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2021/04/03

『起業の天才』を読了

大西康之著『起業の天才!江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』を読み終えた。3月2日のツイッターにこう書いていた。
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昔からいかがわしい人が大好物で王長徳氏や許永中氏の評伝を読んだ。政治家では野中広務氏、最近では小池百合子氏のノンフィクションも“物語として”は大好きだ。ホンカツ信者だけど江副浩正氏も読まずにいられない。
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ちょうど一か月かかった。なかなか読書の時間が取れないので、朝のトイレで少しずつ読み進むのが最近の日常だ(笑)。それも数冊かわるがわるだからそれなりに時間がかかる。しかし、その中の一冊が脳内でグルーブしてくると、その一冊を集中して選び出す。『起業の天才!』はそんな一冊だった。

いかがわしさの中に強烈に光る個性というか人間力を感じさせる人を描いた書物がときどき読みたくなる。そう思っているとそんな書物のほうから目に飛び込んでくるのかもしれない。今回は定期購読している月刊誌『FACTA』の書評で知った。

オビにある「おまえら、もっといかがわしくなれ!」は、江副浩正氏からリクルート株を“預かった”、ダイエーのカリスマ中内功氏のことばだった。佐野眞一著『完本カリスマ』は2010年に読んだが、二人とも実に魅力的ないかがわしさだ。

企業風土が正反対に見える当時のリクルートとダイエーだが、トップどうしが惹かれ合った理想の企業、つまり「社員皆経営者主義」の突破力を実現したのが江副の作ったリクルートだった。

新入社員といえどもアイデアを出した人間に事業を任せる度量は、東大卒業後にサラリーマン生活なく経営者となり、ピーター・ドラッガーの書物だけを純粋に遂行しようとした江副ならではの痛快さだ。

私も某社に入社5年目くらい(90年代後半)だっただろうか、かつてIT系の事業アイデアで社長賞をもらったことがあったが、そのアイデアは担当部門が引き継いだ(らしい)。オレにやらせろと思ったがそういうシステムはなかった。思った通り、他部門の若造が出して来たアイデアなぞ、当時の一般的日本企業では即刻ボツになる。アイデアクラッシャーがうようよしていたのだ。まさに部門の沽券にかかわるのだろう(笑)。江副浩正の先進性は驚異的だと実感する。

そんなダイバーシティの欠片もない当時の日本社会が、江副のリクルートの快進撃を面白く思わないのは当然だ。しかしこの書物を読んでちょっと驚いたのは、日本の財界やトップ企業にも先見の明を持つ人間が江副の周りにぽつぽつといた事実だった。そんな彼らも獄の人となったが。歴史の if は語れないが、歴史とはその選択によって全く変わってしまうダイナミックなものだと気づく。

結局、日本は(いや当時のメディアが)リクルート疑獄というグレーゾーンにヒートアップし、検察も追随し、その結果として日本はグローバルなIT社会をけん引する国家から脱落し、長期停滞社会に突入していった。いまだ抜け出せない(おそらくもう抜け出せない)闇のなかにある。いま政治に興味を失っている日本人たちがしっぺ返しを受けるのはさらに20年30年後なのだろう。

日本企業にはいまだに『ティール組織』は少ないと思う。ベンチャー企業にはあるかもしれないが、ベンチャー企業が育って行く環境は実に厳しい。50年も前にさらに厳しい環境のなかでリクルートを創業した江副浩正という経営者の成功と挫折の物語は、いくつもの示唆を与えてくれる。


●これまで読んだいかがわしき人々

昔からいかがわしい人が大好物だと最初に書いたが、『闇市の帝王と呼ばれた王長徳氏についての評伝(七尾和晃著)は2007年に読んだ。許永中氏の自伝は2019年10月7日にツイートしてた。その後すぐに読了した。

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何か面白い本がないかと書店に寄ったら許永中著『海峡に立つ:泥と血の我が半生』があったので買って帰った。本物の極道の書いた本だけにワクワクする。同じワルでも安倍一味はなぜかつまらない。現在進行形だからかな?
www.amazon.co.jp/dp/4093886253/…
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野中広務氏については魚住昭著『野中広務 差別と権力』が読み甲斐あり。毀誉褒貶の激しい政治家だったが、麻生太郎のような人間を許さない信念には一目置く。昨年読んだ石井妙子著『女帝 小池百合子』もすごい。人間性にはまったく惚れないが、その父娘の生き様には物語を感じる。

ホンカツ信者という言葉も説明が必要か。令和だし(笑)。ホンカツとは元朝日新聞の記者でありルポルタージュの名手本多勝一氏のこと。『日本語の作文技術』はいまも読み継がれる名著だ。私は本多勝一氏の著書を八割方読んでいる愛読者だが、南京大虐殺ほかのルポを読んだ自称右翼の人々には本多勝一を許せない人々が多く、彼らは本多勝一ファンのことも“ホンカツ信者”と名付け蔑むことを生業としているのだ。

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その本多氏を含む朝日新聞の記者がリクルートから接待を受けて安比高原にスキーツアーをしていたという記事をめぐって、当時本多勝一氏が連載もしていた『噂の真相』という月刊誌(もちろんこれも愛読誌だった)と本多氏とが仲たがいし、最終的に決裂してしまったというゴシップが当時あったのだ。リクルート疑獄の本筋とは異なる周辺エピソードの類いではあるが、ホンカツ信者としてはリクルートや安比高原スキー場と聞くと、その当時の噂の真相をついつい連想してしまうのである。

結局、私のいかがわしさ好きのルーツはウワシン(噂の真相)にあるのかもしれない(いやそうに違いない)。そんな私の本棚にはウワシンコーナーがいまもひっそりと佇んでいる(笑)。

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2021/03/28

番外編!中島みゆき「あした天気になれ」をあらためて妄想するの巻

『昭和40年男』はもう読んでいただけましたか?!「悪女」から紐解いた、中島みゆきの歌に出てくるカッコいい女たちを僕なりの妄想で書きました。

その前半では「悪女」「わかれうた」「彼女の生き方」と来て「あした天気になれ」へと連なる女たちを、涙を縦糸にして、リミックスを作るかのごとく語ってみた次第です。

一曲の歌詞を解釈することと、複数の歌を関連づけて新しい視点を見つけていくこととは、妄想とはいえ全く違うアプローチですわ。だから、この編み方でピックアップ出来なかった単体の歌詞について、それぞれ語りたいことが出て来たりして。

そこで今回は『昭和40年男』のコラムで削った単体の「あした天気になれ」を、もう一度考えてみたいと思った次第です。なんにつけ一応は妄想的解釈をするのが癖なんです。

●あしたとあたし、天気と元気

それにしてもこの歌詞、昔ながらの言い方になりますが、一番の歌詞と二番の歌詞とでテイストが違い過ぎませんか。

一番は抽象的な自己分析で、二番はそれを具体的に宝くじに例えて解説してる感じ。だけど、それぞれのサビは逆に一番が具体的な天気の話、二番が愛や孤独と精神的な話です。

とくに唐突感があるのは『昭和40年男』にも書きましたが、二番の愛と孤独です。これが一番のサビならまだ分かりやすい気がしますが、そこは中島みゆきさんです。分かりやすくはしません。たぶん。だけど、これもコラムに書いた通り、二番のサビこそが外せない核だと僕は確信してるので、ここを起点に様々な仕掛けがあるはずだと妄想スイッチが入ってしまいます。

「あした天気になれ」は「あたし元気になれ」かもしれないと考えた人は結構いますよね。たぶん。僕もそう思います。あしたが漢字で明日だとそうは考えませんが、あえてひらがなですから。僕はおこと教室の看板をおとこ教室と見間違ったことがあります。妄想脳の宿命です。話がそれました…。

絶望的観測が癖だけど夢も欲もある主人公は、まずネガティブな思考から入って、失敗を恐れて予防線張りまくり、他人には卑屈になって謙遜しまくりの人生を送っています。だけど希望は捨ててない。夢も欲もかなうはずがないと人には言いながら、心のなかではかなえたいと強く思ってる。ここまでは一般論として共感しやすい。

と、ここで「雨が好きです 雨が好きです あした天気になれ」というタイトルフレーズが出て来ます。雨が好きなのに天気になれと願う矛盾をどう解釈しましょうか。

●涙は次へのステップという公式

『昭和40年男』のコラムでは、中島みゆきの歌の女たちの涙は次へのステップという“公式”を編み出しました。これを使ってみたい。

サビで「あした天気になれ」が出てくる直前に、泣いてばかりじゃ嫌になると感情を吐露してますよね。これは世間への投げやりな捨てゼリフにも見えますが、本心が零れた瞬間だと思うんです。

この主人公は泣いてばかりじゃ嫌になるけれど、きっと泣いてばかりの人生で、だけど泣いてる自分が嫌いではないんじゃないか。たぶん。ついでにいえば孤独な自分も嫌いじゃない。それは自分が自分でいられる時間だから。世間体ばかり気にして生きてる自分が本当の自分に戻れるのは孤独に泣いてるときだけだから。そう思うわけです。

ここまで来ると僕の妄想もグルーブします。「あした天気になれ」が「あたし元気になれ」だとしたら、「雨」は「涙」なんじゃないか。本心は「涙が好きです 涙が好きです あたし孤独になれ」なんじゃないか。さらに、この孤独な涙の先に、試練を乗り越えた強い自分が生まれると主人公は信じているのではないか。だから、いわば通過儀礼として「孤独になれ」と強い願望もしくは命令調なんだと妄想が妄想を呼びます。

「あした天気になあれ」というちばてつやさんのゴルフ漫画があります。こっちは「なあれ」というゆるい願望です。でも中島みゆきさんのこの歌詞で「なあれ」は有り得ないわけです。強く「なれ」と言わなければ済まない信念があるはずなんです。「天気になあれ」はまぁあるでしょうけど、「孤独になあれ」なんてぬるいことは言えないわけです。

そして核である二番のサビも「愛が好きです 愛が好きです あたし元気になれ」が初稿なんじゃないかと妄想は止まりません。愛は孤独では存在出来ない概念です。自己愛を除いて。主人公の好きな「愛」には自己愛ももちろんあるけれど、叫ぶほどの「愛」は人間関係のなかにしかない「愛」でしょう。孤独に泣いた「涙」の先にある「愛」は孤独ではいられない。元気になった「あたし」の前に屹立する存在でなければならない訳です。

ここまでを整理すると、論理的には一番で孤独に涙を流し、二番で元気になって愛に立ち向かうほうが、時系列に沿った物語になります。しかし面白みがない。ハッとする瞬間がない。これは日記じゃなくて大衆歌謡なんだから仕掛けが必須です。

そこでまず、涙(なみだ)を雨(あめ)に置き換える。この方が語感として「愛が好きです」と対にしやすい。そして「あたし元気になれ」を「あした天気になれ」と天気で例えることで歌詞として統一感を出せるとともに、ここに一つの矛盾した感情、つまり雨が好きだけどあした天気になれと願う感情を提示します。

その結果、「孤独になれ」が一番から弾かれたけど、これを「愛が好きです」に無理くり紐付けると、ある種のギミックというか、「愛が好きなのになんで孤独になれなんて言うんだ?」とリスナーを幻惑させる仕掛けになる。しかし一番の歌詞で矛盾した感情を天気に例えた後なので、おなじ構造でなんとなく受け入れやすい。大衆歌謡としてはそこで終わっても成立するけれど、これを聴いた僕みたいな妄想脳は「愛と孤独」という現代的なテーマに思いを馳せたり出来るわけです。

倒置とか嘘と本当の転倒は中島みゆきさんの歌詞には多い気がします。統計取ったわけじゃないけど。その裏には真実らしさと時にうらはらな人間の感情への視線や愛おしさがおそらくあって、どちらもアリだと考えていらっしゃるんではないか。だから事実と嘘とがたとえ入れ替わっても、感情(歌詞)は成立するという信念があるように思うんです。

中島みゆきさんの歌は、置き換えと比喩とがパズルのように組まれている、いやあえて完成させてないパズルをリスナーにポーンと渡されてる感覚を僕は持ってます。もしかするとパズルのピースを何個か隠し持ってるみゆきさんの姿まで思い浮かびます。その欠けたピースを自分で作って埋めていく作業が楽しい。妄想的歌詞解釈の醍醐味です。まぁ富士山のパズルがバームクーヘンの断面のパズルになっちゃうかもしれないけど、それでいいんです。

●宝くじあるあるの必然性

さて、残ったのが、宝くじあるあるの二番の歌詞です。一番が抽象的だったから、分かりやすい大衆歌謡にするための説明といえばそうかもしれませんが、二番のサビ以外を全部使って丁寧に説明してるのは、中島みゆきさんの歌詞としては異例の親切さです。そこまで噛み砕かなくても分かりますからね。そこが逆に引っかかる。

で、これは説明のためというよりも、延々と続く世間話(社会あるいは世情)の象徴としてこの冗長性を置いたのではないかと思うわけです。その下世話な世間のなかで生きていく処世術を主人公もまた延々と続けることでしか受け入れてくれないこの人間世界が厳然とあり、「愛」もまた、その世界にしか存在しないというパースペクティブを読み取りました。妄想ですけど。

世間とつながるために宝くじあるあるみたいな話を延々と続け、しかしそのなかに自分自身の真実を織り込むひとり遊びをしながら、「愛が好きです」と心の中で叫び、日々孤独に泣いては「あたし元気になれ」と自分自身を鼓舞して、また人間社会に戻っていく。あたかも「悪女」の主人公が一番電車で泣いてまた悪女を演じるかのように…。人生はその繰り返しなのです。たぶん。いつか「愛」が見つかると信じて。

 

というわけで「あした天気になれ」を妄想解釈してみました。他の楽曲、この流れでいけば「彼女の生き方」なんかも、その背景とか妄想はどんどん膨らむんですけれど、機会があればまたいつか。

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2021/03/07

『昭和40年男』で中島みゆきの歌に出てくる女たちを妄想

令和3年3月11日発売の隔月刊誌『昭和40年男』(Vol.66号)の特集は「俺たちをゾクゾクさせたカッコいい女たち」だ。この雑誌の基本は定期購読だけどコンビニや書店でもよく見かける。同世代なので目につきやすいのかもしれない。兄弟誌に『昭和50年男』もあり、もうすぐ『昭和45年女』も創刊されるらしい。ニッチだね。

毎回凝った特集が組まれるが、変わってるのは次号予告が載らないこと。次号発売日の数日前まで、どんな特集かは秘密になっていて、発売直前に編集長が公式ブログでつぶやき、読者は初めて特集を知る。メイン読者が定期購読の雑誌だからこそ出来る大胆な仕掛けかもしれない。

今回は3月6日(土)にコンテンツ情報が解禁された。表紙は小泉今日子さんだ。いや~、カッコいい女の代表にふさわしい人選だね。これは店頭でも売れそうだと直感したが、実はこの第66号がどんな特集かをボクは事前に知っていた。なぜなら今号に「中島みゆきの歌に出てくる女たち」を書いたから!

9年前に『ねこみみ』というムックが発売され、そこに「中島みゆきの歌詞に住む猫」というマニアックなコラムを書かせてもらったのだけど、そのときの編集者さんつながりで、今回のコラムを昨年12月に依頼された。その日は占星術界隈では約240年ぶりに風の時代に転換する日だった(いわゆるエレメントが変わるグレートコンジャンクション)。ちょっと風に吹かれてみたくなりお受けした(なーんて)。

今回のお題は「カッコいい女たち」の文脈で中島みゆきの歌に出て来る女たちを語ったわけだが、面白くも難しい課題だった。書いてるうちに、歌に出て来る女たちと中島みゆきさんご本人とがごっちゃになり、無意識に中島みゆき論になりがちだから。そこを意識的に書き分けることが僕なりの歌詞論でもあるので頑張った。

また、昔から(そして今回のプロフィールでも)“妄想的歌詞解釈”なんて言ってるわけだが、これはそもそも歌詞解釈に正解などないという大前提のなかで、それでもメディアに言説を流している言い訳だ。照れ隠しともいえる。

今回は「夜会」に敬意を表して、僕なりの言葉の実験劇場というか、「中島みゆきの歌に出て来る女たち」をテーマに、歌の女たちによるリミックス作品を創作する気持ちで書いた。初期の「夜会」がやろうとした構造をコラムという形式のなかでやってみようというささやかな裏テーマが僕のなかにはあった。

高校時代からこすぎじゅんいちさん(故人)や田家秀樹さんの中島みゆき本を読んできたボクにとって、文章で中島みゆきさんを語りそれをメディアに載せてもらえるなんて夢のよう。こうして昔の縁で声をかけてもらえるのは中島みゆきファン冥利に尽きる。それだけにボクなりの書き味で雑誌のバラエティに貢献したいと思って書いたつもり。ファンとして生きた時代に小さな足あとを残せた感があって…。まぁ残していいものはひとつだけなのではあるが、それも含めて今号を中島みゆきファンにも中島みゆきさんにも読んでもらいたい!

