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10 posts from August 2008

2008.08.31

白鳥おどりのトランス感に感激

白鳥おどり「世栄」
(MP3/3.5MB)

白鳥おどり今年の夏の旅行は白川郷を目指した。いつもは行き当たりばったりなのだが、8月9日(土)出発だったため、お盆前の帰省ラッシュ・観光ラッシュを考えて初日の宿は予約して出発。その結果、白鳥おどりに出会うことが出来た。正直、白川郷よりも白鳥おどりが強く印象に残った旅のはじまりであった。

岐阜県郡上市白鳥町(しろとりちょう)は、白川郷まで高速道路を使って1時間40分程度の位置にあった。実は「白鳥おどり」を知らずに泊まったのだった。白鳥おどりは8月中町内各地で踊るそうだ。なんと、お盆3日間は徹夜で踊り通すそうだ。

宿は浅野屋料理旅館。とっても広くて落ち着く宿だった。到着が遅くなりそうだったので、最悪の事態を想定して「21:00ごろになるかもしれない」と電話を入れたとき、女将さんが一瞬絶句したような気がした。しかしなんとか19:30頃には着くことが出来た。その時間についたときの女将さんの喜ぶ顔もひときわだったような気がした。

浅野屋料理旅館その原因は「白鳥おどり」にあったような気がする。ちょうどこの日は、すぐ近くの駅前通りで踊る日だったのだ!その踊りに参加できるか出来ないかを、我々の到着が左右していたってことだ。

すぐに夕食にしてもらった。配膳はかわいらしい娘さんだったが、髪をアップにして完全に白鳥おどりモードだった。我々の配膳が済めばすぐに踊りに行けるのだ!知らなかったとはいえ申し訳ないことをした。

我々もせっかくだから盆踊りを観に行こう(踊りに行こうじゃないところが我々らしい...)と出かけた。靴で出かけようとすると「下駄で行かれたら?踊りたくなるかもしれないからねぇ」といわれ、下駄で出かけた。このときはその意味がわからなかったのだが、白鳥おどりは下駄の音が重要な踊りだった。ま、踊らなかったわけだが...。

そして駅前通りに着くと、すでに始まっていた。「盆踊り」に対するオレのイメージが変わった。こんなポップでアグレッシブな盆踊りがあったんですね。

駅前の白鳥おどり像オレの知ってる盆踊りってなんとなくゆるーいイメージで、カキ氷食ってると後ろで鳴ってる祭りのBGM的なものでした。しかし白鳥おどりは、まさに祭り=踊りでした。

こんだけスピーディな踊りを徹夜で踊ったらトランス状態になりそう。心地いい一体感もあるだろう。日本各地には、昔から祭りのトランス感を得るシステムがあったんだなぁ。

若い衆が先頭に立って盛り上げているのもすばらしい。そういうお祭りが残っていて、代々伝わっていくことの大切さを感じるようになってきたワタクシ。年のせいかねぇ。日本が壊れていくのをいくつも見てきたからかなぁ。

そんな思いで録音してましたが。録音してないで踊れよみたいな(((^_^;)。浅野屋の娘さんや女将も踊っていて、「一緒に踊りましょう!」と言われたけど、心の準備がなかった。次回はぜひ踊りたいと思ったっす。

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2008.08.30

人気ないじゃん!?

さっき、娘さんに「人気ないんじゃん!」って言われたコメントの少ないお父さんブログに、思わずコメントしてきました。そのコメント、自分で気に入ったので(笑)、加筆して自分のブログの記事にしとこうと思って。ブログがこんなに浸透してくると、そんなお父さんはたくさんいるような気がするからさー。

それにしてもこのセリフ。言われたシチュエーションによってはお父さん、ちょっとグサっと来たりしますよねぇ。

ボクはそのお父さんブログにコメントはあまりしてないけれど、気に入って見てるんです。そういう読者もいるんですよー。

ボクの場合は、コメントにするくらいの共感なら自分のブログで思いの丈を書きたいみたいな。それでダラダラ長くなっちゃうんですけど(^_^;)。ほら、思いの丈って長いからっ。ジーパンみたいに切れないの。ブログだと特に。際限ないから。それで読者引いちゃうーみたいなー。それは反省材料だって知ってる!(笑)

娘さん、人気って計りにくいシロモノなんですよぉ。視聴率の高さと良いドラマかどうかは別問題だったりするしぃ。それとおんなじですね。学校じゃ無口で友達いなさそうだけど、実は学外でバンドやっててストリートで人気のヤツとかさー。実はそろばん名人で、日本中のそろばん塾でソイツを知らないヤツはいないとか。ま、そんなヤツ、そうそう多くはないでしょうが...。

お父さんのブログは、記事ごとに世界中のどこかに居るであろうピンポイントなひとりひとりの共感者に届くのがひそかにうれしいタイプのブログじゃないかと思うんですよねぇ。かなりコアな感じじゃないですか!

