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15 posts from November 2005

2005.11.27

濃いのタイゾウ8210

作詞:ポップンポール 元作詞:阿久● 作曲:井上忠●

MC(自民党50周年大会宣言したタイゾウです!)

ニンニンニニン ニンニンニ ニンニン
ニンニンニニン ニートジャナイ

ニンニンニニン ニンニンニ ニンニン
ニンニンニニン ニートジャナイ

明日は卒業式だけど
式に出てたらニートじゃない
職を探してあせりつつ
電話してたらニートじゃない
まして自民党で面接うけてりゃ
ワーオ!(ニートじゃなーい)

 ニートが好き 死ぬほど好き
 その票うけとめて みたいよ
 男らしく いいたいけど
 タケベにとめられて いえない

ニンニンニニン ニンニンニ ニンニン
ニンニンニニン ニートジャナイ

ニンニンニニン ニンニンニ ニンニン
ニンニンニニン ニートジャナイ

暗記するのはへただけど
これは一生忘れない
僕と世間をつないでる
たったひとつの ものだから
僕のキャッチフレーズ 
8210(ハチニイイチゼロ)
タイゾウ8(ハ)!210(ニートー)!

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2005.11.26

チャン・ドンゴンに似てる?

知人のH氏から、H氏の奥さんの伝言を伝えられた。奥さん曰く「ポップンポールさんは(中略)チャン・ドンゴンに似てる」とのことだった!

「すごいこと言い出しましたね。うれしいですねぇ」とお応えした。韓流ブームにはいまいち乗っていない私でも、チャン・ドンゴンくらいは知っている。大昔にイングリット・バーグマンに似ていると言われたとき以来の衝撃だった(笑)。

外国生活が長い奥さんなので、東洋人はみんな同じに見えるのかとも思ったりしたが、実は(中略)の部分に一言余計に入るのだ。

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2005.11.25

壊れかけのMansion

作詞:ポップンポール 元作詞・作曲:徳永英●

何も聞いてない
何も聞かせてくれない
なかの柱が基準より
細くなってたからなのか

夢にまで見ていた
初めて買った新築マンション
いくつもの手抜き工事が
いくつもの危険を作った

 地震時に高層から
 瓦礫にかわる
 ヒビ割れ探していた
 汚れもない時期に

 謀られた行き場のない
 押し寄せる憤りに
 本当のところ教えてよ
 壊れかけのMansion

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2005.11.23

危険なアネキについて書いてみる

「姉さん、事件です!」

と、高嶋弟を見るといまだにこのセリフを想像してしまう私だが(笑)、ドラマ「危険なアネキ」のアネキは伊東美咲で高嶋弟のドラマ「ホテル」とは無関係だ(と思う)。

♪おしえてーくだーさいー
♪今度の月9は面白いのか...

と、思わず「防人の詩」を口ずさんでしまいたくなる森山未來。ドラマでさだまさし物語を撮るなら、主演は君だ!

結局、今週観てやっとわかったことは、「危険なアネキ」は「キャンディ」だったってことなんだ。だからこのドラマレビューはキャンディーのとこを読んで欲しい(笑)。雰囲気は伝わると思うし、それが伝われば超オッケーなドラマなんだと思う。伊東美咲のひとつのキャリアとして観ておこうと思う。

毎クール、ドラマについてなんらかのコメントを残してきたが、今回は時間もなく、なかなか書けない。書きごたえがないわけでは決してなく、「花より男子」の井上真央は前から超有望株だし、嵐の主題歌はアイドル歌謡の王道のようなアレンジで、かなり好きな曲だ。

「ブラザー☆ビート」だってドラマとしてよく出来てるし、ついに来た北川弘美主演「嬢王」だって面白いし。「嬢王」のエンディング曲も秀逸。いかにもキャバ嬢が癒されそうな曲だ(イメージイメージ)。

「あいのうた」にいたっては、視聴率はまた微妙かもしれないが、そういうときの岡田脚本はすばらしい出来栄えのことが多く(^_^;)、出演陣もさすが日テレという布陣だ。「キツイ奴ら」でドラマの実績もある玉置浩二(古くてすんまそん)や、菅野美穂と岡田惠和のタッグはマニアにはたまらないドラマだと思う。水森亜土みたいな演技をみせる(笑)和久井映見論は、まえに書いた山口智子論と同じように書くことすら出来ると思う。唐突だが木村佳乃と和久井映見は、ある時点から完全に代わった。女優として脱皮した。そういう趣旨で書きたい(けど書いてる時間がない...)。