ちなみに目次を見ると、カッコいい女たち特集の各パートのなかで、中島みゆきさんとユーミンとがペアになってるのにお気づきだろう。「松任谷由実の歌に出てくる女たち」があることは、原稿を書き上げてからゲラのリードを見て知った。先に知っていたら肩に力がはいっただろうか!?うーん、早く読みたい。

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2020/12/29

2020年のこと

Uso_2307振り返れば、今年はブログを1つしか書いてない。それも小池百合子なんかのことだった。都知事選落選を願ったが現職として圧勝した。そしていま東京は暗闇のなかをさまよい続けている。

2020年は歴史上稀に見る疫病の年となり、いまだ終わりが見えない。安倍晋三の嘘も小池百合子の嘘も、もはや歴史の大局とは関係のないゴシップ、スキャンダルとなり、2020年は新型コロナウイルスCOVID-19が世界中をパンデミックに陥れた年として記録される。カミュの『ペスト』やデフォーを扱ったNHKテキスト『ペストの記憶(100分de名著) 』が書店の平台に並んだ。

しかし、日本という国家のタガが外れ(私はもう滅んでいると思っているが)、安倍政治の嘘にまみれた7年間が終焉した年でもあった。安倍政治に翻弄されて自決した官僚のことも、カネにまみれたあらゆる嘘もそのままにして、ただ総理大臣を辞めた。持病の再発が理由だった。これがウソでなければよいが、また復活しないとも限らない。

嘘にまみれた政治と嘘のような世の中とで、今年の漢字は「嘘」とした(画像は毎年おなじみの漢字辞典オンラインさんから引用してます)。

Img_20200523_125131最近は、旅先や出先でスマホを使って写真を撮れば、場所も時間も記録してくれる。だからブログに残さなくても自動的に旅日記は出来てしまう。あとは「公開してみるか」というモチベーションを持てるかどうか。独身の頃はひとりの時間もあったし、妄想を言葉にする楽しみもあり、それをネットに書くことで多少なりとも反応をもらえて喜んだりした。

結婚後はブログの優先順位が下がったとはいえる。ひとくち“かます” だけならツイッターで事足りる。毎年6月に1年分の写真から厳選して夫婦のアルバムをPhotoZINEで作っている。増刊号も合わせるともう6冊くらいか。これが楽しい。一年間を振り返りながら1冊のMOOKを作っていく感覚。そこに文章も書く。記録はもうそれで充分という気分もある。

ただ、そのアルバムの文章をブログを読み直しながら記憶をたどってコピペすることはある。だからやはりブログも必要だと思い、年末に書いておこうと思い立ったわけだ。ブログは未来の自分への手紙でもある。

Img_20200919_112652_s ちなみに右の画像は9月に行った日光東照宮の階段にあった自動販売機。おーいお茶がズラッと並んでいて、思わず「多い!お茶」と叫んでしまった。ここにしか置き場がなかったので、ここに載せておきたい。

●2020年のメモ

Dsc_0389  正月は2月のキッチンリフォームを控えて大掃除に充てた。それで実家には帰らなかった。こんな疫病の時代になるなら帰っておくべきだったかもしれない。初詣は大宮の氷川神社に詣でた。年明けの連休は、毎年の恒例行事で友人たちと祐天寺で飲み会をした。これも来年は厳しいかもしれない。密を避けねばならない。菅義偉や二階俊博などの政治家のように会合三昧とはいかない。

2月はキッチン&トイレリフォームをした。2019年の秋からショールームを観に行ったりリフォーム業者さんと打合せしたりと忙しかった。キッチンはトクラスに決めた。ホワイトキッチンが妻の希望で、ではどんな白を選ぶかとなったときに予算とグレードとの兼ね合いで「白練」にした。扉の角にアールをつけた処理もポイントが高かった。扉のサイズは縦900mmと大きな収納にした。トクラスは元ヤマハグループだ。ピアノ塗装の技術を持っているということもさることながら、やはりヤマハ=中島みゆき、これだ。結婚式は葛城北の丸、キッチンはトクラス、そゆこと。

今年も新国立美術館にDOMANI明日展を鑑賞に行った。その道すがら、梅の咲き誇った青山霊園を散策し、星新一さんのお墓を参った。美術展の後は渋谷で佐野元春ライブを鑑賞し、妻と友人らとでスープカレーを食べて帰宅。

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3月、高輪ゲートウェイ駅が開通した。その一週間前にそのあたりを散策していた。その時のツイッターでは「今日高輪ゲートウェイ駅が開通した。見物客で混雑してたらしいけど僕の価値観だとこれからいつでも見られる駅よりも、開通前の失われゆく景色と始まる前だけにしか見ることのない未完成の風景が重なる一瞬の時間にこそ面白みがあると思うわけさ。楽屋裏探訪的だけど。それで一週間前に見に行ってきた。 」と書いている。過去と未来の重なる一瞬の時間が好きだ。

リフォームも完了し、そのお祝いというわけではないが、コンラッド東京のコラージュに高級フレンチを食べにも行った。実に美味しかった。アルコールが飲めない妻に名匠ソムリエが薦めてくれたFXピヒラーの葡萄ジュースも美味しかった。今年の3月29日には雪が降った。公園の桜に雪が積もった。

4月、新型コロナウイルスはどうやらそうとう危ないとわかって来た頃だ。マスク不足で、実家から母の手製のマスクが届いたりした。4月10日に大林宣彦監督が永眠。ホームシアターで『野ゆき山ゆき海べゆき』を鑑賞した。

5月、外出もままならないので、久しぶりに素描をしたりして過ごした。シャーペンで妻の絵を描いた。思いのほか楽しいので、ネット通販で新しいスケッチブックを購入。シャーペンのノリがいいと噂の「Too コピックスケッチブックSサイズ」で、暇つぶしのお絵かきにはちょうどいい。とはいえ、多少は出歩いていて、明治神宮百年大祭から新国立競技場のあたりを散策し、シェイクシャックのハンバーガーで遅めの昼食。

6月、都知事選は今年唯一ブログに書いた小池現職が圧勝。れいわ新選組の山本太郎も挑んだが完敗。山本太郎には国政に専念してほしいという支持者の声が多かったが、目の前に救うべき人々がいてそのチャンスがあるならと出た都知事選だった。コロナ禍のいま、山本太郎が都知事だったらどんな都政をしていただろうかという思いはある。妻が『映画に学ぶ!ヒーローの問題解決力』という通信講座を始めた。

Cimg62417月から8月にかけて、今年の夏旅は疫病で中止にせざるをえず、帰省もしないため、ぽっかり空いた時間で近場にショートトリップすることにした。まずは近すぎて行ったことがなかったが、怖いジェットコースターに乗ろうと東武動物公園へ。思った以上に怖いが2回乗った。2回目は目をつぶってみたが、その方が逆に怖い!ホワイトタイガーも実にカッコよかった。何気に楽しめた。午後から天候が悪化した。

8月5日には、ホキ美術館へ。一度は妻を連れて行きたかったので。微妙に遠いため、GoToトラベルを使って宿も押さえ、美術館の翌日にはアウトレットモールに行った。GoToトラベルはコロナ禍が収束してから始める経済テコ入れ政策だったはずが、小康状態のさなか開始されてしまった。冬にはこれが大失敗政策だとバレるわけだが、このときは税金を使って予算が無くなったら終了ということなので、できる限り使おうと思った。

お盆には草津温泉の宿望雲へGoToトラベル。隠れ家的な宿で、デカい和室と洋室と二部屋続きだった。夕食はデカい和室で、就寝は洋室で、朝食は別の個室ブースでと、ウイルス対策も万全だった。料理もすべて美味しくいただいた。草津の温泉はやはりいい。箱根も好きだが草津もいい。夜の西の河原公園には人影もまばらでお盆の観光地とは思えない静けさだった。

Cimg64889月になり、さらにGoToトラベルは続く。今度は日光東照宮から鬼怒川温泉へとショートトリップ。日光は草津よりもガツガツしてる感じ。神社仏閣での有り難いお話がすべて商売に絡んでいてお坊さんが営業マンに見えた。まぁそれもひとつの楽しみなのだろうが。鬼怒川方面ではSL大樹にも出会えた。時間的に終点で待つしかないかと思っていたら、途中でSL大樹が私たちの電車を追い抜くときに、外で写真が撮れるとの社内アナウンスに気分が上がった!(乗った電車の運転手さん曰く)東武鉄道が社運を賭けて取り組んでいるSL大樹。カッコよかった。

10月、筒美京平さんが80歳でこの世を去った。90年代後半にボクのプロフィールページ用に作った音楽ツリーを見ると、人生のなかで筒美京平さんの影響がとても大きかったことがあらためてわかる。

Img_20201101_163201_s 11月のとある日のおやつは葡萄。クイーンニーナとピオーネの食べ比べ。ラーメン師匠からフルーツ求道師に路線変更したS氏ご推薦のフルーツ店で買って来た。どっちも美味いが、クイーンニーナの甘さがスゴイ。6月に妻が始めた通信講座の最終月。満点で修了する。この間、テキストに載っている多くの映画を鑑賞したことも良い思い出。GoToイートで大宮のエイジングビーフを食べに行った。

楽天モバイルのフリーSIM機の調子が悪いので、秋葉原まで(メーカー保証外の)電池交換に。5Gスマホの値下げ合戦が喧しいが、通話機能なしなら毎月1200円くらいで3.1GB(翌月繰り越し可)が使えるこの環境(2台持ちの1台)を変える必然性・合理性がない。高額スマホが安くなるということは低額スマホは相対的に高くなるようなもので騙されているとしか言いようがない。資本主義も腐りきったね。

音楽の秋では、ハル・ムーニーに心酔しネット通販で2枚購入。1枚はスイスのショップから、1枚はスペインのショップから。日本以上にコロナウイルスが猛威をふるう欧州からだからか、随分待たされた。しかし実に素晴しい音楽。50年代後半のビッグバンド、オーケストラのゴージャスな音。刑事コロンボなど劇伴で活躍したハル・ムーニーを再評価した年だった。

Cimg6540_hakone_s 4回目のGoToトラベルで箱根に行った。これまでは東京を回避していたが、箱根には都内を通らざるを得なかった。箱根ではオーベルジュー・オーミラドーに宿泊。伝説のシェフ勝又登さんのオーベルジュ。シェフも既に70代であり円熟の技を堪能した。日本に本格的なオーベルジュを最初に作ったのが勝又シェフだ。ボクはパリには何度か行ってるけど「フランスの片田舎」って憧れがある。でも敷居は高い…。GoToトラベルさまさまですわ~。いまやるべき政策じゃないけどね。

読書の秋では、楡周平さんの『食王』を単行本で購読した。妻も読了した。楡周平さんのビジネス・流通小説は我が家のプチブームになった。その後、箱根に行くってんで箱根を舞台とした小説を読もうと探し、松本清張の『蒼い描点』や堂場瞬一の『チーム』などを次々と読了した。

Img_20201218_115558_s12月、友人が東京クリスマスマーケットの舞台で歌うというので観に行った。早めに行ったがものすごい人なのでウイルスを避けていったん会場を出て食事をし、舞台の時間に会場に戻った。まだこの日はそれほど厳しくなかったが、翌週末からは入場規制がかなり厳しくなったようだった。

2月以来のコンラッド東京に、アフタヌーンティーで訪問した。さすがに美味しい。結構お腹いっぱいになった。紅茶を6杯くらい飲んだだろうか。グリューワインティーの酸味が気に入り2杯飲んだ。

そして12月22日。約20年周期で木星と土星とが重なるグレート・コンジャンクション(大会合)。それも今年は水瓶座のなかで起る。占星術で言えば、これは240年ぶりくらいのことらしく、これまでの200数十年続いた「土の時代」から次の200数十年続く「風の時代」への大転換点だという。

ポップンポールとタロット占いについては前に書いたけど、星占い(というより石井ゆかりさん風に「星読み」といったほうがいいかな)は、タロットと似た面白さがありますね。星々それぞれに性格・性質、いやここも物語といった方がいいかな、そういう付加情報(ゆるい決めごと)があり、それらが時計のようにそれぞれの時間で回転し付いたり離れたりする。その距離が新しい物語を紡ぐという構造です。

どの星とどの星で物語を紡ぐかもあるし、付加情報どうしの干渉・影響をどう物語るかでもあるし、読み手の数だけ物語は生まれるわけです。それを受け取る側にも実は内的な物語がありそれが共鳴する。だけど大会合のように共通の物語も織り込まれてくる。

こういった人の思いによって案外社会は動いたりする。自然現象の見え方にも影響する。それがまた面白かったり哀しかったりする。そんな道草というか余裕というか不可知な物語が人生には必要なんじゃないかと思ったりする今日この頃です。本当か嘘かで断じることの出来ない、別のレイヤーにある物語(虚構)の世界がね。

そんなことを考えていたこの大会合の日に1本のメールが届きました。9年前の「ねこみみ」の編集者さんからでした。そんなこともあるんだね。風の時代、機会があるなら、風に吹かれてみようと思います。

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2020/06/18

『女帝 小池百合子』を深掘りするための映画5選

購入してから一週間、『女帝 小池百合子』(文芸春秋刊)を読了。久々にぐいぐい惹きこまれるノンフィクションを読んだ。現時点で15万部を超えるヒット作となっている。私が購入したときも、ナショナルチェーンといわれる大書店では品切れで、駅前の書店に行ってようやく買えた。平台に3冊残っていた。初刷だ。あまりに面白かったので何度かツイートもし、そのツイートへのインプレッションも想像以上に多い。そこで、久しぶりにブログに書き残しておこうと思った次第。

昭和・平成・令和と生き抜いてきた女の一代記。このようにしか生きられなかった宿命の親子の物語。小説だったらその迫力と行動力に圧倒されて読み終わるわけだが、これが現実のニッポン社会でまさにリアルタイムに進行している話題とリンクしているとなると背筋が凍る。

現東京都知事にまで上り詰めた主人公(もっとも初の女性総理の芽がなくなっての都知事転身だが)は、今年の7月の都知事選挙にも立候補を表明している。マスメディアも圧倒的に有利だと報道している。前回掲げた7つの公約はほとんど実現していない。築地移転問題や拉致被害者家族、あるいは過去に主人公が所属した政党の政治家など、直接この主人公とかかわった人間はこの主人公の非情さ、裏の顔に皆さん直面してきたようだが、メディアが拡散する姿は英語交じりのキャッチフレーズで視聴者を飽きさせない元キャスターの華やかな政治家だった。

21世紀に世の中を欺いてこんな生き方が出来てしまうことに驚くが、読んでない方にも、この機会にこの主人公の有り様を理解してもらう方法がないかと考え、「○○を理解する10の方法」的なノリで、いくつかの作品を紹介してみたい。『女帝 小池百合子』を読んでからこれらの作品に触れてもいいように思う。

●映画『パラサイト

 言わずと知れた、2019年度アカデミー賞受賞作であり、アカデミー賞初のアジア映画だ。格差社会の闇を描いているわけだが、パラサイトする家族を『女帝 小池百合子』の主人公家族(父娘)、金持ち家族を日本社会と置き換えるとどうだろう。

パラサイトすることの是非と、パラサイトせざるを得ない状況を作り出した社会への憤りと、異なる位相のなかで善悪を超越した物語の力に圧倒される。虚構だからこそ「面白い!」と言えるわけだが、パラサイトされた側に自分が属している気分はどうだろう。金満大国だった日本は“今は昔”で、貧困大国アメリカと相似形を目指す格差社会だ。そんな落ちぶれた日本国民を笑い飛ばすようにこの国にパラサイトする政治家こそが『女帝 小池百合子』の主人公なのだ。そんな主人公をなぜか愛国者が支持するという捻じれた社会にも戦慄が走る。


●映画『砂の器

松本清張原作の1974年の見本映画の傑作だ。故郷に居場所のなくなった父子の旅。心温かい人との出会いと別れ。そして子は自らの過去を改ざんし有名になっていく。大きな宿命を背負って。過去の改ざんを原点に生きる和賀英良の姿が、『女帝 小池百合子』の主人公に重なる。

1974年といえば、まさに『女帝 小池百合子』の主人公がエジプトで暮らしていた頃だ。1971年の秋にカイロに渡った『女帝 小池百合子』の主人公は、1973年秋にカイロ大学2年生に編入する。時は第四次中東戦争の頃だ。そして父が破産し中東に活路を得ようともがいていた時代でもある。その父が朝堂院大覚に助けを求めたのは1976年だった。

朝堂院大覚という名前が出て来て俄然興味が湧いた。『女帝 小池百合子』の主人公の父は小物で俗物だが、朝堂院大覚という大物フィクサーや石原慎太郎といった政治家にツテを辿ってつながっていく。その細い糸に全人生を賭ける姿は物語としてはとてつもなく面白いのだが、映画『砂の器』の公開と同時期にこんな生き様の父娘が実在していたとは…。

●映画『人間の証明

「父さん、私の卒業証書どうしたでしょうね?」と問うたかどうか定かでないが、『女帝 小池百合子』の主人公の父は、ツテを頼ってカイロ大学に入れた娘の自慢話をしまくり、娘もその父親の敷いたレールを自ら走る決意をする。誰も知らない過去を作り上げ、混乱のなかその物語を最大限にアピールしてのし上がっていく。

映画『人間の証明』の岡田茉莉子とは異なる隠し事とのし上がり方ではあるが、女の一代記という点で重なるところがあるような気がするんで。『砂の器』もそうだけど、過去を書き換えてのし上がるという物語の力には人を惹きつけるものがある。しかし、最終的には裁かれなければならない宿命とセットだ。

『女帝 小池百合子』の主人公は、前回の都知事選で「ジャンヌ・ダルクになります!」と叫び都民を熱狂させた。しかし築地女将の会との対話のあと、ひとりの女将に「ジャンヌ・ダルクになってくださいね」と言われて、「ジャンヌ・ダルクはね、火あぶりになるからイヤ」とささやいたそうだ。こういう二枚舌こそがこの主人公の証明。

●映画『羅生門

黒澤明監督の名作。人間のエゴとか、真実とは何かとか、とにかく見れば見るほどに様々な気づきがある。特にデジタルリマスター版の画質で観るとモノクロ映像の美しさに息を飲む。

もはや『女帝 小池百合子』を理解するためというよりも、こういう映画をしっかりみて物事を自分で考えるクセをつけることが大切だと思う。昭和世代なら誰でも知ってる映画かもしれないけれど、平成以降の日本人にはこの映画は必見の古典だろう。


●映画『スポットライト

最後はメディアの有り方について問うという意味でこの映画を。『ニュースの真相』と迷ったけど、エンターテインメントというよりはジャーナリスティックな視点を重視したいと思ってこっちにした。

新聞記者』という選択肢ももちろんあったけれど、この日本映画は安倍政権という闇をフォーカスしているので『女帝 小池百合子』の文脈では除外した。

安倍にしろ小池にしろトランプ大統領にしろフェイクがまかり通る、いや、どちらかと言えばあえてウソを積極的につき通す体質の政治家が実権を握ってしまったこの世界の危険な方向性は、もはや右だの左だのといったイデオロギーの問題ではなく、人間としての品性の問題だ。品性下劣な人間の舵取りは下劣の連鎖を生み出す。ただでさえ腐敗する権力が完全に腐臭のする肥溜め国家に国民を沈めることになる。

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2019/10/14

王道はないって話 〜 The Third Door 〜

話題のベストセラー的な書籍はあまり読まないのだが、この翻訳本は読んでみた。世の中には3つの扉がある。誰にも開かれた第一の扉、特定のVIPだけに開かれた第二の扉、そしていつでもそこにあるのに誰も教えてくれない第三の扉がある...。

まるで裏口入学みたいな話かオイシイ裏道があるかのようじゃないか(笑)。そんな道があるんなら知ってて損はないでしょ。くらいの感覚で読み始めた。人の行く裏に道あり花の山だ。

コンセプトは「著名人が成功の鍵を掴んだ人生の分かれ道」をインタビューで解き明かすみたいだったから、なるほど目の付け所が面白いと思った。おそらく皆さんサードドアを発見して成功してるんだろう、それをハイティーンの著者もサードドアを見つけてインタビューにこぎつけたんだろう、その成功譚なのかなと。

しかし読み進めていくうちに、これは成功譚というよりも、私小説のようだなという感覚になっていた。ビジネス書だと思って読み始めていたらあまりの内容の落差に驚いただろう。アマゾンのレビューをいま読んでみたが、まったく宣伝と内容が違うという怒りのコメントもいくつかあった。

基本的には成功譚ではなく失敗談だ。8割失敗し続けるバナヤン青年。途中からは「もー、バナやん!」とやんを愛称風に読んでいた。簡単にいえば「若い頃の苦労は買ってでもしろ」という古くさい格言を実践した若者の私小説なのだ。

つまりサードドアとは苦労した先に開く未来の扉であり、誰にもある人生の選択をしっかり選択して行動しろって話だった。これ、もう何万回も言われ続けたような手垢つきまくりの生き方指南みたいなものなのだけど、それでもこの書籍は面白かった。それは実際に行動した若者の話だったからだと思う。

世の中にはあふれる成功譚は、功なり名を遂げた著名人が人生を振り返りながらする自慢話が多い。行動しろという説教も聞き飽きた。しかしこれを書いたバナヤン青年は若い。そして行動した。失敗の中で何を考えるかを若者が書いた。その同時代的な部分がウケたんじゃないか。

王道はない。あるとすれば行道。そんなの当たり前と思うのは私がそれなりの年齢になってしまったから。「やってみたらやっぱりそうだった」というのは説得力がある。若者がそれをピュアに書くことにも選択と行動の実践をみることもできる。さらに未来は思い描いたとおりでなくてもいいっていう希望(現実)もある。

