ひとくちメモのTwitter

ひとくちメモの普段のつぶやきはこちらのツイログで

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.08.21

『島はぼくらと』~夏旅2016番外編~

Naoshima今年の夏旅に出かける前、世間はポケモンGO一色に染まっていた。誰もがポケモンを探して市中を徘徊していた。これなら映画館も空いてるだろうと7月最後の日曜日、話題の映画「シン・ゴジラ」を朝一で鑑賞した。思った通り映画館はずいぶん空いていた。都会の夏休みのシネコンはお子様映画の長蛇の列が常なのだが、すんなりチケットが買えた。ポケモンGO解禁直後のおかげだと思う。田舎で観ようか迷っていた「シン・ゴジラ」だったがIMAXで鑑賞出来て良かった。

映画を見た後、書店に立ち寄った。旅先や実家で読む本を探すためだ。読みかけの書籍はたくさんあったが、どれも旅の気分には合わない気がして、今夏の旅専用文庫本を物色しようと思ったのだった。

今年の夏旅は東京湾からフェリーで四国の徳島港まで行き、そこから明石の宿に泊まり、翌日は岡山県の直島観光をするというところまで漠然と決まっていた。前半は海がテーマのような感じだ。

そこで目に留まった文庫本が辻村深月さんの『島はぼくらと』だった。元来島好きでもあり、今回の旅先に直島が入っていたこともあって、平積みになっていたこの文庫本に目が留まった。

直木賞作家、辻村深月さんの小説は読んだことがなかった。小説そのものをあまり読まなくなり、読んでも城山三郎などの経済小説、企業小説が多かったが、最近は美術関係や手軽な新書ばかり読んでいる。

久々に小説が読みたくなった。それも流行りのミステリーのように殺人事件がどうのこうのとか、企業小説のようにギスギスした駆け引きみたいなものじゃない小説。そういうややこしい虚構には感情移入出来ない(いや、したくない)という気分でもあった。

『島はぼくらと』の文庫本表紙は五十嵐大介さんのイラスト。高校生らしき男女2人ずつ。そしてオビには「17歳。卒業までは一緒にいよう。この島の別れの言葉は『行ってきます』。きっと『おかえり』が待っているから。」とあった。

フェリーで本土の高校に通う冴島の高校生4人の卒業までの青春ストーリー。他愛ない青春小説(ライトノベル)かとも思ったが、どうやら殺人事件やギスギスした大人の世界とは無縁の物語のようだと思い、島の若者の話だし夏旅向きかもと思ってこれに決めた。

●謎解きあり島の人間関係あり…。期待を裏切る面白さ!

読み終えてみると、最初に選んだ条件のうち、殺人事件はなかったものの、ミステリー仕立てのストーリー展開もあり、企業小説ではないものの、行政やマスコミ、一枚岩でない島民間のいざこざ、人間関係の機微などがしっかり描かれていて、ライトノベルなどとは呼べない作品だった。

それだけに読み応えもあったが、全体に漂う清々しさは作者の目線が常に島の生活を肯定的に描いているからだろう。4人の高校生だけでなく、Iターンで冴島を選んだ人々の思い、島の伝統を重んじ代々島で生きてきた家庭の思い、様々な思いで島を離れていった人々…。それぞれの立場で生きる冴島内外の人々を暖かく見つめる作者の意図が伝わった。

またこの小説は2013年に刊行されていたものの文庫化だった。それは東日本大震災から2年後の世界であり、文学が震災とどう向き合うかが問われていた、そしてそろそろ答えが出始めてしかるべきと思われていた頃だ。もっとも文学から遠のいている私などが言える立場じゃないけれども。

そんな時代背景を重ね合わせると、この小説がさらに重要な作品に思えてくる。冴島が火山島でかつて避難した人々がいたことも重要なファクタとなっており、また冴島の活性化に欠かせない仕事をしていたヨシノが福島に向かうところも同時代性を感じさせる。

「幻の脚本」もひとつの柱になっているが、この謎解きのところで印象的な言葉があった。「今は、子どもは三人しかいないかもしれないが、いずれ、一人、二人と戻ってくるだろう。噴火で散り散りになっても、子どもは絶対に戻ってくる。」

この信念による仕掛けこそ、「幻の脚本」が幻たる所以につながるわけだが、その思いを引き継いでいく島の高校生矢野新や、その新を叱咤激励する気鋭の脚本家赤羽環の存在は、作者の未来に対する意志表明を感じさせた。創作物が時代を超えて人々を楽しませ勇気づける。

これらの同時代性や未来志向が単なる描写上の工夫ではなく、ひとつのテーマとなっていることは瀧井朝世さんの文庫本解説でも読み取れた。辻村深月さんは地方都市を重要なテーマとしているそうだ。

ただし常に肯定的なわけではなく、『島はぼくらと』が異色作ということだったが、地方都市の未来がバラ色だとは誰も思っていないこの日本で地方都市万歳とばかり言っていられないのが当然だろうし、そうでなければ信頼できない。

そんな危うい世の中であっても、清濁併せ飲んで生活し、コミュニティの生活を良くしていこういこうとする意志こそが貴いわけだ。その体現が冴島の村長だったりヨシノだったりする。島の高校生女子のふたり、朱里と衣花もきっとその意志を継ぐ者になるのだろう。

解説でもうひとつ、この小説が瀬戸内国際芸術祭での島めぐりやインタビューから構想されたことを知った。ちょうど今年旅した直島も瀬戸内国際芸術祭2016の只中にあった。こんなめぐりあわせもちょっと嬉しい。

読み終わって「辻村深月、いいじゃん!」と思い、別の作品も読んでみようと思った。赤羽環が登場するという『スワロウハイツの神様』がいいかなと思った。同じ登場人物が別の作品にも登場するというのは手塚治虫から藤子不二雄へと受け継がれる伝統芸だが(笑)、藤子ファンという辻村深月にも受け継がれているのか?

それはともかく、この作品は上下巻と長いのでもう少し先にとっておき、短編集の『ロードムービー』を実家の近所の書店で購入して帰宅した。短編集というのが手軽でいい。“気弱で友だちの少ないワタル”という登場人物も親近感が持てて。ボクの名前もワタルなので。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.08.15

広島から岩国錦帯橋へ。

広島から岩国錦帯橋へ。
鞆の浦から阿伏兎岬にはあえて県道22号から県道72号を回って向かった。鞆の浦を散策して、すれ違うのが困難な対面方向の道路を目の当たりにした。道端の警備員さんにいつもこうなのか尋ねたら常にそうらしい。下手したら抜けられない三叉路…。ここを通ったらいつ抜けられるかわからない。決して旅行者が車で乗り入れてはならないのが鞆の浦だ!

県道72号も工事で無人信号だけの片側通行地点があった。そのせいで反対車線が大渋滞していた。なんともトラップが多い福山路だ。

阿伏兎岬は静かで景色のいいところだった。歌川広重の浮世絵にも描かれた阿伏兎観音では少し足がすくんだ。

この時点で17時頃だったが、この日の宿はまだ未定。うにほうれんを食べるという目的もあり広島市内に向かった。スマホでなんとか当日泊出来るホテルを予約し、広島市中区に20時過ぎに着く。

ホテルの地下にあった居酒屋にもうにほうれんがあったのでそこで夕食。うにほうれんは100%予想通りの味だったが、さすが広島、牡蠣料理もいくつかあり満足した。

翌朝は8:00に出発。元祖はっさく大福を土産に買い、岩国錦帯橋を目指す。錦帯橋はこの夏旅2001で早朝訪問した場所で15年ぶりの記念再訪。シロヘビも歓迎してくれた。

昼飯は岩国駅前のランチステーキのお店。コスパのいいステーキだった。ご主人が超しゃべり好き。隣のラーメンは満席だったかといきなり自虐的なつかみから入り、300gのステーキをレアで注文したら、山口県出身でも都会に出た人は違うね、村でひとりだよなどと田舎の自虐的ギャグ炸裂。面白いおじさんだったけど、ステーキは美味かった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.08.12

鞆の浦へ。

鞆の浦へ。
岡山駅前のホテルを8:00に出発。朝食を探して倉敷に向かう。しかし朝から営業している店はあまりない。駅ビル地下の喫茶店を見つけて入りカレーとアイスコーヒーを。とても雰囲気のいいお店で常連さんと店員さんの会話がたまに聞こえる静かで落ち着いた空間でした。

次の目的地は広島県の鞆の浦。古い町並みが残る美しいところ。しかし高速道路は大渋滞!お盆の帰省ラッシュかと思いきや事故渋滞だった。鞆の浦には予定より1時間遅れで到着。

鞆の浦は町並みそのものがみどころ。コンパクトに回れてとても良い!ゆったりとした時間が流れる。鞆の浦はまたあらためて書きたい。デジカメ写真が多いので。

鞆の浦から阿伏兎岬方面に大きく迂回して向かった。迂回が重要な理由も鞆の浦あるあるか?阿伏兎岬では阿伏兎観音からの絶景。天気に恵まれた旅になった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.08.11

明石から直島へ。


昼過ぎにフェリーで徳島港に着いたら徳島ラーメンのいのたにで昼食をとり、明石の宿に向かった。人丸花壇という料亭旅館で明石の海の幸を堪能。部屋もめっちゃ広く大満足。

翌朝は9時前に直島に向けて出発するも渋滞につかまり12:15のフェリーにも乗れず、13:30の小型船で直島へ。チケットは乗船20分前に発売でチケット売り場に着いた時はまだ閉まっていた。外国人からチケット売り場を聞かれたので一言英会話で20分後だと教えてあげたがその時はまだ35分前だった。悪いことをしたw

無事直島に着いたらすぐにレンタル自転車を借りて地中美術館に向かう。美術館エリアまでは乗り入れ出来ないため途中でシャトルバスに乗り継ぎ。整理券は1時間待ち。でも待った甲斐はあった。地中美術館は規模は小さいけど見せ方上手な美術館で楽しめた。ただ運動不足が祟り自転車はきつかった!

帰りは17:35発のフェリーにギリギリ間に合った。往路と違い大きなフェリー。それで乗り場を間違えたけど、そのおかげで小型船側の事務所から帰宅しようとしていた超可愛い事務員さんに正しい乗り場を教えてもらえてラッキーだった。男って単純…。

時間通りに宇野港に戻れたので岡山駅前の宿にも19:40には到着。熟成肉のQUCHI に電話したら20:30から予約出来、7ヶ月ぶりに美味しい熟成肉を堪能。親切な店員さんとも久々にお話し出来て良かった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.08.09

かもめが飛んだ日

かもめが飛んだ日
東九フェリーで有明から徳島に向かっています。渋滞を避けて悠々と。これまでのフェリーのなかでは最高にくつろげてます。個室は快適‼台風5号も逸れていい天気になりました。いま紀伊半島沖を航行中。徳島には午後1時20分着です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.08.07

テレビ東京「美の巨人たち~ル・コルビュジエ」

上野の国立西洋美術館がル・コルビュジエの17建築のひとつとして世界遺産に登録されて、コルビュジエ建築がまた注目され始めていますね。テレビ東京の「美の巨人たち」でも西洋美術館を採り上げてくれてとても面白かったです。

個人的に最高に良かったのは後半、カプマルタンの休暇小屋のBGMに流れた坂本龍一の「Ballet Mecanique」と「Parolibre」です。実にマッチしてました!いい仕事してますねlovely音楽機械論のサカモトの音楽は住むための機械としてのコルビュジエ建築に親和性が高い気がします。

このParolibreはオリジナル音源だったのかな?テルミンの音かと思ったので、三毛子さんのヴァージョンかもと思ったりして。CDを戸棚にしまい込んでて確認できない…。

サヴォワ邸を観に行ったひとくちメモを前に書いたけど、建築そのものを観光できる建築家はあまり多くない気がします。逆にとても興味を持てる建築に出会ってもなかなかその建築家の名前を探すのは手間がかかります。

先日の箱根プチ散策で訪問したポーラ美術館も、展示された芸術作品だけでなく建築そのものが気に入ったけど、建築家の名前をその場で確認することは出来ませんでした(聞けば教えてくれたんだろうけど)。ちなみにポーラ美術館は日建建設・安田幸一氏(東工大教授)でした。

「美の巨人たち」は30分番組なので、かなりコンパクトなのですがとても整理されてわかりやすい番組でした。建築が採り上げられることは少ないでしょう。西洋美術館に行って作品を紹介しない芸術紹介番組だったわけですわ(confident)。

坂本龍一の音楽とともに紹介されたカプマルタンの休暇小屋は国立西洋美術館が完成する6年前の1951年、コルビュジエが64歳のときに建てた小さな小屋で、これもモデュロールに忠実な建物だそうです。そしてコルビュジエのお墓はこのカプマルタンにあります。彼が最後に愛した土地に建てた小さな小屋と国立西洋美術館とを対比してみせた番組の構成も良かったです。

国立西洋美術館がコルビュジエの作品だってことは最初からわかっていても、身近にあるといつでも行けるという余裕から後回しになってしまいます。だから、ミーハーと言われてもこういう機会に観に行っておくことは人生にとって大切ですsign01 いつゴジラがやってくるか、いや地震がやってくるか分からないこのご時世でございます。

などと言いつつ、まだ行ってない…。もしかしたらコルビュジエなんて意識してなかった頃に(例えば修学旅行とかで)行ってるかもしれないけど忘れました。もう少しブームが下火になってから行ってみようと思います。涼しい季節に。

その時には「美の巨人たち」で解説されたいくつかのポイントを踏まえつつ、それと絵画・彫刻との関係性にも注目してすべてをじっくり鑑賞してみたいものです。

将来的には17の建築を回る旅もしてみたいけれど、テロリズムの世紀にはなかなか難しいご時世でもございます。建築は平和でなければ成立しないわけで、建築が愛である原点もやはり平和な世の中に立脚したものなんじゃないかと思う今日この頃です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

