« December 2014 | Main | February 2015 »

8 posts from January 2015

2015.01.31

ルミナスで本棚を組み立てお気に入りMOOKを収めてみた

Mymooks_20150131A5サイズのMOOK類をひとまとめにしたいと思いA5サイズがぴったり収まる本棚を作ろうと考えた。そもそもボクはMOOKが大好きなので、いつかはこの日が来ると思っていた(笑)。

そしてついに注文していたルミナスの基本ポール4本、キャスター4個、スリーブ2セットが午前中に届いたので、さっそく組み立てた。棚板(シェルフ)は以前テンションラックを組み立てた時に余っていた3枚を利用し今回は購入なし。前のテンションラックは下にテレビサイズの空間を作ったので棚が余っていたのだ。再利用できて良かった。スリーブも結局前の残りで足りたので買わなくても良かった(gawk)。

1つの棚の高さは25cmを基準にした。90.5cmの基本ポールだとちょうど3枚のシェルフでA5サイズ(高さ21cm)がぴったり収まる3段の本棚が出来る。一番上は天井がないから多少大きめの本も置ける。横幅は3枚のシェルフが119.5cm用だからその幅に。結構いい大きさだ。

その結果が右上の写真(クリックで拡大)。恐ろしいのは本棚を作った瞬間に埋まってしまう量なのだが、手放すMOOKを除いてようやくこの量に落ち着いた。今後増えていかないよう努力せねば。

並べてみると思いのほかMOOKは少なかった。ロック画報やレココレ、ユリイカ、NHKの各種講座テキスト、噂の真相別冊、美術手帖あたりがメインだ。

棚は25cmの高さを取っているので菊判(高さ22cm)の単行本もぴったり収まる。結果的にそういう書籍類が多く入ることになった。ピエール・ブーレーズの『標柱 音楽思考の道しるべ』と『トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代 魔法使いの創作技術』が並んでいたり、『マルクス兄弟のおかしな世界』と『ヒッチコック映画自身』が並んでいたりというところにちょっと拘った。『シュヴァンクマイエルの世界』もこの並びにしたかったが1cm高さが揃わず別の段へ。

渋いところでは、『1970年転換期における「展望」を読む 思想が現実だった頃』と『梶山季之と月刊「噂」』とを並べているなんてのは通好みではないか(何の通なんだか)。

また『高校生のための文章読本』も『高校生のための批評入門』、『現代の文章』と3冊並べた。80年代、筑摩書房の名著だ。

本棚のサイズがわかりやすいと思って本棚の右端に少女時代のコンサートパンフの箱を立てて置いてみたが、これで比較できる人のほうが少ないか(笑)。

ウチのなかのルミナス率がまたあがった。ほとんど19mmのポールで統一しているため解体して組み立て直せば模様替えも出来る。今回は低層の本棚だが他はほとんどがテンションラックで天井まである。大震災でも倒れなかった。ホームシアターのスクリーン用の柱の役目もして大活躍。スクリーンが落ちることもなかった。まさにルミナスサマサマなのだ。

Mymooks2_20150131別室にまだもうひとつ本棚があり、そこにはもっと古いMOOK類が何冊かあった。棚から一掴みしたのが右の写真だ。

シネアルバム!超懐かしい(笑)。よく古本屋で見るよね。古本屋さんと親和性の非常に高いMOOKだとは思うのだが、この82~84年はボクが映画に目覚めた時期、ソフィーマルソーブルック・シールズジャッキー・チェンと洋画にはまった時期なので手放さない。

また音楽ライターさんのMOOKサイズの単行本や吉田戦車のマンガなどなど、とりあえず移動させずに置いてあるA5サイズがあるので、ゆくゆくはジャンルごとにまとめていきたい。とりあえず写真をとったこの6冊はさっそく並べ替え開始だ。

