昨年から今年にかけて松本清張に関する本を立て続けに読みました。ひとつは『松本清張の深層心理』(幻冬舎)。年明けにヘアサロンへ行くとこの書籍がドアの側に立ててありました。不思議に思って私が松本清張ファンだとマスターに話したところ、おなじヘアサロン常連の知人が編集した書物でした。さっそく購入して読みました。そのことをSNSに書いたら『松本清張の昭和』(講談社現代新書)を上梓された酒井信さんにいいねをもらい、こちらの新書も読みました。
これらを読んでいると松本清張作品もまた読んでみたくなります。何度も見ているはずのドラマや映画も見たくなります。CATVでは連日のように昔のサスペンスドラマを放送しているし映画も見られます。良い時代ですな。「霧の旗」(映画)や「張込み」(ドラマ)などを視聴しましたが、「ゼロの焦点」は映画を観て小説もあらためて読みました。
映画「ゼロの焦点」は2009年版を観賞しました。こちらは中島みゆきさんが主題歌「愛だけを残せ」を歌っていますね。そのときに中島みゆきさんの楽曲と松本清張の小説との目線は似てるなと感じて、“あの歌”について書くならこのタイミングかなと思って書き始めた次第です。
今日はK-POPアイドルグループのスーパージュニアがベルーナドーム(西武球場)でコンサートをしてまして20周年だそうです。妻はこのコンサートに馳せ参じており昼から留守にしています。デジャブか!?まえに中島みゆきさんの最新アルバムで謎解きをしたときもスーパージュニアのコンサートで妻が外出していた時でした。そんなタイミングでもあります。
奇遇といえば「太宰と清張の“点と線”」をひとくちメモに書いたのは映画「ゼロの焦点」が公開された2009年です。二人の生誕100周年でした。私小説の人気作家と社会派ミステリーの巨匠と、同じ年に生まれながら交わることのなかった作家人生を松本清張の『点と線』をタイトルに借用しながら書いてみたのですが、今回は中島みゆきと松本清張を紐づける“糸”を手繰ってみたいという試みです。
●松本清張作品にみる女性へのまなざし
妄想すると書けばなんでも許されると思っているわけじゃないですが(笑)、一応お約束みたいなもので妄想と記して書き始めます。そもそも中島みゆきさんは松本清張のファンだったのでしょうか。
みゆきさんは以前、高橋三千綱との対談で「『私小説』って言葉は、あたしの辞典にはないので」とご発言されており(『片思い』新潮文庫)、おそらく太宰は嫌いなんじゃないかと思います。でも清張のことは好きだったんじゃないだろうかとも思うわけです。でなきゃ主題歌を受けたりしなさそうだし。
今回、松本清張の生い立ちなんかを『松本清張の昭和』で読んで、作品に投影された時代への思いというか目線の高さが似てると思ったわけです。
松本清張の全盛期は1950年代後半から80年代前半で長者番付の常連でした。その時代の中島みゆきさんは多感な中学生時代からデビューを経てヒットメーカーになられた頃です。そんな時代に小説で大ヒットを飛ばし続けた松本清張の作品に触れないはずはないですし、読まれていたんじゃないかなと思うんですよ。
とくに女性への偏見が幅を利かせていた時代のなかで、清張さんは女性にやさしかったそうです。作品では悪い女もたくさん書いていますが、例えば『霧の旗』の柳田桐子なんかは不思議な読後感になります。映画も独特です。この辺りは『松本清張の深層心理』でも詳しく語られていました。桐子の正義は社会倫理からは逸脱しているけれども、清張は桐子の行動を正当化しているかのように描くわけです。そこには社会と個人(特に女性)とのアンバランスな世の中に対するアンチテーゼのような感覚があります。「これが正しい」とことさらに主張するわけではなく、ただ物語の導線が桐子に味方して進行してゆく。そこにはただ「兄への愛」だけが存在するわけです。
そして「ゼロの焦点」です。ここに登場する3人の女性にはそれぞれ大きく異なる立場があり、それが死んでいく男たちの裏で交錯していきます。映画では中谷美紀と木村多江が印象的でしたね。この映画の主題歌が「愛だけを残せ」というタイトルだったのは必然でした。
●「愛だけを残せ」における女性へのまなざし
私は2021年3月の『昭和40年男』という雑誌に「中島みゆきの歌に出てくる女たち」を書かせていただきました。そこでは結論としては中島みゆきさんが最後に残すのは「愛」であるという、至極まっとうな話を多くの作品タイトルを織り交ぜて書いたわけです。そこに書けなかったこともあります。たとえばエーリッヒフロムの『愛するということ』に通じる中島みゆきの描く「愛」についてとか。初稿では書いたのですが雑誌の読者層と合わないとか、そもそも私の妄想であって一般的に認知された定説ではないということで削ったわけです(それは正解だったと思います)。
「ゼロの焦点」では中谷美紀演じる室田佐知子が最後に小舟に乗っている姿が描かれます。これは死出の旅という解釈が正攻法なんだと思うのですが、私は室田佐知子は死なないんじゃないかと思ったんです。あるいは、死ななかったらどう生きるのかと考えてみるわけです。妄想家なので。そして中島みゆきさんも同じように思っていたんじゃないかと妄想したわけです。