というわけで、無い時間を割きつつかなり本気で観てはいる。これから終盤にさしかかるが、とりあえず月9は来年の「西遊記」も含めて観ていくつもり。これも時代のヒトコマってことで。

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映画「石井のおとうさんありがとう」

大原美術館先週、アフィリエイトに多くのアクセスをいただいた記事があった。ホームページに昔書いた記事だったのだが、検索エンジンの進歩のおかげか、こういう昔の記事にアクセスが増えるというのは感慨深い。またそのアクセスによってこちらが気づかされることもあってありがたい。

その記事は「大原孫三郎にみる教育」という小さい記事だ。私は城山三郎文学のファンで、その流れで「わしの眼は十年先がみえる」を読み、大原孫三郎という偉人の存在を知って好きになった。

倉敷中央病院大原孫三郎は大資産家だが大散財家でもあり、さまざまな社会貢献をしている。そのひとつが倉敷を戦災から救ったとも言われる大原美術館(左上写真)であり、倉紡中央病院(現在の倉敷中央病院・右写真)だ。この写真は今年の夏に倉敷を再訪して撮ったスナップ。

最初に倉敷を訪れたときは5時間しか時間がとれず、とにかく大原孫三郎についての情報だけを探し回っていた。その後、孫三郎の偉業の数々を知るにつけ、ほかに2人の人物に興味を持った。それが画家の児島虎次郎であり、今回紹介する映画の主人公・石井十次だ。

児島画伯については2001年にホームページに書いた(こちら)。私は芸大を目指していた時期もあり(いろんなとこ目指しては挫折してるでしょ^_^;)、美術への興味と大原孫三郎とから児島虎次郎に興味が広がるのは自然な流れだったと思う。

もうひとりの興味の対象であった石井十次について描いたのが映画「石井のおとうさんありがとう」だ。

大原孫三郎を描いた小説について1997年に書いた。2005年になってそこへのアクセスが目立った。なぜかなと検索エンジンで石井十次について検索した。そしてこの映画の存在を最近知ったというわけだ。だからこの映画はまだ見ていない。

城山三郎氏の小説では、孤児院設立への熱意だけで生きている(そのために孫三郎に出資させようと熱弁をふるう)ものすごい豪傑に描かれていた。映画では、マツケンサンバの松平健が石井十次、辰巳琢郎が大原孫三郎を演じている。こう聞いただけで、とりあえずは見る価値があると思った。

私はクリスチャン系幼稚園出身でもあり(いろんな宗教まざってます^_^;)、教育にもそれなりの興味を持っていたけれど、どうしても宗教家というと色眼鏡で見てしまう。変な宗教が多い世の中に生きているからなぁ...。

だが宗教とは生き方であり哲学だとも思う。それはひとえに個人的なものである。他人の宗教に入信することは仕手相場に提灯をぶら下げるようなもので私には意味が無いように思う。すべては自分(個)のなかで苦悶し、どう生きていくかを見つける手段のひとつだと思う。「人が死ぬときはひとり」というのが私の究極の哲学かもしれない。

石井十次とは、まさに自分自身を生きた宗教家ではないかという気がする。日本初の孤児院創設に一生を捧げた。誰にでも出来る仕事ではないし、パトロンとして大原孫三郎と接触した戦略もみごとだ。宗教にこだわらず、なにか得るものがある生き方かもしれない。

グラン・マスクの男話は変わるが、孤児院といえばメキシコに暴風神父フライ・トルメンタというプロレスラーがいた。ジャン・レノ主演で「グラン・マスクの男」という映画にもなった。彼は自身が運営する孤児院の資金を、ルチャ・リブレのマットで稼いでいたのだ。

以前来日したとき、リングへの入場は彼のドキュメンタリーをやった関係でTBSの番組のテーマ曲が流れたが、退場するときは私の友人が作曲し私が編曲・録音した孤児院の子どもたちのための曲を流してもらった。このテープはフライ・トルメンタに持って帰ってもらった。いろんなエピソードがつながっていくのは楽しいな。

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2005.11.22

ポークソテー

焼きりんごが乗っかったポークソテーを食べたが堅かった...。

りんごの味はポークソテーには不釣合いだったが、
それでも乗っかっているのは肉のやわらかさのためだろ!?