捨てるより
  分類たのし
      おらが春

下手な川柳で締めてしまう!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.01.26

Aal Izz Well! 「きっと、うまくいく」を観た

土曜日になんとなくJ-COMオンデマンドで映画のリストを眺めていたらインド映画「きっと、うまくいく」があった。インド映画で3時間もあるんで通常ならスルーしてもおかしくないところだが、映画ファンのTakさんが毎年発表しているTak's Movie Awards 2014で第一位に選んでいた映画だったので目に留まった。

ちょうどこの正月、私はTak's Movie Award のコメント欄に「今年もアワード開催おめでとうおざいます。インド映画はほとんど見たことがないのでこの機会に『きっと、うまくいく』を見たいと思います。オンデマンドにあるかなぁ。」とも書いていたのだった。

まさにこのシチュエーションなのである。しかも個人的に3連休にした先週末初日。こりゃ見るしかないでしょ!そして見終わったのだが(厳密には今朝2回目を見たのだが)、この映画を第一位に選んでくれていたTakさんに感謝するとともに、それをまたちゃんと見た自分の賢明さを喜びたい(笑)。一位じゃなかったらスルーしてた可能性もあるし…。

インド映画というと集団ダンスしかイメージ出来ない貧困な想像力しか持ち合わせていなかった私だが、食わず嫌いは人生損してるね。こんな面白い映画があるなんて。インド映画がこんなに緻密に作られてるなんて。インド映画へのイメージは完全に変わった。映画大国インドの底力を見た。

映画の解説はTakさんの記事にリンクしておこう。まさに我が意を得たりだ。解説はそちらを参照していただければと思う。こっから先はいつものヨタ話だ。

この映画はどうやってシナリオを書いてるのかとても興味がある。伏線がはりまくられていて、それらの重なりによって抱腹絶倒のコメディパートも主要なストーリーもどんどん膨らんでいく。インターミッションのある3時間映画とは思えないスピーディーな展開で無駄がない。

ドタバタ青春映画、たとえば「ポーキーズ」のような映画を3時間見せられたら食傷気味になるだろう。あるいはドタバタコメディで私が好きな映画「病院狂時代」は95分の映画だった。ドタバタ映画を3時間で作るのはいかに鬼才といえども躊躇するところだろう。

だが「きっと、うまくいく」ではそれをやっちゃった。単なるドタバタ映画で終わらせず、これでもかと面白くなるエピソードを詰めまくってる。それらがバラバラにならずに伏線で全部つながってる。

さすが数学の国インドの工科大学を舞台にした映画だ(happy02)。作り手も理系じゃないのか?ファルハーン君のように工科大学を辞めて映画監督になったとかじゃないのか(知らないけど)。面白い映画の要素をテンコ盛りしてプロットを吟味して構築していくとこんなカタチになりましたという感じだ。まさに発明級の面白さ!

物語の柱の部分に枝葉を膨らませていくような作り方じゃこういう映画は作れない気がする。ラストのどんでん返しは途中の伏線でうすうす(というか完全に)ネタばれしちゃうけど、それでシラケることがまったくなかった。自称勝ち組のサイレンサー(すかしっ屁)君には、カックラキン大放送で堺正章がバナナの皮を踏んでずっこけるような期待感すら持てた。

伏線を丁寧に織り込みながら、物語として紡ぎあげる技量は他の追随を許さない。圧倒的な緻密さだった。それでいてとにかくバカバカしい学生のいたずらやらドタバタに笑いころげる。そんなドタバタにもすべてストーリー上の意味がある。

インド映画特有の集団ダンスももちろんある。そもそも普通の映画で集団ダンスが入るシチュエーションなんてありえるのかなぁというインド映画への懐疑心も宇宙へぽーーーい。なるほどこういう挿入方法があるんだなぁ。

主演のランチョー君を演じたアーミル・カーンという男優も存在感があるわダンスも踊れるわコメディもシリアスもなんでもできるタイプのすごい役者だった。インドのトム・ハンクスかとも思ったが、トム・ハンクスがアメリカのアーミル・カーンなのかもしれないと思い直すほどだった(ここ、どーでもいいか?)。