軽く読める450ページの書物ってのは、それなりに稀有だし後味もいい。ビジネス書としてでなくオイシイ話を求めるのでもなく、ただただ若い著者の奮闘ぶりを楽しむエンターテイメント私小説ってのがこの書物のジャンルなのではなかろうか。この書物をビジネス書棚に置いてる書店は内容を読んでない。そんな書店を仕分けするのにも使える。

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2019/08/31

HDRアートモードで綴る夏旅2019

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2016年の夏旅でHDRアートモードにはまったのは直島を去ってからでした。今回はそのリベンジというわけでもないけど、宇野港、直島の風景や作品をアートモードで激写してきたので、今回も私家版瀬戸内芸術祭2019としてここに出品します(^0^)。

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2019/08/25

夏旅2019 夫婦編 ~宇野港~

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宇野港につくともう日は暮れていた。宿の uno port inn はフェリーのりばの目の前で宇野駅にも近くセブンイレブンもすぐ近い。荷物は朝のうちにあずかってもらっていた。直島観光に立地は最高で外国人客が9割だという。電話したときも最初に返って来たのは英語だった。カフェも併設していてほんとに外国のようだ。スタッフも若く活気がある。

前日キャンセルはキャンセル料100%なので、今回の台風で木曜の夜をキャンセルしたとき、二日後の土曜の夜の空いている部屋に変更してもらった。空いててよかった。

最初に予約していたのはオオシマ部屋だったが、変更後はマーカー部屋。すべての部屋に映画監督の苗字がついている。オオシマは大島渚監督、マーカーはクリス・マーカー監督という風に。マーカー部屋は300円高くなるのでついたときに差額を現金で支払った。また、直島前日なら朝が早いが、すでに観光後なので翌朝の朝食もここのカフェでゆっくり食べることにした。

ただし、外国人向けだけにシャワーはあるがテレビと風呂がない。それで部屋ではamazonプライムの番組をスマホで見たりして過ごした。風呂も直島で入って来なかったが、徒歩5分で「瀬戸内温泉たまの湯」というスーパー銭湯があるというのでそこに行った。休日はひとり1900円するが、とっても気持ち良かった。テレビ付きのマッサージチェアもあるのでそこでしばらくテレビを見て休んだ。

翌朝は8:30にカフェで朝食を食べた。他の客はみんな外国人だった。チェックアウトまで時間があるので、宇野港を散策した。ここにも瀬戸内芸術祭の作品がいくつもある。

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港の朝なのでフェリーも次々と出発したり到着したりしていて、それを見ているだけでも気持ちいい。朝から暑かったが。また宇野港側にも直島土産が置いてあるかと思ったが、玉野市土産や芸術祭関係はあるものの直島土産は一切なかった。まぁ直島は香川県だからな。そこは縦割りニッポンだ。

散歩から宿に戻り、ここから岡山駅への行き方を調べた。多少観光でもするかと思ったが、日曜でもあり新幹線のチケットもまだとっていなかったのでまずは駅でチケットを取ることが先決だ。台風がなければ土曜帰宅予定だったが、台風によって日曜帰宅となり東京行きのチケットが取れるかの心配もあった。

来るときは電車だったので帰りはバスにした。岡山駅までひとり650円(後払い)。直島の町営バス用に100円玉を大量に持ってきていたのが余っていたのでここで一気に使えて良かった。バスも快適だった。

岡山駅で新幹線のチケットを購入。さすがに並んで座れる席は空いておらず、通路側の前後席で取れた。その後、岡山土産にきびだんごなどを購入し新幹線に乗った。

前半の男4人旅に後半の夫婦二人旅という二毛作も、なかなかゴージャスでいいな。予定変更は大変だが…。台風10号はいろいろ大変だったが、そのおかげで後半も天候はよく、いい旅になった。

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夏旅2019 夫婦編 ~直島・宮ノ浦~

宮ノ浦港についたころには、17時台の宇野港行フェリーで帰る観光客がたくさんいた。この時間を逃がすと次のフェリーは19時になるため、このフェリーで帰る人は多いと思う。それに合わせてか、フェリー乗り場の土産物うりばは18時で閉店してしまう。ここが盲点だった!私たちは宇野港から徒歩1分の uno port inn に戻るだけだからあとでゆっくり買い物をすればいいと高をくくっていたら閉まってしまった…。せめて最終のフェリーが出るまでは開けといて欲しいよなー。観光シーズンだけでもさー…。というわけで、直島土産は買えなかった(ただしベネッセミュージアムのショップでは自分たち用の買い物はしていた)。

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そんな近未来が待っているとは思いもせず、「オレたちはまだ時間があるから、あっちの直島パヴィリオン観に行こうぜ!」と直島パヴィリオンに向かった。港からも見えるオブジェで、建築家の藤本壮介さんの2015年作品。前回の瀬戸内芸術祭2016出品作品だけど、前回の夏旅2016のときは駆け足だったためじっくり鑑賞できなかった。

赤い南瓜も直島パヴィリオンも、人が中に入ったりできる遊具のような作品。それだけに人とのかかわりも含めた風景全体をアートに内在しているのだと思う。いつもそこにあるが常に変化している。静的でいて実は一期一会の風景を切り取る楽しみを提供してくれる。「直島町28番目の島」というコンセプトもきっとそんな人と作品の交わりもイメージされていると思う。

今回の直島パヴィリオンではまさにそんな写真が撮れた。綺麗な少女と彼女を撮影する青年。近づくと青年は撮影の手を止めて「どうぞ」と促してくれる。「いや、お先にどうぞ」とこちらが言うと「いや、ちょっと時間がかかるんで」と笑う。

三脚立てて撮影してるので、何かの作品を作ろうとしてるのかと思い、お言葉に甘えてパヴィリオンの中に入った。そしてこちらは観光客らしく、妻のスナップ写真などを撮って、そそくさとパヴィリオンを出た。彼らはきっと多くの観光客がいなくなり夕陽の傾くこの時間を選んで撮影に来ているんだろう。

しかし結局、撮影を続ける彼ら二人を含んだ直島パヴィリオンこそいい写真になったと思う。この写真に二人がいなければ何の面白味もない記録写真のようじゃないか。パヴィリオンのなかの少女の立ち姿と青年のアングルを探る姿には、何か夏の終わりの物語を感じるではないか。

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このあと、土産を見ておけば何の問題もなかったのだが、まさか18時に土産物うりばが閉まると思っていないため銭湯に向かった。島に来るまでは銭湯に浸かる予定だったが、さすがに疲れたのとこの時期は混み合っているとの情報もあったので外観だけ眺めた。外観だけでもこの作品を楽しむことは出来る。

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銭湯を眺めてからフェリーが出るまでに夕食も食べておこうと直島カレーで有名なcin.na.mon(シナモン)さんへ向かった。ここは宿にもなっているようだ。外国人客が多かった。お約束通りの直島カレーを食べた。さすがに魚介が美味い。妻は青いコーラも飲んだ。

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夕食後、フェリー乗り場のそばを通って赤い南瓜に向かった。このときはもう土産物うりばは閉まっていたのだろうか。いや、やってたと思う。そして油断して通り過ぎたのだ。まさか18時に…(もういいか?)。宮ノ浦港の赤い南瓜。直島を代表する草間彌生の作品だ。

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孤高の黄色い南瓜とは全く異なる佇まい。誰もが中に入れて顔を出して記念撮影できる。人気も高い。港のすぐそばだけど油断すると近づけない。

島に来た時は先を争って町営バスのバス亭やレンタルサイクル店を目指すし、帰りは帰りでフェリーの時間に間に合うようにギリギリに港に戻ってくる。そうなると赤い南瓜とお土産とどちらに時間を使うかといったジレンマに陥りがちなのだ。そしてフェリーから眺めるだけになってしまう。ぜひ、宮ノ浦の作品群を観る時間も計算しつつ戻って来るべきだ。そして土産物うりばは18時に閉まることも忘れるな。

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宇野港への帰りのフェリーは19:02発。10時間ほどの直島巡り。次回はもっと時間を取って豊島など他の島にも行ってみたい。

 

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2019/08/20

夏旅2019 夫婦編 直島~家プロジェクト~

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家プロジェクトのある本村には正午ごろに着いた。とりあえずチケットを買おうとラウンジに行くと、南寺は入替制で混むため先に整理券をもらうように言われ、南寺に向かった。そこでもらった整理券は15:45の回だった。16:15が最終だったはずなので、ギリギリ間に合った感じだ。ベネッセミュージアムからもう少し散策を続けていたら完売だったかもしれない。

その後、他の家の係員の人にも何度か「南寺は先に整理券を」と言われ、「持ってます。15:45からなんですよ~。」というと「取れて良かったね。」とも言われた。プラチナチケットなのだ。

3年前の夏旅で来た時は、地中博物館も当日整理券で1時間程度の待ち時間で入れたが、いまや事前予約をしなければほぼ入場できない。そのうち南寺もそうなるかもしれない。ただ1回16人という少人数しか入れないため、ざっと1日448人の定員だ。WEB事前予約は相当倍率高くなるから、当日朝からの先着順でいいのかもしれない。

南寺の整理券をゲットしたのち八幡神社を通って、杉本博司さんの「護王神社」と地下の石室、宮島達男さんの「角屋」を鑑賞して、昼食に直島バーガーを食べた。

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その後、三分一博志さんの The Naoshima Plan 2019 「水」(家プロジェクトとは別の作品)、大竹伸朗さんの「はいしゃ」、先住博さんの「石橋」、須田悦弘さんの「碁会所」を順に鑑賞して回った。

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なかでも「碁会所」は、説明員のおじさんに話しかけるかどうかで鑑賞の深さがまったく異なることがわかった。二つの部屋にそれぞれ作品があるわけだが、ただ無言で見ていると通り過ぎるだけになってしまうだろう。私も危うくそんな観光客になりそうだった。

左右の部屋を見終わってから左の部屋の作品について「これは陶器ですか?」と聞いたところからコミュニケーションが生まれた。他の客が通り過ぎるなか「ちょっとあっちに」と右の部屋の前で待つように促された。「もう右も観たんだけどな。何もない部屋じゃん。」と思っていたが、左の部屋の作品は陶器ではなく朴(ホオノキ)であることや、右の部屋にも実は作品があることなどを説明してもらえた。こういうコミュニケーションも家プロジェクトの醍醐味なのかもしれない。碁会所以外はそうでもないが、碁会所では説明員さんとお喋りしたほうが楽しい。

南寺まではまだ時間があったので、少しラウンジで休んだ。とにかく暑い!まぁ台風一過だし、雨よりはいいわけだが。多少体力が戻ったところで、南寺に近い安藤忠雄のANDO MUSEUM(別料金)に入った。2003年の東大の星空講義の現場にもいた安藤ファンでもある私だ。光の教会の模型や写真、住吉の長屋の模型など興味深い展示目白押しだった。外観からは想像もつかないコンクリート打ちっぱなしの室内もテンション上がった。ここでも妻に解説しまくり…。

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ANDO MUSEUM を出ても後30分程度残っていたが、疲れたのでお茶を買って南寺の隣の公園の日陰に座って時を待った。このとき、直島ホールを観に行くべきだったが、疲れて気が回らなかった。南寺のあと直島ホールに行ったが16:00過ぎてしまっていた。次回の宿題だ。

ようやく南寺に入れる時間に。瀬戸内芸術祭パスポートを持っているのに、整理券制をしらない人が結構いて、次々に断られていた。入れる人数が限られるので仕方がないが、もう少し情報発信をしてあげないと無駄足になる。直島は観光地と言っても小さな島であり、インフラやホスピタリティが必ずしも行き届いているとは言えない。一期一会の面白さもあるけれど海外から来て整理券を知らないとか、小さい子どもを連れて入ろうとするとか、結構厳しい気がした。

南寺については神秘性を残しておいた方がいいんだろう。気持ちが落ち着く場所であることは確かだ。

これでほぼ家プロジェクトはコンプリートできた。ちょっと冷たいものを食べようと、直島ホールの向かいにあった「87momo」でふわふわかき氷を食べた。そしてすぐそばのバス亭から宮ノ浦港に戻ることに。すでに17:00近かった。

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夏旅2019 夫婦編 直島~黄色い南瓜~

8月17日(土)の朝、6:50ごろ後楽ホテルをチェックアウトし、7:10の瀬戸大橋線快速マリンライナーで茶屋町駅へ。ここで宇野線に乗り換えて宇野駅へ。この時間に着くにはこの路線一択だった。8:00にuno port inn に赴き荷物を預けた。その足で徒歩1分のフェリーのりばへ。すでに多くの観光客が待っている。8:22発の直島宮ノ浦港行フェリーに乗った。到着まで20分だ。

到着後はフェリーの右舷側から降り、町営バスの2番のりばへ。一番最初に着いたが、そこでいいのか不安でうろうろしているうちに6人目くらいになってしまった。レンタル自転車めあての列が多く、そちらかと一瞬躊躇してしまった。しかしこの時期は大量の観光客が来るため臨時便も結構でている。とくに地中美術館(この日はすでに予約チケット完売!)に直行するバスも出ていて、そちらと分散できた。

私たちは家プロジェクトをメインに考えていたが、写真撮影ポイントの草間彌生の黄色い南瓜が混む前に行っておこうと考え、予定通りつつじ荘行きに乗った。これが大当たり!数分間ではあったが、誰もいない黄色い南瓜で写真を撮ることに成功した。

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黄色い南瓜はランドマークとしても実に素晴しい作品。宮ノ浦港にある赤い南瓜よりも小さいが、作品としてはこちらのほうが好き。置かれている場所は様々な位置から見えるが、その風景との調和がなんともほほえましい。観光客が南瓜の前にズラッと並んでいる光景も、その南瓜とどうコンタクトして記念撮影するのかを観察していると、飽きることがない。一組ずつしか近づけない雰囲気を持っている。この孤高な感じは赤い南瓜にない魅力ではないだろうか。

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黄色い南瓜と戯れて人が増えてきたころ(9:30頃)、ベネッセミュージアム方面に歩く。その間にあるショップでTシャツなどを購入し、ベネッセミュージアムの中へ。ここにも素晴らしい作品群がある。しかし写真撮影禁止。ここの作品は写真撮影可にしたほうが、この素晴らしさをもっとアピールできるのにもったいない。なかにあるカフェでジュースを飲んで涼み、つつじ荘前まで戻ってバスを待った。家プロジェクトのある本村へ向かった。

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夏旅2019 夫婦編初日 倉敷美観地区

夏旅から実家に戻った後、妻とは15日に岡山駅で待ち合わせていたが、進度の遅い台風10号の上陸が危ぶまれた。お盆に台風が本州上陸、それも年中好天で有名な宇野港(直島フェリーのりば)を直撃しそうだ。そして8月14日の午前中、翌日の山陽新幹線全線運航中止の発表。すぐに徳山駅に向かった。妻にも連絡し、切符の払い戻しと翌16日の同時間に振り替えするよう話した。15日の夜宿泊予定だった宿にもキャンセルの連絡を入れた。これで台風が居座るようなら、すべての予定をキャンセルするしかない。とりあえず準備だけして15日夕方のJR発表を待っていた。

台風は若干速度を上げ、16日(金)の移動は問題なく出来ることがわかった。そこで15日の夜泊をキャンセルした Uno Port Inn に連絡し、17日(土)の夜泊可能かを確認したところ数百円高い部屋1室だけ空いておりOKとのこと。前日キャンセル料が100%の宿だったが差額だけで確保できた。16日の夜は予約していた後楽ホテルの最上階コーナールームにそのまま宿泊できる。これで出発できる。

16日はお昼に岡山駅で集合し、いったん後楽ホテルに荷物を預けて倉敷の美観地区に向かった。妻が大原美術館に行ったことがないためぜひ行こうと決めていた。大原孫三郎児島虎次郎石井十次などの話をついついしゃべり続けてしまう私だが、妻はうまく聞き流す(笑)。

とりあえず腹ごしらえ。倉敷アイビースクエアのレストランでランチを食べた。このホテルも一回泊まったが、何度行っても気持ちいい空間。ここからは児島虎次郎記念館を最初に見たいと思ったが、なんと閉館していた。2020年秋に移転して「新児島館」としてオープンするらしい。虎次郎ファンの私としては、新装オープンは喜ばしいが、妻に「里の水車」ほかの作品を見せられないのか…と思った。しかし心配ご無用!大原美術館で鑑賞できた。

大原美術館はいつ来ても楽しい。現代芸術作品もいい作品が次々と展示されていて進化している。2016年のDOMANI明日展でひときわインパクトがあった松井えり菜さんの「サンライズえり菜」(2011)があって嬉しかった。松井えり菜さんは岡山県出身なんですね。

他にも小出楢重(1887-193)の「Nの家族」(1919)や佐伯祐三「広告“ヴェルダン”」(1927)、ルチオフォンタナ「空間概念 期待」(1961)、北城貴子「Reflection – muison-so –」(2006)などが印象深かった。とくに北城貴子さんの作品は、印象派の現代的な解釈というか、とても惹きこまれる魅力を持っていた。他の作品も見てみたくなった。

Okayama_dinner_20190816_211336 あっという間に17時を回り、白桃ジュースなどを飲みながら駅に向かった。夕食は夏旅恒例のQUCHIに行きたかったのだが、今年5月に休店になっていた。店舗のあったところに行くと入居者募集の看板が寂しかった。しかたなく岡山駅前を徘徊し和風居酒屋で夕食を食べた。

後楽ホテルではフットバスを借りて足を労った。スマホの万歩計を見ると17,000歩以上歩いていた。次回、新児島館が出来た暁にはぜひ訪れたい。山陽新聞社から出版されていた『児島虎次郎』(1999)も復刊して欲しい。あるいは新たな児島虎次郎関連書籍なども期待したい。

さて、明日は台風で仕切り直しとなった直島だ。前日泊まる予定だったUno Port Innを明日に変更した。明日は朝7:10の電車に乗る必要がある。Uno Port Inn ではチェックイン前の荷物を朝7:30から預かってくれるので、8:00頃荷物を預けて8:22のフェリーに乗る予定だから。そのためには6:00頃には起きて準備しないと。早く寝ようといいつつ、0時過ぎてようやく眠った。

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夏旅2019 三日目 砂の器ロケ地巡り

竹野屋旅館で朝風呂に入り、チェックアウト後に荷物だけ預かってもらい出雲大社に向かった。宿からすぐに参道がある。そこを通って拝殿、神楽殿、天神社、北島国造館とお参りし御朱印をいただいた。

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その後、宝物殿で涼んでから宿のほうへ戻り、日本ぜんざい学会壱号店で冷やしぜんざいをいただいた。出雲大社は夏旅2003以来だろうか。あの頃はブログというツールが日本に入って来た頃で、まだホームぺージで書いていた。HTMLを知ってるとサイト作成の自由度は高かったけど、さすがにもうあの熱量でホームページ作れないなぁ…。時代は変わった。

それと、前回の「夏旅2019 二日目 TRAD な夜」で竹野屋旅館の豪勢な夕食コラージュ写真をアップしたが、肝心のカニを入れ忘れていた!痛恨の極み。このカニが前菜のように最初に出てきたのは驚いた。ここに追加して訂正します!

