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2014.07.26

ボクの記事の有益性は100%ですw 『リスク・リテラシーが身につく統計的思考法』

ベイズ統計に興味を持っていくつかの統計にまつわる本を読んでいる今年、この『リスク・リテラシーが身につく統計的思考法―初歩からベイズ推定まで』(ハヤカワ文庫)は目からウロコの良書だった。教科書や参考書的な書物ではなく、読書の愉しみに耐え得る内容だったと思う。

統計的思考法というと誰もが確率=パーセント表示だと思ってしまうのではないか(ほぼ無意識に)。ほとんど常識といってもいい。それを著者のゲルト・ギーゲレンツァー氏は悪しき習慣だと考えているようだ。この著書の言いたいことは、ほぼそれに尽きるといってもいい。確率=パーセン表示、それをやめたらどうかという問題提起ともいえる。

相対表示と絶対表示については、私もかねてから使い分けの難しさ、使う場面の選択に悩んできた。あるときはプレゼンターとしてあえてパーセント表示をしたこともある。それはひとえにその数値の印象操作をしたいからに他ならない。

この著者はそんな誘惑についても一刀両断である。騙されないためのスキルは騙す側ほど熟知しているものだ。だが問題はもっと根深く、騙すつもりがなくてもつい確率=パーセント表記を使用してしまうことで正確さを欠く、いや完全に誤った結論に達してしまうリスクが存在するということなのだ。

しかもそういうった無知からくる誤謬は法曹界や医学界において顕著である。この書物は過去の事例を採り上げながらどこに問題があったのかを丁寧に検証していく。

犯人か否か、エイズ検査やガン検診結果における偽陽性の確率、DNA鑑定の不確実性などなど、間違いだった場合に影響の大きな事例について示しながら、統計的思考方法の違いによって結論がどう異なるかを解説していく。

「確実性」に取りつかれてしまう怖さ、検査試薬等における偽陽性・偽陰性の問題、そういったエラーやミスの多くが数字オンチによる誤謬によってもたらされている。そしてそんな数字オンチは表現方法を変えるだけで劇的に減らすことが出来、正しい評価が可能になるというのだ。

驚くべきことに同じ事象でも、伝え方次第でまったく違った結論が導かれる。しかも多くの関係者がその間違いに気づかない。法曹界や医学界という権威の渦巻く世界では余計に間違いが起こり得るのかもしれない。

確率=パーセント表示による説明がなんの検証もなく使われ、誰もそれを疑わない。そしてそこに示されている数字を自分が理解できていると信じてしまう(実はほぼ完全に誤解しているにも関わらず!)。

誰もがパーセント表示はごく日常的に使っているだろう。様々な魅力的広告にも素晴らしい実績を示す数字が輝いている。だがその数字が意味する真実をどれほどの人が正しく理解できているかは疑問だ。

例えば「クジの当選者が今回は3倍に!」といった場合、分母についてどれほど意識するだろう。100人中1人当たりから3人当たりになっても、1,000,000人中1人当たりから3人当たりになっても当選者は3倍だ。前者は3%の確率、後者は0.0003%の確率だが、当選者数はどちらも300%アップ。広告に書くなら「300%アップ=3倍に」を採用したくなる。後者で「0.0001%が0.0003%にアップ!」といってもまず広告にならない。なぜか?当たる気がしないからだ。だが現実には300%アップしても当選確率は0.0003%でしかない。当選者数3倍は嘘ではないが、基準が巧妙に隠れている。

くじ引きの広告ならそれで許されるかもしれない。しかし法曹界や医療界がそれでいいのだろうか。さらにいえばその基準となるグループの選び方から間違っていることも多いようだ(詳しくはこの書物を読んでみて欲しい)。

そこで著者は「自然頻度」によって提示することを提案している。人類は基本的なリスクを自然頻度で理解する能力を持っている。だからできる限りリスクを示す側は自然頻度を用いて、わかりやすく説明すべきだということだ。何人のグループを基にして何人が当選するのか、具体的な整数値で表現することで聞き手の理解度は格段に改善される。また、表現する側も無意識の誤謬を防止できる。

相手を騙すという意図がない限り、この表現方法の変更はかなり有効な手段に思える。ぶっちゃけ、パーセント表示での説明はかっこよく見える。見栄えがする。だがそれだけだ。正しく伝わっていない可能性がある。それを意図しない場合、自然頻度に置き換えるスキルは誰にとっても有益だろう。特に人とコミュニケーションをとる必要がある職種においては確実に有効だと思える。

確率計算の結果を「何人中何人です」という自然頻度に置き換える。ただそれだけを伝えるためにいくつもの事例を引き、検証し、例示した書物だ。その答え=自然頻度があまりに当然のことなので拍子抜けするかもしれない。しかし現実の世の中を見回すと、その当然の表現、誰にでもできる表現がどうにも少ない気がする。

確率・統計の重要性が増す現代社会において、原点回帰ともいうべき自然頻度という表現方法のススメは地味な取り組みながらも斬新に思えた。

ちなみに私にとって今日のこの記事の有益性は100%である。分母は私1人だ。1人中1人に100%有益な記事だった。もちろんこれは悪い例の典型である。

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Comments

これまでに溜まった録画を見ていたら、NHKドラマ「ハードナッツ」の第2話のなかで、主人公の数学の天才女子大生が刑事の健康診断の結果を見てリスクリテラシーに長けた説明をしようとするくだりがさらっと挿入されていた。

本筋とは関係なさそうなシーンではあったが、数学の伝え方・使い方、つまりリスクリテラシーを挟んでいるところが小憎い演出だ。数学好きの観る(と思われる)ドラマだけにニヤリとしてしまった。

まだ第2話も見終わってないが、この先、健康診断の結果というサブストーリーが確率論につながっていけば面白いな。もちろんメインストーリーも面白いドラマだ。

Posted by: ポップンポール | 2014.08.30 at 19:07

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