この焼きりんごの存在意義はいったいなんだったんだ...。

職務怠慢だぞ、焼きりんご!
かたくなな肉も連帯責任だ!
(横で黙ってたポテトは許す)

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2005.11.20

間に合った...

11/17は何の日?ソフィー・マルソーの誕生日!そうそう、それは確かにそうなんだけど、今年の11/17は、G(グラビア)ザテレビジョンの創刊号発売日でした。

目当てはなんといっても、「やりすぎコージー」プロデュース!大橋未歩アナのグラビア8ページです。もう発売日から2日も経っててあせった。それに今日は自宅に帰ってきてて、出不精の私が1冊の雑誌のためにまた出かけるなんてありえない!

しかしアマゾンの雑誌コーナーを見たら2800円のプレミア価格になってたし(さっきみたら2980円に上がってた)、今日は「やりすぎコージー」オンエアの日。この入手困難さと今日が放送日だということが、私を書店に向かわせました。

そのとき聞いていたキンキンのサタデーラジオ(略してキンサタ)を録音モードにして(やりすぎコージー待ちのいま聞いてます)、いくつの本屋とコンビニをどの順番で回るかを考えながら駅前書店へ向かったら、思いが通じて2冊ありました。

フタリ(vol.1)2冊とも買っちゃうか!?と思ったけど、おなじ思いの人に悪いので1冊だけ購入し、もう一冊は岩佐真悠子やしょこたんの写真が載ってる「フタリ」ってグラビアMOOKを購入しました(こっちも創刊号)。

とりあえずいまは大橋アナのグラビアを開いて「やりすぎ」待ちです(笑)。大橋アナの魅力ってなんだろう?心のなさ加減か?この53ページ左下写真のペコちゃんみたいな目か?

女子アナ好きってワケじゃなく、あくまでやりすぎコージー目線な私なのだが、気になりはじめたのはもしかするとモンロー祭り以来かも(笑)。ぜひネイチャージモンとの再共演@築地or森を望む!

11/20追記:ザテレビジョンの綴込DVDも一応チェックしました。大橋未歩アナのDVD映像はありませんので、プレミア価格で購入しようという人は要注意。岩佐真悠子は撮影時スナップ的映像がDVDに入っていてなかなか良かったです。あと小野真弓もファンには持っててうれしいスナップ映像でした。本誌の表紙を飾ってる相武紗季は挨拶だけ。相武紗季ってかな漢字変換を登録しとかないとめんどくさいな(笑)。そのほかの人はノーチェックです。すんまそん。

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2005.11.19

礼服購入

インペリアルの*合冬物*ブラックフォーマル:紳士略礼服:ダブル4B×1アジャスター付き昔の礼服はある事情があって着れなくなっているので(笑)、礼服を買いに行った。友人に言わせれば、アジャスター付ズボンの礼服を購入しておけば、そんな事情など関係ないといわれた。確かにその通りかもしれないが、なかなか「アジャスター付きの礼服ありますか?」と聞く勇気がない(笑)。

そんなある事情を持つ私には、シングルよりもダブルの礼服のほうが合う。マイナス要因のある事情がプラス要因にも感じられるくらいシルエットが決まったとき、西洋文明の奥深さを知る(笑)。さすがボンレスハムのような肉体をしている人々の考えたスーツだ(笑)。(笑)ってばっかりだが、(笑)うしかないだろ...。

高かった...。予算の約3倍の出費だった。「真黒の礼服でモノはいい」と店員は薦めたが、そりゃこれでモノが悪ければ詐欺だ(笑)。それでも2割引きしてもらって裾上げも無料にしてもらった。定価で買ったら予算の3.75倍になるところだった。

カードの2回払いにしたかったが、2回払いはその店のカード会社との契約では出来ないという。2回払いまでは手数料無料なのになんてことだ...ということで1回払いに。手数料といえどもこれ以上ビタ一文払う気はなーい!

店員さんは「おっしゃっていただければサイズの調整はいつでも出来ますから」と見送ってくれたが、そうであれば昔買った礼服のサイズ調整をすれば数千円で済んだのかな?と帰り道にふと思ったりした。まあいいや。

アジャスター付きとは別の意味で、一生モノの礼服にしなければ(笑)。いや、アジャスターが不要な体もついでに目指そうぜ(笑)。ポジティブハートで(笑)おう。

画像はアジャスター付きの礼服です。確かに機能的ではある...。

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2005.11.18

疲労のバロメータ

「12222864」の桁数を数えようと、1の位から数え始めた。

「いち、にい、さん、しー...」

それじゃいつまで経っても何桁かわからないぞ!

