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2004.01.31

示唆に富むレベッカ・ブラッドさん

いやー、まさにココロ洗われるお話が聞けました。「ウェブログ虎の穴」でのレベッカ・ブラッドさんの記事。最近、古賀チャンネタで飛ばしすぎたボクのハートを直撃です(笑)。「パブリックの意識を持って推敲する」というのは、本当にそうだと思う。古賀チャンめんごでやんす。勝手に外国に単位を取りに行ってください。帰ってくる頃にはパブリックな政治家としての古賀チャンをみんな忘れてると思います。

さて古賀チャンイジリはこのくらいにして(ブラッド氏のゆうてはる書き方からもっとも遠い書き出しの例でした)。この記事から2つのキーワードが得られました。

1>何らかの新しいアイデアを提案できない限りは、トラックバックを行う必要はありません。

これは含蓄のあるお言葉でした。トラックバックとは単なるつながりではなく、ナレッジの共有であり、深化のためにトラバはあるという考え方だと受け取りました。つまり「クイズ100人に聞きました」の100人に入る話ならトラバするこたぁないってことです(微妙に違ってたりする?)。

アイデアがアイデアを生みつながっていく。議論に議論をぶつけ不毛に熱くなる。ウソがウソを呼び逃げられなくなる。喜びに喜びにまた喜びを重ね、重ね重ねて八重一重。どれもみんなつながってるけど、どうせつながるなら、コミュニティにおける肯定的なつながりとしての「アイデアのつながり」を選択するのがハッピーなのではないかということですね!?

2>最高の blog とは、1人の読者に対して書かれたものです。そして、その1人の読者とは自分自身です。

これはボクも「未来の自分への手紙」という言い方で書きましたが、ブラッド氏の場合はさらに現在進行形の読者としてのリアルな自分を想定されてます。ボクも自分自身楽しんでるという点で、ブラッド氏のお話を実践しています。他者と共有できかねる部分を削ればもっと読みやすいblogになると思いつつも(笑)、たまに書き飛ばしてしまうワタクシではありますが...。初心に戻ろう!(そのうち)

ミュージシャンの山下達郎氏はラジオのパーソナリティとしても人気ですが、その仕事について、ラジオはまさにパーソナルなメディアであり、自分自身はマスではなくリスナー個人に対して語りかけているという主旨の発言をされています。それはある特定個人ではなく、ヴァーチャルな個人になろうかと思いますが、まさにblogも、ヴァーチャルな個人へむけてのパーソナルメディアなのではないかと、ワタクシも思っている次第です。

その個人がときに自分自身でもあり、また自分自身の鏡だったり、いるかもしれないもう一人の違う自分だったり、恋人・愛人・妻・その他諸々などいろいろでしょうが、皆様のお話から得られることは、「マスに語りかけることが、マスに伝わる言葉ではないのだ」ということ。そしてblogとは、そういうパーソナルメディアの最先端であり、ラジオのパーソナリティでなくともヴァーチャルな個人へのチャネルを開けるツールなのだということかと思います。

先達の人のお言葉を、こうして受けとめてみる、そして考えてみることは、楽しみであると同時に、わが身を振り返る良いきっかけになりました。わたくしはー、「ひとくちメモ」を、ネタというものを展開するために開いたにも関わらず、ゴタクをならべすぎておりました。許されるならば、今後はひとつでもふたつでも、ネタというものを展開させていただきますと同時に(おー!?)、ゴタクもならべ続けさせていただきたいと(やめんのかー!?)、わたくしはー、有権者の皆様へお願いに参りました次第でございます。

(結局最後は古賀チャンで締めてしまうわけさ...今回は有権者の声も入れてみました)

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