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16 posts from May 2010

2010.05.30

scholaとustでYMO三昧!

坂本“教授”龍一が講師となって始まったNHK教育「schola(スコラ) 音楽の学校」がいよいよ最終月となり、「ドラムズ&ベース」でYMOメンバー揃い踏みとなった。若い頃から“教授”と呼ばれた坂本龍一先生だけど、まさかNHK教育で音楽教える時代になろうとは思わなかったな。

ここまで番組ではバッハとジャズという切り口だけで音楽史を観てきたわけだが、この思い切りがいいよね(笑)。最後がYMOなわけだけど、この一連の切り口は基本的に音楽がリズムセクションの発見と進化の歴史であるとでもいいたげじゃないか?フリージャズの時点ですでに上モノ(メロディやSEやノイズ)はなんでもありとなったわけで、音楽を素因数分解(笑)していくと最後に残るのはビートなのかもしれない。

ボクは敬意を込めて教授のことを「ポップ・シティの偉大な田舎者!」よばわりしたが、民族音楽がコアにある坂本教授のプリミティブな衝動は、インテリジェンスの奥底にあるビートの快楽に帰結するように思う。

YMOのリズムセクションは完璧だ。演奏者として。「テクノのリズムセクションなんて打ち込みでしょ?」なーんていう浅はか極まりない人にはYMOは永遠に理解不能だ。まぁ細野さんなら「いやぁ、打ち込みじゃない?テクノは。そのほうが楽だし」って言われちゃうかもしれないけども(coldsweats01)。

YMO揃い踏みの初回放送分は、しかし触りだけだった。ジラすなぁ>NHK!でも盟友ピーター・バラカン氏を迎えて、ここまでのおさらいとリズムセクションの重要性の高まりを対談してもらって、それはそれでよかったな。小山田圭吾がなんの断りもなく(笑)、うしろでノイズギター弾いてるのもかっこよかったぞ!

次回からは細野晴臣さんと高橋ユキヒロさんのルーツミュージック中心になりそう。番組のネタもとは坂本教授が出したCDシリーズなわけだけど結構高価!一応アフィリエイトやってるんで右上に紹介させていただきましたが、ここで大切なのはこれを購入することじゃなく、曲名リストがタダで手に入ることです(笑)。

そしてオリジナルにあたること。それが大切なんだと個人的には思うわけ。バッハもジャズもそう。ま、そうやて全部オリジナルを集めるほうがよっぽどカネかかるんだけど、全部あつめる必要もないし。リスナーとしての広がりはこういうきっかけから生まれてくるもので。特に若いリスナー(視聴者)にはそういう姿勢が大切かと。そのとっかかりとしてYMOメンバーのルーツミュージックリストは貴重なんじゃないかなぁ。

●YMOの1stをマッシュアップで徹底解説する番組

あとついでにコチラも必見というUSTREAMの番組もご紹介。YMOのもうひとりのメンバー松武秀樹さんを迎えてプログラマー鼎談がアーカイブされてます!

3時間あるんだけどYMOファンにはたまらない時間でしたよ。とくに著作権の関係で流せない音楽を、視聴者が自分のCDを聞きながら番組を観るというマッシュアップという手法が面白い。番組でMCが「じゃぁこれから東風聴きまーす」という合図をすると、リスナーは自分で自分のCDの再生をするんです(笑)。それでその曲についての解説やら録音当時の苦労話を同時に聴くというマッシュアップ...。

なんだかこのニッチな感じがインターネットのストリーム番組黎明期チックでいいじゃないっすか(笑)。マッシュアップってそもそもは2つの曲からボーカルとオケをとりだして重ねたりするミックス方法のことだそうですが、まさに番組と自分のCDをマッシュアップさせて番組を成立させるということです。

もちろんCD持ってないと出来ないんですが、YMOの1stは古典みたいなものですし。持ってない人は、これこそウチのアフィリエイトで買ってください(なんつって)。まぁ、大きい声じゃ言えませんがYouTubeで聴きながらという方法もあるようなないような...。法令順守でヨロシク(catface

ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」の徹底解説もこの調子ならきっとやるな>USTREAM!絶対いい番組になるだろうなぁ。二ヶ月に分けてとか言わず一気にやってください。

こういう番組はコメンタリーファンにはたまらないっす!映画やドラマにもこんな番組欲しいなぁ。でもDVD-BOX観ながらってのだと厳しいか?「はい3枚目のチャプター14のところいきまーす」みたいな(笑)。でなきゃ地上波のドラマ見ながらライブ鼎談とかさ。ドラマのほうは録画しながら観るから大丈夫なんで。この分野、宝の山だと思うぞ!

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「無知の涙」を読む前のガイドブックとして

今朝『永山則夫 聞こえなかった言葉』(日本評論社)を読み終えた。巻末の年表を読むと今日5月30日は、永山則夫の死刑確定後に出版された『異水』(河出書房新社)の発売日だった。1990年刊行だからちょうど20周年になる。この年の5月8日に死刑が確定。それから7年後の1997年8月1日に48歳の永山則夫は刑死した。

永山則夫の著書ではもっとも有名な『無知の涙』も購入しているが、その前に『永山則夫 聞こえなかった言葉』を読んだのは個人的には良かったと思う。著者の薬師寺幸二氏は現役の家庭裁判所調査官で永山則夫と同い年だという。映画「裸の十九才」も1970年の公開当時に鑑賞されている(当時薬師寺氏は20歳の大学生)。1970年は第二次安保闘争や三島由紀夫の割腹自殺の年だ。

著者は映画のナレーションで流れた「私は生きる、せめて二十歳のその日まで」という永山則夫の言葉を20歳で聞き、家裁調査官になった後も同時代にまったく違う人生を歩み連続射殺魔となった永山則夫のことが頭を離れなかったようだ。そして調査官としての経験を積んだ2006年、家裁調査官として永山少年と対話するというシミュレーションを通して、永山事件へと続かざるを得なかった少年の心の闇や今日的テーマでもある少年犯罪の再発防止について述べられている。

永山則夫との対話シミュレーションを書籍にしたという部分がウリのような宣伝文句だったが、実際は対話シミュレーション部分は少ない。それがかえって信頼感につながっている。架空の対話よりも、永山則夫が残した小説群を調査官らしい分析を加えながら読み解くその冷静な筆致に好感が持てた。

また非行少年と犯罪少年との傾向の違いや、少年の置かれた法的立場が単に年齢だけで輪切りにされている危うい現状を説明しながら、当時の調査官の判断の是非、環境的な限界等についても現場から述べられている。