またこの映画で決定的にすばらしい風景。山岳地帯の美しさはどうだ。ジグザグな山道の美しさは、もうそれだけでこの映画の良心を感じる。ドタバタコメディだけで終わらないことがこの風景を見てもわかる。インターミッション前に一行が到着したシムラの街並みも観光映画かと思うほど。

さらにラストシーンの風景が見事。ここはロケなのか?3Dのはめ込みじゃないのか?空の青さや湖の青さは本物なのか?と思ってググったら絶景で有名なパンゴンツォという汽水湖だった。汽水域大好きっ子の私としてはぜひ行ってみたい湖のひとつになった。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2015.01.24

Prexyで片づけモード再開

Prexy M怒涛の一週間も終わり、個人的には今日から三連休に。一月も最終週となり片づけも大詰めを迎えた(迎えたい)。

先週、楽天でまた収納ケースを6個購入した。右画像のPrexyのMサイズを3個とLLサイズを3個だ。どっちもFitsでおなじみ天馬のケースだ。いやー天馬はいいなぁ。株主になろうかな(笑)。

購入したお店はとても安くてまとめ買いした。期日指定が一週間後からだったので来週月曜にしていたのだが、運送会社の配送伝票番号が事前にメールで届くお店だったので今日に納期変更してさっき届いた!このストレスのない物流はうれしい。

下が Prexy LL 上が Mデカい!6個重ねるとオレのみぞおちくらいの高さだ。これまで収納ケースなんて使ったことがなかったもんだから(!)、こういう部分にこだわる気持ちはわからなかったのだが、確かに収納力はアップしそうだ。

Mは名作ドラマDVD等を入れるため、LLはクローゼット上の収納にそれぞれ使う予定でサイズを測って購入した。サイズを測るのが最近の趣味だ(笑)。天馬のケースは様々なサイズが出ているのでとてもありがたい。

月曜に届く予定が今日になった効果は予想以上に大きい。連休初日午前中と最終日午前中だからな。片付けへのモチベーションが違うよね。とりあえずTBSドラマ「美しい罠」の録画を見終わったら昼飯と数日分の食材を買いに行って午後から作業開始だ。

とはいえ明日は今年最初のVリーグ観戦なので終日片づけは出来ない。今日と月曜日でなんとか決着をつけ、手放す書物を確定させたい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.01.22

スイスフランショックとともに読み終えた『世紀の空売り』

Eurchf20150116

相場関係の話は出来るだけしないようにしてるけれど、先週末のスイスフランショックは歴史的事件だったのでちょこっとだけ触れてみたい。スイス中銀が2011年から続けていた介入政策を反転させユーロペッグをやめたと宣言した途端にユーロスイス相場は“炎上”し、アルパリUKというFX業者が破たんしてしまった。顧客の損失を肩代わりするはめになりその損失がキャパを越えてしまったという。感覚的には一瞬の出来事だった。

アルパリといえばMetaTraeder4(MT4)を使ってリアルトレードが出来る数少ない業者のひとつで、MT4を研究していたボクは日本法人のデモ口座で自分の作ったインジケータを元にデモ取引をしていた。ユーロ円をショートして2か月弱で元金が5倍になっていた(デモ口座の話です)。炎上前に手仕舞いしていたのでポジションに実質的な影響はなかったが、これがライブ口座だったとして胴元が破たんしてしまったらと考えるとゾッとする。

資産は信託保全されているというから最低限守られているとはいえ、こんなことが起りえるFXの世界だということをしっかり覚えておく必要はあると思った。インターバンク市場と直につながっているというNDD方式は業者との相対取引でないという意味で業者と顧客はWin-Winの関係にあるかもしれないが、一端カヴァできない損失を顧客が出したときには一緒に破滅する。また売り一色・買い一色の市場では約定したくても値がつかないこともある。NDD方式がメリットばかりでないことを肝に銘じなければならない。スリッページの幅が広いだの狭いだの手数料が高いだの安いだの、いつの時代も素人はそうい部分にうるさいけれども、リスクはそういう部分ではまったくないところにあるということだ。

