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19 posts from May 2009

2009.05.31

安谷川渓流CD完成

安谷川清流CD安谷川遊歩道エントランス
(MP3/941KB/60sec)

先週土曜にバイノーラル録音してきた安谷川渓流の編集作業が完了しCDに焼いた。結構狭い範囲だったけれど6パターンくらいを採用した。また編集作業のなかでハイカットフィルターをかましたものなども収録し約46分にまとまった。

自然音録音マニアのなかには、編集作業はフェードイン/アウト程度にして、録音した音をそのまま残すことに重点をおく人もいる。それはそれでアリだと思うけど、ボクの場合は sleepy 安眠が最優先なので、いかに自分の耳心地がいいかを模索する。

録音してくるときにはフィルター等は使わずにできるだけそのままの音を高音質で録ってくる。ここはジョー奥田さんの教えを守ってる。防風対策はフィルターに頼らずに出来る限りポイントの選び方で対応したい。そうやって録ってきて、編集作業ではあまり原音にこだわらず聞こえ方中心に作業してる。

だから編集作業ではノーマライズは言うに及ばず、フィルターをいろいろ調節することはある。ただ結局は微風消しくらいに留まることが多い。いい音で録れてるものは触る必要があまりないから。あんまりやりすぎると本当にテクノでノイジーな感じになっちゃうので(それはそれで面白く、完全に自然音じゃなくなる編集をしてみたい衝動にも駆られるが)。

今回、最初にアップしてる「安谷川遊歩道エントランス」は、遊歩道入り口周辺で録音した音のショートヴァージョン。バイノーラル感がわかりやすいように小鳥のさえずりなども入っている部分をカットしてみた。イヤホンで聞いてみてください(音量は半分くらいがいいかも)。

CDのレーベルに使った写真は、遊歩道の木橋(下記写真)の下流側。巨岩のところで流れが湾曲しているとこ。音的にはパシャパシャいう感じでいまいち安眠には向かなかったけど、この曲がり具合がCDレーベルに合いそうだったので写してきた。思い通りのレーベルになって良かった。熊出没注意もぜひ入れたかった(danger)。

安谷川の木橋

●お散歩コース

寺沢川録音が終わってからはお散歩。安谷川の遊歩道を登っていくと「明ヶ指のたまご水」というのがある(熊出没注意看板も)。それしかないうえに私有地だそうなので行くほどのことはなかった。引き返して来た道を戻る。

実は今回、候補地を最終的に安谷川渓谷に決めたのはそば処和味の女将ブログ2007年の写真だった。これもなにかの縁なので、一日49食しか作らないという蕎麦を食べるかどうかまよったのだが、この日はまだ昼食には早かったので食べなかった。次回のお楽しみ!

引き返す途中には、いくつか寺沢方面への分岐がある。遊歩道がちゃんとしていて、遭遇する曲がり角には何かしら道標が出ていて親切なところだ。今回は陽野峠を越えて(というほど険しい峠道では全然ない wink)、寺沢川のほうへ歩いてみた。

寺沢側は熊倉山への登山ルート入り口へ続く道に出る。熊倉山は1400m級の結構ハードなルートだそうで、ハイキング感覚じゃ行けないらしい。だからそっちへは近寄らず(笑)、駅方面へ。途中“坂トンネル”と呼ばれる矢通反隧道がある。短いけど坂を下るトンネルで面白かった。

トンネルを抜けると子どもたちのグループとすれ違い挨拶。その先に花ハス園がありカエルの合唱。思わず録音開始だ。オンシーズンにはヘイケボタルも自然発生しているそうだ。すばらしい自然が残っているなぁ。

でも録音目線では人もおらずハスも咲かずホタルも来ずというシーズンがいい(karaoke)。カエルの声と水の注ぐ音と、遠くに電車の踏み切りが鳴り、秩父鉄道の電車が通り過ぎる音。この音のパースペクティブが欲しいのだ。白川郷に続く「昭和な感じの田舎の風景」が録音できた。...とおもいきや、さっきのお子様が「ヘビッ!ヘビー!ヘビー!」と絶叫して(喜んで)いる声が。それはそれである意味風景音として面白かった。公開未定(笑)。

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2009.05.30

今朝の連ドラ「つばさ」に涙涙

川越を舞台にしたNHK朝の連続ドラマ「つばさ」がグルーブしてきた。前に書いたのははじまって一週間目ごろだったけど、早9週目が終了だ。今クールは忙しいのとそれほど惹かれるドラマがないのとでドラマをあまり観ていない。つばさゴーストフレンズ(NHK)と湯けむりスナイパー(テレ東)くらいだ。

ドラマの話題はアクセス数がアップしやすい。でも最近はドラマなしでもアクセス数が減らない。松丸アナ@ゴッドタン平原綾香のおかげか(lovely)。あるいは星野博美さんの「のりたまと煙突」が今月文庫化されて、星野博美さんの記事へのアクセスも増加中だ。松丸アナ袋とじ第二弾の評価は次回アメトーーク後になると思う(なんでやねん)。

さ、脱線はそのくらいにして、そろそろ本題のつばさで脱線していこう。今朝の「つばさ」は涙が出たなぁ。優花ちゃんのお母さんが亡くなる直前にMD録音していた絵本の読み聞かせ。その最後のメッセージが「続きはまたあとで...」だったなんて!「あとで、はおしまいってことなんだよ」という幼い優花ちゃんのトラウマが、こういう形でラジオぽてとや別れた父とつながっていくとは。

再会したときに「お父さんなんていらなーい」と言った優花ちゃん。そのかたくなな心を甘玉堂の家族が解きほぐし、極めつけに亡くなった優花ちゃんの母の「またあとで...」のお話しの続きをつばさが創作。ラジオで語りかけた。

そのお話しには、ラジオぽてとの社長でもある優花の父が“旅人”として登場する。母の話の続きに旅人の父が出てきたことを敏感に感じ取る優花ちゃん。それを聴きながら優花ちゃんが描いたこのお話しの絵には、ちゃんと“たびびとさん”が描かれていた。この絵によって優花ちゃんは、育ての親である母の両親との養子縁組がギリギリでストップし、父との暮らしがはじまろうとしている。

ここでオレは泣きながらも、知人のモーレツ営業マンのことを思い出さずにはいられなかった。彼の娘が描いた絵には娘と母親しか描かれていなかった。その娘に「パパは?」と母が聞いた。すると娘はこう言った。「しゅっちょうちゅー!」実話だがこれもある意味泣けてくる話だろ(shadow)。サラリーマン残酷物語。

それにしても、つばさが一晩で書き上げたお話しは絶品だったぞ。モノ書きになれるんじゃないか(笑)。優花ちゃんの感受性の強さとかありえないくらいセンシティブ。そして川越のコミュニティFMをいかに「聴く」シチュエーションに持っていけるか。結構強引(ご都合主義的)な感じもないではない。脚本にはいろんな苦労がありそうだ。

でも今朝の最後で「ベタでもハッピーエンドがいい」とつばさの心の声で語らせるなんておちゃめ(笑)。いや、オレもそう思うよ。普遍的な物語はベタなんだよ。シュルレアリストだった若い頃はそうは思わなかったけど。最近わかるようになってきた。

脱線ついでに、若い頃(21年前)に書いた未発表童話「メリーのクリスマス」の触りを初公開しときたい。つばさに対抗して。なんとなくつばさの「お話しの木」を聞いていて思い出してしまったのだ。

●メリーのクリスマス
メリーのクリスマスには雪がない。青空とどこまでもつづく緑と。そのなかの一本の大きなユーカリの樹の木陰の中の幹の穴から顔を出しているちっちゃなリスと。そして光り輝く太陽と。メリーのクリスマスには色がある。メリーにとっては7度目のクリスマス。雪のないクリスマスは4度目だけど、3度見たはずのホワイトクリスマスは覚えていない。メリーは緑に囲まれたクリスマスが大好き。まっしろいクリスマスなんて心がはずまないと思う。

みたいな。この後、冬服を着たサンタクロースになんで厚着をしてるのか聞いてみたり、なんでみんなメリーの名前を知ってるのか不思議がったりするのだが、続きはまたあとで...いや、おしまい!

