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2013.04.13

ぼくの外国語遍歴(?)

最近、黒田龍之助先生の著作がマイブームだ。先月発売された『ぼくたちの外国語学部』(三修社)を読み始めてすぐに、『ぼくたちの英語』(三修社)と『その他の外国語―役に立たない語学のはなし』(現代書館)も遡って読み始めた。『その他の外国語』は毎朝2編づつ読んでいるので読み終えていないが、三修社の2冊は読み終えた。

たぶん最初に読んだのは『語学はやり直せる!』(角川oneテーマ21)で、その後すぐに、ひとくちメモにも書いた外国語をはじめる前に』(ちくまプリマー新書)を読み、『外国語の水曜日―学習法としての言語学入門』(現代書館)も読んでいた。ここ1年未満の間の話なので、にわか黒田ファンといってもいいかもしれない。

ただあまりに早く読み進むと、星野博美さんのときのように読む本がなくなってしまう。だからちょっと自制しつつ、三修社のサイトにアップされてる講演録なども読んでいこうというところ。来週池袋で講演会があり、行きたいのは山々だけど平日はちょっと時間が取れない時期で残念。ぜひ三修社には今度の講義録もアップしてもらいたいものだ。

そもそも黒田先生の著書を読むきっかけは韓国語を始めたからだった。韓国語をはじめたきっかけはキムヨナの演技に惚れたからだったが(笑)。それと挫折した学校英語へのリベンジでもあった。本当に自分が外国語の学習が苦手なのかを問い直そうとしている。もともと外国語へのあこがれはあった。外国語と日本語との違いに興味を持っていたから、黒田先生の著作にたどり着くのは時間の問題だったと思う。

●外国語の思い出

僕は小学生低学年のころ、ベルギー人の先生に英語を習っていた。卒園した小さき花幼稚園の園長先生だ。卒園生を集めて英語を教えてくれてたのだ。5冊くらい使い方の異なるノートを使って、今から思うとものすごくゆっくりとした授業だった。でもそのときに輪になって鉛筆を回しながら「ペンシル!」とか言っていたシーンはいまだに記憶に残っているから、とても新鮮な体験だったんだと思う。おそらく外国語学習に触れた最初の体験だった。

そのまま続けていればもしかすると英語好きに育ったかもしれない。でも園長先生は初歩の初歩だけのつもりだったのか、小学校高学年のときにはその英語教室はやめていた。そして中学から学校英語が始まり、僕の英語嫌いが始まった。

その他の外国語で記憶にあるのは「6か国語会話集」という本だ。青や黄色の表紙のコンパクトな会話集だった。懐かしい!そう思いつつ amazon で検索したら中古品が見つかった。『六カ国語会話 東南アジア編(タイ・広東・中国・韓国・英・日) 会話集』というこれだ。青表紙がアジア系だったんだな。中学生時代にこれを3種類くらい買って読んでいた。日本語と英語は全部に載ってるから3冊で14か国語だ。どれも学ぶつもりというよりは、その文字の不思議さとか、外国への漠然とした憧れ、そんな気分だったんだと思う。

黒田先生の『その他の外国語』には、中学時代にたまたまロシア語に触れて文字の面白さから入ったといったようなことが書いてあった。僕は黒田先生より少し年下だが同世代で、外国への興味はとても強かったので、共感した。でも僕は英語嫌いになってしまった。どこに原因があったのだろう。その他の外国語への興味も英語以外であることがとても重要だったような気がする。

中学時代、友人のF君はドイツ語を趣味としていた。変わり者といえる(笑)。F君に影響されてNHK教育テレビのドイツ語講座を見ていた。ベルさんが出ていたころだ。スキットをコントのように楽しんでいた。F君とはその後二人で欧州旅行をした。僕にとってはそれが初めての海外旅行だった。

この初めての海外旅行では外国語の思い出がいくつかあるが電話のエピソードをふたつ挙げてみたい。もう忘れかけてるから記憶をここでリフレッシュ(笑)。

1.電車を乗り間違えてハンガリーのホテルに電話

 ユーレイルパスを使って一等車で悠々自適の旅をするはずが逆方向の電車に乗ってしまい、途中でたまたま乗り合わせた日本人女性との会話のなかでそれに気づく。あわてて次の駅で降りて電車を乗り換えた結果、トーマスクックの時刻表もおぼつかないローカル線乗り継ぎの旅となってしまった。

 もちろん日程も狂ってしまいブダペストのホテルにいつ到着するか見当もつかない。国境の町Sopronに降り立ち、とにかくホテルに電話してみようとしたが、電話のかけ方がわからない。とりあえず適当にかけてみる。呼び出し音らしき音は聞こえるけれど、その音が何を意味するかもわからない。結局ホテルにはつながらなかった。

 しかしもしこのときホテルに電話がつながっていたとして、いまの状況をどこまで説明できたかは疑問だ。自慢じゃないが英語はほとんどしゃべれない。他の言語はなおさらだ。こちとら「絵を描けばコミュニケーションは出来る!」くらいの意気込みだけで来ているんだ。しかし電話じゃそうもいかない。でもあの状況ではとにかくこちらが遅れて着くことだけでも伝えておかねばと思って電話したのだった。

