フィギュアスケートと音響と編曲についての雑感
このサイバーパンクな雰囲気の写真は、今年パリのベルシー体育館で天井を撮ったものだ。なかなか美しい構造物だと思った。
実は今回パリで観戦したエリック・ボンパール杯が人生初のフィギュアスケート生観戦だった。もっといえばスケートをする人間を生で見たのも初めてかもしれない(笑)。基本、ウインタースポーツはしない性質なのでスケート場も行ったことがない。本当は2011年に日本開催予定だった世界選手権が初観戦になるはずだったが大震災で大会がなくなった。
初観戦がこのベルシー体育館だったので他の会場とは比較できないが、こんなに音響がいいとは思っていなかった。そうえいえば、さいたまスーパーアリーナや代々木体育館はコンサートやファッションショーで何度か行ったことがある。なるほどフィギュアスケートのリンクを作れる体育館はホールコンサートになら耐えられるレベルの音響を備えているんだということがわかった。山下達郎さんは大ホール嫌いで有名だが、もしかするとヤマタツライブもスーパーアリーナあたりでやってみたら案外いいかもしれないよ(なーんて)。
演技者向けのスピーカと客席用のスピーカとは当然別々になっている。出力に時間差があるのかは不明だったが、演技者にはより近い位置で音楽が降ってくる感じに聴こえるんじゃないだろうか。
もちろんPAで聴く音やイヤホンで聴く音ほどの繊細さはないかもしれないが、高速で滑りながら身体をゆだねるには多少環境音(ノイズ)の影響があるほうが安全かつ演技しやすいかもしれない。とはいえホール全体に響く音楽と身体運動とを最小限のズレでシンクロさせるのはかなり困難な作業であることは間違いない。華麗なフィギュアスケートだが、音楽とのシンクロという強烈な制約のあるスポーツの難しさを現場で感じた。
●フィギュアスケートの編曲はまだまだ進化の余地あり!
その音響問題と、もうひとつ感じたのは編曲の甘さだった。アイスダンスはフィギュアスケートの競技のなかで唯一歌(歌詞)が乗っていてもよい競技で、より音楽とのシンクロが重要視されるんじゃないだろうか。しかしその音楽は既成のテープを切り貼りしただけのような、とんでもなく稚拙な編曲が多かった。
これがグランプリシリーズという世界大会レベルで、オリンピックの代表権もかかっている演技の楽曲なのか、と正直思った。どのチームがというのではなく、ほとんどの楽曲が語弊を恐れずに言えば稚拙な編曲だった。
そのとき、キムヨナの007に惚れたひとつの要素を自覚できたと思う。キムヨナの007には計算された編曲(音楽設計)があったように思うのだ。それを2009年の段階でブログにはこう書いていた。
完璧な演技設計と音楽設計。そしてそれをいとも簡単にやりきる19歳になったばかりのキム・ヨナ
この時点で私は音楽設計は当然あるものとして、それにビートでシンクロできるキムヨナはすごい選手だという主旨で書いたのだが、実はチーム・キムヨナは音楽設計そのものも卓越していたことに今回のパリ大会で気づけたような気がする。
エモーショナルな衝動を喚起する音楽は数学的かつ化学的な芸術だと思ってる。演技と音楽とのシンクロには前提として見る者・聴く者の感覚に化学変化を働きかける音楽の構造がある。音楽の理解力という採点基準の前提にも、演技に使う音楽そのものの魅力が(もしかすると無意識に)加算されるのではないだろうか。
演技者のスピードと楽曲のbpmとを合わせていく作業は重要な要素だろうし、プログラムの進行と楽曲のフックや抑揚のタイミングも重要な要素だろう。昔と違いそれらの設計はパソコンがあればかなりの部分まで可能だ。
また演技者も高度なアスリートになればなるほど動きにブレがなくなるから、シンクロしやすい楽曲の構成と観客を盛り上げる編曲の仕方は充分可能なはずだ。演技者の動きをコンピュータに取り込んでから楽曲を構成していくことも可能だと思う。
それなのに今現在のトップレベルの選手たちですら、かなり稚拙な編曲の音楽を使用しているのは何故なのか気になった。
フィギュアスケートに使う楽曲の著作権や編曲に制限があるのかどうかは知らないが、もし編曲に制限があるのなら協会として著作権管理団体や権利者になんらかの働きかけが必要かもしれない。
フィギュアスケートは単純に音楽を楽しむイベントではなく、いかに音楽と演技とを統合してひとつの世界観を作り上げるかを競う芸術的なスポーツだ。であるなら音楽もその内部で脱構築されなければならない。既成の楽曲でも演技に特化した唯一無二の編曲が出来るはずだ。
もちろん現在でも演技に合わせてギミックを入れてみたりされてはいるが、まだまだ中途半端な音楽設計の演技が大勢を占めているように見える。この部分の改善に取り組めばフィギュアスケートという競技はもっともっと芸術的に進化できると思う。
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