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2011.12.29

또 2009-2010년의 김연아를 보면서 지내는 연말.

タイトルは最初日本語で書いていたんだけど、ハングルにしてみようと思って書いてみたら何気に書けたのでハングルにしてみた(笑)。ハングルもコウモト 씨に負けず、少しは進歩してるかな?日本語では「また2009-2010年のキムヨナを見ながら過ごす年末」です。

浅田真央はメイクを変え、キム・ヨナは電卓をたたく』(朝日新書)を読んだ。書店で平積みになっていて、久々に活字で「キム・ヨナ」の文字を見たのでうれしくて購入(笑)。読み終えてアマゾンでこの本の評価を見ると恐ろしく低い。長年のフィギュア・スケートファンには物足りない内容だったようだ。

キム・ヨナの出現によってフィギュアスケートを見始めた俄かファンのボクでも知ってる情報は確かに多かったけれど、知識の披露会をやってるわけじゃないので、そういう説明的な部分よりも、スポーツジャーナリストとしての著者の主観の部分を読むほうが楽しめる。

フィギュア・スケートファンにとっては既知の情報ばかりで主観の部分は深みがないという多くの批判が、逆にフィギュア・スケートという競技の特殊な排他的環境を浮き彫りにしるような気がして、それらの批判的な評価群も面白かった。確かにジャッジというのは難しいものだ。書評というジャッジには基準すらない。それでいいとも思う。

スポーツジャーナリズムにはどんな競技にも往々にしてこういうことがあるだろうね。一家言持っているファンたちと、ファンとしての視点でなくジャーナリズムとしてどんな切り口で向かうのかという視点とは、めざす方向が異なる。

特に本書は著者も書いているように「アームチェア・ディテクティブ」という手法で書かれている。過去の情報を読んでは仮説を立てて考える。現場に行かない(五輪には取材で行っているようだが)。机上で推理して書かれた文章だ。

竹中労を敬愛するボクにとって嗜好性の高いある種のジャーナリズムは主観でいいと思う。主観礼讃!それがたとえ深みのないものでも、あさっての方向を向いていても、そこから喚起される内なる情動(批判も含む)に読書の価値を置きたい。そこには読み手自身の潜在的な主観との出会いがあり、それを引き出してくれた読書に意味はある。

だから主観をこそ読んで、共感したり批判したりする道具にすれば買って損することなどないのだ。おそらくそうなることを望んで(あるいは予感して)書かれている本だ。これもボクの主観だけど。そういう読書、考える読書と言ってもいいが、をする者にはとっかかりやタタキ台となればいい。充分楽しめるはずだ。

●2009年グランプリフランス大会をもう一度見た

ボクにとってキム・ヨナの最高の演技は、2009年グランプリ開幕戦のフランス大会で見せたショートプログラム007だった。すべての始まりがそこにあった。いま振り返ると、フィギュアにというよりキム・ヨナという一大プロジェクトに魅せられていたのだと思える。

松田聖子プロジェクト、IUプロジェクト、キムヨナプロジェクト...。昔から、どうもそんな“チームの成果”が見えたときに感動を覚えてしまう性質のようなのだ。メディアで中島みゆき「地上の星」の解釈をする自分を客観的に見るときも、そのような性質が根底にあるようでならない。

だから有吉先生が「怒り新党」のなかで「チームで何かを成し遂げる映画が好き」と言われたとき妙に共感した(笑)。

ショートプログラムの007が生まれたのは偶然ではなく、北米大陸で開かれる五輪に向けてこの曲でなければならなかったのだろう。コーチはカナダ人で人脈もあり人気も高いブライアン・オーサーでなければならず、振付師もカナダ人のデヴィッド・ウィルソンでなければならなかった。

そして開幕戦のフランス大会で完璧なショートプログラムを披露することが、オリンピックを頂点としたあのシーズンの壮大なプロジェクトの序章として必然だった。五輪での200点越えを確実なものにするために。そしてプロジェクトはまったく計画通りに進み、キムヨナもそのプレッシャーに負けず千載一遇のチャンスをものにした。

2009-2010年のシーズンはキムヨナ五輪物語の最終章だったといえる。それはしっかりプロデュースできるスタッフと演じきれる役者キムヨナがいて初めて完結する物語だった。緻密に計算されたダンスはK-POPにも通じる。キムヨナの金メダルとK-POPの広がりは同時代を象徴するエポックだと思える。

あらためてGPフランス大会からオリンピックまでのVTRを見直してみて、物語の完結としてバンクーバーオリンピックが最高の舞台だったことは間違いない。しかしボクにはやはりフランス大会のキムヨナ007こそが、この物語のクライマックスだったように思う。

●浅田真央の五輪の「鐘」が心に沁みた2011年末

バンクーバーオリンピックでキムヨナに敗れた浅田真央の「鐘」もあらためて見た。浅田真央はトリプルアクセルを成功させ、トリプルアクセルに縛られ得点で泣いた。

得点の計算はスポーツには欠かせない要素だったが、それを本意でないとはいえ捨てたような形になった「鐘」。踊った浅田真央と独自の美意識を持つタラソワコーチのコンビは、五輪時点の加点システムを味方に出来なかった職人芸の世界だったが得点では表せない別の物語を残した。

大震災のあった今年あらためて「鐘」を見直すと、その芸術性の高さと音楽との融合の意味が少しわかったような気もする。浅田真央の鬼気迫る表情を見ると、大震災後に見た荒涼とした東北の風景と重なり自然と涙が出た。そんなプログラムだった。

浅田真央の「鐘」は早過ぎたのかもしれない。だが五輪での「鐘」がなかったらいまそれを見ることもかなわない。時代は選べない。キムヨナと浅田真央が同時代に出会い、同じシーズンにキムヨナはSPで007を踊り、浅田真央はFPで鐘を踊り、五輪で対決することになり、その記憶が震災後のいまこうして蘇る。

いま、それらはみな必然だったんじゃないかと思えたりする。キムヨナの世界選手権復帰を日本で観る機会も震災で途絶え、3万円以上した裏チケットだけがいま手元に残っているが、それだけは夢であって欲しかった...。これも現実だ...。

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