永山則夫が小説を書いた時期は死刑囚ではなく無期懲役の時期だった。この時期の永山には刑死から解放され生きる希望が芽生え、その発露としての小説があったという。永山の小説執筆を薬師寺調査官は「奇跡の生き直し」と捉える。

死刑宣告によって自身の「生」をはじめて意識し、その後東京高裁の無期懲役判決によって過去を振り返り更生へのステップを歩み始めたのではないか。著者は永山則夫が無期懲役の約10年間だけ小説を書いてきたところに焦点を当て、「死刑囚でなかった期間の作品であるからこそ、“犯罪者が更生”に向かうために何が必要か」というテーマへのヒントが隠されていると思う。」という。

●死刑と無期懲役との狭間で

もし永山則夫が無期懲役のまま執筆を続けていたら、永山事件について執筆していただろうか。したような気がする。生きていれば今年61歳になる永山則夫は生き直しを通して自身の少年時代を振り返った。その延長に連続殺人事件があり死刑判決があり無期懲役がある。

生き直した永山則夫と連続射殺魔永山則夫との間にある断絶は避けて通れないはずだ。たとえそれがマルキシズムに影響された敵としての資本主義社会への挑発であったとしても、永山則夫には最後まで語る(語らせる)責任があったように思えてならない。しかし再審での死刑確定によって永山の小説執筆も途絶えた。核心にたどり着くまえに司法は粛々と刑を執行してしまった。

死刑の社会的意義を考えずにはいられない。永山則夫の死刑執行は、ちょうど神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)のあった年だ。この事件と永山の死刑執行との関連性は様々に論じられたが真相は分からない。

社会病理としての凶悪犯罪者という視点を持つと、罰としての死刑は社会にとってどのような意味があるのか疑問が残る。なくならない凶悪犯罪をこれからも極刑への恐怖で抑止するのか、次の凶悪犯罪を防止するために過去の経験を活かすのか。

凶悪犯罪は確かにレアケースであり、そこまで行った犯罪者は更生の余地もなく抹殺するしかないのかもしれない。だがその凶悪さの原点の在り処をしっかり引き出すことが、凶悪犯罪につながる微罪の連鎖を防止する鍵になるかもしれない。

それは貧困や家庭環境などの表面的な部分だけでなく、どのような環境であっても凶悪犯罪という結末を迎えるにはそれ相応の動機が必ずあるはずだと思う。そしてその原点を知る数少ない機会が、いまだなくならない凶悪犯罪そのものである(でしかない)という現実認識を持つ。ゆえに死刑制度の存続に反対とまで言い切れないながらも死刑執行には懐疑的な私です...。

本日22:00からの教育テレビでは「死刑裁判の現場 ある検事と死刑囚の44年」という興味深い番組が放送される。死刑について考えるきっかけにしたい。

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2010.05.24

ウルトラマンそれは極度に過激な男

本題の前に、マイケル・サンデル教授の新刊『これからの「正義」の話をしよう』が、ちょうどいまamazonのランキングで1位だったので、POPと1位のキャプチャー画像を緊急アップ!POPはポストカード大で購入した本についてきました。

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いやー、すごい反響なんじゃないですか?ウチにも本が今日届いたんですけれど、内容がギュッと詰まってて読みこなすのは結構大変です。NHK教育での昨日(5/23)の講義は、ジョン・ロールズの道徳的価値と正当な対価の問題でした。つまりこの本で言うと第6章あたりです。来週は第7章のアファーマティブ・アクションをめぐる論争に入りそう。いよいよサンデル教授の議論の核心に入って行きそうな予感ですが、それまでに第6章まで読めるかどうか。キッツイぜよ(wobbly)。

でもこういう本が売れるってのはいいことだね。番組と書籍とで「正義」についてある程度の理解が出来たら、鳩山政権の道徳と正義についてぜひ考えてみたいと思う。

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では、ここからどーでもいい本題へ(笑)。前回はハーバード白熱授業におけるサンデル教授の去り際の魔術師ぶりについて見て来たが、その枕の部分でボクはウルトラマンについて言及した。10年ほど前にウルトラマンの正義について私が1200文字以内にまとめた文書があるので、今回はそれを転載してみたいと思う。ね、どーでもいいっしょ?正義と昭和がマイブームのいまならではっちゅーことで。

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●ウルトラマンそれは極度に過激な男

 1960~70年代に生まれた我々には一生背負っていかねばならぬテーゼがある。「正義の味方ウルトラマン」のことである。

 ウルトラマン。彼は正義ではない。あくまでも正義の味方気どりである。子どもの頃はみんな無邪気に喜んだ。「ウルトラマンはかっこいい」「ボクもウルトラマンになりたい」とはしゃいだ子どもは多いだろう。だが年を重ね「正義とは何か」を考えられるようになると、ウルトラマンという存在の不条理さに気づき、正義とは、正義の味方とは、というテーゼに思い悩むのだ。

 ウルトラマン。そいつは突然現れた。しかも人間に憑依してこの地球に留まった。アイツが来てからというもの、地球には怪獣がわんさか出現しはじめた。まるで自分の存在価値を正当化するかのように、出現した怪獣を倒してみせる。それが「正義の味方」の自己表現なのである。

 ウルトラマン。日本語では「極度に過激な男」である。自ら名乗ったのか、地球人が名づけたのかは知らないが、ウルトラというと「ウルトラ・タカ派」などのマッチョな思想を連想する。そのうえ正義の味方気どりなのだ。「極度に過激な正義の味方」が味方するその正義の本質が何かを考えるたびに、空恐ろしくなるのは私だけだろうか。

 ウルトラマン。カラータイマーという自己表現も巧みだ。3分しか持たない男。それがウルトラマン。闘うときは巨大になるヒーローだが、3分経つと青かったカラータイマーが真っ赤に点滅し始め、急に弱気になったりして「極度に過激な正義の味方」に危機が訪れたかのように見える。だがそれは見せかけの弱さだ。実はフィニッシュにはありったけのパワーを放出する男でもある。短所を見事に克服し最後は決めてみせる。すべて彼の演出なのではないか。そして満足して飛び去っていく。アフターは意外とアッサリなのだ。その見事な正義の味方ぶりに世の男子は熱狂した。

 ウルトラマン。極度に過激だが早漏気味の正義の味方。次々と対戦相手が現れ、ウルトラマンの餌食になる。それを大衆(主に男子)が熱狂的に受け止める図。そんな大衆を「正義」と見立て、彼はその正義に味方しているとでも言うのだろうか。これは自己正当化のための洗脳ではないのか。
 ウルトラマンが耳元でささやく。「君もやってごらんよ。ボクが君の味方だよ」と。そのとき大衆は自分が正義だと確信する。あるいは彼のように正義の名の下に誰かを正義と見立てて味方する。「正義」とは自己正当化の小道具なのか。