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2009.05.24

バイノーラル録音@安谷川渓流

熊出没注意気力、体力、自由な時間、天気、そして季節の5つの条件が奇跡的に折り合った土曜日、久々のフィールド録音に出かけた。日帰りできる場所で良さげなスポットを探しに探し、アタリをつけた場所は奥秩父。いやー、録音ポイント的にもお散歩にもいいところだったsign01 お約束の(?)熊出没注意という看板にもめぐり合えた。

昨年の連休には高麗川の録音に出かけ、そのノリで小笠原諸島母島へも録音旅行に出かけた。我ながらこのときの録音がどちらも予想以上に良い出来栄えで、もう近場で録音スポットを見つけるのは難しいかもと思いつつ、日々Googleの航空写真を眺めていた。最初の高麗川が良すぎて、ハードル上がりまくりなのだ。今回も高麗川再訪にしようかとすら思っていた。

●録音スポットを探す旅(頭の中で...)

航空写真で見つかるような河川というのは川幅も大きくフィールド録音には向かないと思う。せせらぎとか渓流はそういう河川から脇に逸れた支流にあるんじゃないかということに気付いて、そういう場所を探した。さらにサイクリングコースとかそういう雑誌類をめくっているうちに「荒川上流」というコンセプトがふつふつと湧き上がったのであった。

首都圏を還流する全長173Kmの荒川。東京湾のあたりをイメージするとまったく録音気分にはならない。しかし上流域には武甲山や両神山を望み、秩父湖のある秩父山地へとつながる。その荒川にはいくつもの支流があり、まさに渓流の宝庫じゃないか。そう思ってからは荒川に注ぐ支流に絞って吟味した。

ただし交通手段は電車のみ。あとは徒歩だ。となると駅周辺がすでに自然のなかでなければならない。さらにいわゆる観光・行楽スポットはダメだ。雑音が多すぎて録音には向かない。そういう場所をはずしながらも、美しい渓流でなければ気分が乗らない(笑)。つまり良い録音スポットというのは基本的に情報がないわけだ。

しかしあえて観光・行楽スポットの雑誌を読み、載っていない場所を探した。ウラ読みだ。そして渓谷とか渓流と名の付く川をネット検索しつつ、情報量が少ないけど写真がある渓流を探した。最近はブログでハイキング情報や散歩コース、ツーリングコースなどを書いている先達やジモティーがいらっしゃるので助かる。

ほとんど観光や雑誌の取材が行かないけど美しいポイントを彼ら彼女らは知っているのだ。ただしボクとは目的が違う。美しい景色には高台が多い。だが録音には風の影響が少ない場所のほうがいい。そうやってようやく探し当てた今回の録音ポイントが安谷川渓流だった。

●駅近で絶好の録音ポイント出現

武州日野駅安谷川(あんやがわ)も荒川上流域の支流だけど、あまり駅からはなれていない。駅は秩父鉄道の武州日野駅。秩父鉄道には初めて乗車したが、寄居駅を過ぎたあたりから俄然自然が多くなってきてワクワクした。

長瀞のライン下りが有名だが観光地には興味のないオレ...。急行に乗ったので秩父駅の次の御花畑駅で各駅停車に乗り換え武州日野駅まで。終点の三峰口駅(埼玉県最西端の駅で関東の駅100選に選ばれている)の2つ手前だ。急行は200円高いけれど乗り心地がよかった。帰りは三峰口まで行って急行に乗って帰った。

録音スポットまでは約20分程度だっただろうか。お蕎麦屋さんの横道から下っていくと、シカやイノシシ避けの防止ネットがあり、開閉のお願いが書かれてあった。そこを抜けると木橋が架かっていて遊歩道になっていた。駅から20分でこの景色。そしてこの清流。なんとも豊かな清流だった。

安谷川渓流安谷川渓流のこのあたりは、散策でいえば9月のソバの花とか2月のザゼンソウの時期がオンシーズンのようだ。また夏には釣場が営業していて観光客も結構ありそうだ。5月も新緑の季節ではあるが秩父一帯が皆新緑の季節なのであえて武州日野駅でなくてもいいはず。だがフィールド録音にはこういうとき・ところこそ願ったりかなったり!

木橋を渡った先のあたりを上流へ少し歩き、最初の録音をはじめた。水量が結構多くゲインを低めにしてうるさくない音に。売り物の清流CDのなかには世界の有名な河川があったりするが、結構うるさいのが多い。だが録音してみるとわかるのだが、案外普通の小川ですら音量的には大きくなりがちなのだ。ほとんどノイズになってしまう。

川の音には水滴の不規則なリズムがバイノーラルにほとばしる感じを求めているわけで、ザーザー流れる川の音は趣きに欠ける。頭の後ろのほうでザーザー流れているらしいなぁというくらいの感じで、目の前では水滴の音がハッキリと聞こえる、というのがいい。そういうポイントを探すのはなかなか難しいけど...。

水流がなでる岩安谷川も水量が多いため結構音がデカい。ただ奥秩父らしく巨岩や岩が多いので音的には面白い。ポイントを数メートル変えるだけで音が異なる。水滴のポチョポチョした感じはないけれど、岩肌をなでるように流れる水が、ちょうど相場が高値でグズグズするときの三尊天井(ヘッド&ショルダー)型のように跳ね、そのグルーブが気持ちいい。わかんないかもしんないけど(笑)。

安谷川渓流の音
(MP3/808KB/51sec)

これはちょっと単調だったのでボツにしたポイントの音だけど、水量の豊かさとか環境の静けさとかはよくわかると思う。このほかにも、砂洲(sandber)的になっているところから左右に流れる川の音をバイノーラル録音したり、左右を巨岩に挟まれたポイントで出来る限り水面に近づいて録ったりした。

岩が多いためシンセドラムのバスドラみたいなボーン、ブォーンという音がたまにしたりする(耳を澄ませて聴けばだけど)。これは水がモーグルの上村愛子選手バリにバウンドしている音だと思う(笑)。U字カーブになってるポイントのあたりだと思うけど、そういう川の個性を発見するのもまた楽しい。

日野鷺橋から見た荒川渓流のフィールド録音はまさにライブ録音。だけどその音は太古から連綿と続く大地の音でもある。この時間軸と空間軸とに思いをはせながら、自然音を切り取りパッケージングするのが楽しい。ハイキングも兼ねてるからより楽しい。「奥秩父の荒川支流の音」という発見は個人的に大きかった。何度も楽しめる。まだまだ荒川上流域には、いくつもの支流がオレを待っているのだ(sweat02)。

帰りも秩父鉄道で熊谷駅まで戻りJR高崎線(湘南ライナー直通)に乗り換えた。寝てたら赤羽まで行ってしまった...。赤羽で降りて、下りの京浜東北線に乗り換えた。赤羽駅と川口駅の間にも荒川が流れている。大きな川幅だ。あぁ、この荒川の上流域から帰ってきたのかと思うと、見慣れた荒川も感慨深く通り過ぎた。

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2009.05.23

飯森広一先生一周忌

最近、2005年に書いた「レース鳩0777(アラシ)」の記事へのアクセスが増えている。昨年5月14日に亡くなった飯森広一先生の一周忌前後だからだろうか。

不覚にも亡くなった当時はその事実をまったく知らなかった。飯森先生の公式サイトも更新が途絶えていたので、最近は描いていらっしゃらないのかなぁくらいの気持ちだった。

動物マンガの巨人として、いつの日かきっと再評価される日が来ると思う。一周忌に全集が出てもおかしくないとすら思っている(出たら買うぞ!)。2004年にもそんなこと言ってたけども。

レース鳩0777が代表作だが、個人的には「アイン」の認知度をもっともっと上げたい。マンガが日本の文化というなら、マンガだけの教科書を作ってもいいのではないか(>文科省)。もしそんな教科書が出来たなら飯森作品は確実に載せたい。

ま、教科書に載った瞬間、そんな作品も押し付けがましさが増大して面白みが削げ落ちてしまう気もするからやらなくていいけど...。飯森先生の一周忌をちょっと過ぎてしまったが、「アイン」全6巻を読み返そうと思う今日この頃だ。

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2009.05.21

水着が泳いでるわけじゃない!