と思った瞬間に、疲れてんだなオレ...と感じた。

この疲労バロメータは、結構上位ランクだな。

まえに駅の改札にキップじゃなくて家の鍵を挿そうとしたときに匹敵!

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2005.11.14

土曜はキンキンデー

おまっとさんでした!「キンキンのサタデー・ラジオ」という番組が始まっていた(土曜夜7〜9時・文化放送)。おととい第二回目の放送だったが、キンキンファンにはすごい盛りだくさんの内容だった。かなり面白そうだ。

のっけから「原則的にリクエストは受け付けません。選曲はキンキンがします」って(^_^;)。こんなラジオ番組はじめて聞いたぞ。それも2時間のなかで3曲流れればいいほうで、ほとんどはキンキンのあの早いしゃべりを堪能できるのだ。

確かに今回も流れた曲は3曲くらいだった。そのうち一曲は「キンキンのうつむいて歩こう」って曲(笑)。上を向いて歩こうにインスパイヤされた曲だ(メロディも相当インスパイヤされてた)。マイナスターズ以前にこんなネガティブハートなパロディソングを歌っていたなんて、さすがだ。

番組の終わりのほうなんて、スタッフが曲はもう流れないなと油断しているところにいきなり進行どおり曲の紹介を始めたもんだからレコードが間に合わなかった。そんなラジオ番組ってなかなかないぞ。そこをつなぐトークがまたキンキンらしさでファンにはたまらない。

番組の構成もなんだかすごくて、最初は「あなたのおめでたい話をお寄せください」っていう、いかにもラジオっぽいネタふりから始まった。番組のうしろではじゃんじゃん電話が鳴ってたり、途中でたい焼きなんかの差し入れがあったり、かなりフランクな雰囲気なのだが、後半はいきなりパックインジャーナルつながりで日刊ゲンダイの二木啓孝さんがゲストで来て、ラジオ版パックインジャーナルかというくらい北朝鮮問題の話題を延々やってた。

このフリ幅はすごい。なるほど・ザ・なんとかってコーナーもあったし、もう持ってるカードは全部出しますって感じなのだ。キンキンのしゃべくりに乗せられて、最初のおめでたい話やらニャンコ先生から後半延々と続く北朝鮮問題まで自然に進行してしまう。まったく違う番組になってしまうのだが、これがあるのもやはりキンキンならでは、ラジオならではだと思った。

キンキン(愛川欽也)ファンというと結構高い年層が多いのかと思っていたが、かなり幅広い。なんでかなーと考えるが、確かに長寿番組の司会者としてお茶の間に浸透している。11PM(日テレ)、なるほど・ザ・ワールド(フジ)、アド街ック天国(テレ東)の3本だけでも、かなりの年層をカヴァしてる。ラジオファンにとっても、パックイン・ミュージックのDJ時代からの根強いファンがいるようだ。

サタデーラジオではいなかっぺ大将のニャンコ先生ファンからの電話も多かった。曲のリクエストには答えないが、ニャンコ先生の声をやって欲しいというリクエストにはお答えして「キャット空中三回転」を連呼していた。いまでもこのハイテンションはすごい。

私自身は、等身大のロバ君(おはようこどもショー)のぬいぐるみを抱いて寝ていたときからキンキンのファンだ(当時はキンキンがロバ君だとは知らなかったが)。いまは朝日ニュースターの「パックインジャーナル」ファンだ。このファン歴のフリ幅もすごいだろ(笑)。これから土曜はこの番組を見てから夜はラジオを聴くという生活になりそうだ。どっちも録画・録音して見聞きすることになりそうだが。

今回は友人と車の中で聞いていたのだが、キンキンとケロンパの早口ご夫婦は毎日うるさいだろうなという話題になった。だが逆にケンカしても、二人ともあれだけしゃべりまくるとストレス解消できそうだから、それが円満の秘訣なのかもとの結論が出た(笑)。

