« July 2015 | Main | September 2015 »

6 posts from August 2015

2015.08.22

夏旅 15th anniversary

10周年がいつだったかと確認すると2009年だった。そこからすでに6年も経っている(coldsweats02)。人生はほんとに短いものだな。2009年から15周年目の2014年までをざっと振り返っておこう。酒の肴に(笑)。今年の夏旅はこの後記録する予定。

2009:10周年目で宮崎港から初の九州上陸をめざし大阪南港に向かうも千円高速出口の大渋滞でフェリーに間に合わず大阪泊。とんだ10周年の幕開け。計画変更し徳島自動車道で四国入り。佐多岬を目指す。そこからフェリーで大分へ。入口は計画と異なったが初の九州上陸。関サバの夕食を終え、臼杵市のホテルを予約し2泊目。楠屋鼻や臼杵大仏、原尻の滝大吊橋などを観光し別府入りし旅館で3泊目。翌日は朝から古羅漢探勝道で運動し本耶馬溪の青の洞門へ。中津唐揚げの名店むらかみ食堂で唐揚げを食べた。その後、福岡で解散。実家に帰り家族と笠戸島へ。

2010:前年フェリーのルートに味をしめ、この年は4時起きで渥美半島を目指し伊勢湾フェリーで鳥羽へ。ここの民宿は予約済み、夕食も民宿で。翌朝は奈良県を目指す。BGMはK-POPだ。キムヨナのバンクーバー五輪金メダルで完全にK-POP三昧だったオレ。ルシャナブツの写真を撮ったり奈良観光。阿修羅像もこの時ちょうど展示されていて拝めた。そこから和歌山市に向かい2泊目。この時、中島みゆきファンのたまごさんと再会し軽く飲み。翌日は山口県へ直行。この時は途中2泊だけで帰省したんだなぁ。

2011:この年は5年前に素泊まりした城崎温泉を事前予約して目指した。渋滞高速を避けて富山県1泊。のどぐろや岩ガキを食べた。翌日は琵琶湖を目指して2泊目、近江牛の夕食。翌朝彦根城やアニメけいおんのモデル教室などを見学し城崎温泉で3泊目。やはり素晴らしい温泉地だった。翌日は延々西をめざし山口県を越えて博多で4泊目。翌日新幹線で山口県の実家へ。実家では原発反対闘争をしている上関(祝島)方面をめざし、周防大島で両親と宮本常一民俗館や星野哲郎記念館を見学。

2012:個人的には6月に沖縄に行っているがこれは番外。新東名高速道路が開通したのでそこを通って名古屋で一泊。翌日は一宮の喫茶店で朝食を摂り京都の清水寺を観光した後、予約していた有馬温泉の宿へ。白熱の温泉卓球に興じた。翌日は広島県の宮島へ。おそらく広島で3泊目。翌日は博多へ。いや、博多に行く前に一回実家に寄っているのは確かなので、3泊目は周南市でオレは実家に泊まり荷物を一部入れ替えて翌朝東横インで合流だったかも。その後、博多で1名合流し飲み会。そして翌朝はメンバーチェンジして韓国釜山港へフェリーで旅立った。釜山で2泊。両方東横イン!初日は焼肉。翌日は慶州方面をタクシーで回りキジャンで韓牛焼き肉。最終日は甘川洞文化村観光し、夕方フェリーで福岡へ戻った。その後実家へ。

2013:この年は旅行三昧だった。夏旅メンバーのE氏と6月石垣島旅行。波照間島の黒いバカと化した。夏旅本線はリベンジの旅!ということで九州再上陸作戦。初日は大事をとって(笑)名古屋泊。翌日は悠々と大阪南港入りし2泊目のフェリーで宮崎へ。朝宮崎に到着。ドライブインで朝食を摂って海を見ていたら地元紙からインタビューを受けた。後日届いたその囲み記事はこちら宮崎から鹿児島入りし3泊目。翌日知覧や武家屋敷を見学して熊本で4泊目。馬刺しを喰らう。翌朝鹿児島中央駅に戻り奄美へ向かうメンバー1名を降ろして再度熊本へ。熊本城観光の後、熊本で解散。初の九州新幹線で実家の山口県周南市へ戻った。100分程度。非常に近い。この年は実家からさいたまへの帰路もピカソ迎えに来てもらい車で戻った。途中、京都に1泊。この時の京都の夜が実に居心地が良かったため、京都泊のプレミア感を実感した。京都を出て一路首都圏へ。しかし例によって東名高速の出口付近は30kmの渋滞。それを避けて一般道に降りたが、246号で曲がれずあれよあれよとヤビツ峠へ。渋滞も信号も対向車もなかったが、幽霊でも出そうな真っ暗な山道だった。鹿に出会った。2013年はこの後、11月にパリへ一人旅。海外一人旅は初めて。その顛末は嫌というほど書いたので(coldsweats01)、そちらに譲ろう。