国際水泳連盟(FINA)に一休さんの金の袈裟の話をしてやる。

ボロを着てても一休さんは一休さんだ。金の袈裟のときだけチヤホヤするが、ボロの袈裟を着ていたら一休さんだと気付かないヤツらに、一休さんは金の袈裟だけ置いて帰ってしまったのだ。

この話しの教訓がわかるかっsign02

デサント社の水着を着けて世界新を出した入江クン!
水着を脱いで帰ってきたまえ!

あれ、話しのベクトルがおかしくなってるぞ。
国際水泳連盟(FINA)を批判しなきゃ!

じゃぁ、国際水泳連盟(FINA)は後だしジャンケンって知ってるかっ?
相手がグーを出した後に、パーを出して勝ったと言ってるヤツらだ。

世界新が出てから、着ている水着がダメだとか、そういうこというな。
水着はドーピングじゃないぞ。
水着にモーターが入ってたっていうなら話は別だが、そうじゃないだろ。

でも入江クンは立派だ。
「もう一回記録を出せばいいんで」
なかなかいえないぞ。

どんな競技でもそうだが、肉体と道具とが一体となって進化する。
肉体と道具とクスリならアウトだが、道具の工夫は認めていいじゃん。
肉体だけならすべての競技が全裸でやればいい。

でなければ、すべての道具は一種類に決めたらいい。
でもビジネスの問題でそれが出来ないワケだろ。
アマチュア精神はその時点で清廉潔白ではなくなってる。
でもそういう工夫のなかから新しい可能性が見えてくるんだ。

「この橋渡るべからず」と書かれていたのをみて、真ん中を歩いた一休さん。
それは間違ってるぞ、一休さん!(なんの話しやねん!)

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2009.05.20

ロイズのポテチチョコ大人買い!

ロイズのポテチチョコが届いた。これを大人買いといわずして何という...。

工場直送ロイズポテチチョコ!

箱の大きさがわかりやすいよう、左側に文庫本を置いてみた。大きさ比較なので何でも良かったのだが、こだわりを持って中村うさぎさんの『浪費バカ一代 ショッピングの女王』の文庫本を置いてみた(moneybag)。実は結構ファンなのだ。

今回、なぜに工場直送かといえば、限定発売(いまは限定解除してるみたい)のホワイトチョコのポテチチョコだからだ。いまやポテチチョコといえばポップンポールといわれている(どこで?)。ホワイトチョコも大人買いしなくては!

ホワイトチョコポテチ

ニーマン・マーカスのポテチチョコについては、いろいろ書いてきた(こことかこことかこことか)。前にも大人買い=中村うさぎという連想で書いてたのを発見。オレの浪費って中村うさぎに比べれば、全然おこちゃまレベルだが(pig

3年前、ロイズのポテチチョコとの出会いもしっかりブログに残していた(笑)。ホワイトチョコに関しては、ロイズのほうが断然美味い!やっぱイモが違うな。ロイズはなんたって北海道のブランド。大自然のじゃがいもを使用しているのだろう。

ポテチチョコ(ホワイトチョコ)

このばらつき加減はホンモノの証拠だ。それと塩味とチョコ味の絶妙なバランスは、日本のメーカーらしいきめ細かさ。ニーマン・マーカスのほうはチョココーティングの比率が高い。イモは隠し味的な位置づけに思える。しかしロイズの場合、しっかりイモの美味さを伝えている。そこがいい。

大人買いではホワイトと定番のポテチチョコと両方買った。すぐに体重に加算される予定だ!

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2009.05.17

ポップ・シティの偉大な田舎者!坂本龍一自伝

音楽は自由にする平原綾香のコンサートからは大満足で帰宅したが、体調はまたもとに戻ってしまい、日曜・月曜と腹痛で横になっていた。月曜午後には本くらいは読める状態に回復したので、坂本龍一自伝『音楽は自由にする』(新潮社)を一気に読み上げた。

坂本龍一を知ったのはもちろんYMOからだった。YMOキッズのひとりだったのでYMOに関する情報はむさぼるように収集してきたため、様々なエピソードはすでに頭に入っている。自伝からはその補強として、「そのときサカモトはなにを考えていたのか?」を読み、またそこに書かれていない行間を読まねばと意気込んでいた。...といいたいところだが腹が痛いんでサラっと読んだ(笑)。

昔から一貫して感じていたのは「坂本龍一はまったくポップじゃない」ということだった。テクノポリスとかがんばっているけれどポップじゃない。それは決していい曲じゃないということでなく、坂本龍一のポップ寄りの音楽にはムリがあると思っていた。

はじめそう思ったとき、それはクラシックの作曲家としてエリート教育を受け、その素養をベースに現代音楽・電子音楽へ傾斜していったアカデミックな音楽脳が邪魔をしていたのだろうとばっかり思っていた。しかしその思いは、ずいぶん前に(20年以上前に)すでに違うということを感じていた。

坂本龍一のアンチポップな感性はアカデミズムではなく、土着的な感性、田舎者の感性といったほうがシックリくる。いわばフォークロアなものなんじゃないかと思っていたのだ。それがこの自伝によって裏付けられたような気がした。坂本龍一の民族音楽への傾斜は筋金入りだったのだ。

昔NHKでやっていた「YOU」って人気番組に坂本が出演した回があった(あの番組の曲は結構ポップだったけど^_^;)。自分で楽器を作って集まろうみたいな回で、チープな音を出すお手製の楽器を若者が持ち寄っていた。坂本もそういうどこにもない楽器が頭に浮かんだりすると言っていた。水車が回って音を出したりとか。それが本来の坂本龍一だったのだ。

一番笑ったのは、高橋幸宏の自宅にはじめて行ったときの話。アール・デコの世界だったそうだ。床が市松模様のタイル張りなんて、坂本じゃなくても驚く。ユキヒロの自宅はまことちゃんちか!

高橋幸宏だけでなく、その後出会う細野さんにしろ山下達郎にしろ、同じ東京生まれ東京育ちの自分(坂本)なのに環境がまったく異なっていた。まさに音楽的にもファッション的にもおのぼりさん状態だったわけだ。坂本の土着なロック魂とは別次元の世界...。

彼らは坂本が理論から学んで構築していった音楽を、映画音楽やアメリカンポップスのなかから耳で会得していた。エベレストとチョモランマの違いか(>なんだそれ!)。それらの人々に出会い、「あんなチャラチャラしたやつらがロックやってんのかよ!」と思いつつも、坂本の音楽の世界も徐々にポップスへの扉を開かれたのではないか。

もっともボサノヴァだってカネ持ちの坊ちゃん嬢ちゃんの音楽だったわけだし、ハイソな音楽はハイソなところから生まれるものかもしれない。ただ坂本の持つ土着性が音楽的に構築されたメガトン級の論理を持っていたことは、日本のポップス界にとってどれほどの価値を持つか計り知れない。

逆に言えば、この坂本“教授”龍一はポップスの言語を持たないがものすごい音楽的才能だと周りが認めたのだ。現代音楽と民族音楽をポップスに持ち込むなんてことは誰にでも出来ることじゃない。持ち込む気があったのかどうかはわからないけれど、坂本の血肉化していたそういう土着性は充分すぎるほどYMOのなかに見て取れたと思う。細野さんも土着性が大好きなわけで。

YMOのすごいところは、ポップスの申し子高橋幸宏とポップスの田舎者坂本龍一とを、奇妙なパラダイスミュージックの細野晴臣という全方位外交な人がまとめあげていたことだった。異質なものどうしがテクノによって結びついたのがYMOだった。坂本龍一という田舎者がいなければ、YMOはあそこまで難解にはならなかったはずだ。

自伝を読みながら、坂本龍一の音楽についてもう一度考えながら聴きたくなった。幸か不幸かウチには『坂本龍一の音楽』という枕に出来るくらい分厚い研究書もある。それをめくりながら坂本龍一の音楽を頭で聞く。オレもポップスの田舎者だという自覚とともに。

考えなくていいのがポップス。平和な街ポップ・シティ。そこに田舎から出てきたおのぼりさんの教授はガチガチに武装した音楽戦士だった。くつろごうとするけれど武装解除しない。出来ない性分だから。そのギコチなさが教授のポップス路線の面白さでもある。坂本龍一の音楽は考えることから解放させてくれない。でもそれで疲れたらエナジー・フローを聴けばいい。ゆりかごから墓場までかっ?(>なんだそれ2!)