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2005.11.13

翻訳携帯が欲しい

今朝のTBS「がっちりマンデー」、話題は携帯の未来について。先端技術とか未来を思い描くの楽しい。21世紀が思い描いた明るい未来じゃなかっただけに、さらに未来を夢見たいと思った。

携帯はよりビジュアルな方向へ進んでいくようだ。でもボクは「電話」本来の機能だった「通話」の部分を広げて欲しいと思ってる。そのひとつが全世界の人と言葉の壁を取り去る夢のマシン=翻訳携帯電話だ。

エスペラントという世界共通語構想がかつてあった。日本でもエスペラントを教育に取り込もうという機運が高まった時期もあった。いまでもエスペラント構想に共感して話せる人々はいて、世界中で会話しているようだ。

エスペラントは人工言語でどの民族にも属さないひとつの理想の具現化だったけれど、日本人から見るとやはり敷居は高い。別の言語を覚えるという負荷は他国語を覚えるのと基本的に変わらない。エスペラントのコンセプトは「これを覚えれば世界共通」という標準化と圧倒的規模拡大の部分だったが、それを覚える人が決定的に少なければ絵に描いたモチになってしまう。ある意味、一部の人だけが理解できる暗号になってしまった。

ピジン・イングリッシュ(pidgn English)というのもある。これはオセアニアあたりで使われている変形英語だが、とりあえずの意思疎通のツールとしての英語といえる。前に柄谷行人さんが、英語なんてもともとピジンだといっていた。だから共通語になりえるんだとも。例えば共通英語でcomeの過去形はdid comeでいいじゃないかというのは、オレもそう思うが、しかしこれにしても英語という日本語から程遠い言語を下敷きにしている。

私が思い描く翻訳携帯の場合、母国語をもとにした人工言語を作って、機械を通すことで翻訳して相手に伝えようという部分がキモだ。メリットは、母国語の文法を下敷きに母国語で話すため、覚える負荷が格段に小さくなる。

また、ある意味各国語の文法をインデックス化するので、逆に相手国の言葉や文法を理解する手がかりにもなる。人工語からネイティブ言語へと外国語学習の新しい学び方の提案でもあるわけだ。

しかしいわゆるスラングなどの問題があるので、各国は携帯用のグローバル母国語を開発し、小学校から国語と同時にそれを教育する。その論理体系を国連で標準化し、その仕様に対応している各国語間であれば、意思疎通が出来る。そんな文化・政治的な後押しが不可欠だ。国連の平和利用にもなるんじゃないか。

いったん携帯用文法が出来上がれば、そこからは各社競って応用が効くように改良できる。例えば一人称を「私」だけでなくオレ、うち、など自分らしさの登録ができたり、スラングだって体系化可能かもしれない。

第三の言葉を作ろうとすれば必ず軋轢が生まれる。できるだけ自国に有利になるような仕様を盛り込もうとして破綻する可能性が高い。しかしそれぞれが個別に体系化してそれをつないでいくというのは、グローカル(グローバル+ローカル)な取り組み方じゃないかと思うのだが、どうだろう。

正月でもないのに夢見ちゃったな。

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2005.11.12

紙一重

杉村太蔵・衆議院議員は言いました。

ニートもフリーターも衆議院議員も紙一重

議員には学習意欲もなく、労働意欲もないってことか...。

言えてる!

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2005.11.10

天皇を世界遺産に登録申請してみては?

女系天皇を認めるか否かで、なんだか偉い人々が議論しているみたい。
テレビ見てたら男子にこだわる人がY型染色体の話までしてた。

そんなに万世一系の男系遺伝子にこだわるなら。
いっそ世界遺産登録申請してみたらどうだろう。

分類上は複合遺産と危機遺産に属することになる。
世界的に認められれば、自他ともに認める日本の象徴となれるかも。
世界にあきれられるか大逆転ホームランになるか、賭けてみないか!?

