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2004.03.20

学習辞典は紙で

Fancy Pet: 電子辞書

本気で電子学習辞書撲滅キャンペーンをやろうと思ってたところなんで、ビックリ...。いままさに辞書購入の時期でございます。

> だってさ〜、引く手間があってこそ覚えられるってもんじゃないの?

いや、まさに、その通りです!手間というより、ページをめくる身体活動と前後の単語のつながりや関連記事などとの偶然の出会いから言葉が頭に入っていくんだとボクは実感してるんです。電子辞書は大変便利で、ビジネスマンとか大人になってからは利用価値が高いと思うんですけれど、英語を学ぼうって段階で、ページをめくることなく単語・熟語にダイレクトアクセスというのは、かなりリスキーだと思うのです。

簡単にいうと現在の電子辞書は「検索」であって「閲覧」ではないんです。例えるなら書店に書籍を注文してそれを取りに行くのが電子辞書。書店の棚を何気なく見て回り、面白そうな書籍があったら手にとって購入するのが紙の辞書。そのくらいの違いがあります。語学を学ぼうという高校生には、おそらく後者の閲覧派が多いと思うのですが、いかがでしょうか。ボク自身、最近はオンライン書店でダイレクトアクセスも増えてきてますが、書店をグルグル回るのも大好きです。

電子辞書の広告でも、基本的には大人向けのキャッチコピーが多いはず。作ってる人はわかってるんだと思う。けれど学校採用というのは大量にさばけるおいしい市場ですから、そこで採用されることは企業にとっては重要です。あくまでも売る側にとっての効率の問題で、学習する側からはそこでもう一度考える必要があると思います。視野の狭い辞典学習は本気で語学をやるには結局遠回りだと思うんです。恵まれているようで、学習環境としては不幸な時代かもと思わずにいられません。

電子辞書を持たせる学校が増えているのは確かです。それにはいくつか理由があります。まず電子辞書の一番のよさである「携帯性の高さ」です。いまの高校生はあまりにも教材が多く、しかも分厚かったりして、いくつもの辞書を持ち歩くのは酷だということです。つまり学習効果よりも体力とか日常生活に邪魔かどうかが判断基準になっているわけ。

また紙の辞書なら買わないようなものまでパッケージで付いてくるなら「お得!」と思える。しかし辞書というのは、それぞれに個性があり、単語の解釈にもオリジナリティがあるんです。それが身体や脳にフィットするかどうかを考慮せず、企業の論理で組み合わされたものでは、辞書によって喚起される学習意欲も期待できないでしょう。

これは学校教育と似てる。先生は担任以下教科ごとに決まっていて選ぶことが出来ない。自分の人生をかけて学ぼうというときに師匠を選べない学習なんて考えられない。でも日本はそういうシステムだから仕方が無い。でも辞書は選べるわけです。

まったく異なる理由もあります。「どうせ使わない(学校に持ってこない)んだから電子辞書を買わせとけ」って学校も事実あります。その場合はそれでもいい。便利で軽い電子辞書のもっとも有効な購入動機かもしれない。でもそんな学校で学習に目覚めたら、迷わず紙の辞書を求めて書店へ走るべきです(車に気をつけよう!)。自分が本気で学ぼうという語学があるなら、その辞書だけは紙で重くてもいいじゃないか。そう思いますね。

ボクは学習辞典は紙の辞典で、実用辞典は電子辞書でという住み分けが必要だと思うんです。もともと辞典好きなので、最初に書いたような身体活動と脳とモノとしての辞書は三位一体になってます。書き込みもします。めくることによって、関連語や同音異義語などを発見することもある。パラパラめくることに発見や喜びがあるんです。また学習単語はすべて同列ではなく、強弱もある。そういう土壌で学習した先に、時間短縮のためだったり世界を飛び回るビジネスパーソンになったり、電子辞書を使う(検索する)フィールドが出現するんで、その逆はありえないと思う。

学校で電子辞書を買わされたとしたら、まぁそれはそれでいいじゃない。使えないことはないんだし。ただそれで深い学習が出来ると思わないこと。そこが分かっていれば問題なしです。紙の辞書を併用すれば問題解決ですから。電子辞書で複数そろえるのは負担だけど、好きな語学は紙の辞書で複数そろえ、あとは電子辞書でまとめちゃうというのもアリだと思います。電子辞書はあくまでも臨時サポート的な使い方だと思いますね。

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Comments

国語辞典の最後にある付録をめくってみるのが好きでした。
「日本語の発音とアクセント」とか「年中行事一覧」「季語」とか、面白そうな内容がてんこ盛りです。
        
「学校」は「_/ ̄ ̄」なんだよね。

徳山ではよく「 ̄\__」って言うんだけど…(笑)

こういう楽しみ方は、電子辞書だと別物になってしまうのね。
学校が電子辞書を勧めるのは、Amazonと関係あったりして(笑)

Posted by: まりあ | 2004.03.20 at 16:47

ポップンポールさん、トラバありがとうございます。
私の言いたい事すべてポップンポールさんが語ってくれました。
今、調べ学習でもインターネットで検索して、学校へプリントアウトされたものを持っていく子供達を見ていると、
検索の仕方は上手でも調べ方がとても下手になっている気がします。
図書館で何冊もの本を借りて書き写してということをしてこそ、覚えられると古い私なんかは思います。
なんでも「めんどくさい」とすぐに言うので(うちの子供達だけかもしれないけど)、「めんどくさいことに意味があるんじゃ~。」とほえているんですけどね。
私も自分の英和辞典はマーカーでひいてあったり、それこそ
思い入れがあります。

>恵まれているようで、学習環境としては不幸な時代かもと思わずにいられません。
その通りだと思いました。

Posted by: ぶんぶん | 2004.03.20 at 16:52

 覚えたと思ったら、食べなきゃ…。じゃなくて、単語とか調べたことコピペしてお勉強blog立てようと思ってるんですけど。

Posted by: satoshis | 2004.03.20 at 23:33

こんにちは。
辞書って、調べたい事があってパラパラめくっていると、
前後の単語って、嫌でも目に入ってくるじゃないですか。
あれがいいんですよね。「へー、こんな言葉もあったのか」って。
「知る」ことの醍醐味って、そこにあると思うんですよね。
また、「調べる」ことの過程にも、実は大変意味があるのだと思います。
知りたい事にたどり着くまでの道のりがあるからこそ、
知った時の喜びは大きいし、また、身に付くんではないでしょうか。

Posted by: きんちゃん | 2004.03.21 at 15:22

コメントいただいた皆さん、ありがとうございます!

辞書って引くものであると同時に、読むものであり、眺めるものでもあるんですよね。あとこれは書物全般にいえるけどモノとしての存在感が魅力だったりするんじゃないかと思います。旧世代的と言われても、モノとしての存在感抜きには語れないのが書物の魅力ですね。

書物は「情報」だけの存在ではないんで、すべてが電子メディアになっていくのはいかがなものかという思いがあります。一方で、週刊文春事件を見るにつけ、週刊誌のような情報そのものであれば、それは紙を使う必要もないと思ったりします。

学校の先生にはメーカーからの電子辞書供与に屈することなく(^_^;)、学習する側にとって何が大切なのかを第一に考えて欲しいですね。

あっちこっち行きつ戻りつ、たまに道草食いながら学んだことの方が、人生を豊かにしてくれると信じてます。

Posted by: ポップンポール | 2004.03.22 at 12:35

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