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12 posts from June 2013

2013.06.30


御神崎から西表島を。崎枝中学校にも立ち寄りました。

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今朝はここに来てます。天気最高!

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2013.06.29

波照間は快晴

石垣島から日帰りで波照間島に来てました。いま石垣島への帰りの船のなか。

レンタルバイクだったので、行きたいポイントには全部行きましたが、とにかく暑い!バイクで大正解でした。

ただそのバイク、右ブレーキがバカになってて超危険!特にカブに慣れてる私は右ブレーキを反射的に使うから慣れるまで大変でした。
昼は八重山そばのぶどぅまれーで。大通りという意味だそうです。

残念なのは風が強くて波の音の録音がいまいちだったこと。でも昨日まで高速挺は欠航してたくらいなので、波照間に来れただけで良かったです。疲れた。手の甲がすでにヒリヒリ!

だがこれからサンセットビーチだ!

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海!

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波照間にいます。なんだか日本の交通法規を忘れそう。安全運転で楽しみます!

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2013.06.28


部屋でひとり二次会のときは糖質制限してる。

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2013.06.26

かけがえのない青春エッセイ『石垣島自然誌』を片手に

旅の楽しみのひとつに新しい書物との出会いがある。初めて訪れる土地に行く前に、その土地のことが書かれた本やその土地にゆかりのある作家の本を探す。ガイドブックじゃなく読み物として読めるものが好みだ。もちろんガイドブック必携なのだけど。

この旅を目前にした本探しは、ほとんど儀式と化している(笑)。でもこの儀式によって、ガイドブックをなぞるだけじゃない自分だけの旅のカタチが見えてくる。良い書物に出会えるとその旅の質が変わるのだ。

今回も石垣島に行くことにしてすぐにすばらしい一冊に出会えた。それが安間繁樹さんの『石垣島自然誌』(晶文社刊)だった。

このタイトルを見ただけだと、なんだかお堅い(?)生物学系の入門書か何かと錯覚しなくもない。しかも著者はイリオモテヤマネコの研究で有名な学者さんだ。カタカナの植物名や動物名が次々出てくる本かと私も思った。

しかし良書の匂いを嗅ぎ分けるひとつのヒントは出版社名だった。晶文社は好きな人文系出版社のひとつだ。津野海太郎さんのファンだったりもして(実は「本の学校」でお会いしたこともあったりして)。晶文社から出てるなら、単なる生物学入門じゃないだろうという予感があった。

かくしてその予感は当たったのである。もっともカタカナの植物名や動物名も次々出てくる本ではあった(笑)。だがそれはあくまでも流れの中で挿入されているに過ぎず、本筋は代用教員として石垣島の崎枝中学校にやってきた若き新米教師安間繁樹と中学生たちの一年間のふれあい日誌だった。まぁ石垣島の自然児ばかりだから『石垣島自然誌』といってウソはない(笑)。

この本を称していちばんわかりやすい喩えは「二十四の瞳」かもしれないが、私は安易にそう喩えるのは妙な先入観につながってしまってかえって残念な気がする。

●濃厚で寄り道感いっぱいの青春エッセイ

『石垣島自然誌』は小説仕立てではなく、生徒に慕われた新米理科教師にして動物観察のプロ(当時はまだセミプロか)の著者が、代用教員としての一年間を生徒とどう過ごしたかの随想録だ。

しかしその観察眼というか、生徒への目線はとてもフラットであたたかく、科学者としての視点の鋭さと教育者としての柔軟な思考によって、生徒に慕われていたさまが清々しい。文体も科学者らしく詳細にして簡潔な記述と人間味あふれるユーモア感覚が絶妙なバランスの文章だと思った。

生徒は安間先生の授業をほぼ遊び(遠足とか自然観察)だと思っていたという記述が何度も出てくるけれど、そういう遊びのなかに学習がある幸せは、その後の日本にはほとんどなくなってしまったんじゃないかと思う。

生徒のなかには海人としか言いようのない能力を発揮する生徒がいて、安間先生の欲しがるだろうと思う動植物を獲ってくる者もいれば、駅伝大会前日に泡盛を飲んでくる者もいる。安間先生は苦笑いしながら、それらの生徒の些細な言動もしっかりと記述していく。そこには熱血教師然としたところは微塵もない。そもそもが研究がしたくて八重山諸島に赴任して来た若者なのだ。肩肘張らないけれど、生徒との学校生活を楽しむ“てーげー”な感じがとても安らげるエッセイだ。

