無で満たされた時間
実体のあるものしか信じない。過去も未来も信じない。冴子の心は無機物のなかに閉じ込められた時間のように硬く閉ざされたまま、冴子の身体は冴子の反射神経に操られてこの瞬間を生きる。それすらも気づかないうちに掌から零れ落ちてしまう。だがいまこの瞬間を生きる冴子の身体に冴子は満たされている。
冴子の皮膚は何かを待ち続ける。それがたとえ薔薇の棘であったとしても。冴子の末梢神経の先の先から冴子の身体に響く刺激が、閉ざされた冴子の心に届く。次の瞬間には消えてしまうその刺激のなかに、いつか冴子の心を解放する刺激が含まれていたとしても、冴子の心には解放されるべき過去や未来がない。冴子はそれを知っている。悲観することはない。絶望へ通じる因果すら冴子は信じないのだから。冴子から分離した心と身体と神経とがそれぞれにいまこの瞬間を生きている。
※無で満たされた空間 の続編ではありません。
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コメント
『絶望へ通じる因果すら、信じない』
見過ごすのでもなく、
認めないのでもなく、
意志を貫いて、頑なに信じない…。
冴子は「無」で満たされながらも、
「絶対」の時間を生きていたいのかしら。
投稿: 会社員です | 2012/12/01 19:24
会社員ですさん。コメントありがとうございます。
>「絶対」の時間を生きていたいのかしら。
どうなんだろう。ボクにもわからないな。
冴子の心、冴子の身体、冴子の皮膚、冴子の神経、それらから分離している「冴子」の在り処もわからなくて。
「冴子」という実存があるとして、それが持つ意志は信じる・信じないという選択だけかもしれないな。
その選択の先にあるかもしれない“未来”や、選択の根拠という“過去”に冴子は関わらないだろうし。
投稿: ポップンポール | 2012/12/02 13:14