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4 posts from November 2012

2012.11.30

歌は財産になる。上を向いて歩こう

歌は財産になる。永六輔さんの言葉ですが、印税の話ではありません(笑)。著書『上を向いて歩こう 年をとると面白い』(さくら舎)に出てくる永さんの言葉です。

書店で見つけてたまたま手に取ったのですが、昭和歌謡が大好物のボクにとってはかなり面白い本でした。昭和歌謡というより昭和芸能史といったほうがいいかもしれないな。

2004年に「テレビ放送50年記念ザッピング・ブックレビュー」というブックレビューを書いたことがあります。テレビ草創期に携わった人々の言葉はボクにいつも多くの示唆を与えてくれます。永六輔さんもまさにその一人といえるでしょう。

永六輔さんのこの著書は、歌と関わってきた人生を中心に書かれていて、最後まで読むと「あぁ、歌が身近にあるって幸せだな」と素直な気持ちになれました。でも、ただ幸せというだけではなく、何人かの深く関わった音楽家たちの壮絶な生き方を合わせ鏡として、永さんたちの活躍した昭和の時代と音楽とのかかわりがビビッドに響いてきます。

高橋竹山さん(初代)と淡谷のり子さんとのエピソードに驚きました。ボクは高橋竹山の津軽三味線をリマスターCDでしか知らないけれど、いいスピーカーで聴くとたまらない興奮を覚えます。淡谷のり子さんは青森県の呉服屋の娘で、門付に来た高橋竹山さんにご祝儀をあげていたそうです。こんな大音楽家どうしがそういう出会いをしていたなんて。もうそれだけですごい話聞いたぁって感じです(confident)。

あるいはまた、永六輔さんと宮本常一さんとが師弟関係にあったってことにビックリしました。旅好きな永さんには宮本常一イズムが流れていて、それは名曲「遠くへ行きたい」につながっていると知ったのも大きな収穫でした。

宮本先生は永さんが民俗学の道ではなく放送の仕事に就くと聞いて残念がりながらも、「スタジオでものを考えるな。(中略)電波の届いている先でものを考えなさい。」と言われたそうです。この師匠にしてこの弟子ありじゃないですか!

またある種ボクのフィールドワークでもある歌詞解釈の面でも面白い話がありました。「こんにちは赤ちゃん」の誕生秘話です。この歌詞のオリジナルは永六輔さんの親友中村八大さんが、生まれたばかりの赤ちゃんに向かって「僕が君の親父です」と挨拶したのを見て作られたそうです。

実はその歌詞の裏側にある男と女の感覚の違いを視聴者が嗅ぎ取って「これはお母さんの歌じゃない。お父さんの歌じゃないか?」という抗議まで届いたそうです。永さんはこのことに驚きつつ、テレビの視聴者はちゃんと見抜いているんだと尊敬を覚えたというんです。まさに目線が民を向いてる人だなぁ、宮本常一だなぁと思いましたね。

まだまだ西洋の音楽への不満とか、学校音楽への不満とか、いろいろ面白い話はてんこ盛りなんです。やっぱ永さんはあの早口で面白い話を次々に繰り出せる人だから、文章も流れるようなリズムで心地いいですね。こういう才能がまた別の面白い才能と出会って、新しい文化を創って来た昭和という時代、ボクは大好きだな。

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2012.11.25

金八からも猫からも離れて中島みゆきの「世情」を読む

今夜、ちょっと眠れない感じ。いまボクにできる精一杯の答えを出して、クールダウンのつもりで風呂を沸かして入った。身体はホットになったけど気持ちは少しクールダウンできた(confident)。眠れないから何か書こうと思って久々にパソコンに向かったところ。BGMは中島みゆきさんの歌う「本日、未熟者」です…。私、本日、未熟者…。

さてメールチェックをしたらねこみみの原稿料の件だった。今年下半期のボクの頭の中に住み着いていた“中島みゆきさんの歌詞に住む猫”もこれで本当のひと区切りだ。そう思うと「世情」がまた頭の中でリフレインする。

今年は中島みゆきさんのコンサート「縁会2012~3」で「世情」が歌われたこともあり、もう一度「世情」(1978年)を真正面から読んでみたくなった。この作業によって一端思考を猫からリセットし、ノーマルに戻そう。中島みゆきさんのことを考えるにはいい夜だ。

