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2014.06.01

映画「ラウンダーズ」でも勝負師について考える

昨日ひとくちメモで採り上げた『シグナル&ノイズ』のなかに映画「ラウンダーズ」のセリフが出てくる。これが印象的だったので付箋をしていた。

「テーブルについて最初の30分でカモを見つけられなかったら、自分がカモだ」

ポーカーの話だ。いや厳密にはポーカーの裏プロの話だ。

このセリフは映画の冒頭に出てくるモノローグだった。アマゾンでブルーレイを見つけて、映画館で見るより安い価格(笑)だったので購入して視聴した。

観客を選ぶ映画だと思った。ギャンブル映画はたくさんあるが、この映画に出てくる勝負への取り組み方についてはかなり本質に迫っていたと思う。

しかし普通の人が見たなら、基本的に主人公が裏切った元恋人(弁護士を目指す法学大学の学生)に近い感想になるのかもしれない。「ギャンブルなんてやめてちゃんと生活して」といったような。

この映画には様々なタイプのポーカーの裏プロが出てくる。そのなかには15年間堅実な勝負に徹して家族を養うプロもいれば、才能は最高だがいかさまで崩れていくヤツもいる。

勝負を描くときに才能と性格の問題は必ず出てくる。それらはいつも類型的だ。所詮人間なんてのは似たもの同士の化かし合いであり、勝負するときにはその本性が一番現れるものなのだろう。

それはこの前書いた傑作アニメ「ピンポン」の重要なテーマにもなっていた。奇をてらった奇人変人やスーパーマンよりも、この類型的勝負師の姿を土台にして才能や性格を描いてあるほうがリアリティがある。

あるいは20年間負けることなく引退した伝説の雀鬼こと桜井章一の裏プロ時代などの話にも、崩れていったいくつもの雀士の悲哀が出てくる。

「ラウンダーズ」も勝負師の映画だったが、そんなリアリティそのものが一般的な日常生活とはかけ離れているために、なんとなく映画のなかだけの作り物世界に見えてしまう。テーマがこういうテーマだからそれは仕方がないかもしれない。

またポーカーというのが私にはギャンブルとして軽い感じがしてしまうのも仕方のないことだった。たとえばチェスに対して将棋、ポーカーに対して麻雀。ゲームの複雑さからすればどちらも後者のほうに軍配を上げたいし、日本には羽生善治や桜井章一というこれ以上ない伝説のプロが存在している。

そっちのリアリティを知ってしまっているだけに、ポーカーギャンブル映画という部分でちょっと勝負として甘いんじゃない?みたいな偏見を持ってしまう。これは私のバイアス。

ポーカーの勝負は手の内よりも心理戦というが、それは単なる“読み”ではなく、言葉の応酬なども含んだコミュニケーションの勝負もあって、ストイックな心理戦とはどうも違うイメージがある。それは欧米流のギャンブルだからかもしれない。

また相手の手癖で手の内を読んだり、サインでいかさましたりといった方法なども雀鬼の麻雀に比べれば随分やさしめのものだった。麻雀でも同様の裏ワザはもちろんあるらしいけど初歩の初歩だったので。もっともそこにフォーカスすべき映画ではないからそこは正しい選択だったと思う。

あと主人公が恋人に逃げられたときに、ムショから出てきた相棒に言われたセリフがすごい。

「人生というポーカーゲームでは女なんてショバ代なのさ。必要だが、邪魔なのさ」(詠み人知らず)

感銘を受けたわけじゃないが書き残しておきたいセリフだったね(笑)。ついでにいえば元恋人は弁護士になるという。アメリカの弁護士なんてもっともあくどいギャンブラーなんじゃないだろうかと思ったり。

なにが正しい生き方かなんてわからない。他人にはギャンブルにしか見えないことも、仕事として同水準で続ける技術を持つ人間がいる。勝負師は常にいる。ひっそりと。目立つことなく。たまに映画や小説になって甦り、一般大衆の娯楽になったりする。そういう関係が一番いい。オレがモノローグするような場面じゃないけど(笑)。

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