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2008.12.29

100年で乗り越えてきたこれだけの危機

流行語大賞には遅かったが「100年に一度の危機」も2008年終盤でよく聞いた言葉だった。この言葉に流行語大賞を贈るとしたら、おそらくグリーンスパン前FRB議長が受け取ることになるんだろう。麻生首相も使っていたし、私も使った。

キャッチフレーズというのは便利なもので、それを使うことであたかもコンセンサスが得られているかのような錯覚に陥る。小泉政権以来続くキャッチフレーズ政治のごまかしが次々と露呈し始めた2008年末に至ってもまだキャッチフレーズ政治が続いている。「政局より政策」もそうだし、ことによっては「みぞうゆうのきき」ですら、未曾有の危機を頭に植え付けるに足るキャッチーな読み間違いだった。

だがここで、ハタと立ち止まり考える。100年前の1908年以来、何度危機があったのかということを。

1914年:第一次世界大戦勃発
1929年:ウォール街で株式大暴落(世界恐慌へ)
1933年:日本が国際連盟脱退
1937年:日中戦争
1941年:太平洋戦争(第二次世界大戦)
1945年:原爆投下、日本敗戦
1953年:スターリン暴落
1960年:60年安保闘争
1961年:ベルリンの壁
1962年:キューバ危機
1970年70年安保闘争、よど号ハイジャック
1971年:金ドル交換停止(変動為替制へ)
1973年:第4次中東戦争、石油ショック
1978年:イラン・イスラム革命、石油ショック
1980年:イラン・イラク戦争(のちに米国はイラク支援)
1987年:ウォール街暗黒の月曜日
1989年:ベルリンの壁崩壊(冷戦終結へ)
1991年:湾岸戦争(米国イラクを爆撃)
1995年:阪神淡路大震災
1998年:アジア通貨危機
2001年:9.11米国WTCビルがテロ攻撃に

年表を見ながら、ざっと挙げてみた。なんの吟味もしていないが、これはと思う危機が100年でこれだけある。さらに戦勝国米国にとっての危機と敗戦国日本にとっての危機とはまた異なるだろう。日本は原爆を投下され無条件降伏をした敗戦国であり、それを考えれば100年に一度の危機を選ぶなら、敗戦かもしれない。

もちろんそんなことを言い出して、いまの危機は危機でないなどと相対化する意図はない。ただ、米国発の「100年の危機」説を安易に使うのは自戒しようと思うのだ。

●2009年は一票の重みを実感する年に

日本の危機は自立した日本人がなんとかしなければならない。グローバル経済という名の米国追従経済を見直す時期に来ている。パックス・アメリカーナ時代の終焉を視野に入れた日本の政治が求められる。オバマ新大統領をただただ大喜びで受け入れている場合ではないと思うのだ。

そんなことを考えている年末。「危機の宰相」(沢木耕太郎著)はいま読み直すには格好の教材かもしれない。池田勇人首相のキャッチフレーズは「所得倍増」だった。戦後復興の象徴として「所得倍増」を掲げたわけだ。これを成し遂げた池田を含む3人は大蔵省という官僚機構のなかで皆敗者だった。昔の流行語チックに言えば“窓際族”だ。敗者復活の物語でもある。単純に官僚バッシングするだけでなく、いまの危機の中でぜひ読んでおきたい一冊だと思う。マンガ化すれば麻生首相でも愛読書になるはずだ

同じキャッチフレーズでも所得倍増論の目線は国民に向いている。「100年に一度の危機」も「政局より政策」もどこか他人事のように聞こえる。キャッチフレーズというより、状況説明のようなものだ。どうせ発するなら日本人の日本人による日本人のためのキャッチフレーズを考えろ(<このフレーズもアメリカーンのパクリですけど!)。

しかしキャッチフレーズを使うことで思考停止に陥るのは大変危険だ。政治がキャッチフレーズを使うのも国民に考えさせない手段だったりする。そんな発する側に対して発せられる側としての国民は、自ら考える必要がある。それが民度となって表れるように思う。

政治を変えるには選挙が必要だ。いま総選挙の時期は麻生による人災で遠のいているが、こんなふうにジラされると一票の重みをさらに意識できる。

これまで「たかが自分の一票で世の中変わるかよ」と思っていたボクらでも、その一票すら投票する権利を奪い政権延命できるのが政治権力だ。だからこそ国民の一票の責任は重い。政治を変えるチャンスはなかなか回ってこないことを今年ほど思い知った年はなかった。

来年は丑年。民主主義は牛歩の速度でゆっくりと進む。だがその一歩はボクらの持つ一票からしか始まらない。コイズミ長期政権が壊した日本を立て直す力を持たなければならない。二度とあのような過ちは繰り返せない。

100年に何度も間違いつつも大きな危機から復活してきた日本人には、まさに麻生が強調する「底力」があると思う。その底力を麻生に見せ付けるのが2009年に100%行われる総選挙だ。延ばせば延ばすほど、一票の重みは確実に重くなる。ならなければいけない。

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