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14 posts from February 2009

2009.02.28

太宰と清張の“点と線”

新潮文庫「松本清張の本」解説目録 生誕100年記念版太宰治と松本清張。日本文学史におけるこの二人の巨匠は作風も生い立ちもまったく異なり、その人生という“線”が私のなかで交わることはなかったのだが、今年2009年がこの二人の生誕100周年であるという“点”でいきなり交わり、「えぇーsign01この先生方は同い年だったのぉーsign02」とまるで推理小説でも読んでいるかのごとき錯角を覚えたのであった。

定期購読してる月刊「FACTA」3月号の記事「太宰と清張『生誕百年』の喝采」で初めて知った。記事のなかにも、「実は同年生まれの同時代人であったといういささかおもいがけない『発見』によって、ブームに拍車がかかる。」とある。

なぜこの同時代人の作家の“点と線”が生誕100周年にまでなってようやく「発見」されたのか。生誕50周年でも60周年でも区切りの年はいくらでも作り出せたはずだ。それでも交わらなかったところが、二大巨匠の人生と深く関わっているからこそ、この生誕100周年の驚きがあるのかもしれない...。

●太宰治 1948年入水自殺にて没

多くの文学少年少女と違わず、私も太宰治には中学・高校時代にのめり込んだ。青空文庫でいくつもの作品が無料公開されている。つまりその作品が著作権フリーになっている。近代文学のなかの古典といってもいいだろう。

太宰治ファンに好きな作品ベスト10でも選ばせようものなら喧々諤々の大議論になる(笑)。教科書にも載っている「走れメロス」や斜陽族を生んだ「斜陽」、そして「人間失格」、それに「津軽」、はたまた「富嶽百景」「お伽草子」「ヴィヨンの妻」「パンドラの匣」などなど、挙げていけば止まらない。

いわゆる私小説の作家だ。第一回芥川賞候補になり、是が非でも取りたいと佐藤春夫に手紙を送り続けたり、落選したら選考者の川端康成を恨んだり...。その執着心と躁鬱かと思うような作品群のふり幅が、作家として生きる業(ゴウ)と才能をさらけ出しつつ、39歳で入水自殺。

個人的には「人間失格」を読んで驚愕し、そこからむさぼるように太宰作品を読み始めた。先に挙げたもの以外にも「二十世紀旗手」「正義と微笑」が大好きだった。

読書感想文が苦手だった私だが、高校時代に「斜陽」について4人の太宰治という視点で作文を書いて国語の先生に褒められた。このとき感想文というものもただ感想を書くんじゃなくて自分で創作していいんだと知ったのがいまに生きてると思う。

ちなみにこの先生は月の満ち欠けの図を出版社に投稿して古語辞典に採用されたりしてるオモロイ先生だった。辞典に載った自身の図を見せびらかして喜んでいたオッサンだから、私が褒めると伸びるタイプだと知ってたんだろう(笑)。太宰治もゼッタイ褒められたい願望の強いヤツだったに違いないのだ。

●松本清張 1950年『西郷札』にてデビュー

松本清張も多作な作家だ。ドラマ化や映画化される作品が後を絶たない現代の人気作家ともいえる。ただ太宰と異なり、中高生の頃読んだ記憶がない...。大人の読む小説というイメージだった。それでも山口百恵主演映画「霧の旗」などは観た記憶があるから、知らずに作品に触れていた面もある。

最初に読んだ長編は「落差」だったと思う。教育産業である教科書業界の利権や裏工作のすさまじさを描いた超長編だ。その後小説は読まなかったが、「砂の器」は加藤剛主演映画も中居正広主演ドラマもすばらしかった。

デビューしたときの松本清張は41歳。週刊朝日の「百万人の小説」で3等入選。44歳のとき「或る『小倉日記』伝」で太宰の逃した芥川賞を受賞した。そこからは「点と線」「ゼロの焦点」「日本の黒い霧」「わるいやつら」「黒皮の手帖」などなど聞いた事のあるタイトルが並ぶ。1992年肝臓がんで死去。82歳。

作品情報については全部「新潮文庫 松本清張の本 解説目録 松本成長生誕100年記念」という冊子を見て書いた。だって作品読んでないんだもん!この冊子はよく出来ててカタログ好きの私にピッタリだ。いまなら本屋のレジ横とかにおいてある。

その解説目録表2に松本清張『半生の記』からの引用があった。一部引用したい。「いわゆる私小説というのは私の体質には合わないのである。そういう素材は仮構の世界につくりかえる。(中略)それが小説の本道だという気がする。」これが太宰治を念頭においての言葉なのかどうか知らない。だって読んでないんだもん!遅ればせながら是非読みたい一冊だ。

ちなみに太宰も「わが半生を語る」という文章を残している。これも青空文庫で読める。見てもらえばわかるがみじかっ!そしてやっぱりネガティブ...。まぁ太宰は他の多くの作品で人生語りまくっているともいえるわけで、あらためて語らなくてもいいはずなのだ(仮構かもしれんが)。頼まれて書いたやっつけ仕事かも。知らないが。