時代は1970年。沖縄の日本返還2年前の話だ。その時代の節目前夜という時代にも惹かれた。私は小笠原諸島母島にも沖縄にも返還40周年の節目の年に訪れている。そういう節目節目が好きなのだ。沖縄は偶然ではあったが。

1970年当時の石垣島の写真が何枚か登場する。ずいぶん変わっていることだろうが、同じ場所に行ってみたいと思うのは自然な流れだろう。崎枝中学校にもぜひ行ってみたい。

この中にでてくる著者は代用教員だから、教師としてはたった1年間の記録でしかない。学者としても、この1年間の教員生活の後に大学院に入学して学者として歩み始めるのだ。つまり著者にとってこの1年間とは、一種の“寄り道”、人生のサイドストーリーなのだ。

そこがいいんだと思う。青春時代の寄り道は一生の宝だ。私は25歳のときにもそう思っていたけど、いまでもそう思う。いやそう確信してる。なんでも出来る機会があればやってみることだ。そして記録すること。どんな経験も必ず自分の未来にとってかけがえのないストーリーを生み出すと信じてる。

石垣島に行く前に読み終わってしまったけれど、この本は持っていってガイドブックにする。時間旅行の。

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2013.06.23

日常を物語に、そして日常に物語を ~梅佳代展~

うめかよ展図録

梅佳代展が今日までだったので急遽観に行った。といっても梅佳代という人気写真家について知っている情報はほとんどなかった。今週始めにカメラっ子純情Eちゃんが良かったと言っていたのでネットで調べたら確かに面白そうだった。今週末までということで“至急感”が高まり、急遽はせ参じた次第だ。

(以下、文章に出てくるE057のような記号は梅佳代展図録の写真番号)

展覧会サイトで紹介されてる数点の作品を見た時点での、梅佳代への第一印象をボクのツイッターから引用してみたい。

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6月18日 カメラっ娘Eちゃんがファンだという人気写真家梅佳代を初めて知った。確かにいい。スナップ風の写真がショートコントのよう。
posted at 06:55:08

6月18日 昔ダウンタウン松本のネタに「写真で一言」というのがあったけど梅佳代の写真は「写真が一言」のような感じ。でもその一言は言葉じゃないぶん、受け手の感受性で如何様にも受け取れる。それがスナップ風ってとこが今風。
posted at 06:58:49


6月18日 またウィキペディアを信じるなら梅佳代はネイチャー・ジモンの大ファンというじゃないか!そこ一番気に入ったw ネイチャー好きに普通の人はいない!
posted at 07:02:07

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●動物的勘はネイチャー譲りか!?

「写真が一言」っていう感覚は展覧会の後も変わらない印象だ。シャッターチャンスシリーズは日常のなかの、まさにシャッターチャンスとしか言いようのないオモシロ写真ばかりで笑わずにはいられない。入り口を入ってすぐ笑わせてくれる。まさに掴みはオッケーだ!

この掴みのうまさはネイチャージモン譲りだろうか。いや違う。ダチョウ倶楽部ならまだしもネイチャーにこの掴みは、ない(笑)。この上手さは梅佳代の尊敬するというタモリ譲りかもしれない?(キュレーターのうまさということもできるけど)

その瞬間カメラを構える準備が出来ている、それだけでもすごい。スナップ写真風だが素人のスナップではこれだけのシャッターチャンスに出会えないし、出会っても写真には残せない。梅佳代を称して動物的勘と言われるのも納得。まるで鶴瓶師匠がオモシロ話に引き寄せられるがごとく、うめかよにもオモシロ背後霊がついているのかもしれない。そこはネイチャー譲りだ!

●子どもと動物には勝てないか!?