中島みゆきさんの「愛だけを残せ」を「ゼロの焦点」に重ねたとき、この「愛」は何に対する愛なのかを考えずにいられません。
♪ 生命(いのち)の証(あかし)に 愛だけを残せ
弱き者にも強き者にも「名を名乗れ!」といいながら、最終的には「名さえも残さず愛だけ残せ」と、なんだか謎かけのような歌にも聞こえます。そしてそれは「激流のような時の中で」愛だけを残せといっています。まさにラストシーンで寒風吹きすさぶ海へと小舟を漕ぐ室田夫人への応援歌にすら聞こえます。
ネタバレにはなりますが室田夫人は殺人犯なわけです。何人も殺してる。通常なら勝ち逃げできる状況じゃない。実際、このラストは逃げられないと悟った室田夫人の最期の姿ととれる。小説でも室田佐知子の夫である室田儀作の言葉で「この荒海では、舟は、まもなく転覆するでしょう。いや、転覆しないうちに、舟は乗り手を失うでしょう。」とほのめかし、あたかもその先には死が待っているかのように読者を誘導します。
しかしもし室田夫人が舟をこぎ切って対岸にたどり着き逃げ切ったとしたら。そのときこの室田夫人に対してどんな感情を持つだろうか。そしてそんな室田夫人へ「愛だけを残せ」というメッセージを投げる歌姫の姿を妄想してみるわけです。ここでの歌姫は実在する中島みゆきではなく、中島みゆきが描く女性たちを導く虚構の存在といってもいいかもしれません。
松本清張も、室田夫人の船出は十中八九は死出の旅だけれども、しかし具体的に描かないわけです。それは文学的な手法なのかもしれませんが、描かないことによりあり得る未来もあると思うわけです。そこに善悪を超えた人間賛歌のようなものを感じます。虚構の世界では「悪」に惹かれるってことはありますよね。私は「裸の十九才」とか「八日目の蝉」とか「万引き家族」とか短絡的な善悪で判断しない物語が大好物です。それは社会の歪みへのアンチテーゼでもあります。
松本清張にも中島みゆきにも、はっきりと言葉では書かれないし言われないけれども、社会的弱者の目線で描かれた作品があり、そこから見える景色をただ淡々と描くことで、世の中や時代と自分自身の立ち位置を考えさせられるときがあります。おそらくその深いところに通じる“糸”があると思うわけですわ。
●「彼女の生き方」が描く戦後
最初のほうに、“あの歌”について書くならこのタイミングかなと思ったと書きましたが、あの歌とは「愛だけを残せ」じゃなくて実は「彼女の生き方」です。セカンドアルバムに収録されていて、歌詞とメロディのギャップとか登場する彼女への目線とか大好きな楽曲です。
この楽曲について、こすぎじゅんいちさん(故人)が名著『魔女伝説II 中島みゆき 歌の世界』(CBSソニー出版)のなかでこんな風に書かれていました。
“彼女の人生 いつでも晴れ”を希望として聴く時、この歌は、愛の荒海への船出の歌として聴くことができる。
これって「ゼロの焦点」の室田佐知子にも重なりませんかね。こすぎさんにはそんな意識はおそらくないんだけれども、私には「彼女の生き方」と「愛だけを残せ」と「ゼロの焦点」とが一本の糸でつながっているように思えるんですよ。妄想家なんで。
「彼女の生き方」の歌詞ってポップソングじゃないんですよ。
♪ 酒とくすりで体はズタズタ
って歌い出し、令和の時代じゃヤバすぎますって。じゃあこれ、いつの時代かって考えると、戦後間もない頃なんじゃないかとずっと思ってきたんです。
♪ 死んでいった男たち
♪ 呼んでるような気がする
♪ 生きている奴らの
♪ 言うことなんか聞かないが
♪ 彼女の人生いつでも晴れ
この死んでいった男たちって、戦死した男たちなんじゃないでしょうか。戦後の焼け跡で力強く生きる彼女の歌だと思うんです。そして、酒とくすりで体を壊すような仕事をしている女が「ゼロの焦点」の室田夫人の過去とつながるんですわ。森村誠一の『人間の証明』の八杉恭子ともつながります。妄想で。
もちろんこの死んでいった男たちを「ゼロの焦点」で死んでいった(室田夫人が殺した)男たちだと妄想することも出来なくはないけれど、そこまで密接にかぶせてしまうのは、いくら妄想とはいえ牽強付会が過ぎます。そうではなくて、時代背景としての戦後のドタバタの中で生きていく女たちへの共感がこの歌にはあると思ったんです。そしてこの共感こそが松本清張の作品に流れる女性へのまなざしにシンクロしていると思うのです。
中島みゆきは戦後生まれですが、多感な時期には松本清張が描くような裏社会で生きるしかない年上の女たちや、そんな社会への反骨精神をもって自立して生きようとする「彼女(たち)の生き方」への共感が描かれているように感じます。そして、「彼女の生き方」の主人公は、
♪ そうさあたしはタンポポの花
♪ 風に吹かれて飛んでゆく
♪ 行きたい町へ 行きたい空へ
♪ 落ちると思えば飛びあがる
という具合に軽やかに生きていくわけです。体はズタズタなのでいつどうなるとも知れないのですが、
♪ 彼女の人生 いつでも晴れ
と完全肯定するわけです。どんな過去があろうとも、世間にどんな噂をされようとも自分らしく生きていく。そういう現在と未来を全肯定する前向きさが中島みゆきの真骨頂なんじゃないかと思います。それは善悪を超えた大衆歌謡の醍醐味であり、松本清張の大衆小説の醍醐味とつながるヒット作品への糸でもあると思うのでした。終わり。
最近のコメント