まず、世情という楽曲そのものをドラマ「3年B組金八先生」(1981年)の呪縛から切り離したい欲望に駆られる。「世情」の歌詞はあのドラマと何の関係もないし、あのシーンともまったく関連性はないように思う。某有名通販サイトでは「世情」を金八先生の主題歌と解説していたが、まったくいい加減だ。もちろんあのシーンのインパクトが「世情」を広めたには違いない。妄想するだけなら関連付けも可能だろうがやっても意味がない。今回は金八の話題はここまでだ。

「世情」は1978年4月発表の4thアルバム「愛していると云ってくれ」のラストソングだ。すばらしいアルバムで名曲揃いだしサプライズも多い傑作アルバムだ。

独白調の「元気ですか」という独り語りで始まり、最後は男声合唱団をバックに歌い上げた「世情」で終わる。楽曲のふり幅という観点で言えば、最高にドラマティックなアルバムのひとつかもしれない。

●変わらないふたつの夢

「世情」を聴いたときに何度も出てくる「変わらない夢」が曲者だ。この変わらない夢の主語は誰なのか、一瞬わからなくなる。

最初に

note 世の中はいつも 変わっているから
note 頑固者だけが 悲しい思いをする

とあるので、変わっている世の中が頑固者を排除しようとするのかなとインプットされる。続いて、

note 変わらないものを 何かにたとえて
note その度 崩れちゃ そいつのせいにする

とくれば、(世の中という主語が)変わらないものに例えば「頑固者」などとレッテルを貼り、そいつに失敗の原因を押し付けようとするのかなと思う。この時点で頑固者は保守的な弱者であり、世の中は弱者を生贄(スケープゴート)にしては逃げ続ける卑怯な多数派のような対立構造かと思える。

ところが、サビのリフレインは、

note シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
note 変わらない夢を 流れに求めて
note 時の流れを止めて 変わらない夢
note 見たがる者たちと 戦うため

となるのだ(は田尻補足)。この「変わらない夢」を見ているのは誰ですか?

はシュプレヒコールをする人々であろう。この人々は変わらない夢を流れに求める人々だ。この人々の「変わらない夢」とは何かという疑問をひとつメモしておく。

次の「変わらない夢」は「変わらない夢を見たがる者たち」なのだが、この人々は「時の流れを止めて変わらない夢を見たがる者たち」だと捉えられる。ここにメロディと歌詞とのギャップ(みゆきさんかつオレの好物)がある。

メロディの流れは「流れに求めて」と「時の流れを止めて」とが同じ主語(=シュプレヒコールをしている変わらない夢を持つ人々)に対する述語のような錯覚を生む。しかしもしそうだとすると、変わらない夢を求めるものが変わらない夢を見たがる者たちと戦うことになる。

さらに変わらない夢を流れに求めつつ時の流れを止めるシュプレヒコールというのもなんとなく座りが悪い。最初の流れが時じゃなきゃ、じゃあなんなんだって話になって論理が破綻しつつある。

そうなると変わらない夢と変わらない夢とは異なる人々の夢であり、それらが対立している別々の夢だとわかる。何度もリフレインされるサビの部分に「変わらない夢」という同じ言葉が何度も出て来るのは、人々の変わらない夢の重要性を強調しているかのように見えて、実はそれらはまったく対立した変わらない夢と変わらない夢なのだ。

変わらない夢と変わらない夢とはそれぞれ何かと歌詞の文脈を考えると、変わらない夢はシュプレヒコールをすることで実現させたい何かを“夢見る姿勢が変わらない人々”ではないか。また、変わらない夢は時の流れに流されず“変わらないでいるという夢を堅持したい人々”ではないか。

同じ「変わらない夢」でも見ている夢は真逆なのだ。変化を求める夢と変化を拒絶する夢との対立構造なのだ。

●中島みゆきはどちら側の夢を見るのか

ボクはみゆきさんがずっとシュプレヒコールの側(変化を求める夢)から歌っていると思って聴いていたが、もしこの変わらない夢仮説が正しいとすると、最初の歌詞はどうなる。

頑固者は保守的な夢を持つ弱者であり、変わらない夢を求めている世の中が失敗しては頑固者のせいにするためにシュプレヒコールをしているという構図にならないだろうか。

そうなると中島みゆきさんがどちらの夢に与しているかと考えたときに、ここまでのところ、頑固者である弱者の変わらない夢の味方、つまり保守の側にいるように思える。もしそうならシュプレヒコールは戦う相手の叫びであり、世の中変わらずにこのまま行こうよって話で終わるわけだ。