●太宰と清張 交わらなかった線

太宰治が死んだ39歳のとき、同い年の松本清張はまだ作家として世に出ていなかった。太宰の死後約2年経って松本清張は脚光を浴びたのだ。だからこの二人の作家人生の“線”は交わることがなかった。

生誕50周年記念的行事も、既に没後10年以上経った太宰治にはあったかもしれないが、松本清張にとって50歳はまさに社会派推理小説ブームの渦中であり、生誕50周年なんて発想すらなかったことだろう。

とはいえ、遅咲きの松本清張が太宰治の活躍を知らなかったはずはない。清張がデビューするまでの40年間は太宰治の全生涯と重なっているのだ。しかも松本清張は朝日新聞の社員でもあった。太宰治といういわばお騒がせ流行小説家の書く私小説をどんな思いで見ていたのだろう。

貧困のなかで育った松本清張と金持ちコンプレックスを増幅させていった太宰治。この二人のまじわらない人生の“線”が生誕100年という“点”で結びついた今年。松本清張に少し肩入れして読んでみようと思う。太宰治少年だった私もそんな年になったのだ。

追記:読売オンラインに興味深い記事があったのでリンクしときます。

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2009.02.26

今年のぉ答辞はぁ韻が大事

ついに本日、「ひとくちメモ」人気記事ランキングで松丸友紀アナを抑えて「卒業生、答辞」が第一位に!226事件だよぉー。

この記事の面白いところは、たんなるネタなんだけど(そういうブログだったんだよぉ!)、そこのコメントに書いた例文のほうにアクセスされてるとこ。

答辞文例を考えてる皆さんは卒業生代表とその一味(笑)なわけだから、感受性の強いおりこうさんが多いかもしれない。文例をいかに自分たち流にアレンジできるかがキモだ。

どうせなら全校生が後世に思い出せるようなオリジナリティも求めたい。さらに時代の空気みたいなものを織り込めるとさらにいい。

ボクの文例は'80年代のものだから、さすがに21世紀にこのまんまやるのはキツイ。日本全国桜の花がほころびはじめる時期も違う(笑)。そもそも’80年代ですら予定調和を嗤う目的で作ったシャレなんで...。

いまならジョイマンのラップ調答辞がいいと思うのだが。韻を踏むというのは古来日本の伝統的格式ある文芸の極みでもあろう。

読み方がジョイマンでは反骨精神が強調されるが(笑)、淡々と朗読するなかにラップ的韻がそこはかとなく醸し出される答辞であれば、気付いた人は含み笑いをこらえて涙するかもしれん。

司会の「卒業生、答辞!」という日本語さえ「ラップで答辞を読もうよぉ」と副音声のように聞こえてきたら絶対楽しい会になる。

だがジョイマンと異なるのは、意味が通らなければ答辞にならないという点だ。これは相当難題であろう。ここで例文を示すべきなのだが、その時間がない...。

前に替え歌で使ったけど、あおげばーとうとしー、アゲゲロみにくしーとか。品がない!格調高い韻を踏まなければ!おりこうさんの皆さん、考えてくれ!くそっ、思いつきだけで書いちゃった。

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2009.02.25

尻すぼみ残念!>鈴木茂

Rank20090225ピーちゃんの身元引受人さんのグレート・サスケの記事にトラックバックしながら書いているわけだが。人生の尻すぼみ感として、鈴木茂の大麻所持による逮捕も、なんだか空疎な感じだ。

はっぴいえんどのギタリストの音楽人生が、はっぴぃ言えんどで終わるのか...。言葉もない。レコード会社もはっぴいえんどのCDや着メロなどの発売・配信を取りやめるそうだ。おいおいお宝流通のきっかけ作ってどーすんのよ。ま、そのうち復活するだろうけど。

それよりも、今日の検索フレーズランキングをキャプチャして載っけてみた。3位に注目!

「鈴木茂 身元引受人」

鈴木茂氏の身元引受人が誰なのか(他のメンバーなのか!?)的な興味でのご訪問だと思うのだが、このふたつのフレーズが「ひとくちメモ」でつながる理由はただひとつ。

ピーちゃんの身元引受人さんがコメント寄せてくれてるからに他ならない(笑)。

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2009.02.22

極東でチェとチェの映画を観た

昨日と今日とで映画「チェ 28歳の革命」と「チェ 39歳 別れの手紙」を見てきた。あわせて4時間半くらいだったが、やはりこれは2本で1つの映画だから連続して観て正解だった。個人的には、キューバ革命50年の年にふさわしい映画だと思ったし、ソダーバーグ監督らしさは随所に見られた。

ただやはりキューバ革命や当時の中南米についての知識が乏しいとなかなかわかりにくい映画でもあった。キューバ革命がいかに画期的かつ奇跡の成功だったかは、2本目のボリビアでのチェ・ゲバラの闘争を見なければわからないように思う。