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2009.05.16

平原綾香 癒しのライブ

平原綾香 PATH of INDEPENDENCE Live @JTB HALLもうあのライブから一週間経ってしまった。本当に早いな。新型インフルエンザが日本に入ってきて外出を控えるような風潮があり、個人的にもほとんど病いのなかではあったが、精神的な病いに違いないと自分を納得させ、平原綾香の追加公演へ出かけていった。

行ってよかった!癒し効果絶大(happy01scissors
その時間だけは諸々の問題を忘れることが出来た。もっとも拍手をする両手の神経がめっちゃ過敏になっていて(笑)痛かったのと、立って応援するときは体力的につらかった。でもしっかり音楽を聴くことができ、うれしかった。歌の力は偉大だな。チープな言い方だけど、うまい歌手のいい歌を生で聴くことの大切さを思い出せた。

東京ドームシティの一角にあるJCB HALLは初めて行ったが、平原綾香の歌を聞くにはとってもいいホールだった。よく見つけてきたよね>スタッフ。昔むかしウィーンで行ったオペラホールを思い出した。それを現代的にしたような感じ。アリーナ席とバルコニー席が3階層。ボクは1階バルコニー席だったけど、3階でもステージに近く、アーティストとの距離感が一般の大ホールとは違う。しっかり歌が届くような気がした。音響についてはちょっと軽め(アッパー?)な感じはしたけれど、ポップス系コンサート向けな設定なのかな。

一曲目からノクターン!ボクのココロをツクダーン!(<ダジャレかよ!)
いきなりアカペラからはじまった。歌姫だなぁー。自信がないと出来ないよ。この日25歳の誕生日ライブだったという平原綾香さんですけれど、デビュー当時(19歳)に30代だと思われたという堂々たる歌声には、ますます磨きがかかっている。でもジュピターの頃より印象は若くなってる(笑)。

昨年(2008年)の紅白歌合戦でスタジオジブリ作品の歌を歌われましたが、競演した女性アイドル歌手二人がかわいそうなくらい実力の差がはっきりしていた。あまりの差に、歌って聴き比べるとこんなに違いが露見しちゃうんだと思ったものだ。もっともうまいだけが芸能のすべてではないから競演の二人も落胆することはないのだが、ボクにはいまの平原綾香をナマで聴きたい願望がそのとき芽生えたように思う。

歌がいいのは当たり前の平原綾香だが、もうひとつしゃべりがいけるというのはライブならではの発見だった。やっぱフォークソング狂いのバカ息子のオレとしては、しゃべりも重要な要素なのだ。この日の模様はNHKで放映される予定らしいが、そのときはメンバー紹介ほかのMCも楽しみだ(カットしないでねぇ)。

アンコールで客席から「スタート・ラインを歌ってくれ」と叫ばれるハプニングもあった。「セットリストにないんですよねぇ」と困惑しつつ、サラっとアカペラで一節。こういう機転の利きかたも才能だよね。ハプニングをサプライズに変える力っつーか。いい画、撮れたよね(>NHK)。

ボクにとっては「明日」がナマで聴けたのが一番うれしかった。ライブ中盤、新作アルバム「PATH of INDEPENDENCE」からは全曲歌わせていただきますという宣言で盛り上がったところで、次の曲はこのアルバムからじゃないんですけどと落として、大切な曲として「明日」が歌われた。ドラマ「優しい時間」ファンのボクにとってこの歌は生涯のスタンダードナンバーとなった。「PATH of INDEPENDENCE」からは「星つむぎの歌」がやっぱ秀逸だなぁ。観客も全員で合唱。何年も何十年も歌いついで欲しい楽曲だ。

バンドもある意味サプライズだった。まさかDr.kyOnさんがバンマスやってると知らずに行ったので驚いたのだった。KYONさんのキーボードをライブで聴くのは、おそらく13年ぶりくらい。佐野元春のアルバム「フルーツ」が出てホーボーキングバンドとしてツアーをされていた(1996年)。このときのインターナショナルホーボーキングバンドの印象は強烈だった。めっちゃいい音させてた。もちろん、それ以前から忌野清志郎とも親交があったDr.kyOnさんのバンドサウンド。キヨシローの告別式が行われていたこの日に、すばらしい音楽のなかで再会できたのはよい縁だったなぁと思う。

バンドサウンドは結構ファンキーだった(笑)。平原綾香にはクラシックやジャズのイメージが強い。そして新作には「朱音(あかね)」など昭和を感じさせる秀逸な歌謡テイストの曲もある。最初はそういうイメージとやや異なるバンドサウンドかなと感じた。しかし平原綾香がサックスを吹くコーナーなどもあり、こういう幅の広さに対応できるバンドだったのかと思った。

平原綾香のサックスもいいな。さすが親子三代(笑)。ちょっとスムース・ジャズっぽい感じの美しいトーンの演奏だった。それが平原綾香にマッチしてた。スムース・ジャズっぽいっつーても、オレはミンディくらいしか知らんのだが(coldsweats01)。

ライブ会場から出掛けに、花輪のなかに岩崎宏美からの花を見つけた。NHKの「タビうた」で長崎を訪れたお二人の番組はもちろんエアチェックしている。歌のうまさという共通点のあるお二人の親交もうれしい。類は友を呼ぶっていうか。筒美京平先生の楽曲を歌う平原綾香もぜひ聴いてみたいsign03

このライブ映像はNHKで7月放映予定らしい(BSかな...)。平原綾香の歌は年を重ねるごとに情感もふくらみ、同じ歌でもまた違った聴き方が出来るようになると思う。ジャパニーズ・スタンダードを担う逸材として、今後も注目していきたい。クラシックをモチーフにしたアルバムの計画もあるようだ。最近オレもどんなクラシックを平原綾香に歌ってほしいか毎晩考えているのであった(6月30日締め切りで募集中です)。

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エコポイントは全部国債に変換ってどうでしょう(笑)

エコポイントでの割引が始まった!
政策とはまったくいえないが、おもろい企画であることは確か。

何に使えるかきまってないけど、何かに使えることだけは確からしい。
まるで車の通ってない高速道路や、誰も来ないナントカ館の小型版だ。
とりあえず作っといて、あとで使い道を考えるんだから。

ぜひともウチの業界にって家電以外の陳情合戦がはじまるのかな。
自民党の考えそうなことで、思考回路は旧態依然。
ただ器が小さくなっただけなのだ。思考も政治家も。

ま、一貫してその場限りの自転車操業で大きくなった国だからな。
そろそろ、その場当たり的幸福感を大衆にバラ撒いてバラ色の現世を謳歌してもらえばいい。
ツケは誰も払わないで10年、20年とまわしていけば、いつか天変地異でチャラに出来るかも。

いっそ、エコポイントは全部国債に変換するって決めちゃえば?
割引だと思ってたら実際は国の借金をちょっとだけ肩代わりみたいな。
さすがに国民も怒るだろうなぁ。いや、ようやく目を覚ましたりして...。
借金の付回しという意味じゃわかりやすいほうがいいと思うんだけど。

金融バブルはリスクの所在がわからなくなって出口が見えなくなった。
エコポイントにしろ補正予算にしろ、リスク計算なんてしてなさそうだ。
国家はつぶれないという幻想に酔っている。いまはそんな時期かな。

でも、誰もが領収証とかレシートを取っておくクセをつけるのはいいこと。
納税意識が高まるという副産物はあるかも!?

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2009.05.12

おまえが言うな!

