佐野元春カジュアルな宴~ビルボードライブ
ロシア料理を堪能した後、二次会感覚で佐野元春ライブ。このゴージャス感はハンパなかったな(笑)。21:30という開始時間もまさに大人、そして都会の雰囲気。東京ミッドタウンのなかにあるビルボードという空間はまさに現代東京を表現するポップカルチャーの断片だ。
佐野元春ビルボードライブへ来たのは昨年に続き2回目。元春ライブについては2011年に「佐野元春 '80年代ポップソングのメッセンジャー」という記事を書いてる。この記事はどこかにリンクされてるようで割とアクセスが切れない。ボクも気に入っててひとくちメモ10周年記念自薦音楽評10選にいれてる()。
今年レコードデビュー35周年の元春だが、25周年のライブのときも2006年4月に「So Young MOTO Live!」で書いてた。松田聖子と同期なのだ()。ひとくちメモでは聖子の30周年コンサートについても書いてた。聖子も元春作曲の「ハートのイアリング」を歌ってて二人には接点がある。
元春は聖子プロジェクトに参加したときのエピソードを2009年にNHK「THE SONGWRITERS」で語ったことがある。とても興味深い話だった。ボクもポップソングの歌詞について考えた時間だった。日本の'80年代、まさにポップミュージック黄金時代を代表するアーティストのお二人。同時代を生きられてうれしい。
佐野元春は大きなホールで大音響のコンサートを出来るアーティストだが、ビルボードのような空間も似合う。ショービジネスのなかで活躍しながらこうしたカジュアルなライブが出来る稀有な才能だ。それはこの空間に合う楽曲も35年間にいくつも発表してきたからこそだと思う。過去の積み上げがいまこの場所を選んだ。それらの楽曲群に導かれてビルボードという空間がある。
ホールライブとは異なる選曲、編成、環境にマッチする楽曲群。その選び方にも編集力を感じる。東京やニューヨークという都市での生活感覚を写し取った楽曲群、またそんな都市生活へのアンチテーゼとも思える自然(太陽光・フルーツ・草原等々)を希求する楽曲群。カフェのような雰囲気で聴けるピアニシモな音楽はホールライブとは違った手触りがある。
Dr.KyOnの演奏を佐野元春は「同時代に出会うことができた幸せ」と語った。信頼を感じさせる紹介だった。ボクはDr.KyOnを見ているとノッポさんを連想してしまう。あるいはトッド・ラングレン。もしくはその長い手足があやつり人形のようにも見えて機械仕掛けのアンドロイドなんじゃないかと勘繰って天井を見上げてしまう(笑)。魔法使いのような楽しい演奏だ。自己紹介では鉄腕アトムをアレンジして演奏された。まさにDr.KyOnこそがポップミュージックの鉄腕アトムだと思う。
時代とともに生きるポップミュージック。それだけに時代の色がつき古びてしまうリスクもある。だがポップミュージックも“歴史”を語られるほどに時代が進み、リスナーも経験を積んだ。シングルカットされリピートされ尽くした楽曲群もあればホールライブやメディアで演奏されることのないアルバムのなかの楽曲群も無数にある。佐野元春のような作家性の強いアーティストならなおさらだ。そんな楽曲群に光をあて、過去をただ回顧するだけではなく再構築・脱構築するアーティストとの幸せな邂逅がビルボードライブにはある。
ビッグビジネスだけを考えればホールコンサートや東京ドームが効率的かもしれない。しかしそこからこぼれた音楽にも価値を見いだせるくらいにボクらも成長した。それはあたかもグローバルからローカルへの視線、成長一本やりの画一社会から成熟した多様な社会への理解にも通じる。ポップミュージックの健全な歴史とともに生きている実感もまたうれしいのだ。
少し強引かもしれないが、佐野元春のビルボードライブは中島みゆきにおける夜会かもしれない。たたずまいは全く異なるが、ホールコンサートにない魅力を発見できる音楽表現の新しい環境探究という意味で。多様性を生みだしたボクらの時代のポップミュージックはまだまだ未来に向けて創造的なのだ。それはビジネスとしてだけでなく多様性の広がりによって。
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