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2013.01.04

糖質制限目線で読む新書『「医療否定」は患者にとって幸せか』

正月に書店に行くとついついいろんな本を買ってしまう。書籍は重くて実家から埼玉に戻るとき荷物になるから出来るだけ軽い本にするよう心がけているのだが、軽いと思って油断すると冊数が増えていく。電子書籍になればこういう偶発的無差別衝動買いは少なくなるかもな。重さが関係ないのに逆説的だ。

そんななかでさっき購入して一気に読んだのが『「医療否定」は患者にとって幸せか』(村田幸生著)という新書だ。平積みされていたので目に付いた。現場の医師がまったく感謝もされず否定され続けているという被害妄想チックな内容だった。

私の場合は特に糖質制限という流行に乗って(笑)、抗コレステロール薬否定派で、在宅看取りを広める中村伸一院長応援派なので、この著者とは真っ向から意見が合わない。著者は日本動脈硬化学会に所属しているため、そのことは読む前から予想できた。そういうバイアスを自覚しながら読ませてもらった。

この新書がもっとも重点を置いている部分は在宅医療や末期医療における自然死願望の否定だ。だからそこに対して書評すべきかもしれないが、個人的にはその部分以前にいくつかの疑問点があったので、そちらを書いておきたい。

●古すぎる食事療法への認識

とくに「第2章なぜ真逆な『医療常識』が、まかり通るのか?」の部分に不満が残った。もっとも大きな疑問は食事療法についてあれこれ述べているにも関わらず糖質制限食について一言も言及していない。白砂糖について「薬がわりどころか、悪者扱いされ、『制限』の時代が来るとは。」と嘆くに留まっている。

この新書は2012年12月10日初版であり、食事療法で糖質制限食に触れないのはあまりに世情に疎い。というよりあえて避けているようにも思える文章の運び方なのだ。

この著者による食事療法への批判の根拠は、いわゆるフードファディズム的な健康食材批判に終始している。ある食材がいいと聞けばそれに異常反応しそればかり食べるとか、健康にいい食材を妄信してしまうような食事療法批判ばかりであり、そういうものの効果は内科医として「わからない」と言っている。

ここが圧倒的に古い。白砂糖を擁護しようとする(あるいは白砂糖の害を説くことを揶揄する)くらいだから、糖質制限食についても言及できるはずなのにそれをやらず、フードファディズム批判という一昔前のくだらない健康食ブーム批判を繰り広げている。

いまの糖質制限食ブームはまったく違う。ブームの火付け役ともいえる江部康二先生は2002年から自分自身の糖尿病と戦うために糖質制限を採用した。もう10年間続けていて一生続けるそうだ(というかそれが普通の生活になっている)。また江部先生の高雄病院での治療実績やその著書に触発された人々が糖質制限食を取り入れて短期間で効果を出している事実があり、それは民間療法といったものではなく、人体の代謝システムと栄養学を土台とした論理的な方法だ。そこへの批判や言及なく、世の中のフードファディズム的な健康ブームを嘆くのは2012年12月出版の書物として説得力がなかった。

●コレステロール論争への反論も古い

同じ章で「『コレステロール値は高いほうがいい』論争、双方の言い分」という見出しのもと、日本動脈硬化学会の反論の声明文はなぜか新聞に載らないなどと不当な扱いをされているようなポーズを見せながら、その主張を提示している。

これも驚いた。2012年12月10日初版の書物である。すでにこの反論に対しては、日本脂質栄養学会から再反論が提出されているのだ(公開質問状のPDFファイル)。いま出版する新書であれば、その再反論に対して新たな反論を試みて欲しかった。

すでに時代は前進しており、自治医大のコホート研究によってバイアスの少ないコレステロール論争が幕を開けようとしているタイミングなのだ。そこに両論併記ですらなく、再反論された元の主張をただ繰り返しても学ぶ姿勢のない医師だなとしか思えない。あるいは会員風情で大御所の再々反論が出る前に出すぎたマネをすべきでないという保身が働いたのかとすら思ってしまった。もしそうなら大御所の再々反論の紹介だけでもしてもらえれば新情報であり得たと思う。

世の中には「血圧は下げなくてよい」「コレステロール値は高いほうがいい」などという本のオンパレードとの記述もあるが、被害妄想とはこのことで、世の中の主流は確実に「血圧を下げなさい」「コレステロール値を下げなさい」である。

低すぎるコレステロール値の人の死亡率が高いという学説は2010年の「長寿のためのガイドライン」(概要のPDFファイル)で注目され始めた新しいものであり異端視されているのが現実だ。おそらく日本の医学会では「コレステロールを下げる薬は無意味」という側はまだまだ圧倒的に不利な状況にある。

特に産業医が反コレステロール派の場合、違う新しい学説を信じたいといって投薬を拒絶した場合、それが事業者に伝わりそこから注意喚起される。これがエスカレートすると給与や賞与による差別も始まる世の中なのだ。ソニーのように産業医が解雇の幇助まで出来てしまう時代なのである。そのような権力に対して異なる学説で戦うのは非常に困難な社会構造であろう。まさにフードファディズムに似たメディスン・ファディズムのような世の中になろうとしているのだ(ちょい被害妄想ちっくに言えばね)。

●かわいそうなお医者さん

糖質制限食への無言及、コレステロール論争での被害妄想、それらを踏まえてからの自然死願望否定論である。とくに中村仁一医師の昨年のベストセラー『大往生したけりゃ医療とかかわるな』への攻撃が多い。というよりベストセラーへのやっかみを本にしたようなものだ。こういうコバンザメ商法本はかならず出てくるものなので、それはそれで面白いとは思う。

その本流の部分よりも、著者の出版に向かう細かい心根の部分にどうにも解せないところが残ってしまうのは、おそらくここまでの前段の章にある種の“書かない嘘”的ないやらしさを感じてきたからだろうか。

中村仁一医師や『「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか』の著者石飛幸三医師、『がん放置療法のすすめ―患者150人の証言』の近藤誠医師などベストセラー医師は名指しで批判する。売れっ子作家のリリー・フランキー氏や映画化された『神様のカルテ』作品に対してはひがみ根性にあふれた言説を繰り返す。香山リカ氏(こちらもベストセラー作家の医師)に対してはちょい上から目線で特殊事例として分析してみせる。荻原浩氏の『誰にも書ける一冊の本』は何度も引き合いに出して医者への感謝の気持ちが欲しいといいたげな泣き言だ。

その気持ちはわかる。患者やその家族は物語を欲していて、医者は常にその美しい物語を邪魔する存在になっているという考え方も当事者からすればあるだろう。オレだって反コレステロール派の医者には反面教師として感謝はしているが信頼は出来ないし、さまざまな怒りを医者にぶつける患者もきっと多いんだろう。かわいそうなお医者さんだと思う。

いろんな有名人を名指しで批判しているわりには、「病院は“癒しの場”でなければ」といろいろな本のなかで述べている作家を批判するときは「有名な作家のI先生」とイニシャルで逃げている。そこは書けないのか。なぜだ?権威に弱いのか。こういうところに被害者妄想の裏側にある“書かない嘘”根性が透けてみえる。かわいそうなお医者さんだと思う。

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