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9 posts from November 2013

2013.11.30

パリ12区ベルシー公園散策

Paris_2013_006ベルシー体育館はセーヌ川に沿って作られたベルシー公園のもっとも北側にあり、メトロのベルシー駅やターミナル駅のリヨン駅に近い。見どころ満載の観光都市パリに短期滞在して、ベルシー公園まで足を運ぶ人はあまりいないかもしれない。日曜もやってるベルシー・ヴィラージュに買い物に来るとか、シネマテーク・フランセーズを見学する映画ファンとか、それこそベルシー体育館になにかイベントを見に来るくらいか。

昔のこの辺りは「パリの中の田舎」と言われていたそうだ(地球の歩き方より)。私もベルシー体育館にエリック・ボンパール杯を見に来るという目的でなければこのあたりのホテルに泊まる理由はなかったが、毎日(といっても4日間)ベルシー公園のなかやその周辺を歩いて、なかなか気持ちがよかった。

●パリに生きる動物たちの性格

綺麗に整備された公園だ。もちろん落書きはある。パリの公共施設で落書きを逃れることは出来ない。そういうところはあるが、しかし地域住人の憩いの場であり、ジョギングや散策の場であり、イベントの場でもある。結構大きな公園なので、走り甲斐はありそうだ。

Paris_2013_007ツイッターにも思わず書いたが、ここに生息している水鳥の平和ボケ加減は、日本のドバト以上だ。ナポレオンの辞書には不可能という文字はなかったというが、ここの水鳥の辞書には逃げるという文字がない。

そういえば散歩中の犬(公園のなかではロープを外して走り回っている)なども、かなり懐いてくる(というか珍しい東洋人の匂いに反応してるのかついてくる)し、フォンテーヌブロー城で出会った野良猫も近寄ってくるし、ノートルダム寺院名物の高速鳩も突進してくる。パリで出会った動物たちは、日本の動物よりも明らかに人懐っこいのだ。突進力がすごい(笑)。

Paris_2013_009これはフランス人の議論好きな性格がペットや都市生活する獣・鳥にも響いていて、共生しているのかもしれないと思った。まったく立証できない仮説ではあるが、あの知らない人間に近寄る好奇心はそうとしか思えないdog

子どもたちも人懐っこい。ある朝、散歩していたら「ボンジュー!」と男の子の声がした。そちらを見ると金髪の男の子がオレにあいさつをしている。その距離約30メートル。いったいどういうことだ?誰かと間違えたのか?オレのファッションが気に入ったのか(笑)。そんな状況に不慣れな東洋人の私は、ちょこっと会釈をして、まったく相手に聞こえない低い声で「ボンジュ...」と口だけ動かして立ち去った。男の子も会釈をしてくれた(ように見えた)。

●シモーヌ・ド・ボーヴォワール橋

朝のシモーヌ・ド・ボヴォワール橋

ベルシー公園は美しいけれど、せっかく歩くなら、ぜひセーヌ川沿いの階段を上ってほしい。階段を上がらないとセーヌ川は見えないし、その先に広がるドミニク・ペロー設計の国立図書館の全体像も見えない。そしてちょうどベルシー公園の中央にかかるシモーヌ・ド・ボーヴォワール橋も必見だ。名前の通り、とても女性的な曲線の美しい橋だと思う。

この橋は2006年に完成した新しい鋼鉄製の橋だが床には全面に木製の板が貼られている。ベルシー公園は12区だけどセーヌ川を渡ると13区に入る。橋はその先にある高層の国立図書館の敷地へとつながっているのだが、図書館のあたりも木製の床が続いていて、この木の感覚がとてもいい。現代的な高層ビル群との対比も面白い。また、橋に行く手前に、わけのわからない人形のオブジェがたくさん立っている。

ベルシー公園のオブジェ

世界中の公園に不思議なオブジェはあるけれど、この落書き文化の延長のようなオブジェはどうだ。結構好き。特に一番手前に写した帽子を被ったオブジェはこの日のボクのファッションにそっくり(笑)で超気に入った。目元も似てる?

朝も気持ちよかったけれど、夜は夜で趣きが違って美しい。ベルシー体育館からの帰り道に、またボーヴォワール橋を渡ってみた。女性的な橋という意味は夜の美しさからも分かってもらえるだろう。サルトルもびっくりの妖艶さだ。

Paris_2013_005

思わず渡り切って図書館の下をぐるっとまわり、もう一本下流にあるトルビアック橋を渡って遠回りしつつホテルまで戻った。

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2013.11.27

中島みゆきのシングル集『十二単』で勝手に妄想トーク

移動観覧車からみた凱旋門とビル群の風景

ここ数回はパリ話を続けているが、帰国後すぐに届いた中島みゆき『Singles4 十二単』について語らずにいられない。パリ話が終わってからだと遅くなるので間に挟む形になるが妄想トークを書き連ねておきたい。

その前に、なぜ凱旋門の写真なのか(笑)。それは中島みゆきさんが斉藤ノブ氏とバッタリ出会ったという中華料理屋が凱旋門の近所だったというオールナイトニッポン情報とのシンクロに決まってる。帰りの機内でその録音を聴きながら、店を探すべきだったと後悔しちゃいましたよ!

それはさておき、中島みゆきさんのシングル集第4弾、タイトルは『十二単』です。意味深なタイトルだよなぁ。制作発表が公開情報になったのは8月くらいだったと思います。また、初回限定盤には「時代 -ライブ2010~2011-」の映像特典が付き、全12曲の2曲目にもライブ2010~11ヴァージョンの「時代」が入っています。この“時代推し”という心境も深読みポイントだよなぁ。

●十二単と時代とワタクシとのシンクロ加減に歓喜

思えばNHKのSONGSで「時代」という曲についてご自身でコメントされたという快挙がありました。その件につきまして私は4月に「SONGS中島みゆきの『時代』を観て思った。昔から姿勢がいい!」という記事を書いております。

実はその記事と今回のシングル集とのシンクロ加減がハンパない!って話ですわ(happy02)。

その記事は「時代」という楽曲の普遍性とアーティストの普遍的であろうとする姿勢について書いてるわけですけれど、この記事のなかにさ、「十二単」ってワードが入ってたんだよなぁ(シミジミ)。その部分を引用してみる。

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中島みゆき自身が「時代」という自身の楽曲についてテレビで語る(ただし音声のみ)。業界的には「まずありえない」事態が起こった。もちろん言葉の選び方は中島みゆきらしく十二単を纏ったようなかわし方も多いわけだが、そこを好き勝手に読み取るのがアチキの仕事だ。

どーですかお客さん。“十二単を纏ったようなかわし方の中島みゆき”が、時代推しのCDを「十二単」ってタイトルで発売しちゃったんだ!いや、びっくりしたね。てっきりこの記事へのみゆき嬢からのメッセージだと勘違いしちゃったよボクは!