モブログのテスト

モブログのテスト
旅先からのブログ更新を心待ちにされているすべての人のために送信テストをしていますw写真はコレドで買った焼き鯖寿司です!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.07.18

箱根で美術鑑賞~川瀬巴水の新版画と遭遇~

先週の箱根プチ旅行ではポーラ美術館と彫刻の森美術館を訪問しました。ポーラ美術館ではモダンビューティ展という企画展を鑑賞。フランス絵画と化粧、ファッションの歴史を辿れます。かつてのファッション誌やその挿絵など個人的には実に興味深い展示でした。

この企画展のアイキャッチとなっているエドゥアール・マネの「ベンチにて」をはじめ、常設の絵画も含めて非常に質の高い展示になってると思いました。初めて訪問したのですが箱根という場の力も得てすばらしい美術館です。箱根には今後も何度も行きそうなので、その都度訪問してみたい美術館になりました。今回の企画展は9月4日まで。

アンケートに答えると絵はがきが1枚もらえるというのでアンケートに答えてレオナール・フジタ(藤田嗣治)の「ラ・フォンテーヌ頌」をいただきました。他の絵はがきも5枚購入。購入したのは、マネの「ベンチにて」、クロード・モネの「サン=ラザール駅の線路」と「散歩」、野獣派キース・ヴァン・ドンゲンの「乗馬(アカシアの道)」、そしてアンケートでもっとも好きな作品と答えたアメデオ・モディリアーニの「婦人像(C.D.夫人)」です。

印象派も野獣派も、その命名はマスメディアや業界人らによる皮肉が起源なわけですが、保守的な業界に生まれた革命的な仕事は、常にこのような批判や嘲笑から始まるわけですね。そして一つの流れを作り古典と共存していく。保守と革新とは対立軸ではなく多様性の獲得となってこそ進化につながると、絵画を見ながら考えてしまうご時世なのであります。


●彫刻の森美術館にて

彫刻の森美術館は20年以上ぶりの訪問だと思います。こちらでは「横尾忠則 迷画感応術」という企画展をやっていてそれを目的に行きました。しかしポーラ美術館からの流れで来てしまうと、その作品のふり幅にかなり混乱してしまいました。

80年代から親しんできた450(ヨコオ)アートなのですが、だんだんボク自身の趣味が保守化してきたのか、その秘宝館的な作品群にときめきはなくなっていました。でも彫刻の森美術館をテーマに描かれた新作「At Box Roots」の絵はがきを買いました。絵の中に「大涌谷通行止」という文字があり、2016年という同時代性をそこに感じたので。

その後、彫刻の森を散策がてら緑陰ギャラリーの「日本の風景 日本のわざ」というコレクション展 の会場に入りました。ここで川瀬巴水(かわせはすい)の新版画に初めて遭遇し、その素晴らしさにしばし立ち止まって見入ってしまったわけです。

この展示では「見南山荘風景(箱根)」の連作(1935年)を鑑賞できました。なかでも「あけび橋の月」という作品が浮世絵とは明らかに異なるモダンな版画で、ジブリ作品の背景画をも想起させるような美しくも静かな風景画だったのです。

川瀬巴水という名前を忘れないようにと絵はがきを探しましたが、残念ながら販売されていませんでした。

●川瀬巴水の新版画に出会う

とりあえず展示作品の一覧がプリントされた用紙を持ち帰り、川瀬巴水について調べました。そして新版画というジャンルが浮世絵以後の大正・昭和時代に始まったある種の芸術運動だったことを知ります。

新版画は渡邊庄三郎という版元が明確な意思を持って始めた新しい版画制作であり、渡邊庄三郎なくしては川瀬巴水と出会うこともなかったと思えるようなジャンルでした。渡邊庄三郎については高木凜著『最後の版元 浮世絵再興を夢みた男・渡邊庄三郎』が決定版だと思います。これを読み終わってからこのブログを書こうと思ったくらいに必読の書でした。

ただ川瀬巴水についての記述はそれほど多くないので、川瀬巴水本人や作品について知るには(いま入手可能な書籍としては)清水久男著『川瀬巴水作品集』(東京美術)がとても参考になりました。

川瀬巴水は天才肌ではなく職人的な画家だったのではないかと思います。1918年(大正7年)に鏑木一門のなかで年下の伊東深水が描いた「近江八景」という木版画を見て感激し、「これなら自分にも出来る!」と思って版画の道に入ったそうです。もともと美人画が苦手だった巴水が風景画の木版画に活路を見出したわけですが、この消極的なスタートに親近感を覚えます(confident)。

そんな巴水でしたが最初に作った「塩原おかね路」が好評で、2つ年上の渡邊庄三郎とも意気投合し、風景版画の川瀬巴水として続々と作品を発表していくわけです。

●新版画と創作版画を音楽業界に例えると…

新版画は、浮世絵と同じく版元、絵師、彫師、摺師の分業でひとつの作品が完成します。同じ時期に創作版画というジャンルも生まれましたが、こちらは画家が一人ですべてを行うものだったようです。これを読んだとき、音楽業界でいえば、新版画はレコード会社、歌手、作詞家、作曲家、編曲家、エンジニアによってつくられる大衆歌謡であり、創作版画はシンガーソングライターだなと思いました。

どちらが正解というわけではないですが、専門技術を要する彫り・摺りを画家が自身でやるのは完成度に影響するような気がします。創作版画支持派からすれば、画家の個性を最重視するには全部ひとりでやらないと純粋芸術とは言えないとなるようなのですが、昭和歌謡の名曲で育った私には作品の完成度は分業であっても、いや分業だからこそ成立するという気もしています。

話はそれますが、これはマーク・コスタビへの批判のときにも感じました。コスタビは自身の工房でプロデューサー、あるいはアイデアマンとして君臨し、実際の絵は工房のスタッフが描いていました。それを公表して作品も発表していたわけです。それはコスタビ作品といえるのか、単なる商業主義ではないかと叩かれました。しかしコスタビ作品の独創性はそのような批判とはズレたところにあったと思うわけです。

新版画は版元(渡邊庄三郎)がプロデューサとなり、絵師の意図を再現するために職人の彫師・摺師をスタッフとしてディスカッションしながら、完成品のイメージを共有していったようです。版元の考える売れるモノと絵師の描きたいモノとの葛藤もあったようです。それを乗り越えてひとつのジャンルを形成していった「新版画」というジャンルそのものにも興味を惹かれました。

●そして川瀬巴水の新版画を購入

Kawase_hasui_yuki_no_mukoujima新版画の始まった時代は20世紀初頭です。浮世絵に影響を受けた欧州の印象派絵画(19世紀)から後期印象派(19世紀後半)、そして野獣派ほかへと展開していった20世紀初頭、西洋で大きな美術史的転換が進んでいた時代に、日本では「新版画」が生まれ、そしてそのほとんどが海外で評価されていきました。

私は知らないうちに、箱根の2つの美術館で20世紀初頭の東西の美術のうねりを感じて帰ることが出来たのでした。

新版画は関東大震災(1923年・大正12年)と第二次世界大戦(1941-45年・昭和16-20年)という2度の震災と戦災で版木や道具が焼失してしまいます。しかし版元の渡邊庄三郎の驚異的な働きで「新版画」は世界に認められる芸術作品となります。

箱根で絵はがきが買えなかったからというわけではないのですが、渡邊庄三郎が起こした渡邊木版美術画舗のWebサイトから川瀬巴水の木版画の後摺り作品が購入できると知り、1枚購入しました。ほとんどの作品は品切れだったのですが購入したのは「雪の向嶋」という作品です。構図の良さ、雪景色の美しさ、そこに挿す仄かな明かり。とても心落ち着く作品です。

後摺りというのは、初摺りと同じ版木を使って摺られた作品で復刻版とは異なります。初摺りとは異なりますが、オリジナルの版木から摺られた版画です。『最後の版元』にも感銘を受けた私は、版元の渡邊木版美術画舗が後摺りで売っている川瀬巴水作品なら買ってみたいと思った次第。実に良い買い物でした。

今後も新版画の展覧会などがあれば鑑賞したいと思います。美人画は西洋好みの私ですので(笑)、新版画は川瀬巴水のような風景画が好きです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.06.12

圧巻!平原綾香コンサート@足利市

この前、ひとくちメモに「中島みゆきの絶叫系楽曲に平原綾香という解を得た!」という記事を書いた。その直後、平原綾香のライブ日程を検索したら今日の足利公演のチケットがまだ買えることがわかり、これを逃すとポップンポールの名が廃る(pout)と興奮しつつ購入して埼玉から駆けつけ、本日足利市のホテルでこれを書いている。

平原綾香のコンサートは先ほど終了。まさに圧巻の歌姫だった。足利市民会館開館50周年記念事業と銘打たれたコンサート。足利市では初の平原綾香コンサートだそうで、観客も初めて生で平原綾香の歌を聴く人が多かったようだ。それをステージから確認した平原綾香も喜んでいいのかどうかと苦笑していたが、その歌声は確実に届いたと思う。

帰りがけ「ほんとに歌が上手い」とか「最初は口パクかと思った」という観客の会話に聞き耳を立てながらボクは「それが平原綾香というディーバなんだよ」と心のなかで解説した(coldsweats01)。

それにしてもこの歌声は唯一無二だ。以前のコンサートで聴いた時よりもさらにパワーアップしている。天賦の才能を鍛えるとこんな風になるのか。13年のキャリアの裏にしっかりと積み上げた努力の跡を感じた。

中島みゆきファンのボクにとってはアリア(中島みゆき作詞作曲)が生で聴けたことが大収穫。平原綾香のために生まれた楽曲だ。身体が震えた。歌姫のためのアリアを聴きに来てよかった。やっぱり正解だった。

いい加減いいおとなで、そうそうコンサートで感動出来る感受性も衰えてしまったなと思っていた昨今だったが、ちゃんとした音楽を聴けば感動できることを再発見できた。中島みゆきファンに告ぐ!平原綾香のアリアを生で聴くチャンスがあれば聴いとく方がいいと思う。損はさせない!

「明日」も久しぶりに生演奏で聴けて嬉しかった。ボクのエバーグリーンな一曲で何度聴いてもグッと来る。

オープニング曲のマスカット(玉置浩二作詞作曲)も実に味のある楽曲だ。アルバム『LOVE』でも一曲目を飾る。玉置浩二はホントにいい曲を書くよなぁ。これもまた平原綾香の声域を存分に聴かせる一曲。

「星つむぎの歌」も会場がひとつになった。この曲も大好きなのでボクも遠慮なく歌った。足利市民会館は1600人くらいのホールなので会場の歌声もステージによく届いたかもしれない。ビジネス抜きで考えることが出来るなら、このくらいのキャパが一番いい距離感かもしれないと思った。

平原綾香が今後ますます歌声に磨きをかけて、またいい作品に巡りあえて、それを観客に還元してくれたら日本のポップスの水準は維持できる。これからも聴き続けたい音楽家のひとりだ。

とりあえず明日はゆっくりして(オレも織姫神社にあやかりに行ってみるかなbleah)、あさっては平原綾香のネクタイを締めて活動する予定である(笑)。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2016.06.05

中島みゆきの絶叫系楽曲に平原綾香という解を得た!

寺尾聰さんが28年ぶりにTBS日曜劇場枠のドラマ主演をされるというニュースをきっかけに「ブラバンキッズ・リターンズ~まさかのドラマ化に寄せて」を書き、それだけで収まらずに、DVD-BOX「優しい時間 」を夜中までかけて全編見直した。ほんとにいいドラマ。淡々と静かに物語が進む。妻の死をきっかけに商社を退社し妻の故郷北海道でカフェ森の時計を経営している涌井(寺尾聰)。毎回、亡くなった妻(大竹しのぶ)と涌井(寺尾聰)との会話で終わるのだが、そこに平原綾香の「明日」という楽曲が流れる。

このドラマによって「明日」という楽曲はボクにとってエバーグリーンな一曲となった。今回ドラマを全編見直しながら、一度もエンディング曲を省略せずに見た。ほんとにいい曲。そして平原綾香という稀有なボーカリストの存在に感謝したのだ。

それで今日、「LOVE」という最新アルバムを再び大音量で聴いてみた。愛をテーマに豪華な作家陣を起用したアルバム。そのなかに中島みゆき作詞作曲の「アリア」がある。

中島みゆきさんの作家性についていまさら語る必要はないと思うが、前に「中島みゆきのアイドル歌謡への想い」を書いたときの心境に通じる感覚。他のアーティストへの楽曲提供を楽しむ中島みゆきのこころを察しながら(妄想しながらともいう)聴く愉しみが「アリア」にもある。

ただその提供先が今回はアイドルではなく、平原綾香という希代の歌姫であったということが特筆に値するわけだ。「ついに出会ったかこの二人が!」と思わずにいられない。

それもこの楽曲。中島みゆき節のなかでも昨今の絶叫系楽曲に分類したくなる「アリア」は、そんじょそこらの歌手には歌えない。このタイプの楽曲を提供できる相手はほとんどいなかったと思う。しかしヴォーカリスト平原綾香は違った。平原綾香の楽曲として歌い切った。

このアルバムに添えられた中島みゆきからのメッセージに重要な言葉がある。

----------
歌ってくださる方にめぐり逢えて、この楽曲は幸せ者です。
(中略)
尊敬してます、平原綾香さま。

----------

これをボクの妄想解釈脳は「歌える方にめぐり逢えて~」と読んでしまう。中島みゆきは、この楽曲を歌いこなせる歌姫を見つけた喜びを表明しているのではないだろうか。

「作ってはみたものの、この音域、この勢い、このドラマツルギー、(あたしを含めて)誰か歌えますかしら?」

そんな葛藤があったのではないだろうか。絶叫系を歌いあげたい中島さん自身もビビるほどの愛の絶叫歌。それを歌える歌手がいたわけだ。技巧も音楽的感性も申し分ない平原綾香がいた。

平原綾香の実力も語る必要がない。中島みゆき×平原綾香=絶叫系楽曲の完成度無限大という解を得た気分だ。

ついでに言えば、ボクはピアニシモで歌う中島みゆきが好きだった。これも前に「世情からピアニシモへ 中島みゆきの『常夜灯』を聴く」に書いた。そういう意味では、中島みゆきさんのピアニシモ系の楽曲も平原綾香の解釈で聴いてみたい。「明日」に通じるエバーグリーンな気分に浸れる素晴らしい音楽の創造につながる気がする。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.06.04

管理画面に知らない男の顔写真という恐怖

少し前にこんな質問をココログスタッフに出してました。

pencil
ココログにログインして最初に表示される管理ページトップで、ブログ名がテキスト表示されるところ(記事を書くボタンの上)の背景に知らない男の顔写真が毎回表示されて気持ち悪いです。以前はここに背景画像はなかったと思います(あったとしても無地の画像でした)。

そもそもここの背景に写真が表示されるのはユーザー設定では不可能だと思うので、これはココログそのものが何かウィルスかスパムに感染してしまっているのではないでしょうか。とても気持ちが悪いです。(以後省略)

-----

想像したら怖くないですか?記事を書こうと思ってログインしたらいきなり知らない男の顔写真が表示されるんですよ。以後毎回消えません。完全に背景画像となってました。

ココログスタッフに問い合わせたところ再現しなかったとの回答を先ほどいただきました。ウチの環境の問題が考えられるとのこと。

たしかに質問した翌々日からだったかな、私のPCでも再現しなくなりましたよ。何らかの手当てをしてくれたのかなと思ったのですが自然に直ったようです(あるいはココログ広場にも報告していたので他のスタッフがこっそり直されたのかも…)。

そんなこともあるだろうと、その時の知らない男が表示されてる管理画面をスクリーンショットで保存していましたので、そのときの恐怖をおすそ分け!