ちょうどこのスイスフランショックがあったころ、マイケル・ルイス著『世紀の空売り―世界経済の破綻に賭けた男たち (文春文庫)』を読み終えた。2007年前後のサブプライムローン問題を追ったノンフィクションだ。マイケル・ルイスの筆致は冴えわたっていて、東江一紀の翻訳も読みやすい。

途中、専門用語がいくつも出ては来るが、そもそもモーゲージ債がらみの専門用語なんておまじないのようなものだから意味などない(笑)。どんどん読み飛ばしていい。もっと大きなうねりを感じながら、ウォール街が作り上げた壮大な虚構(詐欺)とその崩壊に賭けて勝利した極々少数の正常な(しかしちょっと風変わりな)人々の足跡を楽しもう。いまちょうど日本株(低位株)買いをしているコーンウォールキャピタルマネジメント社も主要プレイヤーだ。

2015年くらいになればようやくサブプライムショックも冷静に読めるのではないか。世界は7年で一回りするという。もちろんウォール街はなにも変わっちゃいないし、問題だらけのイカサマ市場がいつでも出てくる土壌を温存してる。だとすれば余計に読む価値はあるというものだ。

僕はショートで勝つという物語も大好きだ。好きな相場師もヤマタネだったりする。誰もが買っている相場で勝よりも誰もが投げざるを得ない相場のなかで勝つほうが何倍も価値があるし一番爽快だとも思う。もっとも『世紀の空売り』を読むと必ずしも爽快とは限らない結末が待っているのだが。しかし「人の行く裏に道あり花の山」をこれほどまでに見事に達成した実話というのはやはり爽快だ。マイケル・ルイスという文才あるライターであったことも良かった。

またボクは巨額損失事件とか巨額詐欺事件を読むのも異常なくらい好きだ。巨額損失事件というのはほとんどの場合、たった一人の人間が多くの関係者(ほとんどはネクタイを締めて紳士面をしながら何も理解していない業界のお偉方)の裏側で潜航し、ある日突然発覚する。そのダイナミズムと仕事をしているようでしていないネクタイ紳士の没落にたまらないカタルシスを得るのだ…。

ニック・リーソンの『マネートレーダー銀行崩壊』や井口俊英の『告白』はいまや古典だが、FACTAの『オリンパス症候群 自壊する「日本型」株式会社』や田中周紀の『飛ばし 日本企業と外資系金融の共謀』など、読み始めたら止まらない感覚になる。

ただこういうノンフィクションは読みたくない時期もあったりするので「いまだ!」という時期まで温存しておくことが大切だ。ボクはこのスイスフランショックまでは『1964年のジャイアント馬場』を読んでいた(笑)。これもめっちゃ面白いノンフィクションだが、いまは気持ちが市場に向いているためプロレス話はちょっと小休止しているわけだ。

また『世紀の空売り』はマイケル・ルイスの次の作品『ブーメラン 欧州から恐慌が返ってくる』に向かうために読んでおくべき文庫だった。時系列通りに読めそうなので、ジャイアント馬場はもうしばらくお休みだ。今年は良くも悪くもユーロ(および欧州通貨)の激動の年になるはず。『ブーメラン』もまさに今読んでおくべき文庫だ。そしてその後にはマイケル・ルイスの『フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち』も待ち受けている。いつになったらジャイアント馬場に戻れるかさっぱりわからないが、とにかくどれも(馬場も含めて)早く読みたくてたまらない。

最近、蔵書を手放す取り組みばかりしている(ブログもそればっかり書いてる)せいか、その反動で読書がしたくてたまらない。一冊一冊がとても貴重に思える。それはいいことかもしれない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.01.18

手放せない書籍たち

今日もまた片づけを続行中。昨日は祐天寺で某新年会が午後からあり、午前中だけの作業、今日はその余波で午前中はほぼ寝ていて午後から作業となった。

書籍のなかでもいったん棚に入れていた文庫本や新書を再度吟味して、七割程度を手放すことにした。もっとも文庫や新書なんて値がつかないだろうが、残してもいても今度それらを古書店に持って行ってもらうとなると値がつかないモノばかりになってしまうので、どうせならこの機会にやはり処分しようと思い立った。