 ウルトラマン。その思想はまさに極度に過激だが無根拠かつ無責任である。まさにやり逃げ男だ。我こそは正義だと声高に叫ぶわけではないが「極度に過激な俺」を自覚しつつ他人に味方し自己を正当化する。そのやり口は卑劣で世の権力構造そのものではないか。そんなトンデモ思想を脳裏に焼き付けてボクらの世代は今を生きている。正義の味方の味方として。 ◆
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(ホームページの1コーナーだった「あな鶴」の「人生はウルトラマンである。」を改題)

あな鶴はほとんど途中で更新を止めてしまった。ブログもはじめたし。でも鶴輝・あな鶴のころの自分の文章が結構好きなのー。

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2010.05.23

上映後40周年目の「裸の十九才」を観る

本田靖春著『誘拐』を読了した二日後、銀座シネパトス秋吉久美子映画祭で「あにいもうと」を鑑賞し、おとといフォーク酒場昭和で撃沈しつつも熱唱し、いままた“昭和”の香りを欲している自分に気付く。1960年代から1970年代にかけての昭和の空気感を求めていた。

そんなところに原田大二郎氏が今度の参院選で民主党から出馬するというニュース。ボクの故郷でもある山口県での出馬だし、こりゃ渡りに船(?)だと思い、原田大二郎主演映画「裸の十九才」(1970年)をホームシアターで観た。選挙とは特に関係ないわけだが、きっかけはそんなもの。なんでもきっかけに使っていくのがオレ流(笑)。

この映画を観るのは二度目だ。最初に見たのはいつだったか忘れてしまったが、そのときに感じた音楽の斬新さが強烈に残っていた。今回はちょうど教育テレビで坂本龍一の「スコラ 音楽の学校」がフリージャズについてやっていて、「裸の十九才」と連続して観たのでより強烈なフリージャズのパッションを感じることが出来た。

壊れてゆく主人公と疾走感のある音楽が適切に配置されていた。その教科書どおりの適切さとは真反対に劇中何度も流れる校歌の不自然さ。不自然というと語弊があるか。意図された居心地の悪さとでもいおうか。

どっちかというとこの校歌の使い方のほうが特筆ものだと思う。この校歌がともかく不気味で哀しい雰囲気なんだ。フレーズの最後のコードもなにか違和感なのだ。すんなりキレイに終わらずトゲがある。挑発するような居心地の悪さだ。

そこで深読みしてみる。主人公のなかには音楽と呼べるものが校歌くらいしかなかったのではないかと。

人は音楽に救われる。特に10代の頃は音楽の存在が大きいものだ。私は大学生時代に音楽と世代の関わりについて世論調査したことがある(ゼミで)。当然のように若さと音楽との密接度には相関関係が見出せた。

主人公にはどんな心境のときも思い出せる音楽が校歌しかなかったのかもしれない。場面によって明るくも哀しくも響くこの校歌はいつまでも耳に残る。集団就職、淡い恋、姉のレイプ事件、離職、裏切り、嘘、放浪、犯行、どんなときも、たった一度ヒーローとなった校内マラソン大会優勝の思い出とそのときの校歌のメロディだけが救いだったのではないか。そうだと仮定してみると、こんなにさびしい青春時代はない。

この映画を語る上で母親役の乙羽信子を抜きにして語ることは不可能なのだが、あえて触れない。公開から40周年目の今年ぜひ観て欲しい一本。これは昭和を生きた母親の映画でもある。同時に現代の若者の置かれている状況を照射する映画でもあろう。

●発言を聞きたい時代に彼がいない

「裸の十九才」は連続殺人犯で後に死刑執行された永山則夫の実話を元にした映画だ。事件から2年後という記憶も生々しい1970年公開。監督の新藤兼人は事件後すぐに調査を開始したという。

永山則夫の死刑執行については当時新聞で読んだ(1997年)。髭面の優しそうな表情が犯行当時の写真とあまりにも別人のようだったのが強烈な印象だった。

そのとき彼を死刑で殺したのはもったいないとも思った。自らをここまで客観視できる(ようになった)凶悪犯は稀だ。犯罪と貧困の問題をもっと深く長いスパンで捉えるケーススタディが可能だったのではないか。

獄中で28年間死刑囚として生かし続けたあげくの執行だったが、死刑が制裁ならばもっと早くてもよかった。生かすことが罪の報いであるなら無期でよかった。28年間死刑の恐怖に怯えながら生かすことが刑罰だったのだろうか?

読み書きが不自由だった19才の永山少年は、48歳で死刑となるまでの28年間の獄中生活で初めて学ぶ時間を獲得した。むさぼるように学んでいった。貧困に学習機会を奪われた少年の犯行。だが貧困だからといって誰もが殺人者にはならない、と思う。そこについて監督の新藤兼人は入念な取材を通してこう言う。

-----(引用ここから)----------
理由なく四人の無縁の人を殺害した罪だが、永山則夫が犯した罪は貧しさのせいだ。それをわかる人はいない。それは永山則夫ほどの貧しさを味わった人も知った人もいないからだ。
-----(引用ここまで)----------

貧困と犯罪の関係性については、前に読んだ『誘拐』の小原保と共通する。時代背景も同じ高度成長期。社会のひずみが大きかった時代。正のエネルギーが充満していたとき、負のエネルギーもまたふつふつと燃え上がっていた時代。

翻って21世紀の現代はどうだろう。永山則夫や小原保の時代よりは物質的に豊かになったが、確信的な格差社会創出を目論んだ旧自民党政権末期(新自由主義的政権)が相対的な貧困層の増大を内包し始めた。

政治にも経済にもモラルがなくなり社会への無関心を生み続ける。市民は政治にあきれはて関心を失っていくわけだが、これがはからずも愚民化政策と似た効果となって社会全体の教育の貧困にもつながっている。それは現民主党政権にも受け継がれてしまった。さらに政治主導という甘言でセーフティネットとしての官僚組織も瓦解寸前だ。物事には順序がある。段取りを間違えた仕事はやらないより始末が悪い。

バブルが弾けて20年になろうとしている。大多数はモノを考えなくても食っていける分、貧困層はどんどん見えなくなってゆく。もっと俯瞰してみれば、もう高度成長期のような右肩上がりの“オモテの世界”すらない。新たな、そして深刻な「裸の十九才」を生む土壌がないだろうか。

そんなことを考えていると、2008年に起こった秋葉原の無差別殺人と永山則夫を重ねている記事を見つけた。この記事の主旨はメディアスクラム(集団的加熱報道)に向けられている。