内輪で盛り上がるコミュニケーション系ブログはコメントが豊富だったりするけれど、それはそれ。掲示板発展型のブログってことですわ。それはそれで楽しんでいいと思う。一番とっつきやすい機能だし。

最近はブログからコミュニケーション機能を特化させたmixiなどのSNSが進化してて差別化も進んでますから、ブログにおけるコメント機能も変化していくかも知れない。記事ごとに賛成・反対を集計できるゴングショーボタン機能とかあると面白いと思ったりします。

あるいはそんな流れではなくて、マス・パーソナルな新メディアとしてのブログって考え方もありますよね。情報発信型(あるいは妄想発信型、精神のモヤモヤ発信型、なんでもいいけど)のブログは、「オレが考えたことをちょっと公開してみる」ってことが出来るメディア、パーソナルだけどマスに伝達可能な新しいメディアです。例えばウチならゼムクリップの話とか(笑)。

検索エンジンが発達してるから、同じアイデアを持つブログの発見も容易になりました。この「ひとくちメモ」も、書いた数分後には検索できちゃう。そこで見つけたアイデアをさらに高めて表明すると、さらに別の妄想野郎がもっと高めて公開する。ほとんど妄想のオープンアーキテクチャです(笑)。知の連鎖ですな。

ブログにはいろんなタイプがあって、それがメディアとしての懐の深さにつながってると思ってますよ。未来の自分への手紙という考え方ももちろん生きてます。

どれも20世紀のマスメディアが持っていなかった機能なので、これを使いこなせない産業や偏見を持ってる企業が生き残れない所以です。映画「20世紀少年」が公開されましたが、「21世紀少年」はブログがネタ元になってるかもしれないですよ。

ウチ(ひとくちメモ)もコメント少ない系ですが(*^0^*)、梶芽衣子の戦国ロックの記事が海外の英語ブログで紹介されたりして、そういうコアなネタはコアな読者とつながってて、コメントで確かめ合わなくても通じてたりするんですぅ。ま、人気者になりたくてやってるわけでもないんですけど...。素性の75%は書いてないわけで(^_^;)。

ウチの場合は、世界のどこかにひとりでも強力に反応できるヤツがいるかも!?ってネタをひとつでも多く書ければ最高なんですよね。精神の共振っつーか。

...って、何歳の娘さんを想定してコメントしてんだろうオレ(笑)。本文より長いコメントですんまそん!いつか父のブログがあってよかったと思う日が必ず来ます!そのときは、ありふれた日常の記録のほうが案外懐かしいかもしれません。他の誰のためでもない、父と娘の未来への手紙ってことですわ。

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2008.08.24

ドバトよ!これが犬の灯だ

ジェームズ今朝もベランダ掃除...。このベランダはサブ・ベランダみたいなもので、倉庫に使っていた部屋の外にある。だから人気もなく掃除もしてなかった。えてしてそういう場所が狙われるのだ。

ちょっと逸れるが、大規模な分譲マンションで「第○期分譲開始!」というのがよくある。聞いたところによると、既に数棟建築済みの場合、第1期分譲は建ててすぐ人が住み始めるからいいが、残った未分譲の棟は住人が集まるまでドバトの絶好の営巣地となるらしい。分譲開始前のデベロッパーが掃除はするのだろうが、ドバトの帰巣本能までは消せない。そこまで説明して売っているのだろうか!?あるいは分譲開始まで防鳩ネットで覆ったりしてるのだろうか(カネかかるけど)。

さて、ウチのベランダに戻ろう。昨日あれだけキレイにしたのに一晩で糞の数が10以上あった。殻や実から主食はどんぐりだったことが想像できるが、それだけで一晩にあんなに糞するかね。小鳩1羽なのに。追い立てられるストレスが排泄行動を即すのか?

まぁとりあえず今日もヒナを追っ払って入念に掃除をした。ついでに実家でもらった犬の置物も設置完了(左写真)。ランプをくわえたカタチで、近づくと吠えてランプも光る仕掛け。掃除しながら忘れててオレが自分でビックリしたくらいだから、数日は稼げそう(笑)。

●犬の名は

設置したからには名前を考えなければならない。ならないんだ!どうしようかと30秒考えた結果、ボクのパロディ脳が今回のタイトルである「ドバトよ!これが犬の灯だ」というフレーズを思いつく。これは名匠ビリー・ワイルダー監督の映画「翼よ!あれが巴里の灯だ」から取ったのはいうまでもない。主演はこちらも大好きなジェームズ・スチュアートだ。