いや、百歩譲ってそれが単なる妄想だったとしてよ(譲る間もなく妄想でしかないわけだが)、ボクが持っていた中島みゆき=十二単というイメージと、中島さんが次のアルバムのタイトルを「十二単」にしたという事実との、このシンクロ!どーで・す・か?お・きゃ・く・さん!

縁は不思議。それと知らぬ間に探し合うんだよねぇ(笑)。ボクが記事を書いたのは4月、「十二単」の制作発表は8月、これ妄想家的には重要なところだよ。みゆきさん(あるいはスタッフさん)がですよ、「ポップンポールがSONGSを見てまた適当なこと書き飛ばしてるぜ」と記事を読まれてですよ、「あら、十二単、ふぉーん、十二単のようなかわし方にぇ、それ、いただき!」みたいな(笑)。だったらうれしすぎ。

もっとも全12曲ですし、日本人の美意識を求める中島みゆきが「十二単」というタイトルを発案するのはそれほど奇抜なことじゃない。「大吟醸」よりはよっぽど想定内の言葉ではあろう。しかしここに、「時代」というもう一つのキーワードと合わせて一本なところが、より妄想を加速させるのだ。

「時代」を無の心境で歌いたい中島みゆき。その方法論として4月の記事では私なりの見解を述べた。「時代」を無の心境で伝えることが出来、永遠のスタンダードとして残すその方法論と、今回のDVD付きCD(初回限定盤)という初の試みとがこれまたシンクロしてるわけだ。時空を超えて残るわけだ。

●中島みゆき=メーテル論

みゆきさんは過去を振り返らない。「時代」という最初期の楽曲の歌い直しは、だからノスタルジーとは無関係なはずだ。聴く側がどうあれ。すでにスタンダードと化しているこの楽曲をひとつの材料として用い、新しい試みをしているように思える。それが「無の心境」と無関係であるはずもない。

十二単でがっちりガードされた裸の中島みゆき。その美意識を深く深く探っていくと、そこには何もない。いや無限があると言おう。どこまでも続く宇宙が十二単を纏っている。中島みゆきは銀河鉄道で旅するメーテルのような女だ。旅人に寄り添う謎の女なのだ。

たとえば「無」の心境で普遍のスタンダードを残すというプロジェクトがあったとする。「時代」以外に選択可能な楽曲はあっただろうか。もちろん名曲はたくさんあるし、抽象的な楽曲もたくさんある。しかしコアなファンだけでなく、過去も未来も現在も超越して「無」であり続けられる楽曲となるとどうだろう。

たとえば「地上の星」はメッセージ性が強い。歌詞が説明可能だ。それは私にも多少の責任がある(confident)。また時代が現代に近すぎる。「時代」ほど抽象的で過去とも接触しながら「無・時代性」を帯びている楽曲はと考えると、唯一無二のような気がする。「時代」以外の楽曲ではなんらかの意味がまとわりつくような気がする。

誤解をおそれず妄想するならば、中島みゆきは「時代」を吉田拓郎の「イメージの詩」のように調理したいのではないだろうか。そしてアルバム「十二単」は十二の虚構の集合体である。シングル集であることの脈絡のなさが、逆にコンセプチュアルでもある。

妄想トークばかりで楽曲に触れないで来たが、シングル集だし、大丈夫でしょ。ひとつポップンポール的な視点から言えば、動物が結構でてくるよね。バクに獣に魚に。魚が増えてるのは興味深い点ではありますね。一番聴きごたえがあったのは「帰れない者たちへ」でした。このみゆきさんが好きだな。

それとまったく関係ないけれど、中島みゆきの作品から猫がいなくなったという指摘を『ねこみみ 猫と音楽』には書きましたが、ひょんなことから楽曲ではなくラジオに猫が戻ってきてますね。「今月のニャンコ」ってコーナー(笑)。やっぱり中島さんにとって猫はいまでもパーソナルな存在だったんだって、ちょっとうれしかったね。

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2013.11.25

パリのトイレ問題顛末記

サヴォワ邸の使っちゃいけない方のトイレ

今回のパリ旅行でもっとも懸念していたのはトイレだ(笑)。人間、年を取るとトイレが近くなる。日本は公衆トイレ大国といってもいいほど、どこにでもトイレがある。それもきれいなトイレが。昔、ある女の子とドライブしたときに駐車場でトイレに行こうとして叱られた。どうして中にきれいなトイレがあるのに駐車場のトイレなんかに行くのかと。その想定外の美意識には感動すらしたものだ。

東洋人は西洋人に比べてトイレが近いという説もある。それで東洋のほうがトイレに関しては敏感であるというのだが、実際観光大国でありながら圧倒的に公衆トイレが少ないフランスを目の当たりにすると信じたくもなる説だ。

ガイドブックによると、パリでトイレに行きたくなったらカフェに入れと書かれている。カフェには大概地下トイレがあり、「アン カフェ スィルブプレ!」とコーヒーを1杯注文しつつトイレを借りろと。じゃあトイレの借り方をフランス語で書いとけよと思うのだが、書かれているガイドブックは皆無だった。

最近はパリの街中の公衆トイレが無料化されたという情報も読んだ。モンマルトルにもシャンゼリゼにも確かに公衆トイレらしきボックスがドーンとあった。しかし使い方がわからない。中に子どもが閉じ込められて自動洗浄用の水でずぶ濡れになったという記事もどこかで読んだ。夏なら試しても良かったがさすがに寒いパリで実験する勇気がなかった。

結果的にカフェのトイレも公衆便所も使うことはなかった。日本にいると結構トイレが近くなった気がするのだが、旅先だと気が張っているからか動き回っているからか、あまり日中トイレに行きたくなることがなかった。杞憂に終わって幸いだった。

日中行ったトイレは空港内のトイレとサヴォワ邸のトイレ、そしてベルシー体育館内のトイレくらいだった。後はホテルのトイレで事足りた。上の写真はサヴォワ邸のトイレだが、これは展示物であって使ってはならないトイレだ。観光客用のトイレは別にあった。

