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2014.11.30

見せかけの勤勉だけを生んだ成果主義という病い

3連休の先週から始めた大片づけ大作戦。今週末も継続中だ。今日は書籍を箱や収納袋に入れてレンガ積みにしている。やってもやっても押し寄せる書籍の山。収納袋も不足し途中で出かけて買い占めてきた。それでも、先週資源ゴミ(雑誌類)や燃えないゴミを廃棄出来たこともあり、60%程度のスペースが出来た。ここを作業場としてさらに別の部屋の書籍やメディア類をユニット化しつつ、雑誌や紙ごみを捨てていかねばならない。

この大片づけはクリスマスイブあたりを最終局面と考えてそこから逆算して進めているが、休日だけしか出来ない。そうなると後10日ほどしか猶予がない。週一回しか出せない資源ゴミと燃えないゴミに至ってはあと3~4回しか捨てるチャンスがない。

だが期限のある仕事のほうが燃える(笑)。さらに片付いた部屋は気分がいい。それがモチベーションにもつながる。混沌のなかでは見えなかったゴールが見えるのはやる気につながる。もっとも一般論からいえばまだ全く片付いていないと思うが。

すべてが自分でコントロールできていることも重要かもしれない。やろうがやるまいが自己責任の世界。相場の世界に似ている。だがリスクはずいぶん少ない。押しピンを踏んでしまうくらいだbearing

こういったやる気と成果の関係が、日本の一般社会、特に企業のなかに入るとまったく機能不全に陥っているらしい。その実態を教えてくれるのが『日本人ビジネスマン「見せかけの勤勉」の正体』(太田肇著、PHP研究所刊)だ。あと少しで読み終えるところだったので、今日の大片づけおが終わって読み終えた。この本も収納可能となった(笑)。

●どうやっても失敗する成果主義

見せかけの勤勉は“やらされ仕事”にはつきものだろうし、成果主義の裏返しでもある。成果主義なんてのは当初からまったく信用してこなかった私だが、結局何一つ有益な成果が残せなかったのが成果主義である。成果主義なんて皮肉な命名だったな。

しかしこれだけ日本が疲弊していても、いまだに成果主義、やる気主義を金科玉条のように考えている人々もいるようだ。ソニーの凋落などもそうかもしれない。経営者は首切りを自らの成果だと考えているのか、自らには数億円の報酬を与え社員の首を斬る。それを成果というなら簡単でおいしい生活が可能だ。そういう組織では失敗を極度に恐れ見せかけのやる気と「これだけやりました」という言い訳のための勤勉とごますりが横行する。

個々人の成果を誰かが評価出来るという妄想を抱いていることが成果主義の失敗の本質だろう。成果の定義も曖昧ならば、組織にとって部分最適を構造的に誘発する危険な思想でもある。そもそも成果が上がってすらいない企業なら、何をもって個々人の成果を個別評価できると考えているのか。評価している経営者こそがまず組織としての成果を上げてから言えって話だろう。

組織としての成果が上がらないとき、その失敗のプロセスを共有することが急務だが、成果主義のもとではそれも困難になる。下手に共有すると自分自身の成果(部分的成果)が圧迫される人も出てくるからだ。その可能性を回避しようと行動する人が次々と出てくる。経営者もできる限り失敗を過小評価したがる。成果を担保するために失敗から目を背ける。そして本質的な議論のないままトカゲの尻尾切りが行われる。あるいは逆に失敗隠蔽のため問題を持つ人間を取り込んでいく。成果主義のもとで改善の余地はどんどん狭められていくのだ。

おそらく成果主義などという言葉もコンサル的な戯言に過ぎず、その詐欺的な手法に乗せられたアホな企業人の悲しい自慰行為のひとつであり、それに付きあわされる多くの人々はその火の粉を払うためだけに心血を注ぐようになる。

何度も使ってきた例えだが、そのような環境で生きる被評価者は脱北主義に陥らざるをえない。横暴な圧力や権力からいかに逃げるか、あるいは取り入るかが最優先の課題となる。それはまさに北朝鮮から逃亡する脱北者のごとく。はたまた権力者の太鼓持ちのごとく。いったい何が成果なのかすらわからなくなっていくのだ。

組織には取り入った成果として権力を持った人々が跋扈し腐敗を拡散していく。そして腐敗した企業から残り少ない富を奪って逃げ切ろうとし始めるのだ。本来の仕事が出来ていれば生み出せたはずの企業価値が失われていく。合わせて個人の尊厳も失われていくのだ。