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さて、ここからは奥出雲への映画「砂の器」ロケ地巡りだ。まずは映画で亀嵩駅のホームとして使われた木次線の出雲八代駅へ。

映画の中で後の和賀英良こと本浦秀夫少年が療養施設に入る父本浦千代吉(加藤嘉)一行を追いかけ、ついに対面するシーンで使われたホームだ。テンション上がる!無人駅だからホームで写真も撮れるし、小説「砂の器」を手に持った警察官の顔空きパネルに顔を突っ込んで写真を撮ったりした(もちろんブログで晒さない)。撮ってくれたM氏に「シリアスな映画なのにコメディになっちゃったな」と言われた(笑)。

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次に本当の亀嵩駅にも訪れた。こちらにはカメラを持ったカップルも来ていた。「砂の器」世代なんじゃないかな。木次線の奥出雲あたりは本当に山の中で風情がある。旅情を掻き立てるといってもいいかもしれない。しかしこの奥出雲は夏旅メンバーではM氏と私だけがそんな気分であり、S氏、E氏はずっと車の中で涼んでいた。映画「砂の器」を知らなければ、ただの無人駅でしかないか…。

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ここから車で5分ほどのところに湯野神社があった。なぜかナビでは探せなかったが、「砂の器」の記念碑があり外せないスポットだ。この神社は、奥出雲に流れ着いた本浦父子が床下に潜り込み雨宿りをしながら息をひそめていた場所だ。三木謙一巡査(緒形拳)がこの階段を昇って父子と遭遇する大事なシーンだった。HDR ARTモードで撮影。

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そして今回、「砂の器」ロケ地巡りの最後の目的地は大原新田。本浦父子が放浪して亀嵩に辿り着くシーンを撮影したところらしい。それを知ったロケ地巡りサイトがあったのでリンクしておこう。

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ここまで車のナビが山道を選択し、対向車とすれ違うのも困難だったため、S氏がたいそう不機嫌になってしまった。なんの興味もないところで申し訳なかった。大原新田に辿り着き、M氏と二人で歩いてみたが、思ったほど美しくもなく、これが棚田百選かと思った。棚田というものは水を張った直後の夕暮れが美しいのかもしれないと思った。とはいえ「砂の器」ロケ地という事実に満足した。持ってきていたサントラCDを持って記念撮影した。

これで今年の夏旅の目的はすべて達成。ここからどうするかを検討した。すでにお盆真っ只中であり、今夜の宿の予約をとるには都会のほうが取りやすいため広島に一泊という案が有力だった。しかしS氏は長崎まで明日中に到着したいとのことで、出来るだけ西へ進んでおきたい。しかしあまり西に行ってしまうと私が周南市に戻れない。ということで結局、徳山駅前の東横インに決まった。ここなら私を除く3人だけでよいし。コロプラ&ポケモンで全国を駆け巡るE氏がすかさず空き部屋を検索し予約できたので、一路山口県を目指した。

徳山ではいったん私の実家に寄って大きな荷物を置き、東横インに向かった。夕食は焼肉「まんぷく苑」で。カルビやロースもネギ塩で食べられて糖質的にヘルシーで美味かった。その後、私はタクシーで実家に戻った。

翌朝、旅の精算があるため、再び迎えに来てもらい最古のガソリンを入れて精算した。M氏は徳山駅から広島に向かった。少し散策してから帰るとのこと。E氏はS氏とともに九州へ向かった。20周年の旅もいつもと変わらない夏旅の風景だった。

その後、私は実家で墓参りに行ったり買い物に行ったりして過ごした。松本清張と同時に生誕110年の太宰治についても何かしたいなと思い、生誕100年のときに書いたブログを読み直した。そこで「正義と微笑」が好きだったなぁと思い出し。どんな内容だったか忘れていたため、青空文庫を探すとすぐに見つかった。読み始めると止まらなくなり一気に読んだ。

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2019/08/19

夏旅2019 二日目 TRAD な 夜

京都の朝。こんなド観光地のド真ん中にいるのに、先を急ぐ必要があり京都を後に出発。この夏旅では京都は通過点になることが多い。それではもったいないと京都観光を中心に据えた年もあったが、基本的には通過点だ。京都が嫌いなわけじゃない。ゴールが山口・九州だからどうしてもそうなる。

京都を出発し高速で一路出雲へ。途中、宝塚北SAでソフトクリームなぞ食べながら向かった。昼食をどうするか検討しているときに、S氏がまたたまごごはんの聖地かめっちに行こうと言い出した。M氏だけかめっちを体験していないからだという理由はもっともだが、M氏だけは我々ほどの大食漢ではないし、何もたまごごはんで腹いっぱいにする必要はない。竹野屋旅館で豪勢な夕食が待っているし、昼はそこそこでいいように思っていた。

Hasinosyokudou_20190809 しかし車は聖地へ向かっていた。何とか回避する方法はないかと思案しているときに、B1グランプリで優勝だか準優勝だかをした津山ホルモンうどんの名店が、津山ICとかめっちの間に存在するという情報が飛び込んできたのだった!ここでS氏がグラついた。チャンスだ!初見参の津山ホルモンうどんはこの機会を逃がしていいのだろうか?!ノックダウン!津山ホルモンうどんに昼飯が変更になった。そして橋野食堂で2玉食べた。

今回、出雲に行くことが決まって、私からは奥出雲で映画「砂の器」ロケ地巡りがしたいと希望していた。今年は松本清張生誕110年でもあり、平成最後の日に「砂の器」シネマコンサートを鑑賞していた。本当は妻と行きたかったが、行ってみるとどこも自動車なしで巡るのは相当な時間が必要だということだった。この旅で行けたのは良かった。

奥出雲は映画のロケ地で写真を撮るだけだから時間はかからない気がしていたが、京都から出雲に向かう前に寄るには時間がなさそうだった。特に19時までに竹野屋旅館に着かなければ夕食に間に合わないため、奥出雲は翌日にして竹野屋を目指した。車内BGMは竹野屋セントラルヒーティングだ!マニアだねぇ(笑)。18時前には到着した。この日、私は山下達郎の2017年のツアーTシャツを着ていた。黒地に達郎のシルエットのやつだ。こんな客がきっとたくさんいるんだろうな(笑)。

夕食より少し早く着いたので、宿の周りを散策することにした。竹野屋旅館は出雲大社の鳥居まで徒歩で2分かかるだろうか。とにかく真ん前にある。立地は最高だ。出雲大社は明日の午前中行くことにして、出雲駅方面に歩いた。駅横に映画「RAILWAYS」で使われたデハ二50型・52号車が展示されたりしていた。

夕食時間までにはまだ時間があるが、店は結構閉まっている。18時には多くの店が閉まるのは、他の観光地と同じ。観光地の朝は早いが夜は短い。特に出雲ほどの観光地になるとほとんどは宿で夕食を食べる観光客が多いからだろうか、外で食べるところは限られそうだった。夕方とはいえ暑いので宿に戻ることにしたが、E氏だけは別だ。ポケモンGo!の熱い戦いがあるようだった。もっともこの日は仲間が得られず成立しなかったという。夕食ギリギリに戻ってきた。

夕食の部屋に入るとすでに山下達郎の曲が流れていた。これには驚かない。想定内だ。竹内まりやの楽曲も織り交ぜながら、流されていてテンションがあがる。食事のBGMに流れない曲はなにかをしゃべりながら食べ始める。Bomberは無いだろうと言っていると流れて来た。こりゃなんでも合うねぇといった結論を出しつつ食べていると、食べ終わる前に全曲一周したようだった。S氏がその全曲のタイトルを最初からすべて暗記してしゃべりだしたのは想定外だった。どんだけマニアやねん。

料理も一品一品が上品で美味しかった。言葉よりもコラージュで。

Takenoyaryokan_dinner_20190809

竹野屋旅館では山下達郎&竹内まりやグッズもコーナーを設けて販売している。いくつか購入した。もちろん出雲土産も販売しているし、竹野屋オリジナル御朱印帳なども売っていた。御朱印帳は令和になって買ったばかりだったので私は買わなかったが、こうして御朱印帳が増えていく人もいると聞く。

部屋には書家が竹内まりやの詞を書いた作品なども飾ってある(部屋によって異なる)。若いスタッフもニコニコとした対応でとても好感が持てた。アルバムTRADのジャケットに使われた階段に座り同じポーズで写真を撮った(もちろんブログには載せない)。竹内まりやのルーツがここにあると思うと感慨深かった。

Takenoyaryokan_20190809
Takenoyaryokan_trad

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夏旅2019 初日 Ride on time な夜

今年の夏旅は全員8月8日出発ならOKとすんなり決まった。妻からも「行って来ればー」とOKが出た。休暇が合わないため、妻とは後半合流し、私的夏旅とすることにした。

今年はS氏が早々に行き先候補を出して来た。出雲の竹野屋旅館だ。ファンにはおなじみ、シンガーソングライター竹内まりやの実家だ。山下達郎ファンでもあるS氏と私。異存はない。しかし予約が取れるのか?そこはE氏の得意分野で取れることが判明、M氏もすんなりOKで行き先が決まった。

出雲まで一日で行くのは辛いため、初日は京都泊になった。S氏、E氏、私の3名がS氏の車で出発し、京都でM氏と落ち合う段取り。今年は8月10日(土)から最長で18日までお盆休暇で渋滞真っ只中と予想出来た。8日に出発し10日出雲着なら渋滞もそれほどでもないだろうと思っていた。新東名高速を選んだこともあり京都まで大きな渋滞もなかった。

Kamogawakan_20190808 京都では三条駅近くの賀茂川館というレトロな旅館をS氏がチョイス。S氏は旅館好きで畳に全員で寝る修学旅行スタイルが好きなのだ。先に京都入りしたM氏は京都散策をして先に宿に着いていた。三条駅の裏にある駐車場に車を止め宿に入る。すぐに夕食を探して徘徊。三条は京都観光の中心と行ってもよく、食事をするところはいくらでもあるが、それだけにどこに入るべきか悩んで決まらない。大食漢が揃っているため、それなりのボリュームを求めているわけだが、肉なべ千葉という店が気になった。

入口に肉なべについて書いてありそれを読んでいると、ひとりの青年が声をかけて来た。「ここの優待券があるんですけど…」と優待ハガキを見せてくれた。なんだか怪しい感じもしたが、話をしていると店員さんが出て来て「あ、それ、うちの優待券ですね。いらっしゃい」と優待券が本物であるウラがとれた(青年と店とがグルということもあるけど性善説で)。まぁ、これもネタになるし肉なべにはそそられるので、青年から優待券を購入し店に入った。最終的に良心的な価格で肉なべも実に美味しく正解だった。お通しからして美味すぎた!

Nikunabechiba_20190808 それ以上に縁を感じたのは、この店のBGMだった。山下達郎が延々流れていたのだ。「おお、初日からヤマタツオンパレードの夜!」となかば興奮して店員さんに「これ有線ですか?」と聞いてみた。するとその男性店員さんが「いえ、違います」と言うので「え、誰かの選曲ですか?」と畳みかけると「あ、はい、ボクが…」とのこと。ここで我々は「ほほー!」と唸ってしまった。変な客ですまん。今年の夏旅はヤマタツ&まりやがテーマだった初日の夜だったので嬉しかったのだ。まさに Ride on time って気分でした。こんな偶然もあるんだなぁ。 

 

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夏旅 20th anniversary

夏旅 15th anniversary は2014年で、そこからは20年目まで続いているかと思いつつ、20年目が近づくにつれて続きそうな気がしてきた。そして今年20年目の夏旅を迎えた。とりあえずここまでの5年間をまずはざっと振り返っておきたい。老後のために(笑)。

2015:この年は15周年後ということで、まとめてブログを書いていたのでリンクしとこう。これまでになく近場の静岡県は修善寺で一泊。初日だけ合流可能なメンバーがいてこの選択に。逆に新鮮で良かった。修善寺の朝、浴衣姿のメンバーに見送られ、3名となって土肥港から清水港までフェリーで渡り、三保の松原を散策後、京都で一泊。翌日、伏見稲荷を観光後、姫路に向かい18時過ぎに姫路城をプチ観光。その後、岡山県の宿を確保し、奈義ビーフの熟成肉を出すQUCHI(2019年5月休店)に初来店。翌日、岡山を出て山口県へ。ここで私は実家に帰り、家族と大分県の高崎山に小猿のシャーロットちゃんを観に行った。

明石の料亭旅館人丸花壇

2016:この年は新機軸として初日はフェリーの旅となった。有明ふ頭からフェリーで徳島へ。このフェリーに乗る前に東京駅に立ち寄り、入場券を買って駅弁を買った。東京駅の「祭り」という駅弁ショップファンのS氏の提案だった。個室のとれたフェリーの旅は超快適だった。翌日午後に徳島について、徳島ラーメンのいのたにで昼食。その後、明石にて一泊。予約していた宿は料理も美味しく部屋も広くて快適だった。翌日は明石から直島へ。3年に一度の瀬戸内芸術祭2016の年だった。この当時はまだ地中美術館も当日整理券で入れていた(昨今はWEB予約で売り切れの日もある)。一時間程度待って入れた。直島半日観光後、フェリーで岡山県に戻り岡山で一泊。この日の夕食も前年同様QUCHIで絶品ステーキ。翌日は広島の鞆の浦へ向かった。古い町並みが残る街だった。そこから宿を取り広島で一泊。翌日は山口県の岩国を訪問。錦帯橋は夏旅2001で訪れた観光地で感慨深い。そして実家へ。

2017:この年はイレギュラーだった。7月に私は結婚式を挙げた。そういう事情もあって初日はS氏が単独で出発し静岡の元上司I氏のお宅訪問。翌日、名古屋でM氏と合流し二人で和歌山へ。古座川の一枚岩を見たとのこと。そして大阪へ向かってもらい、私とE氏とは別々に新大阪駅に向かいそこで全員集合した。E氏は午前中早々に大阪入りしポケモンGo!に導かれ大阪のポケモンマスターと遭遇し、一緒に電車でポケモンハントをしていたそうだ。合流後、この年話題となった安倍首相への忖度問題の震源地、森友学園の瑞穂の國記念小学院を鑑賞した。その後、岡山県に向かい3年連続となるQUCHIで奈義ビーフのステーキを食べた。ここで一泊。翌朝、E氏は次の予定で早朝に新幹線で出発、M氏も帰宅し、ここからはS氏と私の二人旅となった。そこで(?)若干逆方向にはなるが、以前行こうとして高速を降り忘れ行けなかったたまごごはんの聖地かめっちに向かった。腹いっぱい食べ、そこから日本海側へ。二人になると行き当たりばったり感が増す。美保関灯台を散策した後、浜田市のホテルを予約して一泊した。翌日は一般道で周南市へ。2017年はひとつの区切りだったかもしれない。合流できたのは1日のみ、私も結婚し、メンバーもそれぞれ忙しそうだ。しかし終わらなかった(笑)。

2018:この年は3年連続訪問していた岡山県のQUCHIの店員さんからの結婚退職メールで始まった。今年で退職するがもし我々が来るならその日以降に退職日を延長するとのこと。そう聞けば行かないわけにはいかない。全員一致で岡山入りが決定した。初日の日程調整や行程を検討し初日は岐阜の下呂温泉となった。修善寺に続き若干近場だ。西日本豪雨の影響もあったが全員集合できた。下呂温泉の泉質はとても良くまた行きたい。翌日、M氏が仕事で離脱し、3名で福井県の名田庄を目指す。ここにはドロクター(小池徹平主演ドラマ)のモデルとなった中村伸一医師がいて、お会いしたいとメールして承諾を得ていた。しかし多忙な中村院長と夏旅でのんびり旅の我々とでほんの数分差ですれ違い会えず…。個人的には宿題が残った。ここまでのブログはこちら。その後、京都の京丹後市に向かい、あみ☆けんという美味しいお店を発見。一泊し、岡山県のたまごごはんの聖地かめっちを再訪(E氏は初)。その後岡山入りして、夕飯にQUCHIを訪れた。E氏は最終の新幹線に乗るため離脱し、S氏と私だけ岡山に一泊。翌日山口県に向かった。この年のブログは中編後編と書いた。私はその後、新婚旅行でハワイ島巡りへ

2019:そして今年。詳しくはこの後のブログで。割とすんなり出発日も決まりS氏、E氏と私の3人で出発。新東名高速を通り、京都でM氏と合流。初日は京都泊。翌日は島根県の出雲へ。その後、奥出雲で映画「砂の器」ゆかりの地巡り。今年は松本清張生誕110年でもあり。そして山口県周南市へ。夏旅はここで解散。実家で数日過ごし、台風10号の影響で1日予定を変更して岡山駅で妻と合流。直島に向かった。夏旅20周年にふさわしい旅だったと思う。そして夏旅2020も普通にありそうな気がする…。2019年を20周年とする説と2021年が20周年という説もある(笑)。1999年はS氏とのラーメン旅だったので外伝という気がする。2001年は3人で夏旅初回という意識が高い。だから真の夏旅20th anniversary は2021年なのではないだろうか。そこで海外って手もあるんじゃないかなぁ。

夏旅 1st ~ 10th 

夏旅 11 ~ 15th 

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2019/05/12

平成から令和、そして夜会工場VOL.2へ

Img_20190430_235457 令和元年最初のひとくちメモは、中島みゆきさんの映画「夜会工場VOL.2 劇場版」になりました。と、その前に、平成から令和に代わるあたりの近況についてちょっと書き残しておこうかな。ちょっとと言いつつ前置きが長いのは令和になっても変わりませんが。

●平成最終日は渋谷のオーチャードホールで「砂の器」

平成最後の日、4月30日は渋谷にいました。昼は明治神宮内のレストランでランチ。妻は春限定のランチセット、私はパーコー麺を食べました。私にとっての平成はある意味“ラーメン行脚”の時代でした。平成11年に「ポップングルメ紀行 1999年・夏」を書きましたが、ラーメンに目覚めた頃で、そこからはラーメン師匠と共にラーメン行脚に明け暮れました😃 そんな私の平成最後のラーメンが明治神宮のパーコー麺というわけです。

その後、御朱印待ちの長蛇の列を横目にお参りをして、Bunkamuraのオーチャードホールへ。「砂の器シネマコンサート」を鑑賞しました。昭和の名作「砂の器」はDVDで何度も見直すほどに好きな映画で、年明けに妻にも見せたのですが、それで妻がこのシネマコンサートを見つけてきたのです。音楽が素晴らしい映画だからシネマコンサートに向いているとは思っていましたが、想像以上に素晴らしかったです。

映画とジャストにシンクロする生のオーケストラ(竹本泰蔵指揮・東京交響楽団)と近藤嘉宏さんのピアノによる交響曲「宿命」がホールに響くと、心の中で「おおーっ!」と叫んでしまいます。途中は映画にのめり込んでるけれど、音楽が鳴ったとたんに、その音圧に毎回「おおーっ!」って感じる。この感覚はシネマコンサートならではです。いやー、いい体験でした。また違う映画でも体験したいな。

Bunkamuraは夜会の聖地のような場所ですよね(オーチャードホールではなくシアターコクーンですが)。思えば夜会は平成時代の中島みゆきの活動のコアであり、平成時代がそのまますっぽり夜会時代といっても過言ではありません。そんなBunkamuraに平成最後の日に訪れたのもなにかの縁のような気もしました。

シネマコンサート終演後、近くにあるレストランVIRONで遅めの夕食をとり、渋谷駅に向かいました。あと数十分で平成が終わります。テレビ局の車やパトカーがたくさん出動していて、109の看板のうえに既に「令和」の文字が見えました。これも時代の1頁かなと思い写真に収めました。

