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24 posts from July 2009

2009.07.30

PHSやめないかも(笑)

PHSやめようかな」と書いてから一週間が経ちました。心境の変化で「PHS継続」にブレはじめてます(笑)。

ドコモショップで見てきました。今使っているアドエスがスマートフォンなので、T-01Aを見てきたんですが、カタログで見ていたときほどの高揚感がなかったな。

スタイラスペンも右利き用の位置にしかつけられないし、画面の縦横変換もなんだか反応鈍かった。手動で縦横変換ボタンとかないのかショップの人に聞いてもないっていうし(ホントかな???)。

タッチパネルは指でも使えるけどスタイラスペンがないと結構反応しない。指が超細くて爪が長ければそうでもないのかな?人間スタイラス(笑)。ギザ指キタス(意味不明!)。

ただスタイラスペンがあれば、文字入力のストレスはあまりなさそうだった。PDAに慣れてる人だったら違和感なさそう。左利きの立場からするとイマイチってだけで。まぁそれはアドエスにも言えなくはないけども。

あと、その反応の鈍さを試しながら、そもそも必要なのかって根本的な疑問も。北浦和駅前で電話することなんてほとんどないわけで(笑)。他の人に聞いても、確かにあのあたりは通じにくいらしい。原因は諸説あるけど、若者が安いPHSをたくさん使っているって話しも...。

それにスーパーカブ110を買ったら携帯のGPS機能があると便利かなと思っていたのだけど、バイク用ナビのほうが圧倒的に便利じゃないかと思い始めた。パケット代も基本通話料もなしのうえ、GPSナビ機能では圧倒的アドバンテージがある。必要充分だな。

というわけで、いまやバイク用GPSナビの物色に気持ちがシフトしてる。ヘルメットも買った。ヘルメット用のワンタッチ着脱金具もかった。そしてGPSナビを物色...。バイクはいつ買うんやっsign02

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2009.07.29

川村カオリ逝く

川村カオリが昨日亡くなった。38歳。乳ガンとの闘病5年というから33歳からの闘病生活だったことになる。短かったけれど記憶に残るアーティスト人生だったと思う。

正直、ボク自身は熱心なリスナーじゃなかった。デビューアルバムの「ZOO」、2ndの「CAMPFIRE」あたり、1989年頃に一番川村かおりを聴いていた。

そのぶっきらぼうな歌い方とロシア系の面影とがマッチして、若さの裏に潜む孤独とか翳りを代弁してくれてるようなロッカーだったと思う。あっちで清志郎と再会してコラボしてくれ。まだ観に行けないけど。

そんな川村かおりだから、ボクにとっては“若さ”の象徴だった。10代の頃、それもちょっと悔しかったり不安だったりした感情を思い出すBGM、それが川村かおりの歌声だった。

キャンプファイヤー・ソングのようにグルグル回る堂々巡りな感覚。そしてそこからの解放。ボクは川村カオリを彼女のこの歌で送りたいと思う。伝えられなかった思いを込めて。

ちょっと前にひとくちメモの脳内曲名ざ行編の「ず」でZOOが思い浮かんでいた。いつも川村かおりが歌うZOOがボクの脳内に刻み込まれている。これからもずっと変わらないだろう。

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2009.07.26

お手軽!専用ダンボールで蔵書収納

ダンボール箱が届いた。昨日午前中に発注して24時間以内。はやーい!お店には「不在時は宅配ロッカーへ配達してください」と書いてもらったのだが、そのあまりの大きさにビックリ。宅配ロッカーには入らない可能性あるな。それで早めに届けに来てくれたのかな?

Box_book01

引越しするわけじゃない(笑)。本の収納用だ。本棚よりも効率よく収納する方法をいろいろ探して考えた結果、やっぱダンボール箱がお手軽かつ収納力が高いってことで。将来的にどっか倉庫を借りるとしても、すぐに移動できるようにしておきたい。

今回発注したダンボールは書籍サイズでいえば四六版とB6サイズ、いわゆる単行本といわれる大きさにフィットするもの。1セット10枚で5セットだから50枚だ。お店は「ダンボール・梱包資材の店 In The Box」(パッケージアート株式会社)さん。小ロットでも手軽な価格で購入できるのがうれしい。

単行本のサイズってのは結構くせもの。文庫とか新書よりもかさばるし収納が難しい。だが増えていく書籍の山をなんとかしたいという思いはあった。蔵書管理というほどマニアックではなく、お手軽かつ効率的な収納がしたかった。

とりあえず部屋にあった単行本を片っ端から入れてみた。新旧取り混ぜて入ってます(^_^;)。

Box_book02

どうでしょう。天地(書籍の高さ)が単行本サイズにあわせてあるので美しく収まる。またこのお店の書籍用の箱は横幅(長面の内寸)が404ミリにあわせてあるので、リピーター魂もそそる。うまいねぇー。

さて、ここからが工夫のしどころ。箱の封をガムテープでしてしまうと、いざ取り出すときに箱を傷める。また箱詰めしちゃうと内容物がわからなくなる。中身がわからなくなるってところが書籍の収納で一番のネックじゃないだろうか。

そこで、まず箱のフタのガムテープ留めをやめた。そして卍固めを採用。かざぐるま方式といってもいい。なんていう呼称かわからないので...。いわば仮留めだ。こんな感じ。

Box_book03

最初は「どうやるんだ?」って思うけど覚えれば簡単。写真のフタの右短面がミソ。こいつを最初に普通のフタをするように折り、順々に上側の長面、左短面と折っていく。最後の下長面を折るときに、最初に折った右短面の下に潜り込ませる(右短面を半分だけ上に引っ張り出す感じ)。これで完成。

この方法は開け閉め作業頻度が高いダンボール詰めをするときによく使うのだ(笑)。収納時に重ねると若干グラつく。しかしそこはまた工夫して(面取りや積み方の卍積みとかいろいろ考えて)やってみたい。

さて、最後に内容物の確認だが、2つ上の写真はなにもブログで紹介するために撮影したわけではない!この写真をインデックスに使うのだ。カラープリンターは年賀状のためにあるわけじゃないのだ(年賀状も書かないオレは特に...)。

Box_book04

デジカメで撮った画像は、例えばエクセルなどに貼り付けてA4サイズで印刷すればいい。カラーのほうが絶対にいい。いわばこのダンボールのX線画像のようなものだ。これを箱の長側面に貼って箱を重ねていけば、書籍を探すたびに「箱の中身は何でしょねゲーム」をしなくて済む。箱詰め中に箱に番号をつけていけば、デジカメ写真をまとめて撮っても貼り違えることがない。たとえわからなくなっても箱詰め卍固めだからすぐ開けられる(笑)。

このデジカメ画像という方法、実は自分で思いついたんじゃない。世の中には蔵書管理マニアが五万といるのだ。All aboutの収納ボックス紹介に載っていた。そこでの紹介のボックスは1つの箱で2段3段と同サイズの本が入れられる箱だったが、個人的には1列で1枚の写真インデックスというのが手間がかからずいいと思って今回の1段の箱にしたわけ。

ついでにいえばデジカメ写真を貼ったエクセルシートをうまく管理することで蔵書画像のインデックスが出来上がる。検索するには書名や著者名などいろいろ打ち込む必要があるが、たとえばフリーウェアの蔵書管理ソフトを使えばかなり簡略化できそうだ。

例えば私本管理Plusという優れたフリーソフトがあった。バーコードスキャナーを導入しなくてもISBNコードだけ打ち込めばアマゾンから書籍情報が得られる(古い本は自分で入れる場合もあるが)。また、このソフトには保管場所の入力項目欄がある。そこにこの箱画像のエクセルファイル名やシート名のパスを入れておけばどうだろう。ヴァーチャル倉庫の出来上がりだ。もっともその箱をどこに保管したかを忘れたら意味ないが(笑)。保管場所が家の中とか倉庫1つ程度のレベルならば充分だと思う。

なにはともあれ、1箱に15~20冊入るとして750~1000冊の単行本を収納できることになった。10箱重ねると高さが約1,650mmくらい(横幅約414mm、奥行き約200mm)。単行本サイズ約200冊がこのスペースに収まるのは驚異的だ。インデックスも10枚のデジカメ写真を撮って貼るだけ。このシステマチックな作業が心地いい。たかだか人生数十年のうちに購入した書籍類くらいは捨てたり売ったりしないでおきたいと思ってる。そのための工夫だ。掃除のモチベーションも上がるというものだ。

追記)-----
Box_book05とりあえず3段重ねた画像をアップしてみた。

箱詰め卍固めは一番上がちょっと不安定そうに見える。しかし書籍(紙)ってのは結構重いので、いい感じに重なってくれた。

1箱には20冊弱といったところか。単行本で買う本は結構厚みがあるので、寄せ集めると20冊は入らない感じ。これは個人差もあるだろう。

作業した実感として、1箱がこのくらいの重さなら女性ひとりでも作業できる重さだと思った。この倍になるとちょっと重くてオレでも挫折しそう。立花隆みたいに重ねて床が抜けても困る(coldsweats02)。

あと、どうしても作業中に積読中の書籍を残したくなったり書誌分類したい衝動に駆られる(笑)。なんだか箱に入れてしまったらもう読まなくなってしまうのではないかという不安がよぎり、収納を躊躇してしまうのだ。

だが安心しよう。そんな書物は箱に入れなくても読まない(笑)。読みたくなったら(必要が出てきたら)探してでも読むものだ。そんなときデジカメ写真と箱詰め卍固めが暖かく迎えてくれよう。

分類も考え出すときりがない。このあたりは「超整理法」の押し出しファイリングとか各種収納法などもあるが、あまり考えないことにした。あるいは、いま現在埋もれているその場所にあったグループで固めてしまう。どっちにしろその時期にそこに埋もれていたんだから。

