翻訳携帯が欲しい
今朝のTBS「がっちりマンデー」、話題は携帯の未来について。先端技術とか未来を思い描くの楽しい。21世紀が思い描いた明るい未来じゃなかっただけに、さらに未来を夢見たいと思った。
携帯はよりビジュアルな方向へ進んでいくようだ。でもボクは「電話」本来の機能だった「通話」の部分を広げて欲しいと思ってる。そのひとつが全世界の人と言葉の壁を取り去る夢のマシン=翻訳携帯電話だ。
エスペラントという世界共通語構想がかつてあった。日本でもエスペラントを教育に取り込もうという機運が高まった時期もあった。いまでもエスペラント構想に共感して話せる人々はいて、世界中で会話しているようだ。
エスペラントは人工言語でどの民族にも属さないひとつの理想の具現化だったけれど、日本人から見るとやはり敷居は高い。別の言語を覚えるという負荷は他国語を覚えるのと基本的に変わらない。エスペラントのコンセプトは「これを覚えれば世界共通」という標準化と圧倒的規模拡大の部分だったが、それを覚える人が決定的に少なければ絵に描いたモチになってしまう。ある意味、一部の人だけが理解できる暗号になってしまった。
ピジン・イングリッシュ(pidgn English)というのもある。これはオセアニアあたりで使われている変形英語だが、とりあえずの意思疎通のツールとしての英語といえる。前に柄谷行人さんが、英語なんてもともとピジンだといっていた。だから共通語になりえるんだとも。例えば共通英語でcomeの過去形はdid comeでいいじゃないかというのは、オレもそう思うが、しかしこれにしても英語という日本語から程遠い言語を下敷きにしている。
私が思い描く翻訳携帯の場合、母国語をもとにした人工言語を作って、機械を通すことで翻訳して相手に伝えようという部分がキモだ。メリットは、母国語の文法を下敷きに母国語で話すため、覚える負荷が格段に小さくなる。
また、ある意味各国語の文法をインデックス化するので、逆に相手国の言葉や文法を理解する手がかりにもなる。人工語からネイティブ言語へと外国語学習の新しい学び方の提案でもあるわけだ。
しかしいわゆるスラングなどの問題があるので、各国は携帯用のグローバル母国語を開発し、小学校から国語と同時にそれを教育する。その論理体系を国連で標準化し、その仕様に対応している各国語間であれば、意思疎通が出来る。そんな文化・政治的な後押しが不可欠だ。国連の平和利用にもなるんじゃないか。
いったん携帯用文法が出来上がれば、そこからは各社競って応用が効くように改良できる。例えば一人称を「私」だけでなくオレ、うち、など自分らしさの登録ができたり、スラングだって体系化可能かもしれない。
第三の言葉を作ろうとすれば必ず軋轢が生まれる。できるだけ自国に有利になるような仕様を盛り込もうとして破綻する可能性が高い。しかしそれぞれが個別に体系化してそれをつないでいくというのは、グローカル(グローバル+ローカル)な取り組み方じゃないかと思うのだが、どうだろう。
正月でもないのに夢見ちゃったな。
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コメント
エスペラント、なんだか既に懐かしい響き…
せっかく作ったんだから、これを使って、
発信をかける側の「母国語」で通話→各国の「母国語」を電子信号化→信号を読み取ってエスペラントに変更→エスペラントも信号化→先方の国名を選んで信号を自分の「母国語」に変換して受話
なんだか実現できそう…じゃない?!
エスペラントを話す人たちがスキルの一つとして仕事の需要もできるしさぁ。
投稿: 紫苑 | 2005/11/19 20:43
そうか!エスペラントはどの言語からも等距離にある共通言語なんだから、どの国の言葉もエスペラントには翻訳可能なんだ。エスペラントを中間言語というか変換言語として使えれば、これから新しく標準化作業をする手間はないな。
世界中のエスペラントな人々が技術の進化によって本当に世界をつなぐ可能性を持てるじゃないか。ステキだ!
ボクがあるプロジェクトで音声ブログ的な企画(VPP=ボイス・ポート・プロジェクト=音声の港構想)を提案したのは2000年だったから、この構想もたぶん5年後くらいには現実的になるかもしれないね。
そのときはぜひこの記事にインセンティブをもらいたいな。欧州共通通貨ユーロで(笑)。
投稿: ポップンポール | 2005/11/19 23:21