●令和になってまた下血…

そして翌日、元号が令和になりました。そもそも元号なんてなくてもいいって生き方をしてきた私でございますが、そうはいっても「昭和」を、あるいは「昭和」という括りで語ることはこれまでも多かった気がして、合理性が求められる実務を離れたところでは日本の元号に目くじら立てたりはしません。そもそもイベント好きなんで、なんでも記念日にして楽しめればいいんです。いまの天皇制には反対です。

5月1日は浦和の調(つき)神社にお参りをして、初めて御朱印帳を書いていただきました。だから私の御朱印帳は調神社のもので令和元年初日から始まります。妻はOLの王道を歩いてきたような人なので(笑)、伊勢神宮の御朱印帳の裏表にぎっしり御朱印が溜まっています。ま、私が神社に参るのにその影響がないとは言えません。神社を戦争利用する人たちは嫌いです。

調神社では雨に降られてしまいまして、それが悪かったのかもしれませんが、翌5月2日に体調を崩します。午前中はまだよくて、御朱印帳も作ったしと大宮の氷川神社にお参りをしました。この日も行列でしたがありがたく御朱印をいただきお参りしました。しかしその帰りあたりから下痢の症状が出て、帰宅後トイレで下血しました。その症状は昨年9月下旬のときと同じでした。

令和になって二日目、ゴールデンウイーク10連休の真ん中で下血。病院もほとんどお休みに入るタイミング。そこで前回病院に行ったときを思い出し、経口補水液だけを取ることにして安静にしました。明日から2泊で予定していたプチ旅行の電車と宿もキャンセルしました。そして66時間後、なんとかおかゆと具無し味噌汁を食べました。下血も最初の一回だけで済み、GW明けから社会復帰できました。妻には心配かけました。そのせいか、妻はGW明け3日後の5月9日に体調を崩してしまいました。

●夜会工場VOL.2 劇場版に思ふ

5月11日(土)になり、ようやく妻の体調も戻り、多少動いたほうがいいかもというので、GW中の5月3日に公開されて見に行けていなかった映画「夜会工場VOL.2 劇場版」を見に行きました。個人的には旅行に行っていて初日は見れないと思っていましたが、まさか下血して寝込んで見れなくなるなんて…。

中島みゆきの夜会が始まった1989年は平成元年。中島みゆきさんにとって平成はまさに夜会とともにあった時代でした。ただ、私は初期の頃はまだコンサート派で、夜会はそれほど見ていません。学生にとっては高額チケットでしたし入手困難でもありました。たぶん、初めて見に行った夜会はシャングリラだったと思います。

そして2014年の「橋の下のアルカディア」を最前列で鑑賞するという幸運にも恵まれました。この作品は夜会のひとつの完成形と思えます(異論はもちろんあるでしょうが)。それはVOL.19で再演された後、平成最後の作品となったVOL.20の「リトル・トーキョー」がシャングリラ以来の既存曲と新曲との混合で成立する舞台になったこと、そして平成から令和への時代の変化とみゆきさん自身のメタモルフォーゼ癖(?)に起因するような気がしているわけです。

平成最後の作品と書きましたが、中島さんは基本的にほとんど過去を振り返らないので、リトル・トーキョーという作品は、平成の次の時代を見据えて作られていると思えてなりません。つまり平成=夜会時代の集大成は「橋の下のアルカディア」だったのではないかという私の妄想です。

昭和の中島みゆきは歌姫でした。そんな歌姫が平成という時代の始まりとともに夜会で歌い演じる舞姫になったわけです。歌から言葉の実験劇場へと変態(メタモルフォーゼ)した時代が平成でした。

この流れを踏まえて「夜会工場VOL.2 劇場版」はどのような存在なんだろうと思っていたとき、映画を見ながら「輪廻」という言葉がふと脳裏をよぎりました。歌から舞台へ、そして再び歌の世界へ。夜会工場VOL.2は歌(歌唱)の力を夜会から切り取って脱構築したコンサート映画(舞台)でした。

前に「橋の下のアルカディア」は「ストーリーに拘泥せず、各シーンをショートストーリーのように捉え、言葉と音に集中するといい」というひとつの見解を書きました。これは夜会全体に言えることだと思っています。このような見方をもっと過激にかつ分かりやすく構成してくれたのが「夜会工場VOL.2」のように感じました。

また前後の物語から切り離された歌そのものの有り様は、シュルレアリスム的ともいえます。しかしそのディテールは突拍子のないものでは決してなく、夜会の歴史を知っていればいるほどに、その知識が楽しみを増幅する顧客満足度の高いコンサートでもあります。ファンであればあるほど深く楽しめる大仕掛けなわけです。

このような大仕掛け、つまり30年間という時間を費やした「夜会」という体験を脱構築して提示してみせた夜会工場とは、言葉の実験劇場をリスペクトし続けたファンへの謝恩会、令和記念特別セールのようなものなのではないでしょうか。シーンをつなぎ合わせるわけでなく、曲ごとの世界観(ディテール)を楽しみなはれってことです。

これを中島みゆきの音楽回帰と捉えるのは尚早に過ぎるとは思います。しかし夜会VOL.20「リトル・トーキョー」と「夜会工場」にその片鱗を見ることはできます。昭和の歌姫と平成の舞姫の二雙の舟がひとつになることを意味していないでしょうか。令和になって何姫になるか楽しみな中島みゆきさんです。

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2019/03/10

細野晴臣あらためホチョノ・ハルオミを聴く

今日は妻が友人に誘われてユーミンの武道館コンサートに行って留守なので、オレも自宅で音楽を大音響で堪能しようと、買ったばかりの「HOCHONO HOUSE」を聴きはじめた。

名盤「HOSONO HOUSE」から46年後にセルフカヴァとして発売された「HOCHONO HOUSE」だが、そのジャケットからして、ただでは済まないだろうという予感はあった()。昨今の細野さんの生音志向とは一線を画し、「S-F-X」を彷彿とさせるテクノ感ムンムンのジャケ写真だ。

HOSONO HOUSE」のカヴァーなんだからあえてテクノである必要はないとも思ったし、あえてテクノを介在させることで21世紀の生音志向から何らかの揺り戻しメッセージがあるのかとも思った。そして細野がホチョノにならなければならなかった理由はなんなのか…。

それらの疑問や興味への応えは、ご自身によるライナーノーツでも一部明らかにされたと思う。いや、明らかにされたというより、現在進行形の細野晴臣という生身の音楽家による、自問自答の宅録がドキュメンタリーのようにパッケージングされた、気持ちの良いプライベート作品といった趣きだった。

この「プライベート作品」という趣きこそが「HOSONO HOUSE」のコアだったと思う。その意識が時を超えて同じ感覚で作品になったことがうれしい。

打ち込みあり生音ありかつてのライブ録音あり、また歌詞の一部書き換えにもドキュメンタリー感がある。真摯に作品に向き合おうとする心持ちの暖かさ。それをサービス精神といってもいいかもしれない。細野ファンにとってかゆいところに手が届くアルバムだと思う。

音楽の方法論は様々で時代との格闘はあるにせよ、「HOSONO HOUSE」にパッケージングされた若き細野晴臣の意識を、ベテランのホチョノ・ハルオミが恥かしがりながらもちゃんと汲み上げてる(持ち続けてる)ことのうれしさ。好きな音楽家がこうやって作品を作ってくれることがうれしい。

「HOSONO HOUSE」のファンにとって、このようなカヴァの方法論を受け入れられないといった声はあるだろうか?よくリメイクやリミックスなんかだとオリジナルのほうがいいとかそういう声が必ず出てくるわけだが。

しかしこれはホチョノ・ハルオミプロデュースの別物であり、当然のことながら「HOSONO HOUSE」を知り尽くした本人による現時点の音楽的実験と受け止めたい。ライナーノーツにもその苦しみが自嘲的にホチョノワールドを生み出したことが書いてあった。

今回の楽曲のなかで特筆したいのは「終わりの季節」だ。ご本人も「意表を突くとはこういうことだろう。」と書かれているが、いい意味で裏切られた。素晴らしい 演奏者細野晴臣を堪能できる。こういうのをベースヴァージョンでも作ってくれないだろうか。ミック・カーンみたいな感じで。

そして「恋は桃色」だ。テクノへの関わり方が、やはり一般大衆の耳とはずいぶん異なる細野ワールドだ。それが70年代の自身の楽曲に重なったとしても、決して“あの頃”(80年代)のテクノではなく、やはり地続きの細野ワールドであって、違和感を感じない。

逆にいうと、テクノというジャンルを創造した中心人物が、打ち込みではあってもほぼテクノ(テクノポップ)ではなかったんだと再認識させられる。あるいはテクノとは単に音楽創作上の手続きでしかなく、細野ワールドにおいてはジャンルではなかったんじゃないかと今なら思える。

なにはともあれ、細野ワールドに半身浴しつづけてきた私の人生だったし、テクノという鏡の裏表=過去と未来がつながったテクノの国のホチョノが聴けて良かった。

「HOCHONO HOUSE」を2周聞き終えて、「メディスン・コンピレーション」を聴きはじめた。この後は「オムニ・サイトシーイング」を聴きたい。どっちも10年前にリマスタリングが発売され、ひとくちメモでそれを喜んだCDだ。今日は自宅でホチョノコンサートなのだ

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2018/12/23

ハワイイ・クルーズ紀行 2018 8日目オアフ島から帰国

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Day 8:2018年10月13日(土)
07:00 Honolulu,O'ahu入港
08:45 POAmerica下船
       Honolulu空港へ直行

下船前日の夜、23時くらいまでには空港に運んでもらうスーツケースなどを船室の外廊下へ出しておく。下船時間に応じてそのケースにはタグをつけるが、日本人観光客はピンクに統一されているようだ。

下船前まで出しっ放しにしていた荷物をかたずけるわけだが、翌日日本に帰るときに着る服を忘れてスーツケースにいれて廊下に出してしまうのだけは要注意。一日分の着替えを残して荷造りする。

また下船前の有料レストランにはドレスコードがない。預ける荷物をまとめてから食事できるための配慮なんだろう。しかし我々はビストロだったので、一応ちゃんとした服(襟付きのジャケットとか)で食べに行った。

まぁドレスコードのあるときだって短パンにTシャツの白人のオッサンも有料レストランで見かけたので、店側というより客側の意識の問題なんだろう。

帰国当日の早朝ホノルル港に入港した。日の出前だったがさすがにホノルル(ワイキキ)はライトアップされたように明るかった。

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朝8:30前には日本人客はシアターに集合。ここで最後の説明を受け下船する。下船後はワイキキ他に後泊する客もいれば我々のように空港に直行する客もいる。もしかすると帰国便が夜発で、数時間だけホノルル滞在できる客もいるのかもしれない。いくつかのグループに分かれて呼び出された。

Oahu_dsc_0466我々の飛行機は13:35発だったので、午前中だけでも多少寄り道して、せめて30分だけでもワイキキでショッピングくらい出来ないかと思っていたが、まったくそのような時間はない。港にリムジンが迎えに来て、それに乗って空港へ直行する。

リムジンなんて結婚式のときくらいしか乗る機会はないと思っていたが、ただの観光客の送迎にも使われるのかと思いつつ、誰も使わなそうな内装のシャンパングラスの列を眺めた。

空港までの道のりで見るホノルルの景色は大都会といった感覚。帰国後に見たブルーハワイの映像と比べるとその数十年でアメリカナイズされた都市が恐ろしくもあった。底知れない資本の嵐というか。ま、その恩恵も受けてるわけだけど。

Oahu_img_20181013_102226空港につくと、まさに長蛇の列!これこそ絵に描いた長蛇の列だと感心しながらその最後尾についた。いったい出国手続きにどれほどかかるんだろうと思っていたが、結構すいすい進んだ。10時前には出国手続きも済み、空港のなかに入った。

しかし出国まで3時間以上ある。とりあえず暇つぶしにホノルル空港のなかを散策した。昔、日本のプロ野球で活躍したという WALLY YONAMINE 選手を称えるブースなどを見たりして。野球に詳しくないのでふーんという感じではあったが。

また、妻はお約束(?)のホノルル空港限定品のバッグなどを眺めつつ、眺めるだけでは済まず購入したりして時間をつぶした()。

Oahu_dsc_0474そうこうしているうちに昼食の時間。どこに入るかを見て回り、和食の UMAIZUSHI にて昼食を食べた。私は海鮮丼のようなポケドンとスパムロールを注文した。妻はレインボウとハワイアンという寿司を注文。寿司は多いのでシェアして食べた。

寿司はグローバルな食べ物になったことを痛感する。フォーマットだけを活かし斬新な素材でローカライズする工夫というか面白さを、こんな空港の大衆寿司で感じたりするのもまた楽し…。

帰国間際のため、小額紙幣を減らしたいと思い、チップは紙幣で、食事代はカードで別々に支払った。ウエイトレスさんもそれにまったく異論なく、少額紙幣を減らすことが出来た。

13:35 Honolulu発 JL783便
Day 9:2018年10月14日(日)
16:40 成田空港着
18:07 京成アクセス特急&JR線で帰宅

帰りの飛行機では、映画を3本見た。一本は舘ひろし主演の「終わった人」を往路と同じく妻と同時再生して一緒に見た。その後は、せっかくカウアイ島に行ったのだからと、SF映画をほぼ見ない妻に「ジュラシック・ワールド」を薦め、私は観たくても見れてなかった「ハン・ソロ」を見た。スター・ウォーズのスピンオフだけど面白かった。最後にもう一本日本映画を見ようと二人で探して、ハワイ帰りなので長澤まさみと山田孝之の「50回目のファーストキス」を一緒に見た。巧者の二人の映画だしなかなか面白かった。佐藤二郎はここでもいい味。

それだけ映画を見るともう日本だ。成田空港に時間通りに降りたった。この瞬間、いきなり現実に戻ったような感覚になるのが海外旅行の寂しさか…。何度も行けるならそうでもないんだろうけど。いや、やはり非日常と日常との結界を跨ぐのはいつも、何度でも、寂しいか。

帰宅は電車にした。京成アクセス特急は普通乗車券で乗れるがとにかく待つ。30分以上待った。こんなときも二人でいれば大丈夫だぜ~、とアンジェリーナの一節を頭の中で歌いながら電車を待った(うそ)。

自宅の最寄駅近くにあるポストからアロハデータのWi-Fiルータを返却した。返却用の書類と封筒は旅行に持って行っていたので即日返却出来た。クルーズプラネットへの感想アンケートも遅くなったがちゃんと出した。クルーズ旅行はもっと盛り上がって欲しいので。

妻は翌日から仕事だった。本当はもう数日休めれば後泊なり自宅でゆっくりも出来たのだが。責任感が強いのか会社からの重圧が強いのか(両方のようだ…)。

私はまだまだ休養が必要だったので(笑)、そこからの一週間自宅にこもりっきりで、このハワイイ・クルーズ紀行の写真集を作成した。PhotoZINEの常連だったので10月中半額セールにバッチリはまった!これに間に合わせるために写真集づくりに没頭した。旅行も特価なら思い出アルバムも特価で締めた。お得で実り多き旅行だった。

表紙(表1・表4) マウイ島ラハイナのフロント・ストリート

Hawaii_cruise_mtwt_2018100614

72頁の予定が96頁になった。ここまで含めて旅行だ。もちろんこのブログも旅の途中だ。

そして、だからこそ、いよいよこのハワイイ・クルーズ紀行も終わりを迎える。

旅行は帰って来てからが楽しいとは、地球探検隊の中村伸一隊長の言葉だが、言い得てる。旅の先に豊かな人生を上塗りしていければいいなと思う。


そうだ。帰国翌日、旅行前に壊れた洗濯機を買い換えた…。洗濯ものは溜まっていたからこれも喫緊の課題だったのだ。25年ほど使った洗濯機だった。休暇を取っておいて良かった。(完)

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2018/12/08

ハワイイ・クルーズ紀行 2018 7日目後編ナ・パリ・コースト

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大自然の荒々しさのなかに静謐さを感じさせ、水墨画のような佇まいを見せる瞬間もあった。

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あえてレトロな怪獣映画っぽいタッチにしたりしたくなる。

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刻々と姿を変えていくナ・パリ・コースト。クルージングならではの時間。

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そんな絶景よりも、お子様はチェスが好き。大人がいなくなってようやく遊べたのかな?

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ナ・パリ・コーストが見れちゃうと、雲も美しく感じる。そろそろ夕陽も落ちる時間。

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Kauai_img_20181012_211432結局、左舷の部屋ではあったけど、デッキからナ・パリ・コーストを眺めた。結果的に良かったと思う。

大きな船だから人は多いけど、早めにデッキに出て場所取りしておけばそれほどぎゅうぎゅう詰めってことはないと思う。

ナ・パリ・コーストを無事に拝めた直後、最後のディナーは予約していたビストロでフレンチ。

妻が黒い洋服だったからか黒いナプキンに取り替えてくれたり作法も味も格が違った。最終日なので赤ワインも注文。スマホで料理写真を撮る雰囲気ではなかったけど記念にデザートだけ撮った。

これでプライド・オブ・アメリカによる七日間のハワイイ・クルーズは最後の夜を迎える。今晩中に帰り支度をして預けるスーツケースはドアの外に出しておく必要がある。次回の最終回はそのあたりから帰国までを書いてみたい。

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ハワイイ・クルーズ紀行 2018 7日目前編 カウアイ島で買い物

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Day 7:2018年10月12日(金)
09:30 Hilo Hattie 買い物
18:15 The Breathtaking
        Na Pali Coast


プライド・オブ・アメリカの最終日。最終日は暗くなる前にナ・パリ・コースト周遊があるため最終乗船時間は14:15。そこでこの日は買い物の日と決めた。

ハワイの土産物といえば今も昔もヒロハッティ()。無料シャトルバスで訪問し土産をいくつか購入した。その後、そこから歩いて9分のレッドハイビスカス&ギフトに向かう。日本でほぼ紹介されていないがネット情報では安いと評判だった。

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東洋系のおばさんが切り盛りしていて雰囲気はいいが安くはない。田舎にある個人経営の商店といった趣きだ。手ぶらで帰るのもなんだかなと思い、女性のビキニ姿をかたどったお色気系のぐい飲み1個購入。

小銭が溜まっていたのでできるだけそれを使おうとしたがあと2セント足りなかった。それを見ていた店のおばさんが、2セントおまけしてくれた。こういうところも田舎の個人商店っぽいところ。おかげで小銭はずいぶん減った。ただ、決して安くはない()。

再度、ヒロハッティに戻った。そこでさらに土産を買い、ついでに近所のウォルマートにもちょこっと寄った。ウォルマートは手提げ袋に異様に厳しく、入口横のロッカーに全部入れるよう指導された。万引き防止なのかテロ防止なのかわからないが大変な世の中になったものだ。

その後、またヒロハッティの無料バスで港方面へ。途中でビーチ近くのレストランで降りる人たちがいたので一緒に降りた。船まで歩いて10分くらいのところだ。

我々はそこから昨日散策したビーチに向かった。マリオット・リゾートのビーチに向かっていると日系人の従業員から話しかけられた。彼はおばあちゃんが北海道にいて、9月に起きた北海道胆振東部地震で心配だったといった話を英語でした(と思う)。ハワイで日系人に出会うことは結構あると思うが、道端でこんな話題になるほど、日本はいま天変地異の国なんだなと感じたりした。

Kauai_img_20181012_134931その後、ABCストアやハワイアンキルトショップなどでお土産を購入。コンサートタイプのウクレレなども売っていて、弾いてみるか聞かれたが思いとどまった。買えないしな。

一通り買い物が済んだら、早めに戻ってアロハカフェで昼食。お昼のメニューには焼きそばやカレーがありそれをチョイス。しかしどちらも甘め。南国風か?