個人的な感想をいえば...。
豊かな自然を破壊し続けるこの日本で、なにが万世一系だって感じだ。
どれだけ取り返しのつかない破壊を繰り返して日本を傷めてきたのか。
人類はあふれんばかりに多くなり人類の血は確保されているからご心配なく。

八百万の神の国なんだし自然破壊をやめる国の象徴としての天皇ならいい。
それを唯一の万世一系男子の血だとか、そういう寝言は寝て言えって感じ。
人の人格は血で測れない。差別的な制度そのものに疑問を感じる。

このお世継ぎ問題を拡大していけば性同一性症候群の問題だって内包してる。
なにか制度で決めなきゃいけないという発想自体が貧困じゃないかと思う。
いったい、天皇が女性になって、なにを恐れているのかがわからない。
象徴なんだからいいじゃん。人類じゃなくてもいいとすら思うけど。
男子にこだわってまた戦争でもはじめるつもりかと思いたくもなる...。

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音楽体験を応用して生活してるかも

ちょくちょくひとくちメモにもコメントしてくれてるsleepyさんの小さな赤い鶏ブログ「スランプ」に触発されて自分と音楽についてちょっと考えた。

現在アマチュアバンド歴十余年の私だが、昨年新大久保で約7年ぶりの復活ライブをやった(笑)。それが何度目かの引退ライブだった(爆)。

最初はキーボードとして、その後ボーカルもやったしサイドギターもやった。はっきり言って全部素人芸だ。オレはただのテクノ系打ち込み君&フォークソング狂いのバカ息子だったのだから。でも楽しかった。

ライブの後は常に「もう引退だ」と思っていた。自分の思うレベルと現実のレベルとがあまりに乖離しているのだ。しかししばらくするとまたライブをやっている。誘われるままに演奏してきた。それが7年ぶりのライブだった。

7年ぶりのライブ終了後、またやろうと言われたが、このときもやはり「もう引退だ」と思っていた(笑)。いまもその思いは変わらない。まだ1年しか経ってないからな(^^;)。

年を重ねるにつれ音楽への渇望も薄れていく。どのジャンルも稽古事はそうだと思うが、時間的・精神的に若いころにしか出来ないのめり込み方があると思う。時間にはリアルタイムな時間もそうだし将来の時間も含む。精神的にも他にあれこれややこしいことを考える必要性が少ない(笑)。10代20代のころと今とでは比較にならない。

だがそうやって獲得してきたものは一生の財産にもなる。学校で教えてくれない財産だ。精神のバランスが崩れそうになったときに、ギターがあると弾きたくなる。歌いたくなる。観客は自分だけだ。それで充分なのだ。なにも重たい楽器を持って出歩かなくても充分満たされるのだ。プロはそれだけじゃフトコロが満たされないから演奏するのだ(>そんな決めつけていいのか?)。

また、のめり込んだ経験は応用がきくように思う。「何かに興味を持つ」というのもスキルだと思う。年を取ってから新しい趣味を探すという人がよくいるが、それも過去の“のめり込み経験値”の高さによってアプローチの上手下手が決まる。

だからいま、一所懸命になれるものがあるとすれば、そこには形を変えた“嗚呼青春の音楽のめり込み体験”がきっと活かされていると思う。楽器を弾いていなくても、音楽してる、グルーブしてるって感じることがよくあるのだ。相場の音を聴いているときとか(笑)。

飽きっぽい性格なので、音楽から離れたいときは他に興味が移っているときだったりする。絵を描いていたり、プログラムを組んでいたり、文章を書いていたり、バランスボールで遊んでみたり、たまに仕事もしてみたり(笑)。それらはすべてオレのなかでは同列だ。パソコンがそれらを同列にしてくれた。一日は24時間しかないので仕方がない...。

そして離れているとまためぐりめぐって音楽の時期もやってくる。そのときには、ぜんぜん弾きたい曲がなかったのに、思わずオフコースの「秋の気配」を歌いたくなったり、Soul II Soul をまた聴きたくなったりするのだ。実は最近がそうだった。Soul II Soul いま、めっちゃいい(笑)。

相場格言にちょうどいい言葉がある。「休むも相場」だ。音楽だってそう。休符がノイズを音楽にするのだと思う。生活も人生も常にそうだと思う(って達観するにはまだ若造だが)。休んでいるときも、これまでの音楽体験は通奏低音のように生活の端々に宿る。それでいいのではないかと思う。プロじゃないんだし。

山下達郎が楽曲の打ち込みするときに大変神経を使うのが休符のプログラミングだという。ひとくちメモでした(笑)。

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2005.11.07

0777読了

復刊レース鳩0777(アラシ)59!Go鳩!いや、号泣!いきなりダジャレかよ!というわけで、復刊版の『レース鳩0777』全7巻(オリジナルは全14巻)を読み終えた。