これは過去の時間を押し出しファイリング化しているような面もあるが、現場をそのままパッケージ化しておくことで、その当時の記憶がシナプスを刺激して探しやすいかも。これも個人差があると思う。もちろん自分の専門分野などがあって確実に分類可能なものは分類しても構わないと思う。

ダンボール箱の山なので「見せる収納」というわけにはいかないが、在庫の見える化が出来るというのはなんともありがたいものだ。カタをつけるという意味では、同じサイズの箱単位で仕切れるのは精神的にも気分が良い。これで本棚を空けて読みかけの本に入れ替えたい。

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働くこともできなかった麻生の最後っ屁

例えば忌野清志郎は名曲「よォーこそ」のなかで、盟友仲井戸“チャボ”麗市のことを「ギター弾くしかぁ能のないヤツさぁ」と叫んだ。そのボーカルを支えているチャボのエレキギターが冴え渡るライブ映像をまずは堪能してくれ。1983年、RCサクセションの野外ライブだ。当時オレもこの同じ映像を確かに見ていて感激した。

いま見ても、RCはかっこいいよなぁ。清志郎のブレない生き方は今年亡くなるまで続いた。それが多くの人々に響いたんだ。

さて、ここからはせんない話だから読まなくてもいい。かっこ悪さの極みだ。

昨日(7月25日)、麻生太郎首相はこういった。「高齢者は働くしか才能がない」、「80歳過ぎて遊びを覚えても遅い」などと発言した。超ド級の麻生節だ。キヨシロー節の正反対に位置する。

漢字の読み違えなんてある意味どーでもいい。人格にはあまり関係ない。だがこういう発言こそ麻生の根源にある差別意識の表出であろう。基本が「差別する側の論理」で出来た人格なのだ。だからジョークを言おうとしたとしてもこういう言い方になる。

現代日本が100%幸福な国だなんて思っちゃいない。でも、まかりなりにもこの日本を成長させた原動力となったのは、働き続けて来た人々だ。未来への希望、それは自分たちの未来だけでなく息子や孫の世代の未来を「恥ずかしくない国にしたい」という働きだった。

その結果米国からはウサギ小屋に住んで働き続けるエコノミック・アニマルと揶揄されるとこまで行ってしまう。1990年代にバブルがはじけ、21世紀には売国首相コイズミの画策で国内も蹂躙され、いま成長してきた日本は100年に一人といってもいい恥ずかしい麻生首相を生み出し、ようやく次のステージに方向転換を迫られる事態を迎えている。

麻生のように遊ぶことを選択せずに働いてきたのだ。麻生一族のような搾取する側のもとで働いてきたのだ。下々の者と麻生に言われながら働いてきたのだ。高齢者の生きて来たあの時代、一般国民何年分の給料に匹敵するカネを爺さん(吉田茂)にもらって「遊んで来い」といわれ麻生のように遊んだ国民はいない。一生そんな遊びとは無縁だろう。だがそれが日本の主権者の姿だ。そして自民党の最大の支持者だったはずだ。

これほど無礼かつ無能なトップリーダーになぜ「働くしか才能がない」などと値踏みされなければならないのだ。麻生には働く才能もなかったではないか。

民主党鳩山党首の批判も甘すぎる。「働くかどうかは高齢者の自由」みたいな生ぬるいことを言っていてはだめだ。それも“華麗なる”鳩山一族の論理だ。麻生発言は自由云々が問題なのではない。麻生の人格の問題なのだ。麻生の発言内容に揚げ足をとっても無意味だ。言葉の意味ではなく発言者の意識を問え。もっと深くもっと深く。

死に体の麻生とはいえ、その差別意識を糾弾し、そこを謝罪させなければ麻生という政治家の総決算にはならないのではないかと思う。それは麻生首相を誕生させてしまった日本そのものの問題でもある。こんな政治家を温存したまま日本が再生できるわけがない。

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2009.07.25

NHKが桜庭ななみを泣かせた!スピカ第6回

いーけないんだ、いけないんだ。センセーにいうちゃろ!センセー!NHK君が桜庭ななみちゃんを泣かせてますぅ!センセー、ななみちゃんが泣いてますぅ!センセーセンセー!

こんな風になんでも大げさにはやし立てる優等生ぶった女子が一番嫌いだ(笑)。ちなみに“いうちゃろ”は言ってやろうって意味です。たぶん山口弁。

note いーけないんだ、いけないんだ。センセーにいうちゃろ!のメロディも弾いてみた(MP3/222KB)。キーはC#mだぜ。カポ4ならAm→Emで弾けるぜ。アコースティックギターで弾くともの悲しい童謡のようだが、女子グループに合唱されるとむかっ腹が立つ(pout)。やつらはこう歌ったあとセンセーにチクりにいくのだ。そしてオレたちはデコピン(ひたいを中指ではじく体罰)されるのだ!

...朝から何をやってるんだオレは?

「ふたつのスピカ」第6回で桜庭ななみ号泣!それをドラマスタッフブログでは「それにしても、桜庭ななみさんは涙が似合います(笑)。」などと書いておる!

御意!まったく御意!同意!同感!もっともっと泣かせて欲しい。泣かせろ!泣かせろNHK!涙は心の汗だ(古っ!)。いや、涙は名女優の登竜門だ。

以前、桜庭ななみの口元がデビューした頃の竹内結子に似ていると書いたことがある。これに符号するかのような桜庭ななみの泣きの演技。タケウチの泣きについてはCXドラマ「不機嫌なジーン」(2005年)でこんなこと書いてる。泣かせたい女優No.1だったのだ(オレの妄想ですけど...)。

女優Aが女優Bと似てるなんて話自体は下世話かつハタ迷惑な戯言でしかない。そんなこと重々承知しつつ、しかしタイプ分けはしておきたいのもドラマニアの性(さが)なのであった。

芸能界を眺めるときに、自分自身のなかにいくつかの重層的なカテゴリーがある。ぷよぷよしたシャボン玉のような集合体がいくつもオレのあたまのなかを常に浮遊しているのだ。そしてそれらが重なったり結合したりしながらドラマとは別の非現実な世界を創り出す(オレの妄想のなかで...)。そこには泣きの女優カテゴリもあるわけだ。

芸能界は差別化・差異化こそが重要な世界だ。近年その重要性はどんどん増幅されている。オレの大好きな逸話だが、先日活動休止したウルフルズがデビュー間もない頃、プロデューサの伊藤銀次氏が「(大御所となった)サザンのポジションが空いている」と奇しくも語られたように、かつては芸能界という椅子取りゲームのポジションの数が限られていた。

しかしいまコンテンツ不足の世の中となり、個人の嗜好も多様化している。テレビ・ラジオだけが主な活動の場でなくなった芸能界では、ニッチな差異化こそが化ける可能性を秘めている。卑近な例を挙げればしょこたんの怪奇漫画とか。ただし安易にニッチ業界に手を出すとすぐに浅さが露呈するのも確か。しょこたんレベルの造詣の深さが要求される。いくつもの才能を求められる時代になったわけだ。

だが真っ当な女優という世界はニッチな業界じゃない。メジャーだ。石油メジャーみたいな意味で女優メジャーだ(?)。もちろん女優業界にもニッチは存在する。田舎で農業女優とかハワイでサーフィン女優とかエッセイスト兼業子育て女優とか。しかしそれは王道ではない。女優の王道はやはり演技と作品の積み重ねにある。そこに使えるツールは極論すれば身体的表現力だけだ(本当は裏方さんとのコミュニケーション力のほうが大切だったりするだろうけどそれも表現力のひとつ)。

そんな王道のひとつが「泣き」であることは確かだ。泣くことは誰にでも出来る。だが女優としての「泣き」の存在感は誰にでも出せるものじゃない。笑顔がステキな女優はたくさんいる。そこは差別化には弱い。例えば国仲涼子の笑顔は「ちゅらさん」という作品を通すことで強烈に認知されたわけだ。そのような構造的な仕掛けを通して女優は育つのだと思う。

うーむ、前半と後半とでまったく違った人格になってきているぞオレ...。いーけないんだ、いけないんだ...。ようは桜庭ななみは真っ当な女優ルートを一歩一歩登っている、その過程にあるってことを書き留めておきたかっただけなのさ。

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2009.07.23

PHSやめどきかな...

アドエスを買ったのは2年前の秋だった。PHSが嫌いになったわけじゃないのだが、携帯電話に買い替えもしくは併用にしようかなと思ってるところ。

というのも、先日北浦和駅で人と待ち合わせをしていて、圏外でもないのに(駅前だからな!)、つながらないことがあった。呼び出し音の前のピピピピッピピピピッってのが延々続く。

メールもつながらない。発信しようとしてタイムアウトになってしまう。駅前なのに...。北浦和ってPHSがつながらないほどの僻地でもないはずだけど(住人怒っちゃうよ!)。

しかたがなく何年ぶりかの公衆電話で相手の携帯に電話した。携帯相手だから10円玉1枚で数十秒しかもたない。落ちるのはやいはやい。だがこっちからかける以外に連絡できないもどかしさ。

バブルへGo!」って映画でもっとも変わったのは電話だと思ったが、まさにそうだ。3分10円だった時代が懐かしい...。

そんな状況で公衆電話かけてると、携帯電話で普通に話しながら歩いている人々の姿がなんて神々しいことか。ものすごい屈辱感にさいなまれてしまったのだ。

たまたまそのときだけ駅前でPHSのデータ通信でもしている人が3人以上重なったのかもしれない。だがそんなことは問題にならない。つながらない通信機器ほど役に立たないものはないのだ。

都会では味わうことの出来ないPHSの非力さが露呈した。山野とか海上とか、ある意味で「つながって欲しくない場所と時間」にPHSは確実につながらない。オレはそれをある意味利点として使ってきた。だが北浦和あたりでつながらないなんて衝撃的だった。