女子中学生や男子といったお子さまシリーズも面白い。「子どもと動物には勝てないね」とは良くテレビ業界で視聴率の話をするときに使われる常套句だが、じゃあ子どもと動物がいれば梅佳代のような作品を誰でも作れるかといえば、まったくそんなことはない。そんなこと言ってるディレクターは普通、子どもの扱いが苦手だ(笑)。

女子中学生の飽くなき性へのこだわり(?)写真群は、男子禁制の間といった雰囲気だが、同じ中学生でも男子ではこういう写真は撮れないかもしれない。同性カメラマンでも男子はムリだ。理由は、いわない(笑)。凸凹の違い?いわない。

逆に小学生の男子の徹底的にアホな楽しさ。なんで男子はみんな白目をむいて路上に寝転がるんだろう。DNAの仕業か?天井に貼られた大判写真はこちらを指差す太っちょ男子(E057)だった。この写真を天井に貼る作業員、シャッターチャンスだっただろうな。G022~026の連続写真なんかを見ててもそんな連想をしてしまう。

そんなことを考えていたボクはふと、この梅佳代展の写真を観ているお客さんたちを写真に撮ったら面白いだろうなと思った。ひとりで見に来て会場案内図を口にあてて笑いを必死にこらえる若い女性。「女子中学生」の部屋で「バナナ、バナナ!」と叫んでいる小学生。最後には(B013の前で)「逮捕されちゃったよ。」とお母さんに話していた。ずっとこの小学生の後ろに立ってガイドしてもらおうかと思ったけど挙動不審なのでやめた。

お子さまシリーズには付録がある。図録に袋とじされていた2枚の写真だ。なんだか物語の続きを予感させてくれた。梅佳代と被写体とのこの関係性がいい。袋とじに何を期待したか、いわない。

●日常が何を物語るか?

女子中学生と男子の間に挟まれた「能登」と「じいちゃんさま」の間。そこにはプライベートな、おかしな言い方になるが“本物のスナップ写真”も多数含まれる。だけど、じいちゃんさまの間がこの日のこの時間、もっとも人気があったように思う。

家族をずっと撮り続ける。何かの記念に撮った写真がいつの間にか溜まっていることはあっても、撮るという意志のもと常にシャッターチャンスを探して生活することは普通ない。その年月の存在がカメラマンをカメラマンにしていくのに欠かせないものかもしれない。ヤン・ヨンヒ監督の「ディア・ピョンヤン」をちょっと思い出す。

続けることの困難さと重要性はどんな仕事にもあるけれど、時間と空間を切り取る写真においては、そのときそこにいてシャッターを押すことに決定的な意味がある。技術や装備のまえに意志があり行動がある。その差が決定的だ。

1枚1枚は誰もが写せるスナップ写真かもしれないが、続けることによって生まれるストーリーの存在こそがオリジナルの作品に昇華する鍵ではないだろうか。後からやろうとしても二度と出来ない、写真のもつ不可逆性の凄みだ。継続する意志を持った人にだけ与えられる長い長いシャッターチャンス。

呼び方の重要性もポイント。前に中村伸一院長の『寄りそ医』を紹介したときに、そのことを少し書いた。「じいさま、ばあさま」という呼び方の絶妙な距離感が地域絆力アップのキモじゃないかと。

梅佳代の「じいちゃんさま」って、もうその語感だけで気持ち入っちゃう。いつも何か被り物を被らされているじちゃんさまの被り物の歴史も個人的にはツボだった(笑)。

「能登」は身内ほど近くない、故郷の人々の写真。梅佳代が写真で初受賞した2000年ごろ、ボクも石川県に行ってる。単発の仕事がらみだったけど、そこで出会った人たちはみんな面白くていい人たちだった。ハニベ岩窟院をぜひ女子中学生に見せたかった(笑)。

●構図はどこまで重要か?

梅佳代のちょこっとだけ遠目から写す他人(複数)の写真が好きだ。中心となる被写体以外の脇役の子どもや動物や風景が絶妙にブレンドされてその場の空気を醸し出してる写真の数々。

例えば呆然と公園のコーヒーカップのなかに座っている男、その後ろのマスクの女、そして男を後ろから見つめる男の子の写真(A002)。

あるいは男子を撮っているように見せかけて(手前にピンボケの男子がいて)、その後ろでなぜかジャンプしてる先生風の女性の後姿(A009)。

庭石の上で両手でVサインしてる女の子と、その下でマネしてVサインをつくり、若干オリジナリティを出そうと目の前でその指をひし形にあわせている真顔のお子さま、それをジっと見つめるお犬さま(C023)。

他にもおばさんやおじさんが数人集まるとオモシロの神を呼ぶ儀式が始まるわけだ。まるで雨乞いをするかのように苦い表情を浮かべるおばさんおじさんのもとには必ずオモシロの神が降りてくる。おそらく梅佳代は、そんな八百万の神の存在に敏感な巫女なのだ。

写真や絵画にとって構図は非常に重要だと思うが、梅佳代は構図よりもシャッターチャンスを重視する。梅佳代の写真を見ていると、確かに構図を決める時間的余裕はないだろうなと思ったりする。でもその空間のズレが実は正解かもしれないとも思う。黄金比に収まったハプニング画像には逆にやらせの臭いがしてしまう。これも時代だと思う。

●宮本常一は“昭和のうめかよ”か!?

