歩くのが速すぎる
今度行く旅のテーマはスローライフ。なのだが、長らく都会生活を続けているために、歩くスピードがあまりに速すぎることに気付く。逆に遅く歩こうとすると難しい。つい足が出てしまう。足首が固いというのもあるだろう。ゆっくり歩くには関節がほぐれている必要がある。スローライフもなかなか難しいものだ。ゆっくり歩く練習をしなければ。
さて、前の記事「砲丸投げ」のコメントで、中学時代をスポーツマンとして過ごせたウラに秘密があったことをカミングアウト(?)した。その秘密とは!?
ま、秘密というほどでもないのだが、キーワードは「旅」だ。
名づけて「少年の船ダイエット」だ(笑)。
小5のころ(前に6年と書いたがたぶん5年が正しい)「少年の船」というイベントがあった(いまもあるようだ)。山口県の小学5,6年生と青年リーダー数十名が班を作り、船で本州一周するものだった。徳山港を出発し、神戸ポートタワー、国会議事堂や東京タワー見学、北海道でジンギスカン、佐渡島で地元小学生との交流会、日本海船上で旅の思い出発表会、みたいな流れだったと思う。
確かボクは応募ギリギリ(もしかしたら過ぎてた)の最後の最後に、主催する政治家(本人か後援会かは大人の問題なので知らない^_^;)に、母が頼み込んで混ぜてもらったように思う。それで最後の24班だった。この班の青年リーダーは若くてオモロイ女性3人組だった。
船底の雑魚寝部屋だったが、とにかく初めての船の旅でもあり、前半は旅行気分で楽しんだ。初めて会うメンバーばかりだったが、すぐに仲良くなった。
佐渡島の交流会のために名刺を作っていた。たしか旅の手引きでは5枚程度となっていたが、サイボーグ009の絵を描いて20枚くらい作って行ったので、船のなかでも配ったと思う。このときの名刺交換の記憶が、いまでもオレにプライベート名刺を作らせるんだと思う。
佐渡島の交流会まではほんとに楽しかった。だが島を出るとどこにも寄港せず、日本海の荒波にもまれながら一路山口県へ向かった。そして酔った...。
酔ってないメンバーだけで思い出発表会のための絵を模造紙に描いていた。オレらの班は東京タワーの絵かなにかを描いていたと思うが、オレは酔ってそれどころでなく、まったくノータッチだった。
だが、この船酔いでの飯も食えない状況がオレの身体をソリッドに改造したのだった。この船旅が終わってからは陸の王者と化し(笑)、短距離選手となり、リレー選手にもなり、ついでに水泳のリレー選抜にも...。身体が軽かった!
もっとも、あいかわらずクラブ活動はインドアな新聞クラブで、6年生のさこ・まゆみ先輩(イニシャルだけでなく、顔もソフィー・マルソーに超似てた!)と二人で「恐怖新聞」なんてつのだじろうの漫画をパクッたタイトルの3,4年生向け学年新聞を作っていた。オレが勝手な数字を言ってラッキーデー占いコーナーを作ったりしていた。後輩諸君、めんご!
つまり、回りくどい話をしたが、この船旅こそが肉体改造の秘密だったわけだ。そして、新陳代謝の激しいお年頃のオレは、小6~中3まで、このスポーツマンの季節を維持でき、謳歌したわけだ。
だが進学校の水が合わなかったのか、高校時代には徐々に音楽と絵画と映画とパソコンの世界へ傾斜していく。あるいは現代思想とかポストモダンとか、スポーツのすがすがしさが入り込むスキのない、小難しい知的世界へ接近していった。
とにかく受験システムという仮想敵に対して無意味で孤独な闘争を展開し、閉塞した高校時代を送るハメに(笑)。閉塞感は太る!ストレスは太る!そして太るとより閉塞感が強まる。そういう無間地獄のような世界だった。
だが、受験から解き放たれて一人暮らしを始めたら、あれよあれよという間にやせた。食べるのが面倒だったから(笑)。だが、暮らしに慣れるとまた太った。社会人になると、ストレスもあれば閉塞感もあれば、いろんなことがあり、さらに遊ぶカネまで手に入り(バブルだったし)、着実に自己記録を更新しつつ、いまにいたるわけだ...。
というわけで、今度の旅は、船に乗る(笑)。片道28時間程度。小笠原諸島の母島へ!酔うぞー!酔って5kgやせるぞー!...いや、決してそういう目的じゃないが。
休みを取った予定を聞かれたら、「都内にいます」と応えている。ウソじゃないし。ただ世界で一番遠い国内旅行であることは確か。本当に楽しみだ。
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