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2010.08.17

韓流、日流、ボク俺流、オーケー!?

しばらく書いてなかったので長文ですが、数日分だということで(catface)。

1910年の日本による韓国の植民地化(日韓併合)から今年は100年目。長期にわたりNHKが朝鮮半島との2000年の歴史を振り返るシリーズを作ったり、8月15日(日本の終戦記念日=敗戦の日、韓国の解放記念日=光復の日)に両国の市民討論を放送したりした。

8月15日に『「韓流」と「日流」 文化から読み解く日韓新時代』(クォン・ヨンソク著・NHKブックス刊)を読み終えた。著者とほぼ同世代のボクは親近感を持って読んだ。韓国で日流ブームとなっている現状は、確かに日本で報道されることは少ない。

この著書のオリジナルなところは著者の体験談が随所にちりばめられているところだ。7,8歳の頃日本に転校してきた少年は、15,6歳の夏にソウルでニッポン放送の電波を探す。ちょうどぼくが山口県でオールナイトニッポンの電波を探していた頃に(笑)。韓国は軍事独裁政権後期だった。

●チョーセンジンをめぐる個人的な体験

著者が体験談を綴っているので同世代のボク自身のことも少し書いておきたい。中学生時代の山口県徳山市には朝鮮人学校があり(今はもうない)、クラスのK君らが「ヤツらが殴りこみにやってくる」なんて大声を出し集団暴行事件を起こしそうだった(実際はなにも起こらなかった)。K君は体格もよく明るく元気な男子だったが、朝鮮人学校への偏見は確かにあった。ボクは結構冷めて見ていたけど。

日本人を欧米人が「ジャップ」と呼ぶのと同じ感覚で、彼らを「チョン」と呼んでいた。ボクはそれを正したりしなかったし同調して言ったこともあるかもしれない。意地悪なあだ名は異民族だけに限ったことではなかったし。周りの親たちも声には出さないが差別意識がなかったといえばウソだと思う。付き合いのない身近な存在だったから余計にそうだったのかもしれない。得体の知れない隣人。それが在日朝鮮人だった。

日本姓のクラスメイトもいたが誰に教わるともなくその子が朝鮮人だとみんな知っている。「朝鮮人」がどういう背景を持ちなぜここにいるのかは知らないが「朝鮮人」であるということだけを知っていた。そしてそのことになにか含みがあるような大人の雰囲気を察知して子どももなんとなく接し方が変わる。著者が転校してすぐに「チョーセンジン」といわれ、植民地主義を内面化した少年であるならば、ボクも知らず知らずのうちに植民地主義に毒された少年だった。そんな時代だったと思う。

日本のオトナは何かにつけて「含みを持たせる」のが好きなんだ。社会人になってから特に実感する。日本人が最も得意な(特異な)建前と本音の使い分け。同和問題には敏感で教育熱心な土地だったが、在日問題についてはあまり学校で習った記憶がない。

●韓流ブームの日本と日流ブームの韓国

著書にもどろう。トランスナショナルな立ち位置、境界人(border-rider)として生きようと決心した著者だからこその視点、そして同世代人としてのある種の軽やかさが心地いい。

現代の韓国メディア事情と日本の韓国ブームの深化。21世紀に入って急加速しているこれらの現状を、著者の現場体験と金大中大統領以降の政策とを踏まえて考察している。

第Ⅱ部「日流」―韓国における「日本文化」―は大変興味深かった。著者が言うように日本の読者はこちらから読んでもいい。韓国では日本の小説人気が高い。その自由でクールな作風がウケているようだ。

海外からどう見られるかを気にする日本人には日本国内での韓流ブーム以上にインパクトも興味もあるニュースだと思うが、あまり紹介されてこなかった。日本のメディアにバイアスがかかっているとしか思えない(海外=欧米オンリーだからか?)。

ただ著者も言うように、そんな状況が大きく変化してゆく兆候があるのも確かだ。日韓新時代は日々進化している。キムヨナ(スポーツ)、ポン・ジュノ(映画)、4minute(K-POP)と短期間の間に虜にされたボクには特にビビッドな感覚だった。ちなみにキムヨナと4minuteのジユンは同い年(1990年生まれ)だ。

ボクがキムヨナに見たのは「勢い」と「自信」だった。それは韓国五千万人の思いを背負っていた半面、そういうしがらみから逃れてカナダでトレーニングを積み外国人コーチのもとで個人として取り組めた環境も大きいだろう。

