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2012.02.25

キムヨナのようにを読み終えた!김연아처럼을 다 읽었다!

それにしてもこの季節は「卒業生、答辞」へのアクセスが多いな。某質問サイト群にリンクされてるからだけど、日本中の悩める卒業生が80年代の答辞を手本にして大丈夫かと思ってしまう。出来るだけ手本を離れてオリジナリティを目指して欲しい。それなりに何を言っても筋が通っていれば大丈夫なのが卒業式だ。

さて、今日はボクにとってある意味卒業記念日といえる。今朝「キムヨナのように」を読み終わったのだ。1年前の2月に読み始めた。キムヨナの五輪金メダル(2010年2月)記念にハングルを始めてちょうど1年目からのスタートだった。まさに2年越しでキムヨナと二人三脚のハングル学習だったのだ!

読み始めた頃のボクは通信講座の初級ⅠとⅡが終了し、ゴガクルでハングル日記を数ヶ月書いていた頃だ。初級文法は一応学んだので、子ども用の書籍のリーディングに挑戦した。韓国から取り寄せたので和訳はない。解答のないなかで読み進んだ。

読み始めたときの日記にもリンクしてみる。

●読了までにあきらめたこと

読み始めの頃の日記を読むと、あらすじを書いたり、新出語彙を書いたり、難読文を検討したり、欲張りすぎている。初心者なんだからそういうプロまがいのことをやっちゃうと学習の姿勢がぶれることに途中で気付いた。53ページ目を読み終えた頃だ。

あくまでも柱は自分自身の学習にあることを忘れてはならないと気付き、そういうことを日記に書くのはやめた。ま、時間がかかるのと面倒くさいという理由もあった(笑)。しかしその「面倒くささ」は学習のための面倒ではなく、あくまで日記のネタとして書くことの面倒くささだった。学習を優先すべきだというのは間違ってなかったと思う。

第一章を読み終えたときにはひとくちメモに3回読むと宣言してたが、それもやめた。日本語書籍ですら3回も読めないのに。だから1~数パラグラフごとに読みながらわからないところに印をつけておいて、一区切りついたらパラグラフの頭に戻って辞書を引きながら書き込んだりしつつ理解していくという方法に切り替えた。これで2度読みの代わりとした。これが一番リズミカルで飽きずに出来た。今後もこの方法で読みたい。

3回目のリーディングとしていた写経(全文写し)も25ページで挫折した。書くことは楽しいが、それよりもどんどん読み進みたい衝動のほうが大きくて、時間のないなかでの学習だから優先順位は読み進むほうにした。今後書き写すこともありえるが、いまじゃない。

単語帳で単語を覚えるのもやめた。これは読み始める前にやめていた。そもそも頻出単語は頻出する単語なんだから、読んでいれば頻出するものだ。わざわざ文脈から切り離して単語帳で覚えるのは矛盾だと思う。頻出単語が単語帳には1回しか出てこないんだぞ(笑)。

逆にたくさん本を読んで出てこない単語は頻出じゃない。少なくとも自分の興味の対象とは遠い単語だ。つまり頻出単語の単語帳暗記なんてのはテストを受けることが目的でなきゃ存在できない教材でくそ面白くもないのだ。ボクはそういう語学とは無縁に生きたいお年頃なのである。

読み始めにはあれもこれもやろうとしたが、結局最後には「読むこと」だけが残ったわけだ。でも読了出来てそれが正解だったように思う。優先順位はコンセプト=リーディングがもっとも高いんだから、それに全力で取り組めばいいと思う。シンプルに。

●誰でも出来る外国語書籍の読了

168ページしかない韓国の子ども用の本だった。1年かけて読んだということは1日平均半ページでしかない。これなら誰でも出来るはずだ。そのことだけでも証明できたことに読んできた意味はあったかもしれない。この時期このレベルで読みたい本があったこともラッキーだった。

ただひとつ言えるのは面白くなければ教材にならないということだけだ。だから教材は自分で選ぶべきだと思う。読み始めて面白くなかったらその本はやめて別の本を読み始めてもいいと思う。ハングルで悩むのはいいけど、面白くない内容で苦痛を味わう必要はないから。読了できるかどうかは99%教材選びで決まると思う。

キムヨナのように

一般的なハングル書籍はだいたい300ページ超だと思う。この本の倍だとすれば2年で読めるのだ。実力が伴ってくればもっとスピードアップできるかもしれない。まだ大人用の文章をあまり読んでいないのでそこはやってみるしかない。

出来なかったこととしては語彙の書き出しと書き取り。全文写しじゃなく単語帳の丸暗記でもなく、ハングルを手で「書く」という行為を伴った読書が出来なかった。書きたい衝動はあっても方法を確立できなかった。これは今後の課題だ。

●外国語学習という終わりなき趣味の世界

キムヨナはこの本のなかでこう言っていた。フィギュアスケートは誰かとの戦いではなく、国どうし、選手どうしの戦いでもないと。だからと言って孤独に(ストイックに)自分自身との戦いだけでもないともいう。
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피겨 스케이팅은 누군가와의 싸움이 아니다.나라끼리의 싸움도,선수끼리의 싸움도 아니다.그렇다고 한없이 외로운 자기 자신과의 싸움만도 아니다.
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この話の「フィギュアスケート」を「外国語の学習」に置き換えてみたい。

この問いに対して、フィギュアスケートは音楽と観客と自分自身とが一体となって喜びや感動を分かち合うものだとキムヨナは結論付けた。では外国語の場合はどうだろう。

コミュニケーションツールとしてある言葉だが、母語だけでは通じ合えない世界がある。とくに日本では母語の世界よりも広い非母語の世界が外にある。ネット社会になれば地理的な距離が薄れて、非母語の世界にいつでもアクセスできる。

そんな非母語の大きな世界への興味を持つ機会はいくらでもある。そして私はたまたまキムヨナに出会い、ハングルに出会った。ハングルとの旅はこれまでのどんな趣味よりも困難で面白い。

難しさの克服こそが趣味の充実感であり、語学とは小さな充実感の終わりなき学習だ。それは大げさに言えば「生きる」ということに近い。続けていれば実力は上がり続ける。やめなければ死ぬまで向上していく。

まさに一生モノの趣味見っけ。そんな気分だ。キムヨナありがとう。ハングルありがとう。明日から少し寂しくなる。しかしまた別のハングル書籍を読み始めたい。キムヨナ自伝(大人用)も待っている!

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