梅佳代の話のきっかけは宮本常一だったような気がする。写真が趣味でいろんなところに写真を撮りに行ってるEちゃんに「同郷に宮本常一って人がいてね」と民俗学の話をしつつ、日本中を旅しながら写真を撮っていた宮本常一のことを話したところ、スナップ命で写真を撮っている梅佳代が好きで写真展を見てきたという話につながったわけだ。

ボクは梅佳代を知らんかったが若いEちゃんは宮本常一を知らなかった(もちろん、ボクと同世代でも宮本常一を知っているほうが少ないだろう)。世代の異なる我々と同じく梅佳代と宮本常一も時代が異なる。それがボクのなかでスナップ写真というキーワードでつながった。ちょっとおもしろいなと思った。

宮本常一は民俗学者として日本中を歩き回り写真に収めている。何を収めているかといえば、各地で働く人々の日常であり、そこで生活する子どもたちの日常であり、まさにスナップ写真そのものだ。とにかく目に付いた風景や人物を気さくに撮っている。

宮本常一の気さくさは彼の文章のやわらかさからもわかるが、オーラルヒストリーの取材者に必須の能力だろう。

基本的に田舎のコミュニティは閉鎖的で、よそ者にそうそう心は開かない。だが一方で交通機関も発達していない時代にどの地域の人も好奇心は旺盛だ。そんなコミュニティに入っていくとき、宮本常一にはキラーコンテンツがあった。

宮本常一は日本中を歩いた経験と豊富な民俗学の知識によって、オモシロ話をたくさん抱えて旅している。まさに歩く「ケンミンSHOW」なのだ。だからどの地域に行っても自分からも話し、相手からも聞きだせる。その内容も身近な生活や道具の話だから、比較文化的な側面もあったことだろう。語り部として面白がられたに違いない。

梅佳代がストリートスナップを撮る時の、例えば「男子」のなつきようはどうだ(笑)。あるいは「女子中学生」のぶっちゃけ加減は。心を開いていなければ見せない被写体ばかりだ。宮本常一とは手法は違うだろうが、うめかよは何か“持ってる”に違いない。

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(付記)この日の朝biceを聴いていた

ボクはいつも物語を求めている。以前小笠原諸島母島に行く前に「物語にはサイドストーリーが必要だ」という記事を書いた。そのとき更に25歳のときに自分で書いた文章「ジャムとサラミとトマトジュース」も引いてる。つまり若い頃から延々と自分だけの物語を作り続けてるわけだ。

ほっとくと何もしない自分も知ってる(笑)。とにかく趣味はオヒルネだ。ともすると日常というものはあっという間に過去になっている。知らないうちに友達に子どもが出来てたりする。それでも社会性を保ててる唯一ともいうべき社会との絆は「物語」だ。

行動がこの物語に彩りを与えると思えば動く。あらゆる価値基準はそこにあるといってもいい。この行動原理のいいところは失敗が少ないところだ。大失敗をしてもそれはそれで面白い物語に貢献してくれればいい。

ブログというツールも今年で10年目だ。10年続ければそこにはどうしようもなく物語が生まれると思う。それをメタレベルで書き始めると生々しくなりそうだからやらないけれど、これからも物語を彩るツールとして続けていければと思う。スナップ写真も必須だね。

うめかよ展を観に行った日の朝はとてもいい天気だった。こんな日にbiceの音楽を聴きたくなった。そして、biceが3年前に亡くなっていたことを知った。享年38歳。あまりに唐突で、それも3年前のことで、オモシロ写真の梅佳代展を観に行く朝で、いろんな感情が一度に押し寄せてきた。

biceの初ソロライブは2002年の初冬の頃だった。あの日からも10年経った。その後のボクは徐々に音楽嫌いでメロディ拒絶症に陥りフィールド録音に没頭したりして、決していいファンではなかったと思う。でも久しぶりにbiceの音楽に戻ってきたんだ。気持ちいい朝だったから。

そこで知った彼女の3年前の死に対して無防備なままのボクは、その朝曲を聴きながらツイッターに書いたbiceに関するいくつかのつぶやきを削除するくらいしか出来なかった。そしてもう一度、biceの死に対峙しなくちゃいけなくなった。

この気持ちのまま梅佳代展に行くのは不安だったけれど、梅佳代の写真はちょうどいいサブストーリーになってくれたと思う。

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2013.06.12

キムヨナを応援しにパリ行き決定!