「チェ 28歳の革命」では、キューバ革命の指導者カストロの思惑があれよあれよと実現し、民衆の圧倒的支持を得て革命は成功する。映画としてはあっけないくらいの終わり方だった。このときの勝利が革命家チェ・ゲバラにとって最高の時でもあった。

パート2「チェ 39歳 別れの手紙」に移ると、ボリビアにおけるゲリラ戦の閉塞感が画面ににじみ出ている。静けさと銃声だけが支配するジャングルの日々。圧倒的なボリビアの軍隊に追い詰められるチェのゲリラ部隊。出口のない敗走を続ける場面が延々と続く。

ボリビアの農民たちに見放されたゲリラ部隊の姿。それは革命の困難さを浮き彫りにし、キューバ革命の特殊性をあらためて考えさせる。革命の光と影、その両方の主役だったチェ・ゲバラ。その最後の瞬間のカメラワークはソダーバーグ監督の真骨頂だった。

それにしても、キューバ、そしてボリビアは日本から遠い国だ。あらためて航空写真で確認してみよう。(画像をクリックすると拡大します)

ボリビアのイゲラ村


革命家チェ・ゲバラの映画を観ながら、ふっと「実録・連合赤軍」が頭をよぎった。革命はどこにあったのか。

少なくとも日本の1960~70年代にはなかったように思えた。日本の戦後の道程が正解かどうかはまだわからない。しかし中南米の実態と昭和日本の実態とでは、革命の醸成される土壌に雲泥の差がある。もちろん人は生きる時代を選べない。革命を目指すべきかどうか俯瞰で見渡すようなことも出来なかっただろう。

ファッションと言ってはその時代人に失礼かもしれないが、世代闘争(大人はわかってくれない的な空気)が革命闘争という“美しい言葉”に置き換えられて、真の貧困や抑圧ではないところから闘争が生まれてしまった悲劇というものが60年代以降の日本にはあったのかもしれないなと思う。21世紀の今だからそんなことが言えるんだという批判があれば甘んじて受ける...。

チェを偶像崇拝する気はさらさらない。革命という言葉に酔うこともおそらくもうないだろう。ゲリラ戦の静けさと銃声が淡々と描かれた映画だった。エンドロールに音楽はなかった。事故かと思ったがそういう演出だった。ボクは最後までエンドロールを観ずに席を立った。それはボクの映画人生のなかで革命的な出来事だった(think)。

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たけしへのラブ・レター『俺の彼』

最初にカミングアウトするが、『俺の彼』(徳間文庫)はホンモノのゲイの本、じゃない。ホンモノの芸人の本だ。俺とは島田洋七(B&B)、彼とはビートたけし(ツービート)。

いまや『佐賀のがばいばあちゃん』でしゃべる大作家となった島田洋七氏が、いまや世界の北野となったビートたけしとの友情を綴った、なんとも痛快でホロっと来る一冊だった。

このところ麻生と中川だの、小泉と麻生だの、気持ちの悪い人間関係ばかりでうんざりしていたので、書店で見つけて思わず購入。すぐに読み終えた。

駆け出し漫才師同士。横山やすし師匠の天才的“勘”によってめぐりあった二人。その直後、やすし師匠に千葉の食堂で置いてけぼりを食わされる。ポケットに500円しかない洋七と700円しかないたけし。あわせて1200円じゃタクシーにも乗れず、始発に乗れるまでトボトボ東京方面へ向けて歩き始める。

出会いからして映画のようじゃないか。その一年後には漫才ブームがはじまり、月に数千万円を稼ぐB&Bとツービートは時代の寵児となる。

ブームが去って取り残されていく思いの洋七。何も起こらない洋七の日常のなかで、常に時代の先を見て変化し大きな存在になっててゆくたけし。だがそんなたけしもフライデー事件やバイク事故を引き起こす。

ボクたちが見てきたワイドショーネタの裏側で、失われることのなかった友情を凝縮した一冊だ。そこには常に笑いがあり、お互いの期待に応えようとする意志がある。お笑い走れメロスつーか(笑)。

洋七がたけしに勝っている部分を発見。それは本のタイトルのつけ方だ。ロマンチストのたけしにはないキレがある。ホモでもゲイでもなく「俺の彼」といえる関係はいいな。

この本、たけしに黙って出版したとか。後日それを知って読んだたけし。電話口で「面白いじゃないか、バカヤロー!」と叫んだ。そのときのたけしの顔はどんなだっただろう。というより「俺の彼」ってタイトルを見た瞬間のうれしさはどれほどだっただろう。しゃべくりでは大言壮語の大嘘ハッタリ芸が得意な島田洋七だが、この本にはウソがない。たぶん(wink

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2009.02.21

ボクも風邪薬に酒飲んでます(笑)

いろんな事実が明らかになってきて、中川もうろう会見に戦慄を覚えて損したな。英国ゴードン・ブラウン首相は終始笑いをこらえつつ「自分が財務相のころあんなに注目されたことはない」などと語った。ま、英国だって笑っていられる状況にないんだけど、みんなそんなに危機感なさそうなのがいいな(それはそれで怖いけど)。まだまだ真相はわからんが、政治家を見習って思考停止しとこう。

