生を聴いた。ジャニス、やっぱ、あんたは最高だ!!

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2016.09.11

SONGS 吉田拓郎を見ながらつらつらと人生を語る(?)ブログ

吉田拓郎弾き語りソングブックNHK「SONGS」で吉田拓郎。満を持して登場。吉田拓郎70歳の夏に密着!今年のコンサートに行けないボクにとってはとても貴重な番組だった。この冬にはSONGSスペシャルでライブも放映されるとの告知も。ありがたい。

ボクが最初に吉田拓郎という歌手を知ったのは他でもない、「中島みゆきがファンだった歌手」という認識だった(笑)。中学生の頃だったと思う。谷川俊太郎も吉田拓郎も中島みゆきを通して知ったし、中島みゆきさんが好きな人に才能無き人間はいないという無償の愛だった(happy02)。

その認識はいまもこうして続いており、拓郎の曲を自分でも弾き語りしながら吉田拓郎という素晴らしいシンガーの時代に"間に合った"という感覚で生きてきた。ひとくちメモでは「自分で弾き語りたい吉田拓郎20選!」も書いた。

SONGSのインタビュアーには桑子真帆アナウンサー。拓郎が「ブラタモリ」や井上陽水のSONGSを見ていてご指名されたとか。「どうせだったらおじさんたちがお気に入りのそういうヒトにボクもインタビューされたい…。」

もうその語りが拓郎節だ。

桑子真帆アナの声質はとてもまろやかで心地いい。拓郎の声にもちょっと似てる気がした。コンプレッサーがうまく効いてる感じっつーか(伝わるかなこの例え…)。とても穏やかな気持ちで言葉がスッと入ってくる。拓郎ご指名の桑子アナにボクも無償の愛が芽生えた(lovely)。

(オファーがあっても)テレビに出ないフォークシンガーというカテゴリーは拓郎から始まった。オファーがなくて出られないシンガーではなく。ボクが中学生の頃はもうこのカテゴリーがブームとなっていて、テレビで歌うフォークシンガーのほうが稀だった。それだけにTBS「ザ・ベストテン」でライブ会場から中継された松山千春を見た時は事件だと思ったほどだ。

それにしても、拓郎がテレビ出演を拒否するきっかけになったという当時の歌番組、そして司会のFさん(歌のうまい大物歌手。元の奥さんはボクが大好きだったオリビア・ハッセー)の功績は大きい。拓郎が最初のテレビ出演でテレビというメディアを気に入り出まくっていたら、たぶんフォークも拓郎も消費されてしまい、その後の繁栄はなかったんじゃないか。

最初にテレビで歌った「マークⅡ」の映像もちょこっと流れた。こんなギターアレンジだったんだ。洋楽好きな若き吉田拓郎らしいギター、なんかかっこいい。

そんな拓郎の転機は50歳の頃。Kinki Kidsの番組へのレギュラー出演。これもボクらにとっては事件だったわけだが、ほとんど違和感なくその場に溶け込んでいた吉田拓郎を見て嬉しく思った。たぶんボクらも年を重ねて寛容になっていたんだろう。「拓郎、テレビなんかに出やがって」とはまったく思わなかった。おそらく吉田拓郎が何をしても許せた。これも無償の愛と言ってもいい。

前に拓郎が明石家さんまの「さんまのまんま」に出演したとき、「金持ちになったら金持ちの歌をうたいなはれぇ!」と言われて大笑いしたことがあった。私小説的なフォークソングを求めているリスナーの気分をさんまさんが表現するとこうなるんだろう。「結婚しようよ」とか「旅の宿」の延長線を。

確かに吉田拓郎の節目節目にある名曲は私小説的な歌詞だったりする。例えば「サマータイムブルースが聴こえる」だったり「全部抱きしめて」だったり、今回の新曲「ぼくのあたらしい歌」もそうだ。ただしこれらの作詞は拓郎自身じゃない。でもその客観性が拓郎自身の歌詞以上に拓郎らしさを伝えることがある。拓郎もそれを楽しんで歌っているように思える。

桑子真帆アナはいま29歳で、拓郎が「人生を語らず」を歌ったのは28歳の頃だった。29歳の桑子アナにとって、20代で人生を語るなんて想像できないという感覚があるようだ。「いまはまだまだ人生を語らず~?当たり前でしょ(笑)」みたいな。この世代間ギャップは面白かった。