それってどうよ?そんなことあるだろうか。大衆の声を敵に見立てて歌うだろうか。この当時の中島みゆきは1970年代デビューの若いシンガーであり、フォークソングの旗手なのだ。いやもしかしたら学生運動の挫折で反動に寝返ったのだろうか。

そんな疑念が出てきたところで(ボクに本当はそんな疑念はないんだけどさ ^ ^;)、2番の歌詞が始まる。そして世の中は臆病な猫と喩えられるわけだ。「包帯のような嘘」も秀逸な比喩だと思う。変化を求める世の中は傷ついている。疑心暗鬼になっている。

変わらない夢を求めて傷ついた人々が、別の変わらない夢と戦っている。変わらない夢のなかも弱者ばかりでなく、学者風情が知ったかぶりのコメントを垂れ流す。

なんともややこしい。このややこしさこそが「世情」なのだが。では中島みゆきは世情のどこにいるのだろう。

どちらの側にもいるといえばいるし、いないといえばいない。1番では変わらない頑固者の側に立ち、2番では傷ついた世の中の側に立っているかのようだ。つまりどちらでもないのだ。まるで「変わらない夢」がどちらの夢にも聞こえてしまうように。あるいはどちらでもない第三の敵を見据えているように。

世の中すべて変えればいいというものでもなけりゃ、何も変わらなくていいわけでもないだろう。時にどちらにつくかは違っても、お互いの葛藤のなかで答えを見つけて前進しなきゃ意味がない。どちらも傷つくし、100%の勝利はないかもしれない。でもそれが実は世の中の寛容さかもしれない。

あえてどちらかに与するメッセージを歌わない。聴く人によって中島みゆきはどちらの心にも寄り添える。それがララバイシンガーの矜持かもしれない。

どちらかの側について頑固者と言われ悲しんだり、包帯のような嘘で武装するほど傷ついたりしたとしても、敗者復活の出来る社会のほうが豊かだろうとボクは思う。どのような立場からでも、敗者復活をしようとする者に中島みゆきの歌はしっかりと寄り添い、「ファイト!」と背中を押してくれる。音楽の歌詞が時代を超える。そんな仕掛けの一端が「世情」にもやはりあった。1970年代の歌が、2010年代にも響く。

ふぅ。そろそろ寝よう。クールダウンしすぎて湯冷めしそうだ。今日は「愛していると云ってくれ」を聴きながら寝たい。

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2012.11.17

縁会 ~あの頃のみゆきに出会えたコンサート~

中島みゆき縁会2012-311月13日、東京国際フォーラムでの中島みゆき『縁会』2012~3を観に行った。まさかチケットがとれると思っていなかったのだけど、なんと2階席最後尾という、ある意味貴重な(笑)席が取れた。フォーラムは二階席最後尾の後ろにも通路があるって知らないだろ!中野サンプラザにはないんだよこれが。そんなひとくちメモもはさみつつお送りするブログです...。

思えばこのホールの1階4列目ど真ん中で微塵も動かずMCもなくひたすらボサノバを弾き語るジョアン・ジルベルトの初来日を見たのはもう9年前のこと。そのときは一生分の運を使い切ったと思ったものだったが、まだまだ運は残ってたな。

中島みゆきさんのコンサートを最後尾で見るのは実は2度目だ。前回はというと1984年(coldsweats02)、山口県徳山市文化会館だった。立ち見席だったけど2階席じゃなかったな。初めて動く中島みゆきを見たボクの原点ともいえるコンサートだった。そして約28年後、また最後尾から俯瞰で中島みゆき体験が出来た幸せ。まずこのポジティブシンキングな自分を褒めてあげたい(笑)。

東京国際フォーラム(ホールA)の「2階席」というが、最後尾クラスになるとその高さはビルで換算すれば7階あたりだ。帰りの階段に7階と書いてあった(笑)。つまりビルの7階から1階で歌う中島みゆきさんを眺めるということで、ハッキリ言って肉眼では表情なんて見えない。いま右手をあげたなとか、そんなレベルだ(笑)。愛用してるアリーナ用の双眼鏡で見ていたから肩が疲れた。拍手もしずらい。

しかし音はよかった。楽器の音も歌声もしっかり届くしバランスもいい。なるほどコンサートホールってのはうまく出来てるんだなと思った。

●中島みゆきのコンサートに住む猫を発見!