●眠くなるこれだけの理由(confident

風邪薬とアルコールを一緒に飲んでスポットライトを浴びたら眠くなるよ。記者会見まで誰もあんな状態だと気付かなかったとか、中川自身が「よし行こう」と先導して臨んだらしいから、原因はスポットライトだな。

ボクも陽だまりのなかでお昼寝するのが大好きです(笑)。まぶしくてポカポカあったかい光に包まれると眠くなるよね。そこに酒と薬が加味されたら、こりゃもう夢見心地だよぉ!最高の睡眠薬だね。ラリって当然。

さらにノープランでトークしようとしてた中川氏だから、どんな質問もぜんぜん興味なかったんだよ。ぜんぜん興味ない話を延々されると、これまた眠くなるよね。何事にも意欲を持って取り組みましょう。

原因は風邪薬ってのもあながちウソじゃない。飲むと眠くなる風邪薬ってのは昔から聞く話。しかも腰痛の薬とかと一緒に飲んだりしちゃダメよ。これまたさらに量を多くしてたとか。子どもじゃないんだから処方箋守ってね。

ボクは風邪のときウイスキーのお湯割りを飲んでます。玉子酒って人もいるよね。風邪の薬が酒ってのは共感できる(笑)。身体があったまるし眠くなる。子どもじゃないんだから時と場所を選んでね。子どもは時と場所を選んでも飲んじゃだめだけど...。

中川さん、「不眠症の国民必携!中川昭一の『眠りに誘う10の方法』」って冊子を緊急出版しようよ!眠れない国民は確実に増えてるよ。いまこそ国民の安眠願望に応えるべきだ!「こうすれば眠れる!眠りの森の大臣・中川昭一が贈る安眠マニフェスト」とか。寝るなら中川、中川なら寝る。中川昭一ここにありってとこ見せてやろうぜっ。

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2009.02.20

おぼっちゃま政治の真髄!

小泉による麻生批判。目くそ鼻くそを笑うってこういうときに使うのかな?

郵政選挙で衆議院3分の2勢力を作ったのは、確かに当時の小泉首相の実績だろう。それを麻生が使うなら議会を欠席すると言っているのも、まぁ引退する人だから仕方がない。

失うものが政治家を目指す息子以外にない小泉にとっては、完全にセーフティゾーンからの発言だ。こういう状態の小泉に勝てる自民党のセンセーはおらん。

しかし麻生をこんな風に批判するのはオカド違い。それなら安倍はどうなる。郵政で得た議席を使って何回強行採決した?17回までは数えてる記事を見たけど...。

単純に麻生ごときに「変人」って言われたのが気に入らなかっただけ。反論で「自分は常識人」という小泉発言を聞き、あぁ小泉ってそこに引け目があってそこがアイデンティティのよりどころなんだと妙に納得。それを政局に持っていけるのが小泉の最大の得意技でもある。

ま、どうあれ政治とは最早いえない茶番が日々繰り広げられている。危機ってこうやって乗り越えるものなんだな。バカになればなーんも見えなくて幸せだもん。思考停止して流れに身を任せれば、時間は勝手に過ぎてゆく。おぼっちゃま政治の真髄だね!

小泉も麻生もおじいちゃんの影響が強い。小泉政治はいわば辻説法だし、麻生は先代の遺産食いつぶしでしか動けない。そんな麻生だから、小泉の取った議席を使うのは当然だ。

今はいやな現実はほっぽりだして、みんな感情的に罵詈雑言を言い合うのが危機対策だ。お金持ちの子どもたち、先輩の作法、覚えておこうね。もっとも、ダメな老舗って三代目あたりで店じまいって部分もあるけどね...。

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2009.02.17

与謝野馨財務相兼金融担当相兼経済財政担当相

このタイトル、文字化けじゃないぜ(笑)。中川“もうろう”昭一氏の辞任で本日誕生した与謝野馨財務相兼金融担当相兼経済財政担当相。まるで寿限無だな。きっと麻生は与謝野馨財務相兼金融担当相兼経済財政担当相って漢字で書けないぞ。

それにしてもこんだけひとりに権力集中させちゃって、ほとんど総理大臣交代したようなもんだ。いっそ麻生が全部の大臣を兼務してプチ独裁して、“国会自爆テロ解散”でも仕掛けたら面白かったのに残念だ。

しかしなぜ兼務なのかと考えると、きっと麻生内閣に入ってくれる奇特な人がいないんだろうな。

こういうときこそ民間人を入れてみればいいのにな。

どうせ長くて半年程度の閣僚なんだから、ハローワークに求人だしてみればよかったのに。

求人情報:
職種:財政および金融担当大臣
期間:6ヶ月(短くなる可能性あり)
給与:1,200万円(月平均200万円)
交通費:全額支給
勤務地:永田町
募集人員:若干名
職務内容:作文の朗読
経験:不問。どなたでも出来る簡単なお仕事です。