» Continue reading

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2016.06.03

ブラバンキッズ・リターンズ!まさかのドラマ化に寄せて

はじめにことわっておきますが、「ブラバンキッズ・リターンズ」なんてドラマはありません(笑)。今年の夏、TBSで始まるドラマ「仰げば尊し」への期待をここに表明しておきたいと思い書き始めた次第です。

なぜブラバンキッズ・リターンズなのか?

それはひとくちメモの2009年の記事「復刊!ブラバンキッズ・ラプソディー」から7年目にして、このノンフィクションがドラマで甦るからでございます!私が個人的にリターンズと騒いでるだけでございますが、騒ぐだけの価値がある原作のドラマなわけですわ。

最近、書店でも『ブラバンキッズ・ラプソディー』と続編の『ブラバンキッズ・オデッセイ』が平積みになっているのは気づいていました。しかしそれがドラマ化につながっているとは思ってもみなかったわけです。

ボクはこのノンフィクションの面白さをよく知ってるので、復刊後にロングセラーになって嬉しかったですし、新学期のこの時期に口コミで売れる書籍なんじゃないかくらいに思っていました。ひとくちメモの記事も多少は貢献できてたかなとひとりほくそ笑む的な(wink

ひとくちメモの記事は7年経ったいまでも結構読まれてはいたんですが、それが今日になっていきなりのアクセス数急上昇。どういうことだろうと検索してドラマ化を知りました。

それもTBSの日曜夜9時ドラマですよ。ドラマの王道…。そんな言葉すら浮かんでくるドラマ枠です。

ブログ書いてて良かった~。こうして情報が入ってきてくれる。ほんとアクセスしてくださる皆さんのおかげございます。ありがとうございます!

そしてキャスティングにもまたクラクラ来てしまいますね。中澤忠雄先生の役を寺尾聰さん!そう来るかTBS!まいった。素晴らしい。素晴らしすぎる。

ボクは寺尾聰さん主演の『優しい時間』ってドラマも大好きでDVD-BOXも買ってるわけですが、ブラバンキッズ・リターンズ(違うって!)の主演もやってくれるなんて…。もう感動で泣きそうですわ。でももっと悲しい瞬間に涙は取っておきます(松本隆かよ!)。

2009年にも書きましたが1991年初版の『ブラバンキッズ・ラプソディー』が2016年夏のドラマになるなんて。四半世紀の時を超えてドラマ化なわけですよ!

復刊されて良かった~。著者さん、編集者さん、そして八郎右エ門さん(ご無沙汰しております…)、おめでとうございますshine

すべてはそこから始まってるんじゃないかな。

復刊からドラマ化までをスピンオフドラマ化出来るよ。そこにオレも出たいな。いやブログを書くオレを六角精児さんに演じてほしいな(笑)。

そんな妄想はおいといて、とにかく必見のドラマなのですsign03

DVD-BOXも買う気満々!でもTBSがくれたらもっと嬉しい(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.05.21

サヴォワ邸散策メモ ~世界遺産登録(目前)記念~

世界中に点在するル・コルビュジエの建築を一括して世界遺産登録しようという取り組みが今年ようやく認められようとしてる。上野の国立西洋美術館も入っており日本のニュースで報道されているが、パリにあるコルビュジエ建築の代表作サヴォワ邸もそのひとつだ。

パリひとり旅でサヴォワ邸を訪問したのは2013年の秋。CDG空港についた2時間後、人影もまばらな早朝のモンマルトルの丘で超美人の女の子(たぶんモデル)に出会ってテンションがあがったが、その直後10代の黒人の男の子3人に囲まれた(たぶんカツアゲ)。精神的にアップダウンの激しい旅の始まり。カツアゲを振り切ったその足で向かったのがポワシー市にあるサヴォワ邸だった。

宿泊のホテルはベルシー地区で真反対の方向だったが、短期旅行だったので初日サヴォワ邸訪問も選択肢のひとつだった。そのためにパリヴィジットもゾーン5まで行けるものを買っていた。迷わず向かった。

サヴォワ邸やコルビュジエの建築について書けるほどの知識もスペースもないのだが、サヴォワ邸の写真も何枚か撮ってきたし、それをブログに書くタイミングはここしかないと思って写真アルバム的に残しておこうというのが今回のひとくちメモ。だから写真はサイズ変更程度であまり加工しないで載っける(写真はクリックで拡大)。

●行きは徒歩、帰りはバス

Villa_savoye001

Villa_savoye005ポワシー駅からサヴォワ邸までは歩いてもそれほど遠くない(バスも出てる)。パリ郊外の静かな場所でもあり、ひとり旅で軽く散歩したい人にはおススメの道のり。大都会パリとは違った精神安定剤のような街並みだ。

パリヴィジットを持っていればバスも乗り放題なわけだが、初めての街だし遠くなさそうだったので歩くことにした。知らない街を散策するのは気持ちいい。駅を出て右方面に歩いていくと、分岐点に「Villa Savoye」の方向指示版があったのでそこを曲がる。地図を見るとその後もう一か所右折した感じだけど感覚的には道なりだった。

途中で住人のおじさんと目が合ってボンジュールとあいさつすると、サヴォワ邸までの行き方を教えてくれた。迷っていたわけじゃないけどふれあいには積極的に乗ったほうがいいのでメルシーメルシーとお礼を言って進んだすぐ先にサヴォワ邸はあった。ひっそりとあった。

そこから見学して帰るわけだが、帰りのほうが若干下り坂なので歩いてもいいかもしれない。このときは旅の荷物全部持って来てるし、サヴォワ邸をじっくり見学して疲れてもいた。パリヴィジットを使ってバスに乗る方法も知りたかった。それならこういうゆったりした街で使い始めたほうが使い方を教えてもらえそうだと思ってバスに乗った。それは正解だったと思う。何やっても正解なのがひとり旅というものだ(笑)。

Villa_savoye002Villa_savoye003Villa_savoye004




●サヴォワ邸の外観を概観

Villa_savoye006

上の写真はサヴォワ邸ではない(笑)。一瞬これがサヴォワ邸かと思い、「なんて小さくて手入れされていないんだ!?」と早とちりしたのだ。観光写真と現物が異なることはあるがこの差はなんだと。しかし大丈夫(笑)、これは門番の家らしい。サヴォワ邸はこの奥にある。

とはいえ、最初に目に入るこの水平連続窓の建物も、もう少し小奇麗にしておいた方がいいと思った。サヴォワ邸を紹介している書物などにもほとんど触れられていない門番の家だが、もっと敷地全体の外観、とくに入口は結構重要だと思う。観光目線だけどね。忘れ去られた感のあるこの小汚い門番の家をちょっとクローズアップしてみたくなった次第。

さて、こっちがサヴォワ邸。誰もがこの角度で最初に見ることになる。この日はなかでパーティが開かれてた。
Villa_savoye007

サヴォワ邸の玄関を入ると売店があった。土産物や書籍、レゴブロックなんかを売っていた。日本語の書籍はあまりなかった気がした。旅の荷物全部持ってきていたので売店横の物置部屋に荷物を置かせてもらった。

Villa_savoye011

いわゆる近代建築の5原則のなかの2つ、ピロティ(壁に覆われない開放的な空間)と水平連続窓とがものすごい存在感で目に飛び込んでくる。このシンプルな一軒家の外観は現代の目から見れば特別な感じはしないけれども、その起源であるという感慨は残った。

Villa_savoye008Villa_savoye009Villa_savoye010




●屋内散策~建築的プロムナードの傑作~

サヴォワ邸内部の写真もたくさん撮ったけど、そういうのはコルビュジエ建築の書物にたくさんあるので専門家にお任せして、ひとくちメモ的には枝葉末節な写真をいくつか載せてみたい。

屋内に入った瞬間目に入るスロープの存在感や迷路のような屋内の中央にあるらせん階段は「建築的プロムナード」と呼ばれるコルビュジエの特長を良く表しているそうだけど、その印象は写真では伝わりにくい。アラブの回廊をイメージしているともいわれていて納得した。

Villa_savoye013

部屋の配置は近代建築の5原則のさらにもう2つ、自由な立面自由な平面を強く実感できる。自由過ぎて家の中で迷いそうだ。

この迷子の感覚こそがコルビュジエ建築らしさでもあると思う。外観のシンプルさ、直線から受ける厳格さが屋内に入るとまったく印象が変わる。混沌というと言い過ぎだけど、その自由さや景色の多様さはサヴォワ邸の真骨頂だ。空間的制約のほとんどない広場を与えられコルビュジエが自由に設計した一軒家らしさ全開といえる。

Villa_savoye014


トイレへのこだわりは以前「パリのトイレ問題顛末記」として書いたが、そのときにアップした写真はサヴォワ邸の展示物(使っちゃいけない)トイレの写真だ。

Villa_savoye012

このお風呂はそのトイレの横にある。デジカメのHDRモードで撮っているのでコントラストが派手になってる(coldsweats01)。

●屋上庭園へ

Villa_savoye015

近代建築の5原則の最後のひとつ屋上庭園は、室内との連続性がとても意識されてる。ここはまだ屋上ではなく2階のテラス部分。最初に見えた水平連続窓の左端が、この上の写真では奥の人がいる左側の窓。ここは内と外が混在する屋上テラスのような造りになってる開放空間。

Villa_savoye016

360度パノラマ画像も撮ってみた(写真クリックで拡大)。2階の屋内と屋外テラスが混然としてる空間。

Villa_savoye020


そして屋上庭園にはスロープで向かう。

Villa_savoye017


実際に屋上まで上がってみると正直室内ほどの面白さはなかったけど…。混沌とした室内空間から開放されたカタルシスみたいなものはあるのかな。何もないことがかえってホッとするみたいな。

Villa_savoye018Villa_savoye019





というわけで、サヴォワ邸散策は終了。建築に興味がないとものすごく感動するってことはないだろうし、現代建築から見ればちょっと変わってるけど許容範囲の家にしか見えないかもしれない。でも世界遺産となる重要文化財であることは確か。いったんは解体されそうになったところをアンドレ・マルロー文化相がいたおかげで保存できた幸運の物語なども合わせて楽しみたい観光地だ。旅の初日の朝からだったのでその後ホテルで爆睡した。

Villa_savoye021

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.04.29

『フェルメールになれなかった男』 嫌いじゃない!むしろ好き!