これに対して拓郎は、当時の20代は老成していたと応えた。30~50代のおじさんがいいそうなことを語り合っていたと。その感覚、よくわかる。特にフォークソングにかぶれた人間は老成してたんじゃないか。「古い舟を動かせるのは古い水夫じゃないだろう」という自立への強烈な意志があった時代。

ボクは遅れてきたフォークソング狂いのバカ息子だったのだが、やはり一世代上の人たちと話があった(coldsweats01)。この効能は社会人になってから実に効いた。2006年のつま恋に行けたのも、年上の拓郎ファンの皆さんとのつながりあってこそだった。

そのつま恋リゾートも今年末で閉店することが決まった。時代はいまや野外フェスが当然となり、一晩かけても歌いきれない(聴き飽きない)ヒット曲を持つ歌手も少なくなった。音楽がビジネスとして成立し、そして静かに衰退を始めている。音楽がこの世から消えてなくなることはおそらくないが、この時代の大衆歌謡、そしてこの時代に生きたボクらはそのうち一人もいなくなる。

大衆音楽の一時代を築いたトップランナーのひとりが吉田拓郎だ。その時代に"間に合った"ボクらは幸せな時代を生きられたと思う。音楽で一体感を得られ、大いに笑い語りあった。今なら人生を語れるかもしれないと語る吉田拓郎。ボクはまだまだ語れない。ただ耳を傾けるだけだ。無償の愛で。

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2016.08.07

テレビ東京「美の巨人たち~ル・コルビュジエ」

上野の国立西洋美術館がル・コルビュジエの17建築のひとつとして世界遺産に登録されて、コルビュジエ建築がまた注目され始めていますね。テレビ東京の「美の巨人たち」でも西洋美術館を採り上げてくれてとても面白かったです。

個人的に最高に良かったのは後半、カプマルタンの休暇小屋のBGMに流れた坂本龍一の「Ballet Mecanique」と「Parolibre」です。実にマッチしてました!いい仕事してますねlovely音楽機械論のサカモトの音楽は住むための機械としてのコルビュジエ建築に親和性が高い気がします。

このParolibreはオリジナル音源だったのかな?テルミンの音かと思ったので、三毛子さんのヴァージョンかもと思ったりして。CDを戸棚にしまい込んでて確認できない…。

サヴォワ邸を観に行ったひとくちメモを前に書いたけど、建築そのものを観光できる建築家はあまり多くない気がします。逆にとても興味を持てる建築に出会ってもなかなかその建築家の名前を探すのは手間がかかります。

先日の箱根プチ散策で訪問したポーラ美術館も、展示された芸術作品だけでなく建築そのものが気に入ったけど、建築家の名前をその場で確認することは出来ませんでした(聞けば教えてくれたんだろうけど)。ちなみにポーラ美術館は日建建設・安田幸一氏(東工大教授)でした。

「美の巨人たち」は30分番組なので、かなりコンパクトなのですがとても整理されてわかりやすい番組でした。建築が採り上げられることは少ないでしょう。西洋美術館に行って作品を紹介しない芸術紹介番組だったわけですわ(confident)。

坂本龍一の音楽とともに紹介されたカプマルタンの休暇小屋は国立西洋美術館が完成する6年前の1951年、コルビュジエが64歳のときに建てた小さな小屋で、これもモデュロールに忠実な建物だそうです。そしてコルビュジエのお墓はこのカプマルタンにあります。彼が最後に愛した土地に建てた小さな小屋と国立西洋美術館とを対比してみせた番組の構成も良かったです。

国立西洋美術館がコルビュジエの作品だってことは最初からわかっていても、身近にあるといつでも行けるという余裕から後回しになってしまいます。だから、ミーハーと言われてもこういう機会に観に行っておくことは人生にとって大切ですsign01 いつゴジラがやってくるか、いや地震がやってくるか分からないこのご時世でございます。

などと言いつつ、まだ行ってない…。もしかしたらコルビュジエなんて意識してなかった頃に(例えば修学旅行とかで)行ってるかもしれないけど忘れました。もう少しブームが下火になってから行ってみようと思います。涼しい季節に。