2014:とにかく東名高速の渋滞出発はテンションが下がるので中央道で山梨へ向かう。シャトー勝沼でワインを購入し滋賀県へ。夜他のメンバー2名とホテルで合流しあたりをつけていた近江牛焼肉へ。超美味で感動。翌朝は徳島へ向かう予定だったが淡路インターで足止め。台風直撃だった。一晩ここで過ごしたオッサンに遭遇。それは避けたいし徳島のホテルは予約済みだったので、遠回りにはなるが一か八か瀬戸大橋経由で四国入りを決断。淡路インターから引き返した。これが奏功し無事(ただし台風直下の)徳島で2泊目。翌朝は小雨になっていたが台風の爪痕がそこかしこに。その日は道後温泉へ向かう。松本駅前でメンバー1名がお別れ。悲劇はそのあとに訪れた。ピカソのクーラントが駐車場のフラップに接触し破損。走行には問題ないがここからクーラーのない夏旅に突入。涙は心の汗だというが、汗は心の涙かもしれない(crying)。宿は道後温泉から車で30分程度の今治で3泊目。翌日は山口県の実家へ。この年も復路はピカソのお迎えだった。もちろんクーラーなし。窓を全開にしたシトロエンが高速を突っ走る。この年も途中京都に1泊。翌朝も暑いのでおとなしく爆走し首都圏へ。途中で日本一裕福な村、飛島村もちょこっと見学したが。クーラーなしの高速渋滞、それも観光バスのすぐ後ろとかキツイ。天候も不順だったがなんとか帰宅できた。


pencil

こうして振り返ると、やはりトラベルはトラブルというか、困ったときのことばかり覚えている。旅のちょっとしたトラブルは脳を活性化させるのかもしれない。旅をしない人は旅する人より早死にするという説もあるらしい。運動してまで寿命を延ばそうとは思わないが、旅(と糖質制限)で長生きできれば御の字だ。

目的地はメンバーそれぞれの地元なのでルートは限られると思ってきたが、最近はそうでもない気がしている。まだまだ訪れていない土地はたくさんある。また、夏旅はシンプル化してもいて、だいたい3泊を基本線として計画できればいい。そして美味しい食べ物がやはり魅力だ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.08.17

黒柳徹子著『トットひとり』に中島みゆきを見つけた

黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』を読んだのは小学校高学年から中学校1年生の頃だった。中1のとき、学級文庫用にと単行本を持ってきて置いていた。その本がある日学級文庫に戻って来ず、担任の水上先生が「せっかくクラスメートが提供してくれたのに返さないのはよくない」といったことをホームルームで話したら、いつの間にか学級文庫に戻っていた。誰が持ち帰っていたのかはわからなかったけれど、ボクは自分も読むのが速いほうじゃないから、全部読み終わって返してくれていればいいなと思ったものだ。

黒柳徹子さんの本を読んだのはそのとき以来。赤羽の書店で平積みになっていた『トットひとり』を買ったのだが、あまりこのタイトルの意味について考えもせず購入したのだった。読み始めると、黒柳徹子さんの文章の記憶がよみがえってきてとても面白く読み始めた。でも、内容は芸能界で家族のように過ごしてきた人たちとの永遠の別れを綴ったとても切ないものだ。とうとうトット(黒柳徹子さん)はひとりぼっちになってしまった。時の流れの淋しさを感じる。

テレビというメディアが登場し、その第一号女優として芸能生活が始まった黒柳徹子。その天真爛漫さは『窓ぎわのトットちゃん』で多くの人が知っているところだが、こういう性格の人だから選ばれたのかどうか。素人がひとり居てもいいだろうという感じでNHKのオーディションに受かったと本人は語っているが本当にそうなのかは疑問だ。こんなとびぬけた人はなかなかいるもんじゃない。選ばれるべくして選ばれたテレビの申し子だったとしかボクには思えない。こういう“天然”の元祖のような人から日本のテレビの歴史が始まったことは日本のバラエティ番組の歴史にとってとても大きな影響があったんじゃないかと思う。