ショーンKの学歴詐称問題のニュースがあったタイミングでこの書籍のことを書こうと思ったのだが、ずいぶん時間が経ってしまった。ちなみに学歴詐称問題については2004年に「ポスト古賀?」というヒット記事を飛ばしたひとくちメモ。様々なところからリンクされたけれど、結局タモリの学歴問題は12年経ったいまもうやむやなままである。それがタモリの偉大なところでもあると思う今日この頃。ショーンKにも見習ってもらいたい。

さて、本題。フェルメールになれなかった男とは、世紀の贋作師ハン・ファン・メーヘレンというオランダの男だ。フェルメール他の贋作をいくつも描き世間を欺いた男だが、欺いた相手の中にナチスのゲーリング元帥がいたことでナチスに贋作を売りつけたオランダの英雄のように持ち上げられた男でもある。そして贋作したという自白を信じない人々のために裁判で贋作制作を実演してみせた男、ファン・メーヘレン。

こういう書物も評伝といっていいのだろうか。ノンフィクションというのだろうか。構成もよくミステリーのように読み進められる。そしていまもフェルメールの贋作論争は続いており、芸術とは何かを我々に問いかけ続けている。

私は贋作師が嫌いじゃない。世の中をペテンにかけて批評家が適当な言説を述べるのをひとり嗤い軽蔑する人間。自分で贋作であると名乗り出なければその作品は他人の名声とともに永遠に生き残る。その倒錯した喜びとむなしさの狭間で生きる、その生もひとつの芸術の在り方かもしれないと思う。

絵画に付されたサインや売買記録、展示記録のような枝葉末節が最も重視される美術界の在り方もある意味ペテンのようなものだ。作品の本質というものは実は重要ではなく、商品価値を決めるのは流通経路といっているようなものだ。

真作か贋作かが重要なのは流通する価値、経済的価値でしかない。この絵は誰の絵かを当てるクイズを楽しんでるようなものだ。そこにジョーカーを紛れ込ませるのが腕のいい贋作師だ。ただ答えを教えないまま永遠に続くクイズがいまも世界中に地雷のように潜んでいる。その現象こそまさにアートじゃないかとすら思ったりする。

メーヘレンはもともとは素晴らしい絵画を描く技術を持ち、絵の具の研究に余念がなく、ボタンの掛け違いがなければ画家として成功していたかもしれなかった。だが世間が自分の存在を認めないと分かったとき、17世紀の絵の具について研究し、キャンバスを自作の窯で焼いて古さを演出し、美術評論家の弱点を見抜き、そこをくすぐるような作品を描いた。贋作ではあっても渾身の作品が出来上がってしまった。そこにフェルメールと署名してしまったことだけが罪だった。

贋作が贋作と呼ばれるのもそこに経済的価値が付随するからだ。メーヘレンは大金持ちになった。そして堕落する。女に酒にと生活も荒れていく。そして終戦後逮捕されたメーヘレンは親ナチスの大金持ちとして糾弾されるよりも、贋作師であると自白することで自分の技術を世間に認めさせることを選んだ。このときのカタルシスはどれほどだっただろう。贋作師としてこれ以上の舞台はないように思う。

学歴詐称と決定的に違うのは、そこに作品というリアルな実体を伴うところだ。偶然や人脈や様々な要素によって芸術が、芸術家が、世の中に認められるかどうかは紙一重であり、そうやって出てきた作品はもちろん素晴らしいけれども、出てこなかった芸術や芸術家の思いを物語る贋作というジョーカーにも切ない感情を喚起されることがある。何らかの感情の起伏を伴う作品、それもまた芸術と言ってもいいんじゃないか。

オーソン・ウェルズはかつて「フェイク」という映画を作った。贋作師をドキュメンタリータッチで追い、しかしその映画もどこまでが本当はわからないような映画だった記憶がある。当時はあまりちゃんと見てなくてもう一度見たい映画のひとつだ。贋作であるという、まさにそこに惹き込まれる人々もいる。ボクもどうやらその一人だ。贋作はバレなきゃ贋作になり得ない。贋作が贋作として認められると作品としての経済的価値を失う。だがメーヘレン作品のいくつかはいまも美術館で見ることができそうだ。贋作であることに価値がある珍しい作品として。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.03.06

マネーショート~華麗ならざる勝者たち

この映画の邦題は「マネー・ショート~華麗なる大逆転」だが、心情としては「華麗ならざる勝者たち」と書きたくなる。もちろん商業映画のタイトルとしては華麗なる大逆転のほうが華麗であり正解だ。

狂気のサブプライムローンバブルを見抜き、ウォール街を出し抜いた彼らの雄姿。マイケル・ルイスの原作を読んだのは2014年末から2015年初にかけてだった。読み終わる頃にスイスフランが対ユーロペッグをやめたというサプライズが起き、そこでこのひとくちメモでも原作について触れている。原作と言ってもノンフィクションであり、嘘のようなホントの話だ。

主役が何人もいるので、原作を知らないと最初は若干とまどう映画かもしれない。そもそもがややこしい金融業界の裏の話だ。特に投資家や投資銀行の世界の話であり、リスク資産が日常の米国と一般人にはあまり馴染がない日本とでは観客の意識も異なるような気がする。もっとも日本も経済崩壊に向かっており、その敵が投資銀行ではなく国家そのものである恐怖は映画にも出来ないが。

●サブプライムローンは闇鍋だ。

サブプライムローンが破たんした2007-2008年は喧噪のなかにあった世界も、ようやく何が問題だったのか検証されて来た。映画では三日前の魚を使ったシーフードシチューに例えていたが、私流に言い換えればこれは闇鍋だ。腐った肉を持ってきて鍋に入れた人間がいる。極上肉や野菜と一緒に煮れば当分はごまかせる。美食評論家(格付け会社)も絶賛する。これに気をよくした闇鍋参加者は腐った肉の量を増やし、そしてみんな食中毒になった。この映画はこれが食中毒を起こすと最初に気づいた正常な舌を持った男たちの映画だ(笑)。

男たちは正常な舌を持っていただけでなく、それをボロ儲けにつなげようと考えた。そこが常人とは違う精神力と分析力、そして勇気の持ち主だった。彼らが住宅ローンバブルに気づくのは2005年頃。バブル絶頂の頃だ。業界人の誰もがボロ儲けしていた。その詐欺的なシステムによって…。

ファンドで他人の資産を運用していく仕事は儲ければいいというものじゃない。端的には儲ければいいのだが、その前に「説明責任」がある。これが実に困難な仕事だ。特にバブルな市場に向かっていく(逆張り)には、相当の勇気が必要だ。

誰もが美味いと言っている三ツ星レストランを相手に、彼らは腐った肉を客に食わせてると告発しているようなものだ。真実ではあるのだが、それを自分の持っているデータだけで自分の客に説明し納得させなければならない。人気絶頂の三ツ星レストラン相手にこれをやる勇気があるだろうか。

映画のなかでこの説明責任と闘っているのがマイケル・バーリ(クリスチャン・ベール)だ。主役のひとりではあるが、地味に一人で闘っている。他の主役との交わりもない。バブルが弾けるまで運用成績はマイナス20%を超える。顧客からのバッシングの嵐のなかで耐え、最後は400%を超える利益を得る。この孤独なヘビメタ野郎の姿が一番リアリティを持って見えた。

●空売りは悪ではない

空売りというと日本では極悪非道のように言われることがある。証券会社は買いは異常に薦めるが売り(信用売り)はあまりいい顔をしない。米国でも多少そういうところがある。特にバブルの中でのショート(売り向かい)は馬鹿にされるし、実際に損することが多い。弾けるまでは…。

バブルがいつ弾けるかは分からない。それは詐欺的システムの堅牢性だったり、それを信じる投資家やマネーの量が支えている場合もある。詐欺と知ってか知らずか、カネがカネを生むそのシステムを誰も疑わない。そのほうが儲かるからだ。考える必要がない。

実業界も実体以上の評価でも下がるより上がる方がいい。短期的評価こそ強欲資本主義の肝であり、今が良ければそれでいいのだ。勝ち逃げするためなら何でもやるイカサマ博打をやってる。イカサマだからばれるまでは勝ち続けることが出来る。それに提灯をつける(後追いする)有象無象の投資家も出て来てバブルを更に膨らませる。

しかし実体経済とつながっている金融システムは、詐欺の矛盾を徐々に露わにしていく。それを自らの足で調査し確信して空売りを始めるのはマーク(スティーブ・カレル)たちヘッジファンドだ。郊外の住宅地。空き家が目立つがどれもお買い得物件と説明される。住宅ローンには何の担保もいらない。空手形でも借りられる。

マークはそんな適当な売買をやってぼろ儲けしているブローカーの言葉を聞き、部下に疑問を投げる。「彼らはなぜ罪を告白してる?」すると部下は応える。「彼らは自慢してるんです…」

あきらかに実態経済は足もとから破たんし始めていた。破たんする市場を売る(ショートする)ことは悪ではない。理にかなっている。警鐘を鳴らしている。しかしウォール街の住人としてのマークには常に葛藤がある。この詐欺的システムやそれを分析する気もない格付け会社への怒りも徐々に高まる。

●実体経済が敗者となる資本主義社会

もう一組の主役は、ベン(ブラッド・ピット)と若き投資家ジェイミー&チャーリーだ。ISDAというデリバティブ取引の資格を持たない(資本が少なすぎて持てない)若き投資家コンビから話を持ちかけられたベンは伝説の銀行家。だが汚いウォール街に嫌気がさし引退していた。

この取り組みにベンが乗ったのは、ウォール街を出し抜いてのし上がろうとしている若き二人に純粋に魅かれたからなのだろうか。それともウォール街で名を馳せた銀行家としての嗅覚がこのビッグ・ディールに目覚めたのか。そのどちらもかもしれない。もうひとつ、ブラッド・ピットが演じたくて仕方なさそうなかっこいい役だったからかもしれない(笑)。

ベンは空売りで大きな勝利を得て浮かれている二人を諭す。負けたのは国民だと。確かにそうだった。サブプライム層といわれるリスクの高い低所得層を食い物にしていく。そして裾野から崩れたリスクは上位層も巻き込んで一気に崩壊した。金融工学などまったく知らない一般人の生活を一晩でぶち壊す。肥大化した資本主義は実体経済にレバレッジをかけて世界をゆがめていく。

バブルを勝ち逃げすることよりも、弾けたバブルのショートで勝つことのほうが儲けは数倍になるかもしれないが、心情としては苦しいだろうと思う。世界の崩壊に投票して勝つことになる。まったく華麗とは言えない苦い勝利に違いない。

資本主義が実態経済と乖離しはじめている21世紀は、バブルも起きやすくなる。誰もが勝ち逃げするためにプチバブルに乗ろうとする。さらにバブル崩壊でどう儲けるかも学習してきた。バブル崩壊に賭ける手段も進歩しオプションを使ったヘッジは常識になっている。

バブルを崩壊させ逆バブルを起こす。流れにのることが相場そのものだからだ。バブルが連続し乱高下しやがて更なる大バブルを生む。エントロピー増大の法則のように。規制できる機関が無くなってきている。人類は資本主義に追い詰められてきている。

だが、これらのツールを身に着けてウォール街の人々が考えるのは、次なる詐欺の手口だ。自分だけは勝つ。後は野となれ山となれ。こうして繰り返されるマネーゲームが実体経済を蝕みながら続く。総体としては世界経済崩壊に向かう道だが、今が良ければそれでいい人類の浅はかさ。それは原発を生んだ業(ごう)にも似ていると思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.02.16

ニフティの@homepageサービス終了

ついにこの日が来てしまった。@niftyのホームページサービスの@homepageが今年終了するとのメールが届いた。ほぼホームページという手法が過去のものになったということか。

ただ、2018年までは引っ越し先が準備されてるようなので、さっそく引っ越した。ひとくちメモのプロフィールも新しいリンク先に変更した。

新しいURLは、http://popn.cafe.coocan.jp/index2.htm です。

2006年から更新していないので、もう10年放置しているわけだけど、たまに過去の自分の言動を確認にいくことがある。

1999年のラーメン紀行とか、きっと今後も読み返すと思うんだな(笑)。

ホームページを作っていた頃って一番アグレッシブにいろんな事やっていた気がする。記事の背景にあった出来事とかいろんなことをスッと思い出せる。

Geoid onlineの雰囲気は当時からブログっぽくて、近未来を予見していた気がする(自画自賛 catface)。デザインは手作りで作っていたわけで、自由度や発想を形にする面白さはホームページのほうがあった気がする。確かに時間はかかるしパブリッシングも面倒だったけど、その非効率が面白かった。

最初はHTMLをゼロから覚えてワープロソフトの付録機能で手書きしていたわけだから、ほとんど「作る」という部分に主眼があったし、そのスキルを身に着けることが楽しかった。その後、Visual Cafe や マクロメディアのソフトに進化していった。

ブログになってからはシステムを覚える必要がなくなり、純粋に「書く」という部分に精力を傾けた。それはそれで面白かった。

いずれブログというメディアもまたホームページのように別のカタチに置き換わっていくのだろうか。どこかで全部やめてリアル社会だけの存在となり、寿命が来て死んでいくのだろうか。綺麗に清算できればいいけど。どこかでスッパリやめる宣言はしたいな。イベント好きなので(smile)。

そのうち、手入力もなくなってブログ的なメディアが口述筆記や意識だけで電気信号飛ばして表現できる時代が来るかもしれない。そうなったら死ぬ間際まで発信できそうだ。「あぁ、もう時間です。さようなら浮世のみなさん」といいながら自分の死を実況中継できる時代がくるかもな。

とりとめなく書いてしまったが、まだまだ死なないと思うので、これからもよろしく。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2016.02.13

初日!ローカル路線バス乗り継ぎの旅 in 台湾 THE MOVIE

Movie_local_bus20160213スターウォーズに続いて今年2本目に観に行った映画は「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 in 台湾 THE MOVIE」だ!本日初日。一本目を見たいと思って朝から出かけた。どうせならローカル路線バスを乗り継いで映画館まで行こうかと、ひとり遊び的妄想がよぎったが、映画に間に合わなきゃシャレにならんと思いとどまり電車で出かけた。

1本目上映30分前だったがチケットはすんなり買えた。でも席は結構埋まっていた。初日の1本目なんてのは番組ファンが集まっていたに決まってる(笑)。同士とともに我々も台湾のバス旅に出かけるのだ、というテンションにはまったくならなかったが、大スクリーンで見るのはそこはかとなく嬉しい。

ある意味、究極のロードムービーだが、主人公が旅をする目的や意義は劇中には存在しない。出演依頼を受けたタレントが仕事としてやってるのはみんな知ってる。ドキュメンタリーでもない。TBSの「クレイジージャーニー」が映画になったらドキュメンタリーかもしれないが、こっちはタレント3人による単なる旅番組である。いや旅番組ですらないかもしれない。テレビ番組とまったく同じルールで移動するゲームのような旅だ。それをあえて映画館で見る。それがなぜか面白い。


面白さの源泉はやはり蛭子能収さん(68)だろう。蛭子能収論(coldsweats01)は第18弾のとこで書いたけど、もはやこのオッサンがなにかつぶやくだけで笑ってしまう。一日の終わりにホテルを見つけてホッと一息つくだけで笑える。民宿に泊まると聞いて涙が出てくるだけで笑える。まさに笑いあり涙あり!看板に偽りなしだ(?)。

