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2015.04.16

中島みゆきの「時は流れて」を坂本龍一の伴奏に注目して聴く

ここ数日、寝る前に中島みゆきの3rdアルバム「あ・り・が・と・う」を聴いている。発売されたのは1977年。実に38年前のアルバムだ。ボクがこのLPレコードを買ったのはおそらくシングルの「悪女」(1981年)の少しあとのはず。それでも30年以上前になる。いまはCDで買いなおしたものを聴いているわけだが、当時とはまた違った聴きどころがあって嬉しい。

LPレコードを聴けなくなってからもすでに20年以上になる。CDは2008年発売の紙ジャケ仕様のものだけどずっと聴いてはいなかった。もっとも「店の名はライフ」や「まつりばやし」そして「ホームにて」などは自分の弾き語りを何度も何度も聴いてる。つまりほとんど全楽曲ポップンポールバージョンで記憶してしまっているわけだ(coldsweats01)。

どうしていま聴きなおしているかというと、今年3月に発売された「細野晴臣×坂本龍一 at EX THEATER ROPPONGI 2013.12.21」に触発されたのだった。このライブブルーレイにはもちろん中島みゆきは登場しない。共通項はズバリ、坂本龍一のピアノ(キーボード)だ。

2013年にYMOのメンバーが集まってアコースティックなライブをしたときの映像化だが、これが思いのほか(?)素晴らしかった。派手なパフォーマンスはほぼない。元はといえばMCが上手いわけでもないシャイなオッサンたちなのだ。しかし音楽家として、またバンドとして集まるとその音楽の力に惹き込まれてしまう。音楽だけあればそれでいいと思わせる説得力がある。

そのシャイなMCのなかに坂本教授のピアノ伴奏の話題がちょこっと出てきた。

「ピアノ伴奏が上手い坂本龍一」

そのキーワードが頭の中で「あ・り・が・と・う」に直結したのだった。坂本龍一のピアノ伴奏を中心にこのアルバムを聴きなおしてみたい。そう思った。

いや、いいね!いい。すばらしいな…。確かに伴奏が上手いわ教授 flair

そしてYMOと中島みゆきに同時にはまれた中学生の自分が音楽的に大正解だったと自画自賛(笑)。

サードアルバムとしての「あ・り・が・と・う」が大傑作だということは以前も書いたことがあった。その一端を坂本龍一のピアノが担っていることは疑いの余地なし。

一曲選ぶとしたら「時は流れて」。アルバムの最後の一曲というのは中島みゆきのアルバムにおいてはとても重要だし。ただ、当時のアルバムのクレジットでは坂本龍一がどの曲で演奏しているかといった詳細な情報は掲載されていない(当時はだいたいそんなもの)。しかしこのピアノはまさしく坂本の伴奏に違いないと思わせるフレーズ感があるんで、独断で坂本の伴奏だということで話を進めてまいります。

この曲の歌詞は下世話な言い方をすればフラれ歌と言える。20代の中島みゆきがこんな歌詞を書いているというだけで萌える…。しかしこのときから更に30余年の時が流れたいま、この楽曲が「時代」と「世情」の間に発表されたアルバムのラストに位置づけられたことを思うと、もっと大きな象徴が歌われているような気分にもなる。この時代が失ってしまった何か。だが今日のテーマはそこじゃない。坂本教授のピアノだ。

当時はまだバイト感覚だったかもしれない坂本龍一。しかし若き音楽家の感性は研ぎ澄まされていたのではないだろうか。特にあまり肩にも頭にも力が入ってなくて、感性の赴くままに(言葉は悪いが適当に)弾いている坂本のピアノのさりげない空間の埋め方は教授っぽさ全開!

民俗音楽と現代音楽、そして音響学というふり幅を持つ坂本の独特なコード感が、シンガーソングライター中島みゆきの楽曲の響きに変化を与えていると思う。

坂本龍一の作る音楽はとてもドライに聞こえる。実際はもっと複雑で土着的な部分とかもあるんだけど、それも含めてドライに料理されてる。そのドライさが時に怖いくらいに“効く”ことがある。佐野元春のときにもちょっと書いたが、脳内の化学変化を誘発する緊張感のある響きなのだ。コード理論から話すことは出来ないけれど、そのゾクっとするドライな響きと中島みゆきの本来持っているウエットな響きが不思議と共鳴する「時は流れて」を再発見したような気分になった。

他の楽曲では「店の名はライフ」が持つ不思議なグルーブもちょっと独特だ。アレンジャーの吉野金次は(はっぴいえんどの「風街ろまん」のミキシング等で)ボクにとっては細野晴臣系の音楽人脈でもある。

まったく無意識に聴いて来た別々の音楽が参加ミュージシャンやスタッフによってリンクしていくのは年の功というか、ちゃんと音楽聴いてきて良かったなと思う。YMOと中島みゆきを同じ熱さで聴いているのはオレくらいだろうと思っていた中学生の思い上がりはこうして崩れ去るのだ。だが悔しくない。実に晴れやか。それで平日の深夜にこんなことを書いてみたくなったのだった。

今夜はもう一回「時は流れて」を聴きながら寝たい。今度は中島みゆきと坂本龍一と、そして吉野金次の意図を妄想しながら。

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