そして午後2時過ぎ、いよいよナ・パリ・コースト(ハワイ語で絶壁の意)に向けて出港。

車では近づけずトレッキングするか空から見るかクルージングで近づくかしかない秘境だ。

Kauai_cimg5682左舷の船室なのでバルコニーからも見られるはずだが、デッキに出てみようと出かけた。

まだ3時間程度時間がある。とりあえず船内でまだいったことのない場所を観に行こうと、最後の船内探索に出かけた。まぁ、それほど見て回るところも残っていなかったが。

午後3時45分、日本語の下船説明会があるのでリバティレストランに向かう。ここで現時点でのキーカード(クレジットカードとヒモづけされた船室キー兼船内限定買い物カード)の請求明細をもらう。すると、3UDP以外に、ひとり50ドルがプレゼントされていた。鉄板焼き店で撮った写真の購入代が、このもらった50ドルから引かれているではないか!

さらに妻にも50ドルがプレゼントされており(別のクレジットカードを登録したからだろうか?)、それは減っていなかった。常に私のカードで支払っていたからだが、これを今日中に使いきらないとリセットされることが判明。

「先に言ってよ!」と思ったが後の祭り。先に知ってたらあのカクテル飲みたかったなとか、みみっちい感情が渦巻いたが、とにかく使い切ろうとショッピングエリアに向かった。もともと買いたかったものが有ったのだが、このときにはもう売り切れていた…。そこで違うデザインのものを買ったりして、なんとかもらった50ドルを消費した。

●暗雲立ち込める午後…

Kauai_cimg5689買い物が済み、買い物袋を持ったまま左舷のデッキに向かった。

なんとも雲行きが怪しい…。ナ・パリ・コーストを眼前にするまで2時間あまり、まだ人も少なくデッキチェアに寝そべって空を眺める午後。

高積雲(ひつじ雲)は巻積雲(いわし雲・うろこ雲)よりも低いところに出来る。ひとつひとつの塊が大きく層が厚いため影が出来ることで見分けがつくそうだ。

初日からここまで、毎日いつ雨に降られるかと思っていたけれど結局一日も雨に悩まされなかった。しかし寄港地ツアーを予約するときには天気予報も参考にするため、結構悩んだりもした。結果オーライではあったが。

天気予報は毎日、常にくもりと小雨とだったが、島の天気というのは実に予報しずらいんだろうなということが分かった。イチかバチか行ってみるしかない。迷わず行けよ、行けばわかるさ(二度目だな…)。

しかし最終日、ここに来てついに雨に降られてしまうのか?降らないまでも、この厚い雲でナ・パリ・コーストが隠れてしまうんじゃないか?そんな思いで待った。

そして、ナ・パリ・コーストに着いた。

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山肌が目視できるあたりまで来ると、まだ雲はかぶっていたがその荒々しい自然の造形に感嘆。時がたつにつれて空も晴れて行き、刻々と陽射しも変化し、それにあわせてナ・パリ・コーストも変化していった。まるで断崖そのものが生き物のように。(後編へつづく)

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ハワイイ・クルーズ紀行 2018 6日目カウアイ島ロケ地巡り

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Day 6:2018年10月11日(木)
08:00 Nawiliwili,Kaua'i入港
08:05 The Director's Cut

 10月11日(木)カウアイ島ナウィリウィリに入港。カウアイ島はオアフ島の隣の島だが、マウイ島やビッグアイランドにくらべて秘境感が強い。プライド・オブ・アメリカの最終日のメインエベントがカウアイ島のナ・パリ・コースト(ハワイイ語で絶壁・断崖)であるのも頷ける。

カウアイ島は1934年のWhite Heat以来、映画のロケ地となって来た。キングコング(1976)、レイダース(1981)、ジュラシックパーク1,2,3,ジュラシックワールド(1993,1997,2001,2015)、アバター(2007)、パイレーツ・オブ・カリビアン4(2010)等々。

来る前にテレビ東京が昼の映画枠で放映していた「パーフェクト・ゲッタウェイ」(2009)もカウアイ島がロケ地だった。たまたま見たのだが予習できて良かった。

今秋公開された村上春樹原作の日本映画「ハナレイ・ベイ」(2018)もカウアイ島の映画だった。帰国後、妻とレイトショーを観に行った。淡々としたなかに、主演吉田羊のメリハリのある演技と若手有望株の村上虹郎が光る映画だった。

帰国後、カウアイ島でロケをした映画DVD・Blu-rayをいくつか購入した。ジョージクルーニー主演の「ファミリー・ツリー」、エルビスプレスリーの「ブルーハワイ」、ハリソンフォードの「6デイズ/7ナイツ」、ミュージカル「南太平洋」などなど。ニコラスケイジの「ハネムーン・イン・ベガス」も欲しいが見当たらず。久保田麻琴のCD“KAUAI March-05”も購入。

ファミリー・ツリーについて補足しておくと、Blu-rayが見られる環境にあるなら、DVDよりもBlu-rayを買うことを強く推奨する。Blu-rayだけの特典映像(ミュージックビデオ)が素晴しい。癒される。

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これほど映画ロケに使われたのは、カウアイ島がまさに秘境であることに加えて、ハリウッドから五時間半で来れる手軽さも後押ししているという。エルビス・プレスリーもカウアイ島が気に入ってプライベートでも遊びに来ていたとか。

今回のカウアイ島初日は、日本から事前に予約していた寄港地ツアー The Director's Cut に参加した。映画のロケ地ツアーだ。朝8時に下船しツアーバスに乗った。このツアーは日本語なしだったがツアーガイドさんが気を使ってくれてカタコトの日本語で話しかけてくれた。

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Kauai_cimg5463ハレアカラのときと違い日本語解説iPadもない。配布された映画リスト(英語)と、バスのなかのモニターに映し出される映画の1シーン、スマホの日本語Google情報、そして自分自身の映画の知識が頼りだ。

とはいえ、映画のロケ地巡りをしながら、その場所がどの映画のどのシーンかをモニターで確認しながら進むから飽きることがない。

プライド・オブ・アメリカが停泊するナウィリウィリ港からリフエ空港(ここも重要なロケ地)を経由し、カウアイ島の東側をアフキニ、カパア、ケアリア、キラウエア、ハナレイと北上し、カリプソというレストランで昼食をとる。

Kauai_cimg5542昼食はあらかじめバスのなかで3種類から選んでおく。特大ビーフバーガーか、フィッシュバーガーか、ベジタブルか。日本でいえばA定食かB定食かC定食かを選び、A,B,Cから1枚カードを選んで、それを持ってカリプソのテーブルについてカードを置いておけば選んだ定食が運ばれてくるという感じ。

我々はB定食(フィッシュ)にした。というのも、この日の夜はプライド・オブ・アメリカ船内のキャグニーズ・ステーキハウスを予約していたので、昼は魚にしたのだった。アメリカンなステーキなんて、どーせバカデカいんだろと思って…。

復路では、プリンスヴィルのあたりでUターンし、ジュラシックワールドに使われた平原などを見て、来た道を戻りつつ、ステンドグラスが美しい小さな教会、ワイオリ・フイイア教会(Wai'oli Hui'ia Church)に立ち寄った。

白人の皆さんのキリスト教会に対する感覚は、日本人が古刹・名刹を訪れたときのような厳粛なものなのかもしれない。単なる観光地のひとつという感じでない食いつき方だった。私も幼稚園はキリスト教の幼稚園だったので、少しだけ寄附して絵はがきをいただいた。

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Kauai_dsc_0319その後、景色の良いところで写真タイムなどを挟みつつ南下。途中で右折しオパエカアの滝を目指す。復路の目玉となる観光地だ。

Opaekaa Falls View からオパエカアの滝とワイルア川の流れを見た。しかし、滝は日本にも名勝がたくさんあるからな…。それほど感動もしなかった()。

滝よりもワイルア川が良かった。カヌーで川下りをしている人々が見えた。おそらくそういうツアーなんじゃないだろうか。隊列をなして川面を滑っていく。

この川の上流にシダの洞窟があるはずで、そこには車では行けない。プライド・オブ・アメリカの日本語ツアーは、確かシダの洞窟だったと思う。それはちょっと参加してみたかったな。これも次回の宿題。

オパエカアの滝からの戻り道の途中に、プレスリーの映画ブルーハワイのロケ地、ココ・パームス・ホテル(Coco Palms Hotel)跡地がある。ここは往復どちらも通った道沿いだ。すでに休業、というより廃墟といったほうがいい状態。1992年のハリケーン・イニキの被害にあい、そのまま廃墟になっているのだった。

帰国後、Blu-rayでプレスリーの映画を初めて観たけれど、プレスリーって笑顔が可愛い()。いまなら愛されキャラって感じ。それでいて歌はうまいし声もいい。まさに大スターの色気を感じる。映画そのものはB級デートムービー的な他愛のない内容だけど、ブルーハワイはとても楽しく鑑賞した。

この明るいブルーハワイのイメージと、廃墟となったココパームスとの対比がちょっと悲しい。そう思う人々もたくさんいるようで、ココパームスホテルを再建させようという話もあるとか。ぜひ再建して欲しいものだ。経営危機で無くなったんじゃなく台風被害だったわけだし、カウアイ島リゾートの一角を担う存在になると思う。

そんな思いをコラージュしてみた。

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というわけで、ところどころ名所旧跡も踏まえて巡る映画ロケ地ツアーThe Director's Cut 。実に楽しいツアーだった。映画好きにはおススメです。帰国後にその映画を見なおす楽しさもあるし。


こうしてロケ地巡りから港周辺に戻ってきた。まだ午後早い時間だったのでビーチやショッピングセンターを散策。明日が最終日になるから、土産物がどこで買えるかなどを調べて船に戻った。

Kauai_img_20181011_20115018時半に予約していた Cagney's に向かうため着替えた。2日目の鉄板焼きに続き、今回も有料レストランが3回無料になる3UDP特典でステーキを食べた。

ステーキは普通のステーキだったが、妻が注文したデザートのセブン・レイヤーズ・ケーキの大きさに驚愕!思わず「So Big!」と叫んだら、店員が英語で「知ってる!」と笑った(笑)。

3UDP特典は実にありがたかった。全部使った。毎晩は重いから、3食くらい有料レストランで食べるくらいでちょうどいいと思う。Cagney'sはアメリカンな普通のステーキ店。鉄板焼きは味は置いといて一つのショー的に楽しめ、記念写真($24.95)も撮ってくれた(買わなくてもいいが)。鉄板焼きより無料のアジアン料理のほうが美味そうだったが、人気で予約がとりにくく行けなかった。

最終日にはクルーズプラネットの八木さんからおススメと言われていたフレンチのBistroに行った。これで3UDP使い切った。雰囲気も味も段違いに良かった。正直なところ、3回ともビストロでいいかもとも思うが、これは行ってみなければわからない。だが、それほどビストロのフレンチはレベルが高かった。ここではワインも頼んだ(アルコールは別会計)。

どこも日本語メニューがあるので助かったが直訳で意味がわからない料理もあった。

今夜の船はここで停泊し、明日は午後から出港し、ナ・パリ・コーストへ向かう。とうとう最終日だ。

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2018/12/02

ハワイイ・クルーズ紀行 2018 5日目コナ散歩

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Day5:2018年10月10日(水)
07:00 Kona,Hawai'i投錨
Holy Donuts で昼食

10月10日(水)カイルア・コナ。この日は特に予定がない。コナは小さな街なので、お土産物の購入をしながら散策することにした。

プライド・オブ・アメリカのような大型船は港に近づけないため、カイルア湾沖に投錨し、テンダーボートでカイルア桟橋までピストン輸送される。

寄港地ツアーに参加しない場合、テンダーボート乗船のために整理券が必要だが、7時45分までに出発するなら整理券不要とのことなので、7時半にはデッキ3の下船口に並び早々に上陸した。同じ考えの人々の行列があったが、スムースに乗船できた。この時間でも戻りのテンダーボートとすれ違った。これもひとつのアトラクションとして楽しんだ。

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コナの街は週末開催の IRONMAN WORLD CHAMPIONSHIP 一色だった。カイルア桟橋は水泳のスタートかつゴール地点。朝早くから多くの選手が練習していた。

IRONMAN WORLD CHAMPIONSHIP は1978年から開催され、今年は40周年の記念レースだったようだ。2001年宇宙の旅から50周年、 IRONMAN WORLD CHAMPIONSHIPが40周年、なんだかメモリアルなハワイイ・クルーズの日程だったなぁ。

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いつも朝食は船内だったが、早々に下船したコナの朝は当たりをつけていたビッグアイランド・グリルというファミレスを目指す。妻はロコモコ、夫はビッグ・サイミンを注文した。どっちもジモティーの味っぽくて美味しい。ウエイトレスさんも穏やかでニコニコしていてとても親切だった。

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食後にファーマーズマーケットにも立ち寄ったが、ほとんどどこかで見たような土産物を売る店だった。もう少し地元の食材を売っているマーケットをイメージしていたのだが…。

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ファーマーズマーケットでは思ったような土産がなかったので、スーパーマーケットやデパート巡りをすることにした。とはいえ、コナにはシャトルバスはなく(あるかもしれないけど見つからず)、Google Map を頼りに徒歩で回った。

ハワイはかなり歩きスマホに厳しいという事前情報があった。歩きスマホで$130の罰金という話も聞いた。横断歩道以外の道路を横切るのも$130の罰金とか。本当のところは知らないが、とりあえず横断歩道を探して渡り、スマホを見るときには立ち止まった。

コナは地図では小さな街だが、歩いてみるとどこも緩やかな坂道で、なかなかの運動量だった()。ビッグアイランドは基本的に火山の噴火口に向かって緩やかに傾斜しているからだろう。
それだけに高台(といってもどこも中腹なのだが)から、プライド・オブ・アメリカの全体像が撮影できた。

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Kona_img_20181010_094543スーパーとデパートと5つほどハシゴしただろうか。

コナにももちろんロングス・ドラッグスはあった。結局ここでいろいろ買った。

困った時にはロングス・ドラッグス!

回し者ではないが、うまーく回されてる感があるな。ロングス・ドラッグスに…。

ハワイイ観光客は最終的にはロングス・ドラッグスに行きつく…。

これが真実だ!?

この日も朝から天気が良く暑かった。それだけにこの坂道行脚は堪えた。そしてあまり土産物も買えず、ただただ歩いただけだった…。それでもいくつかの食べ物系のお土産はこの行脚でゲットした。

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涼しさでいえばデパートのターゲットは素晴らしい!ぜひ立ち寄って休憩したい。

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マーケット巡りをしながらバス亭も見かけたのでバスもありそうだったが、ここから先は下りだしカイルア桟橋方面に向けて歩いた。BMWやホンダのディーラーなどを横目に坂道を下っていった。

ようやくカイルア桟橋付近に辿り着き、ガイドブックに載っていたホーリー・ドーナッツへ向かうことにした。

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ホリー・ドーナツに入るとビッグサイズのドーナツが並んでいた。さすがに最大サイズは無理そうなので中くらいのを4つ買った。すると3つのマラサダがサービスでついてきた。食べきれないよ!

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入り口の前のテーブルで4個を食べた。飲み物は事前に買ったUCCのコナ・コーヒー。おまけのマラサダは持ち帰って翌朝食べた。船内への持ち込みは出来ないかと思っていたが、案外すんなり持ち込めた。

夕方船に戻る前に、アリイ・ドライブ海側の歩道でしばし波待ち。

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そして、激写!

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カイルア・コナの波、撮ったどー!

コナに着いた時から、この波と闘うときが来ると悟っていた(笑)。
定期的ではないが必ずヤツは来る!
そんな思いで、疲れて早く帰りたい妻を待たせ、波を待った。
そしてこの写真を撮ったわけだ。
一番うれしかったのは濡れなかったこと。
逃げながらもスマホが捉えた決定的瞬間だったのだ!
これを熱く語るのだが、いまいち友人・知人にこの熱が伝わらない…。

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観光らしい観光をほとんどしなかったコナ散歩。教会にも行ってみたが、アイアンマンレースに出る人々の集合場所のようになっていて、ちょっと雰囲気が違った。町全体がこのレース一色に染まっていたから、基本的に無関係な観光客には一種近づきがたい雰囲気だった。

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ヒロとコナ。おなじハワイ島でもずいぶん印象が異なる。まさにビッグアイランド。広い島だ。ハワイ島にもまた来てみたい。今度来るときには宿泊をして、マンタと遊び観光地も巡ってみよう。

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ハワイイ・クルーズ紀行 2018 4日目ハワイ島ヒロCBP

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Day 4:2018年10月09日(火)
08:00 Hilo,Hawai'i入港
Carlsmith Beach Park

10月9日(火)ハワイ島のヒロ港。前回、ハレアカラでサンライズにもサンセットにも憧れはないみたいなことを書いたが、ハワイ島ヒロでは本当はマウナケアのサンライズツアーに行きたかった()。

ただ、日本語ツアーはもちろんなく、英語のツアーも満席だった。そこでツアーデスクの日本語がしゃべれる女性スタッフにキャンセル待ちを依頼した。とても親切な方で、寄港地ツアーの予約デスクまでついてきてくれて、あれこれ交渉してくれた。しかし結局当日までキャンセルは出なかった。

そこで、ヒロ港でサンライズを撮ってみたわけだ。ハワイ島ヒロ港沖の豪華客船からのサンライズも、それなりにレアなんじゃないかと思って…。ほら、同じ太陽じゃないか!