今年、パリに行くことにしました。留学とかじゃなくて、3泊5日のプチ旅行。目的はズバリ、キムヨナです。

6月3日にキムヨナがグランプリシリーズの第何戦に出場するかを知りました。10月のカナダと11月のフランスでした。そこで勝てば12月福岡でGPファイナルです。それをステップにソチ五輪、そして現役引退…。

現役のキムヨナをビッグな大会で観る機会は限られてきました。思えば大震災直後に世界選手権の日本開催がなくなったところで、ボクとキムヨナの物語は完全に終わったはずでした。しかしソチ五輪まで現役続行を発表し、ついにラストイヤーが始まったわけです。

いまさらボクのキムヨナ好きについて繰り返す必要もないですが、韓国語学習を始めたのもフィギュアスケートを観るようになったのも、元をただせばキムヨナの2009年フランス大会(エリック・ボンパール杯)ショートプログラムの007が決定的でした。まさにあの演技こそがボクにとってビッグバンだったわけです。

そのフランス大会に今年またキムヨナが登場するというのは、ボクとキムヨナの物語としては美しい(笑)。それを体験しにいくのも真っ当な選択肢だと思ってしまったわけです。

しかし海外ひとり旅というのも何かと不安、フィギュアスケートの大会は国内ですら行ったことなし。それでどうするか数日間悶々と悩んでいたわけです。

●新書『始める力』を書店で見つけて読んだ

旅慣れてる人からみれば何を悩むことがあるのかとお思いでしょうが、そもそも出不精なので5ヶ月も先の予定を入れることそのものに抵抗感があったりします。

そんなときに書店で見つけた新書が『始める力』(幻冬舎新書)でした。90分くらいで読み終えられます。

習い事などを始められないのはなぜかをわかりやすく分析し、始めるためのヒントをコンパクトにまとめてある行動マネジメントの新書でした。

私個人は多趣味で、子どものころからいろんなことを始めて生きてきました。やめたものもたくさんあります。途中でやめることへの罪悪感はほとんどありません(笑)。だからこの新書の、ちょっとやってみて合わなきゃやめていいという趣旨のところを読んで腑に落ちました。

また「次の機会は永遠にやってこない」というのも、今回のキムヨナに関しては物理的にそのまんまです。これも強い原動力になってます。

そして、ちいさな行動が次の行動を促すというのも、その通りだと思います。「やってみてやめる」のも行動の結果ですし、やらずにおくよりよっぽどマシです。

●悩みなき沖縄旅行への意志(笑)

実は今回、パリ旅行を決める一週間前くらいに沖縄旅行を決めてました。こっちは友人と一緒にもうすぐ出発で気楽な旅行です。その時点ではキムヨナの動向は決まってませんでしたから。

沖縄旅行が近づくにつれ、パリに行くか否かと悩む時間がもったいなく思えてきまして、どうせ悩むなら行くかどうか悩むより行くと決めてからどう行動するか悩もうと思い、まずはエリック・ボンパール杯のチケットを予約したわけです。

その時点ですでに一番いいゴールド席は売り切れてしまっていました。売り切れ前の状況を知っていただけに出遅れ感もありました。しかし紆余曲折あってエージェントからゴールド席に変更可能という報せをいただき、はれてゴールド席で観戦できることになったのです。

いまだに行くかどうかで悩んでたらこのチケットは手に入らなかったはず。思い立ったが吉日とはよく言ったものです。これで悩みから解放され、沖縄旅行も心置きなく楽しめそうです。

●小さな行動を始めるための私的な5つの力

今回の旅行には『始める力』以外にも、4つの力が働いてます。『始める力』を1つめとすると、2つめはもちろんキムヨナの存在、そして3つめにエリック・ボンパール杯の日程があります。最終日がフランスの生んだ名女優ソフィー・マルソーの誕生日なのです。

いまさらボクのソフィー好きについて繰り返す必要もないですが(笑)、例えば昔こんなページを作ったときには地元フランスからもアクセスが多く、フランスの大きなソフィーファンサイトからリンクされたりもしました。