太川陽介リーダーも初の海外では勝手が違う。しかし日本で身に着けた路線バス乗り継ぎスキルは活きていた。尋ね方ひとつで戻ってくる答えが違う。そのことを熟知する太川陽介リーダー。テレビ以上にあきらめない姿はまさに映画への責任感かもしれない。夕食時のジョッキ芸があまり見れなかったのは残念だが、台湾ビールのコップ飲みもなかなか見れない。身体にはこのほうがいい。

マドンナの三船美佳さんもいい人選だったと思う。英語もしゃべれて旅慣れてる。明るく弱音を吐かない。世界のミフネ話も嫌がらずにはさめて、映画化に求められたゴージャス感も持ち合わせる(smile)。蛭子さんの特技を引き出せたのはファインプレイ(笑)。この映画版では蛭子さんの知られざる特技も披露されたのだ。三船美佳さまさま。台風さまさま。ビニール傘さまさま。

台風といえば、この映画のロケには台風21号が直撃したのだった。路線バスが運休してしまうほどの台風。太川さんが読んでた新聞には22万人が避難という大見出し。台風一過で街を歩けば公園の木が倒れていたりする。マジで危険な台風だったことがわかる。CNNでもニュースになってた

屋外ロケの撮影に悪天候はつきものだが、この番組はそれでも撮影を強硬してしまう。3泊4日でゴールというルールはルールなのだ。そこはドキュメンタリータッチなのだ。しかしこの台風までもがサスペンスな雰囲気を生んで、この番組を映画っぽく仕上げることに貢献する。台風があったからこそ生まれたドラマがいくつもあった。番組の勢いとは恐ろしいものだ。台風まで味方にしてしまう。

いつもながら旅番組としての情報は少ないかと思いきや、そこは映画だ。いつもより余計にロケーションの説明を入れてあったような気がする。キートン山田さんの名調子がとても心地いい。ローカル路線バスだから普通は立ち寄らないような小さい街も紹介されて、そういうローカルなところがまた心地いい。情報といえば台湾のローカル路線バスが台風で明日運休になるかどうかは毎晩22時に発表されるのだ。覚えておこう(笑)。

個人的に映画のネタばれなんて気にしない私だが、この映画は達成できるか出来ないかのゲーム番組でもあるのでそこは伏せておきたい。最初で最後かもしれない映画化でまさかの「ゴールできず!」というのもないとはいえないのがこの番組だ。そのハラハラ感が最終日まで続く映画に仕上がってる。編集の巧みさもまたこれまでの経験が蓄積された結果かもしれない。

蛭子さんは1800円払って誰が見に来てくれるのかと言ってたが、映画館で見て損はない作品になってたと思う。ただ一度もこの番組を見たことがない人が最初に見てどうだろう?DVDでもBS再放送でもいいから、一回国内版を見てからのほうが、より楽しめるように思う。

この映画は台湾でも上映されるのだろうか。やってみてほしい。結構ウケるんじゃないだろうか。観客にはルール表を渡したりして。ついでに日本から3泊4日で行く同行程チャーターバス乗り継がない旅なんてツアー組んでくれないかな(happy02)。台風はなしで。

映画のエンディングテーマは由紀さおりさんの「人生という旅」だった。まぁお上品!どうしちゃったの(っていうのも変だけど)。でも映画っぽくて良かった。作曲は杉真理さん。おもえば今回この映画を観たMOVIXさいたまが入っているコクーンのオープニングイベントは杉真理さんの屋外ライブだった。2004年9月17日のことだ。それも実は観に行った。なんだかそういうローカルな感慨もついでに味わえた。

帰りくらいローカル路線バスで帰ろうかと迷いながら一駅歩いたが、電車の誘惑に負けて電車で帰宅…。いや、電車ってやっぱ速いわ(笑)。ローカル路線バスを乗り継ぐ旅なんてやはり銀幕のなかのファンタジーだと思ったね。ちなみにローカル路線バス乗り継ぎの旅ファンタジー論は第17弾のときに書いてる

なにはともあれ、「映画化おめでとう!」とファンの一人として祝辞のひとつも述べておきたい。映画化してもなにも変わらないこの旅をこれからも元気に見せてほしいものだ。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.02.11

『親なるもの断崖』を『断崖~親愛なる者へ~』を聴きながら読了

週刊金曜日の1月15日号の書評は珍しく漫画を紹介していた。曽根富美子『親なるもの断崖』の新装版だ。宝島社の「このマンガがすごい!2016」の第9位で、電子書籍版もヒットして新装版が発売された。

このタイトルを見て中島みゆきファンならきっと「断崖~親愛なる者へ」を連想すると思う。もうタイトルだけで半分は惹き込まれてしまった。

更に舞台は北海道だ。明治末期から昭和初期の室蘭。日露戦争の頃から東洋一の兵器工場と言われ重工業で栄えた男の飯場。そこには当たり前のように遊郭があり、女衒に連れられて売られてくる少女たちがいた。

室蘭にある地球岬という断崖。地球岬をポロ・チケウといい、アイヌ語でポロ=親である・チケウ=断崖という意味らしい。ポロは大きいといった意味だが、そこにある大小の断崖の大きいほうを親、小さいほうを子に見立てて女衒が連れてきた娘にこう話す。ここから室蘭がお前の親だ。死にたくなったらこの断崖に来いと。

このとき連れられてきた娘は4人。松恵、お梅、武子、道子。この物語は彼女たちそれぞれの一代記といえる。世間の厳しさを凝縮したような幕西遊郭の只中にほうり込まれた壮絶な人生の物語。

長く生きながらえる者も短い生涯を終える者もいる。厳然と存在する世間の不条理やむき出しの本能。獣のように、いや獣以上に非情な人間社会。その営みと併存してもの言わぬ断崖がある。人々はその断崖を畏怖しつつ人生の岐路でその断崖の前に立つ。

読んでいる最中、中島みゆきの「断崖~親愛なる者へ」が何度も頭の中でBGMに流れてしまった。以前、この曲についてこんなことを書いていた。

断崖って聞くと断崖絶壁から身を投げるようなイメージが浮かぶ。でもこの断崖は決意表明を叫びに吹雪のなか出かけた場所なんだ。海に向かって、春の服を着て走り続ける決意をひとり叫んだんだ。叫ばなきゃいられなかったんだ。きっと。

断崖の前でその断崖の深い部分まで共鳴しようとする心は北海道人特有のものだろうか。北海道の断崖を観光でしか体験していない私には、その深層心理にまで共鳴することが正直難しい。中島みゆきの断崖も、曽根富美子の描く娘たちの断崖も、あらゆる感情を飲み込みあるいは抱きしめ、日常と非日常の境界に存在するかのようだ。

『親なるもの断崖』新装版は第1部と第2部の全2巻。第2部は、第1部で遊郭に売られて来た4人娘のなかのひとりが女郎として生き、壮絶な人生の果てに産み落とした道生という名の女の子の物語だ。そして昭和33年、売春防止法が完全施行されて幕西遊郭が消えるまでの物語でもある。

道生の目ぢからに圧倒される。第1部とは違う戦争の時代。強く生きようとする道生の愛おしさ。断崖と同じく、男の私にはどこまで登場する女性たちの心情に迫れたか分からないけれども、動乱の時代に息づいた女の系譜を中島みゆきのBGMとともに読み終えた充実感が残った。時代背景もうちの祖母、曾祖母の時代と重なる。7年前(2009年)の今日は祖母が亡くなった日。女系の家庭で育った私にはそういう部分での不思議な親近感もあった。

余談だが、これを読み終えたころには、似た境遇の映画『大地の子守歌』がブルーレイ化される予定だった。しかし発売直前にまさかの発売延期。素九鬼子原作、増村保造監督、そして原田美枝子主演。なんとかもう一度見たい映画だ。限定版でもいいから発売してほしい。オンデマンドでもいい。よろしくお願いします。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.02.08

NHKドラマ「逃げる女」の配役に魅せられた

最近忙しくてドラマを見ている時間もあまりないのだが、たまたま「逃げる女」第5話を見て、いや正確にはたまたまスポット番宣を見て出演者のあまりの良さに録画予約したらすでに第5話目だったのだが、それを見て思わずオンデマンドで最初から見直したのだった。

鎌田敏夫オリジナル脚本の全6回ドラマだ。鎌田敏夫、さすが、としか言いようがない。映画を見てるような感覚で惹き込まれた。来週最終回だが間に合ってよかった。それも最終回のひとつ前の回を見て惹き込まれたというのも個人的にテンションが上がる。最終回のひとつ前が面白いドラマこそ名作だという持論を何度も書いてきたがここでもそれが当てはまった。

インモラルを描かせたらNHKドラマはめっちゃクオリティが高い。「八日目の蝉」でそのことに気づいたのだけど、こういう逃避モノがボクの好物なのかもしれない。“逃げる”という行為そのものに惹かれるのかも。ロードムービーのような疾走感もあり、サスペンスな要素もあり、道草感(ストーリーの主軸に対する横軸的展開)もテンコ盛り出来たりする。

キャスティングの素晴らしさ。まるでボクのために作ってくれたようなキャスティングでまったく隙がない。それぞれに思い出のドラマや映画がある。主演の水野美紀は「彼女たちの時代」が印象的だった。「恋人はスナイパー」もなにげに好きだった。ベテランの遠藤憲一はいま乗りに乗ってる俳優だけど、ボクにとってはやっぱ「湯けむりスナイパー」のエンケンだ。賀来賢人はわりと新しめで「Nのために」が名作ドラマだった。このドラマも実に配役が良かった。賀来賢人は善人も悪人も出来そうな雰囲気を持ってる。

あと、でんでん。実は番宣にでんでんが出てたから録画したってとこある。でんでんも「湯けむりスナイパー」が実に良かったけど、映画の「冷たい熱帯魚」は外せない。

第二話の原田美枝子も大好きな女優のひとり。「大地の子守歌」がブルーレイ化されるはずだったのに1/29の発売直前になぜか販売延期に…。中止でなく延期であることを祈りたい。原田美枝子さんの作品はたくさんあるけどボクにとってのドラマは「無邪気な関係」だ。あのカッコよさは憧れの女性(姐さん)像になった。

田畑智子もドラマにたくさん出ている。存在感のある女優だと思う。たとえば沢尻エリカの「ファースト・クラス」でもいい味出してた。あまり知られてなさそうだけど「おシャシャのシャン!」という単発ドラマも田畑智子らしいドラマだった。NHKドラマ特有の難しい役とか演じきれる技量を持ってる。息の長い役者を目指してほしい。

そしてこの「逃げる女」でもっとも光っているのが水野美紀とダブル主演といえる仲里依紗だ。正直なところ、これまでは名前を知ってるといったレベルだったけど、このドラマで見せるヤバい少女役はすごい。並みの若手女優じゃこれは出来ない。彼女は伸びる。いやすでに売れっ子なんだろうけど、もっとしっかりした物語にチャレンジできる女優だと思う。これからも内容のある作品に出てほしい。

これだけのキャスティングで鎌田敏夫のオリジナル脚本でがっつり作られた「逃げる女」に、やっぱりドラマを観なきゃアカンなと思った次第。オンデマンド様々!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.01.23

岡山県プチ再訪記~バレーとミートとアートに魅かれて~

Fujisan_20160109_085820

1月9日(土)の朝の新幹線で岡山県へプチ旅行をしてまいりました。上の富士山の写真は新幹線の車窓からスマホで撮影したものです。富士は眺めるのが一番でございます。しかし1月というのに雪がほとんどない…。その後、大寒波到来となっている昨今ですがこのときはまだ暖冬のなかにあり、私の12月の電気代は前年比42%オフという驚異的なものでした。

今回の岡山旅行の目的は3つ。岡山シーガルズ(女子バレー)をホームで応援、QUCHIの熟成肉との再会(再食)、大原美術館の再訪で、2泊3日のプチ旅行です。

4人で出かけたのですが、メンバーは女子バレーの久光製薬ファンとNECファンの2名と、食にしか興味のないQUCHIファン1名でした(笑)。

岡山シーガルズは今季あまり調子が良くなく、気合いをいれてさいたまから応援に向かったメンバーは私だけだったわけですが、遥か岡山県まで付きあってくれた他チームファン&肉ファンに感謝です!NECファンには旅券やホテルの予約を全部してもらいました。QUCHIはもちろん私が予約しました。

●朝の新幹線から酒盛り…

それにしても当日午後からバレーボール公式戦の観戦だというのに、このオッサン連中は当然の如くビール持参です。その気遣いは嬉しいのですが、バレー観戦も長丁場です。久光製薬はこの日出場しないので久光ファンがビール飲むのはわかるけど、NECファンまで…。もっともビールを水のように飲む人々ではありますが。ご自愛くださいとしか言いようがない…。ボクも(実は強いので)2本いただきましたけど。

またバレーに興味のないQUCHIファンは朝から弁当2つ持参です。混みあう東京駅のどこでどの人気弁当を買うかから逆算して家を出て来ていたそうです。そして岡山県に着くまで何かを食い続けていました。この日の夕食はQUCHIの熟成肉なんだからもっとセーブすべきだと言ったのですが、彼の食欲への自信は揺らぐことがありませんでした…。ここでもまた、ご自愛くださいとしか言いようがありません…。命を大切に。

●シーガルズは1勝1敗

岡山シーガルズは今季ホームゲーム最終戦でした。9日はデンソー戦、10日はNEC戦。初日は0-3で完敗。あまりの負け方にアウェイのような負け方だったとツイートしてしまいました。しかし翌日曜はNECに3-0で完勝!山口舞の忍者ブロードは健在で、セッター宮下遥とのコンビはまるで『ハイキュー!!』のようです(笑)。

ボクは何事も職人技が好きなので、山口舞のこの移動攻撃には国宝級の賛辞を贈りたい。いいもの見せてもらったなぁと幸せな気持ちになります。宮下遥とのコンビが完成されているのも力強い。ただ宮下は世界を目指すセッターなので、職人技の山口舞だけでなく様々なコンビネーションを構築できる柔軟なセッターに成長してほしいと思っています。

他チームでは東レの迫田やNECの古賀が好きです。迫田さおりのバックアタックもまさに職人技。あの美しいフォルムと力強さはライブで見る価値のある技術だと思います。古賀紗理那は有望な若手選手。全日本のときは宮下とチームメイトになるわけですが、宮下遥も年下の古賀とは話しやすそうに見えました。そういうコミュニケーションがセッターには必須なので、古賀の成長にも注目してます。

●そしてQUCHI再訪!