成果(部分的成果)を上げ続けることは不可能と言っていい。成果主義を導入すると常にプラス評価を求められる。これも相場を知っていれば自明だがそのような相場が一番危ない。バブルが続くという妄想とともに、落ちたときには再起不能になる恐怖が常につきまとう。それもやらされ仕事だから自分自身でコントロール不能な仕事も多い。そこで不正に手を染める人間も出てくる。会計処理で逃れようとする輩もなかにはいる。

「成果を上げ続ける」というゴール無き幻想が正常な判断(相場で言えば損切)を困難にする。そもそも損切に慣れていない経営者が多い日本企業に成果主義という妄想的劇薬は悲劇しか生まない。バブルも急落もせずに安定した経営を続けていくには成果主義は最悪の選択だ。個人にとっても健康で文化的生活を破壊する。生身の人間が壊れ、法人というサイコパスだけが肥大化しいずれ崩壊する。それを繰り返すのが本当に資本主義の目指すべき社会なのだろうか。株主資本主義のもっとも醜悪な部分だけが幅をきかせている。

●承認欲求とモチベーションが渦巻く社会

では見せかけのやる気主義や成果主義を脱するために何が出来るのか。完璧な処方箋などないし、だからこそ人間社会というのは面白くもあるわけだが、それでも組織運営手法として考えると何らかの方策はありそうだ。著者はそこを承認の方法論で説く。簡単にいえば個々人の承認欲求を満たし仕事の所有感を与えることで組織を円滑に機能させる方法論だ。

また話は若干逸れるが、いまこの社会は「承認欲求」が様々な分野で重要視されているように感じる。認められたい、評価されたいという渇望が強い社会のようだ。それは人間の持つ本能なのだろうか。

逆にいえばそれほどまでに渇望しなければ承認されているという充実感が満たせない世の中ともいえる。誰に承認されたいのかはあまり問わない。援助交際やAV女優、風俗で働く女性に非合法売春まで、性産業が貧困問題とともにこの承認欲求で語られるようになった。納得できる説だ。

性を売ることでカネと引き換えにバランスを欠いた精神が崩壊していくという従来解釈は間違っているという。実態は承認されたい、認められたいという承認欲求を満たされる場として性産業に入っていく女性が増えているそうだ。AV女優の収入もどんどん下がっており、普通の就職と変わらない。ただ自分自身の持っている能力次第で認められる(という気持ちになれる)場がそこに存在する。

時の首相に輝くことを強制される女性の仕事環境の悪さが突出して目立つわけだが、この承認欲求は女性に限らないだろう。長期停滞社会のなかで人心が荒み仕事環境は悪化している。そこにつけ込むようにブラック企業が簡単に取り替え可能な労働力を酷使する世の中だ。

私はこんな社会をDV社会だと思っている。あるいはネグレクト社会と言ってもいい。精神的に豊かな社会では親や世間から安定した承認を受けながら子どもが育ち、承認を受けて育った世代が親となりさらに社会を豊かにしていく。教育も承認を基本として組み立てられる。

しかしいまの世界にそんな理想郷はどこにも存在しない。紛争地帯でない先進国においても強欲資本主義が労働者を酷使する。内向きの精神構造が排外主義的な行動になって表出し更に内向きになっていく悪循環。展望なき酷使や排外主義に日々さらされている人々は、ちょっとした承認や仲間内だけで承認にすがりつく。

その危うい承認がモチベーションとなったとき、テロリズムにもつながるだろうし、危険な成果主義につながる可能性もある。

承認欲求が本能ならば、それをうまく使って組織を運営していくことは有益かもしれない。しかし根拠のない承認は腐敗の拡大にもつながる諸刃の剣だ。『日本人ビジネスマン「見せかけの勤勉」の正体』の著者はそれも重々承知して、どういう過程や心持で承認を与えるかという方法論を書いている。その通りに出来ればいいが万人にそれが出来るわけもなく、不条理な承認も無くなることはない。人間力を高めるには教育が重要になるが、アベノミクスの世の中が続けばそれも望めない。

こういう社会では自分自身で何がコントロールできるかを常に考え行動することが大切だと思う。そこにしか打開策がない。自分自身をコントロールすることで精神の崩壊を防ぎ、出来る限り承認の質を見極め判断できるようになることも重要なスキルになる。脱北社会はまだまだ続くようだが、脱北した先を見据えて自分自身に恥じない生き方、自分が自分を承認できる生き方を目指せればまだ救いがあるといえる。

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