黒柳徹子さんが芸能界の家族のように付き合って来た人々の思い出は、ボクにとっては更に年上の人々のお話であり、あまりリアルタイムに同時代を感じたわけじゃなかったが、そのなかで向田邦子さんとの交流はとても印象に残った。向田さんの住処に入り浸るくらいの関係だったことは知らなかった。でもわかるような気がする。

ボクは向田邦子ドラマが大好きだけど、向田邦子さんご自身にもとても興味がある。黒柳徹子さんのこの本で向田邦子さんと徹子さんの関係がよくわかってそれは嬉しかった。向田邦子さんのこともさらに好きになった。例えば悪筆の向田さんがひそかに習字を習っていたところ。悪筆を直そうとするかわいらしさもいいが、そういう努力を人に見せたくないところなんかに同じ美意識を感じる(confident)。

また黒柳徹子さんと向田邦子さんの対談で、久世光彦が向田さんを評して「希代の嘘つき」と言ったというところ。ここなんかはボクの中島みゆき好きにも通じる部分だなと思った。嘘つきが好きよ(笑)。

『トットひとり』には中島みゆきさんの名前も2回出てきた。「ザ・ベストテン」の第一回放送の4位が中島みゆきさんだったが(もちろん coldsweats01 )出演しない。あの番組がガチのベストテンを発表し、出演しない歌手のときは司会者が「ご出演いただけませんでした」と謝るという進行になった、そのルーツが中島みゆきの欠席だったともいえるわけだ。

山口県では「ザ・ベストテン」の第一回は放送されていなかった。途中からTYSが放送を開始し、司会の久米宏さんが「山口県のみなさんも今回からご覧いただけるようになりました!」といったコメントをされたことを覚えている。松山千春のコンサート会場からの中継には間に合ったが、中島みゆきさんは「わかれうた」のシングルジャケットが毎回のように映り、ご出演いただけない歌手としてすでに定番となっていた。ただそのテレビに出演しない中島みゆきという神秘性に惹かれていった気もする。

そんな同時代的な懐かしさも感じつつ読み終えた。背表紙にもなっているが、まだデビュー当時の黒柳徹子さんの一枚の写真もとてもいい。わりと有名な写真(というかこれくらいしか残っていないと思われる写真)で、見たことはあったが、これがまさかマイクに鼻に乗せて休んでいるところだとは…。やっぱ黒柳徹子は昔から常人とは異なる感覚を持った“天然”の天才であり不思議ちゃんだったんだなと思った。でも単なる不思議ちゃんではなく、その行動力で様々なことを体験していこうという強い好奇心と意志を持った不思議ちゃんだ。

家族のように過ごした身近な芸能人が次々と鬼籍に入り、「トットひとり」と感じることはあるだろうけれど、徹子さんを親として姉として慕ってくる芸能人もいることだろう。いつまでも不思議ちゃんな黒柳徹子をテレビで見ていたいと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.08.15

シャーロットちゃんの目がゾロ目に見えた日、幻のゾロ目ナンバー認定!

西日本のほうがゾロ目ちゃん率が高いのか?

昨日は山口県から大分県の高崎山まで車で往復したけれど、その復路で念願の33-33、55-55と遭遇。それも並走していた。前を走る車が33ー33だと気づいた瞬間キターッと思い頭がゾロ目脳になったとき、追い越し車線をまさかの55ー55が抜いて行ったのだ。ちょっと感激w

あるSAでは88ー88を2台、99ー99、77ー77も発見。最後に11ー11にも遭遇し、たった一日で6種類のゾロ目ちゃんに出会った。通算すると8種類制覇だ。

それでも22ー22には出会えておらず、22ー22をゾロ目ちゃん探しゲームにおける幻のラッキーナンバーに認定したい!