●誤解を恐れず言う。東方神起はタイガースだと(笑)

ボクには苛烈な競争社会韓国への疑問がある。しかしそれは日本も通ってきた道だ。高度成長期にたまたま成果主義という“蜘蛛の糸”があったのだ。アクセルだけでは危険だが、韓国はいま、故障してピットインした後に、まっすぐなハイウェイを突っ走っていてブレーキを踏む必要を感じていない。

K-POPも日本でいえばGSだ(笑)。東方神起はタイガースなのだ。違うのはグローバルな市場が開かれているところだろう。そしてガールズポップもお手本があり、また受け入れられる土壌があった。情報は発信すれば入っても来る。韓国文化の強みはそんなところにもあるように思う。しがらみのないなかで、なんでもやってみようという機運とスピード(パリパリ精神?)がある。

ボクは常に草創期のごちゃまぜ感が好きだったから、きっとそんな韓国の若さに惹かれるのだろう。成熟したオトナの国ニッポンは予定調和で息苦しくつまらない。混沌としたなかでアイデアを競い合う世界が元気なのはあたりまえだ。

いま帰省中の山口県でこれを書いている。今日、大きな書店に行って『日韓併合 李朝滅亡・抵抗の記憶と光復 1910-2010』(片野次雄著・彩流社刊)を購入して読み始めた。

ついでに山口県の韓流ブームについて状況報告をしておく。書店には韓流ドラマ関連本が大量にあった!おそらく東京と遜色ないだろう。だがK-POP本はほとんど置いてない。音楽はまだまだ浸透しきれていないようだ。4minuteを山口県にも浸透させなければ!と思った(笑)。秋吉台とタイアップとか。秋芳洞も4分で見学者を魅了するだろ?오이데마세 야마구치에!(おいでませ やまぐちへ!= 야마구치에 와 주세요!)

●歴史問題についてもすこしだけ私見を

歴史問題は避けては通れない。だからまずは知ることから始めよう。韓国の歴史についてあまりに知らなさすぎる。日韓の歴史と聞いただけで耳をふさぎたくなる人も多そう。「もういいよ。どうせ謝罪しろだろ」みたいに。でも何を知ってるかといえばほとんど知らない。伊藤博文が殺されたくらいの知識しかない。

そこだけ聞いたらそりゃいい気はしない。伊藤博文は初代首相で千円札の肖像にもなってたような人だから。韓国人が嫌いな日本人の伊藤博文と豊臣秀吉は日本人が好きな歴史上の人物なので。秀吉の場合は立身出世の前半生と権力者としての後半生とのギャップがありすぎ、韓国人のよく知っている後半生の醜態をこれまた“知らない”日本人も多いだろう。

醜態には目を背ける国民性があるのかも。いいところ、楽しいところだけしか見なようにして生きる。厳しい現実には思考停止する。平和ボケというのか、身勝手というのか、でもそれが「シアワセ」だったのだ。幸せに生きる知恵ともいえる。お上もそれを利用して教育する。悲惨な現実にはもっと悲惨な現実を創造して差別し自身の現実から目を背けさせようとする。だが加害の歴史にこの幸せの法則は通用しない。そこに被害者がいるからだ。

最大多数の最大幸福の裏に生贄を必要とするシステムのなかで、人々は救いを求めて差別する。生まれる必要のなかった対立が人工的に生みだされその対立構造が憎悪の連鎖を引き起こす。権力に向かうべき憎悪が分散される。負のスパイラルだ。

朝鮮半島に限らず、日本は自らの加害の歴史を正面から見据えてこなかった。帝国主義という時代の風を正当化してみたり、窮余の一策だったと弁明してみたり、潔くない。個人的には天皇制という幻想を暴力で信じさせるシステムが論理を曲げる思考回路を組み上げてきたように思う。総無責任体制はいまも継続中だ。

あるいは加害者としての過去を恥だと思っていて、恥の上塗りはしたくないと心に壁を作って思考を停止しているのか。やったと言ってしまうと自身のアイデンティティが保てないのではないかという人もいる(首都の首長のような)。たぶんグローバル思考の訓練が足りないのだと思う。

国家が市民をも騙して戦争に駆り立てたわけで、市民のなかには国家と自分とを同一視してくれるなと考える人もいるだろう(ボクもかなりそういう面がある)。日本の市民も日本国上層部の被害者だ。それも歴史の一面として捉えておく必要はあると思う。

