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2005.07.16

ドラマ「電車男」

音楽誌が書かないJポップ批評 37 −サンボマスターと青春ロック地獄変−やっと初回、2回と見終わった。去年の冬に、電車男を面白い映画に出来たらすごいって書いたけど、映画も面白いし、今度のドラマもかなり期待できると思った。

日本のカルチャーって、いまかなり“きてる”と思う。オレは'70-80年代のサブカルの渦のなかで育ってきた。いまその流れは確実に実を結び、サブからメインストリートへと、実力がついてきているのかなとも思う。

ただひとつ残念なのは、あまりにコマーシャリズムがわかりやすい形で入り込んできていることだった。そりゃ文化なんてものはパトロンがいなけりゃ成り立たないし、ビジネスとして成立しなければ人は集まらない。

テレビドラマなんて、その最たるものだ。すべてがコマーシャリズムのなかで成立している。電車男も変わらない。だけど、主題歌がサンボマスターに決まったのは大正解だと思う。

「やろうと思えば、できるんだ」というドラマのテーマともリンクして、ドラマの主題歌でも「作り手側の意志を通す方法があるんじゃん!」と思えた(決まるまでのプロセスはよくしらないけれど)。このドラマの主題歌でサンボマスター以上の選択は考えられない。

下世話な話をすれば、伊東美咲をとことん美しく、フィクションと思えるくらいに美しく描いても、超OK!というドラマなのはいいな(笑)。構造的にモチベーションが高められる(なんだそれ?)。

ボクは昔(1998年)グラビアドラマ論という小文を書いた。そのときもコマーシャリズムを肯定的に乗り越えたドラマの可能性について考えていた。と同時に、その頃は「感情移入不要のドラマ」という乗り越え方だったのだ。

それが2005年になり、おなじコマーシャリズムを乗り越えるという文脈でありながら、「電車男」は人々の感情が作り出した物語だった。そこに進化を感じる。日本人のものづくりスキルの進化だ。

もともと「電車男」は映画化もドラマ化も“想定外”なうえ、人々の感情・共感がデジタル空間の中でも生きられる、しかもプラス思考につながる可能性の示唆が新しかった。それだけに映画化・ドラマ化は難しいとオレは考えていた。

そんなオレの浅い考えを簡単に飛び越えて出てきたのがドラマ「電車男」だった。一本取られたなって感じだ。この先どのような展開になるのかわからないけれど、ただの焼き直しには終わらないような気がした。

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