またどうでもいいが、13ー33というニアピン車両と2台同時に遭遇した。1台は3台前方を走行中、もう1台は右追い越し車線だった。この瞬間、それぞれに乗っているドライバーはこの偶然の出会いを知るよしもない。人生に似てるなと思い感慨無量w

高崎山ではシャーロットちゃんにも会えたし、その途中では高速道路計画反対運動のミカン山も見れて、今年の時事ネタに触れた夏休みになった。

20150814_154516

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2015.08.12

旅の息抜きにゾロ目ちゃん探しゲーム

実家に無事到着し朝を迎えました。山口県は雨です。旅行中は天気に恵まれて良かった。

最近はノートパソコンも持ち歩かずスマホだけなので旅行記はもっぱらツイッター。それで書いた気分になれるから、あえてブログに書き残すことがなかったりします。

今回のヨタ話もツイートで済みそうなものですが、ブログ向きかもと思い直しスマホで書いてるところです。

ゾロ目ちゃん探しゲームをご存知ですか?昨日私が命名したゲームなので知らない方が多いことでしょう。でもやったことある人も多いゲームです。ナンバープレートの数字が4つ同じ車を見つけるというひまつぶしですcoldsweats01

最近は好きな数字を選べるから結構ゾロ目ナンバーは多いですね。それであえて探さず気づいたときに「あ、ゾロ目だ。」というゆるーい感じでこの四日間世間を眺めていました。

車の旅なのでナンバーは次々と供給されてきます。昔の知人には前の車のナンバーを因数分解して遊んでいる奴もいましたが、ゾロ目ちゃん探しゲームは何のひねりもないけど見つけるとちょっと嬉しい。

1のゾロ目(11-11)から99ー99まで全部制覇出来たら最高なのですが、なかなか達成できません。どの数字が見つけにくいと思いますか?これは予想を裏切られました。

いちばん多く見かけたのは88ー88です。4台は見ましたね。日本人は末広がりの八が大好きですからこれは予想通りでした。その後順調に、11ー11、99ー99、77ー77の車に遭遇しました。あえて目を凝らしていた訳ではなく、ふと目をやった先にそれらの数字が飛び込んで来たのです。

でもここからがなかなか見つかりませんでした。しかし京都を出発してすぐに66ー66を発見。これはなかなか貴重なカードでした。

ここまで来て、まだ見ていないゾロ目ちゃんは22ー22、33ー33、44ー44、55ー55の4つ。日本人の傾向からすれば4以外は結構好きそうな数字なのに。

と思っていたら広島県で44ー44の車に遭遇!これはスゴイ(たぶん)。4並びに出会えたなら全部制覇できるかもとおもいました。

すると山口県でもまた44ー44に遭遇。価値観の多様化、ダイバーシティな社会を実感しましたね。

しかしここでゲームオーバー。全部制覇には至りませんでした。でもなんとなく世の中が楽しく見えるゾロ目ちゃん探しゲーム、オススメです。

亜流として一桁ちゃん探しゲームも出来ます。トラックは結構一桁ちゃんが多かったです。今回、姫路城に向かう道路で、99ー99の後ろにつけたとき、対向車が・・・1だった奇跡の瞬間もありました。

あとなかなか見つからない単勝車券として自分の誕生年とか誕生日探しゲームもあります。こっちは今回どちらも遭遇出来たのですが、19ー というナンバーは意外に少ない気がしました。

もしお子さんが暇そうだったら引き算ゲームも出来ます。ナンバープレートの式まんまで引き算を次々にしていきましょう。問題が次々供給されるから飽きません!でも親も答え合わせするために一緒に引き算させられるのを覚悟してください。引き算ゲームをするとゾロ目ちゃんのありがたさが身に染みることでしょう!

こんなヨタ話ですんまそん。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.08.10

岡山県QUCHIでとんでもなく美味しい熟成肉を食べた日

Quchi20150810_214046


夏旅2015で岡山県に宿泊してます。時系列で行けば3泊目となるわけですが、今日はめちゃめちゃ美味しいエイジングビーフを食べることが出来たのでそれを書き留めておきたいと思いまして。

都内でも熟成肉の店が流行しているご時世ですが、実感からしてピンきりなわけです。岡山県で偶然にもこんな熟成肉のお店に出会えるなんて夢のようでした。この夏旅史上でも総合力では最高だった気がしてます。

お店の名はQUCHI(キューチ)さん。岡山県の奈義町にある牧場主さんが経営する農家レストランだそうです。奈義(なぎ)ビーフというブランドはまだまだ認知度は低いかもしれませんが、実に美味い熟成肉になっていました。気分としてはぜひともネイチャージモンに食べてみて欲しいくらいの旨い肉でしたね。

毎日オススメのエイジングビーフは変わるようですが、今日はリブロースと三日月バラ、内ももの3種類で100gから50g刻みで注文できました。全種類いただきました!