●暴力装置としての国家と統治ツールとしての差別

今も昔も国家とは搾取のための暴力装置であり、国民と国家とは同一でもなければ運命共同体でもない。国歌・国旗強制のアホらしさは国家の側に立つとまったく見えなくなる。侵略の不当性も同様だ。民主主義は国家の暴力から身を守るためのリスク管理手法として使えるからその面では支持する。だから民主的な憲法は権力者の手足を縛るのだ。

隙を見せると国家は自己の内面に入り込んでくる。人心を取り込もうとする。それを是とする人もいる。それはそれで自由ではある。ボクは日本人を「個人が個人主義的に全体主義を志向する国民」だと書いたこともある。それがある種の強さでもあっただろう。韓国人にも似た性向を感じることがある。ただ国家主義が多数を占めると、暴力装置のブレーキが効きにくくなるのだ。リベラルであろうとする意志が多数であるほど平和は保てるとボクは思う。

また差別の問題も根深い。日本には自国民のなかでさえ差別によって階級秩序を保とうとする根深い闇が現在もある(韓国にないとは言わない)。これが戦時の他民族であればなおさらだ。「人間の業」といってしまうとあまりにも知性が乏しい。差別を克服すべく見据える必要がある。加害の歴史の克服という面ではつながっているからだ。はじめから克服できなくてもせめて差別する自分を自覚する必要がある。

日本は特異な国だ。敗戦しても天皇制は続き、官僚機構も温存され、早々に経済大国になり、戦後の歴史こそ“神風”かと思うような奇跡的な成功を果たしたように見える。さらに唯一の被爆国でもある。原爆であらゆる代償を支払ったように思えてしまうのも致し方ない。だがここは分けて考える必要がある。被爆の歴史が消えないように、加害の歴史も消えない。どちらも日本だ。被害者と加害者のどちらの痛みも分かるはずだ。加害の痛みを認めてこそ、被害の痛みを伝えることが出来る。

アジアにおける反日教育の禍根も大きいが、近現代史をほとんど教えない日本の愚民化教育もまた未来に影を落とす。無知な両者が売り言葉に買い言葉で反応するだけじゃ進歩がない。どの国も偏狭なナショナリズムはなくならない。そこにいちいち反応していては木を見て森を見ずになる。

●日本人が解放されるきっかけとしての日韓併合100年に

韓国の植民地化問題について学校でどれほど時間を割いていたかわからないが(覚えていないレベル)、学校でゆがんだ近現代史教育をあえてされなかったことが奏功し、フラットな状態で自発的に学びなおそうという機運が高まればよいことだ。歴史認識には最低限の知識は必須だ。ディテールよりも大づかみの歴史を押さえるくらいでいい。

知らないのに韓国嫌いというのもおかしいが、知らんのに韓国好きってのもなんだかおかしい。いや好きだから自然と知ろうとする。そもそも同じ自由主義経済圏のメンバーで隣国なのにほとんど知らない。なにも専門家になる必要はない。ディテールにこだわって針小棒大にあさっての議論をふっかけるのが好きな人もいるけれど、そういうのは飲み屋でやらせておけばいい。

まだ戦争体験のある人々が生きている。それが日韓併合100年の今年だ。知ろうとする意志を持つきっかけにしたい。同時代人として。

最初にあげたクォン・ヨンソクの著書にサルトルのいい言葉があったので、その言葉と、それを受けて作家のソ・キョンシクが解説したという言葉があるので、少々長いが引用して終わりたい。

-----(引用ここから)-----
フランスの哲学者サルトルが「植民地主義は一つの体制である」、ゆえに「アルジェリアが独立することは、アルジェリア人だけではなくフランス人をも解放することだ」と述べたことに関し、在日の作家であり研究者であるソ・キョンシクは、次のように解説する。

 「植民地主義というのは一つの制度であり、その制度を支えるイデオロギーである。そのイデオロギーを無言のうちに支持する多くの人たちの文化とか思考方式とかの、その集積です。これに終わりを告げるということは、その制度そのものに終わりを告げることであり、その制度を支えていたイデオロギーや文化を乗り越えるということです」
-----(引用ここまで)-----

韓国人の解放はまた日本人の解放でもある。植民地主義というイデオロギーから解放された日本人としてポストコロニアルをどう生き、どう生きてゆくか。いま時代はそう問いかけている。K-POPに乗ってsign03

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