まぁ、とりあえずその利点も残しつつ携帯のスマートフォンを併用するのもいいかなと思ってるところだ。

追記)-----
待ち合わせの時間に相手が「着きましたか?」と打ってきたメールが翌日やっと届いた。それがPHS的スローライフなのだ。うすうす気づいてはいたんだけど。待ち合わせメールが機能しないスマートフォンっていったい...。

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2009.07.22

衆院解散と豪雨の日

昨日は歴史的な一日だった。「やぶれかぶれ解散」ともいわれる麻生首相の衆議院解散。コイズミによって壊された日本と、その後の空白の時間がようやく次のステップへ向けて動き始めた。

昨日の麻生ははじめて自民党総裁の顔をしていたと思う。あの決意を昨年秋に見せられていたら自民党政権は延命していたかもしれない。そう思うと、決断がことごとく裏目な麻生政権が1年弱続いたことは、日本の歴史の一区切りに必要悪だったのかもしれない。

昨日の激震はもうひとつ。山口県防府市の豪雨だ。7月一か月分の雨量が一日で降った。土砂崩れで老人ホームが崩壊してしまった。

山口県は比較的気候に恵まれていて、あまり大きな台風も来ないし大雪も降らない。特に瀬戸内海側はそうだ。私の記憶では小学校2年生のときに豪雨があり、床下浸水・床上浸水について学校で聞き取り調査をされたことがあった。学校生活を通じて唯一のプレハブ校舎の時期なので覚えているのだ。

防府あたりであんなことになるなんて、大気の動き(ルート)が年々変化しているのかもしれない。

政治も地球も変わろうとしている。それがどういう方向かは誰にもわからない。ただ、政治は自然と違ってひとりひとりの意思によって変えることが出来る。それを実感できる選挙を期待したい。

かつて皮肉を込めて「コイズミに永年総理職を」と書いた。そこでは助からない日本にとどめをさして民主党にバトンタッチしようとするコイズミの責任と問うたわけだが、そのコイズミも政界を引退する。

コイズミの魔法がとけてくれればいいが。小泉アルバイテンの何人がゾンビのように当選してくるかも要注目だ。

麻生は当選するんだろうか。福岡8区にも注目。麻生は解散したんだから普通の男の子に戻ればいいのではないか。もうやりきっただろう。

選挙後の政治では、次期政権がオバマ政権に対してどういうスタンスを取るのかも注目したい。せめて「米国債を売っちゃうかもしんない国」くらいの外交力を発揮してみてはどうだろう。

日本には「核武装するかもしんない」と「米国債売るかもしんない」という2つの“使えない切り札”がある。核武装はもってのほかだと思うが、米国債カードはせめて「かもしんない」レベルにしておきたい。

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2009.07.19

掃除中(中休み)にバイオリズム計算

本日は部屋の掃除中。というかいまはじめたばっかり。なのにブログ更新中(smile)。明日もあると思って安心しきっているところ。だがこれが「明日なき世界」であることをオレは知っている。いまできることはいまやらなきゃ。でもちょっと休憩...。

オレにとって掃除とは模様替えと同義だ。模様替えという名の掃除について、ひとくちメモに書き残しているのを検索すると過去2回大規模掃除を行った(あるいは行おうとした)形跡が見られる(笑)。2004年11月初旬2006年10月末の2回。どちらも秋だ。だがその2年サイクルなら昨年秋やってても良かったはず。そのサイクルが崩れ始めた。金融崩壊と時を同じくして(笑)。オレの模様替えサイクルも崩壊か!?

せっかくなのでカシオがやってる「keisan」サイトでバイオリズムの計算をしてみた(>早く掃除始めろよ!オレ)。このサイトは「計算できないものはない!」といわれる計算エンターテインメントサイトだ。君はランド研究所か(笑)。でもその視点、面白いぞ!

オレの部屋が何アイテムで構成され、廃棄可能物体のアイテム数や種類別の仕分け、重量、廃棄可能曜日、その仕分け作業に要する時間などを計算したその結果、廃棄可能数192アイテム、仕分けおよび掃除完了までに要する時間3時間18分...などと計算できるはずもなく(punchannoy)、バイオリズム計算に落ち着いたわけだ。

すると、基準日の本日は身体周期がドン底(-1)、感情周期も底へ向かうとこ(-0.4)、知性周期だけが天井圏(+0.8)となっている。なるほど、ここんとこ読書スピードが速かったり、ヘルメット買ったり行動力が上がっていたのは知性と感情のバイオリズムが高く、それに伴って行動できる体力もそこそこあったわけだ。それが下降気味になってきている。

だが底打ちすればあとは上昇あるのみ!それがバイオリズムのいいところだ。バブル崩壊がないサイクルなのだ(一応)。

そう考えながら身体・感情・知性=PSI指数のサイン波を見ると、身体周期は来週から上昇に転じ、追って感情曲線が上昇する。逆に知性は8月初旬にドン底へ...。つまり夏へ向けてエモーショナルに身体を動かしアホになれ!とバイオリズムはオレに示唆しているのだ。よーし、アホになったるぜ!

掃除とは「やらねば!」という感情の高まりと、実際に作業する体力とが必要なのだ。それを裏付けるために過去の検証をしてみた(>だから掃除しろって!オレ)。

2004年11月初旬。身体:+0.5で上昇機運。感情:+1で天井。知性:+0.9で天井圏だった。三位一体とはこのことで大変充実した精神状態にあったといえる。

2006年10月末。身体:-0.1でちょっと疲れ始めてる。だが感情:+0.6で上昇機運。知性:+1ですっ天井の最高地点だ。

なるほど、掃除をしようと考えた時点でのオレのバイオリズムは概ね好調、とくに感情と知性との周期がいいときのようだ。そう考えると、今日のように全体が下降気味のとき掃除をしたくなるのは珍しいのかも。なんだか三連休などという社会的制約に屈服してるような感じだ!(おいおい、雲行きあやしいぞ)

そんなことでいいのか?三連休の中日にやることがないからって掃除していいのか!?(いいんだよ!やれよ!)

バイオリズムを計算したせいでモチベーションが高まらないぞ!

でも、はじめよう。部屋の間取り図と家具の配置についてはすぐにパソコン上でシミュレーションできる状態にあり、シミュレーション結果はすでに出ている(こういう作業は人一倍早いんだよね)。

男には負けるとわかっていても戦わなければならないときがあると言ったのはキャプテン・ハーロックだっただろうか...。うーん、ここでこのコメント、知性はまさに下降気運だな(笑)。

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2009.07.18

新カブおあずけ

クロムウェルのヘルメットを購入して、いよいよ本丸へ。ということで、ホンダドリームへスーパーカブ110を見に行った。もちろん注文することを前提に。

だがしかし!売り切れ入荷待ちなのであった。やっぱ人気なんだねぇ。聞くとビジネスユースというよりも若いお客さんによる趣味、ホビーユースが多いという。納得だねぇ。普通二輪小型限定以上の免許が必要だもの。スイッチまわりに象徴されていた“蕎麦屋の出前バイク”ではなくなってるってことですね。まぁそっちはちゃんと50ccカブがあるわけだし。すみわけすみわけ。

次回入荷日を聞いたのでソイツを押さえてしまうってことも出来たけど、夏の旅行直前に納車されて一度も乗らずに盗難とか嫌なので(coldsweats01)、とりあえず次回以降入荷状況をそのつど電話で確認しつつ、現品を見てから注文したいと思って店を出た。

ショップの雰囲気はとってもよかった。ドリームはスポーツバイク中心なので、なんだかツナギを着用したバイク野郎ばっかりがストイックにたむろしていて一見さんお断りみたいな世界を勝手にイメージしていた(アホです)。そんな偏見なんていまの日本にゃないんだけども。昔の日本にもなかっただろうね。

なにせ免許取得後21年にして初のカブ主(というより初のバイク所有)なわけで、道交法から勉強しなおしが必要かもな。中型二輪(400cc限定)が普通二輪になっていたのは去年知ったが、自動車の普通免許だって「中型」って免許証に書かれてたなんて知らなかったよ...。いつの間にオレは8トントラックまで運転できることになったんだ(笑)。H19年以降みたいだけども。

まぁ、そんなフレッシュな気持ち(?)でスーパーカブ110の購入をほぼ決めているわけ。急がば回れってこってすな。あわてないあわてない。

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脳内曲名 ざ行編

起き抜けの脳内曲名!あ行か行さ行と来て今回は「た行編」かと思いきや、フェイントで「ざ行」に挑戦!寝ぼけた頭で考えたこれはいいアイデアだ!サマーツアー(by キヨシロー)だ!予定調和は嫌いだ!どこまで脳内曲名をひっぱりだしてこられるか、行ってみよー!

ざ:ざんげの値打ちもない
じ:時間よ止まれ
ず:ZOO
ぜ:銭形平次
ぞ:ぞうさん

結構いけるじゃん「ざ行編」。北原ミレイのざんげの値打ちもないが出てきたときに、この勝負貰った!と思ったぞ(笑)。

ざんげの値打ちもないってのはものすごい歌だった。阿久悠氏の作詞です。この歌を最初に知ったのは、当時ですら既に昔のボーリング大会の映像だった。デビュー間もない坂口良子が投げる映像に「ういういしいですねっ!」とかビートたけしがいつもの速射砲のようなコメントをいれていた。そこに確か北原ミレイも出場してて「北原ミレイ!ざんげの値打ちもない!」ってビートたけしが言ったのがこの曲名との出会いだ。ものすごいピンポイントの記憶!こんなことしか覚えてない人生なんですぅ...。

時間よ止まれは永ちゃん。ロッカー矢沢永吉です。CDも1枚だけ持ってます。永ちゃんの歌って実は難しい。あの雰囲気と一体になってるし、譜面に起こせない部分こそが矢沢永吉の真骨頂。時間よ止まれってものすごくビーチサウンドなんだけど、永ちゃんのあのヴォイシングあってこそ夏っ!って感じる名曲なんだよね。そこんとこヨロシク。

ZOOは昔から言ってた。川村かおり(現・川村カオリ)が最高だって。ZOOについては2000年に熱いこと書いてるんでそっちにリンクしとこう。タイトルは「ZOO~どこか似ているんだ美川とコロッケのように」。川村カオリはいま癌と闘病中だ。ZOOを再び歌いはじめた川村カオリさんに永遠の愛を贈ります!