同時に単行本やMOOK類で残すものはそれなりに分類し始めた。とはいえ、この分類というのが難しい。作家ごとにまとめるとかサイズごとにまとめるとかジャンルごととかいろいろ分類のしかたはあるが、限られたスペースなので同じ作家でもサイズの異なる書籍は分けざるを得なかったり、分けた先でスペースに収まるちょうどいい量がないジャンルは類似ジャンルを近くに置いておこうとか、考え始めるときりがない。しかもうまく収まった後からまたそのジャンルが見つかったりする。

私の趣味や仕事がらみの書籍ばかりだからまとまるかと思ったがなかなかそうもいかず。それなりにジャンル分けを考えてみたところ、音楽関係、テレビ関係、アニメ関係、映画関係、人文MOOK関係、教育関係、旅行関係、ルポ・ノンフィクション関係、国内小説、海外小説、ビジネス書、IT参考書、相場関係、韓国語関係、辞典類、パンフ類、楽譜類、写真集、雑誌類、単行本1点モノ系というところか。

●ひとつのジャンルになった人々

なかなか仕分けが困難だったのだが、そんななかでも同じ著者やジャンルでまとめやすい書籍類も結構ある。それは私が数十年に渡って影響を受けてきた人々ともいえる。そういう本がまとまって保管できるのはなかなかうれしい。現時点でどんなジャンルを残すべきだと判断したかメモしておこう。次回の大片づけがいつになるかわからないが参考にしてくれ(>未来の自分へ)

まずは中島みゆき関連本。結構あちこちに散乱していたのをそれなりにまとめることが出来た。まだ全部発掘できてないかもしれないが。

次は星新一の文庫本。中学生時代に買ったものがほとんどだが、全部まとめなおした。文庫本だし売ってもあまり値がつかないだろうから置いときたい。

同じ理由で太宰治の文庫本。村上龍の文庫本となぜかセットでおいてる(笑)。量の問題が大きい。本多勝一の文庫本も全部まとめておいている。本多さんの場合は単行本もたくさん持っているがそちらは古書店に売ることにした。個人的に手放す覚悟という意味合いで。本多勝一著作集を手放せれば青春時代に読んだその他の大多数の単行本は手放せる気がして。

ナンシー関の著作もたくさんあるがこちらは捨てないで本棚に入れた。ナンシーさんが亡くなった後、ほとんどテレビコラムに興味がなくなってしまったのだが、こうして並べてみると消しゴム版画作品集といった趣もあり手放すのをためらった。本棚のサイズに合ったというのも大きい。

エリヤフ・ゴールドラット博士の著作やTOC理論解説本も並べてみた。博士も亡くなってしまったが、記念碑的な意味合いで並べておく。

昨年ノーベル賞を受賞した中村修二教授の著書もかなり持ってる。これはタイムリーなので売るかどうするか迷ったが、ゴールドラット博士とセットで棚サイズに合ったのでおいて置く。

ダニエル・グリーンバーグ先生関連も希少本的な感覚もあり全部おいて置く。日本に新しい公立学校をつくる会の活動も終焉を迎えてしまったが、いつかこれらの書籍が必要になる時代が来てほしいという希望もある。

林輝太郎さんの著書も全部おいて置く。林さんも亡くなった。その独特の文体に見せられ、いまほど相場に関する書籍がなかった時代、林輝太郎先生の相場技術書を読みふけったものだ。相場関係ではトレンドフォロー関係とマーケットの魔術師関係、そして本当に意味のある数冊は手元に置いておく。その他有象無象の書籍は綺麗なまま古書店に並ぶはずだから誰かに活用してほしい。