20160109_211843

バレーボールが終わって、眠そうだった肉ファンも俄然生き生きとしてまいりました。しかし朝から延々いろんなものを食べ続けているようなので、とりあえずホテルまで20分程度歩いて帰り、また歩いて熟成肉のQUCHIを目指すことにしました。運動しないと(笑)。

QUCHIは昨年の夏旅で偶然見つけて行ったお店です。そのときの野菜と奈義ビーフが忘れられず冬に再訪を企画したわけです。予約は一か月前に入れました。予約のとき夏に食べたリブロースをもう一度食べたいとリクエストしてみました。しかし熟成肉が熟成するにはもっと長い日数が必要な場合があり、予約した日に入荷できるかどうかは分からないとのことでした。それは当然なのでかまいませんと予約完了しました。結果的にこの日は予約客だけで満席でした。

そして予約した日に行くと、メニューには載せず我々のためにリブロースを用意していただいてました。こりゃ岡山シーガルズは負けたけど(初日だったので)、気合いいれて食べようと思い、リブロースを500g注文しました。これ以外にサーロイン500g、イチボ400g、外モモ200gと合計1600gの熟成肉を注文。4人で割れば一人400gで食べきれると計算して注文したのです。

20160109_203732しかし4つの誤算がありました。まず季節のサラダを注文しすぎたこと。前回の記憶では野菜が美味しかった印象が強烈にあったので、ついつい大量のサラダを最初に食べてしまいました。そして1.6kgの熟成肉が来るまでにオムレツだカルパッチョだとサイドメニューを注文しすぎ。さらにこのQUCHIの肉を目指して来たはずの食の王者が朝からの食べ過ぎと興味のないバレーの観戦疲れで睡魔に襲われ始めました…。食欲は睡眠欲にかなわないという弱点を持っていたのです。最後に4つの部位の合計1.6kgの熟成肉には大量の付け合わせ野菜が届いたのでした。

この付け合わせ野菜がこれまためっちゃ美味いのです。サーロインなど脂の多い肉では、ちょうどいい箸休めになる味で、この組み合わせは本来ベストなんです。しかしここまで野菜サラダを含め食べ過ぎていた我々にはまさかの大量野菜の登場でほぼノックダウンでした。しかし私がダウンするわけにはいかないのでおそらく500g以上の熟成肉を食べました。途中までモンペラの赤ワインでしたが最後は炭酸水をもらって流し込んでました。そんななか久光ファンのビール好き氏がマイペースでたくさん食べてくれて助かりました。

食べ終わって店を出るときに夏にいろいろ説明してくれた女性店員さんが見送ってくれました。最初に飲み物を持ってきてくれたときに「夏にお会いしたの覚えてます?」と聞いたら覚えていてくれてテンションあがりました(happy02)。もっとも名刺を渡す客も少ないと思いますが…。それで食べ過ぎた話をすると、お客さんのなかには熟成肉数百グラムと付け合わせ野菜にご飯やパンというお客さんもいるとのこと。いや、それが正解!美味しいからといって食べ過ぎるのは良くない。過ぎたるは及ばざるがごとし(論語)。次回はもっと大人な食事をしたいという思いを強くしました。

●児島虎次郎記念館と大原美術館再訪

日曜の午前中はせっかくなので後楽園を散策しました。ちょうど成人式の式典がある日らしく、振袖姿の女性やカップルが多く、冬枯れた庭園に色彩を与えていました。

その後、軽めの昼食をとってバレーボールの観戦に行き、シーガルズ完勝の余韻とともに倉敷に移動しました。倉敷のホテルはNECファンのチョイスでしたが、倉敷アイビースクエアでした。

私は大原孫三郎と児島虎次郎が大好きなのでここもテンションが上がりましたね。1999年に初めて大原美術館を訪問しました。城山三郎さんの小説『わしの眼は十年先が見える―大原孫三郎の生涯 』を読んで以来のファンといえます。そして児島虎次郎画伯の絵画も大好きです。今回倉敷に泊まるなら再訪必至でした。

倉敷の美観地区はやはり独特な観光地であり、歴史の奥深さと新しさを兼ね備えた美しい場所です。着いた日の夜、事前にメンバーがリサーチしていた女性バーテンダーのお店をハシゴしました。こういう街の常連になりたいものです。

翌朝はまず児島虎次郎記念館から巡りました。児島虎次郎本人も洋画家として優れた作品を残しています。個人的には初期の作品の光の扱い方が大好きです。大原美術館にある作品群のなかでもセガンティーニの『アルプスの真昼』が一番好きなのですが、この明るい太陽の光を虎次郎も好んだのではないかと思ってしまいます。ただ残念ながら現在この作品は、都内でやっている「大原美術館展」に出張中でした…。その渇望感もあって小さなレプリカを買って帰りました。

駅前の書店で大原美術館関係の書籍棚を探したら持っていない書籍がありました。『大原美術館の誕生―画家児島虎次郎の想いと建築家薬師寺主計の思い』です。2012年発行なので前回訪問時からだいぶ経ってから出版されたものでした。即効で購入。建築にも興味があるボクにはピッタリの書籍でした。

濃厚な三日間でしたが、割と気楽な旅でもあり、もっとこういうプチ旅行を今後もしていきたいなと思います。ただビールはそんなにいりません!命を大切に…。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2016.01.09

岡山シーガルズを応援に

岡山シーガルズを応援に
岡山県に来てます。初日はシーガルズ敗北。山口の忍者ブロードは冴えてたけど残念。明日に期待!

東レとNECの試合は良かった。迫田も古賀も。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.12.27

ひとくちメモ的漢字で振り返る2015年

Tou年末恒例(でもないか?)のひとくちメモ的漢字で振り返る2015年。昨年は「捨」だった。いろんなものを捨てた年だった。そして今年の漢字だが。今年は「盗」にした。今年も漢字辞典オンラインさんから盗んだ、いや引用した画像を貼ってみた。こんな漢字で表現されちゃう年なんて!

いろんなものが盗まれたり盗まれそうになってる。東京五輪エンブレムの盗作騒ぎ、ミスチルの歌詞をモロパクリした歌謡曲、あるいは日本の安全、世界の平和、沖縄の民意。グローバル化といいつつ米国追従から逃れられない日本はTPPによって国益も危うくなり、格差確定社会は文化的に生活する人権をも盗もうとして牙をむいてくる。

そんな一年、オレもスーパーカブ110を盗まれた。捨てる神あれば拾う神ありというが、まさか盗む神ありだったとは!確かに維持費ばかりで乗っていないバイクだったからそろそろ売るかと思っていなくもなかった。決して手間が省けたとは思っていないが、なんとなく肩の荷が降りた感じもなくはない。でなきゃ怒りで「盗」を今年の漢字にして茶化したりできない。茶化してんのか?

どうせ盗むならルパン三世 カリオストロの城のようにクラリスのハートでも盗んでみたいもんだが、そういう技術には長けていない。誰かオレのハートを盗んでくれと叫ぶのも大人げない。

そういえば昨日キング・オブ・コメディの高橋が20年間女子校に忍び込み続けて制服を盗んでいたかどで逮捕された。キンコメ好きだったのにな。あんだけ面白ければ女子高生のハートも盗めてただろうに馬鹿なことをしたものだ。相方の今野が可哀そ過ぎる。才能ある芸人なのに。今野の芸人人生だけは盗まないで欲しいと切に願う。

●年末小掃除

今年の年末はいつになくいろいろと忙しく大掃除や大片づけをする時間がない。今朝、風呂の年末小掃除をした。風呂のリフォームをしてから一番良かったのは掃除がしやすくなったこと。それもズボラ人間にはありがたい小掃除の手間が少ないことだった。

昔の風呂はタイル張りだったから、梅雨時にちょっと放っておくとすぐに目地が黒カビの餌食になる。奴らは一瞬にして増殖する。カビキラーで白くは出来るがいざやるとなると大掃除になってしまう。リフォーム後はタイルでなくなった分、サッとふいて水で流しておけば増殖を抑えられる。シャワーを浴びた後に冷水で洗っておけばそもそも黒カビも付きにくいようだ。

また排水溝も掃除しやすい構造に改良が加えられている。リフォーム技術の進歩は目覚ましいな。技術の進歩は大概人間をズボラにしていくが、こと家事に至っては簡単に掃除が出来るから短時間で何回も掃除したくなる。風呂のリフォームがオレに意識改革を迫ったわけだ。これこそ科学の進歩のあるべき姿だ(笑)。

きっとトイレや洗面台や台所もリフォームすれば一気に生活が21世紀型になるような気がしてくる。だが財布その他との相談も必要だし、ちょっとずつ変えていこうと思う年末なのであった。

●未来志向の21世紀に向けて

21世紀といえば、すでに21世紀も15%の時間を消費した。世間的な空気はキナ臭いが、ビジネスにおける様々な改善、とくにコミュニケーション論での変化が著しい気がする。

読んでみたなかでは、例えば数年前から徐々にブームとなって来たアドラー心理学。『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』がいまも売れ続けている。この心理学の肝は反フロイトでトラウマを全否定するところだ。

人間の行動、意志、考え方を目的論で捉える。現状への不満を環境のせいにせず、「こうありたいからこうなっている」と考える。環境は常に自分自身の気持ち次第というわけだ。

これはオレの敬愛する相場師エド・スィコータの言葉「誰もが市場から欲しいものを手に入れる」と共通した達観だと思った。損する人間はそれを望みそれが実現したに過ぎない。なぜならそれを自ら選択し自らその結果を招いたのだ。欲しくなければ手放せば良かったし、もうひとつの選択をしていれば得していたはずだ。だが選ばなかったわけだ。

あるいは「マンガでやさしくわかるU理論」というものも読んだ。最近はマンガで超入門系がたくさんあって面白い。ただそれだけにこちらは理論としての検証が科学的かどうか個人的にはまだ判断つかない。

U理論がコミュニケーション論として面白いのは「未来から学ぶ」というコンセプトだと思う。ダウンローディング、シーイング(観る)、センシング(感受)、プレゼンシング、クリエイティングという一連の思考・行動を通して、自分には見えない自分自身のこと、あるいは相手の気持ち、そういったものを言葉にして観察し感じ取りイノベーションにつなげていく。ある瞬間に過去を捨てまったく新しいアプローチ(方法論)が示現する。過去の延長でない新たな未来を創造するのがU理論の醍醐味だ(と思う)。

これに関連して、毛色は違うが経済性工学にも再度注目した年だった。経済性工学はコミュニケーション論ではないが、共通点がある。それは過去に縛られず現在を起点とした未来価値の損得勘定であるところだ。過去にどれだけ投資して(そこで損して)いようが関係ない(し得していようが関係ない)。

これらに共通するのはすべて過去ではなく未来指向である点。人間はとかく過去に囚われ過去の延長線上に未来を描きがちだが、過去を気にせず、いまここから、新しい現実を生み出そうとする意志に重点を置いている点がポイントだ。

社会の閉塞感も個人的な怒りも経済的損得も基本的には過去を起点として示現した現在の姿だが、過去に囚われている限りイノべーティブな発想につながりにくい。それらの過去をいったん棚上げしてゼロベースで未来を考えることも時に必要であり、21世紀とはそういう“時”なんだと思う。そうでもしなきゃブレイクスルーは起きないと肌感覚で感じ始めた人たちが増えているのかもしれない。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2015.12.20

来年も糖質制限!そして筋トレも自主トレするぞ…

今年のタイトルマッチ(健康診断ともいう)は完敗だった。糖質制限を始めて3年2か月。ハッキリ言えば中だるみだ。体重はそれほど戻っていない。リバウンドがないのはプチ糖質制限(夕飯だけ糖質を制限する食事)を続けているからだろう。だが始めたころほどストイックではなくなっている。

部屋の片付けをしていて出てきたスーツのスラックスがあった。クリーニングから戻ってきてつるしっ放しだった。いつクリーニングに出したかも覚えていない。3年以上前だろう。履いてみたらブカブカだった。試しにお直しショップでウエストを詰めてもらったら9cmも細くせざるをえなかった。糖質制限の威力は継続中に間違いない。

だが、体重が下がり続けていた頃のモチベーションと上下動がほとんどない現在のモチベーションとを同じレベルで保つのは実に難しい。逆に飲み会などで朝の体重が増加していたりすると、そこから三日以内に戻すというモチベーションになり、実際すぐに戻ってしまう糖質制限なのでそういうスリルを味わうのが楽しみになったりする。まさに相場で負ける逆張り素人のような心理状態だ。

肝機能がA判定でなくなったのはまさに調整ミス以外の何ものでもない。チーズと生ハムを食べるときには赤ワインが欲しくなる。晩酌する習慣はなかったのに、チーズを食べるために飲む赤ワインの量は激増してる気がする。血液がワインで出来ていた川島なお美さんがお亡くなりになった今年でもあり、ワインは侮れないと思う。ワインなしでチーズを食べる生活に戻りたい。

コレステロールと糖質制限とは直接的な関係は薄そうだが、徐々に減ってきてはいる。コレステロールの高さを異常に気にする医療業界相手に薬を拒むのが最もストレスなのだが、コレステロール値は運動しても落ちないし、もう少し痩せることで細胞膜を作る身体機能の労力を減らすしかないのかもしれない。