また現役家裁調査官が永山則夫少年を分析しようと試みた「永山則夫 聞こえなかった言葉」(日本評論社)という書籍もあった。これは知らなかったので早速注文した。秋葉原事件よりも前(2006年)に出版されているのも興味深い。

いま獄中に永山則夫がいたら何を発言するだろう。しかしもう彼はいない。新たな永山則夫の誕生を待つなんてありえないが、凶悪犯罪は繰り返されるだろう。少しずつでも社会が学んでいくしかないのだろうが、社会そのものが集団ヒステリー気味で病いの進行が速い。だから歴史は繰り返すのかもしれない。悲劇を増大させながら。

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2010.05.22

フォーク酒場昭和で中島みゆきを歌うも…

小学5年生の頃、水泳クラブに入っていた。クラス対抗リレーの選手にもなり結構活躍した。だから社会人になってサイパンへ行ったとき泳げるものだとばかり思っていた。それがプールに入った瞬間「これが自分の身体か!?」と思うほど、意識と身体能力との乖離を思い知らされ水中でバタバタともがいた。

昨日のオレはまさにそのときのサイパンのプールのような気分だったのだ(笑)。久しぶりに人間なんてラララーズのメンバーと神田にあるフォーク酒場昭和へ。入れたのは2度目。3年ぶりだ。早い時間に行かないと入れないので、この3年間のうち何度か行ったがすべて入れず、今回は19時集合で入れた。

サムピックは今日もカバンに入ってる。つねに臨戦態勢だっ!だが常に臨戦態勢でも練習していないとこうなってしまうんだな...。

この日の個人テーマは中島みゆき。昭和で中島みゆきを歌うのが夢だった(笑)。だから全曲集も持参した。もっともお客さんが多いので歌える曲数は限られる。「自分で弾き語りたい中島みゆき20選」のなかから選ぶのは当然の選択だった。いわば安全パイのはずだったのに...。

最初に歌う中島みゆきの楽曲。記念日好きの私はこの記念にふさわしい楽曲はどれかと考えた。基本アルペジオしかやらないと決めていたのだが、第一発目はそれなりにパンチの効いた(?)曲をかましたい(笑)。

●選曲は良かった(笑)

そこで選んだのは「怜子」だ。イントロもなく「れぇーえーいいこー!」と始まる。インパクトあるでしょ?左手の感触を確かめて即歌。これは気持ちよかった。一曲目としてはアリだったと思う。客席から「知ってる」という声も聴こえて上機嫌(笑)。

一人1ステージ2曲までなのでもう一曲。とりあえずシングルからもと「ひとり上手」を。これも3フィンガーアルペジオでまぁ無難に歌えたと思う。

Showa20100521問題は次に回ってきたときだ。これで終わりだったので「誰のせいでもない雨が」と「歌姫」に決めた。「誰のせいでもない雨が」も「怜子」と同じで歌いだしにインパクトがあるでしょ?それでいいかなと思って。でも譜面のページを見ながらはじめてしまい、途中でページをめくらなきゃならないことに気付く。そこであせったな(笑)。

さらに声がまったくでない...。サイパンのプールが頭に浮かんだのは「誰のせいでもない雨が」のサビのところ wave 。あとはもうボロボロだった。ひとりで堕ちていった...。気力がなくなると声はさらにでなくなる。ギターも間違える。散々だった。誰のせいでもないのだが(笑)。「歌姫」なんてもっとムリだった。拓郎の「舞姫」にしとけばよかったな。

それでもお客さんの暖かい拍手。ママさんから「キーが高すぎたわね」「プロでもそうだから」と慰めのお言葉。もちろんこういうお店なので、失敗もまた楽しではあるのだが。歌えるはずが声がでないという恐怖はちょっとショックだったのさぁ...。

しかしこの日最初に中島みゆきを歌ったからか、他にも中島みゆきを歌ってくれるお客さんが多くてそれはとっても楽しかった。「捨てるほどの愛でいいから」を歌った女性のお客さんからもお声をかけていただき、それで救われた感じ。いいお店だなぁ。

次回は松山千春や吉田拓郎など男性ヴォーカルを歌おうっと。それよりまず自宅で自主練せねば!!喉が細くなってる。最近あまり腹から声出すことないからなぁ。

2月の中島みゆき誕生日オフ会のときはカラオケだったけど、弾き語りで歌えるというのはまた違った楽しみがある。早い時間に集まれないと大勢(3人以上)での入店が難しい人気店だが、いつか昭和で中島みゆきナイトが出来るといいな。

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2010.05.20

うそやまつきお首相

民主党の鳩山由紀夫首相のニックネームが決定した。

うそやまつきおだ。

ハトかと思ったらサギだった。


もっともドバトも嫌いだ。

パニックになると山ほどフンをするドバト。

パニックになると山ほどウソをつく鳩山。

政権交代を間違いだったとはいいたくない。

だがうそやまつきおを担いだのは大間違いだった。

うそやまつきおが海兵隊の抑止力を学んでいるあいだにそれを学んだ。

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2010.05.18

『誘拐』 犯罪者は社会的弱者である

今年上半期もっともはまったドラマは「八日目の蝉」だった。もうひとつのNHKドラマで「チェイス」も今週最終回だが、どちらも誘拐がドラマのベースにあった。今年はそういうめぐりあわせなのか、書店の平台で本田靖春氏の『誘拐』(ちくま文庫)が目に付いたので購読した。

その筆力に圧倒された。事実の積み重ねが、ひとつの物語としても小説を凌駕する。虚構だったらこの迫力は出ないように思う。さらにこの緻密な構成力。登場人物は多いけれど、そのひとりひとりが丹念に描かれ、誘拐殺人事件の背景となった社会状況や人物像が行間からにじみ出てくる。

著者は文庫版へのあとがきでこう書いている。

---(引用ここから)-----
私は十六年間の新聞社勤めの大半を社会部記者として過ごした。そして、その歳月は、犯罪の二文字で片付けられる多くが、社会の暗部に根ざした病理現象であり、犯罪者というものは、しばしば社会的弱者と同義語であることを私に教えた。
---(引用ここまで)-----

『誘拐』は著者がフリーになったあとの作品だが、記者生活で得た「犯罪者は社会的弱者である」との確信が作品に練りこまれている。それが単に犯罪者への同情を引く浅い色づけなどではなく、社会病理の根源とそこに不幸にも遭遇してしまった人間たちを描ききろうとする意志によって貫かれている。