わさびと塩、そして牛蒡を使った薬味で食べる熟成肉。どれも100日超の長期熟成肉でございました。これが赤ワインに合うよねぇ。主張し過ぎないメルローワインを選びましたがたぶん正解!幸せな気分になりました。

そんな熟成肉もさることながら、QUCHIさんの総合力を感じたのは多彩な季節の野菜です。最初に注文したピクルスをひとくち食べただけで違いが実感できました。期待値マックス!そしてそれを裏切らない、いや、いい意味で裏切られるくらい美味いサラダや付け合わせの夏野菜。ちょっと信じられませんでしたね。都内でこんなに美味しい野菜食べられるかなぁ。

なぎビーフだけでなくほとんどの野菜、果物が岡山県産とのことでした。県外から取り寄せているのは大山のミルクなど全体の3%だそうです。それを「究極の地産地消」と謳われていました。なるほど、その新鮮さがしっかり生きてると思いましたね。野菜につけるディップもニンジンとバターをミックスしただけのシンプルなソースでしたが、それだけでこんなソースが出来るものなのかと驚きました。

そういった説明をしてくれた店員さんもとても親切で居心地のいい空間でした。なぎビーフへの愛を感じるよね。こういう生産者の皆さんの手で育てられるブランドは信用できると思いました。それでちょっとワインの酔いが回った状態ではありますが、書き留めておきたいと思ったわけです。岡山県はなかなか来れないけれど、岡山シーガルズの隠れファン(笑)なのでレッドロケッツファンの友人と遠征に来たら再訪したいと思いました。岡山県、侮れない!

20150810_214230


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.08.01

戦後70年 読んでもらいたい戦争関連本5選

今日は宮内庁ホームページで玉音放送のレコード原盤が公開された。詔書を読みながらクリアになった昭和天皇の声を聞いた。日々生死の境目を生き抜いた民がそのストレスから解放された。敗戦という別のストレスを受け入れつつ。

テレビでも戦後70年の特番がとても多い一日だった。戦後70年という節目で、5月には「戦後70年目にしてポツダム宣言否定首相を生んだ日本」を書いたが、もっと建設的なことも書きたいなと思い、戦争関連本5選という手法を思いついた。

これまで、YMO中島みゆきオフコース松田聖子女優の歌など音楽関連で○選シリーズをやってきたけれど、今回はそれを図書案内でやってみようという趣向だ。

10選というほど戦争関連本を読んではいない(ましてや紹介したくなるほどの書物は)ので5選とした。

大空のサムライ(坂井三郎)

サブロー・サカイとして戦後米軍からも賞賛された戦闘機乗りの坂井三郎。その才能をもし戦争でなく活かすことが出来ていたらと思う。以前書いた記事はこちら


収容所<ラーゲリ>から来た遺書(辺見じゅん)

本を読んで泣くことはあまりないのだが、これは涙が出た。過酷なシベリア抑留のなかを生きた男の記録。ノンフィクションであることが圧倒的に胸に迫ってくる。

神聖喜劇(大西巨人)

小説でなく漫画版を選んだのは、単に漫画のほうしか読んでいないから。でもかなり忠実に漫画化されているそうだ。人間の業や組織の腐敗を描いた圧巻の大作。

硫黄島に死す(城山三郎)

城山三郎の戦争文学シリーズの第一巻に収録。指揮官たちの特攻や落日燃ゆなどどれも名作だが、硫黄島はある種の象徴でもあり、戦争で人生を曲げられた無念の主人公の姿を丹念に描く。

帰還せず 残留日本兵 六〇年目の証言(青沼陽一郎)

戦後あえて日本に戻らなかった兵士たちの証言集。戦争という現実に翻弄された人生だが、アジアでたくましく生きている人々の姿が清々しい。たぶんボクは名もなき民の言葉や姿が好きなんだと思う。

出来るだけ戦時中のお偉いさんとか外国の話は外して、名もなき日本人の戦争を描いたものを選んだつもり。もちろん坂井三郎さんのように、これらの書物によって陽があたった人もいるけれど。

他にも数冊候補はあった。高見順『敗戦日記 』なども良書だが、これは高見恭子さんにお会いする前の資料的に読んだので外した。あるいは大岡昇平『野火』のようにあまりにも学校の推薦図書っぽくなったりしそうで外したものもある。もちろんどちらも読んだ方がいい。

またオキナワやヒロシマ・ナガサキ関連本も5選のなかに独立して採り上げるのはちょっと難しくもあり、現代政治の不透明さに繋がっている問題でもあり、そういうややこしい書物はこの際外した。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« July 2015 | Main | September 2015 »