ジェームズとなれば、ビリーかジェームズしかないだろう。しかないんだ!どっちにしようかとさらに30秒。ジェームズにした。ジェームズは、ジェームズ・スチュアートだけでなく、「Oh!Mikey」(マイキーのブログはこちら)のフーコン一家の父、ジェームズでもあるから(笑)。

まさにこのシチュエーションやたたずまいは、ジェームズじゃないか!?ジェームズが「そうだ、お父さんは今まさにドバトを追い払おうとひとり戦っているのだ!」と言っているかのようだ。

もちろん営巣地点を忘れない連中なのでいずれ戻ってくるだろうし、ベランダの逆側(営巣地点から対角線の位置)に居ればジェームズは吠えない。「そこは、私の持ち場じゃないからな。はーはっはっはっ!」とジェームズはおっしゃってます...。

また、オレが追い出して掃除をした結果、ドバトの行動範囲はマンション内の他の場所へと移動する。そこでもまた糞をしていたが、そこはオレの専有部分じゃない。管理人の言うとおりベランダ掃除した結果、本当の共用部分に糞をしはじめたわけだ。そのことも管理人に手紙で報告しておこう。

マンション全体の問題として捉えられることが重要だ。それが防鳥ネットの必要性を住民に浸透させ、大規模修繕項目の対象として認識される第一歩となるわけだ。ドバトよ!その旺盛な排泄活動によって、ネットの必要性を説け!そしてマンション管理人から管理会社へ報告させるのだ。マンション全体がドバトの巣になる前に対策をしなきゃならんのだ、と。

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2008.08.23

ドバトとの奇妙な生活...

タイカブと同時に、いや、それ以前からボクの心のなかを占領しているものがもうひとつある。ベランダの鳩だ!

すでに営巣が済み、ヒナも生まれた。もうすぐ巣立つと思うのだが、まだうまく飛べない。追い立てるとやっと手すりの高さまで飛び上がれた。親鳩は最近見ない。ボクの行動パターンをお見通しということか!

タマゴ2つを発見したときにほっといたのが最大の間違いだった。マンションの管理人から掃除しろと張り紙されたが、この時点で既にヒナがおり鳥獣保護法という害獣保護の法律によって巣立つまで手出しが出来ない。早く飛び立って欲しい...。

●ドバトとレース鳩は別モノ!

鳩の帰巣本能が著しく高いってのはよーく知ってる。オレは2003年12月から「レース鳩0777」の復刊を熱望していたひとりだぞ。オレを誰だと思ってるんだ(笑)。0777(アラシ)にはどんだけ感動したことか

もっとも、「レース鳩0777」のなかでもドバト(公園などにいる害鳥で平和の象徴!)とレース鳩とは明確に違うことがしっかり描かれており、まったく異なる鳥だと考えるべきだ。暴走族とレーサーくらいの差があるわけだ。

とにかく夏の旅行&帰省まえからの懸案事項で、留守してる間ひとときもウチのドバトのことを忘れたことはなかった。帰ったらベランダが糞まみれになっていないかと考えると、まさに真夏の悪夢そのものだ!実際は、それほど被害も進んでなかったわけだが。

mixiには「鳩が嫌い!」というコミュニティがあった(笑)。入ろうかなと思ったが、まてまて。レース鳩0777に感動しているオレだ。ドバトが嫌いならいいが、鳩全般というわけにはいかない(何を無意味にこだわってるのか!?)。

●信頼できるのは防鳥ネットのみだが...

それで、とりあえず巣立った後のことを考えた。ことこの期に及んでは、すでにどのような追い払いグッズも効力はない。営巣されてヒナまで生まれたのだ!(>逆ギレかよ)。グッズは時間稼ぎになるだけだと心得よう。

あとは、掃除をマメにしながらドバトと共生するか、防鳥ネットで完全防備するかしかない。薬で延命するか手術するかみたいな選択になるのだ。

だがマンションのベランダが、またややこしい存在だ。専有部分だが共用部分である。ネットはアンカー打ちつけなので、規約によると管理組合の4分の3の賛成が必要だ。かったるいのー。

しかし一応仁義をきってネット設置会社に仮予約を入れてから、それも含めて組合にネット設置許可依頼の手紙を書いた。規約の引用も含めもっとも簡単な手順も示したつもり。それが8月上旬。だが未だに回答がない!管理会社は仮予約したネット設置会社に内偵を入れたようだが、どうなってるのか!

管理規約を厳密に読めば、鉢植え等々の設置だって違反なのだがオレは文句ひとつ言ってないぞ。しかもこっちは住人の生命に関わる重大事態だ。さらにペット禁止マンションなのに、ドバトは放置しろってことにはなるまい。

まぁまだ管理会社からは回答がないのでどーなるかわからないが、いっそのこと大規模修繕計画に入れる方向で無償に出来ないかと画策したりしなかったりラジバンダリ!