銭形平次はもちろん舟木一夫です。時代劇の主題歌としてしか聴いてないからもちろん1番しかしらない...。高田渡の銭がなけりゃと迷ったんですが、最初に思いついたほうを残してみた。思い出は特にない(笑)。時代劇の主題歌では西郷輝彦の「江戸を斬る」の主題歌「ねがい」が好きだったな。くそー早く「な行編」がやりたい(笑)。

ぞうさんって...。安易やなぁ。思いついたあとにゾウさんだったかぞうさんだったかを検索してて、うしろゆびさされ組の象さんのすきゃんてぃがヒットして「やられたぁ!」と思ってしまった。そっちを先に思いつきたかった!でもさすがにサビのメロディしか思い出せなかった。日々是学習ですな。パオパオ、パオパオ、パパパオ!

はっ!「が行編」をやってなかった!ぎゃぎゅぎょ編も!まぁいいか。そのうちやれば。ではまたいつか、「脳内曲名 ●行編」でお会いしましょう(笑)。

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2009.07.17

クロムウェルのヘルメット購入

クロムウェル・ハリケーン(ジャガーグリーン)ようやくヘルメットだけ購入した。これがなきゃスーパーカブ生活も始まらないからね。前に書いたとおり、クロムウェルのハリケーンにした。色はジャガーグリーン。一応、購入予定のスーパーカブ110(アバグリーン)とコーディネートしてみた(wink)。

ついでに合成写真も作ってみた(右写真)。ハリケーンだけに風車とのコラボってことで(笑)。この風景写真もボツ写真だったのだけど素材として使う機会があってよかったよかった。場所は新木場の海浜公園周辺。

さて、ヘルメットだ。Motorimoda銀座店で購入したのだけど、ここにMOMOのメットを見に行ったのはちょうど1年前の7月19日だった。季節要因が大きいな!このショップの方はほんとに丁寧。高級ブティックな感じなのよねぇ。

クロムウェルのハリケーンは、新生クロムウェルになって発売されたフラッグシップモデルだった。1960年代のバイクタンクをイメージしたレトロな感じで、カブとの相性もいいんじゃないだろうか。

最近はエアフォースっぽいデザインの新作なども出ている。日の丸だったら良かったのにな(^_^;)。右翼じゃないんだけど。

ボクはスーパーカブ110のアバグリーンにゼロ戦のイメージも持っていた。ゼロファイター坂井三郎氏に傾倒してるんで。夏が近づくとゼロ戦で長距離航行しているサブロー・サカイの雄姿が思い浮かび、「大空のサムライ」を読みたくなるのだ。そしてカブ生活においても坂井三郎さんを見習って事故のない運転を心がけたいと思っているのであった。

そんなわけで、カブに日の丸ステッカーでも貼ってみるかな。盗まれにくくなるかも?

まえに北海道旅行したとき、帰りに右翼団体の皆さんとフェリーが一緒になった。バス数台と街宣車数台の大集団で、雑魚寝部屋全部がその団体さんだった。たまたまボクも丸刈りで迷彩のバミューダ・ショーツ(っていま言わないのか?ひざ上丈の半ズボン)を履いていた。乗る前に買った寿司持ってロビーのソファーのあたりをウロウロしていたらたまたま空いていて座れたし、船内映画もたまたまいい席で観ることが出来た。あとから思えば、完全にあの団体様の一員と見られていたんだろうなぁ。そんな思い出が頭をよぎった。だから日の丸ステッカー...。

週末天気が悪そうだけど、ホンダドリームに行ってみる予定。ま、夏は旅行日程が決まっているので、購入はその後かな。予約しても結構待たされるくらい人気だとも聞くし。でも、とりあえずはヘルメットを買ったことで動き始めたバイク生活なのであった。

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2009.07.16

はじめて読んだ!かもめのジョナサン

思春期あたりまでに読んでおくべき本というのがある。「かもめのジョナサン」もそういう類いのお子様向け文学作品だと思っていた。童謡の「めだかの学校」みたいな。なんのトゲもない平和な作品だろうなぁとかさ。まったく、ワサビをクリームだと思ってなめたようなもんだ!

実は読んだことがなく、どうしてだろうと考えるに、そのタイトルや“寓話”というスタイルから、なんだか子どもっぽいおはなしなんじゃないかと思っていたのかもしれない。子どもだったくせに(笑)。

かもめのジョナサンは読んでなかったが、「くじらのスーさん空をゆく」は聴いていた。イルカのライブのカセットテープで。吉田拓郎作曲だと知るのはずいぶんあとのことだった。

そんな「かもめのジョナサン」だが、新潮文庫版(五木寛之訳)をなんとなく手にとって購読。3章立てだがすぐに読み終わる。しかしその内容たるや、まったくお子様の読み物なんかではなかったのだ!

「かもめのジョナサン」のあらすじって語れます?読み終わってすら語れないですよ。これはどういう文学なんだろう。牧歌的な話では全然ない。思いついたキーワードを並べてみると、

スピリチュアル系
超人思想
ストイック
エリート意識
ヒッピー文化
生と死の超越
論理の飛躍
輪廻
宗教
レース鳩0777

といった感じだ。レース鳩0777を連想するあたりがオレらしい(笑)。

さらに付け加えるならすべてのキーワードに(?)をつけてもいい。ヒッピー文化とエリート意識や超人思想が同居してる。あの世とこの世とが入り乱れて、なんの説明もなく後半はなにやら思想めいたことが語られる。

書かれたのは1970年、ブームになったのは1972年、五木寛之氏が翻訳して解説(文庫本収録)を書いたのが1974年だ。まさに米国においてヒッピー文化のなかで熱狂的に受け入れられた寓話らしい。レース鳩0777は1978年週刊少年チャンピオンで連載開始だから、ジョナサンと関連があるかもしれない。

読み進むうちに、はやく五木寛之氏に謎解きをして欲しいと思うようになってきた。「かもめのジョナサン」をまったく勘違いしていたオレに、この事態をどう説明してくれるのかなーんて。

そこはさすが五木寛之!解説に「この物語が体質的に持っている一種独特の雰囲気がどうも肌に合わない」という一行があった。そう、そうなんだ。違和感が残るんだ。この独特さに。

いくつもの転倒や錯綜が内包されたまま、ジョナサンの飛行スピードのようにどんどん進む展開。寓話特有の説明のまったくない展開で読み心地が悪い。きっと誰にとっても何らかの違和感が残るんじゃないだろうか。しかし読むのを途中で止めたくないこの感じ。ラリってんのか?文章を読むだけでトリップしちゃえるのか?

この感じは「禅とオートバイ修理技術」を読んでいるときに感じた雰囲気に似ていた。こっちは1974年出版で「かもめのジョナサン」のほうが先だった。だがその時代ということだ。時代の空気感がまとわりついていた。

時速何キロみたいなディテールが妙に細かい。そこが寓話性のなかで違和感を抱くひとつでもあった。著者のリチャード・バックは飛行機乗りらしい。マシンを操る人間のある種のスピリチュアルな部分が作品として結晶したのかもしれない。物質文明とヒッピー文化という時代のなかで。

飛行機というまさに物質文明そのものと、“飛行”という行為によって限界速度というトリップポイントへ至る肉体的精神的意思との奇妙な合体。その体験のなかで、リチャード・バックにはジョナサンという名のかもめが本当に見えたのかもしれない。

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2009.07.15

平原綾香に歌って欲しいクラシックの結果発表

平原綾香に歌って欲しいクラシック曲が募集されていて(6月末締め切り)、それに応募していたのだが、結果が公表された。あえなく落選...。残念だ。

ボクが歌って欲しかった曲はバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」でした。ちょっと普通すぎたかな?ラインナップを見て個人的に惜しかったのは、レスピーギとラヴェル、そしてスメタナの「モルダウ」。一応候補として脳裏をよぎった3人の作曲家だった。その他ではドビュッシーとか。

そのなかで、まずモルダウは教科書にも載ってた有名曲だから却下した。ラヴェルやドビュッシーは歌唱のイメージがあまり湧かなかったのでやめた。でも歌ってくれるなら聴いてみたいわけで、そういう意味ではラインナップに入ってうれしい。

レスピーギは結構思い出のある作曲家だった。21年前にCDカタログを無造作にめくって目をつぶって「これ!」って指差したCDがレスピーギの『リュートのための古代舞曲とアリア』(ボストン交響楽団、指揮:小沢征爾)だった。そんなこと忘れて翌日ショップに行ったのだけど、田舎のCDショップにそのCDがあったのよ。この偶然はノッとかなきゃと思って購入したという思い出。なんでここまで覚えてるかっていうと、2000年1月31日にホームページに書いてるから。日記って残しとくもんだね。検索可能な状態で。

ということで、かすった感はあったものの、残念ながら落選でした。「主よ、人の望みの喜びよ」を選んだのは、結構いろんな楽器でカヴァされているのだけど、歌モノって案外少ない気がしてたから。もともとコラール(賛美歌)だから歌モノなんだけど。

「主よ、人の望みの喜びよ」でボクのおすすめは、マルコム・ダルグリッシュというハンマー・ダルシマーの名手がいるんですが、この人の「ジョギング・ザ・メモリー」(ウインダム・ヒルレーベル)ってCDに入っているヴァージョンです。入手困難かもしれないけど...。2000年にサンタ苦労ズ名義で紹介してる記事があるんでリンクしときます