小沢民主党代表の辞任について麻生首相が発言した内容(朝日新聞から)。

「明後日に党首討論をやっとできるか、と。その2日前にいきなり辞めて正直驚いた。何の理由で辞めるのか、よくわからなかった。国民としては何について責任を取って辞めるのか、何で今なのかが理解できなかったのではないか。選挙事情ってことなんですかね。国民としては、今申し上げたことが疑問として残るのではないですかね」

昨年9月、すぐ総選挙をやると公言して首相になってから早8ヶ月の人の発言だ。何の理由で留まるのか、さっぱりわからなかった。国民としては何で漢字が読めないのか、何で官僚の言いなりなのか、何で今選挙じゃないのか理解できなかった。世論調査の結果ってことなんだろうが。国民として、今申し上げたことが疑問として残り、また怒り続けているのだ。

ついでに補正予算をこんだけ出す政治的展望のなさは破壊的だ。たとえ政権が交代しても搾り出すカネを残さないという決意の現われかsign02 国家玉砕政策か。麻生流集団自決なのか。未来に責任を持たない政治は恐ろしい。

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2009.05.11

悪寒と腹痛の三日間

金曜日。もうすぐ日付がかわろうとする時間。誰もいないオフィスでとつぜん悪寒がした。全身のふるえが止まらない。ロッキード事件の小佐野“記憶にございません”賢治状態だ。

どうしようもないので、とにかく身体を温めようと自動販売機で紙カップのホットブラックコーヒーを震える手でなんとか購入。コーヒーを飲みながら気持ちを落ち着けると、何とかふるえが小さくなった。誰もいないのだけが救いだった。

オレは超小雨に異常に弱い。降ったか降らないかわからないくらいの雨に数分当たっただけですぐに体調を崩す。まるで化学反応のようだ。ズブ濡れだとそうはならないので、余計に厄介だ。この日もそれだけであればいつものことだとあきらめもつく。

しかしこの日のふるえはそれだけではない気がする。3年前に少しだけふれた大規模システムが遅れに遅れてようやく稼動し、二日目の夜だったのだ。オレはこのシステムをこれから使い続けなければならないというストレスに怯えていたのだった。

システムは企業の生死をも左右する。たんなるプレッシャーならばよかった。しかしこのふるえはそうではなかった。このシステムがこれからの10年に耐えられるだろうかと冷静に考えたとき、あまりに恐ろしい未来が見えたような気がしてふるえがとまらなくなったのだった。

土曜は神経過敏な状態ではあったが、平原綾香のライブだけは行かねばと気力を振り絞って行った。このときだけは現実を忘れることができた。だが翌日から下っ腹が痛くなり、日曜・月曜と腹痛にもんどりうっていた。せめてただの風邪ならありがたい。ジッと耐えて受け入れようと思った。この2日で体重も2.5キロ減った。

しかし明日からはもう逃げることが出来ない。腹の痛い日々が延々と続くのだろう。出来る限り現実逃避して生きようと思う。オレが開発に入っていればこんなことにはならなかったのに。組織というのは本当に不条理なものだ。

せめて作った人々に使わせたい。その苦役を味わってもらいたい。寿命が縮む感覚を知ってほしい。だが常に不条理を味わうのは現場の人間なのだ。もっとも現場が倒れたとき、全体も死ぬことだけは書き留めておきたかった。

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2009.05.08

お国言葉の復権に賛成

圧倒的な人気で名古屋市長になった河村たかし氏が、名古屋弁の復権を行政の立場で公約しているとか。大いにやって欲しい。これは名古屋だけでなくて、全国津々浦々、地方活性化の基本となるのが話し言葉だと思うから。

そもそも共通語というのは日本版エスペラントのようなものじゃないかと思う。もっともエスペラントは世界共通語という平和理念による人工語だが、日本語の共通語は、国家統一とか軍隊での伝達系の効率化とか、どうもそういうイメージがある。

ちょっと前までは共通語ではなくて標準語と言っていた。私自身も油断すると「標準語」と言ってしまう。厳密にはこのふたつは異なる意味らしいのだが、標準語は「人為的に整備された規範的な言葉」だそうだ。

標準語から共通語へ呼称が変わるのは一歩前進ともいえる。共通の日本語というものが人為的に整備された規範から、便宜的に意思疎通をするための道具となり、日本語そのものがより身近な存在に思える。また押し付け感が薄らぐ。もっと能動的に共通語として話しだせばエスペラントの理想に近い共通語となれる。

そういう共通語としての日本語はあっていい。しかしさらに日常の自分たちの言葉であるお国言葉(いわゆる方言)を積極的に活用してゆくことが、地方活性化には不可欠だと思う。実際、地元ではみんなお国言葉で話している。それを学校教育が破壊しようとしてきたわけだ。

もっとも学校教育なんぞに破壊されずお国言葉は残っている。学校教育はそれを“なまりは恥ずかしい”とか“方言は品がない”などという負の価値観として植えつけてきた。この罪深き思想統制から母語ことばを開放しよう。とくに話し言葉としてのお国言葉、母語としてのお国ことばは、それだけで価値がある。歴史もある。

こういう話題を書くとき何度も紹介してきたのが、右上の「全国アホ・バカ分布考」だ。文庫になって持ち運びやすくなった。関西の人気番組「探偵ナイトスクープ」でアホとバカの境界線を探すという企画が始まりだが、内容がどんどん深まり、知的好奇心探究の旅となっており、マジで面白い!

そして左に紹介した新書は最近出たもの。語源ハンターがその言葉の生まれた現地へ行って語源を体感してるのだ。お国言葉にはその土地土地から日本中に広まった言葉もある。もうその言葉だけで地方への興味も湧く。言葉は生きている。もっとも身近なお国言葉を大切にしなくて、なにが地方活性化なのか。共通語とバイリンガルであることをもっと活用していくべきだと思うぞ。

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2009.05.06

復刊!ブラバンキッズ・ラプソディー

ブラバンキッズ・ラプソディー復刊ドットコムで別の復刊本を購入予約する際、ちょうど同時期に復刊されたので目についたのが「ブラバンキッズ・ラプソディー」とその続編「ブラバンキッズ・オデッセイ」(どちらも三五館刊)だった。同時に予約し、ブラバンキッズ2冊が先に届いたので読み始めたが、号泣 weep 号泣 crying 感動で4回は涙したな。

初版は1991年刊だから18年ぶりの復刊だ。くだらない本ばかり出版してこういう書物が眠ってるんだから出版不況なんてよく言うぜ。宝の持ち腐れなんだよな。良い書物はどんどん復刊させていこう。

オビには「ボロ負け高校吹奏楽部が一躍、『吹奏楽の甲子園』の頂点へ登りつめた!なぜだ?夢の舞台『12分間』へ一途だった、涙と汗の青春ノンフィクション」「普門館に伝説を生んだ“野庭サウンド”誕生の原点」とある。

わかりやすくいえば、ブラスバンド部版スクールウォーズだ(あるいはプロジェクトX泣き虫先生)。ダメな部活がひとりの指導者との出会いによって生まれ変わり短期間のうちに頂点へ登りつめる。その過程が感動的なのだ。ブラバンもラグビーも「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という基本姿勢が似てる。

ボク自身はブラスバンド部でもなく、ブラバンとのかかわりはほとんどない。どっちかというとブラスバンド部の演奏に乗って競技場を行進していたほうなので。そんなボクでもこの部活動の物語には感動する。なぜなんだろう?

ひとつには彼らと同世代だというのがある。彼らが吹奏楽に燃えていた1980年代、ボクはギターやピアノを練習したり映画を撮ったりしていた。プロレス技にも磨きをかけていた(笑)。何事にも打ち込むのが青春なのだ。同じ時代の空気を感じるのかもしれない。

そして物語としてすばらしい。ドラマ好きなので。当事者の何10分の1かでも、そのときの感動を味わえるのがノンフィクションのいいところだ。良い師匠との出会いというのは古今東西感動話の基本だ。それが作り話でないところがノンフィクションのすばらしいところでもある。

●運命的な出会い

いまや統廃合でなくなった神奈川県立野庭高校(ノニワじゃないのよ!ノバ高校)の吹奏楽部とそこへ部活動嘱託員としてやってきた中澤忠雄さん(元読売日本交響楽団チューバ奏者)との出会いとその後の葛藤はまさにドラマのようなホントの話だ。

同じユニフォームでビシっとキメた私立の名門が多い高校吹奏楽コンクールの世界で、制服姿で借り物の楽器を演奏する県立野庭高校吹奏楽部が全国に名を轟かせ、“野庭サウンド”とまで呼ばれる音を作り上げたそのルーツは中澤さんと当時の部員たちとの出会いにあった。

ひとりひとり傑出した才能はいない。はじめは部員すらも「箸にも棒にもかからない」と思っていた。あまりにひどいので、ホンモノの音楽家にちょっと指導してもらったらてな調子で、近所の楽器店からこれまた近所で音楽教室を開いていた中澤忠雄さんに話が通った。