防鳥ネットについてはそんな状況だ。ネットは素人がつけると悲惨だよ。鳩の帰巣本能はどんな小さな隙間でも入ってくる。ただ、入ってくるが出口が発見できずベランダで死んだりするぞ。それを掃除するのはこの自分なのだ。

●とりあえずお掃除グッズを買いあさる

さて、そんな防鳥ネットだが、これは侵入防止策であって、その前段階として掃除はしなきゃ。糞は日に日に増えていくのだ!今日は意を決してヒナを避けながら掃除をした。

掃除用に準備したり購入したグッズは下記のとおり。

1)タカギ 伸縮型パチットデッキブラシ G270
2)タカギ コンパクトリール 青 R110FJ

このふたつはタカギというメーカー製でホースとデッキブラシとをつなぐことが可能らしい。つなげばブラシの中から水を出しながら掃除できるわけだが、今回はそういう使い方はしていない。ホースとしては細いけれどノズルパターンのなかのストレートの水圧は結構強かった。ハトの糞くらいなら吹き飛ばせたので、一箇所に集めることができた。乾いたら取り除く予定。またヒナを威嚇しながらの掃除にもこの水圧はちょうど良かった!ただしマンションの高層階の場合、ホースをつなぐ蛇口があるか、ホースがベランダまで届くかを事前に確認する必要がある。

3)バケツ
4)ゴミ袋
5)亀の子タワシ(まだ使ってない)
6)使い捨て防塵マスク
7)使い捨て手袋(髪染めで使うようなヤツ)
8)ゴーグル(使うまでもなかったが)

こんなところか。営巣では小枝をかなり運んできていた。とりあえず水圧でこれを吹き飛ばし、一箇所に集めてゴミ袋へ。排水溝の上に営巣していたため、放っておいたら管理人が言うとおり詰まってしまうところであった。

当分はこれで大丈夫だろう。ドバトとの戦いに一区切りをつけ、次は管理組合との持久戦だー!いや穏便にいきたいけどね。平和の象徴の話だから(笑)。

●平和の象徴の本当の意味

ハトを平和の象徴というのはなぜだか知ってますか!?長崎に平和祈念像ってあるでしょ。エド・はるみの決めポーズみたいな格好してる9.7メートルの平和の像です。あれってドバトの被害がものすごいらしいのよ。だけどドバトは鳥獣保護法で保護されてて簡単に駆除できないのさ。それで行政お得意の美辞麗句でハトを“平和の象徴”に祀りあげ、そこに存在することを正当化して放置しちゃってるというわけ。ま、オレが言いだしっぺの説だけどね(笑)。

行政や国家が耳障りのいいこというときは必ずその逆をやってるっていまや小学生でも知ってるでしょ。昨今の国家的年金詐欺を筆頭に官僚・国家・政治のモラルハザードはここに極まれりって国に成り下がっちゃってて。まさにドバトのような権力者たちが糞をたれながして美辞麗句に守られているのがこの国なのさー。

...そんな風にドバトを巨悪の比喩にでもしなきゃ駆除できないのー。ヒナのやつ、逃げ場がなくなると震えながらクークー鳴くんだよー。ドバトとしての未来しか約束されていない、まだウチのベランダしか世界を知らない、そんなヒナの行く末を思うと、鳥獣保護法がなくてもあまり邪険にもできないのだー。早く居なくなれ!オレが0777(アラシ)と呼び出す前に!

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2008.08.22

タイカブはじめよっかな?

中国株、ベトナム株、インド株...。株の世界ではいまアジアが熱い!でもボクがはじめたいのはタイのカブ。カブはカブでもスーパーカブだ(笑)。マニアの間では有名らしい、いわゆるタイカブ(あるいはタイバイク)ってヤツ。タイ株も熱いそうですが。

母島北港でレンタルバイクのキーシャッターを閉めたがあけ方がわからない!中型二輪免許(現在の普通自動二輪免許)を取ってはや20年ですわ。そしてバイク休眠暦もほぼ同じ20年でした。その壁を打ち破ったのは、母島の旅で乗った50ccのレンタルバイク。その快適な走行に、永眠するかに思えたボクの二輪魂(?)が少し揺さぶられたのでした。

●絶体絶命!キーシャッターの思い出

実はこのときのボクはといえば、キーシャッターの存在を知らず、北港でふとキーシャッターを閉めてしまい、どうやって開けたらいいのかわからずパニックに陥りそうになりました(笑)。指で開けようとして皮がむけてしまいました...。

北港は沖港の集落からバイクで30分もかかる場所。山を越えて行きました。雨も降りました。水分補給も出来ません。通信手段もありません。孤立無援。絶体絶命。そんな状況に「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせつつ冷静に考えました。

まず「借りるとき何の説明もなかったわけだから、おそらくスクーター乗りには自明のことに違いない。」と考え、鍵穴部分を再度眺めると六角レンチの凹側ような形をしている。それも削ったような後が無数についている。オレと同じ境遇の人が結構出たのかもとも考えたが、鍵穴なんだからと鍵のほうを再度点検してみようと取り出した。すると!