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2009.07.12

新潮選書フェアで学問について考えた

バードリスニングという世界を知ってから、近所で鳴く鳥の声に耳を澄ますと、案外スズメ以外が多いんだなぁといまさらながら感じたりしている。そのスズメ以外が何なのかはまだわからないわけだが(chick)。

野鳥図鑑的な本もいくつか買ったけれど、バードウォッチングのオンシーズンは秋から冬。こんな暑い時期は避暑地にでもいかないとなかなか留鳥以外にお会いできない。というわけで、梅雨から暑い初夏にかけては充電期と考え、涼しい書店へ出かけて「鳥・野鳥」をキーワードに物色した。そこで新潮選書の『野の鳥は野に 評伝・中西悟堂』(小林照幸著)ほかを購入した。

●新書から選書へ

ちょうど新潮選書がフェアをやっていた。1967年にスタートしたという新潮選書シリーズ。約40年経って表紙をリニューアルしてのフェアだった。「選書」ってジャンルは「新書」よりも敷居が高い。ページ数も多いし、「誰が選んどんねん!?」という疑問も湧く(オレだけか?)。

しかし何か興味を持っていることと選書のテーマとがシンクロすると入門書としては非常に頼もしい。最近は「新書」のお手軽感がどんどん強まり、情報としての面白さはあっても、かつて新書に求めたような学術的入門書としての機能は衰退している。その枠を埋めるのが「選書」かなとも思う。

講談社ブルーバックスを読み漁っていた子ども時代から、新書はある種ボクの個人教授であった。某出版社の入社試験最終面接で「師とあおぐ人は?」みたいな質問をされ、「人はいないけど本が師匠ですね」と応えて落とされた(それが原因か?)。しかし学校教育への落胆ばかりを育んできたボクの師匠は、まさしく授業ではお会いできない新書とその著者たちだったのだ。

しかしいまや「新書」は地味なエンターテインメント本と化してる。良いように考えれば、それだけ人々の知的水準が高まり、かつての新書レベルの知識はネットその他で得られるため、「新書」が入門書的な位置から外聞・外伝・裏話的よもやま話へとシフトしたともいえる。

雑多な「文庫」より差別化しやすいからか、「新書」で出版される内容は知的な装いを纏って書店に並ぶことが出来る。書店における「新書」の棚争いは激烈だ。新書は同じ出版社の作品が寄り集まってひとつの集団となる。そのたたずまいに集客力が要求される。地味ではいられなくなったのだ。一冊一冊が兵隊なのだ。

だがここに「選書」というさらに地味な後方支援部隊がいた。新書よりも重装備で、テーマにお子ちゃまを近づけない威圧感がある(笑)。この世界に入るには大人のたしなみが要求される。インテリサロンのようなところだ。

●学問の3つのプロセス

学問には3つのプロセスがあるように思う。もっともボクは学問の権威でもなんでもないので、一趣味人として物事を吸収するプロセスともいえる。

最初は単なる興味。ここは一番重要だけどその後の環境や思考によって取り返しのつかない極北へたどり着く人もいる。例をあげれば元防衛省航空幕僚長田母神氏のような...。興味だけで空想の翼を最大限に広げていく。それはそれで幸せな生き方かもしれない。

次に批判的読書。興味を持つことは重要だが、批判的精神を併せ持って読まなきゃ意味がない。学校ではそういう批判精神の重要性をこそ学ばせなければ、ただの賢く従順な労働力しか育たない(あっ!学校はそれが目的だからいいのか)。ここは幅広い。新書はこの部分の入門書だったと思う。それが「選書」に受け継がれているように思う。

いまや情報過多で何が正しくて何が間違っているかわからない。知識も相対的な評価ばかり(ポストモダンなオレが言うのもなんだが)。だから思想の正しさよりも、そのジャンルの準拠枠(思考の枠組み)がどこにあり、学会や業界の争点がどこにあり、最新テーマがどこにあり、どんな経歴の持ち主がどんな主張をしているのか、そういうった諸々の現実をメタ・レベルで眺めてみる。普通に生きてるだけなら、このレベルの知識だけしか必要ない。

最後は新しいフロンティアの開拓。いったん飲み込んだ知識や情報を使ったり、未だ手に入れていない発見をする旅だ。学問の到達点にゴールはないわけで、多くの人はイバラの道たるフロンティアに手を出さない。学者を名乗る人ですら。だからここに到達できる人は「選書」を読むだけ人でなく、「選書」を書く人でもなく、「選書」のテーマになる人なのだ。この、読む人・書く人・なる人は学問の3つのプロセスにそのまま当てはまるかもしれない。

●「野の鳥は野に」の思想

ウトナイ湖ネイチャーセンター中西悟堂もまさに“なる人”。「日本野鳥の会」創始者で東洋的自然観に基づいた自然保護のパイオニアだった。誰にでもできる仕事じゃない。探鳥会にはじまって霞網猟の禁止、鳥獣保護法の制定など社会的影響力も大きかった。「野鳥は自然の入り口」という思想を貫いた89年の生涯だったようだ。

「日本野鳥の会」といえば紅白歌合戦。ボクもほとんどそういう連想しか持っていなかったが、悟堂のめざした自然保護とは、そのようなエンターテインメントの世界とは程遠い。日本全国に野鳥のサンクチュアリ(聖域)を広げたいという夢を生涯持ち続けた人だった。都市公園として日本初のサンクチュアリである代々木公園の造成計画にも関わっているそうだ。

ウトナイ湖のネイチャーセンターは、ちょうどボクらの2007年北海道旅行で最後に立ち寄ったところだった。帰りのフェリーが出るまでに時間があったので、近くの“観光地”を探して立ち寄ったのだった。もちろん中西悟堂のことも、ここが自然の場所として日本で最初のサンクチュアリだということも知らずに行ったのだった。

行ったときは夏だったからか、ほとんど野鳥もおらず、苫東工業地帯や新千歳空港と隣接した場所だし、こんなところに野鳥の楽園があるなんて...と、正直免罪符的な場所かなくらいに思っていた。知らないってのは罪だね。

また武蔵野台地も愛した悟堂にゆかりの雑木林(天然記念物)が野火止の平林寺にあるという。野火止といえば昔2時間以上ならんで塩らーめんを食ったぜんやがあるとこだ(笑)。らーめんに2時間並ぶより2時間雑木林を散策するほうが健康的かもしれない。今度行ってみよう。

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2009.07.11

麻生が惜敗を期す都議選投開票へ!

個人的に今年の流行語大賞に推したい麻生首相の「惜敗を期して」発言で俄然盛り上がってる東京都議選がいよいよ明日投開票だ。今回の都議会選挙は久しぶりに選挙らしい選挙になりそうだ。都民じゃないけれど注目している。

それにしても「惜敗を期して」ってすごい挨拶だったなぁ。「前回は僅差で惜敗を喫して」って部分の漢字を覚えるのに一所懸命だったのかもしれない。それが言えたのでホッとして「今回は惜敗を期して」って言っちゃったのかも。喫してと期してって似てるし。ま文脈とか意味とか立場とか、結局なーんも見えてないだけの人なんだけど。

でも本気で惜敗に終えたいのが自民党の真意ではあろう。民主党も自民党も58人ずつ同数の候補者だというじゃないか。明暗がわかりやすい。また党員が増加している共産党も40人立ってるから、現在の13人から大幅アップすれば対抗軸としての影響力大だ。

また今回は争点もわかりやすい。何の役にも立たなかったギャンブル都政の象徴「新銀行東京」に対してYesかNoか。都民が損切りできるかどうかの一票になる。1100億円以上をドブに捨てた東京都がまだまだ捨て続けるのかどうか。

すでに不在者投票で大勢は決まっているかもしれないが、日曜の開票が楽しみな選挙だ。今年は衆議院選挙もあるし、娯楽としての選挙という視点でもへたなドラマや映画よりも面白くなりそうだ。ただ楽しめば終わりじゃないのが選挙の重さ。生活と密着している。楽しみつつ頭で考える必要がある。知的興奮を政治に持ち込むと政治はもっと楽しめる。

麻生がサミットから帰ってきたって。

へー案外家庭的なところあるんだ。

スーパーのサミットじゃないって!

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スープ切れ

閉店時間は「スープが切れるまで」

そんな有名店にあこがれてるラーメン屋のオヤジ。

もう三日三晩、意地だけで開店休業中だ。

切れないスープとオヤジの意地と体力と。

今日もまた、観客不在の勝負は続く。

スープはいつ切れるのだろうか...。


オヤジ、火を消せよ。

どっちみちアンタに勝ち目はない。

そのうち水分が蒸発するよ。

アンタのカミさんみたいにさ。

残るのは干からびた食材だけ。

それで、なにもかも閉店さ。

なにもかも...。

やべっ。ひとくちメモのネタのつもりがなんだか重い話になっちまったぜ。

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2009.07.10

桜庭ななみ「ゴーストタウンの花」再放送

昨日の「ふたつのスピカ」もよかったなぁ。辛口な先生(田辺誠一)が筋を通して宇宙学校を去ってしまった。世の中正論が通らないのよ。とくに官僚相手だとさぁ。全7話だからもう後半に突入だよ。早っ!「ふたつのスピカ2」とか企画して欲しいなぁ...。「ちゅらさん」みたく。

さて、そんなスピカで絶好調の桜庭ななみにボクが最初に注目したのが「ゴーストタウンの花」(テレビ朝日)だったことは前に書いたとおり。その「ゴーストタウンの花」が明日の深夜(日付は日曜に変わってから)再放送されることが決定したようだ。放映時間は7月12日(日)0:30からドスペ2で。

「ゴーストタウンの花」は秋にDVD化も決まっているけれど、DVDはディレクターズカットとなっているようで、放映版とは尺が違うらしい。見比べるのもドラマニアには楽しいかも。

