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2010.11.21

「何事もなく暮らす」に見たインディーズの未来

あのー、今回は「また韓流の話かよ!」って思わずに読んでください(笑)。韓国のバンドの話ではありますが、音楽の深読み師(?)ポップンポールがまたひとつ新しい音楽に出会えた感動を綴る回です。韓流にはまってなければ出会ってないけれど、音楽の評価についてはジャンルとか国境とか関係ないので。

ついにチャン・ギハと顔たちの1stアルバム「何事もなく暮らす」の日本盤がリリースされた!予想以上に良かったので、あさってのヒカシューとのコラボライブに行く前にアルバムについて書いておきたい。独特なパフォーマンスでも定評のあるチャン・ギハと顔たちなので、ライブを見たらまた印象が変わると思って。音だけから受けた初々しい感想(lovely)を残しておこう。いい意味でインディーズらしさの残るアルバムだ。

彼らの「チャン・ギハと顔たち」というバンド名をはじめて知ったのは今年の夏。古家正亨さんのトークイベントが最初だった。唐突に流された1本のPV。そのインディーズバンドの映像と音楽、そして古家さんの解説によってその日もっとも興味を持ったバンドだった。

ただあまりにこのときの「月が満ちる、行こう」(달이 차오른다,가자)の印象が強烈だったので、この曲=チャン・ギハというイメージがボクの中で先入観となってしまった。今回このアルバムを聴いて、これは奇をてらったものではなく、とてつもなく真っ当なバンドだと思えてきたのだ。

●チャン・ギハのトーキングブルース

日本盤にはチャン・ギハ自身による曲の解説も含め、丁寧な対訳とライナーノーツが付いているのでその言葉の自由さや奔放さがわかってうれしい(韓国語を学習中の私の本心は韓国語で読めてうれしたがりたいのだが)。

韓国語とデジタル音楽との親和性についてはちょっと前に触れたが、韓国語の持つ音楽的な特性が、デジタルでないバンドサウンドのなかでも心地いい。ライナーノーツの安田謙一さんが書かれているチャン・ギハの演技力、話す言葉が音楽のように聞こえるチャン・ギハの表現力による部分も大きいだろう。

それがもっともわかるのは、韓国で一般的に彼らが注目されるきっかけとなった「安物のコーヒー」(싸구려 커피)という曲だろう。安田さんはラップと解説されていたが、この曲はトーキングブルースともいえる。ほとんど心情吐露のような“語り”だ。

このライブの1'42''あたりから始まるトーキングブルース(あるいはラップ)の部分だ。この“語り”が終わってAメロに戻ると、それは最初に聴いたリフレインでは既になく独特の高揚感をともなったメロディとして聴こえてくる。名曲の鉄則といえるこの表現力と形式美を備えている。もっとも詩の内容はとにかく滅入る内容なのだが(sad)。どんよりした空、使い物にならない歯ブラシで取れない歯石、生ぬるいコーラーを飲んだらタバコの吸殻まで入っていたり...。

トーキングブルースといえばボブ・ディランを連想する。そのボブ・ディランを彷彿とさせる曲がチャン・ギハと顔たちの「何もないじゃないか」(아무 것도 없잖어)という曲だ。この曲は全編トーキングブルースっぽいのだけど、아무 것도 없잖어 という決めのフレーズのアム、ゴット、オプ、チャ、ノォというところ。ディランっぽくてぶっきらぼうでいい。

ここまで聴いてきた3曲は割とダウナーな楽曲だったかもしれない。でもアルバム1曲目の「出ろ」(나와)のギターサウンドはシンプルなフォークロックでオープニング曲にふさわしい。ゴールデンカップスの映画「ワンモアタイム」のオープニングを連想した。

歌詞は例によって普通じゃないけど(笑)。オレ様を好きなやつならどんなやつでも歓迎してやるから前に出ろって歌だ。

ゴールデン・カップスのことをボクは前に「正しい不良の育ち方」で書いた。チャン・ギハはソウル大学(日本で言えば東大レベルの最高学府)出身でインディーズ音楽をはじめた。カップスとは違うけど、ある種音楽にドロップイン(ドロップアウトじゃない!)してきたエリートだった。

チャン・ギハと顔たちはあさってヒカシューとコラボライブを行うわけだが、ボクはてっきりチャン・ギハが昔からヒカシューを知っていたのだと思っていた。しかしQeticのインタビューを読むと、最近日本に来てヒカシューを見てファンになったとあった。類は友を呼ぶってこのことだなぁ。

●ヒカシューとチャン・ギハワオルグルドゥルの親和性

ヒカシューが1979年のライブで注目に値する発言をしているのをYouTubeで見つけた。その言葉こそが、ヒカシューの音楽と同時にチャン・ギハの音楽をも語っていると思った。それはオリジナリティについて「これまでの音楽のなかでどうしようもなくデタラメでクズの部分をボクらなりに再構成したのがボクたちの音楽」というところだ。

1979年に「20世紀の終わりに」を歌っていたヒカシューの先見性(笑)もすごいが、まさか21世紀も10年たって韓国から来たインディーズ系バンドが自分たちとコラボするとは思っていなかっただろう。

だがこの30年というズレがおそらく韓国インディーズシーンの現在と未来の面白さをボクに約束してくれてると思う。韓国インディーズシーンの扉はいま世界に開かれたのだ。チャン・ギハと顔たちのような才能がこれからどのような音楽をボクらに聴かせてくれるのか楽しみだ。

最後になったが「チャン・ギハと顔たち」というバンド名について、ボクの質問にチャン・ギハ自身が答えてくれてる。Qeticのサイトで質問募集してたので応募していたら採用された。

語感で決めたというところがいい。無意識に韓国語の音楽性に惚れたってことだと勝手に理解した。日本語で「チャン・ギハと顔たち」と書くとその語感が消えてしまう。ハングルで書くと「장기하와 얼굴들」(チャンギハワ オルグルドゥル)となる。

「顔たち」にあたる「얼굴들」のㄹパッチム3連発。ㄹはRの発音になる。顔(얼굴)に「~達」の「들」をくっつけているので巻き舌3連発になる。椎名林檎の「歌舞伎町の女王」かドバトの鳴き声のような巻き舌になるのだ(笑)。オルグルドゥル~。

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