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2009.02.16

中川財務相の記者会見に戦慄がはしった

G7終了後の記者会見には我が目を疑った。少し赤ら顔の中川昭一財務大臣。一言めから「なにか様子がおかしいぞ!?」と誰もが思っただろう。眠いのか酔っ払っているのか、ろれつが回らずあきらかに常態でない日本の大臣が世界中に映し出された。

政治家の失言や異常な行動に慣らされた私でも、この映像は笑えなかった。というより恐怖映画を観ているような悪夢だった。これが本当に現実なのか...。フィクションではないのか?いやーな想像が次々と思い浮かんできた。

まずあの映像を見て最初に思ったのは、各国のエゴの重圧につぶされて廃人寸前に追い込まれたのではないかという懸念だった。保護主義化が進む大国のエゴがぶつかりあったであろう今回のG7。まったくのノープランでひょこひょこ出かけていった日本の財務相が、とんでもないワナに嵌められてしまったのではないかという邪推だ。

各国は自国優位にこの難局を乗り切るべく相当要求を練り込んで来ていたと思われる。だが日本はいったい何をしようとしているのか自国民にすらさっぱり示されない。ノロマは常にカモになる運命だ。理不尽な要求をなすすべもなく飲み込んでしまった中川氏が、会議終了後にことの重大さを受け止めきれずに精神に異常を来たしたのではないかと思った。国民に報せることのできない絶望的要求を呑まされたりしてなければいいのだが。

また取り巻きがいるはずなのに、なぜあんな状態の大臣をのこのこ記者会見の席に座らせたのだろうかという疑問も残る。裏読みするなら、官僚組織が手を引いたときの怖さを政治家に知らしめるプレゼンテーションだったのではないかとも思った。つまり電波を使った官僚からの宣戦布告だ。権力の在り処をはっきりさせようとしているのではないか。保身のためなら何でもするからな。国家も売るだろう。官僚組織さえ残ればいいのだ。

今日の発表では中川氏の異変は「風邪薬が原因」ということになっている。本当にそれだけだとしても、あの醜態を世にさらした罪は計り知れない。いま日本は辞めさせられた空軍(空自)のトップがあまりにも情報評価能力のない危険人物だったり、首相や閣僚が権力を持っていなかったり、まったく統治能力を失っていることに世界中が気付き始めてる。ラリってるような国家とまともに付き合う国はなかなかないだろう。

極論すれば日本より北朝鮮のほうが戦略があるだけ話が通じる国かもしれない。彼らにはたとえトンデモ系であっても彼らなりの論理で外交をやろうという意志が見える。中川氏の映像を見ながら、日本が四流国への坂道を急速に転げ落ち始めてるような気がしてきた。歴史の終わりはアメリカより先に日本にやってくるかもしれない。恐ろしい...。妄言ですけれど(って書かないとアイデンティティが保てない現代日本だ)。

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2009.02.15

梶山季之『族譜』に現代日本も垣間見た

梶山季之の文体がどうにも好きだ。名文家と呼ばれる方々はたくさんいるが、そういう評価のベクトルとはひと味違う。梶山季之の文章にはグルーブを感じて、その躍動感はどうやったら出せるのか研究に値する(誰か研究して発表してくれ)。

週刊誌のライターでもありトップ屋とも言われた。この資質あってのトップ屋だったのか、トップ屋だったからこそのこの文体なのか。一言で言えば天性の資質が仕事で磨かれたってことなんだろうが見習いたい。もともと多作な人で1960~70年代にかけて流行作家だったそうだ。ジャンルも多様で経済、推理からポルノも書いた。

1975年に45歳の若さで亡くなっていて、現在簡単に購読できる作品は結構少ない。以前紹介した『赤いダイヤ』は実在した人物がモデルの小説で復刻されたのは快挙だった。投資ブームさまさまだ。他に変り種ながら古書業界を舞台にした奇談集的小説『せどり男爵数奇譚』(ちくま文庫)なども現在手軽に入手可能だ。結構エグい話(人皮で装丁する魅力にとりつかれた男の話とか)もあるが面白い。目のつけどころが違う。これ1冊でも記事に出来たのだが松岡正剛氏が書いていたのでリンクしとこう。

さて、本題は『族譜』だ。日本の植民地支配の手段だった「創氏改名」が、700年続く親日家の一族を断絶させようとする。その政策を推し進める役所の手先としての主人公はモラトリアム青年であり、労務徴用逃れのためにコネで役所勤めをしている。役所にいる小さな人間(日本人課長など)の出世欲や若者の心の揺れと、彼らによって推し進められる植民地支配のための「創氏改名」という大きな罪とのギャップにイライラする。