その時には「美の巨人たち」で解説されたいくつかのポイントを踏まえつつ、それと絵画・彫刻との関係性にも注目してすべてをじっくり鑑賞してみたいものです。

将来的には17の建築を回る旅もしてみたいけれど、テロリズムの世紀にはなかなか難しいご時世でもございます。建築は平和でなければ成立しないわけで、建築が愛である原点もやはり平和な世の中に立脚したものなんじゃないかと思う今日この頃です。

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2016.06.03

ブラバンキッズ・リターンズ!まさかのドラマ化に寄せて

はじめにことわっておきますが、「ブラバンキッズ・リターンズ」なんてドラマはありません(笑)。今年の夏、TBSで始まるドラマ「仰げば尊し」への期待をここに表明しておきたいと思い書き始めた次第です。

なぜブラバンキッズ・リターンズなのか?

それはひとくちメモの2009年の記事「復刊!ブラバンキッズ・ラプソディー」から7年目にして、このノンフィクションがドラマで甦るからでございます!私が個人的にリターンズと騒いでるだけでございますが、騒ぐだけの価値がある原作のドラマなわけですわ。

最近、書店でも『ブラバンキッズ・ラプソディー』と続編の『ブラバンキッズ・オデッセイ』が平積みになっているのは気づいていました。しかしそれがドラマ化につながっているとは思ってもみなかったわけです。

ボクはこのノンフィクションの面白さをよく知ってるので、復刊後にロングセラーになって嬉しかったですし、新学期のこの時期に口コミで売れる書籍なんじゃないかくらいに思っていました。ひとくちメモの記事も多少は貢献できてたかなとひとりほくそ笑む的な(wink

ひとくちメモの記事は7年経ったいまでも結構読まれてはいたんですが、それが今日になっていきなりのアクセス数急上昇。どういうことだろうと検索してドラマ化を知りました。

それもTBSの日曜夜9時ドラマですよ。ドラマの王道…。そんな言葉すら浮かんでくるドラマ枠です。

ブログ書いてて良かった~。こうして情報が入ってきてくれる。ほんとアクセスしてくださる皆さんのおかげございます。ありがとうございます!

そしてキャスティングにもまたクラクラ来てしまいますね。中澤忠雄先生の役を寺尾聰さん!そう来るかTBS!まいった。素晴らしい。素晴らしすぎる。

ボクは寺尾聰さん主演の『優しい時間』ってドラマも大好きでDVD-BOXも買ってるわけですが、ブラバンキッズ・リターンズ(違うって!)の主演もやってくれるなんて…。もう感動で泣きそうですわ。でももっと悲しい瞬間に涙は取っておきます(松本隆かよ!)。

2009年にも書きましたが1991年初版の『ブラバンキッズ・ラプソディー』が2016年夏のドラマになるなんて。四半世紀の時を超えてドラマ化なわけですよ!

復刊されて良かった~。著者さん、編集者さん、そして八郎右エ門さん(ご無沙汰しております…)、おめでとうございますshine

すべてはそこから始まってるんじゃないかな。

復刊からドラマ化までをスピンオフドラマ化出来るよ。そこにオレも出たいな。いやブログを書くオレを六角精児さんに演じてほしいな(笑)。

そんな妄想はおいといて、とにかく必見のドラマなのですsign03

DVD-BOXも買う気満々!でもTBSがくれたらもっと嬉しい(笑)。

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2016.03.06

マネーショート~華麗ならざる勝者たち

この映画の邦題は「マネー・ショート~華麗なる大逆転」だが、心情としては「華麗ならざる勝者たち」と書きたくなる。もちろん商業映画のタイトルとしては華麗なる大逆転のほうが華麗であり正解だ。

狂気のサブプライムローンバブルを見抜き、ウォール街を出し抜いた彼らの雄姿。マイケル・ルイスの原作を読んだのは2014年末から2015年初にかけてだった。読み終わる頃にスイスフランが対ユーロペッグをやめたというサプライズが起き、そこでこのひとくちメモでも原作について触れている。原作と言ってもノンフィクションであり、嘘のようなホントの話だ。