 その後、おそらく国境だったのと湾岸戦争中だったのとで、僕らは駅の別室に通されパスポートを見せながら駅員だか国境警備隊だかわからない人々から質問をうけ、なにをしゃべったか覚えちゃいないがとりあえずSopronでパスポートに入国スタンプを押してもらい解放された。いまではそのSopronと印字されたスタンプがなんだかうれしい(笑)。またローカル線に乗ってブダペストへ向かった。

 そうやってたどり着いたブダペストだったが、旅行会社がくれた簡単な手書き地図ではどうやってもホテルにたどり着けず、チンチン電車を乗りまわしてホテルを探した。奇跡的にホテルが見つかったのは夜9時ごろだった。フロントのノリの軽い兄ちゃんが「フジヤマ!」と迎えてくれた。

2.現地でホテル予約の電話を次々断られる

 オーストリアでのとある日、行き当たりばったりの旅だから、その日の最初の仕事は宿探しだった。ヨーロッパは駅のインフォメーションが充実していると聞いていたので、インフォメーションに行って宿を探してもらおうとした。するとそこの女性職員は、あちらへどうぞというしぐさでどこかを指差す。そこへ行ってみたら壁にホテルの広告がたくさん貼られていて、その下に電話機が置かれていた。すべてを悟った。

 宿で寝るには電話をするしかない。そこでとりあえず旅行会話集をおもむろに取り出しだ。ほとんど気休めにしかならないが、ないよりはましだ。それにこの旅の最初に電車を間違えたとき一回電話をかけてる。かからなかったけれど、その体験がこのとき生きていた。やるっきゃない。そして今度は確実にホテルにつながる電話なのだ。

 どのホテルがどこにあっていくらで泊まれるのかもさっぱりわからないが、例えばグレードを表す★の数とか、なんらかのあたりをつけておそらく電話したんだろう。とにかくつながった。だがそこで何をしゃべったかさっぱり覚えていない。ただ何軒も満室だと断られたり、勝手に切られたりといった感触だけは残ってる(笑)。

 たしか5軒目くらいだったと思ったが、泊めてくれそうなホテルにようやくつながった。多少こちらも慣れてきていたのかもしれない。「日本人2名が今夜1泊したい!」という意志が伝わったわけだ。しかしそこで向こうは何分で到着するかと英語で聞いてきた。今思うとよく聞き取れたなと思う(笑)。切羽詰まると感覚は研ぎ澄まされるのだ。

 だが、そんなこと分かるわけないだろう。そもそもオタクのホテルがどこにあるのかもわからないのに。そう言いたかったが、怒らすわけにもいかず、そんなとっさの英語がしゃべれるわけもなく、口から出まかせに「20分くらい」と言ってみた(笑)。すると相手はOKしてくれたのだった。ハッタリこそ若者の特権だ。

 そこからすぐタクシーでそのホテルに向かったところ、本当に20分くらいで着いたのは運がよかった。個人旅行に必要なクソ度胸はみんなこの初海外旅行で学んだ(笑)。そのとき到着したホテルのことは何も覚えてない。写真もない。だが電話体験と20分くらいで着いたときの安堵感だけはしっかり記憶に残っている。

●外国語学部という遠い存在

うーむ、後から読み終えた『ぼくたちの英語』に触発されたエピソードになってしまった。そろそろ最新刊の『ぼくたちの外国語学部』に触発されよう(笑)。

外国語学部。なんて遠い存在なんだろう。学校英語が苦手で挫折した僕には、進学先として逆立ちしてもそんな選択肢は思い浮かばなかったな。そんな僕にとって外国語学部は外国だ(笑)。ちょっと憧れもある。

この書籍は黒田先生と先生を慕って集う裏ゼミメンバー5人との交遊録というか生態学というか、そういう非常に内輪なネタを、三修社にあるという黒田先生と仕事をする会=「クロシゴ会」が編集した書籍だ。こういう言い方をすれば『ぼくたちの英語』も黒田先生と英語教師のC君、P君との内輪なネタをクロシゴ会が編集した本だった。

でもそんな部外者には関係なさそうな内輪なネタが面白い。そこには師弟関係なんて堅苦しさはなく、黒田先生もそれぞれの学生や後輩の生態を冷静に見つめて面白おかしく紹介する。だが揶揄するようなところがなく、あらゆる行動が外国語を学習する若者の生態観察になっているから、小説でも読んでいるかのような感覚で登場人物に接することができる。

外国語学習が実利に直結する必要はないと思う。「やりたいからやる」のであって「役に立ちそうだからやる」のじゃない。もちろんそこでの発見や発明、または上達が社会的意義をもつこともあるだろう。しかし第一には実利目当てじゃないということだ。実利というなら、それが学べる環境に身を置けることこそが実利だと思う。

そして先生も学生もまじめだ。まじめだが固くない。そのバランスがいいと思う。まじめにふざける。まじめに遊ぶ。何をしていても語学とつながった生活。なかにはそれがつらくなる学生もいる。続けられなくなる学生も。

だが、さまざまな環境の制約のなかで、それでも何かを続けていくことの尊さを感じる。それはたぶん外国語だけじゃなく、あらゆる知的好奇心を持つ人へのメッセージとなっていると思う。

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