しかしプチ糖質制限だけで3年間の底値を見た。おそらく何も運動をせずにプチ糖質制限だけで痩せられる限界値がこのレベルなんじゃないかと思う。ここから先はやはり筋トレが必要だ。筋トレが有意義だとうことは2013年の時点で認識はしていた。しかし生活のなかに筋トレを組み込むことがついにできずにいた。器具はあるのに使ってない。

しかしライザップは糖質制限と筋トレで急成長しているし、あのCMに勇気づけられて(笑)、なんとか来年は高額なライザップなしで自主トレしてみたい。そしてまずは安値ブレイクを目先の指標として、そこから下落トレンド入りを目指したいと思う年末だ。

●糖質制限がエビデンスレベル1の結果に

今年出版された糖質制限関連本のなかのひとつに山田悟医師の新書『糖質制限の真実』がある。久しぶりに糖質制限本を買って読んだのだが、一気に読み終えた。

山田先生のスタンスは昔から一貫していて、科学的根拠(エビデンス)のある方法論だけを薦める。それだけに信頼性は高い。ただ急進的な糖質制限派からするとちょっと物足りないかもしれない。もっと踏み込んで欲しいと思ったりもする。

しかし厳密に科学的根拠を積み重ねるには時間がかかることも理解できる。そこが難しいところだ。科学の進歩と自分の老化とはかならずしも同じ速さで進まないし、エビデンスレベルが低くても待っているより賭けてみたいと思うこともある。

とくに現在のように栄養学の根底が揺るぎカロリー神話が崩壊しかかっている時代には余計に不安だ。医療までが強欲資本主義に侵されている時代でもあることが不安をさらに大きくする。

そんな不安な時代だが、糖質制限がエビデンスレベル1の結果を複数出しているというのは朗報だと思う。カロリー神話の崩壊は近い。そもそもカロリー制限も科学的根拠の低い方法論だった。栄養学的カロリーについて基本から学ぼうと書籍を探したが見つからなかったのは当然だったのだ。誰もが神話を信じているだけで誰もその根拠を再実験していない。どんな栄養士も医者もうんこを燃やしていなかったのだ。

糖質制限がエビデンスレベル1となった以上、同レベルの論文によってカロリー制限を検証できない限り、糖質制限の優位性は揺るがない。科学的根拠とはそういうことだ。

腹を空っぽにして単一食物を食べ、そのうんこを燃やして数値を測っていた時代のカロリー計算が21世紀に生き残っていたのは使い勝手の良さ以外の何ものでもないと思う。遊びとしては面白いが健康とは別の話といえる。人間の健康という指標のもとでまったく別の角度から出てきた糖質制限が世界を神話の時代からようやく近代に連れていこうとしている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.11.14

パリ同時多発テロの起った日

今朝、パリで同時多発テロが起った。ニュースによるとコンサートホールやレストランなど少なくとも6ケ所で同時多発的に発砲事件などがあり、127人以上の死者が出ている。時間がたつごとに報道される死者数が増えていった。自爆テロも7人ほど確認されているという。

今朝こんなツイートをした。
----------
2年前の今日はパリにいた。もしあれが二年後の今日だったらボクもテロの街にいたんだ。今日平和だからって2年後も平和だとは限らないってこと。特にいま、ロシアのプーチン、中国の習近平、米国のオバマ、そして日本の安倍。火種はテロリストでもそこに息を吹きかけたい連中がたくさんいる。
----------

2年前のパリ旅行はフィギュアスケートのエリックボンパール杯を観に行ったのだった。オリンピックイヤーでその後ソチ五輪で金メダルを取った羽生結弦も出場した国際大会。もしあれが2年後の今日だったらフィギュア国際大会の会場は狙われていた可能性もある。

フランスでは年頭にもテロがあった。イスラムを侮辱するような風刺画を掲載した「シャルリ・エブド」が襲撃され死傷者が出た。今回のテロとの関連性はわからない。しかし「狙われた街パリ」という印象が残る。そして憎悪は連鎖する。

自称イスラム国が犯行声明を出しているという。シリア問題が背景にあるとも言われている。真相はまだわからない。だが21世紀に入ってから、テロリズムの素地はじわじわと醸成され拡散しつつある。戦争の世紀といわれた20世紀からテロリズムの21世紀へ。世の中がまた嫌な空気に覆われはじめている。

国際テロは国家と違い姿が見えない。ゲリラ戦のグローバル化だ。そして国家はゲリラ戦に弱い。第二次世界大戦では日本軍が特攻という自爆攻撃を仕掛けた。行き詰った軍部の精神論的作戦行動であり国家の命令で国民が散った。しかし大勢に影響はなかった。21世紀のテロでも「自爆テロ」と呼ばれる自爆攻撃をゲリラ的に仕掛けてくるが、追い詰められての作戦ではなく、宗教的信念を持って初めから自爆してくる。それだけに戦争末期の自爆とは根本的に異なるような気がする。個人の強い意志による自爆だとすると神出鬼没だ。

自爆テロは宣戦布告した戦争相手国にではなく、起こしたいところで突然起こる。パリはイスラムの敵の象徴となってしまった。テロがいかに反社会的信念であろうと筋違いであろうと起ってしまう。パリにはそのための組織的バックアップ体制も作られているんだろう。自爆する側にとってもパリはブランド化され「自爆の都」となってしまったのかもしれない。

●ふたつのテロリズムを生んだ資本主義の21世紀

憎悪の連鎖は同時多発的に起り場所を選ばない。だが狙われる地域には特徴があり、世界的な貧困や格差社会が根底にある。それらを生み出してきた資本主義への攻撃ともいえる。資本主義の敵は共産主義などではなく資本主義が内包していた格差拡大と貧困が生み出したテロリズムだった。宗教はただ寄り添うだけで、どんな行動をしている人をも癒す人類の発明でしかない。

貧困や社会からパージされた勢力がテロとしてゲリラ化していくいっぽうで、資本主義を謳歌している多国籍企業もある種のテロ組織といえる。人類の生命もカネに換算しグローバルに拡大していく様は帝国主義の新しいカタチだ。米国で顕著だが格差確定社会を目指すために国家を手足として使い自社に有利な法律を次々に作っていく。それを地球規模で推し進めようとする。

つまりテロの世紀で私たちは多国籍企業と暴力的組織とから攻撃を受けている。多国籍企業の植民地や奴隷になるか運悪く暴力的テロの餌食になるか、いずれにしてもテロの網のなかで生活せざるを得ない。グローバル化していくテロの網は地球規模であり逃げ場がない。

パリの事件で海外旅行をやめたという声もよく聞く。だが日本も危険な地域のひとつになろうとしている。多国籍テロ企業にとってこれほどおいしい手つかずの地域はなく虎視眈々と狙っている。もう一方の暴力的テロ組織も安倍首相の「テロには屈しない」という不用意な発言によって目覚めた。標的の島としての日本を認識してしまった。既に犠牲者も出ていることにもっと自覚的であるべきだ。

テロは生命と財産を狙ってくる。多国籍テロ企業と暴力的テロ組織とによる日本争奪戦も充分あり得る。いずれのテロも資本主義が生み出しただけにカネのためならあらゆる手段をとる。

日本は長年の平和ボケによってかなり無防備だ。しかし守りを固める前に米国の意志によってある種の“開国”を迫られ、無防備な政治家によって準備する前に“開国”してしまった。暴力的テロへの無防備な挑発を繰り返しながら、TPPや安保法制によって多国籍テロ企業にも国民の生命と財産を差し出す準備を整え始めた。

どこまで略奪されるかわからないが、そういう時代に突入した日本に暮らしていることをあらためて考えた日だった。日本にとってはかつての備蓄を吐き出させられるふたつのテロと自然災害に翻弄される21世紀かもしれない。少子化も10年20年で解決できない問題だが、日本のために生きられる政治家もそれに輪をかけて生まれにくい世の中だ。ある種の愚民化と、今後国家の上位概念となっていくテロリズムによるテロリズムのための衆愚政治に突入していく可能性が充分にある。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.11.08

SONGS 夜会への招待

NHK SONGS「夜会への招待」を見終わった。今日はNHKスペシャル「アジア巨大遺跡第3集」も面白かったし、そのあとのドラマ「破裂」も毎週見てたので、その流れで見たわけだが、途中23:00から30分だけスポーツニュースだったので、その間にコンビニに行ってなぜか炙りサーモンと枝豆を買って来て見始めたのだった。しかしサーモンダンスは放送されず(coldsweats01)。

興味深い番組だった。前半に中島みゆきさんご本人による夜会誕生秘話のコメントが挿入された。そこで思ったのは、夜会は中島みゆきによるセルフ・リミックスだったんだということ。

夜会が初めて産声をあげたのは1989年。そのころの私はたぶん人生で最も音楽にはまっていた時代だ。中古のオールインワンサンプリングシンセを購入し、デジタルサンプリングに没頭していた。ポストモダンな風潮のなかで音楽も脱構築されはじめた時代。

音楽にデジタル化の津波が押し寄せていたそんな時代に、中島みゆきは「夜会」という方法論で独自のリミックスヴァージョンを作ろうとしていた。それも身体表現を伴う舞台芸術という超アナログなやり方で。SONGSを見ながらそう直感した。

もちろんリミックスという意識はなかったはずだし、厳密にはリミックスでもないから、夜会をリミックスと表現することに私自身も多少の躊躇はあるけれども、そこは私が“中島みゆき妄想家”たるゆえんだ。ただの妄想だ。許して…。

たとえば「寒水魚」で聴いた悪女のLPヴァージョンはシングルとは別アレンジになっていて、子どもの私は腑に落ちないものを感じたわけ。でもその裏切りの効果、ウチとソトの関係性については以前「BS熱中夜話中島みゆき第一夜(後夜祭)」で書いて個人的には解決した。

アレンジを替えたいという衝動はどんな表現者にもありそう。だけどその情熱を受け手側のリスナーと共有するのは実に難しい。それは逆に言えば編曲の重要性を証明しているわけだけど、とくにタイトルだけ聴いて別アレンジの曲になってると肩透かしを食らう。

リミックスというのは、事前にリミックスだよとことわりを入れて提供してるようなところがある。リスナーに心の準備をさせる仕掛けというか。夜会のはじまりは舞台という装置を使って違う環境にリスナーを丸ごと連れてって、環境ごと新しいアレンジを受け止めさせる壮大なリミックスヴァージョンだった。まさに大実験だ。

そこから25年経って、世の中はリミックスなんて当たり前という時代になり、夜会もオリジナルな表現の場として受け入れられる時代になった。まったく異なる音楽の系譜だけど、着実に独自の進化をとげている。

舞台をどう使うかが演者の想像力と密接に結びつく時代でもある。一般的にCDが売れない時代。デジタル音楽もすぐに消費される。そんな時代にカネを払ってでも出会いたいリアルな表現は、おそらく生身の身体性に回帰していくような気がする。

中島みゆきの夜会だけでなく長淵剛の富士山10万人コンサートもそうだし、パフュームの3Dマッピングのステージもそう。ライブの価値がこれまでとはいっそう異なる。

逆に下手なものを見せられた時の脱力感も大きくなる諸刃の剣でもある。プロとして節制してこなかった大御所もたくさんいる。昔の演歌歌手のほうがよっぽどプロだったと思ったりする。そんななかで25年前に(おそらく賛否両論だった)身体性をフルに発揮した夜会を始め、鍛えてきた中島みゆきの凄味を感じる。

夜会が25年続くと当時ぼくらは考えただろうか。続けることに意義があるとかライフワークなんて外野がいうのは簡単だけど、客が入らなければ続けられない世界だ。25年前の夜会はまさに一世一代の勝負だったはずだ。そして結果を出した中島みゆき。まるでアスリートのようだ。

今回のSONGSを見て、昨年の「橋の下のアルカディア」のラストで唐突な感じがした理由がわかった。中村中と中島みゆきがデュエットしたときの歌詞を聞き逃していたような気がする。あのとき最前列で(ステージの位置的にもまさに目の前で)見ていた私だったが、中村中の歌唱があまりにも素晴らしくて歌そのものに聞き入っていた。歌声そのものに。そこに中島さんとデュエットしちゃうもんだから、こっちは舞い上がってしまって冷静に歌詞を聴けてないのだ。それで時代背景やら戦闘機やらの前後関係が分からなくなり混乱したんだと思う。それが分かったのもSONGSの収穫だった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.10.31

脳内曲名 ら行とわで完結編

10月も今日で終わり。10月は1日しかブログを書いていなかった。そんなときだから脳内曲名…。ネタ切れの定番。前回のや行編は昨年7月だったので一年間のブランクがあったわけか。ということは通常ネタ切れではない一年のはずなんだけど。やっぱりプライベートはリアル空間にあるってことだな(think)。

さて脳内曲名もついに「ら行」まで来た。あ行編を書いたのは2009年6月だった。6年と4ヶ月の超大型企画になったじゃないか(happy01)。

五十音順に思いつく曲名のタイトルを並べるだけで自分自身の脳内を棚卸するこの企画。誰のためでもない単なる暇つぶしだ。登場した曲への思い入れも様々だろう。だが過去を振り返ったりしない。単なる暇つぶしだから。ん、だったら振り返っても時間はつぶれるか?