「ふたつのスピカ」で桜庭ななみに注目した皆さんには、「ゴーストタウンの花」も超オススメです。

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2009.07.08

脳内曲名 さ行編

今日は時間が取れたので溜まっていた為替データの入力作業をこなした。やっと現在に追いついた。混迷する相場状況がダラダラ続くのでなにも出来ない。だからといってルーチンワークをサボっていいって話じゃないわけだがっ。そんなモンモンとしたときには脳内曲名を吐き出して楽になろう(笑)。今回はさ行編、さっさと作業するさ行編だ。

さ:さよなら
し:She's Rain
す:Sweet Memories
せ:セカンド・ラブ
そ:空いろのくれよん

こんなん出ましたけどぉ。くー、なんだか思い出モードです...。こんなはずじゃなかったんだけど。

さよならはもちろんオフコースのヒット曲。先週から元春のトーク番組が教育テレビではじまってぶっ飛んでんですけど、第一回ゲストは小田和正さん。「クリスマスの約束」の意趣返しか(<それ日本語間違ってる!)。ソングライターズっていうからサウンドクリエイトの話かと思っていたんです。そしたらゲストは小田さん、さだまさしさん、松本隆さんと作詞に重点が置かれてた。ポエトリーリーディングもあったりして。ちょっと意外だったけど、たしかに小田さんが昔「曲の悪さはカヴァできるけど詞の悪さはムリ」みたいなこと言ってましたっけねぇ。

なんて話を書いた次の「し」はShe's Rain。ボクのオリジナルです(笑)。思い浮かんだんだからしょうがない!詞はねぇ。正直苦手なんだよねぇ。なーんも思い浮かばず、七転八倒して作ってたからねぇ。当時10年が過ぎって歌ってるけど作ってから早12年経ってます(coldsweats02)。世の中なんだか急ぎすぎじゃないか?生うたはブログに、はHPにアップしてます。蔵出し蔵出し。

スウィートメモリーは松田聖子ですね。もー名曲だよね。カラオケで歌いまくってましたよ。キーが合うんで。日本語のときはスウィートメモリーズじゃないんだよね。どーでもいいけど。自分で歌いたい松田聖子の曲20選もそのうちやりたいなぁ。ヒマが出来たら。

「せ」のセカンド・ラブは中森明菜か。来生姉弟の名曲。「Say!YES」と競ったけど松田聖子が出たからアイドル路線が勝ち。オレのさじ加減だけど。当時の明菜はアップテンポ路線とスローバラード路線が交互にシングルになってたんだっけ?高校のときタツオんちでやった自主制作映画の打ち上げでなぜかサンドベージュを歌った記憶がかすかに残ってる。あんときはキー外れまくってたな。

「そ」は空いろのくれよん。はっぴいえんどの名曲。大瀧さんのヨーデルがなんともいえない。夜中に散歩しながら歌ってたら気分はいいけど大声には出来ない。

というわけで、ほんとになんとなくさっさと作業した感じのラインナップになってしまった。ま、それが脳内曲名だ。ではまたいつか、「脳内曲名 た行編」でお会いしましょう(笑)。

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ブログの醍醐味

最近、シンクロニシティがマイブームだ。3人の中村伸一トークライブの影響なんだけど、シンクロニシティってウィキペディアで引くとユングによって提唱された概念で、日本語訳は「共時性」というらしい。

ボクのこれまでの行動原理を振り返ると、結構こういう「偶然の一致」を面白がっていることが多い。たとえば雑誌を買ったりするときも、そのとき興味のある3つのテーマが全部載っていると買い。旅行に行くときも、興味の対象といかにシンクロするかを考える。

バイノーラルマイク・イヤホンを買ったときもそうだった。マランツのシネマリウムスピーカーを買ったことでバイノーラル録音に興味を持ち、バイノーラル録音を検索したらジョー奥田さんに出会い、ジョー奥田さんの活動を検索したら、地球探検隊オフィスでのトークライブを発見し、その地球探検隊の中村伸一隊長にも興味を持ち、それらの事柄の延長線に母島の旅があり、それを書いてたら初の海外旅行に一緒にいった中学時代の友人から超久しぶりのメールが来たり(ほんとマジで飲みに行くぞ!そのうち ^_^;)。

ブログはパソコンかケータイがあれば誰でも出来る。ビジネスにも必須という声も一般的になってきた。ボクの場合は、基本的なビジネスブログやテーマブログの教科書(テーマを絞って書きなさい的な)から逸脱したブログセオリーを持ってる。興味の対象が広すぎて収拾つかないってのもあるけど(笑)、なんでも書いておくと情報が外からやってくるのだ。

ブログは情報収拾のツールといえる。だから雑記帳でいい。ブログ全体にテーマが無くても、1つ1つの記事が検索エンジンに引っかかる。1テーマを毎日書き続けられる専門家じゃないから、1テーマだと更新頻度が落ちる。更新頻度が落ちると検索順位も下がる。そうすると情報の入ってくる頻度も落ちる。内容が薄くても続けることが大切なのだ。

また、まったく無関係と思えるような事柄もどっかでつながってることがある。中村伸一隊長・所長・院長がつながっていたように。ドラマ「ふたつのスピカ」がスーパーカブとがつながっていたように。他人には無関係な事柄でも、ひとくちメモの内容=ボクの興味の対象という糸でつながってるわけだ。それを検索エンジンはコンピュータの無差別ヒモ付けで何の疑いもなしにつなげて検索してくれる。コンピュータはなんて純粋無垢なんだ(笑)。

だから、「テーマなんて関係ない。なんでも書いとけ!」がボクのブログセオリーなのだ。日記ですらない。日記は日常の事柄に限定されるから。もっと想像の翼を広げたり、連想の連想をとことんやって、面白いと思えば書いておく。まさに雑記帳だ。世界とつながってる雑記帳がブログの真骨頂なのだ。ボクの場合はだけど。

関係者からのリンクやコメントも実はうれしい(笑)。益子直美さんからトラバとか超うれしかったし(本人かどうかはわからんけど)。「日本のホワイトカラー生産性は最低」では著者からコメントいただいた。最近では「ブラバンキッズ・ラプソディー」の編集の方や著者の方、そして八郎右エ門さんからのコメント。ほんとにうれしいです!7/11の演奏会はたぶんいけないけど...。「壁を壊す」の編集の方にもリンクしていただいているの知ってる(笑)。中村伸一隊長ブログからもトークライブ記事にリンクしていただきました。まとめ力をほめられちゃった!いつか旅力も地球探検隊で試したいものだ。国内から(^_^;)。

メディア業界関係者のなかにはブログの批評なり感想文なんて読まないって人もいる。それはそれでいいと思う。しかしそのスタイルはもったいないと思う。大衆の声がここまで届く時代なんてなかったはずだ。大先生の書評をありがたがる時代は終わったし、大先生のあさっての方向むいてる批判にビビる必要もないしこびる必要もない。大先生も身分を隠して大衆のフリしてブログ書いてみたほうがいい。そのほうがよっぽど世間を知ることが出来るんじゃないかな。なーんて。

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2009.07.07

19年前にかいた詞

シンクロニシティといえば、実はもうひとつひらめいたことがあった。隊長の娘さんのお名前は未空(みく)とおっしゃるそうだ。おどろいた。たまげた中村伸一(>それは所長のほうか!)

19年まえのボクが「M・I・K・U」って詞を書いていた。まさに未来の空をイメージして。あまりに個人的なシンクロなのでどうしようかと思ったけど、この際アップしとこう。超青い詞ですけどっ。(実は短編小説とセットになってたりする)


「M・I・K・U」

サイドブレーキに手をかけたとき

彼女はその手を握りしめた

そろそろ太陽も大きくなりはじめた

初夏のあつい空気に吐息をミックスして

坂の上で僕たちは唾を飲みこんだ

車はすべりはじめた

手の中の汗は冷たかった

彼女は目を閉じた

「風を感じて、未来のために」

「未来…」

「そう、あたしのために」

「よし」

僕たちは坂の下を見つめたまま

目を閉じていた

坂がもっとよく見える

坂は無限に続いていた

「どう」

「とぼう、とぼうよ」

「できるかな」

「できる。未来を信じて」

「うん」

僕たちはとんだ

「とべた」

「ね」

「未来の空だ」

「ううん、未来はただ風を感じたいだけ」

「未来の風だ」

「そう、もっと、もっと高くとぼうよ」

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2009.07.05

3人の中村伸一トークライブ!キーワードは「相互信頼」

唐突ですが同姓同名の人と会ったことありますか?オレはないなぁ。ネット検索時代だからもしやと思って検索してみた。ポップンポールを(>そっちかい!)。そしたら...いた。ネット芸人の「かげちよ」という二人組がネットで雑談風の芸を披露していて、そこにメール投稿コーナーがある。その投稿がかげちよのひとりをロックンロール、もうひとりをポップンポールと名付け、それにかげちよの二人は大爆笑。画像のタイトルにポップンポールとつけていたから検索エンジンに引っかかったわけだ。その画像がこちら。ポップンポールその2となっているが、その1にはポップンポールは出てこない。

なんでこんな話から入ったのかというと、土曜日に「3人の中村伸一シンクロニシティトークライブ」を観に行ったからだ。中村伸一という同姓同名の人が埼玉・福井・山口から集ってトークライブをやった。ひとりは旅行会社の“隊長”(普通の会社でいうとこの社長)、ひとりは福井県の診療所の医師(院長)、もうひとりは山口県で経営コンサルタントの研究所所長。みんな中村伸一さんだ。

名前が一緒というだけのノリで、四谷区民ホールを押さえてトークライブを挙行されたのだった。こんなイカした出し物はめったに見られないと出かけていった。隊長には会ったことがあるし、所長は同郷の山口県人だし、というオレにとってのシンクロニシティも感じたし。院長だけは今回はじめて講演を聞いたけど、こんなに爆笑しつつためになる講演者は会ったことがない。NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」が目をつけた人だが、この講演を聞けば他のマスコミが飛びついてもおかしくない。ものすごい逸材。太鼓判押しまくっちゃいます。

三者三様の面白いトークライブだったので、3人の中村伸一さんについて聴講記を残しておきたい。ちなみに、質疑応答のコーナーで3人の名前の由来を聞いた山口県人はこのオレです(wink)。まじめな質問が多いなか、爆笑ネタが聞けてよかったです!みなさんブログをお持ちなんですが、コメント欄で書ききれない熱い(長い?)想いをここに記します!