そんな一番遠い席から双眼鏡で眺めていたわけだが、「縁会」の楽曲は新旧とりまぜて、ボクのような古いファンにとっても馴染みやすい曲目だった。最新作「常夜灯」からは5曲だったが、このアルバムは古いファンにも「あの頃のみゆき」を感じられる楽曲群だったので違和感がない。「風の笛」を聴いたときにはなにか懐かしさすら感じた。まだCDで数回しか聴いたことがないのに。

逆に若いファンには馴染みが薄いかもしれない「あの頃のみゆき」の楽曲も逆に新鮮に聞こえる。瀬尾一三のオーケストレイションとは異なるバンドミュージックもアダルトオリエンテッドなアレンジも新鮮だった。時代、倒木の敗者復活戦、世情など新旧の楽曲が自然につながって、言葉以上のメッセージを感じる曲順になっていた。

私事になってしまうが、今年の下半期はとにかく「猫と中島みゆきの歌詞」についてずっと考えていたために、“歌詞に住む猫”に敏感になってしまっている cat

それは単に猫という生物を指すのではなく、中島みゆきの作る歌詞と大衆との距離感への興味と言ってもいい。猫はパーソナルな存在のメタファだからだ。そしてボクはこの日、“中島みゆきのコンサートに住む猫”を見つけたのだった。もちろん「世情」が歌われることは知っていたけれど、もう一匹猫ちゃんがいた(笑)。興味のある方はセットリストでご確認あれ(wink)。

無意識であれ意識的であれ、猫が出てくる歌詞を現在のコンサートで歌う姿は、今年下半期に中島みゆきを語るうえでボクには重大関心事だった。そこで2曲もあったことが、様々な妄想をする身にはうってつけなのである。

最近のボクはアーティスト中島みゆきのパーソナルスペースの距離感、つまり大衆との「近さ」に注目してる。そこを演目や曲順などから妄想するわけだ。

●縁会の「近さ」がうれしい

ボクはどっちかというと夜会よりコンサートが好きだ。それは夜会の「遠さ」とコンサートの「近さ」の差のように感じる。それは物理的距離の話ではなくて、感覚としかいいようがないけれど。

中島みゆきの歌詞の大衆性は多くを語り過ぎないことだと思う。歌詞の場合、それはイマジネーションを喚起するトリガーになりえる。語らなくても聴衆に「近い」、リスナーに寄り添えるのが大衆性のキモなんじゃないかと思う。歌謡曲に近いものがある。

夜会は中島みゆきという作家にとって自身の虚構の極限を追究する実験のような趣きがある。それは虚構としての純度が高くなればなるほどに、大衆性からは遠ざかるベクトルを持ってるように感じる。コアなファンはさらにコアになっていくがハードルは高まる。歌詞とはまったく異なる純粋虚構追究の旅だ。

大衆歌謡の追究と純粋虚構の追究と、この両輪があっていまの中島みゆきがあるのは言うまでもないと思うけれど、3.11以降(こういう括り方がいいかどうかは迷うところだが)に発表された「夜会」と「縁会」とでは、大衆との距離感が圧倒的に近い「縁会」に喜びを感じる。

中島みゆきさんの私語の多さも「縁会」は圧倒的だ(笑)。そこには(全部ではないにしても)虚構でない中島みゆきの現在がある。普通の歌手は1本のステージでひとつの世界観を作り上げようとするが、中島さんの場合、そういうことは夜会で追究しつくしているためか、かなりリラックスしたステージだ。本人がジェットコースターと語る、歌うときとしゃべるときとのギャップも、「近い」中島みゆき独特のものだ。

もっとも中島みゆきさんはギャップの引き出しが豊富なので、ギャップに注目し始めた瞬間に、ジェットコースターの変わり身にも萌えることが出来る(lovely)。ギャップへの注目こそ中島みゆきの本質に近づく試みだとボクは思って日々中島みゆきのギャップの研究に明け暮れているわけだ(笑)。

●コンサート後にもうひとつの縁会へ

この日はコンサートが終わってもうひとつ楽しい縁会があった。2009年の「BS熱中夜話中島みゆきナイト」に出演したとき席が近くて仲良くなったIさんと二人で銀座に飲みに行った。たまたまメールしたら同じ日に会場にいるとのことで。

これこそ「縁会」じゃないかsign02 2年半ぶりだもん。まさに note縁ある人万里の道を越えて引きあうもの ですよね~(ってひとり上手な妄想でなきゃいいんだけど)