この誘拐殺人事件は私が生まれるより少し前、高度成長真っ只中に起こった。沸き立つ社会の片隅に生きていた陽のあたらないひとりの弱者の姿を、誘拐殺人事件という悲劇のノンフィクションによって知る。本田靖春氏がこのテーマを選び描かなければ小原保は極悪非道なだけの誘拐犯としてしか残らない。21世紀の今、その名や事件から何かを感じるということもなかっただろう。

しかし読み終えて、ここまで精緻に迫らなければ社会的弱者である犯罪者への想像力は持ち得ないこともわかる。昨今のジャーナリズムにその力や意志があるだろうかと不安になる。だからこそ、死刑に懐疑的でなければならないし、扇情的なマスコミに懐疑的でなければならないし、忘れられた民への目線を忘れてはならないと思う。

誘拐事件は減ったように思うけれど、格差拡大に歯止めがかからない現代、新たな社会的弱者は日々量産され、無差別殺人など現代的ともいえそうな事件はなくならない。豊かさの裏側で忘れられてゆく人々。政治が忘れ社会が置去りにし救いもなく孤立し先が見えない人・人。

服装の乱れとか有名人の不規則発言とか噛み付きやすい話題には異常なバッシングを繰り返す豊かな社会の一方で、行き場のない犯罪が生まれ裁かれる社会の怖さ。このようなノンフィクションによって知りつつも、もう元には戻れない日本の現状をどうすることも出来ない。せめて事象の背景への想像力だけは失くさないようにしなければ。

本田靖春氏のこの著書はノンフィクションの金字塔と言われていて、文庫の解説を書かれている佐野眞一氏の著作等でその存在は知っていたけれど、重そうな内容なのでずっと読む時期を先延ばししていた。それがちょうどいま、佐野眞一氏がダイエーの中内功社長に迫った『完本 カリスマ』(ちくま文庫)の上巻を読んでいたタイミングでもあり、ドラマ「八日目の蝉」を見終わった時期でもあり、書店平台で目に付いた偶然の出会いもあって、読もういう気になった。確かに必読の書だった。

死刑囚となった小原保が最後に拠り所とした土偶短歌会は顧問格に中西悟堂がいて、小原保の俳句掲載が可能となったという。そこに掲載された句は胸を打つ。ふいに中西悟堂の名前が出てきて驚いた。またもう一方の主人公でもある、小原保の自供を引き出した平塚刑事は、小原処刑の日、三億円事件特別捜査本部にいたそうだ。三億円事件は私が生まれる三日前に起こった事件だった。本筋とは別に人物の名前や時代背景が登場することで、そこに書かれた事件が決して絵空事でない、すぐ隣にある世界だと感じる。ノンフィクションならではといえる。

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2010.05.15

去り際の魔術師!ハーバード白熱授業

ウルトラマンはかつて「正義の味方」と呼ばれた。ボクたちはそんなウルトラマンを正義そのものだと錯覚して応援した。しかし少し大人になって気づく。「正義の味方」は「正義そのもの」ではないのではないか?ウルトラマンが味方する正義とは何か?正義の内容が変化しても常に正義に味方するウルトラマンなる存在は単なる権力者の犬ではないのか?

そんなことばっかり考えていたので大学受験に失敗したりしたのだが(笑)、もしハーバード大学のサンデル教授に出会えていたら、正義について、ウルトラマンについて、もっと深く思考できたかもしれない。

NHK教育テレビで始まった「ハーバード白熱授業」も第6回放送が終わり半分まで来た。ここまでで「純粋理性批判」で有名なカントの厳格な道徳性の理論についての講義が終わった。本格的に深めたい方にはNHKの番組サイトに参考図書が掲載されている(ディスカッションガイド)。

講義の真の価値は参考図書の読みこなしを土台として成り立つ。テレビではある種講演的な面白さに満ちている。まさに哲学のエッセンスをコンパクトに詰め込んだ講話のようなものだ。だからハーバード大学もエッセンスとしての講義の公開を許したんだと思う。知的エンターテイメントとして非常に魅力的な番組であり、マイケル・サンデル教授は優秀なスピーカーだ。

哲学講義の内容についてはとりあえず各自取り組んでいただくこととして(bleah)、どうしてこんなに面白いのかを考えてみることにしよう(サンデル風に)。

●つかんで、いじって...魔術師の職人技

まず、サンデル教授は“つかみがオッケー”な教授だ。この番組の面白さの説明で常に使われてきた「5人を救うために1人を犠牲にすることの是非」は、まさに第1回放送の“つかみ”の部分だった。そのつかみをさらに掘り下げながら授業は進む。授業の動機付けが非常にうまい。ダチョウ倶楽部もビックリだ。

そして“客いじり”だ(笑)。客と言ってもハーバードの学生たちだが。1000人もの学生相手に対話型の講義を行なうのはかなり難しいだろう。スパイダーマンの着ぐるみを着てテレビに映りに来ていたヤツもいた。

客いじりの難しさは反射神経で対応しながら、場を思い通りの方向に進行していかなければならないところだ。どんな回答が出ても面白ければオッケーな番組ではなく、授業であればなおさら。サンデル教授は手を挙げて発言する学生の話をしっかり聞き、主旨を理解し要約し、他の意見も聞きながら、対立意見どうしを比較検討して捌いていく。その臨機応変なクレバーさも魅力だ。

そして発言した学生の名前を必ず聞く。いや厳密には必ずではなく、それなりに聞くに値する発言(賛成・反対は問わない)の学生の名前を聞き、「○○はこういっているが反論がある人はいるかな?」とさらに投げかけたりする。そうやって複数の学生の意見を聞きながら授業を組み立てていく。まさにライブだ。この要約上手な才能が、哲学をコンパクトに整理するスキルと同一であることは間違いない。だからテレビ栄えするんじゃないか。

そして授業の終わり方が絶妙にうまい。「次回はこの問題について考えていこう」みたいな期待を残した次回予告をして、クルっと後ろを向く。それが1コマ終了の合図でホールを去る学生のざわめきが会場を包む。最近は拍手すら起こる。このドラマ的な空間処理!まさに去り際の魔術師なのだ。

テレビでは1コマ30分だが、「つかんで、いじって、クルっ」というこのパターンが鉄板なのだ。

●米国流正義の“見せ方”

例えばスタートレックを見ても分かるように、米国には「正義の味方」ではなく「正義の見せ方」が抜群にうまい人々がいる。正義や道徳的価値観は押し付けられると反発したくなる。しかし見事に誘導されると陶酔感すら得られる。正義や道徳的価値観を魅力的に語ってみせる技術は、きわどい人間性のバランスを突く多民族国家アメリカの文化という捉え方も出来るかもしれない。

ただそのような「正義の見せ方」は危険をはらむ。「正義とは何か」という根源的な疑問を脇に置いて正義らしきものに陶酔してしまう危険だ。その振り子がおかしな方向に振り切れたとき、米国の利己的な正義が露見することもある。

その点サンデル教授は功利主義批判の急先鋒でありコミュニタリアン(共同体主義者)というところがいい。ウォール街が象徴する強欲資本主義は強力な功利主義だが、それを真っ向批判し「正義とは何か」を学生に考えさせる。サンデル教授の講義する動機には、どんな正義があるのかを聞いてみたい気がする。

NHK教育テレビでの放送は日曜18時から毎回2コマで放送されている。次回もサンデル教授の去り際に注目しながら見ていくことにしよう(happy01)。

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2010.05.11

「八日目の蝉」終了翌週 心の隙間を埋めに

富士丸梶原店ドラマ「八日目の蝉」が先週終了してしまい、ヒマになった火曜日の今日。ポッカリ空いた心の隙間を埋めるべく、富士丸らーめん梶原店に初見参!しっかり埋めてきました。腹を!

