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2013.03.19

ジャンプが邪魔だと思えたキムヨナの表現力

世界選手権2013はキムヨナが優勝して幕を下ろした。キムヨナのフリー「レ・ミゼラブル」を見ていて、やっぱりキムヨナはダンサーだとあらためて思う。

その音楽の理解度と表現力は桁違いだ。ビートで踊るキムヨナの音感と身体能力の高さを見ていて、ふと思ったのは「ジャンプ、邪魔だな」という感想だった。

そしてエキシビジョンに出てきたキムヨナは一回もジャンプをしなかった。こういうとこも手抜きとか批判されるポイントなのかもしれないが(coldsweats01)、ボクはそれを見て「あーやっぱりそうなのかも」と思ったので、急遽ひとくちメモに書いておきたくなった。

フィギュアスケートはとかくジャンプばかりが語られる。もちろん素人のボクにも(こまかい種類は別にして)ジャンプはわかりやすくてフィギュアの華だと思っていた。しかしそれはこと音楽を表現するという面では、必ずしも重要ではないように思えてきた。

それを一番感じたのが2009年のGPシリーズフランス大会で初めてキムヨナが披露した007だった。最初のジャンプはまさにオープニングを飾る音楽のフックとジャストのタイミングだったが、それ以外は必ずしもジャンプに惹かれたわけではなかった。音楽を表現するうえで意味のあるジャンプは最初のジャンプだけだったように思う。

今回のレ・ミゼラブルでは、その思いがさらに強まった。というより無意識に持っていた「フィギュアにジャンプは当然」という固定観念が消え、ジャンプが邪魔だと思わせるような演技だったのだ。

選手はみんなジャンプを中心に演技構成を決めているのかな?僕には、ことキムヨナに関しては、ルールで飛ばなきゃいけないから飛んでるだけで、ジャンプは単なるつなぎの一部という風に見えてしょうがない。

もちろんそんなことはありえないかもしれない。ただの妄想かもしれない(笑)。でもキムヨナは表現のなかでジャンプを中心には置いていないと思う。もっと音楽全体、ビートそのものに身をゆだねることが最優先で、ジャンプによってそれが乱されるのを嫌っているようにすら見えるのだ。

ジャンプの必然性は競技だからあるのであって、完全にジャンプと音楽とがシンクロしている選手をまだ見たことがない。一番よく見るのは、音楽に乗ることをなおざりにしてジャンプに意識を奪われている状態。ジャンプの準備動作にはいったとき、音楽とのシンクロが崩れてしまう選手は非常に多いように思う。

しかし観衆もほとんどはジャンプ目当てみたいなところがあって、ジャンプが成功すれば拍手喝采だし、得点について語る場合も、ほとんどはジャンプのスロー映像などを観ながら回転不足だとか、踏切の技術がどうだとか、基礎点がどうの加点がどうのと、そういう部分に集中する。目の前の演技は二の次なのだ。

だからボクは昨日ツイッターで思わず、「フィギュアにもスキーのようにジャンプ種目を作ればいい」とつぶやいてしまった。競技として高難易度のジャンプはすばらしいと思うし、その高度な技を磨いていくことはアスリートとして真っ当な取り組みだと思う。だからそういう種目を別に作ってジャンプだけで競っても面白いと思う。

でも、音楽とのシンクロと美しさを表現するというフィギュアスケートらしさを重点的に見ていると、ジャンプは音楽とはほとんど無関係に(表現上の意味が不明なまま)飛ばれて、流れを途切れさせる要素になっていると思う。

キムヨナの場合はジャンプの準備動作が少なく(ただしレ・ミゼラブルよりも007のほうがよりその傾向が強かった)、音楽の流れをそがないようにサッサと飛んでしまっている分、表現の統一感が非常に高いんじゃないかと思う。

もちろんジャンプがあるほうが、見た目も派手になるし、競技に勝とうと思えばそれなりの難易度のジャンプを飛ばなければならないんだろう。もしそうであるならば、音楽とシンクロした意味のあるジャンプをもっと見たい。あるいはジャンプに合致する編曲を聴きたい。

そういう選手があまりいないのは、もしかするとジャンプでビートに乗ることは不可能なほどに難しいのかもしれない。ジャンプと音楽のシンクロを中心に演技を構成することはものすごくリスキーなのかもしれない。

でもジャンプの浅田真央、表現力のキムヨナというハイレベルな演技者が同時に生まれてきたことは、いつの日か両者のいいところを両方そなえた、つまりジャンプを音楽表現のなかで完全に消化できる次世代の選手の登場を予感させる。まだまだフィギュアは進化する余地があるように思えた世界選手権だった。ソチ五輪も楽しみだ!

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