そんなソフィーの誕生日にパリ滞在。これもまたひとつのサブストーリとして素敵!うふふ。みたいな(おっさんですけど)。これが3つめ。

4つめはひとつ前の記事で書いた角田光代さんご出演の番組です。そこで角田さんが紹介された開高健のお言葉。角田光代さんが好きな言葉は開高健の「グラスのふちに口をつけたら、最後の一滴まで飲み干しなさい」だそうです。

ボクはこの言葉に最後に触発されてフランス行きを決め、チケット予約という小さな行動を起こしたのでした。テレビで見たキムヨナに始まるボクのキムヨナ物語は、フランス大会SPでの007披露から生キムヨナとの出会い、そしてバンクーバー五輪金メダルで最高潮を迎え、その勢いで韓国語学習へと発展し(継続中)、そして現役最後のシーズンを現場で体感するという思わぬ展開を迎えようとしているわけです!

しかし大震災に限らず、何が起こるかわかりません。まだ5ヶ月先ですから。とはいえ、とりあえずどういう結果になろうともブログに今の気持ちを書き残しておくことで、どう転んでもまた記事が書けるわけで、これもまた小さな行動のひとつかもしれません。小さな行動、長い文章(笑)。

キムヨナの存在、『始める力』という新書、ソフィーの誕生日、角田光代さんの好きな言葉、あれ?4つしかないじゃん。あとひとつあるとすれば、それは私の若き日の経験でしょうか。

あの頃一回行ってる、たぶん延べ滞在日数ではパリ滞在がもっとも長かった、当時は本当に何もわからなかったけど恐れもなかった。そういう体験は実務的にはいまやほとんど役に立たないけれど、おっさんになって初めて海外にひとりで行くことになったいま、ものすごく貴重な経験だったなと思います。

若い頃は失敗が糧になる。若い頃にはわからないけれど、確実にそうだと思う。旅行に限らずなんでも経験しておこう、小田実の何でも見てやろう精神は正しい(笑)、そう思った次第です。

冷静になると、キムヨナの最高の演技は、ボクにとっては今でも2009年のフランス大会です。キムヨナにとっての真の目標だったオリンピックはバンクーバーであり、そこで金メダルを獲得して後の選手生活は余白でしかないかもしれない。

だけど、それでもソチをまた目指してくれたヨナ、現役選手としての演技を観る機会を与えてくれたヨナに感謝します。

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2013.06.09

「先輩ROCK YOU」で動く角田光代さんを初めて見た

たまたま先週番組表を見ていたら日テレの「心ゆさぶれ!先輩ROCK YOU」という深夜番組に角田光代さんの名前を発見したので録画予約していた。女流作家SPと題して、角田光代さんと桜庭一樹さんがMCの3人とおしゃべり。いや、面白かった!

角田光代さんといえば「八日目の蝉」の原作者。ひとくちメモの記事で人気のあった(そして個人的にも好きな)「文治さん!『八日目の蝉』最終回」ではドラマのことを書いたが、その最終回が待ちきれずに原作小説も買って読んでいた。その感想も書いてる

今回の番組で“動く角田光代”を初めて見た(笑)。子どもの頃、“動く中島みゆき”を初めて見たときも感動したが、小説家の場合はそもそも動くのが仕事ではないから、さらに出会えるチャンスは少ない。なんとも貴重な映像だった。

いくつも興味深い話が出てきた。小学生の頃から国語以外は苦手、というよりも放棄していたとか。分数の計算が出来ない。オレもたぶん出来ないが、2が2分の4というくらいは知ってる(笑)。ここが小説家になれるかどうかの分岐点なんだよね!

ウソです。小説家を目指すなら幅広い知識が必要だと角田さんもフォローされてました。いま苦労してると。そりゃそうだね。純粋に原語だけを並べても文学にはなりえない。「全部の授業をちゃんと最後まで聞いてください。」角田光代さんから子どもたちへのメッセージだsign03

●苦手な計算の果てにある「八日目の蝉」を想像(笑)

年代順に並べたり、その時主人公が何歳だから昭和何年なのかとか、そういう計算はオレも苦手だ。日本史だって赤点だった(笑)。もっとも日本史の場合は年代も覚えられないが、それ以上に権力者側からの目線が気持ちわるくて肌に合わなかった(ものすごい言い訳)。