ここのオリジナルメニュー「白・炙り」にやさい・にんにく増しを注文。富士丸系に行くのは超久しぶりだ。検索したら5年ぶりだった...。インスパイヤ系は結構いっているのだが。

久しぶりに食べるこの味。これが食べれている間は病気しない(笑)。そんな気がする。今日だけは魚食系男子を棚上げだ。


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2010.05.09

奥秩父までプチソロツーリング

Okutitibu20100508_001ゴールデンウィークも6,7日と平日を挟んだ8日土曜日。さすがにこのあたりは渋滞も少なくなっているんじゃないかと考え、超久しぶりにスーパーカブ110でどっか行こうと思っていた。前日の7日は風雨がすごかったので天気だけが気がかりだったがまさに快晴!こりゃ行くっきゃないっしょ。

朝6時過ぎにとりあえずタイヤに空気を入れた。思えば1.5ヶ月まえ(くらい)に空気を入れてから1回しか乗ってない(coldsweats02)。昨年夏の終わりに購入したのに、まだ慣らし運転距離に達していない(wobbly)。しかしそんなことお構いなくエンジンはブンブンフル回転している。ひどいユーザーだ。だが慣らし運転している間にきっと何年も経ってしまう。人生は短いのだ!壊れたらそこで旅も終了だ。それでいいのだ。でも若者は慣らし運転をしたほうがいい。

空気を入れた後、なんだかんだで朝8時ごろ出発。なぜか口を突いて出てくる脳内曲名は「キン肉マンGo Fight!」だった。そんな気分だったのだ(笑)。名曲だよねっ。天気のいい日にソロツーリングする人はぜひ歌ってみてくださいgood

●往路 R463-R299-R140

ルートはR463からR299で。R463には二輪車専用という“路肩”があって気兼ねなく走れて良かった。こっちがカブだというだけで追い抜く輩ばっかりだからな。また連休明けの土曜の午前中だからか、やはり車は少なめでよかった。バイクは多かった(笑)。

R299に入り、2年前に電車と徒歩でフィールド録音に来た横手渓谷の武蔵横手駅前を通過。なんとなく感慨深かった。五常の滝をめざす団体さんを横目にいよいよ山道へ。

カブ110での山道も初だけど、R299の正丸トンネルが初トンネルでした。秩父までのR299はカーブもきつくなく初心者にも走りやすかったな。ブレーキもほとんど踏まずにアクセルワークだけでスイスイ行けました。

秩父市内は若干暑かったけれど渋滞もなくすんなり抜けてR140へ。1年前に秩父鉄道で来た武州日野駅前を通過。知っているところを通るとうれしいし安心します。そして秩父鉄道の終点三峰口駅を過ぎてゴールの道の駅大滝温泉までもう少し。R299よりもカーブがきつかった。しかしそれより気になったのはガソリン...。

ほぼ満タン(4.3L)で出発していたので、リッター60km程度走るカブ110なら(そしてボクのひどい運転でたとえ40km/L程度だったとしても)、計算上は往路は大丈夫なはず。しかし残量が1/4近くになってると気分的に余裕がなくなる。実際には1/4も減ってなかったのですが...。

下調べで「秩父市内で給油する」という情報は入っていたのだけど、大丈夫だとそのまま走ってしまって。結果的には問題なかったけれど、最後のスタンドから道の駅まで往復30kmはガスメーターも気になってしまってちょっと残念。秩父で満タンにしとけば余裕を持ってもう少し寄り道とか出来たのにと思いが残りました。

中津川いも10:50ごろ道の駅大滝温泉到着。バイクツーリンググループは2つくらい居ました。とりあえず遊歩道におりてフィールド録音を始めたけど、風が強かったのであまりいい音は録れず。

道の駅には日帰り温泉施設もついていて、最初は入ってくる予定だったけど帰りに汗かきそうだったのでやめました。ブランチに食堂でそば(700円)と中津川いも(300円)を食べました。いもがうまい!特産の味噌がうますぎっ!売店で思わず味噌を購入。

●復路 R140-R254-R16

食事した後、11:30過ぎごろ体力も回復し復路へ。山道から降りてようやく最初のスタンドが見えてきたので補給。セルフじゃなかったので出光のおじさんに「今日は絶好のツーリング日和で気持ちいいでしょう!」と声をかけられたときには来て良かったと思いましたね。ガソリンを入れるときには「やけに入るな...」と言われました(coldsweats01)。「エンプティギリギリだったんで」と応えたのですが実際には2.79Lでした。まだ1.5リットルも余裕があって。まだ60kmくらいは余裕で走れたってこと?

しかしこれで一安心。往路と違う道を走ってみようと思い、R299との分岐点も直行してR140を進みました。幹線道路は面白さは少ないのかもしれないけど、道順を気にしなくていいから楽チン(笑)。RCサクセションの「雨上がりの夜空に」などを歌いつつ進みます。

休憩中のスーパーカブ110ちょっと渋滞気味だったので、長瀞の文字を見たときに荒川に寄っていこうと思い、長瀞駅の踏み切りを渡って川沿いへ。長瀞のフェリー乗り場はさすがに観光地で人が結構いました。駅から少し離れたあたりに川へ降りれる道があったので、バイクを置いて歩いて降りました。

カメラスタンドを立てている人などもいて、川下りに出くわすといいシャッターポイントなのかもしれません。フィールド録音的には川の音はそれほど面白くなかったのですが野鳥の楽園でした。2年前の五常の滝入り口で録音したのと同じ野鳥の鳴き声が録れました。

