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2012.06.17

LOVE沖縄の旅 2012年初夏(2) 基地

LOVE沖縄2012辺野古

今回の旅の目的は「猪を食べること」でした。それ以外について私自身はノープランでした。でも沖縄大好きなKさんやそのお友達のガジ丸さんが出発前にいろいろと考えてくれて、それに乗っかった感じでした。

最初はちゅら海水族館に行ったり観光地めぐり的なイメージをしていましたが、この旅の直前にガジ丸さんが沖縄にある独立系映画館の「桜坂劇場」で上映していた『LOVE沖縄@辺野古 @高江』という2本組の映画をご覧になったことで状況が変わり、1日を辺野古の基地移設反対テントと、高江のヘリパッド増設反対テントの激励に充てました。

映画『LOVE沖縄』は沖縄で先行上映されていたもので、タイトルには“米軍の新基地建設に抵抗する人びと。そこには沖縄への深い愛がある”という想いがこめられているとのこと。東京でも上映されれば必ず観に行きたいと思います。その予行演習として現地に行けたことは良かったなぁ。

ガジ丸さんは平和運動家でもなんでもない一般の沖縄の自然を愛する方ですが、この映画を観て沖縄人として基地反対で頑張っている人々を激励に行きたいと思われたそうです(詳細は「ガジ丸通信」へ)。

辺野古2012沖縄の人が基地で働き、沖縄の人が基地に反対する。現場で押し問答するのはウチナーンチュ同士であり、米兵の姿は見えません。目に見えるアメリカーは低空飛行する軍用機とその爆音に震えるウチナーンチュの姿です。その矛盾や葛藤そのものが米国、そして日本政府による沖縄差別の一端を表してもいるように思えます。

●辺野古から日本を振り返る

辺野古にはお昼ごろに着きました。雨が心配でしたが、ついたときにはいい天気でした。辺野古の海は静かでした。テントではいくつかのパンフレットをもらい、いま何が進められ、どのようにそれを阻止しようと頑張っているのかを詳しく説明していただけました。

目の前にあるこの海が埋め立てられ、10mもの高さの滑走路で覆いつくされる。それを想像するだけでも現場に行った意味はあったと思います。以前、北方領土を目の前にして湧き出た愛国心と似たものを感じました。

右翼思想を持つ友人とはまったく意見が合わない私でさえ「愛国心」という3文字を思い出す風景、それが北方領土と沖縄の基地です。ただどちらもアイヌの土地、琉球の土地であり、日本との遠さも同時に感じてスッキリとはしません。

先ごろ、米国の上院歳出委員会は2013年度(2012.10-2013.9)の在沖縄海兵隊のグアム移転関連予算(約21億円)を凍結し可決しています。コスト試算が議会に提出されないから予算審議が延期されるわけです。そのコスト試算は日米の政府にやる気がなければいつまで経っても出てこないような気がします。

日本からもっと働きかければグアム移転は進展していたかもしれません。まさに最低でも県外以上の結果を民主党政権は残せたかもしれません。「最低でも県外」と最初に言ったのは鳩山由紀夫元首相でした。

●鳩山由紀夫元首相に謝る

私は「最低でも県外」を反故にした鳩山氏を罵りました。期待が大きかっただけに憎しみも頂点に達していました。

2010.03.20:沖縄県内移転のうた
2010.05.20:うそやまつきお首相

しかし、辺野古で鳩山発言について聞くと意外な答えが返ってきました。鳩山さんのあの発言のおかげで工事が延期になり時間が稼げたため、あの発言には一定の評価をしているそうです。そしてその後の鳩山バッシングは、県外移設されては困る勢力にとって都合のいい動きだったとも。

つまり当時の私はまんまとそれに乗せられて鳩山バッシングをし、辺野古移設推進派に都合のいい大衆のひとりだったわけです。マスコミに踊らされた自分を反省しました。まさにウチナーンチュ同士を争わせる差別的な勢力のワナにはまっていました。鳩山由紀夫さん、政治生命を絶てとまで罵ってごめんなさい。「最低でも県外」をもっともっともっと発信し続けてください。

●高江の座り込み5周年!

辺野古を後にしてさらに北部の高江を目指しました。映画「LOVE沖縄」で紹介されたもうひとつの場所です。

高江2012

高江のテントに入ったとたん土砂降りの雨になりました。

今回の旅ははじめから天気予報は雨でしたが、活動中はほとんど降ることなく、屋根のあるところに入ると降り出すことが多かったです。久高島の神に嫌われているKさんと違って日頃の行いがいいからです(笑)。

高江についてはあまり、というよりほとんど知りませんでした。しかし住民は2007年7月2日からここで座り込みの反対運動を続けています。あと少しで丸5年になります。

その足跡は「やんばる東村 高江の現状」サイトにある"Voice of TAKAE"という手書きのパンフレット(PDF)をご覧ください。

村を取り囲むようにヘリパッドを建設しようとしている米軍。そしてここには先日も墜落事故が報道された欠陥機オスプレイも配備されようとしています。

やんばるの森は沖縄の水がめともいわれる貴重な森林です。たとえ民家でなくともこの森に訓練機やオスプレイが落ちるだけでダメージは計り知れません。

私はテントのなかで「森は海の恋人」運動を思い出していました。森を失うことは海を失うことでもあります。住民を危険にさらし自然を破壊し、何のための基地なのかさっぱりわかりません。

また足尾鉱毒事件での田中正造翁の言葉で坂本龍一氏が脱原発で引用されていた「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」もあてはまるように思います。

豪雨でもあったので、雨が弱まるまでテントのなかではいろいろと話すことが出来ました。

私はこういう運動でよく聞く「座り込み」という方法がいまいちピンと来ていませんでした。実際にはどういうことをしているのか率直に聞いてみました。

すると高江ではノグチゲラ(特別天然記念物)の孵化期である6月までの工事停止期間は日中だけですが、それが明ける7月からは24時間体勢で座り込み(テントでの監視)を始めるそうです。

以前、朝の4時ごろに抜き打ちで工事会社が重機を入れようとしたことがあったそうです。なかに重機が入ってしまえばヘリパッド建設が進行してしまうため、それを阻止すべく、重機を入れられるゲート前でまさに文字通り座り込みを行うそうです。そういう戦いを5年間続けられているわけです。

米軍さえいなければ平和だったやんばるの森に争いを持ち込んだ軍隊…。沖縄の軍隊は人権問題であり自然破壊であり、地政学的緊張の発火点になりえます。もし戦争になれば基地や軍備がある場所は狙われます。いい事はなにもないです。

高江のテントではこれまでの反対運動の記録映像のDVDやTシャツ、手ぬぐい、書籍、パンフレットなどを各々購入しました。これもカンパの一部になります。

私もずっと基地の沖縄県外移転または基地の撤廃と、これ以上の拡張を反対する立場を表明していましたが、こういう機会に現場で頑張っている人々と話が出来たのはとても大きな経験になりました。ウチナーンチュのガジ丸さんのおかげで、これまでにない濃い旅になりました。

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