SONGS 夜会への招待
NHK SONGS「夜会への招待」を見終わった。今日はNHKスペシャル「アジア巨大遺跡第3集」も面白かったし、そのあとのドラマ「破裂」も毎週見てたので、その流れで見たわけだが、途中23:00から30分だけスポーツニュースだったので、その間にコンビニに行ってなぜか炙りサーモンと枝豆を買って来て見始めたのだった。しかしサーモンダンスは放送されず()。
興味深い番組だった。前半に中島みゆきさんご本人による夜会誕生秘話のコメントが挿入された。そこで思ったのは、夜会は中島みゆきによるセルフ・リミックスだったんだということ。
夜会が初めて産声をあげたのは1989年。そのころの私はたぶん人生で最も音楽にはまっていた時代だ。中古のオールインワンサンプリングシンセを購入し、デジタルサンプリングに没頭していた。ポストモダンな風潮のなかで音楽も脱構築されはじめた時代。
音楽にデジタル化の津波が押し寄せていたそんな時代に、中島みゆきは「夜会」という方法論で独自のリミックスヴァージョンを作ろうとしていた。それも身体表現を伴う舞台芸術という超アナログなやり方で。SONGSを見ながらそう直感した。
もちろんリミックスという意識はなかったはずだし、厳密にはリミックスでもないから、夜会をリミックスと表現することに私自身も多少の躊躇はあるけれども、そこは私が“中島みゆき妄想家”たるゆえんだ。ただの妄想だ。許して…。
たとえば「寒水魚」で聴いた悪女のLPヴァージョンはシングルとは別アレンジになっていて、子どもの私は腑に落ちないものを感じたわけ。でもその裏切りの効果、ウチとソトの関係性については以前「BS熱中夜話中島みゆき第一夜(後夜祭)」で書いて個人的には解決した。
アレンジを替えたいという衝動はどんな表現者にもありそう。だけどその情熱を受け手側のリスナーと共有するのは実に難しい。それは逆に言えば編曲の重要性を証明しているわけだけど、とくにタイトルだけ聴いて別アレンジの曲になってると肩透かしを食らう。
リミックスというのは、事前にリミックスだよとことわりを入れて提供してるようなところがある。リスナーに心の準備をさせる仕掛けというか。夜会のはじまりは舞台という装置を使って違う環境にリスナーを丸ごと連れてって、環境ごと新しいアレンジを受け止めさせる壮大なリミックスヴァージョンだった。まさに大実験だ。
そこから25年経って、世の中はリミックスなんて当たり前という時代になり、夜会もオリジナルな表現の場として受け入れられる時代になった。まったく異なる音楽の系譜だけど、着実に独自の進化をとげている。
舞台をどう使うかが演者の想像力と密接に結びつく時代でもある。一般的にCDが売れない時代。デジタル音楽もすぐに消費される。そんな時代にカネを払ってでも出会いたいリアルな表現は、おそらく生身の身体性に回帰していくような気がする。
中島みゆきの夜会だけでなく長淵剛の富士山10万人コンサートもそうだし、パフュームの3Dマッピングのステージもそう。ライブの価値がこれまでとはいっそう異なる。
逆に下手なものを見せられた時の脱力感も大きくなる諸刃の剣でもある。プロとして節制してこなかった大御所もたくさんいる。昔の演歌歌手のほうがよっぽどプロだったと思ったりする。そんななかで25年前に(おそらく賛否両論だった)身体性をフルに発揮した夜会を始め、鍛えてきた中島みゆきの凄味を感じる。
夜会が25年続くと当時ぼくらは考えただろうか。続けることに意義があるとかライフワークなんて外野がいうのは簡単だけど、客が入らなければ続けられない世界だ。25年前の夜会はまさに一世一代の勝負だったはずだ。そして結果を出した中島みゆき。まるでアスリートのようだ。
今回のSONGSを見て、昨年の「橋の下のアルカディア」のラストで唐突な感じがした理由がわかった。中村中と中島みゆきがデュエットしたときの歌詞を聞き逃していたような気がする。あのとき最前列で(ステージの位置的にもまさに目の前で)見ていた私だったが、中村中の歌唱があまりにも素晴らしくて歌そのものに聞き入っていた。歌声そのものに。そこに中島さんとデュエットしちゃうもんだから、こっちは舞い上がってしまって冷静に歌詞を聴けてないのだ。それで時代背景やら戦闘機やらの前後関係が分からなくなり混乱したんだと思う。それが分かったのもSONGSの収穫だった。
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