事故で現役引退したものの中澤さんの音楽教室は盛況で、とても高校へ教えに行く暇なんてなかった。だが楽器店主の熱心な勧誘(?)を断りきれず、一度見学に赴いたのが運のツキ!ヘッタクソな演奏なのに一所懸命な子どもたちの顔を見ていると、この子たちが本当の音楽のすばらしさとすごさを知ったらどうなるだろうという興味がフツフツと湧いてきた。

中澤さんご自身も名門天理高校で全国大会金賞を受賞してプロになった人。指揮台に立つと次々と言葉が出てくる。部員たちもその的確な指導によって自分たちの演奏が変化してやる気が出る。もともと音楽が好きで吹奏楽をやっている部員たち。やる気を引き出せるきっかけとしてこれ以上の人はいなかった。

その後、合宿で危機が訪れたりするのだが(ここが一番泣けるのだが)、それはぜひ読んでみてほしい。

そして、読み終わったら、表紙カヴァを取ってみてほしい。必ず読んでからね。また号泣できるから。

●普遍的な青春群像

平凡な高校生でもちょっとしたきっかけと、目標をかかげそこへの努力によって夢に手が届く。それが人を感動させる。それ以上に自分が感動できる。16歳前後というのは平凡なボクたちでも人生の豊かさを決定付ける最初の関所だと思う。

プロになるためには3歳からトレーニングしてみたいな世界はもちろんある。しかし多くの人は平凡に義務教育を終える。そこから社会人になるまでに、どれだけのモノが吸収できるか。青春は一度きりというのはそういうことなんじゃないかと思ったりする。苦労を買ってでもすべきなのはこの時期だ。

受験勉強というのも確かに苦労を買ってるには違いない(高価な買い物だ)。しかし個人的にはあのお勉強が何か身について今に生きているとは思えない(まじめにやってないってのもあるがっ)。それ以外に使った(使えた)多くの時間のほうに価値がある。メリハリが大切ってことかなぁ。

感動する要素には中高時代に一所懸命にやった自分の体験もオーバーラップする。野庭高校を描いたノンフィクションではあるけれど、それは普遍的な物語として読める。当事者じゃないからこそ。この物語を媒介にして、純粋にがんばってたあの頃の自分を思い返してみたい(いや、いまがんばってないわけじゃないけども...)。

●その後のブラバンキッズ

野庭高校吹奏楽部は中澤忠雄さんとともに快進撃を続けた。その中澤忠雄さんも、生徒たちに“おくさん”と慕われた中澤さんの妻信子さんも故人となられている。野庭高校も2003年になくなって、OB会も解散した。

しかし、いま当時のブラバンキッズたちが集まって定期演奏会をされているというではないか!それがナカザワ・キネン野庭吹奏楽団だ。ブログもある。

「ブラバンキッズ・ラプソディー」の表紙カヴァを取って感動させてくれたのは、ブラバンキッズのお一人白根圭偉子さんご提供のあるモノだったのだが、「ブラバンキッズ・オデッセイ」を読むと、その白根さんが中学校で吹奏楽部顧問をされていた。こういうエピソードもそれだけで泣けるよねぇ。

その白根さんの中学校体育館などで練習をしてきたのがナカザワ・キネン野庭吹奏楽団。中澤忠雄さんの思いは脈々と受け継がれているようだ。

●野庭サウンドが聴けるCD

ボクはラプソディーを途中まで読んで、どうしても聴きたくなった。野庭サウンドがどういうものなのか。高校の吹奏楽部のCDなんてないだろうが、全国大会だと出ていることがママあるから。

そう思って探したら、なんと4枚組の野庭高校吹奏楽部だけのCDが出ているではないか!

音楽は心 神奈川県立野庭高等学校吹奏楽部・指揮中澤忠雄

ボクには高校吹奏楽部のトップ校がどんなレベルなのかまったくわからない。でも「ブラバンキッズ・ラプソディー」で感動した心にはジーンと響く演奏だった。

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2009.05.05

白いたいやきブーム来るか!?

佐々木健介の白いたいやき3月にオープンした白いたいやき尾長屋・健介越谷店へ行って、白いたい焼きを買ってきた。黒あん、白あん、カスタード、チョコ、抹茶(限定品)の5種類があり、それぞれ2個ずつ。この白いたいやきのおいしさは知っているので大盤振る舞い(笑)。

写真で2個減っているのは買ってすぐあっつ熱のところを食べてしまったから。熱くてウマいのはあたりまえだが、この白いたい焼きは冷めてもうまいし、冷蔵庫で冷やして食べるという食べ方すらあるのだ。楽天でもネット通販してた。冷めてもうまいからできるんだな。


白いたいやきをはじめて知ったのは2月のこと。実家へ帰ったときに食べた。なんでも周南店が大人気だという。その周南店に土地を貸してるのがウチの親戚で、地主のおじさんはいまどこへ行っても白いたい焼きの話をうれしそうに話しているようだ。

西日本を中心に展開しているたいやき本舗藤家というチェーン店なのだが、いわゆる普通のたい焼きとは違う食べ物だ。お餅に近い。外側が焼いてあるのでカリカリしてて内側はモチモチ。そしてあんこがたっぷり。チョコ味にはあんこの代わりにチョコバター(たぶん)が使われてる。カスタードはカスタードクリーム。

冷めると大福のような食感で味がしっとりしみている。外皮のちょっぴり塩加減がいい。尻尾の部分のカリカリ感に加味された塩味の加減がいいと冷やした甲斐がある。このバランス感覚は職人の腕の見せ所じゃないだろうか。結構個体別にバラツキがあった。

冷めてもうまいが、再度オーブンで暖めてもいい。いろんな楽しみ方が出来る。人気なのもわかる。

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2009.05.04

テクノから遠く離れてYMOを素因数分解した名曲10選

自分で弾き語りたい中島みゆき20選!」がなかなかのご好評をいただいてまして。ソフィーマルソーファンつながりで音楽への造詣も深いtakさんは「自分で弾き語りたいビリー・ジョエル20選」をアップされました!そこでこのいい流れに乗って、中島みゆき嬢と同時期にボクがはまっていたYMOの曲でやってみようってこってす。

と、書いたものの結構ツライ(coldsweats01)。なんせ頭がテクノポップじゃなくなってんだよね。YMOのメンバーも最近バリバリに生音志向じゃないっすか?やっぱいいよねホンモノの楽器や声って(笑)。

もうひとつ問題あり。YMOってオリジナルアルバムは思いのほか少ない。ミュージシャンの意志とは無関係に“増殖”したいろんなベストアルバムっぽいもの、いわゆるアルファ商法作品は多いけど。そこで20選は書くのがつらそうなので10選にすることに。

今回はどんなYMO10選にしようかと20分くらい悩んだ。YMO弾き語れないし!そんなとき教授つながりで大輪教授が思い浮かんだ(>なんでやねん!)。大輪教授といえば素因数分解。そうだ素因数分解すればいいんだ(大輪教授の素因数分解の方法についてはこちら)。

というわけでYMOを素因数分解してみる。YMOといえばテクノだ。ではYMOからテクノを取ってしまおう。何が残った?テクノを取ったYMOとはなんだ?3人のミュージシャンだ。ベーシスト、キーボーディスト、ドラマーが残った。では彼らから楽器を取っちゃおう。するとどうなる?ただの音楽好きなおっさん3人組だ。では彼らから音楽を取ったらどうなる。ただのおっさん3人組だ。仲がいいのかも定かでない。見てはいけないものを見てしまった…。

気を取り直そう!YMOはテクノを楽器でも演奏できる音楽好きなおっさん3人組なのだ。テクノでなくてもいい曲はたくさんあるのではないか。

そこで今回は、テクノでなくても名曲なんじゃないかなと思えるYMOの名曲10選と題して選んでみることとする。正直なところ、ソロワークから選べたらどんだけ楽だったことか(笑)。でもあえてYMOからテクノを素因数分解してみるという想像力の訓練をしてみたい。時間はたっぷりある...。

●テクノじゃなくてもすばらしいYMO名曲10選

では出来るだけ発表順に進めていこう。

東風(TONG POO)
イエロー・マジック・オーケストラ(日本版)」収録の東風。坂本龍一の傑作!イントロのベースラインからワクワク感ありでライブウケする名曲。ライブアルバム「公的抑圧」にも収録。

CASTALIA
BEHIND THE MASK

SOLID STATE SURVIVOR 」からはこの2曲を。世間的にはYMOといえばこのアルバムというくらいの名盤。

キャスタリアの旋律は坂本龍一らしさが存分に発揮されてる。「HI-TECH/NO CRIME」というリミックス版としては異例(笑)のよいアルバムがあったのだが、そのなかでマーク・ギャンブルがリミックスしたヴァージョンもかなり良い!