2年前は何の鳥かさっぱりわからなかったのですが、野鳥の鳴き声CD付き図鑑などで調べた結果、これがヒバリの鳴き声らしいとわかりまして(happy02)。もしかしたら子どもでも知ってるのかもしれませんが...。美空ひばりの名前のルーツなわけで、ヒバリを認識できてよかったなぁ。

では録音してきたその歌声を聴いてみましょう earpaper 

長瀞町の荒川付近のヒバリ
(MP3/925KB/59sec)

のどかやなぁ。もっともヒバリは縄張りを主張するために延々歌い続けるらしいですが。

荒川岸での休憩を終了し、あとは一路自宅へ帰るだけ。そのままR140でも良かったのですが、そうするとR17にぶつかるだけで延々つまらないので(笑)、途中で右折しR254(川越街道)へ。多少は道に変化がありますから。

仕方がないですが、だんだん渋滞が多くなります。このあたりでバイクの特性を活かした県道やら裏道やらを駆使できれば面白いのでしょうね。まだまだ知らない道ばかりです。途中何度も曲がってみようかなと思ったりしたのですが結構疲れていたので、とりあえずわかりやすい道で帰りました。途中でミニパトの横をすり抜けしたりして...。

スーパーに寄り道してビールとつまみを購入しました。ほとんど自宅で飲まない(マッコリ除く)のですが、この日はビールが必須でしたわ beer 帰宅したのが16:30くらい。8時間半のプチツーリングでした。疲れたけどリフレッシュできた感じ。

6時間はバイクに乗っているわけで、これまでのボクの価値観ではその6時間でドラマや映画が何本見れて本が何ページ読めて...みたいなことなんですけれど、ただ単純にバイクを駆ることが目的のソロツーリングの楽しさは行ってみて初めてわかる体感ですよね。天気がよければなおさら。両方思い切り楽しめる人生がいいなぁ。

ビール飲んだ後にゆっくりしようと思っていましたが、夜はラーメン師匠と近場のラーメン店の開拓に行ってしまいました(もちろん師匠の車で)。

Okutitibu20100508_002

Nagatoro20100508
写真(上):道の駅大滝温泉からの景色
写真(下):長瀞駅近辺の荒川(ヒバリの声を録音したとこ)

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2010.05.08

長瀞なう

今朝は奥秩父までスーパーカブにてプチツーリングに来てます。もう帰り途中だけど!R299できたので帰りはR140で帰ってます。天気はサイコー!

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2010.05.06

松丸アナのポエム

今年は新春も松丸アナいじりだったゴッド舌。改変期を乗り切った5月にも松丸アナいじりでほっと一息(?)。節目節目での松丸アナいじりはほんとに楽しいですぅ。

しかし今回は大糾弾大会だった!進行がいいかげんだの、番組に愛情をもっていないだの、言われ放題!

しかし口ごたえする女子アナをはじめて見た(笑)。お笑い芸人に「間が悪い」といえるのは谷桃子だけだと思っていたが、こりゃ松丸王決定戦もやらなきゃ納まらんぜよ!?

しかし創作ダンスになぜここまで固執するのか松丸タン...。もう自分のアイデンティティはダンスにあるという確信を持ってるな。一世風靡セピアって、新作はないのか?

そしてポエム...。TOKYOはさびしい街ってまた言ってたな(笑)。それ2008年に発表したフレーズですけど。どんだけさびしいんだ!

せめて自信のあるポエムくらいは新フレーズで決めて欲しいぞ。引き出しはまだあるんじゃないかなぁ。そう思って携帯サイトをはじめて覗いてみた。今日現在14個のポエムが掲載されていた。動画がみたけりゃ月315円かぁ。

ダンスもポエムも過去の引き出しから出しまくり。しかしダンス&ポエムに絶対の確信を持つ松丸アナ。大好きです!松丸アナはボクにとってまさに“ガール”なのかもしれない。

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2010.05.05

ココラー様変わり!

2003年当時、ココラーといえばココログする人のことだった。

2010年現在、ココラーといえばココルルユーザーのことらしい。

やけに最近、ココラーでアクセスされる人が多いと思った!

2010年のココラーはここらへどうぞ!

2003年からのココラーは、ここらが発祥の地(笑)。

ココラーかつココラーというココラボっちゃってる人もいるんだろうなぁ。

と思ってググってみたら、ココルル名古屋店はココログだった(happy01)。

こ、こらーすげぇ。


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文治さん!「八日目の蝉」最終回

「待ってください。もう少し待って!その子まだ、朝ごはん食べてないの」

希和子(檀れい)が警察官につかまれながら薫との別れ際に放った最後の言葉です。ドラマ「八日目の蝉」がとうとう最終回を迎えました。思えば薫はいつも「お腹すいた」と言ってる子どもでしたねぇ。

大人になった薫(北乃きい)が小豆島を訪れ、そこで文治さん(岸谷五朗)と再会して、文治さんから聞いた希和子の最後の言葉。希和子と引き離されたときの映像だけが心の奥に残っていた薫にとって、その映像と言葉がようやく一致した瞬間でした。

逮捕される瞬間、自分のことより薫の日常を最後まで心配した母としての希和子。「からっぽのガランドウ」と罵られた日から始まった希和子の逃避行は薫の朝ごはんの心配で終焉を迎えました。からっぽなんかじゃなかった。希和子の中には母性が薫っていました。

薫ははっきりとその瞬間を思い出し、「お母さん、お母さん」と号泣します。このときの「お母さん」とは希和子のことだったのでしょうか?そうとも言えるし違うともいえそうです。私にはそれが母性そのものへの叫びだったようにも思えます。薫が宿した赤ん坊の声だったのかもしれません。そして薫は子どもを生む決意をし、実の母の了解を得ようと前向きになるのです。あらゆる困難を超えて生かそうとする母性の萌芽を見ました。


それにしても薫が文治さんと出会えたのは良かった。フェリーで去ってゆく薫に文治さんが叫んだ「がんばりやぁー!」は涙なくして見れませんでしたねぇ(crying)。文治さんという近しい第三者を思い出すことが出来、出会えたことが、未婚の母として生きる決意をした薫にとっては心強かったのではないでしょうか。自分を応援してくれる人がここにいるという事実は大きな支えになると思えるのです。

フェリーに乗った薫は無意識に島の言葉で話し始めます。ここで方言ってのはいい演出だったなぁ。過去と現在がようやくつながった薫はきっと困難を乗り越えて生きていけるんじゃないでしょうか。

出所した希和子はフェリーのりばの岡山県側で売店の売り子をしています。いつか島の人に出会うこともあるんじゃないかな。そのとき薫を知っている文治さんの存在がきっと大きいはず。