創氏改名による朝鮮民衆の受難と日本の植民地支配の非道を描いているけれど、これはある種青春小説として読める。最後まで読んでいくと、主人公のモラトリアム青年がなんだかいいヤツに思えてくるかもしれないが、冷静に考えるとそれほどたいしたヤツでもない。だが若者とはそんなものだとも思う。最終的に彼の取った行動が免罪符になるわけもないが、しかしそのひとつの決断は青年の成長ともいえる。モラトリアム脱出物語として読むなら。

また官僚批判小説でもある。官僚って人種はいつの時代もこうなのかというくらい典型的な出世欲の塊として描かれる。モラルもなく賄賂には転びそうだし、メンツを潰されたらどんな手段を使っても復讐する。すべては自分の保身だけのために生きる。現代の大企業管理職や官僚の姿を見ても何も変わっていないって痛感する。

日本は戦争に勝とうが負けようが関係なく、一貫して官僚が君臨・支配する国家のようだ。官僚vs日本人といった図式があるのかもしれない。年金問題などの裏切り行為は、植民地支配者による「創氏改名」の推進となんら違わない。民はいつの時代も官僚にいいようにたぶらかされて死んでいくのだ。それを壊せるかどうか。100年に一度の危機というなら、まさにいまそういう闘争をしなければならない。

ついでに麻生総理は以前「創氏改名は朝鮮の民が望んだ結果である」ということを発言している(2003年5月東京大学での講演)。そんな麻生総理にもぜひ読んで欲しいが、悲しいかな『族譜』はマンガじゃなくて日本語でかかれた小説なので期待薄だ。

以上が『族譜』のご紹介でした。
 実は先日(2/11)の深夜2:47に祖母が他界し本日まで実家に帰っていました。昨年の2月前半も伯母が他界しブログの更新を中断していた時期があります。これほど近い存在を次々と亡くす現実ははじめての経験でした。それだけ年を重ねてきたということでしょう。
 両親が共働きの家庭だったので祖母は育ての親でした。新幹線で5時間の距離がたまらなく遠かった。妹夫婦とその子どもたちが両親と実家に住んでおり、何から何まで任せきりで、こんな生活を続けていていいのだろうかと自問することもあります。
 孫だけでなく曾孫にも囲まれての91歳の旅立ちは大往生かもしれません。しかし個人的にはほとんど何の恩返しも出来ず送ることとなり悔しいです。でも母は私以上につらかったはずです。早くに父を亡くし昨年からたて続けに姉と母を亡くし「自分だけになった」と言っていました。しかし自分だけと思わないで欲しいと思います。父も妹家族も私もいるから。
 祖母の死が家族という存在を強烈に実感させてくれたように思います。日常を生きなきゃダメだ。今回どうブログを再開しようかと思い『族譜』を紹介したのは、そんなモラトリアムな自分が主人公と重なったからかもしれません。

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2009.02.10

漢字検定儲け過ぎて何が悪い(笑)

漢字検定を年間270万人も受検してて、20億円の利益をあげていて、文部科学省が立ち入り検査。儲けちゃいかんというのだけど、それでも受けちゃう人がいるんだから仕方ないやんけ(笑)。不景気な時代に景気のいい話よのぉ。

この問題は漢字検定そのものよりも、漢検に会長のファミリー企業がぶら下がっていて、そこにマネーが流れてる(そこで私腹を肥やしてる)ってのが問題だってことだよね。結局儲かりすぎて仕方がないからカネを使わなきゃって強迫観念で泣く泣く私腹を肥やしてたのかも(笑)。

あるいは今回問題視されたのは、漢字に弱い麻生内閣のサシガネだったりして。国民が漢字に興味を持つから支持率が落ちたんだみたいなこと。言いかねないよねぇーsign01 「麻生よ、漢検受けてみろ」なんて世論が盛り上がったらたまったもんじゃないからね。

儲かりすぎて困るっていえばこの映画。「史上最大の賭け」ですわ。マイナーなB級映画なんですが、めちゃめちゃ好きですこの映画。

マイナーリーグのピッチャーをやってるモンティに突然莫大な遺産が転がり込んでくる。でも遺言でそのカネを手にするには一ヶ月で3000万ドル(1ドル90円として27億円)を誰にも理由を言わず使い切るゲームにチャレンジしなきゃなんない。

そんなの簡単とモンティはカネを使いまくる。しかし事業に成功して儲かっちゃうもんだから、雇った敏腕な部下をクビにしたりする(笑)。使っても使ってもなかなかなくならず、最後は選挙に打って出てとにかくカネを使いまくる。そしてタイムリミットがやってくるのだが...。

このカネの使いっぷりがとにかく面白すぎるのだ。景気のいい話はとにかくオモロイ。だからボクは今回の漢検の儲けすぎって現実が面白い。

さらにその裏には文科省のお墨付きで大学入試に有利とか、そういう餌がぶら下がってる。その餌に飛びついた人たちから儲けたカネだってんだから面白さも倍増。受けたら漢字を読めるようになるわけで受検者も損してないしさ。めざせ漢字王やくみつるってとこぜよ(笑)。

これ映画になるよ。ドタバタコメディ映画。漢検に群がる受検ファミリーと漢検で儲かって仕方がない会長ファミリーと漢字の読めない総理大臣とそのファミリー。

それにしてもこの漢検騒動はどこに落ち着くのか?会長が辞めれば存続できるのか?受検料値下げするのか?文科省のお墨付きを失くすのか?儲けちゃいけない事業を誰が引き継ぐのか(天下るヤツいるのか)?儲けすぎの物語はまだまだ楽しめそうだ。

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2009.02.06

火のないところに炎上!