宮本常一関連本もまとめておいて置く。民俗学関係もほぼ一緒に。サイズがまちまちなのが大変。またサンカ関連本などもほぼ同一ジャンルとみなしてまとめることにした。

城山三郎の小説も文庫本が多いがまとめておいて置く。ビジネス小説はほとんど手放すが城山三郎は特別。いつでも買える気はしているが手放すとすれば次回以降だろう。

マンガでは手塚治虫、飯森紘一、ちばあきお、白戸三平、藤子不二雄、松本零士、古谷三敏、山本直樹、水木しげるなどなど全部そろっているものはとっておく。

その他数冊単位で取り置きする著者は星野博美さんはじめ何人もいる。ミュージシャンやテレビ関係者。映画関係者の著書はほぼ同ジャンルとしてまとめる。柄谷行人中上健次リービ英雄などもお友達グループとしてまとめた。

ざっくりとそんな感じ。逆にまとめて手放す著者の本もたくさんあるがそれはあえて書かない。覚えておく必要がないし、後で後悔するのもいやだから。

Books_miyuki


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.01.11

大片づけでお宝みっけ!細野・坂本 CDレビュー競演

大掃除は年末行事と相場が決まっているが、大片付けに終わりはない…。いや実際にはあるのだが(いやあると信じたいのだが)、年末だけでは終わらず第2フェーズへと突入している。

新年あけてから押入収納用のケースを4つ購入した。4個セットでお買い得だったのと、ネットでの評価が高いFitsシリーズだったら今後の拡張を考えたときに入手困難にならないと思って。

結果的に押入の中がスッキリし収納空間が効率化された分ひろがった!片付けるのには一念発起が必要だが、片付くと気分がいい。片付けも趣味に出来るような気分になってくる。気分だけで終わらせないのが重要ではあるが(coldsweats01

押入がひと段落したので、本丸のひとつである書籍の片づけに着手した。現在、奥の院に鎮座しておられる蔵書の皆様に開城していただく。手元に残す書籍・新書・文庫・雑誌・漫画と古書店に買い取りしてもらう皆様とを分類し、第一次買取選手を玄関横の空き部屋へ移動し始めた。

玄関横が空き部屋になったのも、そもそもは書籍の皆々様に奥の院に籠っていただいき、その他のゴミ処理がひと段落したからに他ならない。今度は買取候補として再入城していただき、出張買取はこの部屋で査定してもらおうと思っている。その他の部屋にあった書籍群もいるので全部入りきるかどうか…。しかしやるしかない!今日と明日はその作業に没頭する予定だ。

ボクは以前から自分が購入した本は一生面倒見ると宣言していた。短い人生のなかで偶然めぐりあって手に入れた書籍くらいは一生付き合って行こうと思って来た。超有名作家の小説ならば何度でも増刷、復刊される。しかしほとんどの書籍は二度と復刻されることもなく電子化される機会もない。それで自らデジタル化する自炊派も出現しているんだろうが、本の背を落とすという行為がボクには心情的に出来ない。

しかし物理的なキャパシティを超えてしまった。一度は出会ったけれどご縁がなかった恋人のようなものか(もっといい例えもありそうだけど)。短い人生のなかには出会いもあれば別れもある。いつまでも過去に関わっていると社会性も失っていく気がする。上手な過去との関わり方というものをこの大片付けのなかから見つけ出そうとしているのかもしれない。

そんなプチ哲学的な気分も、元を辿ればこの書籍の山が形成してきたボク自身の脳の変化といえる。物理的な制約に後押しされたわけだが、環境が思考を新たにしていくのはまさに人間的生き方ではないだろうか。書籍たちも古書店で新しい出会いがあれば救われることだろう。

●細野晴臣 vs 坂本龍一!CDレビュー競演 1991

Magazine_h2_pmc

そんな作業のなかでも、やはり手放せない書物というのはある。ようやく本題だが、それが上記の2つの雑誌だ。まさかこんなところに入れていたなんて、というくらい取り出し不可能な箱から見つかったのだが、心の中ではずっと探し続けていた。箱に詰めた当時はおそらくその場所がこんなに奥深い場所になると思ってなかったか、引っ越しの箱そのままだったかのどちらかに違いない。『H2』は昨年『HOSONO百景』について書いたときに触れたが、片づけ中に実物が見つかって超うれしい(笑)。