オレは自慢じゃないが自分の履歴書を書くときにさえいちいち計算していた。そのうちパソコンに入れて保存しとけばいいと気付いた(笑)。自分自身ですらそうなので、架空の主人公の人生なんて難問だ(笑)。

この話を聞いて小説「八日目の蝉」を読むと感慨深い。まさに時系列。法廷証言で進んでいくし、薫は日々成長していくし、時間の経過を計算しながら淡々とOLのような時間割で書き進む角田光代。それを想像するとちょっと笑ってしまう。

朝9時から12時まで仕事、昼食は弁当、13時から17時まで仕事、その後18時から23時まで酒、0時就寝。これが角田光代の平日だ。土日は休日。サラリーマンのような生活なのだ。時間単価高っ!いや、そういう話じゃない。

創造的な仕事をする人間ははちゃめちゃな生活をしているという誤った認識はいつどこから来たんだろう。太宰治とか?

作品が不道徳だったりフシダラ(死語か?)だったりすると、書いてる人もそうに違いないと読者が思うことはあり得る。でもまったくそうじゃない場合は多いと思う。村上龍とか?

●規則正しい生活が生む角田光代ワールド

基本的に何かを成し遂げるという仕事は構造的・構築的なもの。はちゃめちゃでは続かない。おそらく昔は執筆方法とか作家の生活を見る機会は皆無だった。それだけに読者は妄想してしまうのだ。

だが現代は映像や報道が発達しているので、達人の裏の努力などを垣間見ることができる。たとえばイチローや羽生善治のように天才といわれる人でさえ品行方正(笑)で淡々と日々精進していることが“明かされた”。

角田光代さんの場合、先に書いたOLのような時間で作品やエッセイを書いているという。様々なものを同時進行しているため、その日構想が浮かんだものを選んで書き進め17時には止めて残業はしないという。筆がノルといった状態はないそうだ。

なるほど。深夜に書いたラブレターほど性質の悪いものはないが(笑)、そういう筆がノッた状態で書き飛ばすことなく、淡々と作品を書いていくわけだ。その規則正しさが作品の水準を保っているのかもしれない。

おそらく書いていない時間帯に準備が出来ているのだろう。仕事の構想は9時5時に生まれないことはサラリーマンでも知っていると思う。風呂に入っていたり酒を飲んでいたり誰かと会話しているときに直感は働く。時には夢にアイデアが出てくる人もいるという。

それを吐き出す作業を昼間やっているだけなのだ。仕事とは準備が8割ともいう。頭脳労働は24時間労働であるわけで、準備が出来ていればそれを具現化していく部分は規則正しく冷静になれるほうがいい。そこで行き過ぎた妄想の部分を微調整しながら作品に昇華させていくのかもしれない。

一緒にご出演の桜庭一樹さんについては名前しか知らなかった。今度短編集が出るそうなので読んでみようと思う。こういうつながりで知った作家の作品は、経験上当たりの確率がとても高いから。

メインMCの加藤浩次はこのお二人の作品が出たら必ず買うほどのファンだと番組の最後に語った。本人の前では恥ずかしくて言えないというその気持ち、よくわかる!オレも星野博美さんがそうだから。

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2013.06.07

そしていま、セルスイッチのない地平へ

いやはや、SUPAER CUB 110というカテゴリーでブログを書くのは3年と一か月ぶり!いかに乗っていないかがバレますな。

確かに乗ってなくて、今年の5月にようやく走行距離1000kmを突破しました。購入してもうちょっとで4年です。その間、定期点検は2回(一か月点検、六か月点検)のみ、エンジンオイルの交換もその時だけ、毎年保険の更新でホンダドリームに行くときが一番乗っている(笑)、そんな状態です。

時間がないといえば言い訳になりますが、そもそも出不精なので、なかなか乗りたい気分になりません。小笠原諸島母島で借りたレンタルバイクの気持ちよさから購入したスーパーカブ110でしたが、やはり島で乗るのと埼玉で乗るのとでは気分は違います。

なんだか旅先で出会って盛り上がって結婚したけどもはや倦怠期、といった気分なのかもしれません...。

埼玉の山(秩父)や田んぼ(見沼)なんかに行けば気持ちいいんですけれど、そこに行くまでに一般道を走らなきゃならない。それが億劫でした。自宅で韓流ドラマを見て昼寝してるほうが気持ちいい。

