メーデーの日にファシズムを考えた
もう5月2日なんだけど、せっかくだからメーデーの5月1日付に日付を改ざんして書いとこうっと。週刊金曜日に佐藤優さんの「歴史人物対談」という連載がある。マルクスなど歴史上の人物と佐藤氏が対談しているかのように書かれており、歴史上のその人物の思想を通して現代社会を見る面白い企画だ。
4/24号(748号)では「ムッソリーニと語る」と題した架空対談。これを読んで、ムッソリーニの語るファシズムが会社と労働組合の関係になんて似ているんだろうと思った。もちろん労働組合全般についてはわからないが、日本企業の労働組合はまさにファシズム社会における“協同体省の官僚”そのものだと思えてならない。
私の知っている例を少し挙げてみるとこんな感じだ。労働組合の執行委員になることを経営者に打診される。執行委員になると良い人事考課・役割評価がつく。その口で成果主義撤廃を叫びながらである。また幹部を勤め上げれば昇進する。会社の扱いやすい管理者を養成する機関が労働組合執行部のようなのだ。そしてその流れに乗る決断をしたサラリーマンはファシズムの官僚として蜘蛛の糸をつかむことが出来る。
争議行為の真似事はやるが基本的には会社の意向に沿った形でまとめあげる手腕が問われる。組合活動を知り尽くして労対の方法論を学び、管理者そして経営者へのレールに乗るのである。かつて労働組合の腐りきった幹部は「赤い貴族」と呼ばれ、ほとんど業界ゴロのような存在だったとも聞くが、いまやそういうゴロツキは鳴りを潜め、組合活動はサラリーマン生活を上手に生きるための手段ともいえよう。こーのおりこうさんの生き方上手!
そのような労働組合の存在を知ると、メーデーは茶番にしか見えなくなる。私にはかつてメーデーの拡声器で「労働組合によるシュプレヒコール強制反対!」と叫んだ恥ずかしい過去がある。ちょうど10年前のメーデーだった。その頃よりも骨抜かれ度はかなり進んでいそうだ。いったん会社内組合は解体したほうがいいとも思う。だがこのような会社と組合の相思相愛関係が保てるのは、不況の現代においてまだ幸せなのかもしれない。ファシズムは賛同する個人を差別的に優遇するものだ。
ファシズムで団結した企業は強固な家族主義経営ともいえる。ただし指向停止状態で論理が希薄なため、ちょっとした外圧に弱い。長い目で見れば崩壊への道程を歩んでいるのだろう。泥舟の延命は、自分だけ助かればいいというモラルハザードを生む。社内政治が現場をゆがめ始める。そんな組織に論理的決断などできるはずがない。幸せな関係のまま市場に淘汰されてゆくだろう。
だが日本企業におけるファシズム思想はまだまだ続くことだろう。そうやって育ってきた経営者が増幅しているのだから。組織運営とはそういうものだと確信している。松下型経営だけが正解だという宗教にも似て。国力の弱体化にはそういう側面もありそうだ。麻生総理が生まれるわけだ。
そんな現代に生きながら組合活動に参加するのは時間がモッタイナイ!もっと目を外に向けて、社長になるより儲ける方法とか、本当の弱者救済運動に走るとか、個人として有意義な方法論があると思う。時代は変わった。団結ごっこは何も生み出さない。愛社精神見せ合いごっこだけじゃジリ貧必至だ。個の実現をバックアップできる集合体としての組織力のほうが強い。
もし健康のために歩くなら5月1日だけじゃなく毎日続けることだ。
| 固定リンク | 0















コメント