命を救ったレンタルバイクのキー(笑)

おおーー!六角レンチの凸側のような形状を発見!すんなり開いたよ。助かった!キーシャッターを何度も閉めたり開けたりしながら、この時ほど生きる希望とか命の尊さとかを噛み締めたことはありませんでした!カギ閉めて噛み締めて(なんだそれ!)。その喜びがボク自身にこの鍵の写真を撮らせたに違いありません!終わってみれば旅の思い出です。

●物色の日々始まる

その後、スノッブなボクは、せっかく中免持ってるんだしぃ、外車がいいしぃ、キーシャッターも開けられるしぃ、みたいな感覚で、台湾スクーターやイタスク(イタリアンスクーター)のアプリリア・スカラベオ125に魅了されて、ショップに観に行ったり、左写真のMOOKを読んだりしてたわけです。

スカラベオ125はめっちゃいいバイクでしたけど、早過ぎた!スピードじゃなくて、出会うのが(^_^;)。20年ぶりのバイクにしてはあまりにカッコよすぎて、コケたらカッコ悪すぎっという思いがよぎった(ま、ちょっと大きくて取り回しも大変そうだったというのもあるけど)。

もっと日々の足として、初心者のつもりで(っつーか完璧な初心者ですが)、壊れなくて軽くてちょっと個性のあるスクーターが無いものかなぁと(結構注文多いか?)探し回った。

一時は国産がやっぱ一番楽チンじゃんという結論に達しそうになった。アドレスV125なんてイチャモンのつけようの無いいいスクーターじゃないの。頭ではそう思っても、なぜか食指が動かない。125ccクラスへの国産メーカーの力の抜きようみたいなものをビミョーに感じてしまうからかも...。選択肢が少なすぎる!

●タイカブを知る

そんなこんなで51~125ccクラスを眺めてみたら、ふとスーパーカブ90が目に付いた。他とまったく違うそのフォルム。そうだ!ボクのバイクの原風景はアメリカンとカブだったじゃないか(いわゆるヨーロピアンじゃない感じっつーか)。それで派手なカウルとか、カスタム系スクーターにまったく興味がないんだった。それに本田宗一郎や藤沢武夫の評伝とか昔から読んでたし。

そんな思いでスーパーカブのサイトを見たら、ちょうど今年が50周年だとか!そしてスーパーカブのMOOKを書店で見つけて購入。すると世界には125ccのカブがあると写真が載っていた。しかも、そのデザインや人気は日本の比じゃないってことがわかった。それ昨日のこと(笑)。

どんなモノでもそうだと思うが、需要が供給を生む。さらに人気と競争がモノの進化や深化を促す。アジアはまるで実用的で壊れない小型自動二輪天国のようじゃないか!

というわけでタイカブをキーワードにいろんなブログ(例えばこんなイカすタイカブログとか)やサイトを巡っていた。楽しー!こうやってネットサーフィンしてるときがきっと一番楽しいんだろうな。

そしてタイカブの輸入販売元ENDURANCEにたどり着き、タイホンダの底力を知る。WAVE125とかDream125とか、新ジャンルって感じっす。結構近くに代理店もありそうで、一気にタイカブに魅せられていく。

しかしさらにいろいろネットサーフして、タイバイクの聖地のようなリバーサイドに行き着いた。す、す、すごい。タイホンダだけでなくタイヤマハとかタイスズキとかタイカワサキまで...。ぷふぁ~。タイは日本メーカーのバイク天国じゃないか(笑)。おいおい国内も同じくらい盛り上げてよっ!

fino@vino mania siteそんななか、タイヤマハのFINOというスクーターが目に付いた。115ccがノーマルだが150ccもあるらしい。標準モデルの色もものすごく洗練されてる。タイヤマハのサイトでおそらく人生初のタイ語サイトを閲覧(笑)。

こんなバイクで街乗りしたら、楽しい季節がもうすぐやって来ると思いませんか...。メットはMOMODESIGNでさー(そこはまだスノッブなのー)。

こりゃショップにタイバイクを観に行くしかないな。でも、財布のヒモはまだまだかなり固い。通勤で使うわけじゃなく趣味用だから、乗ってる時間がないのがネックなのであった。

うーん、バイク好きには物足りず、最終的に興味の対象がタイカブじゃなくなっとる...。どんな人向けの情報だったのかな、この記事?まぁいい。母島から今日までの心の中心にバイクがあるのは確か。その心の機微を実況してみたってことで。