あらゆる駅に無料の公衆トイレがある日本という国はものすごいおもてなしの国かもしれない。でも西洋人はあまり使わないのかもしれない。

日本はトイレ大国としてこの路線をグローバルに展開すべきだ。ウォシュレットを全世界の観光地に輸出すべきだ。日本人観光客を誘致したい国にはトイレの改善が必須であることを説く必要がある。韓国旅行に行こうと誘ったある人は、トイレがウォシュレットじゃない国には行かないとまで言った。トイレは日本人の心のオアシスなのだ。

だが、それほど気にすることもないということをこのパリ旅行で感じた。あるいはまた、生理現象というのは人間をポジティブにする。どうしても行きたくなったらフランス語がしゃべれなくてもカフェに入って用を足すことだろう。それもまた旅の思い出になるような気がする。

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2013.11.24

フィギュアスケートと音響と編曲についての雑感

ベルシー体育館の天井スピーカ

このサイバーパンクな雰囲気の写真は、今年パリのベルシー体育館で天井を撮ったものだ。なかなか美しい構造物だと思った。

実は今回パリで観戦したエリック・ボンパール杯が人生初のフィギュアスケート生観戦だった。もっといえばスケートをする人間を生で見たのも初めてかもしれない(笑)。基本、ウインタースポーツはしない性質なのでスケート場も行ったことがない。本当は2011年に日本開催予定だった世界選手権が初観戦になるはずだったが大震災で大会がなくなった。

初観戦がこのベルシー体育館だったので他の会場とは比較できないが、こんなに音響がいいとは思っていなかった。そうえいえば、さいたまスーパーアリーナや代々木体育館はコンサートやファッションショーで何度か行ったことがある。なるほどフィギュアスケートのリンクを作れる体育館はホールコンサートになら耐えられるレベルの音響を備えているんだということがわかった。山下達郎さんは大ホール嫌いで有名だが、もしかするとヤマタツライブもスーパーアリーナあたりでやってみたら案外いいかもしれないよ(なーんて)。

演技者向けのスピーカと客席用のスピーカとは当然別々になっている。出力に時間差があるのかは不明だったが、演技者にはより近い位置で音楽が降ってくる感じに聴こえるんじゃないだろうか。

もちろんPAで聴く音やイヤホンで聴く音ほどの繊細さはないかもしれないが、高速で滑りながら身体をゆだねるには多少環境音(ノイズ)の影響があるほうが安全かつ演技しやすいかもしれない。とはいえホール全体に響く音楽と身体運動とを最小限のズレでシンクロさせるのはかなり困難な作業であることは間違いない。華麗なフィギュアスケートだが、音楽とのシンクロという強烈な制約のあるスポーツの難しさを現場で感じた。

●フィギュアスケートの編曲はまだまだ進化の余地あり!

その音響問題と、もうひとつ感じたのは編曲の甘さだった。アイスダンスはフィギュアスケートの競技のなかで唯一歌(歌詞)が乗っていてもよい競技で、より音楽とのシンクロが重要視されるんじゃないだろうか。しかしその音楽は既成のテープを切り貼りしただけのような、とんでもなく稚拙な編曲が多かった。

これがグランプリシリーズという世界大会レベルで、オリンピックの代表権もかかっている演技の楽曲なのか、と正直思った。どのチームがというのではなく、ほとんどの楽曲が語弊を恐れずに言えば稚拙な編曲だった。

そのとき、キムヨナの007に惚れたひとつの要素を自覚できたと思う。キムヨナの007には計算された編曲(音楽設計)があったように思うのだ。それを2009年の段階でブログにはこう書いていた。

完璧な演技設計と音楽設計。そしてそれをいとも簡単にやりきる19歳になったばかりのキム・ヨナ

この時点で私は音楽設計は当然あるものとして、それにビートでシンクロできるキムヨナはすごい選手だという主旨で書いたのだが、実はチーム・キムヨナは音楽設計そのものも卓越していたことに今回のパリ大会で気づけたような気がする。

エモーショナルな衝動を喚起する音楽は数学的かつ化学的な芸術だと思ってる。演技と音楽とのシンクロには前提として見る者・聴く者の感覚に化学変化を働きかける音楽の構造がある。音楽の理解力という採点基準の前提にも、演技に使う音楽そのものの魅力が(もしかすると無意識に)加算されるのではないだろうか。

演技者のスピードと楽曲のbpmとを合わせていく作業は重要な要素だろうし、プログラムの進行と楽曲のフックや抑揚のタイミングも重要な要素だろう。昔と違いそれらの設計はパソコンがあればかなりの部分まで可能だ。

また演技者も高度なアスリートになればなるほど動きにブレがなくなるから、シンクロしやすい楽曲の構成と観客を盛り上げる編曲の仕方は充分可能なはずだ。演技者の動きをコンピュータに取り込んでから楽曲を構成していくことも可能だと思う。

それなのに今現在のトップレベルの選手たちですら、かなり稚拙な編曲の音楽を使用しているのは何故なのか気になった。

フィギュアスケートに使う楽曲の著作権や編曲に制限があるのかどうかは知らないが、もし編曲に制限があるのなら協会として著作権管理団体や権利者になんらかの働きかけが必要かもしれない。

フィギュアスケートは単純に音楽を楽しむイベントではなく、いかに音楽と演技とを統合してひとつの世界観を作り上げるかを競う芸術的なスポーツだ。であるなら音楽もその内部で脱構築されなければならない。既成の楽曲でも演技に特化した唯一無二の編曲が出来るはずだ。

もちろん現在でも演技に合わせてギミックを入れてみたりされてはいるが、まだまだ中途半端な音楽設計の演技が大勢を占めているように見える。この部分の改善に取り組めばフィギュアスケートという競技はもっともっと芸術的に進化できると思う。

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パリ・ヴィジットに感謝

Paris_visite今回のパリ旅行で一番利用価値が高かった(ありがたかった)モノを考えるとパリ・ヴィジットという切符だったと思う。

20年以上前に初海外旅行で二週間ちょっと欧州諸国を巡ったのだが、そのときはユーレイルパス(国際列車含め一等車の乗り放題チケット)に助けられた。パリではカルネ(メトロ回数券)を使った(ユーレイルパスはメトロには使えないから)。そのときのユーレイルパスのありがたみが身に染みていて、今回のパリ短期滞在でも、できることなら全日乗り放題チケットを使いたいと初めから考えていた。

パリは観光都市なので、その手のチケットやミュージアム・パスとの組み合わせでお得になるチケットなどいくつかあった。そのなかでパリ・ヴィジットは細かい設定が何もなく、単に地理的な有効範囲と有効期限だけが決まっているという扱いやすさがよかった。