もう「火のないところに煙は立たず」とはいわせないぞ!煙どころか炎上しちまった。火のないスマイリーキクチのブログが炎上して、その犯人18人が書類送検されるとか。まさかスマイリーのブログだったとは!スマイリーの顔にスマイルがなくなっちゃうよぉー。

ネイチャージモンの語り部として絶賛してきた私としては、炎上させたヤツらが逮捕されたのに安堵した。スマイリーの芸能活動に支障が出たら一大事だ。ネイチャー軍団はスマイリーしかいないんだから...。

先週のやりすぎコージー「笑いZERO やりすぎ格闘王決定戦vol.3」でも「ネイチャーイズムの継承者」と言われていたスマイリーだが、「唯一の」ってのが強調されてたのが気になったよ(笑)。そしてスマイリーはリングで完敗。ネイチャーの継承者完敗(笑)。

それにしてもセコンドのネイチャーに向かって「オマエが出ろや!」と禁断の一言を発してしまったのは千原ジュニアだった。それに対してネイチャー無言...。ま、言葉でジュニアに勝てるわけはないからな(笑)。

リングで相手がジュニアならいつでも受けて立てるとは思うのだが、そんなドリームマッチは猪木vs馬場のようなもので本当の夢なのだ。闘わずして世界一強いのがネイチャーなのだ。それが伝説というものなのだsign03

おっと、話が逸れた。スマイリーブログ炎上だ。ブログ史上のエポックなニュースとして歴史に残るな。炎上させたヤツらはバッドネイチャーだが、スマイリーがこのブログ界における歴史上の人物として記憶されるなら今回の被害届の提出は実にナイスネイチャー!ニュースの写真もネイチャールックで決まってたネ(笑)。

逮捕の前例を作ったことで社会的意義も大きいように思う。よど号ハイジャックによってハイジャック防止法が出来たように、なにか事が起こって時代は事の重大さを認識し変化していく。ブログが日常となった現代社会も、こういう事件を経過しながら少しずつ変化していくのだろう。

ネットワークというのは匿名であっても簡単に発信源を特定できるが、今度は人物を特定できないネットカフェなどから犯罪的書き込みをする輩も増加しそうだ。そういう対策も必要になってくるだろう。

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2009.02.05

ガッツポーズ、大麻、八百長

三題噺風の3つのワード。マスコミの入社試験ではよく出題される三題噺だが、ウィキペディアを見るともともとは落語が起源らしい。それも「人の名前」「品物」「場所」を表す3つのお題というのが正当らしい。となるとタイトルにした3つは正当じゃないな。正当な三題噺に直すとすれば、例えば「ガッツ石松」「大麻」「部屋」とかどうだろう?

いま現在は、横綱のガッツポーズの品格とか力士が大麻で解雇とか相撲部屋でリンチとか、ぜんぶ大相撲と関係あるワードだけど、なんもない状態でこの3つから大相撲の噺はなかなか思いつかないのではないか。それほど大相撲界は異次元な状態にあるといえる。

個人的な感想を言えば、外国人横綱のガッツポーズで失われる伝統や品格なんてその程度のもんだと思う。サラリーマンのネクタイ問題くらいにつまらん話だ。大麻については重大かも知れないが外国人力士だけが先に解雇された検査の不透明さも含めて八百長体質がありありの業界だと思う。

しかし大相撲をテーマに三題噺にするのは困難だな。三題噺は最後にサゲ(オチ)がなきゃ成立しない。大麻だのリンチだのじゃ笑えんぞ...。

高校生に大麻汚染が蔓延しているようですねぇ。昔は大麻といえば落ち目芸能人の専売特許でございましたが、いまは素人さんも大麻を吸っていらっしゃる。芸能人と素人さんとの境界線がなくなってきているのかもしれませんな。でも錯覚しちゃいけませんよ。芸能人は復帰しちゃいますけれど、高校生はなかなか社会復帰できませんよ。部屋で一服するときはせめてタバコにしときなさい。それなら退学程度で済みますから。どうせ芸能人のマネするなら大麻じゃなくておバカキャラをマネましょう。おバカキャラは害がないですから。角界もそうですよ。十両あたりをウロウロしていた若麒麟は大麻に走っちゃいましたけど、横綱朝青龍をみなさいよ。ガッツ石松のガッツポーズですよ。さすが横綱ともなる人物はおバカキャラをマネるもんです...。