主役が何人もいるので、原作を知らないと最初は若干とまどう映画かもしれない。そもそもがややこしい金融業界の裏の話だ。特に投資家や投資銀行の世界の話であり、リスク資産が日常の米国と一般人にはあまり馴染がない日本とでは観客の意識も異なるような気がする。もっとも日本も経済崩壊に向かっており、その敵が投資銀行ではなく国家そのものである恐怖は映画にも出来ないが。

●サブプライムローンは闇鍋だ。

サブプライムローンが破たんした2007-2008年は喧噪のなかにあった世界も、ようやく何が問題だったのか検証されて来た。映画では三日前の魚を使ったシーフードシチューに例えていたが、私流に言い換えればこれは闇鍋だ。腐った肉を持ってきて鍋に入れた人間がいる。極上肉や野菜と一緒に煮れば当分はごまかせる。美食評論家(格付け会社)も絶賛する。これに気をよくした闇鍋参加者は腐った肉の量を増やし、そしてみんな食中毒になった。この映画はこれが食中毒を起こすと最初に気づいた正常な舌を持った男たちの映画だ(笑)。

男たちは正常な舌を持っていただけでなく、それをボロ儲けにつなげようと考えた。そこが常人とは違う精神力と分析力、そして勇気の持ち主だった。彼らが住宅ローンバブルに気づくのは2005年頃。バブル絶頂の頃だ。業界人の誰もがボロ儲けしていた。その詐欺的なシステムによって…。

ファンドで他人の資産を運用していく仕事は儲ければいいというものじゃない。端的には儲ければいいのだが、その前に「説明責任」がある。これが実に困難な仕事だ。特にバブルな市場に向かっていく(逆張り)には、相当の勇気が必要だ。

誰もが美味いと言っている三ツ星レストランを相手に、彼らは腐った肉を客に食わせてると告発しているようなものだ。真実ではあるのだが、それを自分の持っているデータだけで自分の客に説明し納得させなければならない。人気絶頂の三ツ星レストラン相手にこれをやる勇気があるだろうか。

映画のなかでこの説明責任と闘っているのがマイケル・バーリ(クリスチャン・ベール)だ。主役のひとりではあるが、地味に一人で闘っている。他の主役との交わりもない。バブルが弾けるまで運用成績はマイナス20%を超える。顧客からのバッシングの嵐のなかで耐え、最後は400%を超える利益を得る。この孤独なヘビメタ野郎の姿が一番リアリティを持って見えた。

●空売りは悪ではない

空売りというと日本では極悪非道のように言われることがある。証券会社は買いは異常に薦めるが売り(信用売り)はあまりいい顔をしない。米国でも多少そういうところがある。特にバブルの中でのショート(売り向かい)は馬鹿にされるし、実際に損することが多い。弾けるまでは…。

バブルがいつ弾けるかは分からない。それは詐欺的システムの堅牢性だったり、それを信じる投資家やマネーの量が支えている場合もある。詐欺と知ってか知らずか、カネがカネを生むそのシステムを誰も疑わない。そのほうが儲かるからだ。考える必要がない。

実業界も実体以上の評価でも下がるより上がる方がいい。短期的評価こそ強欲資本主義の肝であり、今が良ければそれでいいのだ。勝ち逃げするためなら何でもやるイカサマ博打をやってる。イカサマだからばれるまでは勝ち続けることが出来る。それに提灯をつける(後追いする)有象無象の投資家も出て来てバブルを更に膨らませる。

しかし実体経済とつながっている金融システムは、詐欺の矛盾を徐々に露わにしていく。それを自らの足で調査し確信して空売りを始めるのはマーク(スティーブ・カレル)たちヘッジファンドだ。郊外の住宅地。空き家が目立つがどれもお買い得物件と説明される。住宅ローンには何の担保もいらない。空手形でも借りられる。

マークはそんな適当な売買をやってぼろ儲けしているブローカーの言葉を聞き、部下に疑問を投げる。「彼らはなぜ罪を告白してる?」すると部下は応える。「彼らは自慢してるんです…」

あきらかに実態経済は足もとから破たんし始めていた。破たんする市場を売る(ショートする)ことは悪ではない。理にかなっている。警鐘を鳴らしている。しかしウォール街の住人としてのマークには常に葛藤がある。この詐欺的システムやそれを分析する気もない格付け会社への怒りも徐々に高まる。