●地球探検隊 中村伸一隊長

そもそもこのライブを知ったきっかけは地球探検隊の中村伸一隊長だった。以前ジョー奥田さんのトークを聞きに中村隊長のオフィスを訪ねたことがある。二次会の飲み会で話した中村隊長はアグレッシブなロマンチストであり、人を惹きつける魅力を持った人だった。メルマガ読者にして地球探検隊の旅に未参加のオッサン幽霊隊員のオレだが、強烈なシンパシーは持続してるのであった。

どうして同姓同名の3人がトークライブをやることになったのか。中村隊長のブログに経過が書かれてあるのでリンクしておこう。人の縁ってのは面白いものですね。

「地球探検隊」という旅ブランドを生み出した隊長。このコンセプトの元に旅のリピータが後を絶たない。地球探検隊のコーディネイトする旅は、アウトドアだったり「大人の修学旅行」だったり、ハイテンションな旅ばかりだ。だが、もとからハイテンションな野郎ばかりが参加するわけではないという。

人と会うのを苦に思ったことはないという隊長だが、ここまで来る道のりには想像を絶する苦難があった。中村隊長の20代前半の離婚や死別の波乱万丈な話を聞いてしまうと、オレなんてなーんの悩みもなくここまで生きてきた凡人に思えてくる。

オレには隊長の人生におけるそのふり幅の大きさが、地球探検隊の旅のスケールにそのまま投影されているようにも思える。

どん底からの脱却の旅、絶望から這い上がるための旅、そういう旅のカタチがあってもいいと思う。もちろんそんな内に秘めた思いは明かさずに参加して、自分を受け入れてくれるハイテンションな場所や人との出会いが心を開く。あとから「実はオレあの頃鬱だったんだぁ」と話せるようになる。また話す機会も提供する。送り出したらそれで終わりという旅は地球探検隊にはない。戻ってきてからが本当の旅なのだ。

隊長の言葉で印象に残ったのは、ポジティブに生きるための言葉「ありがとう」だった。苦境に陥っても「ありがとう」と言ってみる。それは困難を乗り越える経験を与えてもらったことへの感謝なのだ。そのプロセスが旅先で不安になってしまう顧客の気持ちを理解する予行演習になる、と隊長はポジティブに捉えて苦難を乗り越えてきた。

今後の夢は“限界オヤジ”だ(笑)。80歳になっても笑ってマウンテンバイクに乗ってるような限界オヤジ。隊員の娘や息子が成人して子連れで地球探検隊に参加する「家族の修学旅行」というコンセプトもはじまった。夢を実現させ、さらに広がっていくようだ。

●やまぐち総合研究所 中村伸一所長

山口県人であるというだけでないシンクロを感じたので、ライブから一晩明けた先ほど妹に電話して確認した。オレの妹はやまぐちのSOHOを応援する会で理事をやったりしていた。県庁の仕事もしているので、Web作成や起業関連の仕事で目立っている人がいれば知ってるはずだと思って聞いてみたのだ。

やはり中村伸一所長を知っていた(笑)。というより妹は所長と仕事したことがあった。所長を講演に呼んだり、妹が呼ばれたり。世間は狭いねぇ。やまぐちが狭いのか(coldsweats01)。

やまぐち総合研究所は、日本一人口が少ない県庁所在地山口県山口市にある。経営コンサルタントという仕事をするには非常に難しいとも思える地方なのだが、今回は山口県のセールスマンとしてPRに来られていた。どっかで聞いたフレーズなのはご愛嬌!

PRポイントは真っ先に角島だった。うーん、さすが。いま時代は角島だよね(笑)。オレも昨年行きましたよ。ドラマ、映画、CMと絶好の撮影ポイントです。自然を残しつつ共生していく方向性でやまぐちを観光立県にして欲しいもんだねぇ。

所長は経営コンサルのなかでもいわゆる税理士や中小企業診断士などディフェンス寄りではなく、販促やコンセプト作りのお手伝いをするといったフォワード寄りのコンサルタントで他と差別化されている。そして所長ご本人のコンセプトは「人脈開放宣言」だそうだ。

人脈づくりで異業種交流会等に参加したりする人はいるけど名刺コレクターになっても意味がない。人脈は抱え込むのではなく開放してこそ新しい人脈も生まれれば広がってもゆく。特に新しいプロジェクト(事業)を起こしたいときには、まずは自分の人脈を開放せよ!!と中村所長は説く。自らのビジネス活動を宣言し情報を発信することが重要なのだ。オレもIT業界の人と仕事をする機会があるが、やはり人と人をつなぐことが企業と企業をつなぐことにもつながっているのは実感する。

所長のポジティブ・シンキングワードは「そうきたか」だそうだ。これはオレもそう。苦難が降りかかってきたとき、「お、そうきたかっ!なるほどね」とゲーム感覚で楽しむ余裕を持ちたい。特に想定外の展開ってのはワクワクドキドキする。それがたとえ不利な状況でも。だからクレームで怒鳴っている電話とか美味しい。これから何が始まるんだろうって。オレはドMか!?

中村所長の話から脱線しちゃうけど、山口県には近代の偉人や政治家以外にも、もっと知られていい人やモノがたくさんあると思う。宮本常一さんなんてその筆頭だと思うし。最近ブームのエコ関連でも、山口には“鉄炭ダンゴ”の発明者がいる。杉本幹生さんという宇部市在住の方。「森は海の恋人」で有名な畠山重篤さんの著書に紹介されている。エコロジーが叫ばれている昨今、海と密接につながりのある山口県に自然再生の重要なツールが存在しているのだ。

●名田庄診療所 中村伸一院長

この日のトリは中村伸一医師だった。NHKの番組では現代の赤ひげ先生というスタンスで地域医療のスペシャリストとして紹介された。ドラマファン目線で言えば「Dr.コトー診療所」と「風のガーデン」を足して2で割らないような感覚だ。地域医療と在宅介護。3~4世代同居が当たり前の地域で地域に支えられながら奮闘しているのが中村伸一医師だ。子ども時代にはブラックジャックをチャンピオンでリアルタイムに読んでいたそうだ。

トークライブでの中村院長はヘタなお笑いタレントよりも面白かった。朝5:30まで飲んでいたと司会者に暴露されるくらいのハイテンション(笑)。講演会でここまで爆笑したのは本当にはじめてだ。そうやって聴衆をグッとつかんでから本当に伝えたい話をされる。これ録音しててCD化して売るんですよね>主催者さん?買うよー。もう一回聞きたいよ。

でも面白い話だけが頭に残っちゃうんじゃ意味がない。聞き終わった後本当に残るのは日常の現場で育った現場力、それに裏づけされた様々なエピソードだった。自治医大出身の中村医師は福井県に赴任する。一人で村の医療を全部支える不安、最新医学情報から取り残される不安、外科の技術的トレーニングができない不安、それらを抱えての赴任だった。

“つらさ”には勝負させてもらえないつらさと頼られていないことのつらさがあるという。中村医師のトラウマは少年野球最後の試合のバッターボックスだった。2アウトでランナーが3塁にいる。2ストライク1ボール。打つ気まんまんだった次のボールは高めのボールで見逃した。そしたら3塁ランナーがホームスチールでタッチアウト。負けた悔しさよりベンチからスチールのサインを出されたことがつらかった。勝負もできず頼られもせず。

そんなトラウマをもつ中村医師が、日々是勝負、自分の双肩に村の医療すべてがかかっている地域医療の忙しさを受け入れて働いているのだ。

地域医療だからといって扱いやすい人ばかりじゃない。在宅医療をしていたとき頑固な爺さんがいた。とにかく手がかかった。だがその爺さんの臨終が近づいたとき、爺さんは妻にこういったそうだ。「家で死ねていい人生やった。おまえも中村先生に見取ってもらって家で死ねよ。」これ書きながらも涙が出てくるほどいい話だ。

また79歳で癌が発見されたが治療を拒否したおばあさんもいた。痛み止めだけで在宅介護、お嫁さんと「死んだふりごっこ」をしていたという。何の延命治療もせず4年間、家族とともに過ごして永眠された。そこには高度医療を受けないことは不幸か?という問いかけがあった。命のリアリティを伝えていくというのも大切なことなのだ。

今後の中村医師は「全日本名田庄化計画」をぶち上げている。地域医療・在宅医療の輪を日本中に広げたいという夢だ。その夢のためならテレビにも講演会にも出て行くそうだから、各地の自治体や学校関係者の皆さん、いまがチャンスですよ!この先生の講演会なら成功間違いなし。若い人に地域医療の話を聞いてもらいたいですね。

●共通項は「相互信頼」と見た!