こっちの縁会も本当に楽しくて、ボクも時間を忘れて思いのほか饒舌になってしまった。文章はいつも饒舌だが、普段はもっと寡黙なニッポン男児だ(笑)。W縁会で気分が高揚してたから。まさか翌日から仕事系W宴会になってしまうとは思ってもみなかったが。

しかも糖質をしっかり制限してハイボールを飲み続けた。Iさんも糖質制限に理解があってうれしかった。やっぱ時代はアンチエイジングですよね~。また健康的に飲みに行きたいものです。この日の縁会の余韻だけで乗り切れた一週間だった気がします。

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2012.11.03

イ・ジョンミョンさんの“ファクション”に魅了された日

昨日は駐日韓国文化院で「ドラマ原作者と翻訳者が語る『韓国ドラマと文学の魅力』」を聴講してきました。小説家のイ・ジョンミョンさんが来日講演されました。韓流ドラマ「風の絵師」や「根の深い木」の原作を書かれた小説家です。新作「星をよぎる風」も待ち遠しいです。サイン会も開かれたので、「風の絵師」の翻訳小説にサインしていただきました。

ドラマ「根の深い木」はハングルに興味を持つ私にとって本当に面白いドラマでした。韓国語の脚本も購入してしまいました。いまのままじゃ“思い出購入”になってしまうのでもっと韓国語を読めるように学習継続してます(笑)。

講演会ではご自身の3作品について裏話が聞けました。どの作品にも共通するのは、ご自身が子どものころから現在までに興味を持った実在の人物を題材にしつつ、そこに小説家らしい自由かつ大胆な発想でミステリーな要素やプロットを構築されている作品だということです。

「根の深い木」は構想20年だそうです。イ・ジョンミョンさんが大学2年の頃、訓民正音(=ハングルの原型)講読の授業があり、その授業でハングルを作り出した世宗(セジョン)大王の事業がいかに革命的で苦難に満ちたものであったかに興味を持たれたのが始まりだそうです。

「風の絵師」はもっと古く構想30年(lovely)、小学2年生の頃の記憶がベースだとか。近所の大人からタバコのお使いに行かされた際、タバコの包み紙にあったブランコに乗っている女性の絵に魅了されてしまったそうです。その絵こそが天才絵師シン・ユンボクの絵だったとか。そのとき、こんな美しい女性を描くシン・ユンボクは絵よりもっと美しい女性画家だと思い続けていたそうです。それが中学3年の美術の授業で覆されたそうです(笑)。

●次回作「星をよぎる風」にも期待大!

次回作の「星をよぎる風」は、詩人ユン・ドンジュの物語だそうです。1942年、京都の同志社大学英文科に学んだユン・ドンジュは1943年に朝鮮独立運動の扇動者とされ逮捕、福岡刑務所に服役しますが、2年後に謎の死を遂げます。享年29歳、生涯に1冊だけ詩集を残しています。早世の詩人ですが韓国ではとても親しまれている詩人のひとりだそうです。

この詩人ユン・ドンジュにイ・ジョンミョンさんが興味を持たれたのは、最初に日本に来られたときのエピソードでした。同志社大学英文科の学生さんとバスの中で出会い、これから日本で過ごす上で一番覚えておいたほうがいい日本語はなんだろうかと考えて、"excuse me."だと思って日本語でなんというのか学生さんに聞いたそうです。

すると学生さんは「すみません」だろうと考え、それをローマ字でイ・ジョンミョンさんの手のひらに書いてあげました。ところがS U M まで来たところでバスが大きく揺れ、イ・ジョンミョンさんはS U R と理解してしまいました。その後、イ・ジョンミョンさんは日本中で「スリマセン」を連発していたそうです(coldsweats01)。最初に覚えた日本語は「スリマセン」だとのことでした。

そんなイ・ジョンミョンさんがある日、同志社大学で詩人ユン・ドンジュの記念碑を見つけます。そこで不思議な感覚に捉われたそうです。最初に覚えた日本語「スリマセン」の思い出と、そのときの同志社大学英文科の学生さんが韓国人の敬愛する詩人ユン・ドンジュの後輩だったこと、そしてユン・ドンジュの記念碑に同志社大学で出会ったこと、それらの気持ちが詩人ユン・ドンジュを題材とした小説を書く動機となったようです。

いつかユン・ドンジュその人を小説にして、あのとき「スリマセン」を教えてくれた学生さんにユン・ドンジュをもっと知ってもらいたいという思いがあったとか。ドラマ化のオファもあるので、ドラマとして観る機会が近い将来やってくるかも知れませんね。