●実体経済が敗者となる資本主義社会

もう一組の主役は、ベン(ブラッド・ピット)と若き投資家ジェイミー&チャーリーだ。ISDAというデリバティブ取引の資格を持たない(資本が少なすぎて持てない)若き投資家コンビから話を持ちかけられたベンは伝説の銀行家。だが汚いウォール街に嫌気がさし引退していた。

この取り組みにベンが乗ったのは、ウォール街を出し抜いてのし上がろうとしている若き二人に純粋に魅かれたからなのだろうか。それともウォール街で名を馳せた銀行家としての嗅覚がこのビッグ・ディールに目覚めたのか。そのどちらもかもしれない。もうひとつ、ブラッド・ピットが演じたくて仕方なさそうなかっこいい役だったからかもしれない(笑)。

ベンは空売りで大きな勝利を得て浮かれている二人を諭す。負けたのは国民だと。確かにそうだった。サブプライム層といわれるリスクの高い低所得層を食い物にしていく。そして裾野から崩れたリスクは上位層も巻き込んで一気に崩壊した。金融工学などまったく知らない一般人の生活を一晩でぶち壊す。肥大化した資本主義は実体経済にレバレッジをかけて世界をゆがめていく。

バブルを勝ち逃げすることよりも、弾けたバブルのショートで勝つことのほうが儲けは数倍になるかもしれないが、心情としては苦しいだろうと思う。世界の崩壊に投票して勝つことになる。まったく華麗とは言えない苦い勝利に違いない。

資本主義が実態経済と乖離しはじめている21世紀は、バブルも起きやすくなる。誰もが勝ち逃げするためにプチバブルに乗ろうとする。さらにバブル崩壊でどう儲けるかも学習してきた。バブル崩壊に賭ける手段も進歩しオプションを使ったヘッジは常識になっている。

バブルを崩壊させ逆バブルを起こす。流れにのることが相場そのものだからだ。バブルが連続し乱高下しやがて更なる大バブルを生む。エントロピー増大の法則のように。規制できる機関が無くなってきている。人類は資本主義に追い詰められてきている。

だが、これらのツールを身に着けてウォール街の人々が考えるのは、次なる詐欺の手口だ。自分だけは勝つ。後は野となれ山となれ。こうして繰り返されるマネーゲームが実体経済を蝕みながら続く。総体としては世界経済崩壊に向かう道だが、今が良ければそれでいい人類の浅はかさ。それは原発を生んだ業(ごう)にも似ていると思う。

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2016.02.13

初日!ローカル路線バス乗り継ぎの旅 in 台湾 THE MOVIE

Movie_local_bus20160213スターウォーズに続いて今年2本目に観に行った映画は「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 in 台湾 THE MOVIE」だ!本日初日。一本目を見たいと思って朝から出かけた。どうせならローカル路線バスを乗り継いで映画館まで行こうかと、ひとり遊び的妄想がよぎったが、映画に間に合わなきゃシャレにならんと思いとどまり電車で出かけた。

1本目上映30分前だったがチケットはすんなり買えた。でも席は結構埋まっていた。初日の1本目なんてのは番組ファンが集まっていたに決まってる(笑)。同士とともに我々も台湾のバス旅に出かけるのだ、というテンションにはまったくならなかったが、大スクリーンで見るのはそこはかとなく嬉しい。

ある意味、究極のロードムービーだが、主人公が旅をする目的や意義は劇中には存在しない。出演依頼を受けたタレントが仕事としてやってるのはみんな知ってる。ドキュメンタリーでもない。TBSの「クレイジージャーニー」が映画になったらドキュメンタリーかもしれないが、こっちはタレント3人による単なる旅番組である。いや旅番組ですらないかもしれない。テレビ番組とまったく同じルールで移動するゲームのような旅だ。それをあえて映画館で見る。それがなぜか面白い。


面白さの源泉はやはり蛭子能収さん(68)だろう。蛭子能収論(coldsweats01)は第18弾のとこで書いたけど、もはやこのオッサンがなにかつぶやくだけで笑ってしまう。一日の終わりにホテルを見つけてホッと一息つくだけで笑える。民宿に泊まると聞いて涙が出てくるだけで笑える。まさに笑いあり涙あり!看板に偽りなしだ(?)。