Hilo_img_day4_paperこれが撮れたのは毎晩届く船内新聞のおかげだ。

この新聞は英語版がまず届き、その後、頼りになる日本人スタッフみどりさんによる日本語翻訳版が届く。日本人客には二か国語の新聞が届くわけだ。

新聞には翌日の船内イベントの場所・時間や注意事項が書かれていて、とても大切な新聞といえる。これなしでハワイイ・クルーズは出来ないと思えるほど重要な新聞だ。

この新聞に日の出・日の入り時刻も書かれていて、それを元に朝起きて撮影したというわけだ。

部屋から撮影できたのも左舷の部屋だったからというところもあった。ハワイイ・クルーズは左舷の部屋のほうが見どころは多いように思う。最終日のナ・パリ・コーストも左舷のバルコニー付き船室なら部屋から見ることが出来る(見えない部屋もあるようだが)。特等席というわけだ。

Hilo_img_20181009_084156_1撮影後、おなじみのビュッフェ、アロハカフェで朝食を食べた。

マウナケアツアーに行けなくなって、ではキラウエア火山ツアーはどうかと探したが、火山活動が活発化している昨今、船の寄港地ツアーもなかった(正確にはヘリコプターツアーはあったが結構高額であきらめた)。

かつてはキラウエア火山側の行路(南まわり)を採っていたプライド・オブ・アメリカも、いまは北まわりのコースでヒロからコナへ向かうため、キラウエア火山を観に行くには自分で何らかの現地ツアーを申し込むしかない。

しかし前回書いたように、現地ツアーを申し込むのはクルーズではハードルが高い。ハワイ島に来てどちらの火山も見られないのは残念だったが、それだけに昨日のハレアカラが愛おしいのであった。

●ビーチを求めて彷徨う二人

そこで、この日はダウンタウン散策か無料シャトルバスで買い物かの選択肢だけかと思われた。まぁそういう何もしない日があってもいいかという気分にもなっていた。

しかし部屋に戻って Google Map を見ているうちに、ダウンタウンと反対側に20分も歩けばケアウカハ・ビーチ・パークがあることを発見。航空写真で見ると(いい時代だな)、ハワイ島らしい黒い岩場で美しそうだった。ガイド本にはほとんど記述がなく地図も載っていないが、イチかバチか水着を着て行ってみることにした。

Hilo_cimg5276この道を行けばどうなるものか

危ぶむなかれ

危ぶめば道はなし

踏み出せばその一足が道となり

その一足が道となる

迷わず行けよ

行けばわかるさ

というわけで、引用が長くなったが、もちろんアントニオ猪木の「道」だ。一休禅師の言葉が原典らしい。まさにその通り。いい言葉だな。一歩踏み出すか踏み出さないかで人生は違ったものになるわけだ。

ビーチ散策も行けばわかった()。朝から暑い中、二人で歩いた。前にも後ろにも歩く人などいない。20分ほどでビーチに着いた。整備された綺麗なビーチパークで停泊しているプライドオブアメリカを眺めた。

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ただ、ここで泳いでいる人はおらず、ここから9分程度で行けるオネカハカハ・ビーチ・パークまで足を伸ばすことにした。このビーチへは大きな車道を通らずアパパネ・ロードという側道を歩いた。

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Hilo_cimg3321このビーチは泳ぐことが出来たが、ここまで来ると欲が出た。ここからあと20分歩けば、カールスミス・ビーチ・パークというビーチがあり、そこでは野生のウミガメが見られることもあるというGoogle情報を見つけた。

妻にハワイ島に行って何がしたいかを聞いたとき、「マンタやウミガメと泳ぎたい!」と言っていた。基本的に動物が好きなのだ。

ハワイ島はマンタと泳ぐツアーが人気だが、それはすべて夜間のツアーだった。その時点でマンタとは泳げないことが確定していて、なんとかウミガメをどこかで見たいとは思っていた。

レンタカーがあればよかったが、さすがに十年以上日本でも運転していない我々にその選択肢はなかった。そうなると、ここで野生のウミガメに出会えるかもしれないというビーチは20分、いや船から約一時間歩いても行ってみる価値はあるような気がした。

ここまで来たら行くしかない…。

●ビーチ散策でウミガメと邂逅

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船からふたつのビーチ・パークを歩いて、約1時間ほどで辿り着いたカールスミス・ビーチ・パーク。側道に縦列駐車した自動車がたくさんあったが、ビーチはそれほど混みあっていない。とても静かで整備された公園だった。

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木陰の径を抜けると黒い岩場があり、ところどころコンクリートで補修されている。そこが平らになっているのでタオルを敷いて日光浴ができる。海に入るところに手すりも付いていた。小さな入り江といった趣きで、日本のガイドブック的にいえば穴場だ。

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泳いでいる人やシュノーケリングしてるグループ、岩場で日光浴をしているTバックのギャル等がいた。日本人はいなかったが韓国人のファミリーがいた。

シュノーケリングのグループが水中で見ているのは、ウミガメだった…。来て良かった。

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野生ということだったが、かなり人になついている。そのウミガメを間近に見て、海水は冷たかったがここで泳ぐことにした。陸上は岩場で歩きにくいが水中は白砂の透明なビーチだ。

二匹のウミガメが寄って来た。触らないよう注意しながら泳いだ。そのうちウミガメが甲羅干しをしに岩場に上がると、続々と人が寄って来た。ワンちゃんを犬用サーフボード(?)に乗せて泳いでいる女性がいて、写真撮ってもいいか聞くと「OK!」と手をあげてくれた。

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Hilo_img_20181009_172118暫しここで泳いだり日向ぼっこをして過ごした。ウミガメに出会えて妻も満足してくれた。夫も(無料で)ウミガメと戯れることが出来てホッとした。千載一遇のチャンスを日本でほとんど紹介されていないビーチでゲットできた満足感でもあった。

水着が乾いた頃、その上に衣服を着て帰路についた。カールスミス・ビーチ・パークからの帰りは、それほど時間の長さを感じなかった。

帰船後は、まず船内ビュッフェのアロハ・カフェからケーキを船室に持ち込みバルコニーで食べた。その後プールデッキに出てジャグジーに浸かった。プールデッキのジャグジーは結構混みあってるが、たまたま空いたジャグジーに入った。

お湯なのでお風呂感覚。船室にはシャワーしかなく、このジャグジーのお風呂感はありがたい。

そこにごっつい白人の男性とヒスパニック系と思われる女性が二人で入って来た。小さな丸いジャグジーなので無言というのもなんだかなと思い、つたない中学英語でどこから来たか聞いてみたら、コロラドからだという。さらに一週間前に結婚したばかりだとも。そこで我々は一年前だと言ったらコングラチュレーション!と返してくれた。こっちが先にお祝いを言うべきだったのにしまったと思いつつ、会話は続かず先に出た。

その後、プールサイドではハワイアンスタイルBBQが始まった。これも船内新聞で予告されていた。大勢の人が並んで肉が焼けるのを待っている。そこに我々も並んで焼肉やウインナーをもらいプールサイドで食べた。なんともクルージングっぽい風景だった。

ハワイアンスタイルBBQを食べた後、午後6時過ぎ頃にヒロの真裏にあるコナへ出港した。夕焼けが綺麗だったので上のデッキ後方に出ると美しい風景に惹かれた多くの人々が集まっていた。

写真を撮っていると外国人の女性に声をかけられ、二人を撮ってあげますとおっしゃるので夕焼けをバックに撮ってもらった。言葉はつたなくてもこんなふれあいはあるものだ。みんな違ってみんないい。by 金子みすゞ

ヒロの旅は格言ワールドになってしまった…。

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2018/12/01

ハワイイ・クルーズ紀行 2018 3日目マウイ島ハレアカラ

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Day 3:2018年10月08日(月)
08:00 Haleakala Crater

3日目(マウイ島の二日目)は寄港地ツアーで予約したハレアカラクレーターというツアーに出かけた。2人で$238だった。日本人は私たちだけ。2001年宇宙の旅のロケ地としても知られるハレアカラクレーター。天気予報は曇り時々雨だったが到着するころには晴れ「太陽の家」の素晴らしい大地を堪能できた。

プライドオブアメリカにはいくつも寄港地ツアーがあり、観光やアクティビティなどいくつも選択肢がある。ただしほとんどすべて英語のツアー。日本語ツアーもあるにはあるが、日本語説明会のときに配布される1,2件がすべて。いわゆる観光地めぐり的な感じは拭えない。それはそれで安心だけど、やはり見たいものが見たい。

ハレアカラも本当はサンライズかサンセットツアーに行きたかったが、該当なし。こういうとき、ホテル泊だと現地ツアーを予約したりできるが、カフルイ港に停泊中で夜の行動などがセキュリティ上出来ないところはデメリットかもしれない。こちらも初のクルーズ旅行なので勝手もわからず、現地ツアーを別途予約する勇気はなかった。

実際問題、下船・乗船のセキュリティチェックは厳しく、時間も制限されるから、停泊するからといって別の現地ツアーを予約するのはかなり困難だと思う。それこそ一晩船に帰らないくらいの覚悟でいくなら別だが…。

クルーズ船は二千人規模だから、ひとりひとりの遅刻を待ってくれない。船会社主催か提携の寄港地ツアーだったら戻るまで待ってくれるが、それ以外でもし遅れたら自力で船を追いかけることになる。実際、そういう客もたまーにいるそうだ。しかし、これを逆手にとれば、停泊中に島のホテルに泊まるという荒業を使って、一晩外泊も出来そうな気がする。ま、お勧めしませんが。

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Maui_2001_img_20181021_161931サンライズもサンセットも行けなかったが、映画ファンの私としては、2001年宇宙の旅のロケ地というだけで充分行く動機になった。実際、行ってみたハレアカラの絶景は日中でよかったと思ったほどだ。

正直、サンセット、サンライズに憧れる気持ちってあまり分からない()。暗くて寒くて景色見えないし。朝焼け空は眠たいし夕焼け空は寂しいし。行けなかったから言ってるわけじゃないぞ(笑)。

また、ちょうど今年は2001年宇宙の旅が公開された1968年から50周年という記念の年でもあった。帰国した後、IMAXに観に行った。4K Ultra HD&HDデジタルリマスターBlu-rayも発売された。これも何かの縁じゃないだろうか。大きな宇宙の意志に導かれてハレアカラへ連れ、やめよう、そういう話は()。

ハレアカラクレーターでは日本語解説用のiPadを貸してくれた。これは予約する前に船内のツアーデスクで知った情報だ。日本語がうまい米国人女性スタッフがいて、この後何度か助けてもらった。名前を失念してしまってお礼のメッセージカードを書けなかったのが残念だったが感謝してます。

日本語解説iPadはツアーバスの行程に合わせて道程を解説してくれるのだが、教科書的な解説で面白味はなかった。ただ、このiPadを借りたおかげでツアーバスには最優先で乗せてくれた。他の客を制して我々を呼び乗せてくれた。たぶん乗客のなかから我々を探してiPadを渡す手間を省くためだと思う。それで好きな席を選んで座れた。

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ハレアカラは快晴ではなかったが、登るまでの間の雲や霧が着いたとたんに流れて行き、素晴しい大地が顔を見せてくれた。ツアーバスのガイド兼ドライバーさんも我々の写真を撮ってくれた。滞在時間はそれほど長くはないが、全行程4時間の素晴らしいツアーだった。

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下山途中の山道でいったんバスが止まった。全員バスを降ろされると、少し離れたところに森があった。ここでドライバーさんが「アローハー!」という言葉の意味を解説しはじめた(と思う)。英語なのでほぼ分からなかったが、その解説後、全員で森に向かってアローハー!と叫んだ。すると森からこだまが返って来た。ちょっとしたアトラクションだったが、なんだか気持ちが良かった。

カフルイ港に戻ったのはお昼過ぎ。とりあえず午後は街ブラすることにして歩き出した。この日10月8日は10月第2月曜日でコロンブスデー(祝日)だった。それでお店は休みなんじゃないかと心配していた。だが、アメリカ人が大好きなこの祝日も、ハワイ州はコロンブスデーを認めておらず祝日だったのかは分からなかった。

このとき行ったドラッグストア、ロングス・ドラッグスでお土産を少し買った。まだクルーズも前半なのでどうするか迷ったが、ハワイ島はいいとしてカウアイ島にはあまり店がないかもと、とりあえず買えるところで買っておく必要があると思っていた。後から考えるとそれはまったくの杞憂であり、カウアイ島で土産を探したほうが、逆にレアもの感が出そうな気がした。「ハワイ旅行してきましたけど、ワイキキじゃなくてカウアイ島っす!」みたいな()。ま、マウイ島でもハワイ島でもそれは同じだが、カウアイ島という名前すら知らない日本人もまだまだ多いはずだ。

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このドラッグストアで安売り価格の仕組みに出くわした。一袋なら4.9ドルのお菓子が二袋買うと6ドルになる。あまりの値引き率に「そりゃ2個買うわな!」と叫びつつ手に取りレジに並んだのだが、ここでその価格が会員オンリーだとの告知を受けた…()。

そこで会員になるかどうか聞かれた(と思う)。白髪で優しそうな東洋系のおばちゃんのレジで良かった。すぐに「Yes!」と答えた。他の客も少なく余裕があったのも奏功した。すぐに会員になる手続きを始めた。しかし英語での意思疎通がほぼ出来ないので、レジの画面をのぞき込み、最後には自分でその画面をタッチして携帯番号とかメアドを入力した。そして晴れて会員登録が出来たのだった。

そのおばちゃんが言うには、このドラッグストア(の親会社?)は全米チェーンなので、どこでも会員証が使えるよとのことだった(と思う)。このとき会員になったことは、この旅を実に豊かなものにしてくれた。このドラッグストアはこの後、本当にどこにいっても存在していたのである。見つけるとなんだかホッとしたものだ。ハワイ旅行ではマストの会員証だと思う。

こうしてあっという間にマウイ島の二日間が終わった。コンパクトなマウイ島だったけど、散策にツアーに買い物にと旅行気分はいっぱい味わえた。最初にマウイ島に行くのは行程としてもちょうどいいウォーミングアップになった。

18時頃、マウイ島を離れ次の寄港地ハワイ島(ビッグアイランド)のヒロに向け出港。この日の夜もハリウッド・シアターに赴き、ダンス・カメラ・ミュージック・ショーという歌と踊りのショーを観覧。こういうのは言葉に関係なく楽しめていい。

夜の客船は結構揺れた。ハワイの島巡りで外洋じゃないからそれほど揺れないと思っていたけれど、この日はなかなかの揺れだった。小笠原諸島に行くときほどではなかったが、船旅に慣れていない妻はちょっと酔いそうだった。持ってきていた酔い止め薬アネロン・二スキャップはこのときは飲んでいなかったと思うが、飲んだ方が良かったかもしれない。

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ハワイイ・クルーズ紀行 2018 2日目マウイ島ラハイナ

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Day 2:2018年10月07日(日)
08:00 Kafului,Maui入港
Lahaina 散策

ようやくプライド・オブ・アメリカで出港したわけだが、このひとくちメモを書いてるのはもう12月1日…。この調子だと年内に書きあがらないから、ちょっと急ぎ足で進める予定。

一晩停泊のマウイ島に着いた。初日は公営バスのデイリーパス($4)を買いラハイナまで散策に。バスのデイリーパスは港から12分くらい歩いたクィーン・カアウフマヌ・センターというショッピングセンターで買える。日曜だったのでショッピングセンターのなかでは買えないとガイドブックには書かれていたが、チケット売りのおばさんがバス亭で待ち構えていて()、何の問題もなくデイリーパスを購入できた。

ただバス亭は裏の方にあるので、それを知らないとちょっと迷うかもしれない。下調べしていた我々はスタスタと自信を持って歩いていたので、何人かの外国人観光客も我々を追ってバス亭までたどり着いた。

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マウイ島のカフルイは商業の中心地らしく、このショッピングセンターは各方面行きバスのターミナルとなっているようだ。マウイ島ではバス通勤も奨励されているそうで、バスに乗るのもまずは定期を持っている地元民優先。その後、デイリーパスやチケットの観光客を乗せる。

朝8時過ぎのバス、ラハイナ・アイランダー#20に乗ってラハイナへ向かった。カフルイ港からはちょうど島の反対側になるが、それほど遠くない。一時間ほどで Whalf Cinema Center に着いた。

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バスを降りてすぐ、ハワイで最大級のバニアンツリーがある。ベンチで佇んでいる人々やセグウェイで観光しているツアー客もいた。コンパクトで可愛らしい街並み。風景は観光地然としていないが、この辺りすべて観光によって成り立っているような感じ。

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そこからビーチを散策。天気も良く素晴しい景色!海の向こうにラナイ島が見える。もう少し時間があればラナイ島でシュノーケリングなどもやってみたい。これも次回の宿題に。

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11時、開店早々にキモズでプレートランチの昼食。ラナイ島の見える眺めの良い席に通されマイタイも飲んだ。ランチのあとは、ガイドブックに載っていたデザートの巨大なアイスをひとつ注文した。この巨大さがまさにアメリカンだ!

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ランチの後は、フロント・ストリートを散策しながら洋服やシャツを物色。このストリートにはファイン・アートのギャラリーがたくさんある。ハワイに別荘でも持ったら、こういうところの数千~数万ドルクラスのポップな絵画を飾るのがアメリカンの“粋”なのかもしれない。

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ちょっと話が逸れるけど、プライドオブアメリカの船内でもオークションが開催されていて、船内ギャラリーもある。日本ではまだまだ現代アートやポップアート、インテリアアートが家庭に根付いているとは言えないが、こういうアートに囲まれた生活は精神的豊かさの一片じゃないかと、船内オークションをしていたPARK WESTの扱う某画家の絵を3枚持っているボクは感じるのだった。

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短い滞在だったけれどマウイ島ラハイナでのんびりハワイの休日を楽しんで、またバスに乗りカフルイへ戻った。

この日の夕食はプライドオブアメリカの有料レストラン鉄板焼き。有料レストランが3回まで無料になる3UDPという特典が知らない間についていたので、さっそくそれを活用した。この鉄板焼きは船内でも人気のレストランだ。とはいえ、味より(?)パフォーマンスがウリだと思う。まぁそれもまた楽しいけど。

食事の後は、船内シアターでポリネシアン・ショーを鑑賞した。このシアターでは毎晩なにかのショーをやっていて楽しめるが、スタンダップコメディなんかは英語が分からないとまったく意味不明。場内爆笑のなかで取り残され感が残る。

英語が苦手な日本人がハリウッド・シアターに観に行くならポリネシアンショーとかマジックショーなどパフォーマンス系がおススメ。もっと音楽のライブとかやってくれるとわかりやすいんだけど。

音楽はシアターじゃなくて、ピンクズ・シャンペンバーとかマルディグラに聴きに行く方がいい。我々が聴いたなかでは、ピンクズ・シャンペンバーで大好きなイズラエル・カマカヴィヴォオレのカヴァー特集をやっていて、とても気持ち良かった。IZの音楽はハワイの誇りだと思う。

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翌日も夕方までマウイ島停泊。明日は船室のテレビから予約していた寄港地ツアーへ。晴れればいいがと思いながら就寝。

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2018/11/10

ハワイイ・クルーズ紀行 2018(ホノルル到着そして出港)

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Day 1:2018年10月06日(土) ここからハワイ時間です。
10:05 Honolulu着・港直行
Pride of America乗船
19:00 Honolulu,O'ahu出港

ホノルル時間10月6日10時5分到着後、送迎バスでホノルル港へ直行します。4島クルーズというものの、土曜着・土曜帰国(日本着は日曜)にすると、オアフ島では空港と港の往復のみで観光は出来ません。もしオアフ島も観光したいなら、前泊か後泊でオアフ島のホテルに泊まるプランにすべきです。

私たちは二人で来るハワイは初めてでしたが、お互いに今回が三回目のホノルルだったのと、日程的にここしかない旅だったので、ホノルルは「次回ゆっくりと来よう」という宿題にしました。

空港ではクルーズプラネット(およびH.I.S)の現地係員さんが待っていて、今回乗船する船、プライド・オブ・アメリカ(略すとPOA)の乗客だけバスで港へ移動しました。乗船時に預けるスーツケースにはここでPOA乗船用のタグを付けてバスに乗せます。

このとき、青森から来られたご夫妻とお話ししました。この日の日本人ツアー客や個人客は60人程度と聞かされたそうです。日本語ツアーの催行人数は20名前後とのことで、ぜひともみんなに参加して欲しいとおっしゃられました。結果的に私たちは日本語ツアーにはひとつも参加しなかったので申し訳なかったなと思います。でも日本語ツアーも催行されたようだったので良かったです。

●プライド・オブ・アメリカ乗船

Img_20181006_121018_honolulu12:00頃、乗船手続きをしました。港でチェックインしてPOA用タグをつけた荷物を預けて、デッキ5から乗船します。船の写真を撮ろうとしましたが大きすぎて全体像は撮れず、前回の記事のような写真になりました。