割高だという意見もよく聞いた。おそらく使い方によってはその都度切符を買うよりも割高になることが多いのだろう。だが周遊切符とはそういうものだ。その料金には安心料も入っていれば、いちいち切符を買う時間を短縮するメリットもある。使い勝手のよさを買っていると思えば金額はそれほど問題にならない。

パリ市内は狭く、メトロにもポイント以外は乗らず観光することが出来る。異国では街を散策するだけでもすべてが“観光”になり得る。特にガイドブックをなぞる名所めぐりよりも、その街全体を感じたいという旅人には歩くというのが一番楽しいひとときかもしれない。

「パリ・ヴィジットを買ったからには何回メトロに乗らなければ元が取れない!」という逆算思考は本末転倒で、むしろどこからでもフラッと電車に乗り、フラッとどこでも降りられる権利を買っていると思えばいい。

特に乗り越し精算という思想がないフランスでは日本の感覚とちょっとしたギャップがあり、フラッと乗って気分がいいからとそのまま先まで乗っていく自由はないのだ(罰金を払えば自由は手に入るが駅員とひと悶着する時間を取られる)。

私が買ったのは5日間ゾーン1-5まで有効な最大期間・最大範囲のチケットだ。それも日本で買って行ったのでもっとも割高だったと思う。実質四日しか使っていないし。でもこのチケットのおかげで交通機関でのストレスは皆無だった。

●地上を走る楽しさも

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CDG空港から北駅までもRER B線に乗った。このラインは落書きとスリで有名だった。確かに空港駅とは思えない薄暗い雰囲気だ。外も車内の壁も天井も座席も落書きだらけ。ガラス窓までひっかき傷で落書きされてる。乗客もまばらだし黒人率が高い。でも白人も普通に使っている電車だ。

途中の停車駅もパリ市街とはまったく別の国に来たような雰囲気だった。走っている間の景色もあらゆる壁面が落書きで埋まっている。

帰国のときも空港までRER B線に乗ったのだが、途中駅に停車するたびにフランスは黒人の国だということを強く感じた。旧植民地からの移民や出稼ぎなどもきっと多いのだと思う。でも、そういう雰囲気のほうが個人的には落ち着く。生活者の日常の足として運営されている共和国の車両といった感覚が持てた。もちろん綺麗に越したことはないが。

私の場合はゾーン1-5を買った理由として、初日にポワシーにあるサヴォア邸に行きたいということもあった。ポワシーはRER A5線の終点でゾーン5にある。全部の荷物を持って乗り継ぎしていく必要があったのでチケット購入でゴタゴタしたくなかった。

また2日目にフォンテーヌブロー(2011年にゾーン5範囲内となったらしい)に行こうと決めたときも、思いつきみたいなものだった。電車も良くわからず、一時間に一本しか出ていない電車を発車ギリギリまで探し回った。

リヨン駅のホール3から発車すると駅の電光掲示板に出ていたのだが、どのホームから出るのか書かれていない。それで駅の中をグルグル探し回ったのだが、発車時間の3分前に同じ電光掲示板を再度見たところ、ホームMと表示が変わっていた。どうやらそのホール3の電光掲示板の前でホーム名が出るまで待機するというのが正解だったようなのだ。

ようやく分かったのでホームMへ走った。電車が確かに止まっていたが、フォンテーヌブロー・アヴォン駅行きかどうか確信が持てない。たまたま私が乗ったところに、外国人のおじさんが乗ってきて、先に乗っていた若者に「フォンテーヌブロー云々」と聞き、若者が「ウイ!」と応えていた。それだけでこの電車でよさそうだと私は座席に座ったのだった。

Paris_lyon_sncfその時の気持ちとしては、「次の駅を確認して間違っていれば引き返せばいいかぁ」だった。もちろんその後ろに「パリ・ヴィジットだしな」がつく(笑)。たまたま正解の電車だったからよかった。

もっともリヨン駅のようなターミナル駅にはチューリヒ行きのようなシャレにならない国際列車も止まっているので、さすがのパリ・ヴィジットもその乗り間違えには対応不能だ。左写真のようなSNCFというフランス国鉄には近づかない(笑)。綺麗な電車には近づかない。

●バスの敷居も低くなる!精神的バリアフリー(笑)

ポワシーでもフォンテーヌブローでもバスに乗り継ぐ場合、このバスもパリ・ヴィジットで乗れる。バスに乗るとき運転手か同上している誘導係の兄ちゃんにパリ・ヴィジットを見せると、切符の刻印器に入れろと誘導してくれる。簡単だ。

フォンテーヌブローでは城から駅までの帰りにバス停で待っているとバスが来た。GARE DE AVONと表示されていた。最初これがフォンテーヌブロー・アヴォン駅のアヴォンかどうかわからなかった。駅以外に行くバスも止まるバス停だったのだ。

「AVONの前にGAREともついてるし、おそらくフォンテーヌブロー・アヴォン駅行きだろうな。」と思って、私が手を挙げてバスを止めた。もちろんその後ろに「パリ・ヴィジットだしな」がつく(笑)。私以外にはバス停でサラダ弁当を食ってる赤い髪の若い女性と黒人の男性だけだったが、このバスに乗ったのは私だけだった。

この時、もしバスが別の場所についたとしても、それはそれで面白いじゃないかとも思っていた。もちろんその後ろに「パリ・ヴィジットだしな」がつく(笑)。残念ながら正しい駅に着いた。

フォンテーヌブロー城は見学料金もパリ・ヴィジットを見せれば2ユーロ割引してくれる(日本語のビジュアルガイドを借りると2ユーロかかるのでそれが無料になったという感じだが)。プチ郊外に行くなら断然パリ・ヴィジットはいい。ディズニーランドも行ける。

今回はあまり乗れなかったが、パリ市内をゆっくりバスで回るというのもいいと思う。メトロは効率的だがいかんせん地下鉄なので景色が単調だ。その点、バスならばふつうの観光地も違って見えそうだし、普通の観光地でない路地などにも入っていける。そういうときパリ・ヴィジットは活用し甲斐があると思う。

ただ1点、難点があるとすればそのサイズだ。メトロの改札やバスの刻印器を通す必要があるため、普通の切符サイズなのだ。いかにも失くしそうな大きさなのだ。だからといって財布に入れておくのも機能的ではないし、いちいち財布を取り出すのも危険だ。

私は着ていたダウンジャケットの左外側に切符を入れる以外に使い道のないジッパーポケットがついていたのでそこに常に入れていた。出し入れも簡単で冬場はそういうダウンジャケットがおすすめ。後ろポケットなどはスリに狙われるから、必ず身体の前面でボタンかジッパー付ポケットがいいと思う。