でも最近、少しダイエットしたからか、ちょっと近場の自然公園あたりへ行ってみるかという気分になり、久しぶりに乗りました。するとセルスイッチで動かない!バッテリーが自然放電してしまっていたわけです。

●購入4年目にしてバッテリー自然放電

こいつはまずいと思いましたが、とりあえずキックスタートを試してみるとエンジンがかかりました。ちょっと走れば充電されるかもと思い、自然公園まで往復100kmくらい走りました。自然公園の駐輪場から帰るときにはセルモーターで起動できたので、「なんとか助かった!」と思いました。

しかし数日するともうダメ。キックスタートは出来ますが、セルスイッチでのエンジン始動はできなくなっていました。そこで考えたのは、もっと長い距離を走って充電したらどうだろうという素人考えでした。そしてこの状態で秩父を目指してみたわけです。往復すれば300kmくらいでしょうか。

出発して463号線を走っているときは快調だったのですが、299号に入ったあたりでいくらアクセルを開けてもスピードが出なくなってしまいました。特に4速では回転音は高回転風なのにスピードがまったく出ません。

こりゃやばいと思って引き換えし、そろりそろりと自宅に戻りました。幸い午前中だったので、こんな時間に秩父からさいたま市内に戻ってくるバイクは皆無で(笑)、煽られることもなく帰宅しました。

「このままじゃいけない。世界最強のカブだと思って過信していた。やはり点検は大切だ!」と反省し、またキックスタートでホンダドリームへ持ち込みました。

担当のS氏に「お久しぶりです!」と挨拶され恥ずかしかったですが、S氏は優しく話を聞いてくれました(笑)。そして「定期点検の大切さを知りました」と反省の弁を述べ、定期点検のサービスパックにも入り、「これからはもう少し乗るようにします」と約束しました。

●バッテリーは交換が必要だが…しない

そしてその日から一週間が過ぎ連絡が入りました。点検は終わったのですが、自然放電したバッテリーはフル充電しても、やはりすぐに(1日程度で)放電してしまう状態だとのことでした。これは日常的に乗らない人間にとっては悩ましい話です。

バッテリーを交換すると点検費用に交換費用が加算され約2倍程度の費用がかかります。しかし交換してもまた長期間乗らなければバッテリーは自然放電する可能性が高い。

今回は最後に乗ってから8か月程度放置していました(wobbly)。そこまで長くないとしても、基本的に週末しか乗れない。毎週乗れるわけじゃないから、やはり数か月放置は現実的です。そのたびにバッテリー交換じゃ割に合わない(笑)。

でもここでS氏から思いがけない言葉を聞きました。「バッテリーを交換しないとセルスイッチでエンジンはかかりませんね」とおっしゃる。しかし「キックスタートなら問題ない」ともおっしゃる。

問題ないって、バッテリーがあがってるといろいろ問題が出るんじゃないの!?と思って、いろいろ質問してみました。てっきり電気系統に不具合が起きたり、エンストしてしまったりするのかと思っていたのです。

ところが、どうやらそういうことはなく、単にセルスタートが出来ないだけのようなのです。知らんかった!スーパーカブ110ってそういうバイクだったんだ!だったらいらないよセルスイッチ!

そう思って、バッテリー交換はしないという選択をしました。4速でスピードに乗らない問題はどうやら別問題(エンジンオイルとか?)だったようなので、それは今度ホンダドリームに行ったときに聞いてみるつもり。

こうしてウチのスーパーカブ110はセルスイッチが基本的に使えない状態で戻ってくることになりました。今後はキックスタートオンリーです。でもそのほうがバイクっぽい(笑)。まったく問題ないはず、といまのところ思っています。

でも今回のことがあって、定期点検だけはちゃんとやっておこうと思いました。長く乗らなくてもオイル交換はしたほうがいいと最初の営業の人にも言われていましたが、これまでは乗らないのにもったいないと思ってつい点検やメンテナンスをほったらかしていました。

しかし災いは忘れたころにやってくる。いくら世界最強のバイク、スーパーカブといえども、やはり整備あってこその安心安全ですわ。これが出来なきゃ売るしかない!と固く誓ったところで、今週末ホンダドリームに迎えに行ってきます。

病み上がりの妻の退院によって倦怠期を乗り越えた気分です(笑)。

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2013.06.01


いつかスーパーカブで来たいと思っていた見沼の通掘公園あたりを散策。まさか点検に出したついでに来てしまうとは。とほほ。

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