●ファクト+フィクション=ファクション

通訳の方も一瞬「フィクション」と訳し間違えられそうになった「ファクション」という言葉が韓国で使われているそうです。イ・ジョンミョンさんの作品はまさに「ファクション」の傑作という評価だそうです。

講演会の第二部は、イ・ジョンミョンさんの作品を日本語に翻訳されている米津篤八さん、作家で韓国ドラマが大好きな中沢けいさん、司会の韓流文化ナビゲーター田代親世さんを交えてパネルデシスカッションでした。

そのなかでドラマ化された感想や、史実(ファクト)と虚構(フィクション)について貴重なお話が聞けました。

原作者にとっても原作が大好きな読者にとっても、ドラマ化には微妙な感情を持ちますね。改悪されてたらどうしよう、まったく別の物語になっていたらどうしよう、そういう感情があります。

しかしイ・ジョンミョンさんが原作の2つのドラマ「風の絵師」「根の深い木」は同じチャン・テユ監督によるもので、イ・ジョンミョンさんが非常に信頼されている監督のようでした。ソウル大学時代に美術科で視覚デザインを学んだチャン・テユ監督は「絵に対するディテールを描ける監督」だと評価されていました。

この監督が原作を読んで「自分でなければ、いま作らなければ」と思われたそうです。そんなご縁を通じてドラマ化された作品を原作者イ・ジョンミョンさんは「主題はそのままに原作にない役を登場させたりすることで、原作を超えてストーリや主題の意識をさらに強化してもらえて、すばらしいドラマになっている」とおっしゃいました。

「ファクション」については、韓国にも「小説はどこまで史実に忠実であるべきか」といった論争はあるそうです。これに対してイ・ジョンミョンさんは、どんな小説であれ、自伝的小説であれ、常にフィクションは混在しているものだとおっしゃいました。

歴史を歪曲しているという批判はうれしかったそうです(flair)。なぜなら、そのような批判は物語にリアリティがあると受け止められるほどうまく書けたという評価ともいえるからだとか。

●事実の裏にある物語を想像力で高めていく小説家

イ・ジョンミョンさんは元新聞記者でもあり、事実を客観的に記事にする仕事をされていました。そのとき、様々な準備をして現場に赴き、それを記事にするわけですが、書いた記事のうち新聞に載る記事はその極一部です。つまり記録の裏側には世に出ない膨大な記録があるのだということを身をもってご存知の小説家です。

小2の頃着想を得ていた「風の絵師」にしろ大学時代の授業から始まった「根の深い木」にしろ、最初は小説にしようと思って調べたわけではなく、興味があったから資料を集めたりされていたそうです。「風の絵師」のモチーフは、たったひとつ(1行半)の資料、「だれそれの息子であり、こんな仕事をしていた」といった記録(ファクト)だけでよく、それを小説として強化するためにフィクションを書かれるそうです。

おそらくそれはこの一言に凝縮されています。

 史実よりも事実よりも美しい虚構を書きたい

小説はドキュメンタリーでもノンフィクションでもなく、エンターティンメントだという信念が感じられます。またフィクションを通じて真実を補強したいという思いが伝わってきます。

歴史とは、事実・記録・解釈によって伝えられますが、小説家としてのイ・ジョンミョンさんはここに「イマジネーションとしての歴史」を追加したいと言われました。

これは数学の問題を解く高校生のような試みだともおっしゃいます。自分なりに答えを解明してゆく道のり。もしかしたら答えが違っているかもしれない。しかしそこで導き出された答えは自分の頭で考えた自分なりの答えであるという考え方だそうです。

これは面白い考え方でした。例えばそれに対して「正解はこうだ」という感想や事実の提示があれば、それはそれで正解を知ることが出来ます。フィクションが考える種になれば、さらにそのフィクションが面白ければ、それは小説として大正解だということだと思います。

中島みゆきファンの私は常に上手い虚構やうそつき上手を肯定してきましたが、世の中ファクトだけでは味気ないもんです。もちろん高校時代から本多勝一に影響されてファクトだけで構築していく仕事にも敬意を持っています。人間にはその両者をTPOにあわせて(?)行き交いながら生きていくのが、一番楽しく充実した生活につながると思います。

想像力が想像力を喚起させる、そういう世界をずっと持ち続けて生きたいと思いますね。イ・ジョンミョンさんの作品は、虚構の楽しさを史実のなかに差し込んで提示される、最高のエンターテインメントだと思います。

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