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2013.11.23

Le voyage à Paris 14-17/11/2013

パリ旅行20131114-17 タイトル画像『キムヨナのように』とベルシー体育館

このタイトルあってるのかな?Web翻訳サイトで「パリへの旅行」といれてフランス語に翻訳したらこうなった。フランス語から日本語に翻訳すると「パリの旅行」と出たので、まぁ大丈夫だろうと思ってタイトルにしてみた。

パリから帰国して今日で6日になる。帰った日の夜からマンションのトラブルに巻き込まれて旅行気分は吹っ飛んでいるが、ぼちぼち旅行記も書き始めることに。ことしは6月末の石垣島に始まり、夏は宮崎、鹿児島、熊本、京都と巡って秋のパリ一人旅まで、旅行の多い年だった。

キムヨナの欠場が決まったエリック・ボンパール杯2013の観戦が発端の旅だったが、会場のベルシー体育館は2009年の同大会でキムヨナがショートプログラムの007を初めて披露した記念の場所だ。そこに一度訪れてみるという意味ではキムヨナファンとしての感慨があった。それがこのタイトル画像にも表出している(confident)。

●エリック・ボンパール杯でキムヨナを懐かしむ

ネットではキムヨナが出ていない大会で掲げられた太極旗が物議を醸していたが、あの旗を掲げていた女の子は最初私の席に座っていた(笑)。席が分かりずらくて私も2回間違えた。一回目は日本人3人組の席のひとつに座ってしまい、「ここは違いますよ。もっと前ですよ。いい席でうらやましい」と言われた。相手が日本人でよかった。話が早い。

それで移動したのだが、今度は列だけ正解でイス番号を間違えていた。アイスダンスが1組終わったところで、隣のカナダを応援していた金髪の子にチケットを見せながら英語で「ここは私の席でしょうか?」的なことを訪ねて、ようやくもっと中央寄りのさらにいい席だったことがわかった。

そして正しい席に移動したら、そこには韓国人の女の子が太極旗をひざ掛けにして座っていたのだ。それで「ここは私の席です」と二人のチケットを見せ合いながら英語で話した。彼女の席はひとつ後ろだったので移動してもらった。韓国語で「すみません」と苦笑いしていた。普通の女の子だった。旗が映ったときは普通に面白がっていた。ほぼネタと言っていい。

このゴールド席のチケットを取るのは大変だしキムヨナが出場すると思ってずいぶん前から予約して取っているはずでその苦労もわかるし、いきなり9月になってキムヨナのいない大会をめちゃめちゃいい席で観戦することになった悲哀もわかる。そこでキャンセルせずに観戦しキムヨナ応援グッズとしての太極旗を持ってきて広げていたとしても、そこになにか政治的な意図を感じるのはナンセンスだと思う。もっと軽い感覚だったと思う。私がベルシー体育館とキムヨナ自伝(子ども用)との記念写真を撮っているのとそう変わらない(笑)。キムヨナへの思いを持ってこの大会に来ていたことだけは確かだ。

●パリでの四日間の全行程

サヴォア邸とマンレイの墓とフォンテーヌブロー城とシャンゼリゼ通りとオレとノートルダム寺院

最初なのでとりあえず全行程を簡単にまとめておきたい。数年後に見直したとき行程を忘れていることが多いから。一応毎日あったことは克明にミニスケッチブックに書いているがここではさらっと。

初日:日本時間11月13日深夜25:30羽田発のJAL便。26D席だったのだがCAさんがとっても美しく優しく良かった。現地時間14日6:30頃CDG空港着。日の出は8時ごろなのでまだ暗い。出口へ向かうとシャトル乗り場だったので乗り込んで、とにかく出口方面へ歩いていく。RER B線に乗ってパリ市街へ。とりあえず高台に行こうと北駅で下車しメトロに乗り継いでモンマルトルの丘へ。その後またメトロからRER A線に乗り継いでポワシー駅まで。目的のひとつル・コルビュジェによる現代建築の傑作サヴォア邸まで歩き内部を観光。帰りはポワシー駅までバスに乗りベルシー方面へ。かなり疲れて15時頃就寝したら深夜まで爆睡。

2日目:ゴミゴミした市街地よりもポワシーのような郊外のほうが落ち着けると思い、朝リヨン駅からR線でフォンテーヌブロー・アヴォン駅へ。駅からはバスで世界遺産のフォンテーヌブロー城へ。日本語のヴィジュアルガイドを借りて観光。かなり時間がかかり15時ごろリヨン駅行き電車に乗った。リヨンについたらすでにフィギュアスケートのショートプログラムは始まっている時間だったのでベルシー体育館に直行。男子SPには間に合い、羽生結弦の演技を鑑賞。なかなか良かった。アイスダンスも面白かった。音響がとてもいい体育館だった。

3日目:マンレイのお墓参りだけはしたいとモンパルナス墓地へ。そこからモンパルナスタワーに登る予定だったが天気が悪いためやめた。メトロのエドガー・キネ駅からモンパルナス・ビヤンヴニュ駅までのマルシェは雰囲気がとてもよかった。その後、1980年代ポストモダン建築のひとつリカルド・ボフィールの集合住宅を鑑賞してしばし公園で休憩し今後の計画を検討。

アンドレ・シトロエン公園で気球に乗った後コルビュジェのロシュ邸めぐりをしたかったが、曇り空なので気球もそっち方面散策もあきらめ、「観光しよ!」と思い立ってノートルダム寺院に向かう。このころにはメトロに随分慣れてる。

ノートルダム寺院の手前には映画『ミッドナイト・イン・パリ』にも出てきた二代目シェイクスピア・アンド・カンパニー書店(ヘミングウェイが通っていたのは初代の書店ですでにない)がある。ここも目的のひとつだったので、ヘミングウェイの『移動祝祭日』と書店とのコラボ写真をスマホで撮り、『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』と書店とのコラボ写真をデジカメで撮影。書店のなかは美女ばかりだ。客も店員も。超穴場だぞ(笑)。内部の写真も撮っていたら撮影禁止だとやんわり注意された。

書店を後にしてノートルダム寺院へ。起工850周年のイベントイヤーだけあって大変な賑わいだった。大行列なので中には入らず、もっぱら記念撮影している人々を撮影していた。観光地はみんな笑顔でいい写真が撮れる。そこからいったんモンパルナス方面に戻って昼食を摂り、おなじシトロエンでも公園じゃなくショールームに行ってみようとシャンゼリゼ大通りへ。C42というショールームを見学した。