泣けたなぁー。泣けた。ブログに感想でも書こうと思って読み始めたので、結構冷静だったと思うのだが、もう1巻から3巻(オリジナル1〜6巻)だけで3回くらい泣いたぞ。そして最後の7巻(同13〜14巻)は、その壮絶な1100キロレースで次々と死んでいくおなじみの名鳩たち...。あまりのすごさに自分の記憶から消していたのかとすら思ったが、読み直して確かに昔最後まで読んでいたことは思い出した。

泣けたポイントは自分でも意外だったのだが、ほとんど0777(アラシ)ではなかったのだ。最初は、悪ガキの大関正宗クンが「みんなのように優勝できる鳩が欲しいよー!」といってじいちゃんの山本勘助(日本で十指に入る鳩訓練の名人)にねだるとこ。その次はこのじいちゃんが軍での伝書鳩飼育の同僚だった黒田官兵衛(鳩についてはあらゆることを知っている)のもとに赴き、夜目が抜群に利く0108(ビャクヤ)号と出会うとこだった。

正直大関クンのくだりに感情移入するなんてな(笑)。なんでだろうと考えた。たぶんこの時点で、本物のレース鳩を持っていないのが大関クンだけだったからかもしれない。悪ガキで知識もあり鳩はたくさん飼ってるけれど、「勝つ」という目的を持ちたくても持てない“歯がゆさ”とか“悔しさ”が、昔の自分にオーバーラップしたのかもしれない。

その次はなんといっても0666(グレート・ピジョン)号が、自分の息子たち0976(マグナム)と0777(アラシ)の窮地を助けるかのように現れ、そして死んでいくところだ。早くも2巻目(同3巻)で。黒田官兵衛が誇る名鳩グレート・ピジョン号は、誰もが一目置く存在だった。「孤高の勇者の死」というものは気高い。その血を受け継いだアラシを見守っていこうと思ってしまう。

この調子で書いていくときりがないのだが、0001(トップ)とか0296(オフクロ)とか1720(イナズマ)とか、個性豊かな鳩たちと、その飼い主との間に結ばれた強い絆がどのようなプロセスで培われたかはどれも秀逸で、レースのシーンでも思わず鳩と飼い主とが一心同体に見えてくる。

だがこの絆の強さが、台風に襲われた長距離レースでの壮絶きわまる悲劇を余計につらくしていくのだ。正直、少年マンガのラストスパートで、この厳しさはきついと思った。あまりにもつらすぎる。マンガでこんなにつらい思いをしたくないという子どもたちもいたんじゃないだろうか。

オフクロ号の死なんてめちゃめちゃ苦しい。飼い主の佐清(すけきよ)クンは亡き母の面影を追うようにオフクロ号と出会い、継母との確執を乗り越えて、いまや継母を母と認め、その新しい母とオフクロ号を重ね合わせられるくらいに成長したのに...。オフクロ号がヒナのころを回想するシーンとか、きつすぎる。

結局最後のレースで生還できたのはアラシとマグナムの兄弟だけだった。だがマグナムは記録が取れない。両足が無くなってしまっていたからだ。レース鳩の記録を取る足輪がないのだ。しかも黒田官兵衛の手の中で息絶えるのだ。そんな...。

そしてアラシだけが生きて帰ってきた。意外にもアラシはこのときまで無冠だ。そしてこのただ1羽の生還ですら記録には残らなかった。レース期間外の帰還だったから。つまりアラシは無冠のままなのだ。そこも感動したところだな。記録じゃないんだってことだ。それは自分の鳩を亡くしたほかの飼い主にもいえる。その死を自分なりに乗り越えようとがんばる姿にも感動する。

かなり厳しいマンガだったとあらためて思った。運動会のかけっこすらやらせない現代っ子には耐えられないかもしれない。ストーリー展開にはやや強引というかあまりにご都合主義なところもあるけれど、そういうところを指摘してもなにも始まらない。やはり語り継ぐべきは、友情とか愛情とか、勝負の厳しさとか決断力とか、そういったキレイごとですまない物事の本質をついたところだと思う。それらの厳しさや強さを少しずつ受け入れていくステップとすれば、これはやはり堂々たる少年マンガだったと思うのだ。

(写真は全7巻の勇士。写真右側は表4(裏表紙)で、鈴木物産のフライトパワーというレース鳩保健鉱物飼料の広告。鳩が選んでくれましたというキャッチコピーが入っているのだ)

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