いずれも発行は1991年だ。確か細野晴臣責任編集の『H2』が先に出て、その数か月後くらいに『ぴあ music complex』が坂本龍一責任編集で特集記事を載せた。当時のボクは明らかに細野さんの偉業に触発されて坂本教授もCDレビュー特集をしたんだと思ったものだ。あるいはぴあの編集者がこのタイミングで教授に依頼したか。

細野さんのH2は1600円のMOOK、pmcは290円の隔週発行雑誌だったがYMOキッズのボクにとってはこの2冊はセットモノという位置づけとなった。目を皿のようにして紹介されたCDレビューを読み、その入手困難なCDを六本木WAVEなどで探し回ったものだ。

『H2』は創刊0号となっていたが続刊は発行されなかった。ボクはずっと残念に思っていたのだが、これは創刊ゼロ号ではなく創刊O(オー)号ではじめから一回きりの予定だったのではないかという気もしている。タイトルのH2が創刊O号、H2O=水というシークレットになっていて。細野さんらしいイタズラのような気がするのだ。

H2のインタビューで細野さんはH2=水素からタイトルにしたと語られている。O=酸素がくっつかない不安定な状態を意識して。だが実際に欲しているのは真水のような音楽だったんじゃないかという気がする。それほどまでにアンビエントに覆われたセレクションだった。ボクにはその「過激な静けさ」こそが安定のなかに沸々とした熱を持つH2の真意のような気がする。それで1994年に「アンビエント・ハウスの快楽」を書いたのだった。

一方で教授のセレクションは、いかにも当時のサカモトという感じでわかりやすい(笑)。ハートビートというハウスミュージックにのめり込んでいた坂本龍一。いかにもポップに憧れる坂本らしさがそこに見える。しかし坂本の真骨頂はそこにはなく、映画音楽だったりクラシックだったりジャズだったりする。

坂本龍一が学習して身に着けたポップと、血肉となった音楽との乖離が浮き彫りになっていると思う。もっとも1991年当時のボクはそんなことまったく考えず、教授の薦める音楽は無条件に受け入れていた。ボクもスノッブなもので…。そんなボクも坂本の自伝を読んでから大きく意識が変わったのは確かだ。

YMOは時代の寵児だったが、裏打ちされた音楽の幅広さや独特さは世界広しといえども他の追随を許さない。驚異的なバンドだ。よくこんな風変わりな人々が出会ったものだと思う。もしかするとインターネットも携帯電話もない時代だったからこそ生まれた怪物だったのかもしれない。手軽さは熱を冷ます。簡単に仲良くなっちゃいけないし、簡単に作品が作れちゃいけないし、簡単に入手できちゃいけないのかも。苦悩こそが情熱を生むのだ(by アラン)。

この2冊は死ぬまで手放す予定のない雑誌だ。紹介されたCDと一緒に。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.01.04

賀正!第19弾「ローカル路線バスの旅」は今年も絶好調

1月3日は移動日だったためテレビ東京の正月特番となった「第19弾ローカル路線バスの旅」をオンタイムでは見られず、さっき録画で見終わった。この番組はやはりオンタイムでツイートしながら見るのがきっと正解なのだが仕方がない。結果も知りたくないからツイート検索することもなく、まずは見た。今回もいい出来だった。

正月番組はどの地上波もスタジオ番組が多いのでこの番組を見ると新鮮だしホッとする。テレビをつけた瞬間にいかにも正月などぎついセットが見えただけでチャンネルを替えてしまう。しかし民放はどこも区別のつかない正月番組をやってる。実家ではBSやケーブルに逃げることも出来ない。

そんな正月に一服の清涼剤となるのは駅伝だ(笑)。今年の第91回大学駅伝は青山学院大が新記録(コース変更のため参考記録だがまさに新記録)で優勝した。2位争いをしていた東洋大のコーチ車から「青学なんかに抜かれていいのか」みたいな声がかかった直後から青学のスピードがあがった気がした。口は災いの元だな。