せっかくなので凱旋門まで歩いてここでも写真を撮っていた。凱旋門から振り返ってコンコルド広場方面を見ると大きな観覧車が見えた。「冬の移動観覧車だ!」と直感し、これは乗るっきゃないとメトロで広場へ。いつのまにか夕陽が出ていた。観覧車からエッフェル塔や凱旋門、ルーブル美術館にモンパルナスタワーとコンパクトに観光し、16時を回ったのでいったんホテルに戻り荷物を置いてベルシー体育館へ。アイスダンスと女子フリープログラムを観戦。アシュリー・ワグナーが順当に優勝した。ここにキムヨナがいれば確実に勝てるレベルだっただけに残念。

最終日:フライトは18時過ぎだったが、入国審査に一時間かかったのと、ガイドブックにも時間に余裕を持ってと書かれていたので14時には空港に行き土産を買うという計画を立て、チェックアウトした後は午前中だけパリ市街に出た。ルーブル美術館の地下モールをぶらぶらし、ここでも土産を買ったり昼食を食べたりして過ごした。

空港にはRER B線で向かった。華やかなのはパリの中心街だけで、この列車が通るあたりはどこも華やかさをまったく感じない生活感のにじんだ町だった。しかしそういう町の風景のほうが落ち着ける。落書きばかりだし治安も決してよくなさそうなのだが、共和国の生活感にほんの少し触れることが出来るRERの旅は嫌いじゃない。

空港ではフライトの3時間以上まえから搭乗手続き可能になっていた。簡単にチケットを発行し出国審査へ。日本人はまだ見当たらない。大行列だったが思いのほか早く15分程度で窓口まで行けた。金属探知機は3回鳴り、身体検査された。Kゲートのショッピングモールで定番マカロンやチョコを購入。自分用に購入した分はレシートに含まれてなかったのでサービスしてくれていた。

フライト30分前になっても搭乗手続きされていない日本人を探すアナウンスが流れ、なにやら協議が始まっていたが時間通りに搭乗開始。一路日本へ帰国。2列だけの席で窓側の席は私、通路側はフランス人のおじさんだった。機内食にそばとそばつゆが出てきたのだが食べ方がわからないようだったので、そばつゆをかけて食べることを教えてあげたら「アリガト」と日本語で言われた。

番外編:帰国便で窓側の席を取ったのは日本につくのが午後だったので、途中の景色が楽しめるかもしれないと思ったからだった。翌朝高度一万メートルの天空から目覚めとともに見た雲一つないシベリアの景色は圧倒的に美しく、急いでデジカメを取り出した。この景色を見て思わず、「パリでの曇り空は帳消しだよ、地球君!」と心の中で叫んでいた。

パリからの帰国便から見たシベリアの風景

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2013.11.09

クロアチアへの抱負を語る!(キムヨナじゃなくボクが)

クロアチア アイスワインキムヨナ・アルバムさんが、ボクの記事へのアンサーコメント的な記事を書いてくれてた。そのおかげで2009年の「もっと深くキムヨナ007を語ってみるの巻」の記事がまた最近読まれている。翻訳サイトからのアクセスも多い。昔、ソフィー・マルソーのファンサイトを作ったときにフランスからのアクセスが多かったのだが、そんなおふらんす気分も盛り上がってくる現象だ(>なんでもポジティブに関連付けて食いつくオレ)。

最後のオリンピックイヤーのキムヨナが来ないパリ旅行を目前に控え、ビッグ大会オール欠場中のキムヨナ話で盛り上がれるのはありがたいことです。隠れファンの人、いま出てこないともう現役引退しちゃうよ(笑)。

ほぼ毎日更新されてる某ブログの岸恵子さんのキムヨナ評はとっても誠実で本物の美しさがわかる人らしいコメントだったのに、消されてたとは残念でしたな。

そのコメントを読んで、岸さんはさすがバレエ出身の女優さんだと思ったな。観点がジャンプじゃなくて踊りなんだよね。ボクもキムヨナを最初に観てすばらしいと思ったのはその踊りだったから余計に共感した。パリ在住ってとこも共感(笑)。今年のエリック・ボンパール杯会場で岸さんに会いたかったなぁ(いらしてないか~)。

●キムヨナのダンスと音楽について再考

4年前の「キムヨナの音楽の理解度はダンサーのそれだ」というボクの考えには何人かにご賛同いただいた。たぶんボクがこの部分に最初に注目できたのは、ボクがフィギュアスケートに疎くて音楽とダンスという視点から先入観なくキムヨナの演技に触れたからだと思う。

それまで日本で触れるフィギュアスケート情報は伊藤みどりや浅田真央のジャンプばかりに注目したものが大勢を占めていた。もちろんそれ以外のステップシークエンスが通好みだとか、荒川静香のイナバウアーは得点にこそ絡まない部分だが世界一美しいとか細かい部分では話題もあっただろうが、基本はフィギュアスケート=ジャンプの成否みたいな図式でしか素人は見ていなかったしいまもそうだと思う。

でも実はジャンプばかりがフィギュアじゃないんだよというのを、ミシェル・クヮンに憧れてフィギュアを始めたキムヨナという隣国の少女に教えられたのだった。それを実感として感じてしまったわけだから仕方がない。

しかも韓国というフィギュアスケート不毛地帯で、ジュニア時代から隣国の天才スター選手浅田真央の技術を研究し、過熱しすぎるきらいもある韓国民の熱い応援とプレッシャーを一身に浴びても押しつぶされることなく、ノーミスで照準の五輪を射止めた。そのときに魅せた涙の重さに物語を感じずにはいられない。

日本人が韓国人を応援するなんてみたいな批判とか、審査員を買収しての高得点だとか、そういう外野の話題はボクの目で見た実感とは無関係の話だ。ただキムヨナという物語に一目惚れしたんだから、これはもうどうしようもない。

そんなキムヨナの物語はジャンプよりもダンスに重きを置くという戦略とともに進んだ。これはブライアン・オーサーの戦略だったのかどうか知らないが、キムヨナにもっともフィットしたと思う。キムヨナの踊りにはスピードがある。そのスピードをダンスのなかで際立たせるのは止まる技術でもある。

●休符を踊るためのスピードと足首の強さ

音楽のフック(印象的なフレーズ)には様々な要素があるが、確実にいえるのは休符の存在が欠かせないということだ。休符は休んでいるように思いがちだが、実際は「ハッと息を呑んだその瞬間」も休符だ。いや、それこそが休符(ブレイク)の役割といっても過言じゃない。

