google-site-verification=o_3FHJq5VZFg5z2av0CltyPU__BSpMstXTEV1P8dafg 夏旅2023 夫婦編(5)~ 斎場御嶽 ~: ひとくちメモ

« 夏旅2023 夫婦編(4)~ あざまサンサンビーチから国道331号へ ~ | トップページ | 夏旅2023 夫婦編(6)~ ニライカナイ橋の展望台に立ち寄り ~ »

2023/08/13

夏旅2023 夫婦編(5)~ 斎場御嶽 ~

20230724_135544_3p

国道331号を歩き疲れてようやくたどり着いた斎場御嶽のチケット売り場。とりあえず冷たいものを食べようと売り場横のかき氷屋さんでマンゴーかき氷とジェラートを食べた。こういうものを食べるとすぐに喉が渇くのだが、わかっていてもこの時ばかりは食べずにいられなかった。

少し休んでチケットを購入した。斎場御嶽の入口まではここからまだ500mほど先にある。あざまサンサンビーチからここまで過酷な坂道を歩いて来た。普通なら心が折れる真夏のロードだった。妻が歩けるタイプで良かった(不満はあっただろうが…)。

斎場御嶽への道のりで琉球コーラ缶を購入。炭酸が飲みたい気分でもあった。

私は11年前にガジ丸さん(故人)に連れられて来た斎場御嶽だったが、その時は目の前に軽トラを止めてふらっと入っていった記憶がある。それがいまや入口は完全に観光地として整備されていた。学習施設のようなものがあり注意事項などをビデオ鑑賞してから入場する。

20230724_140212_3p

なかに入ると11年前と変わらない静かな森だった。米軍の艦砲射撃によって出来た砲弾池もそのままあった。しかし三庫理(さんぐーい)は立入禁止になっていて柵の外から三角形岩のすき間を遠めに眺めるだけ。岩が崩れる危険があるからだとか。以前は三庫理からハート型に空いた樹木の葉の奥に久高島を眺められたのに残念だ。2012年のブログのタイトル画像はそのときの写真を使ったものだった。

11年越しに久高島には渡れたが三庫理からの眺望は失われていた。月日の流れを感じた。だが琉球の歴史からすればほんの一瞬に過ぎない。観光地とはそういうものだ。

久高島を眺める場所は三庫理よりももっと手前に「久高島遥拝所」が作られていた。11年前にあったかどうか記憶にないが、斎場御嶽に久高島遥拝所は必須だと思う。今朝久高島を一周して(ヤグルカーからこちら側を眺めて来て)、午後に斎場御嶽から久高島を眺めている。路線バスと過酷な徒歩の旅を満喫していた。

●ガンガラーの谷を目指す

斎場御嶽からまたチケット売り場に戻ってきたのは15時前だった。隣に南城市観光協会があり涼みに入ってみた。そこでも斎場御嶽に関する展示・上映会をやっていた。職員の方にどうぞと促されてその動画をしばし鑑賞しクールダウン。

さて、ここからまた路線バスの時間を確認して那覇へ帰るかと考えていたが、妻はもう一カ所ガンガラーの谷という観光スポットに行けないかなと言い出した。そこは初日の候補地として久高島・斎場御嶽と並んで挙げていた第三の候補地だった。

ここは観光協会でもあるし職員さんにガンガラーの谷について聞いてみた。するとパンフレットを渡してくれて16:00からのガイドツアーもあることを知る。タクシーを使えば16:00に間に合うというので、パンフに書かれた電話番号に電話してみたところ空いているという。それで即時予約すると同時に、妻に目配せをして観光協会の職員さんにタクシーを呼んでもらった。

タクシーはほんの10分も待たずに到着した。さすが世界遺産の観光地だ。我々はついに初日候補地すべての観光を達成できることになった。

案ずるより産むがやすし。この道を行けばどうなるものか危ぶむなかれ。そんな大げさなものではないが、いま思えばこの沖縄旅行は台風5号と6号のはざまに奇跡的に天候に恵まれた一週間の旅行だった。あと二日遅く出発していたら予定通り帰れなかっただろう。そういう偶然のなかで生まれた沖縄旅行の初日だ。レンタカーならたやすく回れたのかもしれないが、たやすくないからこそ良い思い出になるような気もした。

20230724_145909

| |

« 夏旅2023 夫婦編(4)~ あざまサンサンビーチから国道331号へ ~ | トップページ | 夏旅2023 夫婦編(6)~ ニライカナイ橋の展望台に立ち寄り ~ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 夏旅2023 夫婦編(4)~ あざまサンサンビーチから国道331号へ ~ | トップページ | 夏旅2023 夫婦編(6)~ ニライカナイ橋の展望台に立ち寄り ~ »