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2015.04.19

科学ビジネスの進歩は反知性を目指す

安倍政権が目指すものを一言で「反知性主義」とまとめると、ものすごくわかった気になる。白井聡の文章のなかにこの言葉を見つけたとき、世の中に蔓延しつつあるモヤモヤとした嫌な空気を説明できる言葉を見つけたと思った。

だが違った。いやおそらく違うと思う。説明できていない。世相を示すひとつの言葉ではあるけれど、反知性主義といって片づけてしまうにはこの危機があまりに現在進行形に思える。いまはまだこの政権がやろうとしているひとつひとつの政策について個別具体的に考えることが必要だろう。

そう思えたのは『日本の反知性主義』(内田樹編)を読みながらだった。10人が反知性主義をテーマとして与えられながら、この言葉に逡巡したり悶絶したりしながら反知性主義の周辺をぐるぐる回っている。その悩み多き文章に「反知性主義」を語ることの妙な気恥ずかしさを感じた。

しかし収穫もあった。映画作家の想田和弘さんと生命科学者の仲野徹さんの文章には共感を覚えた。知性の在り処のヒントがあったと思う。反知性の罠と恵みは誰もが意識するかどうかに関わらず付き合っていくべき業なのではないだろうか。

●反知性的生活の甘美な誘惑

かたくなな宗教家以外の多くの現代人は科学の進歩を好意的に受け入れてきたと思う。科学は未知の事象を既知の事象に置き換えるオセロゲームではないかと思う。どこまでも続くこのゲームだが、いったん既知となった事象は一部の科学者を除いてブラックボックスと化していく。それを使ったビジネスが生まれる。

一度科学の進歩がビジネスになるとこの流れは止めることが困難になる。たとえこのオセロゲームが白から黒に反転するような事象(例えば原発のシビアアクシデント)があったとしても、科学の成果を信奉する者は意識を転換できない。ここに反知性的態度が生まれるのではないだろうか。

反知性を主義として推し進める政治家とは別に、態度として無意識に生まれてくる反知性の危険性が高い。政治家はそれを利用する。科学の進歩が物事の原理を覆い隠し、人類の直感や認識の限界を超える。

個人の限界を超えた知性の集積として製品なりサービスが生まれ、それらをためらいなく利用できる。この利便性の魔力のなかで知的生活、発想し検証し議論し変化していくことが困難になっていく。いやその必要性を感じなくなっていく。健康食品から原発まであらゆる生活の局面が反知性で生活できてしまう。

これはまことに幸せなことかもしれない。人類の英知を誰もが享受できる。だが認知限界を超えた世界が進むと暴走を始める。まるで美人局のように。その暴走に対峙できる知性はもはや個人にはなく、違和感のなかで生活するか知性を捨てて受け入れる(無関心を含む)かの選択を迫られる。

この選択はどちらも反知性的だ。知性の萌芽はこの地平には存在できない。すでに世の中はそのレベルまで反知性的なのだ。新しい発想や発見の頻度は確実に減少傾向にある。科学が既知の蓄積である以上、これは当然の帰結だ。

また想田和弘さんが言う「台本至上主義」は、時間と期待とのプレッシャーのなかで成果を出さざるを得ない人々の生活の知恵ともいえる。結論ありきで収集される情報。それらがSTAP細胞事件のような悲劇を生むこともあるだろう。

だがこの状況のなかで悪あがきと分かっていても発想する志、認知限界を超えた科学にNoを突きつける志、そういった感情のなかに知性は宿るように思う。分からない世の中を楽しむ余裕があれば知性的態度で生活できる。そのために何かを失うとしても、そこに選択の余地があるならばいまよりも生きやすいかもしれない。

●生活中心主義が知性の萌芽に

知性はコンピュータにはない。それは生活と直結しているものだと思う。人間が生活するために利便性を求めることも知性だが、その利便性の先に生命の危機を感じた時、その直感を信じて回避行動をとることもまた知性の萌芽だ。生きようとすることが知性の原点でなければどこまでも反知性的生活(生かされる生活)に侵食されていく。生かされる生活は殺される生活と表裏一体といえる。反知性による死を拒否すること。それが知性だと思う。

安倍政権に対しては「反知性主義」ではなく明確に「ファシズム」として認識することが重要だ。ツイッターに書いたが繰り返す。国家権力による独裁とそれを磐石とするための道徳教育の推進、軍隊・警察権力の拡大と反独裁主義者のパージ、それらにシンパシーを感じさせる美学・物語の導入、格差確定社会による厳格な階級制度などが日本における古くて新しいファシズムだと考える。

これらが無意識に生活に溶け込んでしまうことが反知性的生活態度の危険性だ。ひとつひとつ個別具体的に進行していないかを注意しなければならない。無意識に生きると反知性の罠にはまる。そんな困難な時代に突入している。

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