バンドなんかで、サビのメロディに入る前に全部の楽器が一瞬演奏を止め、次の音で一斉にサビのメロディに入っていくと、観客も演奏者も一種の陶酔感を得られたりする。ジェットコースターがガタゴト上昇していってすべり落ちる直前に一瞬止まったときのようなあの感じ。まさにあれが休符の重要な表現手法だ。

マイケル・ジャクソンのダンスをきちんと譜割していけばほとんどが休符で埋まると思う。ザックリと16分音符16個で1小節だが、マイケルのダンスはその16拍の音の中で、どれだけの回数キメている(止まっている)かDVD他の映像で確認して欲しい。

細かい止めの動作が入ることでマイケルの美しいフォルムが際立ち、その連続によってダンス全体が締まる。いわゆるキレのあるダンスになる。他のトップダンサーとマイケルの違いは、この休符でどれだけ細かく正確にしっかり止まれているかにあると思うのだ。

あるいはパントマイムの動き。壁伝いに歩いているように見えるのは一瞬の止めがあるからだ。こういう動きが音楽やダンスにはかならず存在する。

最近注目しているなかでは、きゃりーぱみゅぱみゅのキメの上手さに天性のものを感じる。彼女の場合はダンスが超一流というわけではないが、ここ一番のキメポーズが決まってしまうのだ。CMを見てるだけでもそれがわかる。骨格がいいのか筋肉の使い方が上手いのかわからないが、おそらく素人のころからファッションに目覚め、洋服を着ている自分のもっともイケてるフォルム(キメポーズ)を自然と体得したのではないかと思える。

そういう観点でフィギュアスケートと音楽の関係を見ていくと、キムヨナの007で感じた音楽の理解度は驚異的に見えた。その後、日本人選手のなかでも高橋や安藤の演技にも似た感想を持ったことはあるので、それほど驚くべきことでもないのだろう。

キムヨナにはスピードという武器と、足首の柔らかさ(子ども用自伝からの情報 catface)という武器があり、それを使いこなすことでトップスピードから急停止してのキメが可能なのかもしれない。それをちゃんと音楽を聴いて、その音楽の休符の位置で止まれるのだ。これをトップ選手がみんな出来てるかというとそうでもない。

見てるとわかると思うが、音楽に集中しそのノリに身体を完全にシンクロさせるなんて離れ業はほとんど誰にも出来ない。かなり高度な身体能力を要求されるんだと思う。特にスケートリンクのような環境では音響も充分ではなく、どのタイミングの音に体内タイマーを合わせれば音楽とシンクロするのかはちゃんとリハで体得しなければムリだ。最近の歌手みたいにイヤホンしてるわけじゃないんだし。また聴こえてはいても身体がそれについていけるのかどうかは別問題でもある。K-POPアイドルだってステージで歌いながら踊るのは困難なのだ(笑)。

キムヨナは完全ではないにしろ、かなりの高度なバランスでそれが出来る。さらに体型がよく、表情や指先まで神経の行き届いたバレエ的な演技をする。そしてここ一番で凡ミスをしない(するときは五輪後の世界大会のように大ミス連発もするが bearing)。この踊りの総合力がキムヨナの魅力だ。

こうして語っていて、まったくジャンプの話題にならない。する気もないわけだが。キムヨナの演技にジャンプはそれほど必要ない。それがいまのボクのもうひとつの主張だ。ダンス、踊りを中心に魅せることが出来るのがキムヨナという選手なんだと思う。

もちろんフィギュア・スケートの華はジャンプという見方もあっていいし、その最高峰をストイックに目指す選手がいるのはとても真っ当ですばらしい取組みだ。採点方法も今シーズンからスタミナがありジャンプが得意な選手に有利になったようだ。そういう採点のアヤのようなものが常につきまとうのがフィギュアスケートだ。だからといって観客がそれに振り回される必要はない。自分自身が納得する演技を見せてもらえれば素直に喜べばいい。

得点に振り回されるのは日本人の特性なのか、関ジャニの仕分け番組でカラオケ対決を見ていると歌そのものよりも得点やグラフばかり気になってしまう。それが勝負のルールだというのはその通りなのだが、それと感動とは次元の違うところにある。ボブ・ディランのブルースをカラオケ対決しても仕方がないように、芸術的な要素があるものは得点に一喜一憂しても得るものが少ないと思う。ゲームとしては面白いと思うが。

●クロアチアへの抱負を語っていなかった!

長い前フリはここで終わり本題に戻ろう。クロアチアへの抱負だったな。実はキムヨナ・アルバムさんからはザグレブ(クロアチアの都市)でダジャレのお題が出ていたのだが、「ザ」という音は韓国語では「ジャ=자」となってしまうので、日本語ダジャレにしずらい。そこでクロアチアで何かないかと考えた。

その答えだ! 그런 압지야. 各自でGoogle翻訳先生に日本語訳と発音を聞いてみよう。 多少文法的な誤りを見逃して発音優先にするならこっち

クロアチアでキムヨナがなにを吸収して来てくれるか、ソチ五輪が楽しみだ!

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2013.11.04

続・キムヨナゆかりの韓国・フランス・カナダで連想

ええー、続編書くの!?自分が一番驚いているわけだが。思いついたら書いとこう、頭の中にある仮説は死蔵になる(by 湿潤療法の創始者・夏井睦先生)というわけで、ヨタ話といえども書き残しておこうと思った次第だ。

前回のこの3国の共通項は日本語表記限定ハングルダジャレ地域にして歴史上の「大国の隣国」だった。そんな地域で醸成されるメンタリティがキムヨナを後押ししているに違いないという、いたって真っ当なヨタ話である。

今回採り上げるの料理だ。料理というのもその地域のメンタリティに色濃く反映されるだろう。この料理に共通点を見出したというわけだ。

「世界の料理ショー」はウィットに飛んだ超面白い料理ショーだった。この番組がなかったらテレビクッキングの世界は現在のようには進化していなかったし、ダウンタウン松本のキャシー塚本も生まれなかったかもしれない。この「世界の料理ショー」はカナダの番組だった。カナダが起源なのだ。

さて、それはともかく(ええーっ)、韓国、フランス、カナダに共通の料理とは何であろうか。具体的な料理名で共通なものはない!いや、あるかもしれないが知らない。でもそれじゃまるでこの3国にキムヨナという名前のヨジャが住んでるか程度の話になっちゃうだろ。