乗船手続きでは、健康状態アンケート(日本語用紙あり)に記入してパスポートと一緒に提示します。同時に船内で使うキーカード(部屋の鍵と支払い用カード兼用)を作ります。クレジットカードとのヒモづけをしたキーカードがもっとも重要なカードで、肌身離さず持ち歩きます。

このあたりからところどころで写真を撮られます。記念撮影のようなものもあれば、ちょっとしたスナップ写真もあります。専属のカメラスタッフがいて、撮った写真は部屋番号とヒモづけされます。それを船内の写真ブースで検索して購入できる仕組みです。

Img_20181006_140730effects乗船してすぐには船室に入れないので、まずは腹ごしらえ。デッキ11にあるビュッフェのアロハカフェへ向かいます。ここはこの後、ほぼ毎日利用する食堂になりました。ビュッフェスタイルで気楽ですし、アルコール以外は何を食べても無料なので、朝食はほとんどここで食べてました。昼間も帰船してからちょっとケーキだけとか、ソフトクリームだけとか、そういう使い方もしてました。夕飯をビュッフェで済ませた日はほとんどなかったかな。

ただ、初日の乗船直後はほとんどの客がここで時間調整したり食事をしたりするため超混みます。席を見つけるのが大変です。まぁ広いし回転はいいですが。とりあえず空いている席を見つけて座り、一人ずつ食べ物を調達に行きました。味はまぁまぁ。よくあるビュッフェです。

食事のあと、初クルーズ客のお約束、船内探検に出発しました。14階まである大型客船なので暇つぶしにはもってこいです。このとき出たデッキからの眺めで高層ビルの先にダイヤモンドヘッドが見えました。プチ・ワイキキ観光です(

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●船室、そして日本語説明会へ

Img_20181006_15063615:00頃になってようやく各船室に入れるという船内放送がありました。私たちの部屋は、プライド・オブ・アメリカのデッキ8左舷後方の船室でした。駆け込み予約の特価とは思えない海側バルコニーのとてもいい部屋でした。近くにエレベーターもあり、わかりやすかったです。

船室に入ると右側にクローゼット、左側にシャワー・トイレ・洗面所があります。洗面所には大中小のタオルセット、シャンプー&コンディショナー、ボディソープがありました。このシャンプー&コンディショナーは髪がパリッパリになるけど整いやすい。また乾燥してるからタオルドライだけでも結構乾きます。

部屋にはダブルベッドと二人掛けソファ、鏡台、冷蔵庫、二段の小さい箪笥、テレビ、そしてセキュリティボックスがあります。鏡台についているドライヤーはなかなか強力でした。コンセントは2口あり、日本と同じサイズですが、一応、変換プラグを使いました。

ベッドの下にスーツケースを収納できるので、衣服は全部出してクローゼットと箪笥に入れちゃいました。ここがクルージングの醍醐味(?)なので。もう帰るまでスーツケースを触らないで済みます。

Poa_rouka_img_20181007_215420ある程度片付けが終わると、15:30から日本人向けの乗船説明会がありました。デッキ6のリバティレストランに集まり、ご担当のみどりさんからレクチャーを受けます。ここで船生活の説明を受けます。

寄港地ツアーの予約方法や食事のときに日本語メニューがもらえることなど、事細かに説明してもらえるので、初クルーズでもかなり安心感が得られる説明会でした。

乗客定員2,186名のPOAはとにかく廊下が長い(笑)。遠いエレベータから昇ってくると、自室には前後どっちに歩けばいいか分からなくなります。

それで廊下の模様にも工夫があり、お魚の大群が前方に向かって泳いでいるデザインになっているそうです。そのなかにところどころ赤い魚が単独で後方に向かっていて、それを見れば船の前後どちらに向かって歩いているか分かるわけです。

説明会が終わり船室に戻って荷物を解きました。その後、テレビで様々な寄港地ツアーやレストラン予約を見て漠然と計画を立てたりして過ごします。わからないことはデッキ5のゲストサービスデスクに聞きに行きます。

デスクでは日本語が出来る米国人女性スタッフの方(名前を失念…)にとてもお世話になりました。7年くらい日本語を学んでいるそうです。「キャンセル待ち」という日本語はうろ覚えだったので、私たちの相手をしてボキャブラリに定着したんじゃないかな。

19:00にホノルル港を出発。もう真っ暗でしたが、船室から眺めた夕陽に染まるサンド・アイランドSRAパークが綺麗でした。さらに船が旋廻すると、大都会ホノルルの夜景と埠頭の倉庫で光る常夜灯のコラボレーションも静かで美しい風景でした。こんな夜景も船旅ならではです。明日の朝はいよいよマウイ島です。

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2018/10/28

ハワイイ・クルーズ紀行 2018 (出発前の準備編のさらに後編)

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今回のハワイイクルーズはクルーズプラネットさんを通して申し込みました。

【Cruise Planet】気楽なフリースタイルクルージング Pride of America で行くぐるっとラクラク南国ハワイ4島クルーズ9日間【成田空港発着】

そもそも私がクルージングに行きたいと思ったのは喜多川リュウ著『海外パックツアーをVIP旅行に変える101の秘訣』を読んでからでした。荷物をそのままに朝起きたら別の土地というどこでもドア感に惹かれますよね~。ズボラなもんで。

予約メールを入れた後、ちょうどクルーズプラネット本社が有楽町に移って2日後に訪問しました。担当してくださった八木さんには本当にお世話になりました。喜多川さんの著書の話とか、TBS「マツコの知らない世界」でおなじみの上田寿美子さんのお話とかもしつつ、船内マップを見ながらいろいろ質問し、とても有意義なお話が聞けました。おススメのレストランも「まさにその通りだった!」とハワイから帰ってしみじみ思いましたね。

一番助かったのは、船会社NCLでWebサイトの登録が失敗したときでした。マイアカウントを作成してから様々な予約を行うのですが、何らかのパラメータの選択を間違えたらしくアカウント登録がうまくいかず、出発直前まで何度も船会社に連絡してもらいました。

誤った登録の修正を交渉してもらい、出発の4日前になんとかログインできました。いま思うと、ここのログインをあきらめていたら船内レストラン予約も寄港地ツアー予約もスムースには出来なかったと思います。

ESTAの申請や旅行保険などは自分で個別にやりました。ESTA申請は、以前ハワイに行ったときには必要なかったので面倒だなと思いましたが、自分でやれば一人$14(2018年10月現在)なのでやってみたところ簡単でした。保険もネット保険ならほとんどの対面販売会社の半額以下です。

海外クルージングはいかに格安といってもそれなりに費用がかかるので()、お金のかけどころにメリハリをつけていかないと際限ないです…。

●マイアカウントから事前予約

Img_20181006_150741NCLサイトでいろいろ予約できるようになって、最初に予約したのはミネラルウォーター500mlの24本セットでした()。下船して歩き回るのに水は必須だと思った次第。初日に船室に入ると全部届いてました。

この水は大正解で、最終日に二人でキッチリ飲み終わりました。船内ではソフトドリンク飲み放題ですし、水も毎回ビュッフェのアロハカフェ(デッキ11)に水筒を持って行けば入れられないこともなかったですが、室内冷蔵庫に入れておいて毎朝持って出るだけの気楽さが良かったです。水筒も荷物になるので。

これ以外には、有料レストランのキャグニーズステーキハウスと、カウアイ島での映画ロケ地ツアー(英語のみ)を事前予約しました。その後も、船室のテレビを通して様々な予約が出来るシステムになっていて、この合理性はさすがNCLだと思いましたね。

日本語の寄港地ツアーは船内で予約できるのですが、確実に行きたい内容があるなら、言葉に関係なく行きたい場所に行くほうがいいと思いました。特にいまはネット環境があれば情報は入手可能なので、「この目で見たい、体験したい」というパッションを優先しても楽しめます。

日本人客はまだまだそれほど多くない海外クルージングだと思いますが、ツアーガイドさんはそれなりに気を使ってくれるし、貸出iPadで日本語解説をしてくれたツアーもあったので、言葉の問題をあまり重要視する必要はないと思いますね。特に昭和後半以降生まれなら、中学校英語とか単語が分かればなんとかなりますわ。

●インターネット環境とか充電環境

ただネット情報を入手するにはWi-Fi環境が必須です。船内でも専用Wi-Fi接続できるのですが料金が高い!一日$15~35くらいかかります。もちろん船で移動するので、船内Wi-Fiのほうが確実ではありますが、逆に船外では繋がらないと思うし…。

私は今回、外洋ではなくハワイ島めぐりなのでハワイ専門のWi-Fiルーターなら船内でも通じるんじゃないかと踏んで、アロハデータのルーターを日本で9日間レンタルして行きました。これだと当時のレート(円安ドル高時期でドル買いレートが$1=114~117円くらい)で$70前後でしたし、陸上でももちろん使えます。

結果的にハワイ専門だけあってつながりやすいと思いました。船内でもほぼ使えました。夜中の航海中やカウアイ島のナ・パリ・コースト周辺はさすがにつながりませんでしたが、停泊中や陸に近いところでは問題なかったです。ASUS Chromebookも持って行っていたのでとても重宝しました。

デジタルカメラやスマホも二人分あったので、24000mahの予備バッテリーもふたつ持って行きました(飛行機には手荷物としてなら持込可能)。フル充電しておけば、1台で4~5日はスマホ充電できそうでした。

船室にはコンセントが2つあり、予備バッテリーは無くても良かったかもしれません…。ただ、ベッドでバッテリー容量を気にせずスマホで検索できるという行動範囲の自由度をあげるのに予備バッテリーは重宝しましたね。その間、Chromebookの充電を船室コンセントでやったりしてました。コンセントを使うときは大事をとって変換プラグも持って行って使いました。この変換プラグは変換しながらACアダプタだけでなくUSBも同時につなげるので使い勝手は良かったです。

ヘアドライヤーも持って行きましたがこれも不要でした。妻も私も一度も使いませんでした。かなり強力なドライヤーが船室についているし、基本的に船内は乾燥しているので、タオルドライでもかなり乾きました。

●スーツケース購入

そもそもロングステイ用のスーツケースなんて持っていなかったのですが、クルージングは結構衣服が必要です。特に有料レストランにはドレスコード(というほどでなくても襟つきシャツとか)があったりしてかさばります。

これまでは名品の地球の歩き方2Wayバッグ(Red)で旅行していたのですが、さすがにこれだけでは無理なのでサムソナイトの直営店に行き、アメリカンツーリスターのテクナムを購入しました。これまでもらった商品券をかき集めてほぼ無償で手に入れたわけですが…。

●腕時計の電池交換

腕時計も日本ではしないのですが、旅先では重宝するのでアニエス・bの腕時計を持って行きました。旅行前に貧血で死にそうになった後、リハビリを兼ねて電車と徒歩で数年前にも電池交換をお願いした時計店まで赴き電池交換しました。この腕時計はすぐにハワイ時間に変更し気分を盛り上げました()。

●米ドルの現金購入

現金はほとんど使うことがないクレジットカード社会のアメリカですが、ハワイもほとんど現金不要でした。ただ、ちょっとしたチップなんかを現金で渡せればスマートとか、そういう使い方かな。船内でも現金は100%使用せず過ごせますが、いい情報をくれた船員に$1札をサッと渡してるオッサンもいて、あーやって使うのかと思ったり。

それでチップ用に$1札や$5札を多めに両替してもらおうとトラベレックスに行きました。対面販売の店舗では多少紙幣の種類に自由度があるので浦和店に行きました。ネット上に割引クーポンもありますし。ドル高に向かう時期だったので早めに行ったのですがこれは当たりでしたね。その後すぐに数円ドル高に動きました。

でも、その後、もう少し現金を追加しておこうと再訪したトラベレックス浦和店のお姉さんがとてもフランクで、いろいろ教えてくれました。

すでに数万円分の米ドルを持っているというと、それ以上現金で使うことはほとんどないから、このドル高で追加購入するなら高額紙幣で良いし、今回買う分だけなら為替変動のリスクヘッジにレートアドバンテージオプションをつけられるとか、使わない紙幣は汚すと買取できないから綺麗なまま持ち帰るほうがいいとか、なるほどなるほどとお話を聞きました。

夕方で他の客もいなかったので、ハワイ情報なども交換し面白かったです。チップに関しても、ものすごくお世話になったお店なんかで二人分で$5あげると感激されたとか、そんな話。彼女の場合は、閉店している店に行って、どうしてもここで食事したいというと開けてくれたお店で$5のチップをオンしたそうです。円の買戻しのときもこの人がいたらいいんだけどな。

実際、追加分+αの現金は使わずに帰国しました。チップもクレジットカード払いのときに書き込むだけで紙幣は使いません。

少額紙幣もそれなりに使いましたが、あえて小額紙幣やコインを減らそうとして使ったとこもありました。ただハワイに行ってからもドル円相場をチェックしていて、ちょっと下がって来ていたので、あえて現金でなくカード払いにしたりしました。カードのほうがレートが良かった時期なので。

●リムジンバス予約

成田発にしたので電車のほうが速くて安いのですが、昨今は台風24号25号が立て続けに来たり、強風暴雨があったりして電車が止まりがち…。前日も京成線が塩害で止まったりしていて、予断を許さないタイミングでした。

それで前日に大宮発のリムジンバスをネット予約しました。大宮までなら最悪電車が止まってもタクシーで行けるので。リムジンバスは快適でいいです。渋滞や通行止めでもなんとか回避策を模索してくれるので、かなり早い時間のバスを予約しました。

15:20大宮発のリムジンバスで成田空港第2ターミナルまで。出発は22:00のJAL782便です。16:55に空港につき、5時間暇つぶし。とりあえず夕食に天丼を食べ、19:00頃に荷物を預け、出国便専用の「SKY LOUNGE 和」で休憩したりTOTOのトイレの近未来感に迷ったりして、定刻にいよいよホノルルに向けて出発しました。

JAL機内では映画『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』を二人で同時に再生し鑑賞しました。JALだと日本映画が充実してるのでいいですね。

なんだか旅行記にまったくなっていない気がする…。本編は次からの予定です()。ただ、もうフォトアルバムも完成してしまったし、裏話的な内容に終始する可能性は多々あり。未来の私たちに向けての備忘録みたいなものですね。

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Day 1:2018年10月06日(土)
15:20 大宮発リムジンバス
22:00 成田発 JL782便

(つづく)

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2018/10/21

ハワイイ・クルーズ紀行 2018 (というより準備編)

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10月6日から14日までハワイ4島クルーズに行ってきました。新婚旅行に行っていなかったので、休みを合わせられるこの時期、というより10月6日(土)ピンポイントで出発できる旅を探したところ、クルーズプラネットさんでハワイクルーズを見つけた次第です。

 

もともと私自身は結婚したら物理的にしたいことがふたつありました。一つは冷蔵庫の買い替え(笑)。そしてもうひとつが海外クルージングの旅でした。どちらも実現できて良かった~。おまけに旅行直前に洗濯機が壊れたので、帰国翌日に洗濯機も買い換えました()。

 

●出発までのドタバタ悲喜劇…

 

最初は日本一周+釜山のクルージングを見つけていたので、海外は釜山だけだけどこれにするかなぁと思っていました。というのも、10月6日(土)出発で探し始めたのが8月のお盆過ぎだったから。また初クルーズだし日本一周は気が楽というのもありました。子どもの頃、少年の船で日本一周しているし。

 

その後知ったのですが、海外クルーズの場合、早い人は120日前から予約を入れるわけです。そのため、事前キャンセル保険なども充実していたりします。10月出発の旅を8月に探し始めるというのは普通の海外旅行でも短めですが、クルージングではかなりの直前なのでした。

 

そんな中、旅行会社のクルーズ旅行パンフやネット検索をしていた8月18~19日の土日に、クルーズプラネットで10月6日出発のハワイ4島クルーズに空きを見つけてしまいました。それも海側バルコニーの部屋で、クルーズ旅行としては破格の安さでした。キャンセルが出たのかな?

 

とにかく年間通してここまで安い金額は見たことがありません。この価格での予約期限は2日後に迫っていました。そこで急遽「ハワイ行く?」「うん。」となり、クルーズプラネット有楽町本社を訪問可能な日付も書いてメールを入れ、なんとか予約は出来ました。

 

しかしこの時点で妻のパスポートは期限切れ。このタイミングで予約を入れてからパスポート取得するという綱渡りでした。お世話になったクルーズプラネット本社の八木さんに、ギリギリ待っていつまでに必要かを確認し逆算して取りました。

 

Hakone_20180916_001とりあえずこれでひと段落。9月15,16日に予約していた箱根旅行に出かけました。この箱根旅行は、クルーズが決まる前のある日、宿の空き状況を確認したら、この土日だけ一部屋空いていたので即行で予約していたものでした。

 

本来はこの箱根旅行記を先に書きたかったのですが、とある事情で出来ませんでした。それは箱根旅行から帰宅した翌日、私が下血してしまいまして…。下痢かなと思ってトイレに行くと鮮血がドバーッと出てきました。

 

ヤバいとは思いましたが、とりあえず様子見したのです。そこから二日間、トイレで大便をしようとするたびに鮮血がドバーッと出てしまいます。そして貧血でフラフラになり、これは異常事態だと病院に行きました。すると今度下血したらショック症状を起こすから救急車を呼ぶよう言われて紹介状を書いてもらい帰宅しました。

 

その翌日は安静にして翌日また病院へ。結果としては大腸の憩室炎だったようです。とりあえず点滴をして、鉄分補給して、内視鏡検査の日程を決めました。このあたりの数日は水しか口に出来ず、体重も5キロほど減りました。

 

9月25日(火)に内視鏡検査で小さい大腸ポリープも見つかりそれを取ったりもしましたが、鉄分補給の薬を毎日飲み続け、9月29日(土)には憩室炎も落ち着き、海外旅行も大丈夫でしょうということになりました。内科の先生と見つめ合って「間に合いました…」とつぶやきました。ハワイ行きのちょうど一週間前のことでした。

 

そこからの一週間はとにかく体力(筋力)が戻るのを待ち、なんとか出発できました。そこはもう気力の問題でしょうか。ただ、貧血の薬は持って行きました。

 

後日談ですが、内視鏡検査の結果は、旅行後の10月19日(金)に聞きに行き、特に問題なしということでホッとしました。

 

内視鏡検査した日に、次回通院日の話になったとき、「実は新婚旅行に行っていないので来週からハワイに行くんです…」と看護師さん話して「わおっ!」と言われたので、おそらく美談として全員に伝わっていたと思います(笑)。それで結果聞きのこの日、お土産にアイランド・プリンセスのチョコを持って行きました。

 

さて、ハワイイ紀行です。ブログ記事のタイトルを池澤夏樹さんの名著『ハワイイ紀行』にあやかって(?)、ハワイイ・クルーズ紀行にしてみました。クルーズなので「ハワイイ寄港」と迷いましたが…。

 

池澤さんの著書は15年前にハワイに行ったときに読んでいるので、今回は持って行きませんでした。他の文庫本は持って行きましたが結局読む時間もないほど充実した旅になりました。

 

ただ、ここからハワイイ・クルーズ紀行を書き続ける時間があるかどうか…。とりあえず、帰国後に富士フイルムさんのPhotoZINEで作り始めた旅行のフォトアルバム(全96頁)の編集が昨日終わって発注したので、そこに書いたコメントをブログに転記しつつ、裏話なども追加していければと思ってます。

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