極東でチェとチェの映画を観た
昨日と今日とで映画「チェ 28歳の革命」と「チェ 39歳 別れの手紙」を見てきた。あわせて4時間半くらいだったが、やはりこれは2本で1つの映画だから連続して観て正解だった。個人的には、キューバ革命50年の年にふさわしい映画だと思ったし、ソダーバーグ監督らしさは随所に見られた。
ただやはりキューバ革命や当時の中南米についての知識が乏しいとなかなかわかりにくい映画でもあった。キューバ革命がいかに画期的かつ奇跡の成功だったかは、2本目のボリビアでのチェ・ゲバラの闘争を見なければわからないように思う。
「チェ 28歳の革命」では、キューバ革命の指導者カストロの思惑があれよあれよと実現し、民衆の圧倒的支持を得て革命は成功する。映画としてはあっけないくらいの終わり方だった。このときの勝利が革命家チェ・ゲバラにとって最高の時でもあった。
パート2「チェ 39歳 別れの手紙」に移ると、ボリビアにおけるゲリラ戦の閉塞感が画面ににじみ出ている。静けさと銃声だけが支配するジャングルの日々。圧倒的なボリビアの軍隊に追い詰められるチェのゲリラ部隊。出口のない敗走を続ける場面が延々と続く。
ボリビアの農民たちに見放されたゲリラ部隊の姿。それは革命の困難さを浮き彫りにし、キューバ革命の特殊性をあらためて考えさせる。革命の光と影、その両方の主役だったチェ・ゲバラ。その最後の瞬間のカメラワークはソダーバーグ監督の真骨頂だった。
それにしても、キューバ、そしてボリビアは日本から遠い国だ。あらためて航空写真で確認してみよう。(画像をクリックすると拡大します)
革命家チェ・ゲバラの映画を観ながら、ふっと「実録・連合赤軍」が頭をよぎった。革命はどこにあったのか。
少なくとも日本の1960~70年代にはなかったように思えた。日本の戦後の道程が正解かどうかはまだわからない。しかし中南米の実態と昭和日本の実態とでは、革命の醸成される土壌に雲泥の差がある。もちろん人は生きる時代を選べない。革命を目指すべきかどうか俯瞰で見渡すようなことも出来なかっただろう。
ファッションと言ってはその時代人に失礼かもしれないが、世代闘争(大人はわかってくれない的な空気)が革命闘争という“美しい言葉”に置き換えられて、真の貧困や抑圧ではないところから闘争が生まれてしまった悲劇というものが60年代以降の日本にはあったのかもしれないなと思う。21世紀の今だからそんなことが言えるんだという批判があれば甘んじて受ける...。
チェを偶像崇拝する気はさらさらない。革命という言葉に酔うこともおそらくもうないだろう。ゲリラ戦の静けさと銃声が淡々と描かれた映画だった。エンドロールに音楽はなかった。事故かと思ったがそういう演出だった。ボクは最後までエンドロールを観ずに席を立った。それはボクの映画人生のなかで革命的な出来事だった()。
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