個別の料理ではなく、もっとメンタルに影響する部分で共通の意識があるのだ。この3国には。それを私は“ビビン魂”と名付けることにした。

ビビンと聞いてハングルに精通している、あるいは韓国料理をちょっとでも知っている人はピピンと来たかもしれない。そう、韓国料理といえばビビンパだ。ここに共通項を見出した。

ビビンパ、ビビンバ、ピピンパ、ピビンパ、いろんな日本語訳があるがドドンパな日本語ではどれでもいい。ピビンパッかビビンパッが一番原音に近いとは思う。비빔밥とはピビダ(混ぜる)+パッ(ご飯)という合成語で、なんでも混ぜてご飯を食べるのが韓国流だ。

韓国の若い子がカレーライスを混ぜて食べているのをみたことがある。ぐちゃぐちゃに混ぜられたカレーライスを見てそれはまるでカレーチャーハンのようだった。彼らは全部混ぜて食べるのが大好きなのだ。大阪のお好み焼きとか卵かけごはんとかそれらの混ぜ混ぜ主義は韓国由来ではないかと私は見ている。

この混ぜ混ぜ主義こそがビビン魂なのだ。混ぜて食べるのが好きな国民性、ここに共通点があるような気がする。ちなみに日本食やイタリア料理などは、セパレート主義といえる。小鉢に少しずつ盛り付けて、食材個々の味を際立たせる。そういう路線とビビン魂とは明確に異なると思う。精進料理をボウルにぶっこんで混ぜ混ぜして食べたら「無礼者、帰れ!」と言われるだろう。混ぜご飯はあるが、白米が汚されることを嫌う日本人は案外いる。あれも外来の調理法かもしれない。

韓国の国民食ビビンパは混ぜるのが基本だ。命名からして混ざっている。ではフランス料理はどうかといえば、こっちも混ぜ混ぜ主義の権化のような料理大好き国ではないか。調味料からして混然一体となったものを好む。タルタルソースはその代表だ。最近ではクスクスがフランスの国民食とも言われている。これもビビンパみたいなもんじゃないか?

そしてカナダ。カナダ料理なんてあるのか(叱られるぞ!)。カナダはフランス料理の亜流でいいんじゃないか(殴られるぞ!)。そう思ってお茶を濁そうかと思ったが、試しにカナダの国民食というのを検索してみたら、やはりあった!プーティンという国民食が。

プーティンの見た目のB級グルメ感はすごいが、カナダを代表する料理らしい。このソースぶっかけポテトのごちゃまぜ感からはまさにビビン魂を感じる。ここにキムヨナゆかりの3国がビビン魂でつながっていることを宣言致します!

もっとも食事制限の厳しいフィギュアスケーターのキムヨナがこれらを食べているかどうかは怪しい。またこのビビン魂がキムヨナのメンタリティにどれほどの影響を与えているかも未知数だ。現役引退後はこれらの食べ歩きをしたいと願っているかもしれない。それがモチベーションに(ひっぱたかれるぞ!)。全部テキトーなヨタ話でした。

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2013.11.02

キムヨナ・アルバムさん、ありがとう。

このところ、中島みゆきとキムヨナでのご訪問がなんとなく多い。中島みゆきのほうは明日BSで“オール中島みゆきナイト”という特番があり(ボクは出演していない)、そのタイトルがBS熱中夜話の中島みゆきナイトと似てるので昔の記事に迷い込んでしまう方が多いんだろう。どうもすんません。

キムヨナのほうはというと、GPシリーズをすべて欠場してリハビリしているが、怪我も軽くて7割ほど回復とのこと。12月にはB級の大会のどこかに出場するという。東欧圏でもいくつか試合があるので、ソチに似た県民性(?)の会場に出場するのかもしれない。

そんなニュースがあったからといって、ひとくちメモにアクセスが増えるわけじゃなく、ちゃんとした理由があった。キムヨナ・アルバムというキムヨナの写真を大量に紹介されている“オール金妍兒サイト”がリンクしてくれていた。そこからのご訪問が増えていたのだ。キムヨナ・アルバムさん、ありがとう。

その記事によると、「ひとくちメモ」はキムヨナファンサイトとしては老舗の部類に入るそうだ。ボク自身は結構遅れてきたファンかと思っていたのでうれしい。キムヨナが出てくるまでフィギュア・スケートはほとんど見たこともなかったレベルなので。

ひとくちメモは老舗ファンブログだけど“オール金妍兒サイト”じゃないからファンブログとして紹介しずらいようで、申し訳ない(coldsweats01)。自分でも統一性がないブログだと自覚してます...。

昔(インターネット黎明期)はWebサイトを作るなら統一感のあるものをと専門家が言っていたが、ボクの考え方は違っていた。検索エンジンが発達すれば記事1本1本こそが重要になり、ピンポイントでアクセスできるようになる。ならば総合的な雑誌のように興味の赴くままに書き散らかしておこうと思った。

もっとも2003年に「ひとくちメモ」を始めたときは、ツイッターも存在せず、ひとことギャグのネタブログという完全な統一感を目指していたので、この理由は後付だけど。相場評論家と同じで後からならどんな理由もつけられるのだ。いい加減なもんだ(笑)。

でも同じ趣味の人が記事ごとにつながれば惰性もなくていい。もちろん中島みゆきとキムヨナと糖質制限とバイノーラル録音とVBAとハングルとK-POPと音楽評・書評・映画評・ドラマ評・バラエティ評、全部同じ趣味の人がいてもおかしくないが全部に食いつかれても逆に引く。

書く方としてもネタ切れが防止できる(って最近書いてないけど)。ネタ切れのときは脳内曲名なんて企画をひねり出し、頭のなかにある曲名の棚卸をしたりしてお茶も濁せるのがこの雑誌的ブログのいいところだ。そのとき興味があることに集中できるから書きながら筆がノルことも多い。長くなるのが欠点だが。

しかしこのデメリットが目立っても来た。関連記事まで含めて探そうとすると面倒かもしれない。サイドバーにサイト内検索もつけているが、スマホという現代的なデバイスではサイドバーが表示されなかったりして逆に検索性が後退するという逆進性が出てきた。

キムヨナに関してはカテゴリわけもしていなかった。脳内曲名をカテゴリわけ出来ているのは暇なときの企画だったからだ。だが、諸君、実はひとくちメモにも分館がある。「みくちメモ」という。ほとんど更新していないが、まぁこんなページだ。ひとくちメモの昔のキムヨナ記事を探すには多少役に立つかもしれない。

中島みゆきとキムヨナには共通点がある。二人とも姿勢がいい。音楽が好きで姿勢がいい여자が大好きだ!

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