マネーショート~華麗ならざる勝者たち
この映画の邦題は「マネー・ショート~華麗なる大逆転」だが、心情としては「華麗ならざる勝者たち」と書きたくなる。もちろん商業映画のタイトルとしては華麗なる大逆転のほうが華麗であり正解だ。
狂気のサブプライムローンバブルを見抜き、ウォール街を出し抜いた彼らの雄姿。マイケル・ルイスの原作を読んだのは2014年末から2015年初にかけてだった。読み終わる頃にスイスフランが対ユーロペッグをやめたというサプライズが起き、そこでこのひとくちメモでも原作について触れている。原作と言ってもノンフィクションであり、嘘のようなホントの話だ。
主役が何人もいるので、原作を知らないと最初は若干とまどう映画かもしれない。そもそもがややこしい金融業界の裏の話だ。特に投資家や投資銀行の世界の話であり、リスク資産が日常の米国と一般人にはあまり馴染がない日本とでは観客の意識も異なるような気がする。もっとも日本も経済崩壊に向かっており、その敵が投資銀行ではなく国家そのものである恐怖は映画にも出来ないが。
●サブプライムローンは闇鍋だ。
サブプライムローンが破たんした2007-2008年は喧噪のなかにあった世界も、ようやく何が問題だったのか検証されて来た。映画では三日前の魚を使ったシーフードシチューに例えていたが、私流に言い換えればこれは闇鍋だ。腐った肉を持ってきて鍋に入れた人間がいる。極上肉や野菜と一緒に煮れば当分はごまかせる。美食評論家(格付け会社)も絶賛する。これに気をよくした闇鍋参加者は腐った肉の量を増やし、そしてみんな食中毒になった。この映画はこれが食中毒を起こすと最初に気づいた正常な舌を持った男たちの映画だ(笑)。
男たちは正常な舌を持っていただけでなく、それをボロ儲けにつなげようと考えた。そこが常人とは違う精神力と分析力、そして勇気の持ち主だった。彼らが住宅ローンバブルに気づくのは2005年頃。バブル絶頂の頃だ。業界人の誰もがボロ儲けしていた。その詐欺的なシステムによって…。
ファンドで他人の資産を運用していく仕事は儲ければいいというものじゃない。端的には儲ければいいのだが、その前に「説明責任」がある。これが実に困難な仕事だ。特にバブルな市場に向かっていく(逆張り)には、相当の勇気が必要だ。
誰もが美味いと言っている三ツ星レストランを相手に、彼らは腐った肉を客に食わせてると告発しているようなものだ。真実ではあるのだが、それを自分の持っているデータだけで自分の客に説明し納得させなければならない。人気絶頂の三ツ星レストラン相手にこれをやる勇気があるだろうか。
映画のなかでこの説明責任と闘っているのがマイケル・バーリ(クリスチャン・ベール)だ。主役のひとりではあるが、地味に一人で闘っている。他の主役との交わりもない。バブルが弾けるまで運用成績はマイナス20%を超える。顧客からのバッシングの嵐のなかで耐え、最後は400%を超える利益を得る。この孤独なヘビメタ野郎の姿が一番リアリティを持って見えた。
●空売りは悪ではない
空売りというと日本では極悪非道のように言われることがある。証券会社は買いは異常に薦めるが売り(信用売り)はあまりいい顔をしない。米国でも多少そういうところがある。特にバブルの中でのショート(売り向かい)は馬鹿にされるし、実際に損することが多い。弾けるまでは…。
バブルがいつ弾けるかは分からない。それは詐欺的システムの堅牢性だったり、それを信じる投資家やマネーの量が支えている場合もある。詐欺と知ってか知らずか、カネがカネを生むそのシステムを誰も疑わない。そのほうが儲かるからだ。考える必要がない。
実業界も実体以上の評価でも下がるより上がる方がいい。短期的評価こそ強欲資本主義の肝であり、今が良ければそれでいいのだ。勝ち逃げするためなら何でもやるイカサマ博打をやってる。イカサマだからばれるまでは勝ち続けることが出来る。それに提灯をつける(後追いする)有象無象の投資家も出て来てバブルを更に膨らませる。
しかし実体経済とつながっている金融システムは、詐欺の矛盾を徐々に露わにしていく。それを自らの足で調査し確信して空売りを始めるのはマーク(スティーブ・カレル)たちヘッジファンドだ。郊外の住宅地。空き家が目立つがどれもお買い得物件と説明される。住宅ローンには何の担保もいらない。空手形でも借りられる。
マークはそんな適当な売買をやってぼろ儲けしているブローカーの言葉を聞き、部下に疑問を投げる。「彼らはなぜ罪を告白してる?」すると部下は応える。「彼らは自慢してるんです…」
あきらかに実態経済は足もとから破たんし始めていた。破たんする市場を売る(ショートする)ことは悪ではない。理にかなっている。警鐘を鳴らしている。しかしウォール街の住人としてのマークには常に葛藤がある。この詐欺的システムやそれを分析する気もない格付け会社への怒りも徐々に高まる。
●実体経済が敗者となる資本主義社会
もう一組の主役は、ベン(ブラッド・ピット)と若き投資家ジェイミー&チャーリーだ。ISDAというデリバティブ取引の資格を持たない(資本が少なすぎて持てない)若き投資家コンビから話を持ちかけられたベンは伝説の銀行家。だが汚いウォール街に嫌気がさし引退していた。
この取り組みにベンが乗ったのは、ウォール街を出し抜いてのし上がろうとしている若き二人に純粋に魅かれたからなのだろうか。それともウォール街で名を馳せた銀行家としての嗅覚がこのビッグ・ディールに目覚めたのか。そのどちらもかもしれない。もうひとつ、ブラッド・ピットが演じたくて仕方なさそうなかっこいい役だったからかもしれない(笑)。
ベンは空売りで大きな勝利を得て浮かれている二人を諭す。負けたのは国民だと。確かにそうだった。サブプライム層といわれるリスクの高い低所得層を食い物にしていく。そして裾野から崩れたリスクは上位層も巻き込んで一気に崩壊した。金融工学などまったく知らない一般人の生活を一晩でぶち壊す。肥大化した資本主義は実体経済にレバレッジをかけて世界をゆがめていく。
バブルを勝ち逃げすることよりも、弾けたバブルのショートで勝つことのほうが儲けは数倍になるかもしれないが、心情としては苦しいだろうと思う。世界の崩壊に投票して勝つことになる。まったく華麗とは言えない苦い勝利に違いない。
資本主義が実態経済と乖離しはじめている21世紀は、バブルも起きやすくなる。誰もが勝ち逃げするためにプチバブルに乗ろうとする。さらにバブル崩壊でどう儲けるかも学習してきた。バブル崩壊に賭ける手段も進歩しオプションを使ったヘッジは常識になっている。
バブルを崩壊させ逆バブルを起こす。流れにのることが相場そのものだからだ。バブルが連続し乱高下しやがて更なる大バブルを生む。エントロピー増大の法則のように。規制できる機関が無くなってきている。人類は資本主義に追い詰められてきている。
だが、これらのツールを身に着けてウォール街の人々が考えるのは、次なる詐欺の手口だ。自分だけは勝つ。後は野となれ山となれ。こうして繰り返されるマネーゲームが実体経済を蝕みながら続く。総体としては世界経済崩壊に向かう道だが、今が良ければそれでいい人類の浅はかさ。それは原発を生んだ業(ごう)にも似ていると思う。
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