東風にもいえるけど、盛り上がらないようで盛り上がるミディアムテンポの楽曲って坂本龍一の真骨頂だったな。“うずき”って感覚に近い。ビハインド・ザ・マスクもイントロはそんな曲。マイケル・ジャクソンもカヴァーしたがったが版権料で折り合わず実現しなかったらしい。そのヴァージョンを聴くなら坂本の「メディア・バーン・ライブ」がすばらしい!

NICE AGE
THE END OF ASIA

「増殖」からも2曲。ボクとYMOとの最初の出会いはこのアルバムだった。当時ステレオとなぜかアナログシンセを購入した父が買ってきたか借りてきたか貰ってきたかしたのであった。これを聴いたときの衝撃はすごかった。スネークマンショーって面白い(笑)。校内放送で流した。

スネークマンショーに隠れてしまいがちだが名曲も多いアルバムだった。ナイスエイジもそんな一曲。YMOのポップな側面を一手に引き受けていた高橋ユキヒロのポップでキッチュな感性が心地いい。ジ・エンド・オブ・エイジアはこれまたユキヒロとは真逆な坂本龍一の土着な(アースな)感性がYMOのコンセプトにうまく乗った名曲だと思う。ライブアルバム「公的抑圧」や坂本のソロデビュー作「千のナイフ」版も必聴。

RADIO JUNK
パブリック・プレッシャー(公的抑圧)」からの一曲。とはいえ既に東風もTHE END OF ASIAも入れてる。いま現在のボクが個人的にYMOのベストな1枚をあげるならこのライブ版なんだよね。YMOはまぎれもなくライブバンドだったと思う。

レディオ・ジャンクは高橋ユキヒロ作曲で、センスの光る一曲。いま思うと正直テクノじゃないよね(笑)。ユキヒロの曲をYMOがテクノ・リミックスしたような感じ。

--閑話休題--------
ここまでで6曲選びましたが、この後のアルバム「BGM」と「テクノデリック」からは選曲なしでした。そんなことでいいのかsign02 という声がどこからともなく聞こえる...。YMOマニアにとって外せない2枚ですからね。

でもYMOを素因数分解してみてわかったんです。この2枚はテクノ抜きに語れないということが。当時、肥大化したYMOという偶像への反発(逃避)からアンチテクノポップ、アンチYMOという心境のなかにあった音楽好きな若き3人のミュージシャン。でもテクノの潮流は捨てていなかった。いやあえて1981年に作られたこの2枚のアルバムが、まさに1990年代へのテクノ・ハウス・アンビエントの扉を開く作品だったということを再認識したわけですわ。

そういう認識に立つと、この2枚からテクノを剥ぎ取って評価することはボクには出来なかったわけです。テクノな10曲ならば確実に入ってくる名盤中の名盤です。では、残り後半4曲です。
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ONGAKU
「浮気なぼくら」からは坂本龍一の小品を1つ。幼稚園でもお遊戯できそうな音楽。子どもたちに「オンガクー!」と合いの手を入れさせたい。

3者3様のソロワークスを経て作られたアルバムだけにいま考えると非常に洗練されたいいアルバム。でも実は持ってない(笑)。リスナーとしては、なんとなくわだかまりも残ってたりして。このONGAKUだって坂本の「メディア・バーン・ライブ」から選んだような...(^_^;)。

PERSPECTIVE
サーヴィス」からの一曲はパースペクティブ。ボクにとってはYMO時代の坂本龍一最高傑作かもしれない。この曲の美しさは坂本のインテリジェンスの賜物だと思う。

CHAOS PANIC
過激な淑女

オリジナルアルバム以外から2曲選んだ。カオス・パニックは「君に、胸キュン」のカップリング曲。何がいいって歌詞がいいんだよね。細野さんと盟友ピーターバラカンの共作詞。作曲は坂本龍一。とってもポップでチャーミングな曲。

シングルA面からは過激な淑女を選んでみた。作詞は松本隆で作曲は音楽好きな3人組(まだ若い)。もうテクノというジャンルが完全に歌謡ビジネスのなかで必要不可欠な存在となり、ヒットチューンに同化していた時代。YMOというムーブメントがその役割を終え、テクノなアプローチの大衆化によって確実に音楽のステージがひとつ上がった。

以上、音楽としてすばらしいYMO10曲を選んでみたわけだが、ちょっと教授色が強くなりすぎたかもしれない。素因数分解する前は各人3曲ずつにしようかとか迷ったりもしたが、YMOの匿名性という細野さんの初期コンセプトも重視して、楽曲で選んでから作曲者を眺めたら坂本龍一が多くなったという経過だ。

YMOを教授中心に聴いていた当時の記憶も相当影響していることは間違いない。ユキヒロも細野さんも基本はリズム隊であり、上モノ担当の教授が目立つのは仕方がない。各人のソロワークではなくYMOという枠組みでは坂本龍一シフトになってしまう。ピッチャー坂本、キャッチャー細野、センターユキヒロみたいな感じだ(笑)。

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2009.05.03

僕が君を知ってる

清志郎の訃報は、昨年一緒に完全復活ライブを見たSからのメールでさっき知った。58歳だった。

昨年の完全復活武道館ライブは僕にとっても大切な人を亡くした直後のことで、心身ともに疲弊していた僕に生きる希望を与えてくれた。僕にとって初めての生歌だった。その清志郎がもういないなんて。

まだ清志郎の魂が天に昇るのを拒んで寄り道しながらブルースを歌っているかもしれない。そう思いながら僕はひとり「スローバラード」を歌った。僕が君を知ってる。そして生涯忘れない。

この後は清志郎の師といってもいいオーティス・レディングを聴きながら、ボクの好きな音楽の先生、忌野清志郎を送りたいと思う。聴きたかったら寄っていってくれ、キヨシロー!!!

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2009.05.02

森も海もアイドル!

ちょうど昨年のゴールデンウイークに私は旅する巨人宮本常一関連本をいくつか読んでいた。宮本常一は同郷人かつ民俗学の巨人であり、その圧倒的なフィールドワークと語り部としての才能に惚れた。私はどんな業界でも現場が好きだ。そして現場の言葉で語れるヒトがいると俄然興味が湧く。

「森は海の恋人」という運動がある。三陸の牡蠣士(牡蠣養殖の名人)である畠山重篤さんらが21年前にはじめた「牡蠣の森を慕う会」のキャッチフレーズとして有名だ。

海を豊かに保つには豊かな森が不可欠だと、漁民たちが山に広葉樹を植え始めたのがきっかけ。科学的にもこの運動の意義は証明されており、毎年植林の時期には山に大漁旗が翻る。今年6月にはNPO法人「森は海の恋人」が設立され、環境意識の高まる現代において、ますます運動への期待は高まる。

畠山重篤さんの著書「森は海の恋人」と「リアスの海辺から」は一気に読み終えた。この著書を評する方はみなさん文章力を評価されている。本当に読みやすく、章立ての運びもうまく、読み進むにつれて惹き込まれる。

「リアスの海辺から」のあとがきで「漁民の物書きは少ない」と文藝春秋の編集者に言われ、カチンときて「年中仕事に追われそんなことをしている暇はない」と反論されたことを書かれている畠山さんだが、この文章力は漁民の段取り力の成果ではないかと思う。

自然を相手にしっかり準備をして臨機応変に対応する現場力と観察眼。生まれたときから漁民として生きてきた畠山さんには、豊かな海のごとく書く材料が豊富にあった。それを段取りよく描き出されている。海の幸が育っていくのを楽しみながら生活してきたリズムと徐々に高まる高揚感の記憶が文章に表れているかのようだ。