まったく異なる地域、まったく異なる分野で活動されている同姓同名の3人の中村伸一さん。名前が同じという以外の共通項を見つけようと思っていた。ライブが終わってオレに芽生えたキーワードは「相互信頼」だった。

旅行会社も経営コンサルタントも地域医療の医師も人を相手にする職業だ。だが、この3名には人を“相手にする”という以上の関わり方、人と関わり続けていくという姿勢が見て取れる。

地球探検隊はツアーに連れて行って終わりじゃなく、旅から帰ってきた隊員どうしのコミュニケーションがキモ。やまぐち総合研究所はイベントぶち上げてそれで終わりじゃなく、地域社会の振興をいっしょに盛り上げるのがキモ。地域医療は、診察したら終わりじゃなく、予防・医療・福祉をすべてひとつのつながりと見立てて患者の人生をともに歩むのがキモ。

これらはすべて「相互信頼」がなければ成り立たない。その信頼は常に「頼られる」だけではなく人を信頼することから生まれるようだ。情報は発信しなければ入ってこない。おそらく信頼もこちらがまず信頼してあげなければ信頼されることもないのだろうと思う。

サラリーマン社会では口先だけで「信頼してるからな」とか言う上司がいるが、そういう上っ面の信頼の押し売りはすぐメッキがはがれる。そういうことを言うヤツほど信用できない(bearing)。現場力がともなってこそ、言わなくてもわかる本当の相互信頼が生まれるものだ。

こういう思いに至ったところで、逆に同姓同名トークライブというコンセプトを忘れそうになっていた自分を発見(笑)。最後に聞いておかねばと名前に関するエピソードを質問したのだった。頭のなかでつながったキーワードと名前のつながりが両方そろって、オレにとってのシンクロニシティトークライブは完結するように思ったからね。コンセプトを忘れないのがプロジェクトの基本なのさー。もうひとり和歌山県にいるという中村伸一さんにも話して欲しかったなぁ。

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2009.07.04

ふたつのスピカに角目カブ

今日の検索フレーズランキングは、1,2,3,5,7,10位がぜんぶスーパーカブ110だった!全角カナ、半角カナ、全角数字、半角数字、スーパー抜きのカブ110やカブ110と、すべて同じ「スーパーカブ110」を表しているのだが、2バイト文字圏って多様なんだねぇ。

どれも「スーパーカブ110発売!」って記事へのアクセス。個人的には「Love Cub 50展からお気に入り5選」のイラスト(塗り絵?)が気に入ってる。結構描くの大変だったので。ちなみに背景の風景は横浜。JICA横浜に行った帰りに撮っていたスナップ写真がカブの背景にバッチリはまった!まさにヨコハマジック(笑)。今年開港150周年だけのことはある(<こじつけはこのあたりで限界)。

さて、そんな検索ワードランキングのなかの9位に「スピカ カブ」という検索ワードがあった。これは聞き捨てならんと逆にこのワードで検索してみたら、ドラマ「ふたつのスピカ」でアスミの幼なじみ府中野くんが通学に使ってるバイクが、いわゆる“角目カブ”だということを知ったのだ。2chで...。

2chも役に立つことがあるのだ(coldsweats01)。グッジョブ!ただし「ドラマはアスミのふとももとカブしか見るべきところがない」などと、全体的なトーンはやっぱり2chモードなので(笑)、健全なNHKドラマファンの少年少女が来るところじゃない。だが「アンタのようなまともなヤツが来るところじゃねえよ」とコワモテのお兄さんに言われても、恐る恐る近づいてこそはじまる物語もある。優等生人生もつまらんぞ。生きる道は自分で考えよう。

くそ、脱線してばかりだ(<わかってるクセに)。

それにしても、ぜんぜん意識してなかったなぁ。府中野くんがバイクやメカ好きって設定なのはわかってたけど、マニア向け(?)の角目カブだったとは。まだまだオレも修行が足りん。カブの本買って勉強します(ってベクトルがNHKドラマファンっぽい?)。角目カブって前のライトが四角のカブのことらしい。

さて、ドラマ「ふたつのスピカ」第3話も良かったなぁ。ハルクツーとアスミたちが校内ネコ探し対決。前回も書いたけどハルクツーは8本足で車8台買えるくらいの高額ロボット(実話)なのに動作が鈍かった。ほんとはもっと機動力ありそうだけど。

ネコを探すって設定もハルクツーならではかも。ハルクツーには3つの基本動作があって、車輪走行、前後左右への歩行、そしてアニマルモードだ。アニマルモードはいかにもネコっぽい足の動きで歩く。ドラマでは車輪走行と横移動の歩行だけしか見れなかったと思うけど。

この対決中に非常事態に陥り、ハルクツーを助けようとして怪我したアスミ。救助された後、「人間が死んだら悲しむ人がいるからロボットを使う」と話す先輩桐生に対して、「桐生さんが悲しむと思って」とハルクツーを助けようとした理由を語るアスミ。うーん深い...。アシモフもビックリのいいシーンだったね。ハルクツーが壊れたらそりゃ悲しむよ。何千万円もかかるロボットだからね(<違うか...)

さて、第2話を録画しわすれたオレに朗報(笑)第1話から第3話までアンコール放送が決定したそうだsign03 パチパチパチパチ!グッジョブ!グッジョブ!そーこなくっちゃ、オレたちのNHKだもの。

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2009.07.03

ジブリのドキュメンタリー発売延期

マイケル・ジャクソンが亡くなって、マイケルが保持していたというビートルズの原版権の行方が気になっていた昨今、まったく別の原版権の話題がもちあがった。

ひとくちメモ「ジブリの風景を録りたい」という記事の最後のほうに紹介した本日(7/3)発売予定のドキュメンタリー作品が、5ヶ月程度の大幅な発売延期となってしまいました。音楽の原版権(大まかに言えば著作権のひとつ)の許諾申請漏れがあったそうです。ジブリの説明はこちらです。

確かにドキュメンタリー作品の場合、現場で流れている音楽の許諾を得るのは大変な作業でしょうねぇ。

BGMとして後から入れた音楽ならば、どこにどんな音楽を使ったかがわかっているので事前許諾の必要性もわかって使う(許諾が得られない場合は発売時に差し替える)ことが出来ます。ドラマなんかではたまにありますね。

しかしドキュメンタリーでは、意図的に入れたわけじゃない音楽が多数ありえます。今回も「作業中の宮崎監督が聴いていた音楽」が入っていた場合には、その音楽の許諾を得なければなりません。外国曲の場合は著作権管理団体も複数あり結構大変だと思います。また差し替えが出来ないから、映像の編集からやり直す必要も出てきます。

個人的には社会全体があまりにも著作権に過敏症となり過ぎてるとは思います。著作権は利権そのものだから。すでに原著作者の意図とはまったく異なる次元で著作権は売買されています。極端な話、ドキュメンタリー作品の内容とまったく無関係に通りすがりの暴走族がゴッドファーザーのテーマを流していて、かすかに音を拾ってしまったら、そのゴッドファーザーのテーマを使ったことになっちゃいます。カネ払えと言われかねない。

これにすべて対応していたら金銭的に苦しいドキュメンタリー系制作会社は作品をあきらめざるを得ません。ジブリの場合はちゃんと対応しようという話なので、その判断をどうこういうつもりはないですが、著作権トラブルがなにか現場無視の神学論争的な話に思える現代社会でございます。

延期は残念...。でも出たら買いますので鈴木プロデューサーよろしく!お蔵入りだけは避けてちょー!!

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2009.07.02

十数年ぶりのボーリングの結果

先日、実に十数年ぶりのボーリングをやった。メンバーにはマイボール&マイシューズ&マイグローブのツワモノもいれば、オレ以上の37年ぶりという方も...。

ボーリング場も進化してんだな。手書きじゃないのは知っていたが(笑)、1投目2投目の残ピン位置までスコア表に載ってくるんだね。なんだか予備校のテスト結果みたいだ。予備校行ったことないけど(^_^;)。ハウスボールに左利き用があるのもビックリした。確かに投げやすかった。

実はオレもマイボールを持っている。たしか高校時代にボーリング上級者の人にフォームを見てもらって、「君はマイボールを作ったほうがいい」と言われ作ってもらった。左利きだし重い(15ポンド)けど指は小さめのボールだから、ボク以外の人には投げられない。ただ、いまでも持っているが使ってない。

悪い癖は足が横に流れるところだといわれた。腕で投げるのではなく姿勢で投げるのがコツで、腕は握手するように差し出すだけでいい。ボールは最初の動作で後に引き上げるときだけ力を使い、あとはボールの重さだけ、慣性で差し出すだけでいい。たしかにその通りだった。

さらにピンを見るな、目印のスパッツだけを見てそこに握手するように腕を差し出せばそれでいいとも言われた。そうやれば自然にスポットへ入っていくのだ。そのスパッツの選び方やレーンのワックスの塗り方(剥げ方)、腕の微妙なブレ等によってストライクゾーン(ポケット)からズレてしまいストライクにならない場合がある。

ポケットでない、逆側のポケットのことをブルックリンという。左利きのポケットは1番ピンと2番ピンの間。右利きだと1番と3番の間。そこにカーブボールが入るとストライクの確率が高い。左利きのオレが右利き用のポケットに投げちゃったらブルックリンに入ったことになり、ストライクであっても狙い通りの投球ではないと反省するのだ。

などなど、当時の様々な教えが走馬灯のように頭の中を巡った。肝心な何歩で投球するのかすら忘れていたのだが、レーンに立つと身体は覚えていた。昔取った杵柄だね。こりゃ10年以上ブランクがあっても、そこそこ行くんじゃないかとやった1ゲーム目がこれだ!

Bowling20090630

なんじゃこりゃ。一部の人にしかウンチク語らなくて大正解(wobbly)。しょっぱなガータ2連発なんてありえへん!そしてこの日はまったくスペアが取れなかった。10フレーム目にスペアがあるが、あれは1投目後の機械が残ピンを倒してしまったので、ガータでもスペアになる状態だったのだ。

そしてラストもガータ...。スペアの後にガータ。最悪や!ガータに始まりガータに終わるウンチク野郎ほどかっこわるいものはないのだ(笑)。

スペアが取れないボーリングは点数があがらない。成績をあげるにはスペアを拾っていく必要があるのに...。2ゲーム目はヒザを傷めちゃってさらにボロボロ。爪も割れちゃって。ハンディ20ピンを貰ってる女の子のハンディなしの得点より低かった(笑)。

だが、久々にボーリング場の雰囲気を味わえたのは良かったな。2ゲーム持たない体力はつらいが。

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