希和子も岡山港で薫の存在に気付き追いかけました。薫が振り返ったとき、希和子を認識できたかどうだったのかは曖昧なままです。しかしそのうちマロンちゃん(高橋真唯)がこの親子のルポを出版するでしょうし、二人が再会する日がくるかも知れません。

エンゼルさんの家のスタディで「一番欲しいものは?」との問いに希和子は「未来が欲しい」と応えていました。望んだ未来とは違っても、その未来まであと一歩のところに希和子も立っています。いつか文治さんと再会して新しい生活を始めてほしい。

ドラマはもう終わってしまったわけですが、この先のパラレルワールドをいくつも夢想してしまいます(confident)。ドラマが終わっても夢想し続ける私はまるで八日目の蝉のようなものかも!?続編が頭の中で始まってます。

●これまでの「八日目の蝉」関連記事
2010/04/14:ドラマ「八日目の蝉」
2010/04/24:最終回を待てず小説「八日目の蝉」購入
2010/04/27:「八日目の蝉」第5話視聴直後のドキドキ感のまま書いてみる

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2010.05.03

2010年ポン・ジュノの旅

4月下旬にDVDBDが発売されたポン・ジュノ監督の映画「母なる証明」を見た。ものすごい映画でとにかく人に薦めたいのだが、ネタバレを気にしない私ですらそのクライマックスを書くのは躊躇する。宣伝には相当苦労したんじゃないか。

ユリイカ5月号がポン・ジュノ特集を組んでいるのだが、ある記事に「*この論考は、いわゆる『ネタバレ』をしています。」と断り書きが入っていた(笑)。

殺人犯の容疑をかけられた息子、怠慢な警察や弁護士、無実を証明するためたった独りで立ち上がった母親。これらの宣伝文句がいったいこの映画を紹介したことになるのだろうかsign02 間違っちゃいないがミスリードでもある。「母なる証明」はそんな映画じゃないんだ。

この映画を撮ったポン・ジュノ監督は「殺人の追憶」と「グエムル 漢江の怪物」で興行的にも成功し、「母なる証明」も期待に違わない作品となった。...と書きつつ、私が観た最初のポン・ジュノ作品はBDの「母なる証明」だった。

他の映画も手元にあるがまだ見ていない。「グエムル」の公開当時には観たくて仕方がなかったのだが、怪獣映画という宣伝文句がどうにもひっかかって観なかった。おそらくそれもミスリードだったんじゃないか?正直「母なる証明」の監督が「グエムル」の監督だったことも知らなくて(coldsweats02)。知らなかったから「母なる証明」を観たともいえる。そして「母なる証明」を観た後、やっぱり「グエムル」をしっかり観ておこうという気分になった。

私が「母なる証明」1本でポン・ジュノ監督の作家性に強い興味を抱いたように、おそらく他のポン・ジュノ作品を観た人も同じかもしれない。映画ファンのお友達takさんのグエムル評には「人間がきちんと描かれている」とあった。“怪獣映画”という宣伝にミスリードされては本質をつかめないということだと思う。

ポン・ジュノ監督が宣伝しずらい重層的かつサプライズのある映画を撮る人だとわかれば、もう宣伝文句のミスリードなんて関係なくなる。ポン・ジュノという名前が最大の宣伝効果になっている。

私にとって2006年がソダーバーグ監督の旅だった。4年後の今年2010年は完全にポン・ジュノ監督の虜だ。キムヨナからはじまった私の“遅れてきた韓流ブーム”はいま、ポン・ジュノ監督という新しい展開を迎えているのであった(happy02)。

●強い作家性を感じた「母なる証明」

「母なる証明」のDVDには監督や出演者のインタビュー映像も収録されていて大変参考になった。まず驚いたのはこの作品がオリジナル脚本であったこと。しかしよくよく考えればオリジナルだからこそのサプライズだった思う。

主演のキム・ヘジャを先生(선생님=ソンセンニン)と呼ぶポン・ジュノ監督。先生には必ず敬称の님(ニン)をつけると韓国語の通信制講座で習ったので、特典映像のポン・ジュノ監督とキム・ヘジャさんの対談で「ソンセンニン」と呼んでいるポン・ジュノ監督を観てなんだかうれしかった(笑)。

そもそも「母なる証明」はキム・ヘジャ主演で映画を撮りたいというところからはじまっているそうだ。“韓国の母”を長年演じてきたという。そんな平和そのものの母親のイメージが「母なる証明」では見事に裏切られる。

キム・ヘジャ先生は日本の女優で言えば京塚昌子のようなポジションといえるだろうか。京塚昌子がこの映画の主演だったら?と想像するだけで、その突拍子もなさが理解できる。向田邦子ドラマにおける加藤治子だったらあり得るかもしれない。

オープニングから強いインパクトで観客を揺さぶる。キム・ヘジャ先生が草原で身体を小刻みにゆすり踊り始める。その唐突さがまったく想定外の物語の始まりを予感させる。そこにオープニングの音楽が重なる。このギターがたまらなくいい。乾いているのに憂いがある。思わずサントラも購入し寝る前に聴いてる。

DVDの特典インタビューからこの映画をうまく表現できそうなことばを探した。そして見つけたのは「道徳的なジレンマを認めつつも、母性に極限はあるのだろうか」というキーワードだった。その母性の極限をキム・ヘジャ先生に演じてもらいたかったとか。そのために作った脚本だといえる。

またプロデューサはこの映画を「100%商業映画」だと言った。コントラストの低い映像で題材も明るくはないが、ストーリ展開に観客を引っ張る力がある。そして衝撃的なクライマックスと、オープニングに新しい意味を付加するようなエンディング。みごととしか言いようがない。

だが宣伝するのが難しいという思いは変わらない。いかにもジャンル映画のようでいて裏切られる。だから面白いのだが。ポン・ジュノ監督を信じるしかない。この監督は映像先行型だと思う。映像があり役者がいて勝手に物語が膨らんでいくタイプのようだ。魅せ方の技術とこだわりの核になる作家性がブレないから、どんな設定の映画であってもポン・ジュノ色に染まる。それが信頼につながる。

最後の最後に息子のトジュン(ウォンビン)が母に「落としちゃだめじゃないか」というセリフがある。ここはシナリオ段階では「遠くに捨てて来い」だったそうだ。この違いの大きさsign03 監督がメイン脚本家でなきゃ出来ない変更のようにも思う。細部への配慮、全体構想力のバランス、そしてフットワークの軽さが光ったエピソードだった。

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2010.05.01

上海万博2010開幕記念!

上海万博(EXPO)が開幕しました!それを記念して蔵出し画像をアップしてみました。

Expo70

大阪万博(EXPO70)のことは、まったく記憶にございません!

うしろのテレビが時代やなー。

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