まあよい。ら行編なわけだがわ行編はあ行とかぶるし、さすがに「を」で始まる歌は脳内になさそうだから、今回はら行とわで完結編としたい。

いまでは歌詞検索サイトに「あで始まる歌」といった検索機能もついていて、この脳内曲名もほぼ役割を終えたといえるかもしれない。もともとの役割は暇つぶしだが。ちなみに「を」で始まる歌を歌詞検索してみたら3曲あった。「ん」に至っては10曲以上ある。どちらも脳内にはなかったのでふーんって感じだ。

では、ら行とわで完結編行ってみよう。

ら:ラストダンスは私に
り:リトル・ダーリン
る:Lui-Lui
れ:檸檬
ろ:ロンリー・カナリア
わ:わすれじのレイド・バック

ラストダンスは私にという曲はザ・ドリフターズ(ドッドッドリフじゃなく舶来のほう)の曲だけど脳内曲名ではやっぱり越路吹雪のほうだろう。どっちもリアルタイムに聴いてた世代じゃないけれど。スタンダードというものはやはり時を超えていいものだ。

リトル・ダーリンは今年作詞家生活45周年の松本隆作詞で田村英里子が歌った楽曲だ。こっちもダイヤモンズによるオールデイズの軽快な名曲があるわけだけど脳内曲名的には松本隆だろう。45周年に花を添えられて良かった(どんな花やねん!)。脳内にはないけど松本隆の詞だけで五十音図かなり埋まる気がする(をとんはまだないけど)。


Lui-Luiを入れないわけにはいかない(笑)。正直、「る」ならルビーの指輪がもちろん最初に思い浮かぶわけだけど、松本隆はすでに「り」で登場してるから却下して外れ一位的選択ではあった。ちょうど去年のいまごろはルイルイで盛り上がってた。ローカル路線バスの旅ってタイトルの曲があれば「ろ」で悩むこともなかっただろう。

その前に「れ」だが一番悩んだ。「れ」で始まる楽曲は脳内にないなぁと思ってひねり出したのがさだまさしの檸檬だったわけだが、歌詞検索サイトで探すと死ぬほどあり、中島みゆき「怜子」も松本隆・大瀧詠一作詞「レイクサイドストーリー」も阿久悠作詞の沢田研二「麗人」も脳内にあった…。復習は大切です。

ロンリー・カナリアは柏原芳恵の代表曲であり中島みゆき作詞というこれも外せない曲ではあったが、ロードが邪魔した(笑)。今年はドラマ「美女と男子」の影響でTHE虎舞竜の高橋ジョージが歌ったハローマイラブが脳内を席捲していたからな。でもロンリー・カナリアに落ち着いてホッとしてる(笑)。ローリングとかローリング30という選択ももちろんあったが、もしかすると昔似たような企画で使っている可能性もあり今回は落選。

ラストを飾る「わ」ではサザンオールスターズのわすれじのレイド・バックを。サザンってのはボクにとっては唱歌のようなものだったと思う。追っかけしたり、LPやCDが出たら常に買うという対象ではなかったけど、ドラマ「ふぞろいの林檎たち」ほかの影響で楽曲は常に生活のなかにあり歌詞が頭に残る。同世代はみんな似たりよったりのサザンライフではないだろうか。「ただの歌詞じゃねえかこんなもん」と桑田自身がエッセイを書いていたそんな歌詞こそがポップミュージックの神髄だったし、何十年も経つとサザンで泣ける年になるのだ。そんな日常の音楽ライフでど真ん中にあった楽曲のひとつだと思う。

というわけで、大瀧詠一の楽曲からはじまった脳内曲名はサザンの楽曲とともにいったん完結。「感慨深さはない、だって暇つぶしだから!」と思うかと思ったがちょっと感慨深い(confident)。一昔前なら完結記念に全曲を網羅したCDでも焼くかという行動に出るところだが、いまや音楽がデジタル配信になりやろうと思えば結構簡単にできてしまうぶん、行動のモチベーションにならない。苦労は買ってでもするから楽しいんだ。もちろん年を取ったからというのもあるだろうが。まぁとりあえずひっそりと完結しちゃいます。次は脳内歌手名かな(happy02)。

過去の脳内曲名はこちら

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.10.05

大片づけの一区切り

この土日で一気にカタが付いた。カタがつくから片づけなのか!?まあいい。どーでも。

玄関に置いてあった53箱を土曜に書籍買取業者に引き取ってもらった。12時から14時指定だったが14:01に到着。まあいい。このくらいは全然いい。ありがたいやありがたや。

上面フラップを卍固めしただけの段ボール箱だったが、仮止めでもしてもらったほうがいいとドライバーさんがおっしゃるので、ガムテープで貼りながら積み込みをした。20分強の作業、大きな台車で2往復してもらった。最後はドライバーさんも半笑いで持って行った。笑え笑え。こんなに書籍を溜め込んでたおかしな野郎だよ。

玄関がスッキリしたので、次はタワー型パソコンだ。自宅用の台車に2台と、昔のすぐ壊れた液晶とケーブル類を袋に入れて台車に積んだ。

パソコンは日曜に友人と業者まで持ち込んで廃棄した。私の機器は問題なく引き取ってもらえた。これですべて完了だ。

友人も昔買ったタワー型パソコンとノートPC、プリンター、ラジカセ、CRTディスプレイ、自転車などを持ち込んだが、パソコン専門業者だったので自転車は出さなかった。CRTディスプレイはディスプレイは割れていなかったがボディが激しく割れていて引き取ってもらえず。

持って帰っても仕方がないので近所のリサイクルショップにダメもとで持ち込んでみた。しかしおばちゃんに一蹴された(bearing)。それでもスマホで業者を探し、ついに有料なら引き取ってくれるという業者を発見。方角的には真逆だったがこの際ケリをつけると高速に飛び乗って持ち込んだ。1000円で引き取ってもらえた。

自転車も聞いてみたが、こちらは電動アシストなのにバッテリを紛失しているためバッテリを見つけてから買取のほうが得策だという結論で持ち帰る。

とりあえずリサイクルやリユース業者をハシゴしたわけだが、モノを捨てるというのはとても大変なことだと思ったのであった。

書籍買取業者からはさっき連絡が来た。送った書籍のうち、買取可能点数は525点で2万数千円だった。送った書籍は1000冊くらいはあったと思うから値段がついたものは半分くらいってことだ。まぁそんなもんだろう。自己査定では2万円くらいだったらいいなと思っていたので想定より少しよかった。

出版後数年以上経っている書籍類だしベストセラー的な書物はほぼない。そのかわり専門書はそこそこあったから、それらに査定がついたんじゃないかと思う。また同じ業者を使いたいと思った。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.09.27

秋だ!ケリをつけたり始めたりすること

いやはや光陰矢の如し。もう秋か。この一年(というか前半)は個人的にはいろんなことが起こったが、後半はその反動でまったく自堕落に過ごしてしまった。もう10月になってしまうので、ここらで多少奮起しなければと映画「百円の恋」を見ながら思った次第(wink)。

昨年11月に始めた大片づけも最後の詰めが済んでいない。当時はまだ書籍を手放すという感覚がなかった。出会った書籍とは一生付き合っていくという信念のようなものがあった。しかし片付けた結果、手放してもいいかなという書籍が段ボール49箱になったので、ここで一区切りつけようと気持ちを切り替えた。まだ保留中の書籍とか文庫・新書はこれが片付いてから考えることにする。ひとつケリがつけばその次に進める。ようやくわかった(coldsweats01)。

タワーパソコン2台と液晶やケーブル類も、この機会に処分することにしていたが、この機会といいながら1年になろうとしている。ちょうど2年間デスクトップパソコンを捨てたいが捨てる時間がないという友人がいるので、ここで一緒にケリをつけようと提案し業者に持ち込む段取りがついた。ようやく片付きそうだ。

一時は安いアパートを借りて書庫&書斎として使おうと物色もしたが、スーパーカブ110を盗まれたため、思い直して意識が廃棄に傾いたのかもしれない。

maple

読書の秋。ちょっとお固い本を何か読みたいと思っていたところに、ちょうど『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』を読み終わったタイミングで、荀子に興味を持った。荀子といえば「性悪説」だが、習近平はこの荀子に精通しているという。これは実に興味深いと思った。

荀子は日本ではマイナーなほうだし、儒家のアリストテレスといわれて儒教の理想主義に現実的な政治・統治論を組み合わせた荀子という存在は、習近平の中国が誕生したこのタイミングを逃すと読み始めるきっかけはもう来ない気がした。現実政治や世界経済を知る上でも習近平のバックボーンを知っていて損はない。

というわけで今日、徳間書店の『荀子』を購入してきた。入門編としてよみやすそうだ。

もうひとつは『真説・長州力 1951‐2015』を読み始めた。長州とは同郷でもあるし、母の後輩でもあるし、前半には知っている地名がたくさん出てきた。こちらは読み終えたらきっとひとくちメモに書くだろう。

今日、書店でみつけて衝動買いした本がもう一冊。森は海の恋人でおなじみ畠山重篤さんの『牡蠣とトランク』という美しい書籍。パトリック-ルイ・ヴィトンさんの挿絵もとてもいい。すぐに読み終わってしまいそうな本なので、これはちょっと時間を置いて読み時を待ちたいと思う。牡蠣を美味しく育てるような感覚で。個人的に牡蠣の美味しい時期にパリに行きながら(しかも露店で牡蠣を横目で見ながら)牡蠣を食べずに帰ってきた2年前を思い出しつつ…。

sandclock

とまぁ、結局は古い本を捨てて新しい本を買ったってだけの話だったな。「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」という気分で、多少精神くらいはリフレッシュしつつ新しい生活を求めて動き出せればいいかなと思ったりしてる。とにかくまだ片付いていないという現実を直視しなければ!古い本をいま捨てられるのはオレの決断次第ってとこだ。

おっと、もうひとつあった。昨日だったか梶芽衣子さんが11種類の歯ブラシを使っているとテレビでおっしゃっていた。そのなかに奥歯の内側磨き用に赤ちゃん用の歯ブラシを使っているとおっしゃっていて、「それいただき!」とさっき「こどもハブラシ 0-3才用」を購入してきた。ワンタフトだけじゃんなくこれも使ってみて、よければ使い続けたい。梶芽衣子さんも就寝前に20分間歯を磨くという。そういうとこも見習いたい秋なのだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.09.23

安藤サクラの女優魂!百円の恋

自堕落の極みのように過ぎ去ったシルバーウィーク(bearing)。思えばゴールデンウイークからずっとそんな気分のまま生活していたかもしれない。そんな自分を投影できそうな映画「百円の恋」の一子(安藤サクラ)を思い出した flair 山口県ゆかりの映画だ。徳山動物園がロケ地のひとつになってる。J-COMオンデマンドに無いかなと探したら運よくあった。貧乏性なので2回目を見ながら書いてる。

「愛のむきだし」のとこでも書いたけど、安藤サクラの何が好きかってまず顔が好き。なにか才能が詰まってそうな。そしてアングラな感じ。ある種の狂気も感じさせるような。「僕らは歩く、ただそれだけ」とか「かぞくのくに」も好きな映画だった。起伏のないなかに精神だけが高ぶっていくような演技。

「百円の恋」も前半はあまり起伏がない。とにかく自堕落な生活の32歳の一子。実家でテレビゲームのボクシングをダラダラやってる安藤サクラ。離婚して戻ってきたと思われる妹ともめて一人暮らしを始めるがその資金も甘い母親に出してもらう。

コンビニで働き始め、その通勤途中にあるボクシングジムとそこで練習する男に目が留まる。ここから生活が少しずつ変化し始める。まだ自堕落感を引きずっているが、ボクサー男の引退試合に魅せられて始めたボクシングが一子の救いになっていく。

それにしてもこの映画に登場する男は本当にクズばかりだ。一子が惹かれたボクサーの男もクズだった。だが女はクズ男によって成長するのかもしれない。愛があるうちは母性によって、別れたあとは自分磨きによって。その落差の大きさを安藤サクラが完璧に表現する。

自堕落だった女から本気でプロテストを目指すボクサーに。このあたりのフォーマットは「ベストキッド」のようでもある。安藤サクラはその表情だけでなく肉体もボクサーに変化していった。かなり特訓したんじゃないかな。女優として本気だよってオーラがハンパなく出ていた。前半と後半とでまったく別人のようになってる。映画冒頭のボクシングゲームをやりながらぼりぼり掻いている背中とプロになって初の試合に挑む締まった身体との落差がすごい。

ボクシングジムのトレーナーからはプロテストに合格してもまぐれと言われ、試合がしたいと言えば「ボクシングは自己満足の道具じゃないんだよ」と言われる。それでも動じない。トレーナーはダイエット目的だろうと思っていたが、一子はボクシングを始めるときから試合にこだわった。それはなぜだろうと考えてみる。もしかすると一子は殴り合った後のハグに救いを求めたのではないだろうか。

初めて見たボクサー男の試合後に相手は知り合いかと聞いた一子。殴り合った後に称えあうその光景に心のスイッチが入ったような気がする。その後、ボクサー男と付き合い始めた頃はなんでボクシングをやるのかと聞かれて「さぁ…」としか応えられなかった。ボクサー男に振られて本気でボクシングに取り組み始めた後、別れたボクサー男と偶然再会しボクシングを始めた動機をあらためて聞かれると「殴り合ったり、肩たたきあったりなんか、なんかそういうのが、なんかそういうのが、なんだろう…」と応えた。

コミュニケーションが決して得意でない一子は自堕落な生活のなかでも妹と殴り合うことでしか感情を現せなかった。しかし殴り合うことで対話するボクシングと出会い、痛めつけながらもその先に肩をたたきあいハグをして称えあえる世界を見つけたのではないか。だからこそ完膚なきまでに打ち込まれノックダウンされた試合でも正気を取り戻して相手とハグすることでようやく救われたのだ。

それでも一子は「勝ちたかった」と号泣する。それはこの試合の感想だったんだろうか。もちろんそれはそうなのだが、「勝ちたかった。一度でいいから勝ってみたかった」とボクサー男に打ち明け泣きじゃくる一子からはもっとたくさんの感情が聴こえてくる。その痛さをクリープハイプのエンディング曲「百八円の恋」が全力で代弁しているようだった。

ボクシングとハグの味を知った一子はボクシングを続けるだろうか。これで区切りをつけてまた日常に戻っていくのだろうか。試合後、飯食いに行ったその先を映画は描かなかったが、いずれにしてもこんなクズ男とよりを戻してほしくないと思った(think)。成長した女にクズ男はもういらない。だけど母性はやっぱりクズを求めてしまうものなのかな…。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

«他の誰にも語れない!Mr.KEIのDVDも鑑賞