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南硫黄島特集記事ダウンロード

日経サイエンス9月号6月に参加した「南硫黄島シンポジウム」の最後の挨拶で、ちょこっとだけ触れられていたテレビ放送(NHK BSHi)が、いよいよ来週の予定です。

また日経サイエンス(2008年9月号)では、今回の調査の、いや探検の特集が組まれています。

1冊1400円の高額な雑誌(定期購読だと少しお得)なのですが、日経サイエンスは有料で「記事ダウンロード」を行っていて、南硫黄島特集ページ(全19ページ)もPDFファイルでダウンロードできます。700円です。

19ページで700円でも高いかも知れませんが、興味のある記事だけを手軽にダウンロードできる(決済後48時間以内なら何度でもダウンロードOK)というのはありがたいです。早速ダウンロードしてみました。

PDFだけに写真も美しくて文字も読みやすいです。ただひとつ、見開きページが見開きにならない。その原因は1ページ目が無意味な扉(白地に日経サイエンスと書かれているだけ...)になっているから。

せっかくの見開き南硫黄島の写真が、2ページ単独(無意味扉と2ページ目の見開き)、3~4ページの見開きと表示されてしまってます。こうなると、2-3ページにまたがった写真の右側が切れてしまい、違和感が残ります。それが嫌ならダウンロードより雑誌を買えっていう日経からのメッセージなんでしょうかねぇ...。

1ページ目の扉が無ければ見開き表示設定で、1-2ページ、3-4ページ...と見開き表示できるのに、無意味な1ページ目が邪魔になり、その後すべて見開き表示に違和感が残っちゃいます。もしかすると1ページだけ無視して2-3ページ、4-5ページと見開きで表示させる方法があるのかもしれないけどさぁ。アドビ、教えて!

ま、そんな違和感もありますが、記事自体は大変興味深く、私がシンポジウムで質問させていただいたルート工作の図などもあり、読み応えありそうでした(まだパラパラ写真見ただけで全部読んでないので)。

いつも言ってますが、書籍も雑誌も出会った時に入手しないと、なかなか後から入手するのは困難ですので、興味のある記事を見つけたときはとりあえず入手というのが鉄則ではないでしょうか!というわけでご紹介でした。

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2008.08.20

学校の勉強は必要なのか?

小旅行&帰省でずいぶんブログをサボってしまった!また日常的に、いろいろと可及的速やかに解決すべき問題があり、ブログ更新もなかなかままならない状況にある。旅行の音源も少しあるので、おいおいそれもアップしていきたいが、編集している時間が無い。そんなときはドラマ時評だ(笑)。手っ取り早くリハビリをしていきたい。

昨日のドラマ「太陽と海の教室」では、優等生の反乱的風景がテーマとなっていた。学校の勉強は必要なのか?あるいは何の役に立つのか?永遠のテーマだねぇ。それが永遠のテーマとなることにこそ、意味がある行為であること、存在意義のあること、だといえるのかもしれないがねぇ。

学校は「知識のカタログ」であれと一貫して主張してきた私だけれど、いまや知識のカタログですらなくてもいいかなと思ったり思わなかったりラジバンダリ!カタログレベルの知識はネット社会のなかに既にあるから。

学校はもっと生臭い、ヒトとヒトとのコミュニケーション訓練の場所だったりするかもしれない。長屋とか村的な社会コミュニティが崩壊しつつある現代社会のなかで、学校は結構貴重な「ご近所」的つながりを保てる装置かもしれない。

そういう付き合いが嫌いなヒトは確実に増えていると思う(オレもそうだし)。しかし、そういうコミュニティが実は社会の原動力だったり、ヒトが根源的に持っている帰属意識の規模だったりするように思う。精神のふるさとみたいな感じで。

都市生活者のチルアウト趣味みたいな“ヴァーチャルな田舎幻想”(笑)とは違う、学校という「場」を持つことで得られまた避けられないリアルな関係性、それがヒトの生きる力を強化するシナプスの役割を果たす可能性はあると思う。織田裕二がやってる先生って、そういうリアルな関係性の具現化ってことかなと思ったりして。

もっともそんな役割が何も「学校」である必然性はないわけだが、これはもう歴史の連続性としか言いようの無い存在として既にある「学校」の、今日的意義の変化(または進化?)として捉えてはいかがだろうか?そのように活用してみてはどうかという提案でもある。

と、学校の一側面を肯定しつつ、私のメインの主張は、およそ7年前に書いた学校論(未完のまま7年放置...)に死ぬほど長文で示してある(^_^;)。徹底的にヒマで学校論に興味があるヒトだけご覧ください。この文章のテーマと、昨日の「太陽と海の教室」のテーマとが酷似していたので、個人的にはドラマを楽しく鑑賞できた。

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2008.08.05

「島へ。」9月号は小笠原特集!