箱根の山(5区)では神野大地という神々しい名前の選手が激走。一方で駒澤大学の馬場選手があわや棄権かと思えるほどの失速。倒れそうになりながら復路にタスキをつないだ。思わず涙してしまう往路だった。


路線バスの旅も駅伝に似ている(ほらほら妄想が始まったよ)。タスキこそつながないし選手は太川・蛭子・マドンナのトリオだし誰とも競争してないわけだが、路線バスがつながらなければゴール出来ない過酷な旅である。今年は大学駅伝が第91回、路線バスは第19弾だから、レースは1-9が来ますよ、蛭子さん!

各回の路線バスがつながるかどうかもさることながら、この番組も年2~3回の放送ですでに19回とタスキをつないできた。ゴールにではなくプロセスにこそコンテンツがあるところも駅伝チックだ。勝者だけでなく敗者もまた主役。ゴールできずとも成立する路線バスの旅のハラハラドキドキ感は“原テレビ的”で気持ちいい。

第19弾は大阪城から石川県の兼六園まで。マドンナはマルシア。マルシアがどんなマドンナになるのか不安もあったが、終わってみればアリだったような気もする。

どちらかというとしょっぱい回になってもおかしくないヘタレマドンナだった(笑)。そもそも路線バスに初めて乗るという超初心者のマルシア。ブラジル生まれとはいえあまりの初心者。その上歩くのが嫌い。始めから200歩以上歩けない宣言。先が思いやられる。

最初にバスで眠っていたのもマルシアだったし、腰が痛いだの左足が痛いだの言い出し「初のリタイアか!?」というテロップの洗礼まで受けた。わがままも蛭子さんっぽい。

しかしそんなマルシアをも凌駕する怪物蛭子。せっかく入れてくれた鯖寿司の店でしょうがしか食べない。乗り継ぎ出来るかどうか鬼気迫る場面でも寝ている(本人は祈りだと言っていたが)。目ざとく見つけるのは競艇場や競艇場行きのバスばかり…。しかし宿を探してくれた食堂のオヤジへの気配りなど大人な対応も芽生えていた(笑)。人間、いくつになっても成長できるものだ(?)

蛭子さんをふたり引き連れているかのような太川陽介リーダーだったが、リーダーシップはますます高まっていた。マルシアがいろいろ言いながらもかなりの距離を歩いている。マルシアの重い荷物(化粧道具が重い)を持ってやったり、ジョークで笑わせたりしながら歩き続けた。

路線バスのリレーもかなりきわどかったが、今回も県境周辺でのコミュニティバスにドラマが発生した。道の駅でのCANBUS停留所見逃し事件の辺りは編集の勝利というべきか。3時間半という長丁場の特番だったが飽きずに最後まで見せてくれた。

過酷な道程はこれまでにもあったとはいえ今回は正月特番だ。正月番組とは思えない画だった(笑)。うら寂しい山道を雨に降られながらトボトボ歩く3人。工事中のトンネルや交通量の多いカーブは最後の手段ロケ車使用になった(一応ルール通り)。その間歩くはずだった時間は調整とされ動けない。調整時間中にバスが通りすぎなかったことが救いか。

終わってみれば波乱万丈な行程に仕上がっていて、正月特番として良かったと思う。日程的に1月3日は移動日の人が多そうなので、ここでの3時間半の視聴率はどうだったのかわからないけれど。毎回書いてるが、今後もゆるーく続けて欲しい。

明日には第2弾DVDも届くし、2015年の新年はちょこっと路線バスの旅三昧になりそう。DVDはコメンタリーがいいんだよね。だから知ってる回でも楽しめる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.01.01

初雪

1420079364887.jpg

2015年の朝、実家の庭に積もった初雪です。

2014年は未来の日本にとって歴史の転換年となることでしょう。2015年はそれに基づいて更に厳しい現実が示現していきます。しかし未来は創っていくもの。過ちは正すことが可能です。まだ詰んでいないことを祈りつつ迎えた元旦でした。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

« December 2014 | Main | February 2015 »