●民俗学から現場の発信力の時代へ

畠山さんも佐野眞一著「旅する巨人宮本常一」(>文庫化されたぜ!)と宮本常一著「忘れられた日本人」を読まれていたと知りうれしくなった。そして「忘れられた日本人」に心を動かされなかった理由が「(こんな話は)近所にいくらでもころがっていたから」というのでさらにうれしくなった。

民俗学の限界はあくまで旅人目線なのだ。村に溶け込んで一緒に生活しても、やはりそれは“フィールドワーク”を超えられない。

もちろん誰もが様々な土地や環境で同時には生きられないため、その生活を客観的に記録し民俗のルーツを探り残していく民俗学の意義は大きい。それはそれとして、私にはその民俗学が対象としてきた現場の人々のなかから、自分の言葉で語ってくれる畠山重篤さんのような才能が現われ、地球環境へアピールする仕事をされていることがうれしかったのだ。海と森とがつながったように、民俗学の客観と主観とがつながった瞬間だった。

「森は海の恋人」は、海にとって広葉樹の森がいかに大切かを知って居ても立ってもいられなくなり、広葉樹林を作ろうと立ち上がった漁民の思いに満ちている。「リアスの海辺から」では、三陸で初めて帆立貝の養殖に成功した畠山重篤青年の行動力と、そんな帆立貝に導かれるようにスペインはガリシア地方へ息子たちを連れてアポなし取材(笑)を敢行し、本場リアス式海岸の豊かさが都市と共存している姿を報告してくれる。

●山も川も海も人も鉄もつながっている

「森は海の恋人」とは、まさに自然の循環が地球を豊かにし、人々の生活を潤す源であることをしめしている。古来日本には豊かな広葉樹林があって、それが川伝いに海を豊かにしていた。その接点がいわゆる汽水域だ。

広葉樹の森がなければ汽水域が荒れ魚も寄り付かなくなり海が荒れる。都会人には「風が吹けば桶屋が儲かる」式の話かもしれない。かつては漁民の使う様々な道具類(船や竿や籠など)は山の木だったり、船が目印にするのも山の頂だったり、いろんな意味で山と海とは密接につながっていた。

だが経済優先の近現代社会は、成長の遅い広葉樹林を取り除き針葉樹林の人工林が範囲を広げ、ダムやら道路やらゴルフ場やらで山の風景は一変した。その結果、スギ花粉に悩みながら税金の無駄遣いでおかしなことになっていたりする。だがそんな山の悪影響が確実に海にまで響いている。そしていったん破壊された自然の再生には膨大な時間がかかる。

ガリシア地方のリアス式海岸(google Map)畠山重篤さんはリアス式海岸の「リアス」がスペイン語であることに興味を持ち、三陸リアスの漁民としてスペインへと赴く。そこで「森は海のおふくろ」と現地の漁民が言っているのを聞き、またまた確信を得るのであった。川が流れ込んでくる湾でなければリアスではない。その川の上流には、豊かな森が広がっているのだ。

「森は海の恋人」運動はそんな現実への疑問から導き出されたひとつの答えだ。守るべき自然の姿は広葉樹林と汽水域の充実にある。非常に明快な話だ。

さらに最近の畠山重篤さんは「鉄」にこだわっている。海には鉄が不足しているという。これまた桶屋のような話だが、森が海に供給しているのは鉄分であり、植物プランクトンにはなくてはならない存在が鉄らしいのだ。森、海、鉄の三角関係(?)こそが地球を救う切り札とおっしゃっている。興味深い話で、これから読み始めるところだ。

なにはともあれ、山の民と海の民とが共存共栄していくことが島国日本を豊かにする。では都会の民はどうすればいい?

私はフィールド録音で森や川や海に出かける。まさにアイドルの追っかけのように(笑)。そんな森も川も海も美しくしておきたいし、できることなら豊かな森や川や海に育って欲しいと願う。そして美味しい海の幸山の幸を届けて欲しい。腹は海のパトロン!そう唱えながら今日もまたネット通販で海の幸が届くのを待っているのであった...。まだかなぁ。

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2009.05.01

豚インフルエンザ

メキシコ発のニュースだったから、これは米国へ対する細菌テロかと思った。

そうでなくて良かったのか悪かったのか判断つかないが...。

パンデミックの恐怖は確実にSF世界から現実世界へと忍び寄っている。

ゴールデンウィークに海外旅行の予定をたてなくてよかったのかも判断できない...。

映画「28日後」などを見て過ごそう。

インフルエンザは新型になるたびに強くなる。

ヒトへの脅威が増すことはあっても、衰退することはない。

これは地球の防衛本能じゃないかと思ったりしてる。

ヒトが傍若無人に振舞った先には、ヒトのいなくなった平和な地球が残る。

それでいいのかもしれないと思ったりする。

そんなボクは人間失格かな...?

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メーデーの日にファシズムを考えた

もう5月2日なんだけど、せっかくだからメーデーの5月1日付に日付を改ざんして書いとこうっと。週刊金曜日に佐藤優さんの「歴史人物対談」という連載がある。マルクスなど歴史上の人物と佐藤氏が対談しているかのように書かれており、歴史上のその人物の思想を通して現代社会を見る面白い企画だ。

4/24号(748号)では「ムッソリーニと語る」と題した架空対談。これを読んで、ムッソリーニの語るファシズムが会社と労働組合の関係になんて似ているんだろうと思った。もちろん労働組合全般についてはわからないが、日本企業の労働組合はまさにファシズム社会における“協同体省の官僚”そのものだと思えてならない。

私の知っている例を少し挙げてみるとこんな感じだ。労働組合の執行委員になることを経営者に打診される。執行委員になると良い人事考課・役割評価がつく。その口で成果主義撤廃を叫びながらである。また幹部を勤め上げれば昇進する。会社の扱いやすい管理者を養成する機関が労働組合執行部のようなのだ。そしてその流れに乗る決断をしたサラリーマンはファシズムの官僚として蜘蛛の糸をつかむことが出来る。

争議行為の真似事はやるが基本的には会社の意向に沿った形でまとめあげる手腕が問われる。組合活動を知り尽くして労対の方法論を学び、管理者そして経営者へのレールに乗るのである。かつて労働組合の腐りきった幹部は「赤い貴族」と呼ばれ、ほとんど業界ゴロのような存在だったとも聞くが、いまやそういうゴロツキは鳴りを潜め、組合活動はサラリーマン生活を上手に生きるための手段ともいえよう。こーのおりこうさんの生き方上手!

そのような労働組合の存在を知ると、メーデーは茶番にしか見えなくなる。私にはかつてメーデーの拡声器で「労働組合によるシュプレヒコール強制反対!」と叫んだ恥ずかしい過去がある。ちょうど10年前のメーデーだった。その頃よりも骨抜かれ度はかなり進んでいそうだ。いったん会社内組合は解体したほうがいいとも思う。だがこのような会社と組合の相思相愛関係が保てるのは、不況の現代においてまだ幸せなのかもしれない。ファシズムは賛同する個人を差別的に優遇するものだ。

ファシズムで団結した企業は強固な家族主義経営ともいえる。ただし指向停止状態で論理が希薄なため、ちょっとした外圧に弱い。長い目で見れば崩壊への道程を歩んでいるのだろう。泥舟の延命は、自分だけ助かればいいというモラルハザードを生む。社内政治が現場をゆがめ始める。そんな組織に論理的決断などできるはずがない。幸せな関係のまま市場に淘汰されてゆくだろう。

だが日本企業におけるファシズム思想はまだまだ続くことだろう。そうやって育ってきた経営者が増幅しているのだから。組織運営とはそういうものだと確信している。松下型経営だけが正解だという宗教にも似て。国力の弱体化にはそういう側面もありそうだ。麻生総理が生まれるわけだ。

そんな現代に生きながら組合活動に参加するのは時間がモッタイナイ!もっと目を外に向けて、社長になるより儲ける方法とか、本当の弱者救済運動に走るとか、個人として有意義な方法論があると思う。時代は変わった。団結ごっこは何も生み出さない。愛社精神見せ合いごっこだけじゃジリ貧必至だ。個の実現をバックアップできる集合体としての組織力のほうが強い。

もし健康のために歩くなら5月1日だけじゃなく毎日続けることだ。

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