島好き・島旅ファンのための雑誌「島へ。」(海風舎刊・隔月刊)の9月号は小笠原特集号だ!特集のテーマは「小笠原で深呼吸。」

このひとつ前の7月号では返還40周年記念大使の辰巳琢郎さんインタビューが載っていて、母島へ行く前に読んだ。そして今月、オンシーズンに特集を組まれたりして、今年は小笠原イヤーだねぇ。

9月号を早速読んだけど、母島はぜんぶ知ってる場所だった(笑)。それがなんとなくうれしい。また、記者さんのお気に入りナンバーワンの場所もやはり石次郎海岸だったようだ。いいよねぇ、石次郎!波の音も最高だぜ。イヤフォンで聴くとさらにいい。

石次郎海岸のなにがそれほどいいのか。まず近い(笑)。ははじま丸で入港するときに目視できる。そして行ってみると、そのこじんまりとしたプライベート感覚にホッとする。このくらいのサイズに癒されるのは日本人だなぁって思う(^-^)。

波は凪いでいて、耳を澄ますと、左右の岩壁にあたる水音の“ポチャポチャ感”がステレオ(さらにバイノーラル)で展開される。ほんとにいい音が録れたっすよ。ジョー奥田さんにもmixiで褒めてもらって、なんだかハナマルもらった小学生みたいな気分っすよ(笑)。

母島の玄関口は沖港の船着場なのだが、石次郎海岸はそこに隣接した玄関ホールといった趣きかもしれない。玄関がきれいにしてあるお宅って品があるじゃない。

ボクが着いたその日に訪れたからそう感じたのかもしれないが、ここから旅が始まる、そういう期待感を得られる空間だった。あるいは、出航の日、ちょっと早起きして行ってみると、ああいい旅だったなぁとシミジミ思えそうな空間、それが石次郎海岸じゃないかな(船に乗り遅れないように...)。

ははじま丸からみた石次郎海岸

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2008.08.02

コイズミ厚労大臣ならサプライズだったのにぃ

福田首相の自称“安心実現内閣”が発表された。

「安心」とは「心配不安がなくて心が安らぐこと、また安らかなこと」らしいのですが、心の平穏なんてのを実現させる政治ってどんなことすんの?スピリチュアル内閣ってこと?

義務教育で洗脳でもはじめてみますか?あ、道徳教育で既にそれははじめてるって(笑)。とりあえず、最高であと1年しかない政権で、「安心」なるものが本当に実現できるのか、見ていこう。とりあえず「安心」って何なのかくらいは知りたいね。

サプライズがなかったのも、心の安らぎの現われか(って首相の心の安らぎ実現内閣か?)。

厚生労働大臣にコイズミを復帰させたら、どデカいサプライズだったのになと思った。コイズミに「年金もいろいろ。役人もいろいろ。」とか「イタミに耐えてがんばってください!」とか「悔しかったら役人になってみなさい」とか言わせて、あえて物議をかもさせたらいいのに。

いま噴出している諸問題の元凶はコイズミ政権だった。ボクはコイズミ政権発足時からずっとそう言ってたわけでぜんぜん驚かないけど。そのコイズミをあえて厚労大臣にカタチだけ据えて、責任とってコイズミに大臣やめさせて、それと引き換えに年金問題は幕引きってシナリオがいいのにな。国民が自分で選んだコイズミだったわけだし、いまの詐欺的な国家運営の増長はその選択の結果でしかないんだし。

詰め腹切っても痛くないヒトにいかにも痛そうな顔をさせて、バター取引で自分有利に持っていくってのがヤクザの常套手段。それは政治も同じじゃない。国民なんて顔色しか見てないんだからカンタンカンタン!小指だってつながったままだ。カッコよく復帰して物議をかもしてカッコよく辞めてまたオペラ三昧の生活に戻ればいい。

どうせ支持率あがらないなら、イタミをぜんぶ国民におっかぶせて政権放り出すのがババ抜きの鉄則だ。モラルなんて宇宙へポイッ!そうやって大きな問題は全部格差社会の下層が背負って死んでゆき、ほとぼりが冷めたところで、またケロっとシレっと政権に復帰する。

ボクが知ってるニッポンは一貫してそうやって運営されてきた。官僚国家とはそういう国家だ。官僚の継続性こそが国家なのだから、民は二の次三の次。いや、次ですらないのかも。民って数値でしか見えないんだから。

拉致問題なんて本気でやるはずがない!数から言ったら誤差の範囲でしかないんだから。どっちかっていうと、その誤差にギャーギャー言う人々の騒音指数に興味があるに違いないんだ。まぁ、その騒音のパワーが運営のベクトルを変えていくのも民主主義ではあるのだけど。

ちょっとまえのTVタックルSPで、共産党の入党者が急増してるって話題だった。世の中面白いな。そっちのほうがよっぽどサプライズだし、大衆のダイナミズムを感じる事象だと思う。