太川陽介リーダーも初の海外では勝手が違う。しかし日本で身に着けた路線バス乗り継ぎスキルは活きていた。尋ね方ひとつで戻ってくる答えが違う。そのことを熟知する太川陽介リーダー。テレビ以上にあきらめない姿はまさに映画への責任感かもしれない。夕食時のジョッキ芸があまり見れなかったのは残念だが、台湾ビールのコップ飲みもなかなか見れない。身体にはこのほうがいい。

マドンナの三船美佳さんもいい人選だったと思う。英語もしゃべれて旅慣れてる。明るく弱音を吐かない。世界のミフネ話も嫌がらずにはさめて、映画化に求められたゴージャス感も持ち合わせる(smile)。蛭子さんの特技を引き出せたのはファインプレイ(笑)。この映画版では蛭子さんの知られざる特技も披露されたのだ。三船美佳さまさま。台風さまさま。ビニール傘さまさま。

台風といえば、この映画のロケには台風21号が直撃したのだった。路線バスが運休してしまうほどの台風。太川さんが読んでた新聞には22万人が避難という大見出し。台風一過で街を歩けば公園の木が倒れていたりする。マジで危険な台風だったことがわかる。CNNでもニュースになってた

屋外ロケの撮影に悪天候はつきものだが、この番組はそれでも撮影を強硬してしまう。3泊4日でゴールというルールはルールなのだ。そこはドキュメンタリータッチなのだ。しかしこの台風までもがサスペンスな雰囲気を生んで、この番組を映画っぽく仕上げることに貢献する。台風があったからこそ生まれたドラマがいくつもあった。番組の勢いとは恐ろしいものだ。台風まで味方にしてしまう。

いつもながら旅番組としての情報は少ないかと思いきや、そこは映画だ。いつもより余計にロケーションの説明を入れてあったような気がする。キートン山田さんの名調子がとても心地いい。ローカル路線バスだから普通は立ち寄らないような小さい街も紹介されて、そういうローカルなところがまた心地いい。情報といえば台湾のローカル路線バスが台風で明日運休になるかどうかは毎晩22時に発表されるのだ。覚えておこう(笑)。

個人的に映画のネタばれなんて気にしない私だが、この映画は達成できるか出来ないかのゲーム番組でもあるのでそこは伏せておきたい。最初で最後かもしれない映画化でまさかの「ゴールできず!」というのもないとはいえないのがこの番組だ。そのハラハラ感が最終日まで続く映画に仕上がってる。編集の巧みさもまたこれまでの経験が蓄積された結果かもしれない。

蛭子さんは1800円払って誰が見に来てくれるのかと言ってたが、映画館で見て損はない作品になってたと思う。ただ一度もこの番組を見たことがない人が最初に見てどうだろう?DVDでもBS再放送でもいいから、一回国内版を見てからのほうが、より楽しめるように思う。

この映画は台湾でも上映されるのだろうか。やってみてほしい。結構ウケるんじゃないだろうか。観客にはルール表を渡したりして。ついでに日本から3泊4日で行く同行程チャーターバス乗り継がない旅なんてツアー組んでくれないかな(happy02)。台風はなしで。

映画のエンディングテーマは由紀さおりさんの「人生という旅」だった。まぁお上品!どうしちゃったの(っていうのも変だけど)。でも映画っぽくて良かった。作曲は杉真理さん。おもえば今回この映画を観たMOVIXさいたまが入っているコクーンのオープニングイベントは杉真理さんの屋外ライブだった。2004年9月17日のことだ。それも実は観に行った。なんだかそういうローカルな感慨もついでに味わえた。

帰りくらいローカル路線バスで帰ろうかと迷いながら一駅歩いたが、電車の誘惑に負けて電車で帰宅…。いや、電車ってやっぱ速いわ(笑)。ローカル路線バスを乗り継ぐ旅なんてやはり銀幕のなかのファンタジーだと思ったね。ちなみにローカル路線バス乗り継ぎの旅ファンタジー論は第17弾のときに書いてる

なにはともあれ、「映画化おめでとう!」とファンの一人として祝辞のひとつも述べておきたい。映画化してもなにも変わらないこの旅をこれからも元気に見せてほしいものだ。


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