お後はよろしくてsign02

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2009.02.01

仕事道楽は道楽仕事じゃ生まれない

仕事道楽 スタジオジブリの現場プロデューサーという仕事はつくづく大変な仕事である。営業と総務と経理の責任を一手に引き受けつつ、現場を盛り立て仕事環境を作っていかなければならない。究極の裏方稼業だ。好きでなきゃ出来ない。そんな仕事を「道楽」といえる鈴木敏夫さんの図太さというかちゃらんぽらんさというか、そのバランス感覚は稀有だと思う。

余談だが「仕事道楽」と「道楽仕事」とは微妙に(大いに!)異なる。昔『編集バカとバカ編集者』という名著(笑)があったのだが、まさにこの「バカ」の位置と同じくらいに「道楽」の位置が重要だ。2005年に発行された鈴木敏夫著『映画道楽』も、道楽映画じゃ誰も見ないだろう(笑)。言葉ってのはほんの小さな違いが大切なのだ。そしてプロデューサーという仕事は言葉の魔術師でなきゃ勤まらない。

鈴木さんのキャリアは徳間書店での雑誌編集者から始まりスタジオジブリのプロデューサーへとつながっている。編集という仕事も裏方稼業だ。作品は他人が書き描く。編集者もプロデューサーも、その作品作りの環境を整え人と人のつながりを創造する。

ボクにはそんな裏方稼業で作られた環境やチームそしてその過程そのものもひとつの作品に思える。というより、そっちの作品にこそ知りたい情報や感動があると思っている。だからプロデュースを生業としている人の本が大好きだったりする。2年前に更新したきりほったらかしなのだが、セブン&アイのみんなの書店にジオイ堂という書店を出して「プロデュース堂」なんてコーナーも作ってるくらいに裏方稼業が好きだ。

さて、調べたらウチにはジブリのDVDが4枚あった。
「もののけ姫」はこうして生まれた。
大塚康生の動かす喜び
ラセターさん、ありがとう
ジブリの絵職人 男鹿和雄展 トトロの森を描いた人。 (Blu-ray Disc+DVD)
以上の4枚で、実はぜんぶ映画作品じゃないのだ...。

それはもう確信犯的(?)に裏方系DVDばっかり買ってる。宮崎作品としては「未来少年コナン」と「カリオストロの城」は持っているけれど、ジブリ作品じゃない(よね?)。もちろん映画作品を映画館で観ている場合はあるがDVDでは持ってない。ジブリ作品はいつでも観られるという思いもあるし、逆に裏方系は入手しとかないとそのうち入手困難になってしまうかもという恐れがあったり。

『仕事道楽』ではジブリの2枚看板である高畑勲と宮崎駿のエピソードがふんだんに出てくるが、ボクがもっとも面白かったのは2000年に他界された徳間康快(徳間書店初代社長)のエピソードだった。

●徳間社長の思い出

ボクにも徳間社長には強烈な思い出がある。就職活動で徳間書店を受けた。出版社は結構受けたが、最終面接でもないのに学生数人の前で1時間の演説をぶった社長は徳間さんだけだった。机を囲んで待っているといきなり徳間社長が現れたのだった。

そこから1時間。話された内容はもううろ覚えだが、たぶん「徳間ジャパンでは何でもできるぞ。やる気があるヤツには面白い会社だぞ」ってことを熱烈に話された。徳間書店を受けに行っているのだが徳間ジャパンとして話されてた。いまから思えば、だったら入社させろよって話だけど(coldsweats01)。読売新聞出身だってのは知ってたから、ブンヤというのはこんなにバイタリティあふれる人種なのかと思った記憶がある。もっとも徳間社長が特殊だったわけだが...。

そんな徳間社長のもとでアニメ雑誌の編集をしていたのが鈴木敏夫さんだったわけだ。どんなに厳しい状況でも楽しんで乗り越えようとするバイタリティはまさに徳間魂かもしれない。

『仕事道楽』に出てくる強烈なエピソードにある「金なんて紙だからな」なんてこと言う社長と仕事する機会はめったにないだろう。そんな豪放磊落な社長と出会い、社員総会でいたずら小僧のような社長の仕掛けにはめられた経験などを爆笑しながら読むにつけ、どんな出会いでも受け取り方次第で自分の糧になるもんだなぁとも思ったりした(笑)。

ようは人間、考え方次第で学習機会が転がっているってことだ。出会いを自分の糧にしながら、自分も他人に影響を与えつつ作品と自分とを作っていく。そういう仕事が出来た満足感が「仕事道楽」という言葉につながるのだろう。どっかの国の世襲かつ無選挙首相のような“道楽仕事”じゃ絶対味わえない仕事感覚だな。

実は鈴木さんにも一度だけお会いしたことがある。知人の結婚式の来賓でスピーチをされたのが鈴木さんだったのだ。当時ジブリ映画はすでに成功を収めていたけれど、一般的にプロデューサーが脚光を浴びるという状況でもなかった。ボクも「へーこの人がジブリのプロデューサーかぁ」くらいの感想しか持たない青二才だった。

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