何十年も生きてると、そういうダイナミズムを目の当たりにし、心躍るかさらに保守的になるか、どっちかだ。もっとも心踊りつつ建前は保守的ってニッポン人もオオイノヨ(笑)。そういう使い分け世代に早くご退場いただいて、新しい社会を作るには、この混迷する時代も必要悪かもね。新しい社会を目に出来るくらい生きられればいいなぁ。

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2008.08.01

旅本『地球を抱いて眠る』

小笠原諸島からの帰りのおがさわら丸は、同じ25時間半とはいえ、行きのときと気分が違う。帰らなければならないと思うと、その25時間半が長く感じてしまう。

もちろん旅の思い出や知り合った人たちとのおしゃべりなど、復路ならではの時間の使い方もある。宿で出会った磯釣りの達人の男性(2航海くらい)は、小笠原で毎日釣り三昧、日本中に磯釣りしに行っている。帰りの2等船室でも隣同士になったので、いろいろとおもしろい話が聞けた。また旅の達人的な人もいて、沖縄で知り合った友人が今度は小笠原でバイトしてると聞きつけ小笠原にやってきた(3航海くらい)という20代くらいの女性とも話した。

だが、オレは明石家さんまじゃないので(笑)、25時間半はしゃべりつづけられない。録音してきた波の音のSDカードをZENに挿して聴いたりもした。寝る前にはいいが、帰りは起きてからも長く、そういう中途半端な時間を埋めるにはやはり読書が一番しっくりくる。読書にも酔い止めは欠かせない

駒沢敏器さんの著書『地球を抱いて眠る』(小学館文庫)は、母島の旅の帰りにうってつけの旅本だった。著者の駒沢敏器さんは、かつてSt.GIGA(セント・ギガ)という一風変わったラジオ局でスタッフだったことがある。

セント・ギガと聴いて、懐かしさにトリップしてしまいそうな人がたくさんいるように思う。日の出日の入りでタイムテーブルが決まり、その時間帯に合った自然音などを流していた。銀河鉄道のようなラジオ・ステーションだった。

そこでの駒沢さんの仕事は「放送に詩のような文章を添える」ことだったそうだ。セント・ギガで言葉を聴いた記憶がない。いま駒沢敏器さんの文章を読んでみて、当時その詩のような文章を聞いてみたかったと思った。

旅の情景を感性と論理との絶妙のバランスで捉え、伝えるべき出来事のチョイスが大変心地いい。ボクの好きな雑誌の編集者だったこともある駒沢さんならではの選択眼は、ボクの感性ともシンクロするかのようだ。

特に今回は自然音の録音というメインテーマでの母島だった。それだけにこの本の「屋久島の森に風鈴」の章は興味深かった。そこでの録音スタッフは「音の視点から自然を視る」と呼ばれる動き方をして、カメラマンならまず行かないような場所を選んでは自然の音をチェックする。その気持ち、わかるー(笑)。

音の視点から自然を視ると、地球がまったく違った性格を見せてくれる。ボクは以前、ラーメンマップというフィルターを通して和歌山を見ると、まったく新しい魅力が見えてくることを書いたことがあるが(笑)、世界はさまざまな意識のレイヤーによって、これほどまでに違うのだと知ることが旅をより楽しくしてくれる。ラーメンでも自然音でもなんでもいい。ひとり旅の場合、視点がマニアックなほどにオリジナルなのがいいと思う。

『地球を抱いて眠る』は読む時と場所を選びそうな本だ。旅本にはそういう本が多い。旅の途中に読んでこそシンクロできたりする。通勤電車で読めないかも(^_^;)。気分が乗らないからもったいない。

また、最初のエピソードが自分自身へのインナートリップという特殊な(スピリチュアルな)内容なので、ここで引いちゃうと先が読めないかもしれない。ボク自身はスピリチュアル系のヒトじゃないのでちょっときつかった。しかし、25時間半のおがさわら丸復路という特殊な状況(笑)のなかだったので読み進めた。その後のエピソードは旅本として気持ちよく読める内容だったし、文章がほんとに心地いいので駒沢ファンになった。「禅とオートバイ修理技術」が出てくるエピソードもあって、うれしかった。

駒沢敏器さんの著書では『語るに足る、ささやかな人生』(小学館文庫)も読み始めている。こちらはアメリカのスモールタウンばかりを旅した本で、駒沢文体が本当にいい。こっちは通勤電車でも読めそうだ(笑)。

ネットで読める文章もあった。草思社がやっているWeb草思で「58号線の裏へ」だ。第10回からのココイチのエピソードが良かった。ココイチがブンガクになった瞬間に遭遇できる。こんな風に旅を文章に出来たら楽しいだろうな。

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